ボスは愛娘を手放さない

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ボスは愛娘を手放さない

            

            
◆1

 年頃の娘を持つ父親として、いつか言われるであろう台詞を覚悟してた。“娘さんを私にください”というあれだ。
 もちろん、絶対にくれてやる気はない。

「団長、参謀から申し上げたいことが……」
「クレティアンか。なんだ、言いたまえ」
「二十歳の娘の父親はそろそろ子離れする時期かと」
「貴様……次元の狭間に葬られたいのか?」
 だいたい、求婚するにしてももっと言い方があるだろう。私はそんな礼儀も知らない男に娘を渡すわけにはいかない。
「私の娘はそのことを知っているのか」
「いえ、でも承知の上かと。それに父親に先に話をしておくのがマナーかと思いまして」
 まるで娘と結婚できるのが当然だと思いこんでいるこの求婚者の態度が私は気に入らなかった。私の優秀な部下であるのに、私の許可なくいつの間にか“そういう仲”になっていたらしい。腹立たしい。
「ローファル、例の本を持ってくるのだ」
 私は騎士団長として様々な権限を持っている。気に入らない娘の求婚者を消し去るのはたやすいことなのだと、この恐れ知らずな参謀に思い知らせてやろうと思った……が、副団長は私の命令が聞こえなかったのか聞こえて無視しているのか、何食わぬ顔をしてそっぽを向いている。
 副団長はどうやら中立を決め込んだようだ。
 こいつはどっちの味方だ? 大事な娘の将来がかかっているというのに。
 そういう訳で、私は一人でこの問題に話をつける必要があった。
「おまえは私の娘を手に入れられると思っているようだが、それは間違いだ」
「何故です? 私はお嬢様の愛を得るにふさわしい人物だと思っていますが。恥じるべき行為は何一つしていません」
 悪びれる風もなく、涼しげな声で私に口答えをする。私に物怖じせず言ってくるのは後にも先にもこいつと副団長くらいだった。「団長が参謀の助言を無視するのはいかがなものですか」とまで言ってくる。これで無能な部下であればすぐにでも娘の手の届かない場所に左遷してやるのだが……。
「そんなに娘に惚れ込んでいるのなら教えてやろう……我が娘は家出中だ」
 さすがにこの言葉は居丈高な若き参謀にも多大なショックを与えたようだった。当たり前だ。私も娘の家出で言葉を失ったのだから。
「お、お嬢様は今どこに……?」
「分からない。私が知りたいくらいだ」
 さて、どうしてものかと私が考えあぐねていると、副団長がそっと私に助言をしてきた。彼の助言は参謀の戯れ言よりも結構役に立つのだ。
「良い青年ですよ」
「なんだね、ローファル。おまえまであいつの肩を持つのか」
「参謀が傍にいれば誰も手出しできません。最適な虫よけではありませんか」
「そ、そうか……そうなのか?」
「それに、彼は誰よりメリアドールさまに惚れ込んでいますよ。結婚許可を出せば、彼は確実にメリアドールさまをつれて帰ってくるでしょう」
 娘が帰ってくる。その言葉に私は心を動かされた。激しく癪に障るが、それならばこの参謀に頼んでもいいかもしれない。だが、娘の相手に選んでも良いかということとは全く別問題だ。
「さあ、クレティアンよ。娘をつれてこい。団長の命令だ。話はそれからだ」
「当然です。お嬢様の身に何かあってからでは遅いのですから。団長の命令があろうとなかろと私は迎えに行きます」
 そう言い残してさっさと部屋を出て行った。
「可愛げのない奴め……」
 ああ、娘よ、あんな男のどこが良いのだ……。
 私は頭を抱えた。これは深刻な問題だ。

◆2

「メリアドール……さっきから僕たち付けられてないか? 人の気配を感じるんだ」
「あら、だってここは貿易都市だもの。たくさん人がいるわ」
「いや、もっと執念深い気配を感じるんだけど……ストーカーみたいな」
「ああ、あの人なら大丈夫よ。無害な人だから放っておけばいいのよ。ただの父の部下だから」
「お嬢様! そこまで気づいているのなら私を無視しないでくださいますか?!」
 ああもう、うんざりだわ。せっかく家を出たっていうのに、父の部下が探しにきたなんて私の面目が立たないじゃないの。ああ、ほら、ラムザが怪訝そうな顔をして私を見ている。
「それで、一体何をしにきたの。ドロワさん?」
 はやく家に帰ってこいというお小言を父に代わって言われるのだと思った。
「あなたを愛しています。心から愛しています」
 私は全く予想していなかった言葉に度肝を抜かれた。
「私はあなたのお父上と話をしてきたのです。なのにお嬢様が家出中では話になりません。ですから、早くお父様と和解してください。そして家に帰ってきてください」
「そ、そういう話は……私が家を出る決断をする前にしてほしかったです……」
 タイミングが悪すぎるのよ。
「ええ。そのつもりでしたが、気づいたらお嬢様が相談もなしに家を飛び出してしまっていて……」
 当たり前じゃない。家出するのに相談するわけないじゃない。それに――
「――父に言う前に私に先にプロポーズをすべきではありませんこと?」
「では、ここでお嬢様に正式に求婚します。指輪の銘はお嬢様の好みを聞いてから作らせようと思ってましたが……では、『我が唯一の望み』と『我が心は永久に』のどちらが良いですか――」
「ちょ、ちょっと、お待ちなさい! こんな街中でのプロポーズなんて私認めませんからね!」
 あまりに恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かった。このやりとりを隣で聞いているラムザは何を思っているやら……。
「僕は席をはずしますから、あとは二人でどうぞ」
 あ、よかった。紳士だわ。
 そうしてドーターの街角を二人で歩いていた。クレティアンは私をちゃんとエスコートしてくれたけれど、時々心配そうに後ろを振り返った
「お嬢様が迷子になっていないか不安で……」
 この人は私を何だと思っているんだろう。私はもう二十歳なのに、まるで手の掛かるお嬢様だとでも言わんばかりの態度だった。
「ラムザにどう思われているか心配だわ。私の実家がとんでもないところだって思われてないかしら。ああ、それにきっと、私は世間知らずのお嬢様だって思われてるに違いないわ……」
「お嬢様が世間知らずなのは事実でしょう」
 この失礼極まる発言は聞かなかったことにしてあげた。彼は方々を訪ねて周り私のことを探してやっと見つけてくれたのだから、多少はその苦労に報いてあげようと私は思った。それに、年上の騎士に愛を捧げてもらう喜びが分からないわけでもなかった。
「あの方はベオルブ家のご子息様でしょう? あとで挨拶に行かないと――お嬢様が失礼なことを言っていないと良いのですが。まさか出会い頭に喧嘩を売ったりしていないでしょうね」
「で、でも、ちゃんと、和解したわ」
 ああ、もう本当に、にくたらしい人ね。……悔しいけど、全くその通りなのよね。
「思いこみで行動してはだめだとあれほど言っているのに……あなたという人は……」
 余計なお小言よ。
「あなたは、私に求婚しにきたのではなくって? それとも御託を並べにいらしたわけ?」
「そんな……分かりきったことをわざわざ聞かないでください、お嬢様。それで、私ははるばる求婚しに来て、快い返事の一つももらえずに帰るのですか?」
「同じことばをそのままお返ししますわ。ドロワさん――私が快くない返事をするはずはありませんもの」

◆3

 お嬢様はどうやら父親と和解したらしい。そもそもの喧嘩の発端は定かでないが、あの気むずかしいお嬢様をなだめて連れ帰ってくるのは大騒動だった。
「……ヴォルマルフ団長。私の働きには報いてくださらないのですか」
 彼女は私がつれてきたのだ。私が迎えにいかなければ、今頃彼女はベオルブの御曹司と一緒に鴎国観光を満喫していたことだろう。それに団長とはまだ話の続きがある。お嬢様の家出騒動の前にしていた話が。
「何のことだね。言いたまえ」
 知っているくせに。しらを切るつもりだろうか。
 団長はご機嫌だ。なぜなら、大事な箱入り娘が帰ってきたのだから。繰り返すが私が迎えにいったのだ。お嬢様もご機嫌よろしく父親にくっついて「お父様、ごめんね」と言っている。団長も「よしよし、メリア。仕方ないなぁ」などと甘やかしすぎである。副団長もそんな様子をにこやかに見守っている。
 そんな穏やかな団らんの中で私にこんな台詞を言わせるのだから、我が団長はさすがとしか言いようがない。この娘にしてこの父親、というものだ。
「……娘さんを私にください。お嬢様の許可はいただいています」
 団長は驚いたようにお嬢様を見た。私の言葉はひとまず無視するようだった。
「そうなのか、メリア」
「うん」
「どうしてそういう大事なことを先に父さんに話さないんだ」
「だって、大好きなお父様ならゆるしてくれると思ったから」
「そうか……そんなにこの男のことが好きなのか? 嘘じゃないのか? 本当なのか? 本気なのか?」
「うん。ちゃんとプロポーズしてくれたのよ」
 団長は難しい表情をしている。何を考えているのかは想像に難くないが……
「クレティアン」
「はい」
「どうやら娘はおまえのことを認めているようだ――だが私は断る。私が娘を手放すつもりはない」
「まあ、そうですよね……」
「もう、お父様ったら。あ、でもそれって私はお父様とずっと一緒に暮らせるってこと?」
 お嬢様は嬉しそうだった。メリアドール、そこは喜ぶところじゃないぞ、私は言いたかった。これでは子離れができていないのか、親離れができていないのか、どっちだか分からなくなってくるじゃないか。
 私の内心を悟ってくれたらしく、お嬢様がそっと助け船を出してくれた。
「でも、ドロワさんはお父様のためなら命を捨ててくれるって。立派な騎士だと思わない?」
「うむ、それはそれで心配だな……父親としてはまずは娘に命を捧げてほしいものだが……いや、おまえの献身は分からなくもないが、それは団長として嬉しいのだが、それと娘のことは別なのだよ」
「まあ、もういいですよ……」
 ここは私が折れるところなのだろう。結局、私が騎士である限り、団長には頭があがらないのだから。そうしてその団長の娘を愛してしまったのだから。

◆4

「メリアドール、こっちへおいで」
「ローファル?」
 父とクレティアンに聞こえないように私を近くに呼び寄せた。
「あとでクレティアンの部屋へ行ってなぐさめておあげ」
「何を?」
「今日のことを。クレティアンはヴォルマルフ様にちゃんとプロポーズしたかったんだよ」
「だって私は彼の求婚にはちゃんと答えたわ」
「それとはまた別のことなんだ。男はプライドが高い生き物だから、好きな人の父親の前ではいい格好をしたいと思うんだよ」
 そういうものなのかしら。でも、ローファルはクレティアンとは長いつきあいがある友人だし……彼の言うことなら間違いないのだろう。
「でも、ドロワさんは私より父に忠義を尽くしてくれているんじゃないかと思うの……」
「多分彼も同じことを思っているよ」
「え?」
「お嬢様は一番愛しているのは父上ではないかと胃を痛めていた。有り体に言えばとても嫉妬している」
「だって……お父様のことは愛しているけど……それは家族だもの。当然でしょう? なんで父親に嫉妬するわけ?」
「男というものはそういう生き物なんだ。いつまでたっても娘を手放さない父親と殴り合いの一つや二つはするものだ――相手が騎士団長でなければね」
「ドロワさんがお父様に喧嘩売りにいく姿が見てみたいわ。お願いしたらやってくれるかしら」
「おそらくね。そうやって頼んで彼を困らせておいで」
 ローファルはどこか嬉しそうだ。私はどうしてそんな顔をするのかと尋ねた。
「何故かって? 大事なお嬢様をそう簡単には手放したくないんだ。お嬢様への求婚者はこうやって少し困らせてやるくらいがちょうど良いのさ」

            


            

ローファルがこの二人(クレメリ)の仲人をしてくれるのは、「大事なお嬢様であるメリアドールの思い人だから」であって、クレティアンには「お嬢様に求愛するなら少しくらい覚悟しとけよ」という気持ちです。ローファルはメリアドールの第二のお父さん(?)です。みんなメリアドールのことが大好きなんです。末永く仲良くしてね!

            

            

2016.12.6