おひざでおひるね

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・メリアドール(十代前半)、クレティアン(十代後半)、ローファル(永遠の年齢不詳∞)
・イズルードが登場させられなかったのですが、行外で元気に飛び跳ねているということで……


                 

                 

おひざでおひるね

                 

                 

 今日はとても暖かい日だわ。
 メリアドールは城館の裏口に座って午餐の後の穏やかな時間を満喫していた。伐り出された薪に肩を預けて城館で働く使用人や騎士団の人たちが忙しなく働いている様子をぼんやり眺めていた。こうしていると時々、騎士団の若い男たちがかまってくれることがある。
「お嬢さん、お暇でしたら私が相手をいたしましょうか」
 メリアドールは声の主をちらりと見た。騎士団の制服を着た栗毛色の髪の青年。一日の大半を一緒に過ごしているためか、騎士団の人間の名前はたいてい覚えている。
「ええ、とっても暇。イズルードは裏の果樹園に行っていて、今日は誰も私の相手をしてくれないの。でもクレティアン、あなたは仕事中ではなくて?」
 クレティアンは両手に本の束を抱えていた。見るからに重そうだった。
「副団長様の命令で書庫でさがし物をしていたんです。ですが急ぎの用事というわけでもないので、少しくらいなら……」
 メリアドールが砂埃を払って隣のスペースを作ると、クレティアンはそこに腰をおろした。「一緒に本でも読みましょうか」そう言って持ってきた荷物に手を伸ばした。
 まずい。そんなことになったら途中で寝てしまう。
 メリアドールはあわてて首を振った。「わ、私はいいわ……あなたが隣で読んでくれるのならそれで結構」
 本を読んだり歌を歌ったりするのはメリアドールにとって退屈極まりないことだった。それよりもメリアドールは身体を動かしている方が好きだった。木に登ったり森を駆け回ったりする方が性に合っている。でもこの人はそういう野遊びにはつきあってくれない。彼は騎士団にいる有象無象の山猿たちとは違って、由緒正しき士官学校を卒業してきた貴族の青年だった。
 メリアドールはしばらくの間クレティアンの声に聞き入っていた。メリアドールのことを見もせずに隣で黙々と本を読み上げている。この人は、副団長が読むような本を私が楽しめると本当に思っているのだろうか。あたまのいい人の考えることはよく分からない。本の内容もさっぱり分からない。でもきれいな声。低くていい声をしてるわ。ずっとこうして隣に座っていたくなる。魔法を使う人はみんなこんなに穏やかなしゃべり方をするのだろうか……ちょうどいい心地よさにメリアドールはだんだんと眠くなってきた。
 

「あら、二人してかわいい」
 通りすがりの使用人の声にはっとしてメリアドールは顔をあげた。暖かい日差しの中でつい船をこいでしまっていたらしい。
 それにしても昼寝に最適なあたたかさだった。そう思って膝の上を見ると、いつの間にか寝落ちしていたらしいクレティアンが小さな寝息を立てている。気がついたらメリアドールが膝枕する形になっていた。どうりでぬくもりが気持ちいいと思ったわ。
「どうやら若騎士さまはお疲れのようだな」メリアドールは背後に人の気配を感じた。そして膝の上の若騎士を起こさないように、そっと聞き返した。
「ローファル? どうしたの?」
「その若いのを回収にきた。仕事の途中だ」
「あら、だめよ、お昼寝の途中で起こしたらかわいそうだわ」
 メリアドールはローファルに向かって人差し指を立てた。もう片方の手で寝ているクレティアンの髪をそっと撫でた。穏やかな寝顔を見ていると無理に起こしてしまうのが忍びなかった。
「私、この前うっかり寝ているイズルードを踏んじゃったんだけど、そうしたらすごく機嫌が悪かったの」
「その男はイズルードより五歳以上も年上なのだから、その心配は無用だ。今すぐにたたき起こせ。午睡の時間はとっくに過ぎている」
「そう?」
 だがメリアドールが声をかけるまでもなくクレティアンが気配を察したらしく飛び起きた。ローファルの無言の圧力を感じ取ったというべきか。
「クレティアン、さぞや良い目覚めだろうな」
「ウォドリング様――わ、私は決して惰眠をむさぼっていたわけでは……」
「そうか、レディに添い寝するのが騎士の流儀とでも言うのか。貴殿は士官学校で一体何を学んできたのだ?」
「い、いえ……」
 クレティアンがその場から身体を引いてたじろいだ。
「そんなにいじめたらかわいそうよ、ローファル。それに私はレディじゃないから何も問題はないわ」
「……お嬢さん」クレティアンは気まずそうな雰囲気だ。「お膝を失礼いたしました。ですが、途中で起こしてくださってもよかったのですよ? 重くて邪魔だったでしょう……」
「別に? ちょっと重たい布団だと思ったくらいよ。それに、あたたかくて気持ちよかったわ」
「そうですか……布団ですか。あなたの布団になれたのなら光栄です――ですが、お父様にはどうかご内密に」
 クレティアンはローファルの顔色をちらちらと伺いながらメリアドールに話しかけていたが、最後に一言念を押していくのを忘れなかった。
「で、では私は先に下がらせたいただきますので……」そう言って荷物をまとめるとその場から逃げるようそそくさと城館の中へと戻っていった。
「メリアドール。あなたには騎士団長の息女として身につけるべき礼儀作法がある」
「何?」
「もし今度若い騎士に膝の上を占領されることがあったら即刻蹴り落とすこと」
「そうなの。知らなかったわ。じゃあ次からはそうするわ」
 メリアドールは満足げにうなずき、仕事場に戻っていくローファルを見送った。外はそろそろ日差しが傾いて来る頃で、メリアドールも何か手伝いに行こうとすぐに後を追った。

               


               
十十
日月 え の日(10/10)の記念SSです。

               

2017.10.13

               

ヘスの戦士

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ヘスの戦士

 
陶器のように透き通る白い肌
腰で波打つハニーブロンドの巻き毛
深く濃いルビーの瞳
同じ色をした深紅の口紅
長く垂らした漆黒の花嫁のヴェール
純潔の白百合を髪飾り
身体に巻き付けた燃えさかる炎の蛇

彼女はヘスの戦士
彼女のふるう鞭の一撃の前にはどんな戦士であろうとひれ伏す
強さと、美しさと、気高さを兼ね備えた完璧な戦士だ

「アルドールの男が私に気安く話しかけないで。私はヘスの戦士よ」
魔人フィーナ
それが気高き戦士の名前だった
俺は彼女に夢中だった――一目で惚れたのだった
誰よりも強く、美しいヘスの戦士を振り向かせようと必死だった
だが、俺が何度口説こうと、彼女は振り向きもしなかった
氷のような微笑みが返ってくるだけだった

「どうしてヘスの側についたんだ」
「しつこい人。何故あなたに答えなければいけないの。私が何をしようとあなたには関係ないでしょ」
「フィーナ! 俺はおまえと一緒に戦いたかったんだ…!」
「ああ、そう」
つんとすました顔
まるで興味がないという素振りだ
「あなたは自分が私と一緒に戦えると思ってるの?」
「……どういう意味だ?」
「私は強くない人とは戦いたくないの」
「俺だってアルドールの戦士だ! おまえだって王土のヴェリアスの名前くらいは知っているだろう?」

俺は王土のヴェリアスとしてアルドールの皇帝の下で戦い、誰もが俺の強さを認めた
ただ一人、彼女を除いては……

「それで? 私、弱い人は嫌いだけど、剣を持つしか能のない無粋な人はもっと嫌いよ。あなた……私の隣に立つにはまだまだね」
彼女は鼻でふふんと笑った
「戦士は強く、美しく、しなやかでなくては……」
そう言いながら俺の前から颯爽と去っていった――一度も振り返らずに

追いかけなければ
彼女は遠くへ行ってしまう――俺の手の届かない場所へ

もっと強くならなければ
もっと美しくならなければ
そうしなければ、彼女に追いつけない

そしていつの日か、彼女の隣に立って、二人で世界を見るのだ

あれから百年……二百年……七百年……
俺は一度も妥協しなかった
どこまでも力を求め、美を追求し続けた――全ては彼女にふさわしい戦士になるために

「見ろ、俺は誰よりも美しくなった。俺の美しさは世界が認める。だが――」

フィーナ
俺はおまえに認めてもらいたかったのだ

「――相変わらず、おまえは返事もしてくれないのだな……」
氷のように冷たいヘスの戦士
彼女は今や氷よりも冷たくなった――クリスタルへとその身を変えたのだ

「フィーナ……答えてくれ。俺はまだおまえの隣に立てないのか?」
土の神殿――しんとした静寂の時間
「ふっ、それがおまえの返答か。いいだろう。いつかおまえを振り向かせてみる。おまえの言った通り俺は執念深い男だ。七百年も待った。これからも待ち続ける――だから帰ってきてくれ。その時までに、俺はおまえにふさわしい男になっているからな……」

いつか、その日まで――

 

 

2017.10.07

  

・ジークハルトが超越したナルシストなのは、魔人フィーナに憧れてて追いつきたい一心で……とかだったらいいなと思いまして書きました。
・この二人は当初、戦士×戦士な王土×魔人コンビを想像してましたが、2章の展開を見ているとフィーナ×ジークハルトでは?!と思うように(笑

僕の妹が神殿騎士にさらわれました

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僕の妹が神殿騎士にさらわれました

               

               

勝利条件:神殿騎士イズルードを倒せ!

               

▼ED後イズルード生存ルート
▼ラムザが重度のシスコンです
▼READY?

               

               

 僕の名前はラムザ・ベオルブ。僕には妹がいる。彼女の名前はアルマ。はちみつ色の濃いブロンドの巻き毛に赤いリボン。赤い靴に赤いバレッタ。僕の妹のコーディネートは素晴らしい。上から下まで完璧だ。彼女には鮮やかな色がよく似合う。でもどんなドレスを着ていたって彼女は愛らしい。僕の天使だ。『聖天使』の称号をアジョラにくれてやるつもりはない。僕の妹こそが聖天使なのだから。
「ラムザ兄さん」
 僕と妹は年が一つしか違わない。でもいつだって彼女は僕のことを兄と慕って僕のあとをついてくる。僕のうしろをくっついて歩いてくるんだ。彼女は赤い靴をはいているからね。Moveが+1もあるんだ。すごく可愛いんだよね。

               

               

 僕たちがこうして家族で一緒に暮らせるようになったのはつい最近のことだ。戦争の悲劇が僕たちを離ればなれに引き裂いた。実は、アルマがアジョラの魂を持っているというんだ。僕の妹の身体を無断で使ったアジョラが許せない(殺したけど)。けれど、僕はさらわれた妹を自分の手で連れ戻した。<僕が>助け出したんだ。妹に手を出した男は、皆死んでいった。妹をさらおうとした骸旅団の戦士はザルバッグ兄さんが殺したけれど、ウィーグラフは僕が殺した。ザルモゥも僕が殺した。イズルードは一人で死んでた。ヴォルマルフは僕が殺した。奴らは皆、僕の可愛い妹に手を出そうとしたろくでもない連中だ。当然の報いだ。
「兄さん、こうしてまた一緒に暮らせるなんて私は嬉しいわ」
「僕もだよ、アルマ。僕の家族はもう君しかいないんだ。これからは二人で、ずっと一緒に幸せに暮らそう――」
 僕は妹を抱きしめた。僕は今までずっと傭兵として生きてきた。あの砦の悲劇のあと、僕は全てを捨てて逃げ出してしまった――ベオルブ家の全てを――家族を――<アルマのことを>――僕は間違っていた。けれど英雄王は亡き妹の形見のペンダントを生涯手放すことはなかったという……そう、ディリータは正しかった。僕は間違っていた! アルマと離れて暮らすなんて!
 こうして家族と抱き合うあたたかさを味わえるのは何年ぶりだろう――

               

               

「アルマ様――」
 僕たちの二人だけの穏やかな生活に、ある日突然、静かな来訪者がやってきた。
 暗闇に溶け込むようなダークブラウンの髪の青年。物静かな紳士だ。
「イズルードさん! 会いにきてくれたのね」
 心から再開を喜ぶ妹の顔。幸せそうな笑顔が二人の間に交わされた。アルマが僕の知らない、やわらかな表情を彼に見せる。
 僕の知ってるイズルードは神殿騎士だった。修道院で血みどろの殺し合いをした記憶は未だ鮮明に残っている。
「あの時の神殿騎士か! また懲りずに妹をさらいに来たのか!」
「とんでもない! 騎士として、あのような非礼はもう二度と働きません」
 彼は深々と頭を下げた。
 この礼儀正しい青年は一体誰だ?
 修道院で殺し合いをしていたあの絶望の騎士はどこへいってしまったのだ?
「アルマ様。もっと早く会いにきたかったのですが……まさかゼラモニアにいらっしゃるとは思わなくて。ガリオンヌにあなたのお墓があります。私は、てっきり……あなたがもう二度と帰らぬ人になってしまったのかと……」
 イズルードが僕の妹に丁重に話しかける。まるで深窓の姫君に忠誠を誓う騎士のようだ。アルマも満足そうにしている。騎士……僕がどんなにイヴァリースを奔走しても、ついに手に入らなかった称号だ。見習い騎士のまま陰の英雄になった僕が、今、どんな表情で彼のことを見ているか分かるだろうか。……羨ましい。
「ああ、ラムザ、また会えて嬉しいよ。元気にしていたかい?」
 イズルードがくだけた口調で僕に言った。アルマには敬語で話してたのに。同じ兄妹なのに扱いがまるで違う。神殿騎士め。今ここでオーボンヌ修道院地下書庫三階の再戦をしても良いんだぞ?
「すまない、父さんが迷惑をかけたみたいだな」
「うん、すごい迷惑だった。妹をさらうとかやめて欲しい。父子で誘拐するなんて気が狂ってるとしか思えなかった」
「数百年ぶりに会えてテンション上がっちゃったて父さん言ってたし……姉さんから聞いたよ。父さんはアルマ様(の身体を借りた聖天使)のために命を捨てたと」
「ああ……確かに君の父上はすごい人だった。まさか自ら腹を裂くとは。これがガフガリオンの首をせせこましく700ギルで買い、僕の兄さんをゾンビにした暗黒神殿騎士の死に様かと思うと僕も驚いたよ。でも、できれば僕にとどめを刺させて欲しかったんだけど。ところで、僕はさっきからものすごい違和感を感じてるんだけど……君を殺した父親の話を君と語り合うのはおかしくないかい?」
「何を言っているの、兄さん! おかしくなんかないわ」
 ルカヴィの首魁たる統制者に命を捧げさせた僕の可愛い妹が言う。僕の妹がそう言うのなr……いや、おかしいだろ。
「イズルードさんは言ってたわ。『疲れたから少し眠る』と……それだけのことよ」
「……それはファーラムの婉曲表現だって知ってるかい?」
 しかも僕は君の姉さんに剣を壊されたんだけど。弟の魂の代償だと謂わんばかりに――返してくれッ僕のブラッドソード! ガフガリオンの忘れ形見だったんだ!
「兄さん……私はイズルードさんにさらわれてリオファネス城に行ったの」
「知ってるよ。僕はあそこで何十回もウィーグラフと戦ったから、よく知ってるよ」
「確かに、私とイズルードさんの出会いは最悪なファーストインプレッションだった……でも、私たちがリオファネス城に辿りつくまでに、【あんなこと】や【こんなこと】があってね――」
 くそッ神殿騎士め! 僕の妹に何をしたんだ!
「――それからね、リオファネス城には一体いくつの聖石があったと思う? (イズルードさんの)パイシーズ、(イズルードさんが盗んできた)ヴァルゴ、(ヴォルマルフさんの)レオ、(ウィーグラフさんの)アリエス、(エルムドア侯爵様の)ジェミニ、(兄さんから貰って海に捨ててこなかった)タウロスとスコーピオ。これだけの聖石があったら奇跡の一つや二つが起こってもおかしくないでしょう?」
「ああ……その通りだ……聖石が7/13個もあったなら人間が一人生き返ろうと、リオファネス城の兵士が全滅しようと全くおかしくない……だけど……」
 ……もっと大変な奇跡が起きてしまった!
 妹が……僕の可愛い妹が……僕だけを癒しの杖で殴っていたあの可愛い妹が……いつの間にか恋する一人の女性になってしまった! ファーラムッ!

               

               

「ラムザ、彼女と二人で話がしたいんだけど、いいかな? 俺は彼女をさらいにきたのではなく……君の許可をもらいにきたんだ。妹さんを私にください、と……」
「断る――イズルード、君はまた僕と殺し合いをしたいのかい?」
 戦闘の準備はできている。僕はもう二度と妹を手放さないと誓ったのだから!
「兄さん、血迷っちゃだめ!」
 アルマ、君の方が間違っている! こいつは正真正銘、君をさらいにきたんだ!
 この神殿騎士は僕に勝てると思っているのか――ならば力ずくで阻止するまでだ!

               

 READY……

               

「ラ、ラムザ! よく聞いてくれ! 俺たちの目指す場所は同じはず――そう、『家族』だ。俺の義兄になってくれないか!」
 家族! その言葉に僕は手を止めた。
「僕のことを兄と呼べるのはアルマだけだ……家族と呼べるたった一人の肉親なんだ」
 アルマだけなんだ。父も兄も死んでしまった。僕に残された家族はもう彼女しかいない。
「分かるよ、その寂しさ。俺のところもそうだった。もう姉さんしかいないしさ……父さんはアレだったし、騎士団の仲間たちもアレだったし……」
「だったら君も分かってくれるだろう。たった一人の家族をとられてしまう寂しさを――君も想像してみてくれ。毎日一緒に過ごしてきた姉さんがある日知らない人の家に嫁いでいってしまったら……」
「姉さんが?」
「そう、メリアドールさんが結婚したら、やっぱり寂しいだろう?」
「恐喝の香水[シャンタージュ]をつけて大剣[セイブザクィーン]を振り回している姉さんが結婚したら寂しいかって?」
「あ、ごめん……家庭事情はだいぶ違ったみたい」
 僕が妹のことをどれほど愛しているのか、彼に伝わったのだろうか。僕の妹への愛はゲルミナス山脈より高くて、バグロス海より深いのだ。
「もう! 兄さんったら、大げさよ」
「アルマ……でも父上が生きていたら絶対こう言うはずだよ。『こんなに可愛い娘は誰にも渡さない』と。兄上たちが生きていてもこう言うはずだ。『こんなに可愛い妹は誰にも渡さない』と。シド伯爵も言っていた。『こんなに可愛い娘は誰にも渡さない』と。僕だってこう言う。『こんなに可愛い妹は誰にも渡さない』と」
「ラムザ、俺は――」
 イズルードが言いよどんだ。
「イズルード。僕はアルマが止めさえしなければ君とここで再び剣を交えてもいいんだ。オーボンヌ修道院地下書庫三階の再戦をするかい?」
「では、アルマ様……あなたはどうなのです?」
 イズルードは僕ではなく、僕の妹に話しかけた。
「私の愛を受けてくださるのですか? だとしたら、私はあなたのお兄様の許可をいただきたい――今ここで、あなたの手をとってもよいと」
 ずるい。そんな風に言われたら――
「兄さん――私の愛する兄さん。私はイズルードさんと一緒にいたいの。彼のことを、愛しているから……」
 そんな風に言われたら――僕はうなずくより他はないじゃないか。誰よりも愛する僕の妹の頼みなのだから、笑顔で送り出すのだ。
 愛してるよ、アルマ。どうか幸せになってくれ。心からの祝福を――

               

               

 俺の名前はイズルード・ティンジェル。教会の騎士だった。彼女――アルマ・ティンジェルと出会えたのも、俺が神殿騎士だったからだ。でも戦争の数奇な運命に巻き込まれ、俺たちは離ればなれになり――そして、どういう星の巡り合わせか、あの時オーボンヌ修道院で血を流しながら激闘をした異端者のことを「義兄さん」と呼んで、一緒に食卓を囲んでいる。
 俺が「義兄さん」と呼ぶとラムザは神妙な顔をする。
「まだ慣れなくて……だって僕のことを兄と呼んでくれるのは家族だけ――アルマだけだったから」
「すぐ慣れるさ。ラムザ、君が俺を家族に迎え入れてくれたんだ。さあ、一緒に食事をしようじゃないか」
 家族と一緒に食卓を囲めるもが、こんなに嬉しいことだったとは。少しばかりのパンとスープだけの慎ましい食事だ。でも幸せだ。だって、愛する家族と共に食卓を囲むのだから。
「イズルード、今だから聞くけど、どうして僕の妹を選んでくれたんだ?」
「理由が必要か?」
「僕は兄だ。もちろん、知りたいさ」
「そうだな……彼女は、明るくて朗らかで、そしてすごく可愛いんだ」
「うん、そんなことは言われるまでもなく知ってる」
「ラムザ、君は人生が嫌になったことはないか? こんな望まぬ戦乱の時代を生き抜くことに嫌気がさしたことはないか? ……俺はある。与えられた使命が嫌になった。何もかもに絶望して、闇に身を委ねようとさえ思った」
「僕だってあるよ。だから、僕は逃げ出したんだ。君と出会うずっと前のことだけど」
「俺は逃げたくても逃げられなかった……だけど、その時、彼女に出会ったんだ。こんな悲惨なイヴァリースを見ても希望を信じ続けられる明るさに俺は救われた。あの時、彼女はこう言った。『私は、私が生まれたこの時代が好き。そして、このイヴァリースが大好きよ!』と。そんなことを言うひとに初めて会った。彼女に出会えたから、俺は絶望することなく、信念を持ち続けることができた。だから……愛しているんだ」
「……ああ、その言葉を信じるよ。僕も君と出会えてよかった――さあ、スープが冷める前にみんなで一緒に食事をしよう。アルマを呼んでくる」
 家族そろってか、か……幸せな響きだ。ラムザがアルマを呼びにいった。一人になったその時に、俺はもう一つの『家族』のことを思った。そこには、何があろうと消えない絆がある。
 ――父さん、俺の妻を見てください。誰よりも可愛くて、純粋で、朗らかで、強い信念を持った妻なのです。俺だって父さんみたいに彼女のことを『聖天使』と呼びたい(本当に天使のような子なんです)。だけど、もう血を捧げる必要はない。じゃあ、何を捧げるのかって? それは……
「イズルードさん!」
 アルマがラムザと一緒に手をつないで戻ってきた。この兄妹は何があっても変わらないな。やはり『家族』の絆は不思議と消えないものだ。
「食事の前に乾杯しましょう――私たちの家族に」
 高く掲げた杯の中には並々と注がれた葡萄酒――もう戦争は終わったのだから、愛を語るにはこれで十分なのだ。

               

               

▼Congratulation!

               

               


・イヴァフェス3開催記念FFTアンソロジー「畏国回顧録」寄稿作品
・FFTの20周年のお祝い作品でした

              

2017.9.23

O daughter, never more bemoan

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O daughter, never more bemoan

              

              

 ――眠れぬ夜に

              

              

『最近、眠るのが怖いの。そのまま起きれそうもない気がして』

              

              

 部屋の入り口に女性が立っていた。寝間着姿のままで。
「メリアドール。こんな時間にどうしたんだ」
「一人で寝るのが怖くて」
 ローファルはやれやれ、と言ってメリアドールを部屋に招き入れた。
 メリアドールはこうして時々、ローファルの部屋を訪ねた。誰にも知られずこっそりと――といっても真夜中の逢瀬といった艶めかしいものではない。
 これは父親に甘えたがる娘のようなものだ。ローファルはそう思った。実の父親が厳格すぎるせいか、いつしかメリアドールはローファルに甘えてくるようになった。ローファルにとってもメリアドールのことは家族同然に愛していたので、こうした関係を疑問に思うことはなかった。それどころか、年頃の女性になった今でも、昔と変わらずあどけない少女のような感情をローファルに向けてくれるメリアドールのことを愛していた。
「一緒に寝てもいい?」
 メリアドールはローファルに聞くと、すかさず彼のベッドに潜り込んだ。彼女はここが最も安全で、心安らぐ場所だと心得ていた。
 ローファルは毛布を引き上げ、横になったメリアドールの身体を優しく包んだ。メリアドールはローファルの服の裾を引っ張った。仕方ないな、というそぶりでローファルはメリアドールの隣にすべり込んだ。
「悪夢にうなされるの」
「どんな?」
「弟が……異形の怪物に殺される夢」
「それはただの夢だよ」
“そう、それはただの夢であってほしい”
「でも、弟は死んだわ。それは夢じゃない」
「そうだね、夢ではない」
“そう、それは夢ではない”
 ローファルは寒さと底知れぬ恐怖に震えるメリアドールの手を握った。今だけは、このぬくもりが伝わるように――

              

              

 ノックもせずに誰かが入ってきた。ローファルはすぐに分かった。長年の騎士修行のおかげで、人の気配だけでその動き察することができるようになった。ローファルはメリアドールを起こさないようにそっとベッドから這い出ると、部屋の片隅に置いていた剣を手に取った。そして、いつでも抜けるように身構えた。
「娘を探しにきた」
 騎士団長の声だった。
「娘がいないと思って探しにきてみれば……」
 ヴォルマルフは途中で言葉を切ると、ちらりと部屋の様子を見た。メリアドールは毛布にくるまってベッドの上で丸くなっている。ヴォルマルフの視線をローファルは感じ取った。
「神殿騎士として、お互い何もやましいことはしていませんよ」
 ローファルはきっぱりと答えた。手に剣を持ったままで。
「誰の娘だと思っている――私の娘だ。勝手に連れ出さないでもらおうか」
「<誰の>娘ですと?」
「私が父親だ。そこをどけ」
「父親は死んだ。あなたは父親ではない」
 ローファルは迷わず剣をヴォルマルフに向けた。
「息子に剣を向けられ、娘に逃げられ……おまえも私を拒むのか」
「これが、イズルードを殺した報いですよ」
 それを聞いてヴォルマルフは鼻で笑った。
「器にならぬ人間を殺して何が悪いのだ? あいつの肉体は――」
 ヴォルマルフが言うより先にローファルが剣を振り下ろした。その切っ先はヴォルマルフの顔をかすめて壁をしたたか叩いた。乾いた金属音にメリアドールがかすかに身じろぎした。ローファルはその気配をすかさず感じとった。
「誰であろうと――たとえ騎士団長であろうと、死者の名誉を汚すことは許されない。彼は正しい理想に殉じた――<私たち>には到底、為し得ないような偉業を果たしたのだ」
 剣を握る拳に力が入った。
「ふっ……おまえがそう思いたいのならせいぜい勝手に想像しておくんだな。だが忘れるなよ。おまえは私の眷属であることを」
「ですがその前に、私は誓いを立てた騎士なのです」
 ヴォルマルフはローファルの手にしていた剣に一瞥をくれるとそのまま部屋を出て行った。
「騎士か……騎士なら戦え。その剣で血を得よ。それがおまえの役目だ」

              

              

 ローファルは剣を床に投げ捨てると、ベッドの縁に身体をあずけてその場に力なく座り込んだ。そして膝に顔を埋めた。騎士の誓いを立てたのが大昔のことのように思える。どんな文言を唱えたのかすら記憶にあやしい。
 とはいえ、目を閉じれば思い浮かぶのは色あせた昔の記憶ではない。つい最近のことだ。色鮮やかな――鮮血の記憶だ。 

              

              

 “彼は死んだのだ”
 “いいや、殺されたのだ”
 “誰に?”
 “父親<だった>男に殺されたのだ”

              

              

 若い騎士の姿が思い浮かんだ。栗毛色の髪をしたあどけなさの残る少年だ。彼がどうやって最期を迎えたかは、同じ城に居合わせたブロンドの少女から伝え聞いた。
『彼は勇敢に戦って亡くなりました』
 ああ、イズルード。おまえは年は若いが立派な騎士だった。メリアドールがその死を悲しんだように、ローファルもまた悲しんでいた。人知れず流した涙を誰も知ることはなかったが。
「しかし……さすがに父親に剣を向けるのはしのびなかったか……」
『それでも彼は最期まで手放そうとしませんでした』
 彼がどんな気持ちで剣を握っていたのか……想像するだけで胸が潰れそうだった。
『そして、彼は私に彼の聖石を託してくれたのです』
 彼は騎士だった。守るべきもののために戦った。その行為は報われるべきだ。たとえそれが、不幸で惨めな『死』で終わったとしても。そこに栄誉を認めることが彼への弔いになる――もはやそれ以外に為す術はないのだから。

              

              

“それでは私の剣は何のためにあるのか”

              

              

 ふわりとした感触が肩を覆った。
「そこで何をしているの?」
 メリアドールがベッドの上から不安そうな顔を見せていた。
「寒くて凍えているの? 震えているわ」
 メリアドールはさっきまで自分がくるまっていたあたたかい毛布をローファルの背中に羽織らせた。
 ローファルはメリアドールの温もりを肌で感じた。
「起こしてすまなかった」
「誰か来たの?」
 床に落ちた剣をメリアドールは見つめていた。ローファルは首を振った。「いいや、誰も来ていない」そう言うと、ベッドの上で身を起こしているメリアドールを毛布でくるみなおした。
「心配ないよ、さあ、寝て」
「……だめ、怖くて眠れないの」
「何が怖いんだい」
「……」
 メリアドールはうつむいた。
「ほら、おじさんに言ってごらん」
 暗がりの中でメリアドールがふふっと笑うのが聞こえた。しかし、声は悲哀の色を含んでいる。
「……もう剣は持ちたくないの。ごめんなさい……私、もう戦えないわ……」
「イズルードのことか」
 メリアドールは答える代わりにローファルの服をきゅっと握りしめた。声にならないすすり泣きが聞こえてきた。
 ローファルはたまらず、メリアドールを抱きしめた。深く、優しく、そっと。

              

              

“この光景を団長が見たら怒るだろうか”
“いや、かまうものか。彼女を守る家族はもはやいないのだから――”
“私が父親だ”

              

              

 父親が娘に願うことはただ一つ。その身の幸せ。限りない幸福。

              

              

「でも、私……弟の仇を討たなきゃって思うの。なのに、どうしてだか、身体が動かないのよ……」

              

              

“メリアドール。剣を持ちたくないというのなら持たなくていい”
“君が復讐の血でその手を汚す必要はないんだ”
“父親ならそう思って当然だろう?”

              

              

「ローファル、誰が弟を殺したか分かる?」
 ローファルはこの質問をおそれていた。なぜなら、答えることによって、メリアドールを血の復讐に巻き込むことになってしまうからだ。まして、父親の身体に宿る悪魔が弟を殺したと、どうやって説明すれば良いのだろうか。

              

              

“私は彼女がこの悪夢から解放されることを望んでいる”
“悪夢から解放するすべただ一つ――私が彼女を手放すことだ”

              

              

「ローファル? どうしても私は弟の仇を討たなければならないの。お願い、知っているなら教えて」
 ローファルは答える代わりに、メリアドールに尋ねた。
「どうして、そこまで復讐にこだわるんだ? 剣を持つのが怖いというのなら、無理に戦いに挑む必要はあるまい……」
「だって、イズルードは私の家族だもの。弟の死が無駄ではなかったと、価値あるものだったと私は証明したいの」
「そうか……しかし私は何も言えない」
「なら、一つだけ教えて。再び剣を持つ勇気をどうやったら思い出せる?」
「自らの道を信じることだ――その剣を持って行くといい」
 ローファルはさっきまで自分が持っていた剣――ヴォルマルフに突きつけた――を指し示した。青白く光る刀身を持つ、特別な騎士剣だった。<守護>の銘が刻まれている。そう、騎士の誓いが刻まれているのだった。

              

              

“もはや、私には必要のない剣だ”
“彼女が持つに相応しい”

              

              

 ローファル・ウォドリングはかつて偉大な騎士だった。時は無慈悲に流れようと、かつての騎士の誇りが完全に消えてはいなかった。

              

              

“剣よ、同伴かなわぬ騎士に代わって彼女に尽きせぬ守護を与えよ”

              

              

 メリアドールは夜明けに旅立っていった。

              

              

「私の娘はどこへ行ったのだ」
 ヴォルマルフはメリアドールが行方をくらましたことにすぐ気づいたようだった。
「行方を知っているのだろう。ローファルよ」
「さあ。彼女は弟の仇を討ちに行くとだけ言っていましたが」
「その言葉の意味を分かっているのだろうな」
「ええ。遅かれ早かれ、彼女は事の真相に気づくでしょう。そうしたら――あなたを殺しに戻ってくる」
 ヴォルマルフは馬鹿げた話だ、とだけ言った。
「出来るはずがなかろう。愚かな姉弟だ。共に血の海に沈めてやろう」
「あなたは父親ではない。娘と呼ぶ権利はない」
「ほう……? それがどうした。些細なことではないか」

              

              

“そう。これは些細なことだ”
“騎士団長の身体に、父親ならざる異形の者が住み着いているとは誰も気づいていない”
“メリアドールはいずれ弟の仇を討ったとき、父親を殺すことになったと嘆くのだろう”
“だが、その復讐が死んだ父親の魂の無念を晴らすことになるのだ”

              

              

 それは決して『些細なこと』ではないとローファルは知っていた。

              

              

 ――娘よ、嘆くことなかれ。たとえその手が復讐の血で汚れようとも。
 ――その両手は無辜の死者らが流した涙によって清められるのだから。

              

              

              

              

2017.02.01