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 譽れ高き騎士に剣を捧げよ

             

             

 あの恐ろしい化け物は、騎士たちを羊を屠るように切り殺していった。あちこちに混乱と恐怖のさなかに絶命した者達が血を吹いて倒れている。アルマはおそるおそる、城の中を歩いて行った。無我夢中で道なりに進むと、覚えず、城の再奥の執務室にたどり着いた。扉を開けると、物言わぬ屍たちが一塊になってこぼれ落ちてきた。アルマはその重みにぞっとし、ここで壮絶な死闘があったのだということを悟った。顔も背けたくなるような光景の中に立ち入っていったのは、奥から人の声が聞こえてきたからだった。剣を放り出して、壁に身をもたれさせてうずくまる、若い、一人の騎士。アルマは彼のことを知っていた。側に駆け寄らずには居られなかった。
「――剣はどこだ?」
 彼は最期まで立派な正しい騎士だった。「もう戦わなくていいのよ、イズルード」アルマは彼の前にかがみ込み、耳元にそっとささやいた。アルマは血に汚れた上着の裾をきちんと整えた。そしてスカートの端を少しちぎると、彼の顔にそっとあてがったな前髪をそっと掻き分け、額の汚れをそっとぬぐった。
「きれいにしましょうね…最期くらい、きれいに飾ってあげなくちゃね……あなたは騎士としてずっと生きてきたのだから…」
 ベオルブの家に生まれて、彼女も、騎士が死ぬときにどういう装いをするものなのかは知っていた。皆、美しいマントに包まれ、胸の上には剣を大切に抱え持っていた。それを思い出し、アルマも側に落ちていた彼の剣を拾いに行った。その時初めて、その剣が片手で持てない程の重さであることに気づいた。「こんなに重たいものを持っていたのね」
 アルマは剣を引きずってイズルードの側に戻った。彼に剣を握らせ、その右手をアルマは両手で優しく包み込んだ。今際の場にあってもイズルードが尚もしっかりと剣を握りしめようとしているのに気づき、再び繰り返した。「もうあなたが戦う必要はないの。あの化け物は兄さんが倒したから…」アルマは髪を結わえていたリボンを解くと、剣の柄と彼の右手とに結びつけた。
「これは、私からの武勲のしるしとしての贈り物」
 彼の勇気と行いを褒め称え、飾るものをアルマは他には何も持っていなかった。イズルードは代わりに聖石をアルマに託した。それを受けとると、アルマはその場にぺたりと座り込み、彼を支えるように側に寄り添っていた。
「君の兄さんに伝え――」
「駄目、しゃべっちゃダメ。ね、ゆっくり眼を閉じてもう休むのよ」
 アルマは彼を黙らせるため、その口を接吻でふさいだ。静かな甘い時間が過ぎると、イズルードは最期にこういった。
「これでやっと兄さんの元へ帰れるな。アルマ、すまない。ラムザと幸せに――」
「イズルード!」
 アルマが呼びかけにもう反応はなかった。アルマは彼の顔を両手でそっと包み込み、抱き上げると、再び長いキスを彼に贈った。アルマが我に返り、目を上げた時、彼女の前に遺されたのはぼろぼろに痛めつけられた一人の騎士の亡骸と、一振りの剣、そして彼女に手渡された一つの聖石。これが彼の全てだった。アルマは聖石を握りしめ、祈りを捧げた。

             

 ――イズルード、その名もほまれ高き、いとしい騎士よ

             

 そしてその場を去っていった。愛する人を其処に残して。

             

2015.1.29