.                 

             

             
Scotch of Mine

             

             
「なあ、そろそろ結婚しないか?」
 急に聞かれたからメリアドールは少し驚いてしまった。
 夜の自室。一日のおつとめを終えてメリアドールはくつろいでいる。鎖帷子を脱ぎ、夜着に着替え、髪をほどいて、ベッドの上に寝ころぶ。そうしているうちにクレティアンがメリアドールの部屋を訪ねてきた。まじめに仕事のことを話すのかと思って招き入れたら、想像していなかった言葉が出てきた。
 結婚なんて考えたこともなかった――そういう年頃なのかもしれないけれど、父さんはまだ何も言わないし。
 メリアドールは父から次期騎士団長の位をもらい、ヴォルマルフにそうしたように、クレティアンも変わらずメリアドールに尽くしてくれている。
「何よ、唐突に……結婚なんてしなくても、あなたはずっと隣にいるでしょう」
「それは騎士の誓いだ。私はもっと君に個人的な忠誠を誓いたいと思っている」
「ふぅん……それはどういう類の言葉かしら?」
 メリアドールはベッドから立ち上がった。彼が何を言おうとしているのか、ためしてみたくなった。
「もっと親密になれる言葉を」
 クレティアンは机に手をおいて、すました声で答えた。メリアドールはふんと鼻で笑った。
「もっとはっきりおっしゃいなさい。プロポーズしたいんでしょう? 私は次の長となる女。私に求婚してくる男はごまんといるのよ?」
 みんな私の地位に惹かれているだけだったけど。そういう輩は父に頼む間もなく自分で撃退してきた。でもたくさんのプロポーズを受ける中、時にはメリアドールの胸を多少ときめかせるような素敵な言葉を持ってくる紳士もいた。でも、まだまだ駄目ね。騎士団長の夫になるには物足りない男ばっかり。
「私を満足させてみなさいよ。私を気に入らせたら相応のお返しをしてあげてもいいわよ」
「ふん……いいだろう」
 クレティアンは、ぱっと机から手を離した。メリアドールが考えるより早く、彼は二言三言、詩のような言葉を唱えた。メリアドールの胸の前にさしのべられた手の平には、輝く氷の結晶が乗っていた。氷結のリング。彼は優秀な魔道士だった。
「氷の魔法?」
 メリアドールはきらめくリングを受け取る。
「あら。きれいだけど、でも安っぽいわ」
「即席の魔法だからな。朝になったら溶けてるだろう。だが、こういう物がないと格好がつかないだろう?」
 差し出された右手。彼は片膝をついてメリアドールにささやく。
「<Veux tu m’epouser,mon cheri?>」
 あ、とメリアドールは思った。ときめいたかもしれない。たいした言葉じゃないのに。彼、こんなに素敵な声だったかしら。メリアドールの胸にあたたかい感覚が広がった。ひとときの夢を見る。花嫁と花婿が愛の誓いを交わす。私の隣にはあなた。あなたの隣には私。その時、至福の瞬間が訪れる。
「……どうやら満足していただけたようだな?」
 その言葉でメリアドールの心は現実に戻った。私が花嫁? とんでもない!
「ま、待って、今、魔法を使ったでしょう! あなた吟遊詩人だから」
 言葉を操り、戦士を鼓舞する吟遊詩人。彼がその道の熟練者なのを忘れていた。
「自分の技能を生かして何が悪い? 私は優秀な魔道士なのだから」
 さらりと答えるクレティアン。その図々しい態度にメリアドールは腹が立ってくる。でも不覚にもときめいてしまった。
「で、報酬は? 十分満足しただろう」
「でも私は気に入らなかった! 反則じゃないの」
 メリアドールは氷のリングを投げ返した。
「……次は溶けない指輪を持ってくるよ。その時は私の気持ちにもっとまじめに向き合え」
「いいわよ、そうしたら、考えてあげる」
 その時がきたら、私も、あなたへのこの持て余した気持ちにもきっと向きあえる。その時がきたら、今度こそ素直に言おう。魔法なんか使わなくても貴方は十分素敵だと。

             

             

2018.11.22