.

 

 

 

それは余りものだからと彼女は言う

 

 

 

 コンコン、と扉を叩く音。クレティアンは読みかけの魔道書から目をあげた。夕べの勤めが終わり、騎士たちは隊舎に戻っている時間である。
 こんな時間に彼の自室を訪ねてくるのは、彼とある程度の親しみのある者に限られる。単に参謀長と話したい者は執務室へ行く。
「どうぞ――メリアドール?」
 クレティアンが扉をあけると、そこには騎士団長の愛娘、メリアドールがひとりでたたずんでいた。戦装束を解いて、黒い修道服をゆったりと纏っている。普段はフードで見えない髪が、今日はゆるい三つ編みになって肩の上に柔らかに下がっている。

 ――きれいだな。

 クレティアンは率直に思った。鎧を着込み、勇ましく剣をふるう姿からは想像もできないが、彼女の素顔はとても美しい。その美しさを知っているのは、彼女がこうして気兼ねなく素顔を見せてくれる相手――たとえば自分のような――だけだ。
「お邪魔してもよろしいかしら」
 クレティアンは片手で扉をあけたまま、片手でメリアドールを促す。といっても、メリアドールはクレティアンのエスコートに気づくことなく堂々と彼の部屋へ入り、手近なスルーツの上にちょんと座った。

 ――やれやれ、夜中に男部屋に一人で入ってくるとは、勇敢なお嬢様だ。

 クレティアンは貴族の屋敷で育ち、同じような貴族子息たちの通う士官学校で育ってきた。彼からすると、メリアドールの『大胆な』行動にはいつも驚かされる。そして、自分の方が気を遣ってしまう。相手は団長の愛娘だ。彼女の機嫌を損なうようなことがあれば、団長の叱責が飛んでくる。とはいえ、メリアドールとは騎士団に入ってからの付き合いも長く、彼女の豪快な、そしてやや鈍感な性格についてはクレティアンもよく知っているので、細かいことは気にしない。
「メリアドール、こんな時間にどうしました?」
 クレティアンは自分の机に戻った。開きっぱなしだった魔道書を閉じ、椅子をメリアドールの方に向けた。メリアドールとは、本を読みながら適当に相づちをうっている時もあるが、今日の彼女はやけにおとなしい。スツールの上で顔をうつむけ、そわそわと所在なさげにしている。こういう時のメリアドールは、何か問題を抱えていることが多い。
「……お父上と喧嘩でもしましたか? また仲裁ですか?」
 これはよくある事例だ。
「いいえ、そ、そうではなくて……」
「では、また上官の剣を壊してしまいましたか? ローファルに工面してもらいましょう」
 これもよくある事例だ。
「いいえ! 違うの! 私は……あなたに渡したいものがあって来たの……ッ」
 メリアドールが意を決したように立ち上がる。クレティアンも反射的に腰を浮かせた。これは貴族時代に身につけた習慣だ。
 爆薬でも押しつけられるのかと思った。彼女があまりにも気迫凄まじく迫ってきたので、クレティアンはたじろいた。が、メリアドールから渡された――押しつけられた――ものを見て安堵した。
 それは、東方の意匠が凝らされた古代風の金の髪飾りだった。ミュロンドの金細工屋では見かけない。市が開かれた時に買っておいたものだろう。
「きれいですね。でも髪飾りなら、きっとあなたの方が似合うでしょう。よければつけて差し上げましょう」

 ――輝く金髪に、輝く髪飾り。最高の組み合わせだ。そして、その光景を私が独り占めできる。

「わ、私じゃなくて! それ、魔道士用の髪飾りなの! 市で見かけて、きれいだから買ったのだけど、魔道士用のだと知らなくて……そ、それであなたにお渡ししようと思って……」
 クレティアンはメリアドールの髪にそっと手をのばした――が、彼女は「違うの!」とクレティアンの手を拒絶した。頬が紅潮している。
「魔道士のアクセサリーを間違えて買うとは、鈍くさいお方だ」
 クレティアンはとっくに気づいている。戦経験豊富な彼女が、魔道士と騎士のアクセサリーを見間違うはずはない。最初から自分に渡すために用意してくれていたのだと。だが、どうやら素直になれないらしい。贈り物を一つ渡すのにこんなにも手間取っている。乙女の気むずかしい心か、団長の娘としてのプライドか。
「いいでしょう、あなたのご好意をお受けいたします。つけてくださいますか?」
「はい――」
 クレティアンはメリアドールの手の届く高さに腰をかがめようとした――自然と彼女の前に膝まづく姿勢になった。
「そんなに仰々しくなさらなくても……」
 メリアドールの手がクレティアンの頭にふれた。ゆっくりと髪を梳くように、柔らかい手つきでクレティアンの髪を優しく撫でていく。
「――戦地へ旅立つ騎士たちは、こうして姫君から贈り物をいただき、愛を授かりました。詩人の歌う戦歌にはこういう場面がよく出てきます。私も、聖石の騎士から贈り物をいただける日がくるとは、光栄です」
「……んん? それって……」
 メリアドールが手を止めた。何やら考え込んでいる。
「……もしかして、私があなたに愛を贈っているように見えるということ……?」
「違いますか?」
「だ・か・ら! これは間違って買っちゃったのよ! 一番手近な魔道士があなただったから渡してるだけです。お分かりいただけまして?」

 ――ああ、分かっるとも。君が素直になれない手の掛かるお嬢様だといいうことが。
 ――ミュロンドに市が開かれるのは年に一回。どれだけの時間をかけて、この髪飾りを探したのだろうか。

 メリアドールはやや機嫌を損ねたらしい。つんと顔をあげて「帰ります」と言った。
「お礼は何がいい? あなたの誕生日までに何か用意しておきましょう」
「お好きにどうぞ。それを受け取るかどうかは私が決めることですがら」

 ――難しいな。あの気むずかしいお嬢様はいったい何を気に入るというのだ。

 クレティアンはひとり笑った。メリアドールも同じことを考えていたに違いない。何を贈れば喜んでくれるか、気に入ってもらえるか、そんなことをあれこれと考えるのは何にもまして、幸せで、楽しい時間であるのだから。

  

  

 

 
・クレティアンは恋愛経験そこそこあるけど、メリアドールはクレティアンが初恋だと思う、ので純情乙女で、贈り物一つにあれこれ悩んだりしてそうです。もちろんプライドも高いのでデレないツンです。
・上官(ヴォルマルフ団長)の娘と部下の関係なので、二人とも敬語で喋ってます。もう少し親密度があがったら、じょじょにタメ語が増えていきます(そして喧嘩の嵐になる)。
・6/6クレティアンお誕生日おめでとう小説でした。

 

 

2020.06.06