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*皇帝を倒す直前のラスウェルとアクスターのif会話です(※9章までのシナリオ設定で書いてます



緋色の大地に見る夢は


  

  

「アクスターさん、あなたの正体がわかりました……」
 孤高の皇帝が築き上げた、次元の狭間の異空間。グランドールと呼ばれるクリスタルの宮殿でラスウェルは、かつて「師匠」と慕った剣の師に向かって話しかけた。
「その真実は墓場まで持って行くつもりだったのだが、よりによっておまえにばれてしまうとはな、ラスウェル」
「クリスタルの記憶があなたの記憶を見せてくれました。あなたの長い、孤独な旅を――アクスターさん……いや、レイン、話がある」
「話などない。何度も言っただろう。俺の身体はもう限界を超えていると。俺はおまえの師匠として消える。おまえを弟子にできてよかった。さらばだ、ラスウェル」
 アクスターはそう言い残して、すっと闇に溶けるように姿を消した。ラスウェルは彼の本当の名前を何度も叫んだ。「レイン! 待ってくれ!」
 皇帝を追わなければいけないのは分かっている。だが、どうしてもアクスターを追わなければならない。クリスタルの記憶で、彼の、レインの旅路をラスウェルは知ってしまった。何十年にもわたる仲間のいないたった一人きりの旅。正体を明かせない孤独な旅路。それはどんなに寂しく、苦しいものだっただろうか。
「レイン! おまえを一人でいかせるわけには――」
「待って。そんなに騒々しくしないでよ。レインはやっとの思いであなたたちをここまでつれてきたんだから。もう休ませてあげて」
 焦燥にかられるラスウェルを制するように現れたのは、闇の花嫁の格好をした、もう一人のフィーナだった。神出鬼没で、何を考えているのかよく分からない魔性の女だ。
「大丈夫よ、レインには私がついているから――と言いたいところだけど、不満そうね」
「当たり前だ。やっとレインに会えたというのに、何も言わずに別れろというのか」
「こっちの世界には、今のレインがいるでしょう。今生の別れみたいに言わないで」
「ああ、そうだ。俺はレインと共に戦い、皇帝を倒す。だが、俺の師匠として生きてくれたレインは一人だけだ。あいつを一人にはできない。頼む、少しの間だけでもいいから話をさせてくれ」
 フィーナはやれやれ、と肩をすくめた。
「まあ、気持ちは分かるわよ。ついていらっしゃい。レインもあなたも時間はないんだから、ほんの少しだけよ」
 フィーナがラスウェルの手をつかんだ。身体が白い光で包まれる。ふわりとした感覚。転移魔法だ、とラスウェルは思った。目を閉じて、フィーナの導くままに身体をゆだねる。そして、目を開くと、そこは一面の緋色の世界だった。アルドールタワーを目の前に眺める緋色の高台――

  

  

 間違いない、ここはアクスターと戦ったあの場所だ。
 ラスウェルは迷うことなく、高台の開けた頂を目指して歩いた。アルドールタワーと、その麓――アクスターの仲間が眠っているというあの場所――を一度に見渡すことができる、その場所にレインがいると確信していた。
 だが、ラスウェルが見つけたのは、ラスウェルの記憶の中のレインとは全く違っていた。くすんだ赤色の襤褸をまとい、背中を丸めてうずくまり、一人静かにアルドールタワーを見つめている男。ラスウェルやレーゲンよりもずっと年上の男。髪色だけがラスウェルの知っている金髪だった。
 レイン、そう呼ぼうとしてラスウェルは一瞬とまどった。あまりにも彼の知っているレインとはかけ離れた風貌だったからだ。レインと呼ぶには老けすぎている。ラスウェルの知っているレインは、自分と幼なじみで、同じ夢を語ったグランシェルトの騎士だったから――
 こんなに老け込ませるまで、彼を一人にしてしまった……。彼は自身の長い旅路について一言も語らなかった。最期の時を迎えようとしても、相変わらず、彼の背中は無言だった。
「レイン……」
 ラスウェルはやっとのことで、彼の名前を呼んだ。
「ラスウェル、来るなといったのに。こんな姿、おまえには見せたくなかった。俺は皇帝に破れた。敗北の象徴だ。これから皇帝を倒しにいくおまえが見る必要などない」
 隻眼、隻腕、隻足の男。失われた彼の半身が皇帝の尽きせぬ魔力の壮絶さを物語っている。
「いや……皇帝に負けたのはおまえのせいじゃない。俺のせいだった」
 ラスウェルは覚えていた。かつて、彼の師アクスターが「己の慢心のせいで仲間と半身を失った」と語ったことを。だが、クリスタルの記憶によれば、皇帝に破れた責は自分にあるのだ……
「俺が優柔不断な戦いをしたせいで、おまえを何十年も孤独にさせた。俺があの時、うかつにも死んでしまったせいで……」
 長かったよ、とだけレインは答えた。まなざしは揺らぐことなくアルドールタワーに向けられている――いや、もしかしたら、麓に眠っている仲間のもとに向けられているのかもしれない。
「俺にとって、アルドールタワーは忘れられない場所だ」レインは語った。「ザッハでどうしようもない挫折を味わい、無念の中でオーダーズになって皇帝に仕えた。ただ皇帝を倒すために選んだ道だと自分に毎日言い聞かせる苦しい日々だった――それでも、皇帝には勝てなかった。身体も、仲間も、全てを失い、どうして自分だけが無様に生き残ったのかと絶望の中をさまよった」
「レイン……皇帝に負けたのは俺のせいだと言っただろう……」
「ああ、そうだった。だから俺はおまえに非情さを教えるために過去に遡り、アクスターとして、ゼノとして再び皇帝に従う道を選んだ。しかも、隣には若かりし頃の自分がヒョウとして生きている。過去の人生を再びやり直しているようで複雑な気持ちだった。非情になどなりたくはないのに、非情になろうとした過去の自分に向き合い、そして、おまえに非情になれと言い続けた――」
「レイン! やめてくれ、俺はこれ以上おまえが苦しんでいる姿を見たくない……!」
「――ラスウェル、でも、おまえは教えてくれた。情の力は何よりも強いと、この場所で戦って証明してくれた。あの時、俺がどんなに嬉しかったか分かるか? 非情にならなくてもいいと、おまえが教えてくれたんだ――俺の人生を救ってくれた。ラスウェル……ありがとう、感謝している」
 振り向かない背中が、何かを物語っている。ラスウェルの胸にあついものがこみ上げてきた。

  

  

「レイン、俺は……おまえに別れを言うためにフィーナにここにつれてきてもらったんじゃない。おまえを叱りにきたんだ」
「へえ?」
 アルドールタワーを見つめたままのレインが振り向かずに声だけで笑った。それは師匠の声だった。けれどラスウェルは物怖じしなかった。目の前にいるのはもう師匠じゃない、レインだ。俺の相棒であり、仲間であり、友であるレインだ。
「まったく、おまえという奴は……俺より何十年も生きているというのに。剣の腕は上達しても、それ以外は何も変わってないな。レイン、おまえが一人でラピスのゲートを閉じにいった時に俺たちがどんなに心配したか分かるか? おまえが闘星としてオーダーズにいると知った時も、俺たちは心配で夜も眠れなかった。なのに――おまえはいつも一人でそうやって勝手に答えを出して、一人で生き急ごうとしている。情の力を信じられるようになったというなら、もう少し俺たちを頼れ、頼って、本音を話してくれ」
「ふっ……そう言われればな。パラデイアに来てからはずっと一人だったからな」
「だけど、もう一人じゃないだろ。レイン、顔を見せろ。俺はアクスターさんじゃなくて、おまえに会いたいんだ。俺はおまえが敗北の象徴だなんて一度も思ったことはない。俺がパラデイアにきたのはアルドールもヘスも関係ない。皇帝なんて知らなかった。ただ、おまえを探すためにこの星へ来たんだ。今も未来も関係ない。おまえに会いたかったからここまで来た」
 ラスウェルの言葉に、レインがわずかに反応した。半分の肩をこわばらせ、それでも頑なに振り返ろうとしない。視線はアルドールタワーにある。
「俺を探しに……?」
「そうだ。おまえはかけがえのない仲間だ……レイン、ずっと一人にしてすまなかった……俺たちの仲間だというのに……」
 ラスウェルは、レインの後ろから抱きついた。今すぐに、彼の身体に触れ、自分がここにいる証明をしなければいけないと感じたからだ。
「レイン、おまえとこの緋色の高原で戦った時、アルドールタワーが墓標だと言ったな。おまえの時代の俺たちは死んだかもしれない。だけど、俺は生きてる。絶対に死なない。皇帝を倒して再びこの星に帰ってくる。アルドールタワーは墓標じゃない。新しい時代を切り拓く希望の光にしてみせる……絶対に……だから俺たちの戦いを信じて、ここで待っていてくれ」
「ラスウェル……ああ、そうだな。俺はもうおまえの師匠じゃないし、アルドールの王になるのももう一人の俺だけど………おまえの仲間として、友として、検討を祈る――グランシェルトの騎士として」
 友の口癖。久しぶりに聞いた気がする。相変わらずレインは顔を見せなかった。それでもラスウェルには伝わった。レインが、再び自分を信頼してくれていると。
 触れた身体からぬくもりが伝わる。生きている。今もこれからも。アルドールタワーを墓標になんかさせるか――レイン、俺はおまえの思いに答えて見せる――

  

  

「アクスターとの挨拶はすんだのか?」
 レイン――今の時代のレインに言われて、ラスウェルははっと我に返った。いつの間にか緋色の高台からグランドールに戻ってきている。そうだった、もう一人のフィーナは気まぐれな性格だった。何も言わずにラスウェルを元の場所に連れてきたのだ。
「ああ、師匠とはちゃんと話してきた。もう大丈夫だ」
「アクスターか……すごい奴だよな。ここに来る前にアルドールタワーで俺に魔法障壁を教えてくれたけど……あいつは何者なんだ? ラスウェルはずっとあいつと旅してきたんだろう?」
「ああ、師匠はすごい人だよ。俺は師匠のことを尊敬している。これからもずっと。師匠は……皇帝との戦いで仲間を失ったんだ。だから、俺たちのこともすごく心配してくれてるんだ。魔法障壁を教えてくれたのも、きっと師匠の思うところがあったんだろう」
「アクスターはラスウェルの師匠だったんだろ? だったら、ラスウェルにそのまま魔法障壁を教えればよかったんじゃないか。どうして俺に教えてくれたんだろう」
 ああレイン、おまえは自分の手で仲間を守りたかったんだな。相変わらず、お前ってやつは、正義感が強くて、自分を犠牲にしてまで、誰かを守ろうとする。変わらないな。
「さあな。師匠は過去のことをあまり語らなかったし……」
「ラスウェル、いこうぜ、今度こそ皇帝を倒そう。俺は……今度こそ、アルドールタワーに希望の光を灯すんだ。俺たちの手で」
「ああ」
 ラスウェルはうなずいた。レインはいつだって頼もしい。俺の信頼出来る相棒、頼れる仲間だ。
 レインが親指を空に向かってぐっと立てた。幼なじみの口癖だ。
「グランシェルトの騎士として」
「違うだろう、レイン。俺たちはもう騎士じゃない。王だ」
「おっと。そうだった――アルドールの王として」
 ラスウェルは友の言葉に返した。「ヘスの王として――血は違えど、目指す場所は同じだ」
 迷い無く前に向かって進むレインの隣にラスウェルは並んだ。
「レイン、この戦いが終わったら、アクスターさんの仲間に会ってくれないか? アルドールタワーの麓に眠っているんだ。レインが来てくれたら師匠は喜ぶと思う――だから、皇帝を倒して、絶対に生きて帰ろう。背中は託した。頼むぜ、相棒」
「ああ、任しておけ」

  

  

 二人の王が新しい時代に向かって歩いていった――自分たちの時代を切り拓くために。

   

   

2019.02.02