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・メリアドールが神殿騎士団長になる、というエンディング後のif物語の中の一エピソードです(メリアドールのエピソードは同人誌「Top of the World」に載せています)。
・イズルードとアルマは結婚している前提(イズルードがベオルブ家の入り婿になりました)。エンディング後の物語ですが、誰も死んでいません。

 

 

 
花摘みの季節

 

 

 
 吹雪の季節が終わると、ガリオンヌには暖かい風が吹き、雪解けをうながす。暖かい風が吹く頃、領地に点在するなだらかな丘陵では、花摘みにいそしむ女性の姿が見られる。
「――彼女たちは、何をしているんだ?」
 ウィーグラフとチョコボの遠乗りをしていたイズルードは、丘の上で輪になってせっせと花を摘む女性たちの姿に釘付けだった。ベオルブ家に婿入りしたばかりのイズルードにとっては、ガリオンヌで見る風景の全てが新鮮だった。ミュロンドは温暖な島国だったから、雪国の風習はことさら珍しく感じられるのだろう。
「ああ、あれは、染料になる花を集めているんだ。特に赤の染料になる花は、ここガリオンヌでしか採取されないから特に貴重だ。ガリオンヌの商家が潤っていたのは、この特別な染料があったからだ――といっても、黒死病が流行る前のことだが」
「そういえば、ウィーグラフは商家の出身だっけ」
 ウィーグラフは、イズルードのチョコボに首を並べて、速度を落として、故郷のおだやかな風景を眺めていた。
 ――ここの風景も、すっかり元にもどったようだな……。
 イズルードが言った通り、ウィーグラフは商人の家の息子だった。綿製品の加工を細々と行う一族だったが、祖父の代に、新しい染色技法を開発し、それまでに染色不可能だった赤色のコットンシャツを開発し、当時の一大流行となった。ロマンダとの交易も活発に行われていた当時、ウィーグラフの祖父は一大で莫大な富を築きあげ、フォルズ家は地元の名士として敬われるようになった。ミルウーダが小さい頃は年上の貴族のレディたちに混じって、ガリオンヌの風物詩となったこの花摘みに出かけていた。
 だがそんな穏やかで幸せな日々も、ロマンダとの戦争、黒死病の流行、国王代替わりの内乱ですっかり変わり果ててしまった。ウィーグラフの両親は黒死病で亡くなり、争乱のなかで潰れた家業は借金しか残さなかった。ミルウーダはドレスを脱ぎ、戦装束をまとった。彼女は戦士として生きる決意をしたのだ。
 ――祖国のために戦うのよ! 私たちは屍にはならない! 故国の勝利を得るためなら、なんど死んでも生き返る!
 黒死病で故郷が壊滅し、家が没落しようと、それでも凛々しく、強く立ち上がった。ウィーグラフは思った。その姿は――とても、彼女に似ていた。
「ウィーグラフ、そういえば姉さんから手紙を預かっているんだ」
「ああ――ちょうどミルウーダ……いや、メリアドールのことを考えていたところだった」
 イズルードは、丘を下り、低木のしげみに乗っていたチョコボをつないで、木陰に座った。ウィーグラフもそれに続いた。
「父さんが引退するらしいんだ。それで、姉さんとクレティアンが次の長に推薦されえて……でも、折り合いが悪いみたいで、困ってるって。姉さんも気が強いし頑固だから……」
「ああ、うむ、そうだろうな」
 ウィーグラフは、メリアドールよりも先に妹のミルウーダのことを思い出した。気が強くて、走り出したら止まらない。喧嘩になると、折れるのはだいたい兄である自分だ。
 イズルードは、メリアドールからの手紙を読みながらウィーグラフに手渡した。
「――ウィーグラフ、ミュロンドに戻るつもりはないか? 姉さんが、自分の補佐は同じゾディアックブレイブとして戦ったウィーグラフに頼みたい、と手紙で書いてきてるんだ」
「――え?」
 ウィーグラフは目を丸くした。再びミュロンドの神殿騎士団に戻り、そして、副団長に? 
「オレ、ウィーグラフだったら騎士団を立派に率いてくれると信じてる。クレティアンも、努力家だし、うまくやってくれるって信じてるけど、姉さんと犬猿の仲だから……ウィーグラフならきっと、うまくやっていけるんじゃないかって思ってる」
「いや、買いかぶりすぎだ、イズルード。私にはそんな器はない。人望があるのは、祖父がガリオンヌの名士だったからだ。騎士団を引っ張る力もミルウーダの方がよほどある」
「そんなことない! オレは、神殿騎士団にいた頃、ウィーグラフのことがずっと憧れだった。財産をなげうってガリオンヌで祖国防衛のための旅団を立ち上げて、それで、活躍が認められて騎士団の称号を得たって聞いて……本当に吟遊詩人の語る英雄みたいな人だと思った。そんな人と、一緒に戦えるなんて、オレは……嬉しすぎて、今でも、一緒に戦場に立った時の感動を覚えている。オーボンヌ修道院に聖石奪還に行った時の……」
 なにやら熱い火が降ってきたようで、イズルードは止まることなくウィーグラフへの尊敬と賛辞の言葉を雨嵐と語り出した。隣で聞いているウィーグラフは、突然の熱い告白に困惑している。
 ――おいおい、イズルード、どうしたんだ。おまえはもう、神殿騎士ではなくて、ベオルブ家の若婿様だろう。家で新妻が夫の帰りを首を長くして待っているだろうに。
 ウィーグラフは、イズルードの髪をぐしゃっと撫でた。
「わ、な、何するんだよ」
「イズルード、おまえは日が暮れる前に城に帰れ。こんなところで油を売っている場合ではないだろう――イグーロスの若き城代さまよ」
「あ、ああ、うん、そうだけど……オレはもうちょっとウィーグラフと一緒に……」
「なんだ? もう夫婦喧嘩か?」
「ち、違うんだ! アルマ様はとても優しくて、いい人で……だけど、義兄達と打ち解けられなくて……ああ、もう! なんであんなに堅物の義兄が三人もいるんだよ! うちの姉さんが三倍になったみたいだ」
 ああ、とウィーグラフは笑った。ダイスダーグとザルバッグとラムザ。ゲルミナス山脈より高い障害が、三つ。
「おまえも苦労しているな、イズルード。まあ、だが新しい暮らしにはすぐ慣れるだろう。おまえも、メリアドールも。私の知る限り、ティンジェルの血筋もなかなか強情だからな」
 ウィーグラフはイズルードから受け取った手紙をひらひらと振った。
「メリアドールには私から返事を書いておく――申し出はありがたいが、私は、故郷から離れるつもりはない、と」
 名残惜しげに帰路に就くためにチョコボの綱を握っていたイズルードが聞いた。
「やっぱり、ミルウーダさん……家族と離れるのは寂しい?」
「まあ、そんなところかな」
 そして、イズルードはイグーロス城に、ウィーグラフはミルウーダの待つ家へとそれぞれ戻っていった。

 

 
「兄さん、遅い! 夕飯!」
 ウィーグラフがただいまを言うより早く、ミルウーダが叫ぶように言った。ウィーグラフはイズルードと話し込んでいて遅くなった手前、彼女の食事の準備を手伝おうと、テーブルの上に皿を並べようとした。
「なんだ、書類が山積みじゃないか。ギュスタヴに配達屋に届けるように頼んでおいたのだが、あいつは今日はこなかったのか?」
「ギュスタヴ? いるわよ、ほら、樽みたいなアレ」
 ミルウーダは鍋のふたを右手に持ったまま、部屋の片隅を示した。酒場から調達してきたらしいエールの樽を抱えて熟睡している。ゴラグロスも巻き込んだらしく、二人で酔いつぶれている。
「おまえら……今日は騎士団の庶務を片づけておけと言ったのに」
「兄さん、邪魔だから早く起こして。鍋が出来たけど私が皿によそう前にまだ起きてなかったら、スープを上からぶっかけるから」
 ミルウーダが鍋をスプーンでカツカツと叩いている。気が立っている。当然だ。ウィーグラフは二人の尻を蹴り上げると、エール樽を取り上げて戸口の外に頃がした。ゴラグロスは、ウィーグラフの剣幕に気づいて、気まずそうに謝った。なんだよ、寝てるとこ起こすなよ、とギュスタヴは不機嫌そうだ。
 ミルウーダが鍋を持ってきた。せっかくの夕飯が床にばらまかれては大変、とウィーグラフは慌ててギュスタヴの腕をつかみ、テーブルまで引っ張ってきた。
「ミルウーダの兎鍋、久しぶりだな……親父さんがいたころは、いつもこうして三人で食べてたよな」
 ゴラグロスはウィーグラフとミルウーダの幼なじみだった。まだウィーグラフの両親が黒死病で亡くなる前から、よく一緒に食卓を囲んでいた。
「ギュスタヴ、あんたは食事の前に、コレよ」
 ゴラグロスと一緒に、ちゃっかりフォルズ家の夕食にあずかろうとしていたギュスタヴをミルウーダが制した。スプーンをつかんでいた右手に、書類の束をどさっと置く。
「さっさと片づけないよ。今日中の集荷に間に合わせないといけないって兄さんに言われてたでしょ」
「ち、めんどくせぇな……」
「ギュスタヴ!」
 ミルウーダが、机を叩いた。この後の流れは容易に想像できる。ギュスタヴが不満をこぼしつつ仕事をしない、ミルウーダは苛立って皿をひっくり返す、そして、夕飯が台無しになる、といういつもの流れだ。
 ウィーグラフは、ギュスタヴから書類の束を取り上げた。「いい、私がやる」時間がもったいないと思ったのだ。
「兄さん? ギュスタヴを甘やかしすぎよ。ちゃんと働かせないと。これでも兄さんの副官なんだから。使えないなら北天騎士団に返却してきて。それにゴラグロス、あんたもよ! なんでギュスタヴと一緒になって昼から酔いつぶれてんのよ!」
「ご、ごめん……」
 ウィーグラフは三人の喧噪には慣れているので、目の前で舌戦が繰り広げられようと、何も気にせずに書類を裁いていく。インクとペンを手にしたついでに、メリアドールの手紙に簡単な返事をしたためた。「メリアドールへ、誘いはありがたいが、私の騎士団のことで手一杯なので、そちらにはいけない」と。
「あら、兄さん、手紙?」
「昔の仲間――ミュロンドの神殿騎士から頼りがあってな。ミュロンドに戻って副団長にならないかと聞かれたのだ」
 ミルウーダ、ゴラグロス、ギュスタヴは、示し合わせたかのように、おのおのの手を止めた。そして異口同音に言った。
「兄さんが? 無理でしょ」
「無理だよ、ウィーグラフ」
「おまえには無理だろ」
 こういう時に、ウィーグラフはイズルードのことが恋しくなる――自分のことを、眩しいほどの純粋な尊敬のまなざしで見てくれる、たった一人の騎士だった。
 やや寂しげに肩を落としたウィーグラフにミルウーダが、慰めではない言葉をかけた。
「兄さん、現実は甘くないのよ。私たちの同郷のディリータのこと、覚えてる? あの子も神殿騎士になったでしょう。そして、英雄になって、王になった。でも、兄さんも同じ神殿騎士だったのに、兄さんはミュロンドで何をしていたの?」
「なんだ、私がせっかく故郷に戻ってきたというのに、おまえたちはつれない態度だな。ミルウーダ、おまえは兄が戻ってきて嬉しくはないのか?」
「わ、私は別に……」
 ミルウーダは、ついっと横を向いた。これは妹の照れ隠しの仕草だ。よしよし、私のかわいい妹よ――と頭を撫でるのはやめた。それはさすがに怒られそうな年齢だったから。
「そうだ、ミルウーダ、明日は一緒に花摘みに行こう。丘の方はもう雪解けが始まっていた。祖父さまが生きてた頃はよくやっていただろう?」
「え、ええ……昔は……でも、今は花摘みなんて。街の女が着るようなドレスは持っていないし、もう何年も剣しか持ってなかったから、どうやって花なんて摘んでいいのか……」
「服ならちょうどいいものがある」
 ウィーグラフは、テーブルを離れて、部屋の中の荷物をあさりはじめた。神殿騎士団を辞してきた時に、持ってきたものがいくつか入れっぱなしになっている。
「ほら、私のローブがある。切って巻けば、ちょうどいいスカートになるだろう。祖父さまが染めてたの同じ赤色だ――少し、汗くさいのだけは勘弁してほしいが」
「やだ、兄さんったらそんな真っ赤なローブを教会で着てたの?」
「目立ちすぎじゃねえの?」とギュスタヴ――彼はウィーグラフが書類仕事に忙しいの理由に、ウィーグラフの夕食の皿をしれっと横領していた――そして、後でウィーグラフに叱られることになる。
「たまには剣をおいていくのもいいだろう。そして、親父らの墓に花を添えにいこう」
「そうね――」
 ミルウーダは、ウィーグラフだけに聞こえる小さな声でささやいた。兄さん、帰ってきてくれてありがとう――と。

 

 

2019.10.20