Sweethearts After The Dawning

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・五十年戦争でイヴァリースが勝利し、その後の獅子戦争もおこることなかった平和な世界です
・骸騎士団は落ちぶれてなくてウィーグラフは五十年戦争の英雄です
・イズルードは戦争の記憶(夢?)があるけれど、アルマその他は平和なイヴァリースしか知りません(イズアル初対面です)
・イズアル23~25才くらい。騎士とレディです

          


          
Sweethearts After The Dawning

          

          

 ガリオンヌの名士ウィーグラフ・フォルズは英雄だった。
 先の大戦で故国イヴァリースをロマンダの手から守り、占領下にあったリオファネス城を奪って、華々しく故郷に還ってきた。
 彼は英雄と呼ばれるにふさわしい寛大な心と篤信な志を持ち合わせていた。
 だから、ウィーグラフがリオファネス城で行き倒れている瀕死の青年を見つけた時も、見棄てることなく、その可哀想な青年を家に連れ帰り、手厚く介抱してやったのだった。

          

 ウィーグラフが見つけたのは、年の頃二十を過ぎた、まだ立派な顔立ちをした栗毛色の青年だった。光輝く黄金の鎧に萌葱色の丈の長い上着を羽織り、装飾を散りばめた立派な腰帯を締めていた。剣は見つからなかったが、それでも、この青年が身分やんごとなき騎士であろうことは、すぐに想像できた。その上、この若き騎士は胸に尊く光る貴石を手放すことなく抱きかかえていた。その貴石は聖人らの魂を宿した教会の聖遺物であり、ガリオンヌの名士であるウィーグラフですら、間近に見ることかなわない高価な代物であった。その死の淵にあろうとも、こうして貴石を決して手放そうとしないその信仰の深さにウィーグラフはますます感じ入り、この若き篤信家に深い敬意を示した。
 しかし、いくらウィーグラフが手厚く看病をしようが、どうしたことか、この青年は一向に目を覚まさなかった。薬師を呼び治療を施したが、それでも彼は昏々と眠り続け、一向に目を覚まさなかった。
 深い眠りから呼び覚ますため、名前を呼ぼうにも、この信仰深き騎士の素性を明かすものは何もなかった。ただ、どこかの立派な家の子息なのであろうということだけであった。

          

 困り果てたのはウィーグラフだった。あらゆる手を尽くしたが、快復のきざしは見えなかった。それでも、この隣人を見棄てようとしなかったのは、この義理がたき英雄の英雄たる志ゆえであった。
「はて、困ったものだ」
 ウィーグラフは思った。この青年は、どうも、傷を負って昏睡の状態にあるようには見えなかった。まるで呪いにでもかけられ、醒めることのない夢幻の夢をさ迷っているようにウィーグラフには見えたのである。英雄とは果て無き夢を見る存在である。そこでウィーグラフは言った。「呪いに掛けられた眠り姫を、夢路から覚ますのは愛の接吻である」と。
 夢を抱く英雄には聡明な妹がいた。妹は、壮大な夢を描く兄にいつも現実的な忠告をした。そこで、今日もまた、兄に忠告をしたのだ。「兄さん、この世に呪いなどありはしないわ」おとぎ話じゃあるまいに。でも、『愛』の効能は否定しなかった。彼女もまた、一人の女性であったから。
 そこで兄妹は信仰にたよるべきだという一つの結論に達した。人の手によって治せないものは神にたよるしかない。ガリオンヌで一等信仰の高い者は誰かと兄妹は話しあった。二人の結論は一つであった。「レディ・アルマしかいない」と。

          

 長らく修道院暮らしをしていたレディ・アルマがガリオンヌの領地に呼び戻されたのはこういう経緯であった。ガリオンヌの英雄から、不治の傷を負い哀れにも眠り続けている騎士を、その信仰の奇跡で助けて欲しいと懇願されたのだった。レディ・アルマは心優しい修道女であったので、その頼み事に快い返事をした。「はい、よろこんで。神の御心にかなうよう、おつとめをいたします」
 三人の兄たちに連れられて、レディ・アルマがその騎士の枕辺に立った時、彼女は思わず赤面して、後ろに下がった。彼女の誠実な三人の兄たちは、一体何があったのかと妹に尋ねた。レディ・アルマの答えは簡単だった。彼女は修道院の深窓で育てられてきたお嬢様であった。生まれてこの方、家族である兄以外の殿方と始めて対面したのだった。その気恥ずかしさは言いようもなかった。しかし、具合でも悪いのかと心配する兄たちに向かって、このこそばゆい気持ちをどう伝えれば良いのかさえ分からなかったレディ・アルマは、さしあたって「この方のためにお祈りがしたいので、私と彼のために時間をください」と頼んだ。
 家族や世話人たちを全て下がらせると、部屋には彼と彼女だけが残った。
 すやすやと安らかな寝息をたてて眠る青年の寝台のそばに、レディ・アルマはスツールを引き寄せて座った。そして、彼の寝顔をあらためてまじまじと見詰めた。長く伸びた栗毛色の髪が肩にかかるようにシーツの上で波打っている。レディ・アルマは彼の顔にそっと手を伸ばし、額にかかる前髪を払いのけた。しばらくの間、優しく彼の髪をくしけずったり撫でたりしていた。
「どうして私がここに呼ばれたのかしら」
 レディ・アルマはそう呟いた。彼女は大貴族の娘であり、敬虔な修道女でもあったが「ガリオンヌ一の修道女」という肩書きはやんわりと拝受を断る謙虚さも持ち合わせていた。
「ガリオンヌで一番の信仰をお持ちなのは姫様よ。姫様ほど熱心にお祈りされる方には出会ったことがないもの」
 でも、とアルマは付け加える。お忙しい姫様をお呼び立てするわけにもいかないわね。 アルマはどうしたら良いのか分からず、名前も分からない騎士の顔を再び見詰めた。薬師が役に立たないというなら、自分に一体何が出来るだろうか、と。
「サー、貴方のお名前を教えてくださいな……名前も分からないとお呼びできませんわ」
 眠り姫を呪いから解き放つのは愛の接吻であると、ガリオンヌの英雄は笑ってレディ・アルマに話した。レディ・アルマはそのことを思い出し、またもや気恥ずかしさでいっぱいになった。
「サー・ウィーグラフ、あの方は少し冗談が過ぎますわ。接吻で呪いが解けるなどおっしゃるなんて、あの方は吟遊詩人の語る物語に少し耳を傾けすぎたのでしょう。もし『愛』で世の呪いが癒やされるとしたら、薬師の仕事はなくなってしまいますもの。それに、もしそうであったら、私たちは一体何のために祈って暮らすのでしょう」
 それからしばらくレディ・アルマは名も知らぬ彼のために祈祷を捧げた。そして、思い切ったようにスツールから立ち上がった。
「神よ、おゆるしください」そう言うと、彼の横たわる寝台に近づくと、やおらシーツを引きはがし、治療のために彼の身体を覆っていた薄衣をまくって傷の跡を探し当てた。その一連の行為になんらやましい心はなかったが、うら若いレディには勇気のためされることであった。
「まあ……まるで獣に襲われたかのような傷跡ね。リオファネス城にそんな猛獣がいたのかしら。この方が八つ裂きにされなくて本当によかったわ。こんな傷では痛いでしょうに……」
 レディ・アルマは薬草を手に取り、おそるおそる傷口に手を伸ばした。出来ることは何でもする心意気であった。
 物言わぬ二人の時間が静かに流れていった。

          

 新鮮な薬草の香りに誘われてイズルードは目を覚ますと、傍でうとうとと船を漕いでいる一人の女性に気付いた。美しく豊かなブロンドの巻毛を肩に垂らしている。修道女のような出で立ちであったが、ローブの下に真紅のドレスの裳裾が見え隠れしている。イズルードは彼女が真正のレディであると一目で分かった。目が覚めるような美しさだった。ずっとこのまま眺めていたいとも思った。
 それに、不思議なことにイズルードはこのレディのことをずっと前から知っていた。長い夢の中で、彼は彼女と何度も巡り会った。暗い戦乱の中、彼はレディ・アルマと幾たびも出会い、幾たびも分かれた。彼は夢かうつつか分からぬ世界で何度か死の淵にあった。その度ごと、彼女は彼にそばにつき、死を看取った。彼女だけが、死にゆく彼のそばに膝をつき、最期まで寄り添ってくれたのだった。そして夢は覚め、ありがたいことに、彼は生きていた。そして彼女がそばにいる。
「レディ・アルマ」
 やっと逢えた、とイズルードは声にならない感慨を態度で示した。つまり、彼女の手を優しく握った。あふれんばかりの親愛の情を込めて。
 イズルードが深い感慨に耽っている一方で、レディ・アルマは驚きを隠せなかった。彼女は、慎み深いレディとして、殿方に手をとられる経験など今までになかったものだから、どう反応してよいのか分からなかった。しかし嫌な心地ではなかった。
「サー、やっとお目覚めになったのですね。これもあなたの信仰が救ってくださったのでしょう――この<パイシーズ>はあなたの大切なものでしょう? ずっと肌身離さずもってらっしゃいましたよ」
 それはイズルードがレディ・アルマに手渡したはずの聖石であった。
「あなたの名前をお伺いしても? わたくしの名前はレディ・アルマ・ベオルブと申します」
 イズルードは疑問に襲われた。彼はレディ・アルマのことを知っている。しかし、彼女は自分のことを知らないようであった。彼がレディ・アルマを連れてオーボンヌ修道院を逃げたことはまるで夢の中の出来事であったようだった。そう、あれは夢だったのかもしれない。なぜなら、今、イズルードの目の前に立っているレディ・アルマは妙齢のレディで、彼が連れて逃げた幼い少女だったあの頃の面影はない。よりいっそう美しくなった。
「私はイズルード・ティンジェル。ミュロンドの神殿騎士です」
 彼は騎士の道徳をもって、初対面のレディに対するふさわしい挨拶をした。そしてこう付け加えるのを忘れなかった。「レディ・アルマ。貴女とは夢の中で出逢っています」
「サー・イズルード。あなたの夢にお邪魔できたとは、わたくしも光栄に思いますわ。それはとても素敵なことです」
「夢の中で、私がひどい瀕死の傷を負っていた時、私にずっと寄り添ってくださったのは他の誰でもない貴女だった。あの恐ろしい父の業行を目の当たりにしたあとでさえ、貴女の姿が瞼の裏から離れなかった――ずっと――ただの一時も!」
「まあ……でも、あなたが、こうして無事でいらっしゃるのは、わたくしのおかげではありませんよ。それこそあなたの信仰が起こした奇跡でしょう――さ、<パイシーズ>をお持ちになって。これはあなたの大切なものでしょう。サー・イズルード」
「いいえ、これは貴女に捧げたものです」
 イズルードはレディ・アルマに貴石を捧げた。「私が持つより、貴女が持っていたほうがずっといい」
「頂けませんわ、こんな高価なもの、これは王女殿下がお召しになるような貴重なクリスタルです」
「どうか、私から贈らせてください。これからの親愛のしるしに」
 イズルードは寝台から立ち上がると、レディ・アルマの前に額ずいた。彼はどこまでも騎士としてのマナーを守った。そしてレディ・アルマの両手に貴石を握らせた。
「私が貴女からいただいた御恩は、とても物やしるしでは返せないようなものです」
 イズルードは貴石を握るレディ・アルマの手に深い接吻を授けた。レディ・アルマは最初こそ驚いたが、彼女の中に流れる貴族の血が、彼女の佇まいを凜とさせた。
「このようなまたとない光栄に与れるとは、わたくしは何という幸せものでしょう! 教えて下さい、サーイズルード。わたくしはあなたに一体何を差し上げたでしょう。わたくしばかりが尽くしてもらうのはフェアではありませんわ」
「貴女は私の<希望>だった。血にまみれた騒乱のまっただ中でもう死ぬと分かったとき、剣もなく、絶望と諦めの境地に立ったとき、貴方の声が聞こえてきた。光なき全き暗闇の中、その優しい声は私をどれほど勇気付けたことか!」
 レディ・アルマはこらえきれずにイズルードを抱きしめた。この若い騎士がひどい夢を見てきたことは明らかだった。早く、そのような悪夢から解放してあげたいと心から思った。
「サー・イズルード! あなたは一体どんなひどい夢を見ていたのです?」
「このイヴァリースに太古の悪魔が跋扈し、血と争いを巻き起こしている――私は、イヴァリースを救いたかった。しかし、あの時はもう剣を持てなかった」
「もうあなたが剣を必死で探す必要はありませんわ。だってこのイヴァリースは平和そのものですもの。戦乱はとうの昔に過ぎ去りました」
 イズルードは信じられない、という素振りを見せた。
「わたくしがあなたを安心させるために嘘を言っているとお思いね。でもそんなことはありませんよ。それでも疑うというのなら、サー・ウィーグラフの話を一緒に聞きにいきましょう――あの方はロマンダからイヴァリースを救った英雄なのですから!」

          

 青年が目を覚ましたというので、ウィーグラフは彼に鎧やら服やらを返しにいった。
 伸びていた髪を短く切り、装束一式を身にまとった若者はどこからどうみても立派な凜々しい騎士であった。彼はミュロンドの神殿騎士だと言う。その所属を聞いて、ウィーグラフは納得した。あの青年はどこか浮世離れした誠実さを持っている。彼個人が生来から持つ騎士道精神もあろうが、信仰に裏打ちされた純朴さも大いに持ち合わせている、というのがウィーグラフの見解であった。
 彼がレディ・アルマに頼まれて昔の武勇伝を木訥と語っている間、イズルードとレディ・アルマは寄り添い合ってすわっていた。まるで騎士と姫そのものである、とウィーグラフは思った。
 姫君が疲れてうとうととし始めた頃、ウィーグラフは話を切り上げて客人たちをまとめて送った。レディ・アルマは兄たちよりもイズルードの方に身体を寄せている。どうやら二人はわずかながらも親密な関係になったらしい。イズルードが持っていた貴石はいつの間にかレディ・アルマの手に移っている。ウィーグラフはそれを見逃さなかった。しかし二人の間に一体どんなやりとりが交わされたのかは、知るよしもなかった。

          

          


           

「眠り姫(イズ)を勇者(アルマ)が目覚めさせる展開にしたかったけれどこのイズアル純朴すぎて無理だった(草食」→「クラシックなおとぎ話のようなカプ話を書きたかった」「アルマに敬語で話すイズルードが見たかった」という作者の願望丸出しw

              

     

2016.08.21