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・エリック×クリスティーヌでいちゃいちゃ。一応R18に放り込みましたが、たいしたことはしていません。
・映画版のラストです。そのままラヴネバに続く設定。


 

 
初めての…

 

 
 私はこのオペラ座に魂を駆けて作り上げた。私の手でこの芸術の宮殿を建てたのだ。それを、無惨な形で破壊してしまった。シャンデリアを墜落させ、観客を阿鼻叫喚の地獄に陥れ――しかしそうまでしても私の愛は報われなかった! 私が子爵に手を掛けたときの彼女のあの悲痛な悲鳴、それを聞いて悟ったのだ。私は彼女の愛を失ったと。私はもう彼女を引き留めておくことは出来ない。子爵から奪った指輪を返すと、彼女に自由を与えた。「行け、行くんだ! お願いだから私を一人にしてくれ…」私は自分の手で、我が子同然に慈しんで生きたオペラ座を破壊し、そして自分の手ででこの愛を葬った。孤独にうちひしがれて私はそのばにうずくまった。もう何も残っていない。
 彼女は去った。子爵と共に去ったのだ。祝福が呪いに転じないように、私は敢えて彼女を見送らなかった。そんなことをしても惨めなだけだ。だから、彼女が再び私の前に立った時も、仮面が剥がされるまで全く気づかなかった。
「……クリスティーヌ? 何故…」
「私はあなたにどうしても伝えたいことがあるの。それを言うために戻ってきたのよ」彼女はそこで一旦言葉を切ると続けた。「あなたは独りじゃないわ」
 初めてのキスだった。彼女は座り込んだまま動く気力もない私の前にかがむと、唇を重ねてきた。素顔の私を怖がることなく、女性から愛を受けるのは初めてだった。初めてのキスは柔らかく、温かかった。そして私の口の中に柔らかい感触が侵入してきた。
 ――!??
 クリスティーヌはそのまま舌を絡めてきたのだった。想定外の行為に私は思わずのけぞりそうになった。
「っ…! クリスティーヌ! 何をするんだ!」
「あら、初めてだったの? ディープキス?」
「私が他の女とやったことがあるとでも思うのか?」
 彼女があまりにあっけらかんと訊いてくるので、思わず言い返してしまった。クリスティーヌは「ああそうだったわね」ところころと笑っている。情けないことになった。私の男としての矜恃はずたずたである。
「気持ちいいでしょう? ん…こうやってやると良いのよ」
 彼女が私の上唇を甘噛みしながら訪ねてくる。この場合は私も彼女に同じ事をするのが恋人の作法なのだろうか? いかんせん、初めてのことなのでどうしていいやらさっぱり分からず、よもや噛んだ挙げ句に口内炎でも作ってしまったら……とあらぬ事を考えていた。しかしこれは気持ちよい。私のかわいい教え子だと思っていたクリスティーヌは、もう私の教えなど必要ないのだな。大きくなったな、クリスティーヌ。
「これ、ラウルに教えてもらったのよ。彼ってとっても優しくてね、恋人同士でどうやって愛し合えばいいのか教えてくれたの」
 一瞬で幸せな気分が吹き飛んだ。奴め! やはり殺しておくべきだった! 私はクリスティーヌを引きはがした。
「ひどいわ。そんなに拒絶しなくてもいいじゃない……あ、もしかしてラウルに嫉妬してる?」
「違う!」
「うふふ、隠したって無駄よ。私には分かるんだから。でも、引き留めなくていいの? 私、このままラウルのところに行っちゃうわよ?」
 そうだった。あの子爵は湖の畔でボートを留めて恋人を待っている。――私が奴に情けをかけたために! しかしこのまま彼女にいいように弄ばれるのは全くもって癪である。
「いいんだな? クリスティーヌ! お前を私のモノにしていいんだな――!」
「エリ――」
 私はもう必死でクリスティーヌを抱き寄せた。抱きかかえて、二人一緒にベッドに倒れ込んだ。

 * * * 

 ……思ったより小さかった。私は彼女の服を脱がせて気付いてしまった。
「エリック? どこを見ているの?」
「いや、こんな小さな身体で、どうやってあんな美しい声を出せるのかと思っていた」
「嘘おっしゃい! さっきから私の胸ばかり触ってるじゃないの!」
 クリスティーヌが私の服を剥がそうと苦戦している間に、私はそっと部屋の灯りを消した。薄暗がりの方が雰囲気が出る。それとも蝋燭くらい点けておくべきだろうか。どうも勝手が分からない。やがてクリスティーヌは私の下着を取り去ると、素肌に愛撫を授けてくれている。彼女はあと幾日もすれば、れっきとした子爵夫人になる。子爵と彼女は愛し合っている。だが、それでも彼女がこうして私に身体を預けてくれるというのは――私の愛に答えてくれたのだ。この夜は私にとって初めてのものだ。初めて、男と女として、一緒になれるのだ。
 暫くの間は、二人の身体をぴったりと寄せ合ってじゃれ合っていた。これが私にとって初めての夜であったが、しかし私はどう振る舞えば良いのかは本能が知っていた。私は彼女を喜ばせるのだ。気持ちよくさせるのが男の努めだ。だが、そろそろ良いだろう。私のモノもとっくに準備は出来ている。私は、そろそろとクリスティーヌの上にまたがると、彼女の股を開いて下半身を寄せた。
「――待って、待ってエリック待ってちょうだい!」
 痛いのよ! という彼女の悲鳴に私は慌てて身体を起こした。痛くしてしまっては可哀想だ……でもどうすれば?
「こういうのはね、順番があるのよ」
 クリスティーヌは私を押し倒すと、おもむろに私の下半身に顔を突っ込んだ。既に固くなっている下を両手で掴み、優しく揉みしだくと、口に含んだ。私はその時、身体がきゅっと引きしまる思いがした。ぬるりとした唾液で覆われるのが分かった。「こうするとね、なめらかに入るの。痛くないのよ。さあ、私にも同じことをやってちょうだい……」
 私がどうして良いやら分からず、おろおろとしていると、クリスティーヌは怖がらなくてもいいのよ、と自ら仰向けになって股を開いた。いつの間にか主導権は彼女が持っていた。こんなことも子爵に教えてもらったのだろうか……。私はおそるおそる、彼女のふさふさとした毛で覆われたところに顔を埋めた。何とも言えない芳香がした。私がそっとなめると、クリスティーヌは喘ぎ声を発した。可憐な歌姫とは思えない情熱的な声だった。それがとても可愛いかったのでもっと鳴いて欲しいと頼むと、「エリック!」何故だか怒られた。可愛いのに。
 そして、ようやく、ようやく私は彼女をモノにすることが出来る。彼女の背中に手を回し、私は身体を押しつけ、挿――
「いけない! こんなことしている場合じゃないわ」
「ク、クリスティーヌ…!??」
 彼女は急に飛び起きた。私も驚いた。あと少しだったのに……。
「エリック、聞こえない?」
「何がだい」
「――追っ手がすぐそこまで来ているわ」
 私は耳を澄ませた。澄ませなくとも、殺人鬼を殺せ! という声を聴くことが出来た。ああ、私のせいだ。私が滅法暴れたせいで奴らはここまで追ってきたのだ。
「エリック、お願い、逃げて。命あればまた会うことだって出来るから…」
 クリスティーヌは私に懇願すると、服を着る暇もなく、上着を引っかけて慌ただしく部屋を出ようとしている。
 たしかに、私は奴らに捕らえられ、法に引き渡される前に私刑に処されて当然のことをしでかしてきた。これは私のせいなのだ。しかし何が悲しくて、初めて一緒に夜を共にしようとした恋人に
「逃げて」と頼まれるのだ。彼女は今さっさと逃げようとしている。私は彼女を引き留めることは出来ない。私は彼女の残していった服を見詰めた……服! 「待ってくれ! クリスティーヌ! せめて服を着て行ってくれ!」これではまるで私が彼女を拉致した挙げ句に無理矢理手籠めにしたかのようである。奴らはきっとそう思うだろう。怪人め! 我らのプリマドンナに何てことをしてくれよう! と。「クリスティーヌ! 私の世間体のためにも! どうか服を!」
 私は疼く下半身をなだめながら、すごすごと地底からの逃げ道を歩いていた。負け犬さながらの惨めさである。たった一つの希望は、クリスティーヌが言った「生きていればいつか会える」の一言だけだった。いつだろうか。今日明日ではないだろう。ひょっとすると十年後とか……それまで私の初体験はお預けなのか。あと少しだったのになぁ。嗚呼。

  

  

2014.11.29