.
・メリアドールが神殿騎士団長になる、というエンディング後のif物語の中の一エピソードです(メリアドールのエピソードは同人誌「Top of the World」に載せています)。
・オリジナルキャラの登場も多いです。

 

 

 
教会の鐘より大きいもの

 

 

 

 グレバドス教会が誇る、イヴァリース随一の大聖堂。その鐘の音は、ミュロンドを超え、イヴァリース全土に響きわたると言われている――というのは、もちろん、教皇を擁するミュロンド派の勢力の強大さを揶揄している。
 バルクは、ついこの前まで、そのミュロンド派の神殿騎士だった――だが一身上の都合により、今は騎士団を脱けてゴーグに戻ってきてる。教会の組織の下で働いてきたバルクは分かる。あのミュロンド派に対抗できるものはこのイヴァリースにはいない。ただし、鳴り響く大聖堂の鐘に唯一対抗できるものをバルクは知っている。

 

 
「アンタァァァァいつまで寝てるンだい! はやく起きなッ! 外で客を待たせてるンだよッ!」
 ――うちのかみさんの怒声だ。

 

 
 バルクは「うるせぇ柱が壊れる」と言い返してから、ルツ――彼のつれあいの命令に従ってしぶしぶとベッドから起きた。昨日は、活動家時代からの相棒と夜遅くまで飲み、酔いつぶれていた。酒場で記憶がとぎれているから、相棒が家まで運んできてくれたのだろう。
「まったく、安息日くらい寝かせろよ――教会じゃあ、水より薄いエールしか飲めなかったんだ。世俗の酒はうまいぜ」
「なによ、知った口きいて。テロリストのアンタに安息日なンか関係ないだろう」
「おいおい、俺だって、ついこの間まで教会のエリート騎士さまだったんだぜ?」
 バルクは朝の水で寝起きの顔を洗おうと、桶に手をつっこもうとした――が、ルツに妨害された。
「悠長に顔なンて洗ってるンじゃないよ! 客を待たせてるって言ってるだろう!」
 ルツに蹴飛ばされて(おかげで二日酔いも醒めたところで)、バルクが戸口に向かうと、そこには、金髪の、瀟洒なローブをまとった少女が二人できちんと待っていた。よく似た髪型、よく似た格好。まるで姉妹のような雰囲気だ。
「サー・バルク・フェンゾル、お初にお目にかかります。わたくしはシャーロット。メリアドール様の第三部隊に所属する神殿騎士です」
「サー・バルク・フェンゾル、お初にお目にかかります。わたくしはエレイン。メリアドール様の第三部隊に所属する神殿騎士です」
 彼女たちは、バルクに挨拶をすると、メリアドールの近況について、あれやこれやと口早にまくしたてた。甲高い声でさえずるカナリアが二羽。酔いの残る頭には、やや響く。
 ――まったく、誰だよ、俺の家の所在を教会に漏らした奴は。ぶっ飛ばしてやる。
 元活動家――テロリストということもあり、自分の家の場所を教会に握られるのは危険だと、バルクは思っていた。家には、妻がいて、娘がいる。何かがあってからでは手遅れだ。

 

 
「あ、ボス! 教会のお嬢さんたちと無事に会えたんですね! よかったです。お嬢さんたちがボスの家を探していたので、案内しておきました!」
 カナリアのさえずりにバルクが頭を抱えていると、バルクの長年の相棒――ジェレミーがひょっこり姿を現した。
「犯人はおまえか……少し裏へこい。しめてやる」
「え、え、ちょっと、なんですか」
 慌てるジェレミー。バルクは機嫌が悪い。二人のカナリアは「今日のメリアドール様の髪型のときめきポイント」について語り合っている。混乱した場を制したのは――フェンゾル家の主、の妻のルツだ。
「アンタ、客人の前で口汚い言葉をきくンじゃないよ」
 ルツは、料理用の肉斬り包丁で、料理板をバァァンと叩いた。
 一同は静かになった。
「――食事の準備ができてるよ。冷める前にとっとと食べな」
 一同は食卓についた。バルクは配膳の手伝いを自ら申し出た。
「それで、わざわざ俺の家まで押し掛けてきて、何用だ? お嬢さんたちよ」
 ルツお手製のゴーグ料理をひとしきり食べると、バルクは若いカナリアたちに聞いた。
「……もうすぐ、教皇猊下の代替わりの式典があります。ドラクロワ枢機卿が、次代の教皇として奉職なされます。メリアドール様も、その式典で次代の新たな騎士団長として叙勲をいただきます。ですので、メリアドール様と一緒に活躍されていた、バルク様にも、是非式典に参列していただきたいのです」
 シャーロットが言う。バルクは即答した。
「断る」
「なんでですの!?」と不満げなシャーロットとエレイン。
「何度聞かれても答えは変わらん。俺は組織からはきっぱり縁を切った。未練がましく顔を出す気はねえよ。メリアドールだって、もう父親を超えて、立派ないい女になっただろう。嬢の晴れ舞台を、俺みたいな男が顔を出してぶち壊しにしたら台無しだ。嬢によろしく伝えておいてくれ」
 バルクは両手を振って、二人をさっさと島に帰りな、と促した。
「ゴーグの職人様は頭がお堅いわね。私なんて、メリアドール様の晴れ舞台なんて、まばたきするのも惜しいくらいにずっと見つめていたいのに……残念ですわ」
 二人は、バルクの意志の堅さに諦めて、しぶしぶと、ミュロンド行きの船を目指して港の方に歩いていった。

 

 
「……ボス、本当に断ってよかったのですか? ボスだってメリア様にもう一度会っておきたいのでは? それにクレティアン様も副団長になるとか」
「あーあいつはいいや。貴族は目が腐るから見たくねぇ」
「うちの人、案外シャイなのよ。昔っからね。ああ、でも、あたしよりもアンタの方が詳しいかもねえ」
 ルツがジェレミーの肩を叩いた。ジェレエミーはうなずいた。活動家だった時、神殿騎士だった時。ジェレミーはバルクの隣で共に戦ってきた。思い返せば長いつきあいだ。
「ところで、アンタさァ」
 ルツがバルクに意味ありげな視線を投げかける。
「教会の騎士さまをやめてから、ろくな仕事をしてねぇでないか」
「な、なんだよ……俺は……」
「あたしはさァ、活動家として権力に刃向かって時代を切り拓いていこうって気概のアンタに惹かれたンだよ。教会の騎士になるって突然言い出した時は、たまげたけどさ、それでも教会に入って、あたしたち庶民が貴族に食い物にされない平等な世界を作るって言って、やっぱあたしの惚れた男だって思ったンだよ――」
 夫婦の熱い愛の告白の間に立たされて、ジェレミーは気恥ずかしくなった。
「――なのに! 最近のアンタは何だい! 酒飲ンで、寝て、何の仕事をしてるンだい! アンタは腕利きの機工士だったじゃないか! 教会でファーラムしてるうちに銃の使い方も忘れちまったのかい?」
「ルツ! 違う! 俺は、もう裏の仕事からは足を洗おうって決めたんだ!」
「ハン! 口だけは達者なこと! はす向かいのボアズの旦那はこの前、腐れ司教の首を狩ってきたよ。アンタは教会のエリートの騎士さまだったンだろ? 腕がなまってなければ教皇の首くらい撃ち落とせるだろ。教皇の代替わりの式典があるンだって? ちょうどいい、やってみな!」
「おいおい、待て待て! 俺だって銃の腕は落ちてない、絶対にだ――だが、教皇の首は狙えない。そんなことをしたら嬢に粉砕される。それこそ嬢の晴れ舞台ぶち壊しじゃねえか!」
「ああ、ろくでなしの亭主を持つ嫁は恥ずかしいさね。たまにはいい獲物を持ってきな!」
「おい、ルツ! 俺はだらけるために家に帰ってきたんじゃねえ――娘に、オルパに会いたかったんだ! はやく会わせてくれッ」
 そう、バルクが荒稼業から足を洗った理由は――家族のため、娘のためにいい父親になりたかったのである。
「うちの子なら、マイスター・ブナンザのところに預けてるよ。やっぱり、ゴーグに生まれた人間なら機工士の技術を磨いてほしいからね」
「なんでブナンザの奴ンところなんだ! 俺が機工士だってこと、忘れてねえか?」
「あン? 何だって? あたしだってゴーグ生まれ、ゴーグ育ちの生粋の機工士だよ。だから知ってる。技術を学ぶには師が必要だ。アンタはろくに家に帰ってこないじゃないか! アンタにうちの子の師がつとまるかい?」
 ルツは勝ち誇った顔でバルクを見下した。

 

 
「ルツ姐さん、相変わらず激しい人ですね」
「まあ、活動家だった頃に出会ったからな……あいつも昔は俺より激しいアナーキストで二丁銃で戦ってたからな」
 居場所がねえや、とバルクはジェレミーをつれて家を出た。足は自然と酒場に向く。
「ボス、酒場に入るところをまた姐さんに見られたら大変なことになりますよ――フェニ尾は常備してますが」
「ちっ、しゃあねぇな……けどよ、俺だって好きで教会の犬になったわけじゃない。性に合わず教会でお祈りしているうちに、娘に顔を忘れられるとは、神も愛想がないぜ」
 バルクは、道ばたの石ころを蹴飛ばした。ジェレミーはやれやれ、とつぶやいた。その時――
「――とうちゃん!」
 バルクと同じ黒髪おさげの、まだ年端もいかない幼子。バルクもジェレミーも、その女の子のことは初めて見たが、すぐに分かった――フェンゾルのお嬢ちゃんであると。
「ああ! あなたがオルパちゃん――」
「おい待て! お、俺より先に抱くな……!」
 バルクが制止せずとも、少女オルパはまっすぐバルクの胸に飛び込んできた。そして、そのまま自然な流れでバルクの肩の上にオルパがよじのぼった。
「オルパ、ベスロディオの家に行ってるんじゃなかったのか?」
「うん、でも、今日はかあちゃんから、とうちゃんが酒場に入らないように見張ってろって任務をもらった!」
「そうかい。じゃ、今日の任務は成功だな。仕事を成功させたのなら、ちゃんと報酬をやらないとな。オルパ、何がいい?」
「とうちゃんの背中」
 おいおい、まじかよ。バルクはつぶやいた。ムスメってのは、こんなに可愛いのかよ。天使じゃねえか。今なら祈れるぜ。ファーラムッ!
 ルツから、オルパがブナンザの家で機工士修行をしていると聞いて、自分の娘をとられたようで、ひそかに嫉妬していた――だが、そんなことはなかった。
「オルパちゃん、もう銃を使えるんですか?」
「うん。でも、女の子が銃で戦うのって、変かなぁ」
「そんなことねえよ」バルクは背中の上で娘をあやしながら続けた。「おまえのかあちゃんは、銃を持って前線で戦う戦士だった。それにな――あの海の向こうのミュロンドの大聖堂が見えるか?」
「うん。朝と夕にきれいな鐘がなる」
「そうそう。その大聖堂。あそこの騎士団の次の団長様はおまえと同じ女だ。並大抵の男は、彼女の足下にひれ伏すことになる強さだ」
「すごい! そんな強い人がいるなんて! あたしもいつか一緒に戦ってみたい」
「オルパ、俺はな、彼女と一緒に肩を並べて戦っていたんだ」
「とうちゃん、教会の騎士さまだったの? すっごい!」
「まあな」
 バルクとジェレミーの目が合った。
「あんまり盛って、オルパちゃんの期待を砕いたらだめですよ」
「あんだよ。俺が教会の騎士だったのは紛れもない事実だろうが」
 オルパが、バルクの首にぎゅっと抱きついた。
「とうちゃん、教会のお話を聞かせて」
「ああ、いいぜ、話すと長くなるが――」
 さあ、どこから話そうか。バルクとジェレミーは足取り軽やかに、楽しそうに語りはじめた。

 

 

2019.10.20

 

 
・ジェレミー、ルツさんは他のエピソードでも登場しています。話のつながりはありませんが、だいたい似たような性格です。ルツさんは登場するたびに性格が姐さんになってきましたw