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・イズメリ10歳前後
・イズルード×アルマ前提
・余談ですが、ヴォルマルフとアルマの誕生日は一日違いです。奇跡的ですね!

     

  

僕にお嫁さんをください

     

  

「やあ、ヴォルマルフ、久しぶりだな。子どもたちは元気にしているか?」
 ヴォルマルフの暮らすミュロンドまでわざわざ足を運んできたこの気さくな騎士は天騎士バルバネス・ベオルブ。北天騎士団の団長である。今は自らの騎士団を率いて戦地へ赴いているはずであったが、どうしたことか急にヴォルマルフを訪ねにきたのであった。
「サー・バルバネス、北天騎士団の団長がお忍びで突然どうされました……?」
「いやあ、ふと、貴殿の子どもたちに会いたくなってな」
「そうでしたか! 戦争の合間に私の子どもらのことを思い出していただけるとは光栄です。娘は十二歳になりもう一人で剣を持つようになりました。星天爆撃打を使えるようになってもう一人前の剛剣使いです」
「ええと、イズルード君の話だったかな……?」バルバネスは首をかしげた。
「いいえ、娘です」
「そうか、そうか……貴殿の家の教育方針はずいぶんと厳しいのだな。娘御をディバインナイトに育てるつもりか?」
「いえ、そういう訳では……しかし私の背中を見て自然と剣技を身につけてしまったようです」ヴォルマルフはさりげなく娘自慢を付け足した。「私の娘はとても物覚えが良いようでして。遅かれ早かれ熟練の剛剣使いになるでしょう。父親としては、もう少しおしとやかな淑女になって欲しい気持ちもありますが……」
 だが、あまりおしとやかなレディになってしまうと、あっさりと嫁にいってしまうだろう。それは寂しい。であるから、ヴォルマルフは娘が剣の腕をせっせと磨いていることには口を挟まなかった。
 娘よ、どんどん剣の腕を上げるがよい。そうして軟弱な求婚者どもを撃退してくれ。
「実はな……私がこうして秘密裏にミュロンドへ来たのは娘のことで相談があったからなのだ」
「娘?」
 今度はヴォルマルフが首をかしげる番だった。確か、天騎士の子にベオルブの名前を次ぐレディはいなかったはずだが……。
「私には娘が一人いる。名前はアルマ・ルグリア。妻の子ではないが私の娘だ――まあ、事情は察してくれ。もうすぐ十歳になる。まだイグーロスには迎え入れていないが、いずれベオルブの名前を与えるつもりだ」
「そうでしたか……」
「貴殿の話を聞いていると、やはり娘と一緒に暮らすのはよいものだと思えてきてな。城に呼び寄せようと思ったのだが、私は騎士で、いつ戦場に呼び出されるか分からぬ身だ。主の不在がちな城で、身分の異なるわが娘が無事に暮らせるか分からない。かと言って男所帯の騎士団の中に放り込むわけにいかない。そこでだ、修道院に預けることにした」
「それが一番安全でしょう。しかし……離れて暮らすとなると寂しいでしょうね。お父様も、娘さんも」
「そうなのだ。娘に父親としての姿を見せることも、一緒に暮らすこともできない」
 バルバネスは寂しげに言った。ヴォルマルフは同情した。もしメリアドールが修道院に入ることになったら……ヴォルマルフは考えただけでぞっとした。娘と離れて暮らすなど想像もできない。
「だから、娘を修道院に預ける前に、今日だけは親子水入らずで一緒に食事でもしようと思って戦場をこっそり抜けてきたのだ――だが、戦況が急変した。私はこれから急いでオルダリーアへ向かわねばならん」
 バルバネスはヴォルマルフに向き合った。「だからヴォルマルフよ、父親である私のかわりに娘を預かってくれないか」
「私には無理です!」
 深く考えるより先に反射的にヴォルマルフは即答した。天騎士の娘を預かるなど……責任が重すぎる。
「何故だ? 貴殿は私と同じく騎士団を率いる身。しかも既にもう娘を立派に育て上げた父親ではないか」
「いえ、育てたといっても、メリアドールは――」
「そう謙遜するな。貴殿はよき父親だ。それは子どもたちの姿を見ればすぐに分かる」
「いえ、私には責任が重すぎます……そういうお話は伯爵様に頼んでください。南天騎士団のオルランドゥ様に」
「だめだ。もうアルマをミュロンドに呼んでしまった。これから一緒にミュロンド寺院へ行こうと思っていたのでな。預けようと思っている修道院はオーボンヌだ。ヴォルマルフよ、食事でもしたらそのままオーボンヌに連れて行ってくれないか。あちらの院長殿に話はしてある」
 バルバネスはそう言ってヴォルマルフの肩を叩いて出て行った。
 無茶ぶりにもほどがある。ヴォルマルフは頭を抱えた。一緒に食事といっても自分の家族と食卓を囲むのとは訳が違う。相手は天騎士のご令嬢なのだ。粗相があってはいけない。つまり――淑女を正式にディナーに招待するのだ。

「パパがすごい顔をして図書室を出て行ったわ。何かしら」
「修道院、とか、淑女、とかつぶやいてたよ。それに床に『貴族の礼儀作法』の本が落ちてる。姉さんを修道院に入れるつもりなんじゃない? 姉さんは剣の使い方を学ぶより、お祈りの仕方を学んだ方がいいと俺は思うんだけど」
「イズルード! 姉に向かってなんて口の聞き方をするのよ!」
「姉弟って言っても、たった一歳違いじゃないか! なんで姉さんばっかり剣の腕が上達するんだよ! ずるいや」
 イズルードはむくれた。やっと剣を持てるようになったと思ったら、姉はもう剛剣を使いこなしている。
「二人とも、どうしました? 図書室で大声をあげて」
 姉弟で言い合いをしていると、ローファルが姿を見せた。
「イズルードが私の剣の腕に嫉妬してやつあたりしてるの」
「姉さんッ」
 メリアドールは今にも突っかかってきそうな弟をさっと避けた。
「それよりも、ねえ、ローファル。大変なの。パパが私を修道院に入れるかもしれないって」
「ヴォルマルフ様が? まさか、そんなことはないでしょう」
 あのヴォルマルフ様に限って、とローファルは思った。メリアドールは知らないかもしれないが、あの騎士団長は子育てのために戦場に行くことを拒んだのだ。今更、娘を手放したりはしないだろう。
「本当?」メリアドールが念を押す。
「ええ。もしそんなことになったら私が修道院を爆破してでも呼び戻しますので安心してください」
「ローファル! あなたのこと大好きよ!」
 メリアドールがローファルにぎゅっと抱きついた。そして誇らしげにイズルードを振り返って言った。
「ほら、ローファルだってこう言ってるわ」
 イズルードは何か言いたげな顔をしている。けれど姉に気圧されて何も言えないようだ。
 姉弟喧嘩の雰囲気を察したローファルはイズルードに言った。「イズルード様は、またお姉さまにいじめられてたのですか?」
「うん――」
「違うの! イズルードが私をいじめたの。私に修道院に行けって言うのよ!」
「そうですか……」
 ローファルは姉弟の顔を順番に見比べた。喧嘩の発端は分からないが、どうやらこの勝負はメリアドールが勝ちそうだった。しかし姉弟喧嘩に介入する気はなかったので、ローファルは二人の言い争いをそっと見守っていた。そして今日に限らず、大抵はメリアドールがイズルードを言い負かしてしまうのだが……こればかりは傍で暖かく見守るしかなかった。

「あなたが私のお父様ですか?」
 ヴォルマルフはバルバネスに言われた通り、バルバネスの愛娘を迎えにいった。
 約束の場所には、栗毛色の巻き毛を赤いリボンで結わえた少女がちょこんと立っていた。
「私の父は騎士団長様だと聞きました。どうも、はじめまして」
 この愛らしい少女――アルマ嬢は深紅のドレスの裾を広げてヴォルマルフに挨拶をした。ヴォルマルフはあわてて名乗り出た。私は彼女の父親ではない。父親を詐称したくなるくらいの愛らしさではあるが、彼女に勘違いをさせてはいけない。
「い、いや……私は君の父親ではない。騎士団長ではあるが……」
 ヴォルマルフが挨拶をすると、アルマは微笑んだ。
「ティンジェルおじさま。今日はよろしくお願いいたします」
 バルバネスは惜しいことをしたものだ。こんなに可愛い子と離れて戦場に行ってしまうとは。
「私は君のお父さんから約束を預かっている。さあ、ディナーへ招待しよう」

「ヴォルマルフ様、ミュロンドの騎士団長が赤いドレスの少女を誘拐して連れ回していると噂が立っております」
「なんだと……」
 副団長の言葉にヴォルマルフは困惑した。バルバネスとの約束通り、ヴォルマルフはアルマ嬢をオーボンヌ修道院へ送り届けて自宅に戻っていた。
「あの子はサー・バルバネスの娘だ。決して私がさらってきたわけではない」
「天騎士様のところにご令嬢はいなかったはずですが」
「……いや、確かにいるのだ」
 ローファルは真顔でヴォルマルフを見返した。
「ローファル、私が適当なことを言っていると思ってるな」
 しかし、何故私がベオルブ家の家庭事情をここで自分の部下に説明しなければならないのだ。バルバネスめ、面倒事を押しつけやがって……
 けれど、ヴォルマルフはその面倒事を運良く免れることができた。二人が話しているところへイズルードがちょうど良く入ってきたのだ。
「父上……今日のディナーで一緒にいたあの愛らしいレディはどなたですか?」
「イズルード、気になるのか?」
 おずおずと話す息子の様子をヴォルマルフは見守った。息子も異性の目を気にするようになった。この間まで父親の背中にくっついていたというのに、成長は早いものだ。嬉しいかぎりだ。
「はい……とても。父上、お願いです、僕に彼女を紹介してください」
「そうか、そんなに気になるか……。だが彼女は由緒ある貴族の血筋を引いている。だが、事情があって、まだ名前は明かせない」
 少なくとも、バルバネスが彼女の存在を公表するまでは。
「つまり、僕の手の届かないとても高貴な存在だというのですね……」
 イズルードは気落ちした様子だった。
「……父上、お願いがあります。僕にお嫁さんをください。どうか彼女を僕に――」
「イズルード! おまえは男だろう! 頼むから、そこは『俺がさらってくる』という気概を父さんに見せてくれ!」
 同じように育てているのに、どうしてこうも姉弟で真逆の性格になってしまったのだろうか。メリアドールが剣をふりまわしてたくましくなっていく一方で、イズルードは輪をかけておとなしくなっていく。
「ち、父上までそんなことを言うのですね……」
 うなだれるイズルードの姿にヴォルマルフは慌てた。そんなに落ち込むほど叱ったつもりはないのだが……
「ヴォルマルフ様」ローファルがささやいた。「イズルード様は、姉君に姉弟喧嘩で勝てないことを気に病んでいるのです」
「そういうことか。我ながら困った娘だ……あのお転婆娘は」
「ですから、もう少し、優しくしてあげてください――イズルード様に」
「そうか……よし、イズルード。父さんがおまえの望みをかなえてやろう。あの子が好きなのだな?」
「はい!」
 しかし、バルバネスがそう簡単に愛娘を手放すとは思えない――ということは……
「よしよし、いつか父さんが連れてきてやるぞ」
「父上! ありがとうございます」
 このままでは騎士団長が誘拐犯であるという噂が実現してしまう――けれどヴォルマルフは素直に喜ぶイズルードの顔を見て、愛するわが子のためなら、まあ仕方ないか、と思ってしまうのであった。

     

  

2017.07.24