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 白桃

 

 

 
 彼女の身体は鋼鉄の鎧に覆われている。深く被ったフードは彼女の髪を隠し、脚は長いローブの内に秘められている。彼女は誰にもその素顔を見せない。メリアドール――皆がその名前を呼ぶが、彼女の秘められた姿を知る者は少ない。彼女は剣を携えた戦乙女だった。磨き込まれた鎧は鈍い金色に輝き、彼女の勇ましさを際立たせる。彼女は信仰のためなら迷わず剣をふるう。その太刀さばきは見事なものだった。勇猛な歴戦の騎士と見まごう程であった。それでも彼女が美しい女性であると分かるのは、彼女が歩く度、緑で縁取られた黒のローブが翻り、その一瞬、婦人のスカートの形になるからだった。彼女は美しく、そして颯爽と歩く。
 だから彼女の女の素顔を知ることが出来る時間は、ほんの一瞬だけである。

 

 
 神殿騎士たちは、ベルベニアからミュロンドへの帰還の途中、森の中で天幕を張って仮の宿営を取っていた。クレティアンはメリアドールが一団の外れの天幕に入っていく様を見た。すかさず後をつけ、そして、メリアドール付の従者が中に入り、主人の世話をしようとしているのを手で制止した。若い彼女は二言三言、言い返してきたが、クレティアンは構わず、近くの果樹園から頂戴してきた桃を二つ彼女に放り投げ、彼女を容易く買収した。
 メリアドールは天幕の中にあつらえた簡易ベッドに腰を下ろし、進軍の疲れを癒やしていた。その時、誰かが入ってくる気配を感じた。それはメリアドールに付き従い、世話を焼くいつもの少女ではなかった。
 ――悪い虫が入ってきたわね。
 彼女は剣を引き寄せた。
 ――これは失敬。
 その声の主は対して悪びれる風もなく、形だけの詫びを述べた。
 ――あなただったのね、クレティアン。
 メリアドールは剣を手放した。――剣が落ちたぞ、とクレティアン。
 ――駄目よ、私が本気でこの剣を叩き付けたら、あなたの息の根を止めてしまうわ。あなたがそうして欲しいと望むのなら、話は別だけど。
 彼女は、後ろに居るであろう長身の青年を想って声を掛けた。振り向きさえもしなかったが、そこに居る青年の風貌を想像することは容易いことだった。ダークブラウンの髪を後ろに流し、彼女が纏っているのと同じくらい丈の長いローブを羽織り、腰の帯で締めている。多分、手と足の裾から黒の下着が少し見えているはずだ、とそこまでメリアドールは思い描くことが出来た。甲冑で身を固めた彼女とは対照的な姿である。メリアドールが本気を出せば、大した苦労もなくこの魔道士を仕留められるだろう。もしここにいる青年が獲物を狩にきた男であったなら、彼女はすぐさま駆逐していたはずである。しかし二人は親密な仲であった。
 ――挨拶もなしに、女性の天幕に入ってくるのはいかがなものかしらね。
 ――ご機嫌よう、メリア。
 続けて、
 ――これで私が追い出されることはなくなったな。
 ――さあ、どうかしらね。
 メリアドールはベッドの上に腰掛けたままである。背筋を伸ばし、毅然と座ったままである。
 ――ところで、私の可愛い付き人の姿が見えないのだけど、どこへ遊びに行ったのかしら。主人の着替えもまだだというのに、一体どこをほっつき歩いているのでしょう。
 ――ならば、手すきの私が然るべき仕事を果たすまで。
 メリアドールはやっと振り向いた。そして笑いながら言った。
 ――まあ、あなた女の服の扱い方を知っていて? それに、鎧を着たことがあって?

 

 
 ――意外と小さいんだな。
 クレティアンはメリアドールの上着を丁寧に脱がせると、目の前の神殿騎士をまじまじと眺めた感想を実直に述べた。彼女の体はまだ無骨な鎖帷子で覆われていたが、ふっくらと優しい曲線を描く女性の胸を隠すことは出来ていなかった。
 ――何をしているの。どうやら、あなたのお手は仕事を忘れているようね。やっぱりあなたは鎧を着たことがないんでしょう。この鎖帷子がどんなに重くって、汗にまみれているのか知らないんでしょう。早く、私はこれを脱いでさっぱりしたいの。
 お乳の感想は聞かなかったことにして、メリアドールはクレティアンを促した。つんとすまして侍女に着替えの手伝いを要求する姫さながらに、彼女は腕を伸ばし、さらなる奉仕を求めていた。ただし、彼女は絢爛豪華な衣装を纏って城の窓辺に立つ姫ではなく、れっきとした騎士である。瀟洒なドレスの代わりに鋼鉄の鎧を身にまとった戦乙女である。
 メリアドールが首を振ると輝く金髪が彼女の首筋にこぼれ落ちた。綺麗に手入れされた明るいブロンド。それは彼女の秘められた素顔であった。その隠された美しさに存分にあずかれるクレティアンは、彼女の髪をくしけずりながら、一つ二つ房にして肩に垂らした。鎖帷子を外すのに邪魔だったからである。そして、再び感想。
 ――意外と小さいだな。
 ――また。そればっかり。二回目よ。そんなに他の人のを見たことがあるの。
 メリアドールは機嫌が悪くなった。すねてベッドの上に寝転んだ。戦装束を解いた彼女は、扱いの難しい年頃の娘になっていた。仰向けに寝転ぶと、彼女の形の良い小さな愛らしい乳房は重力に押しつぶされて、ぺったりと平たくなった。ローブの上からでもその様子は分かった。クレティアンは紐解いた鎖帷子を床に投げ捨てると彼女の上に覆い被さった。柔らかい感触。メリアドールはまだ機嫌が悪かったが、首筋に顔を埋めてじゃれついてくる人をぞんざいにはしなかった。

 

 

 

 
 ――ちょっと、どこを触っているの。
 ふいにメリアドールが声をあげた。クレティアンの手が下に伸びてきたからだった。ささやかな抗議の声である。平素は厚い鎧に覆われている彼女の素肌は白磁の器のように透き通っている。声を上げる度、彼女の頬に赤が花開いていた。
 ――そんなに叫んだら他の人に聞こえてしまうだろう。
 と、口を塞ぐようにキスをしたのはクレティアンの方である。
 ――それ以上は駄目よ。おなかが大きくなったら困るもの。誰か人を呼ぶわ。
 ――お預けか?
 ――外にいる従者を呼ぶわ。私にこれ以上怒鳴られたくなかったら、早くそこをどくことね。
 クレティアンは名残惜しげに彼女の乳房を撫でていた。小さくとも愛らしいそれは、熟れた二つの果実のようで、クレティアンが口に含むと、えも言われる甘美の味が広がった。

 

 
 ――まあどうして服がこんなに散らかっているんですか。
 呼び戻した従者は床に投げ捨てたままの戦装束を一目見て、そして片付けながら呆れて言った。
 ――それは私がやったんじゃないのよ。
 ――どなたがいらっしゃったんです?
 メリアドールはその問いには答えなかった。返答の代わりに、お前は何処に行っていたの、と聞き返した。
 ――ドロワさまに桃をいただいたんです。剥いてきたので一緒に食べましょう。瑞々しくて、とても良い香りがします。

 

 
 熟れた果実を見て顔を赤らめた理由を、付き人の少女は知らなかった。