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・子育て真っ最中の若ヴォルマルフさん
・シド、バルバネス、ヴォルマルフの三人は昔からの顔なじみ(でもヴォルマルフが一番年下なので二人には敬語で話してる)
・メリアドールがやんちゃっ娘。イズルードは超人見知り

     

  
祝福していただいて

     

  

 後に五十年戦争と呼ばれるイヴァリースの戦乱の時代――イヴァリース王はオルダリーアにさらなる進軍を試み、畏国全土の騎士に戦争への協力を求めた。
 ここにイヴァリースの名高き北天騎士団・南天騎士団の両将軍が顔を合わせた。サー・バルバネス・ベオルブとゼルテニアの伯爵シドルファス・オルランドゥの二人である。二人は旧知の仲であった。

「しかし、おかしいぞ。わが友の姿が見えないではないか」
 バルバネスは言った。イヴァリースの名将たちが王のために剣をとる準備をしているというのに、ここにいるはずの、ある男の姿が見えない。その名はヴォルマルフ・ティンジェル――神殿騎士団の若き団長だった。
「シド。この有事に及んで神殿騎士団長が姿を現さないとは何ということだ。まさか教会が暗躍を企てている訳ではなかろうな」
「ふむ。確かにこれは奇妙なことだ」
 シドやバルバネスより一回り若い神殿騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルはやり手の切れ者であると評判だった。何故その若さで騎士団長の座につけたのか――その謎めいた素性ゆえに、彼のことをイヴァリース随一の実力者として恐れる者は多かった。また、グレバドス教会は密かに王家への反逆を試みている、という黒い噂も絶えない。
 その騎士団長の消息がぱたりと途絶えたのである。一体、教会の抱える騎士団で何が起きているのか。バルバネスはシドと顔を見合わせた。シドもバルバネスもヴォルマルフとは古い間柄である。その二人をしても、ヴォルマルフの消息は掴めなかったのである。
「よし、それならば様子を見にいってこようではないか。シド、ミュロンドまで行くぞ」

 二人はミュロンドにあるティンジェル家の邸宅を訪ねた。すると、明るいブロンドの髪の少女が飛び出してきた。少女はシドの顔をじっと見つめた。
「パパ! この人たち誰?」
 バルバネスとシドが何のことやら分かりかねて呆然と立ち尽くしていると、すぐにこの邸宅の主と思われる二十代の男が現れた。二人の姿を見て「ああ、久しぶりですね」と呟くと、少しばつの悪そうな顔をした。そしてすぐに娘を叱った。
「メリアドール! お客様の前では行儀良くするんだ! その方は伯爵様だ。ご挨拶しなさい」
 メリアドールと呼ばれた少女は二人の騎士に興味津々な様子だった。父親の言葉は気にも留めずにシドの服の裾を引っぱった。
「おじさん?」
「はは! どうやら私もおじさんと呼ばれるような年齢になったらしい。可愛い子ではないか」
 ヴォルマルフは慌ててメリアドールを連れ戻そうとしたが、好奇心旺盛な少女は父親の手をすばしっこくすり抜けた。そうして自分の家の中へと駆け戻る途中で、彼女の乳母と思わしき女性に抱き留められた。
「だから旦那様はお嬢ちゃまを甘やかしすぎるんですよ。殿方は戦場でしか役に立たないのですから、お嬢ちゃまにばかり構っていないではやく戦争に行ってきてくださいな」
 ヴォルマルフは乳母に叱られて小さくなっていたが、シドとバルバネスには「妻が亡くなりまして……」とそっと付け加えた。
「娘の子育てに手を焼いているようだな、ヴォルマルフ」
 バルバネスは苦笑した。男は戦場でしか役に立たないと言われてしまえば反論も出来ない。
「ええ、どうやら我が子はとんでもないお転婆娘のようでして……」
 そうは言っても実の娘が可愛くてしょうがないといった雰囲気である。
「それで、サー・バルバネス、伯爵様も、今日は私に何用で?」
「ヴォルマルフよ。王がオルダリーアに宣戦布告をしたのは知っているな。我が南天騎士団も、バルバネスも、王のためイヴァリースのために力を尽くして戦うつもりだ。そこで、貴殿の神殿騎士団もこの戦争に協力してはもらえぬかと相談に参ったのだ」
「さようでございますか。でしたら――」
 ヴォルマルフが言葉を続けようとした時、まだ幼い少年がヴォルマルフの背後から控えめにそっと抱き付いた。
「おとうさま、行ってしまうのですか?」
「こら、お前まで。イズルード、お客様の前だぞ、ひかえなさい」
「だって、おとうさまが――」
「ほら、挨拶をするんだ」
 いくら父親にうながされてもイズルードは父親の後ろから恥ずかしがって出てこなかった。
「ああ、ご覧のように愚息は人見知りでして……挨拶もまともに出来ないとは」
「いや構わないさ。ザルバッグの若い頃を見ているようだ。おいで、坊や」
 バルバネスはヴォルマルフの背中からイズルードを救い出すと優しく抱き上げた。その光景を見て、ヴォルマルフは幸せそうにほほえんだ。
「良かったな、イズルード。天騎士様に祝福していただいて」

「結局ヴォルマルフは戦いには参加できないと言ったが――王の要請を易々と蹴るとは、さすがは神殿騎士団長。あいつは胆が坐ってるぜ」
 ティンジェル家の邸宅を後にしたバルバネスはシドに言った。剛胆な男だ。祖国が戦争を始めたというのに、爽やかな笑顔で私は戦争には行けませんと言い放つ。『愛する家族がおりますので』と。
「バルバネス、それは当然だろう。私も最近養子を迎えたばかりだ。年頃の子の世話をするのは手が掛かる。どうやらあの若殿は自分の子らに随分と手を焼いているようだからな。しかし、あの凄腕の騎士団長が子育てで忙しいとは……」
 シドはしみじみとした感慨に耽った。ある日突然一線を退いた神殿騎士団長。教会の陰謀か、とまで噂されておいて、まさか人知れず子育てを始めていたとは誰も想像できないだろう。
「しかし私も娘に会いたくなった。私も戦争が終わったら娘を我が家に呼び寄せよう」
「娘だと? おまえに娘はいないはずだろう、バルバネス」
「いや、居るのだ。ちょうどあの子らと同じ年齢だ」
「隠し子か? まったく、あきれた奴だな――」
「実は息子もいる」
「バルバネス! お前には何人隠し子がいるんだ!?」
「二人だよ。いずれ大きくなったらベオルブの名を継がせるつもりだ。シド、いつか会いにこいよ。可愛い私の子どもたちだ」
「もちろんだとも」
 二人の騎士は笑った――愛する我が子たちの姿を思い浮かべながら。

     

  

2017.05.28