Aspects of Family:あなたのお誕生日はいつ?

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あなたのお誕生日はいつ?

     

  

     

  

 ヴォルマルフ・ティンジェルはミュロンドの神殿騎士団の騎士団長である――そして二児の父親でもある。彼は妻の忘れ形見の二人の子どもたちの子育てに奮闘中であった。
「ヴォルマルフよ、実はこのあいだ息子たちに『お母さんが欲しい』と言われてしまってな……」
 ヴォルマルフと天騎士バルバネスは旧知の仲であった。二人とも同じ騎士団長であり、そして二人とも子育てに悩む父親であった。といっても、バルバネスの方が年齢も身分も父親歴も上であった。だから旧知の仲といっても、ヴォルマルフはバルバネスに礼儀を欠くことなく折り目正しく接していた。
「サー・バルバネス……それは災難でしたね」
 バルバネスはヴォルマルフに家庭の愚痴をこぼしていた。天騎士の家の家庭事情もなかなかに複雑なのだ。
「他人事ではないぞ、ヴォルマルフ。おまえも父一人で二人の子どもたちの面倒を見ているだろう。いつ『お母さんが欲しい』と言われてもおかしくはないぞ」
「ご心配は無用です。天騎士様。私の子どもたちは私にとても懐いております。それに、私は仕事にかまけて家庭を省みないような人間ではありません」
 ヴォルマルフはバルバネスに誇らしげに言った。たしかに、メリアドールとイズルードには母親がいなくて寂しい想いをさせていまっているかもしれない。だが、ヴォルマルフは再婚するつもりは全くなかった。母親の分まで自分が愛せば良いことだ。
「そうか……それは羨ましいかぎりだ。私は最近、騎士団の仕事が忙しくてな。なかなか家に帰れない。だから、たまに帰るとつい息子たちを甘やかしてしまう」
 バルバネスは、困ったものだ、とため息を漏らした。
「だが、ダイスダーグにはいずれ騎士団を継がせようと思っている。父親としての威厳も見せてやらないとな……ヴォルマルフ、貴殿のところも子ども達に騎士団を継がせるのか?」
「ああ……」
 ヴォルマルフは曖昧に答えた。
 自分の跡を誰が継ぐのか、そんなことは考えたこともなかった。

     

  

「パパ! おかえりなさい」
 ヴォルマルフが家に帰ってくるとすぐに娘が駆け寄ってきた。父親の帰りを待ちわびていたようだ。遅れてイズルードも走ってきた。「父さん、おかえりなさい」
 ヴォルマルフは二人を抱きよせてただいまのキスをした。
「パパ、もうすぐ私の誕生日なの。覚えてる?」
「もちろん」
 磨羯の月の二日。忘れるはずもない。
「私ね、誕生日に欲しいものがあるの……パパにお願いしてもいい?」
「可愛い我が子の頼みごとなら何でも聞こう。メリア、何が欲しいんだ?」
「新しいパパが欲しいの!」
 娘の言葉を聞いてヴォルマルフはその場で硬直した。
 新しいパパだと?
「そっそれは……もうこのパパはいらないと言うのか……?」
 ヴォルマルフは恐る恐る聞き返した。ここでメリアドールにうなずかれたらショックで死んでしまうだろう。
「ううん、そうじゃなくて……一緒に遊んでくれるパパが欲しいの」
「ああ、そういう意味か……イズルード、おまえも新しいパパが欲しいか」
「僕は今の父さんでいい。でも、もっと一緒にいたい」
 やはり子たちは寂しがっているのだ。仕事を放り出して一緒に遊んでやりたい気持ちは山々だが……そうは出来ないのが騎士団長のつらいところだ。
「パパはいつも何をしているの?」
 メリアドールが聞いた。
「教会のお仕事をしているんだ」
 子どもたちに神殿騎士団の仕事について、ちゃんと話してはいなかった。というより、言えなかった。
 神殿騎士団の仕事といえば、教会が表沙汰に処理できない裏の仕事を片づけることだ。娘に向かって、パパの仕事は民衆を殺して真なる神のために生き血を集めることだと言えるだろうか。無理だ。
「父さんは騎士団のとても偉い人だってこと、僕は知ってるよ。僕も父さんみたいな騎士になれる?」
 何と答えれば良いのか……ヴォルマルフは戸惑った。息子に父親と同じ騎士になりたいと言われるのは嬉しい。だが素直に喜べないのだ。
「私の方が先に騎士になるのよ! 私がお姉さんなんだから!」
 メリアドールが割り込んだ。
「ああ……そうだな。二人とも良い騎士になれるだろう」
 ヴォルマルフは交互に二人の頭を撫でた。

     

  

 ローファルはミュロンド寺院の地下墓所の中でじっと佇んでいた。この墓所が薄暗く不気味な雰囲気を醸し出しているのは、この場所が聖天使への生け贄を捧げる場所に選ばれているからだ。ここへ立ち入ることが出来るのは、神殿騎士と、彼らに屠られることになる、哀れな生け贄たちだけであった。
 ローファルは覚悟を決めて、自らの死を受け入れた――生け贄として血を捧げる決意をしたのである。
 彼はクリスタルに宿る太古の知識を得るために身体を犠牲にした。そして膨大な知識を得た。だが、その結果、グレバドス教会について知ってはいけない真実までを知ってしまったのである。信仰も肉体も失った。
 教会にとって、不死の肉体とは便利なものだった。殺しても肉体は蘇り続けるのだ。その肉体が滅しないかぎり生き血が永久に手に入る。教会がそのような不死の肉体を持つローファルに目を付けないはずがなかった。すぐに彼は捕らえられ、教会のために<奉仕>せよと命じられた。
 ローファルは抵抗しなかった。聖石から叡智を授けられた時点で、人としての真っ当な生き方は放棄していた――せざるを得なかった。彼の中にはどんな呪われた運命を超然として受け入れる、ある種の諦観が生まれていた。
 静かな地下墓所に足音が響いた。
「……あなたが来るのを、お待ちしておりました」
 ローファルは振り向かずに言った。相手は誰だか分かっている。神殿騎士団団長のヴォルマルフ・ティンジェルだ。誰からも恐れられ、彼自身が悪魔と契約していると噂されるほどであった。このままローファルのことを何の感情もなく斬り捨てることだろう――
 沈黙。
 長い沈黙。
 そして、長い沈黙の後、何も起こらなかった。
「ヴォルマルフ様?」
 ローファルが怪訝に思って後ろを振り返ると、そこには一人の男が立っていた。肩に小さい女の子を担ぎ、空いた手で彼女と同じくらいの背格好の男の子を連れている。剣は腰に差していたが、どうみても家族連れの父親だ。
「あの……私はここで神殿騎士団のヴォルマルフ・ティンジェルという人物を待っているのですが……」
「私がヴォルマルフだ」
「人違いではなくて……?」
 ローファルは聖石を手にしてからというもの、何に動揺することもなくなった。けれど、さすがのローファルも驚かざるを得なかった。娘(?)を肩に担いだまま人を殺しにきたのか? しかし、娘(?)にそんな殺戮の場を見せるとは、悪趣味な父親だ……
 けれど、ヴォルマルフは動かなかった。
 ローファルもどうして良いか分からず動けなかった。
「あの、あなたは何のご用でここにいらっしゃったのでしょうか……」
 ローファルは困惑して言った。
「そ、それは……私もどうしてよいか分からなくなった」
 ヴォルマルフも困惑している様子だった。ローファルはますます訳が分からなくなった。

     

  

「しっかりしてください、あなたが騎士団長でしょう」
 結局、ヴォルマルフはローファルを殺さなかった。そして、そのまま彼をミュロンドの自宅に案内した。
 このまま血を抜かれる覚悟をしていたローファルは拍子抜けした。
「何故、私を殺さなかったのです? 血を集めることがあなたの役目でしょう」
「いや……ずっと娘を担いできて手が疲れてしまって」
「……そんな理由がありますか」
 ローファルは呆れた。神殿騎士団に目を付けられたら最期、一滴残らず血を絞り取られる、とまで陰でささやかれているというのに……
「だいたい、地下墓所に娘さんと一緒に来るとはどういう事です?」
「娘だけじゃない、息子もいた。イズルードのことも忘れないでやってくれ」
「ヴォルマルフ様……私の言っている意味が理解できますか」
「ああ、分かっているとも。私だって好きで家族を連れ込んだわけじゃない。子どもたちに父親の仕事している姿が見たいと頼まれ断れなかったのだ。父親が働いてないと思われたら、父の尊厳が台無しだろう」
「はい……それは、そうですね」
「……それで断れなかった。そしてつい娘に言ってしまったのだ。『パパは教会の騎士で、悪い人をやっつけるのが仕事なんだ』と――どうしよう」
「そんな事実と全くかすりもしない職務内容を言っておいて……私はフォローしかねます」
「だが事実をいったら嫌われるだろう。父親が陰で人間の生き血を集めていると知ったら、どう思われるだろう」
「父親と見なしてもらえないでしょうね。人間と思ってもらえるかも……」
「駄目だ! 絶対に駄目だ! それだけは避けねばなるまい」
 ヴォルマルフは悲痛な叫び声をあげた。
「ヴォルマルフ様……つまり、総括すると『子ども達の前で良い父親の格好をつけたかった』と言うことですね」
「うむ。その通りだ。おまえは……たしかローファルとか名乗ったな。運が良かったな。私の子らのおかげで命が助かったのだ。感謝することだ」
「そう言われましても……」
 ローファルは自分のことをもてあましていた。
 生きていることを感謝しろと言われても、元々捨てたも同然の人生だ。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「ええ……でも私を殺しても別に構わないのですよ? この肉体は教会に捧げるつもりだったのです。どうぞ好きに使ってください」
「そう言うのならば、好きに使わせてもらうぞ」
 その時、父親の様子をうかがうように、金髪の少女が入ってきた――飛び込んできたというのが正しいかもしれない。ローファルはこの子がヴォルマルフの箱入り娘なのだとすぐに分かった。
「パパ! この人は? この人は誰? パパのお友達?」
「私は――」
 ローファルは何と答えようか迷った。ヴォルマルフが娘を抱き寄せながらローファルに視線を送っている。絶対に真相をばらすなよ、という顔だ。
「……私はあなたのお父様に助けていただいたのです」
「本当?」
「はい。命を救ってくださいました」
「パパすごい! 騎士みたい」
「おまえが生まれる前からパパは騎士だったんだよ」
 はしゃぐ娘に自慢げに言うヴォルマルフだった。
 それは、紛れもなく、幸せな親子の姿だった。喜ぶ二人の姿を見てローファルは言葉を続けた。
「お嬢様、私がこうして生きていられるのは、あなたのおかげでもあるのです」

     

  

「仕事中に父さんの部屋に勝手に入ったら怒られるよ」
「イズ、黙ってて」
 メリアドールは父が連れてきた若い男の人のことが気になっていた。
 さっきから二人っきりで話している。
 何の話をしているのか父親に教えてもらおうとメリアドールは部屋に入っていった。尻込みしている弟はその場に置いてきた。
「――お嬢様、私がこうして生きていられるのは、あなたのおかげでもあるのです」
 父が命を救ったという、その謎めいた人物は、メリアドールの前で膝を折ってきちんと挨拶をした。
 え? 何? 
 メリアドールは突然のことに少し驚いた。自分が何をしたらこんなに丁寧に感謝されるのかも分からない。お嬢様、なんて呼ばれる経験もほとんどなかった。まるで騎士にかしずかれるお姫様みたい。ちょっと嬉しかった。
「あなたは誰?」
「私はローファル・ウォドリング。教会に仕える人間です」
「じゃあパパと同じね。私のパパも教会に仕える偉い人なの」
「私はあなたのお父様ほど偉い人間ではありませんよ。サー・ヴォルマルフ・ティンジェルは神殿騎士騎士団の団長ですが、私は何の肩書きも持たない存在――ただの人間です」
「……じゃあ、私のパパみたいにたくさん仕事をしなくてもいいの? 私とたくさん遊んでくれる?」
「お嬢様の好きなように」
「嬉しい! すごいわ! 私ね、お誕生日に新しいパパが欲しいと神様にお願いしたの。そうしたらパパがあなたを連れてきてくれた」
「あなたのお父様はヴォルマルフ様ただお一人ですよ。私では代わりになれませんが……」
「でも私とずっと一緒に居てくれるんでしょう?」
「はい」
「だったら、もう私の家族だわ!」
 きっと、誕生日の前に神様が贈り物をくださったんだわ。母はずっと前に死んでしまった。だからメリアドールの家族は父と弟だけだった。でもこれからはローファルが新しく家族になってくれる。素晴らしいことだ。
「ローファル、あなたのお誕生日はいつ? 私は明日なの! お誕生日は生きていることに感謝する日なの。それにたくさんの人が私に『おめでとう』と言ってくれる素敵な日なの」
「誕生日ですか……私の生まれた日は――今日です」
「そうなのね、なら今日はあなたにたくさん『おめでとう』と言わなくちゃ。待ってて、今イズルードを呼んでくるわ」
 メリアドールはローファルに抱き付いて「おめでとう」と言ってから、イズルードを探しに部屋を出た。

     

  

「生きているだけで感謝される日がくるとは……驚きです」ローファルは言った。
「今日が誕生日というのは本当か? うちの娘と一日違いとは偶然だな」
「本当の日は忘れました。でも生まれた日というなら、間違いなく今日です。今日から私は神殿騎士として生きていきます――あなた方と一緒に」
 そうか、とヴォルマルフは頷いた。「……まだ私はおまえを騎士団に迎え入れるとは一言も言っていないのだが」
「メリアドール様が私と一緒に居たいと言っているのに、あなたは反対なのですか?」
「……そうだな。反対するわけがない」
「でしたら――ヴォルマルフ様、私に騎士団をお任せください」
「ふむ、どういうことだ?」
「私があなたの代わりに騎士団の仕事をすれば、あなたはその分お嬢様方と一緒に過ごせる時間が増えます。それに、メリアドール様やイズルード様に騎士団の裏の仕事を任せるわけにはいかないでしょう。私が代わりに騎士団の後継者になります。どうです、名案ではありませんか?」
「なるほど、それは名案だ――とでも言うと思ったか! 私はまだまだ現役だ!」
 いくら可愛い娘のためとはいえ、昨日拾ってきた男に軽率にも騎士団を譲ってしまったと言えば、教皇から大目玉を食らうのは確実だ。それに、ヴォルマルフにも長いこと騎士団を率いてきた統率者としての誇りがある。これは軽々しく応じられる問題ではないのだ。
 ――そういう訳で、ローファル・ウォドリングが神殿騎士団の副団長に任命されるのは、もう少し先の出来事である。

     

  

     

  

初出:2017.09.23
イヴァフェス3発行「The Knight bended knee with a Vow」改題

     

  

Aspects of Family:いつか来るその時まで

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・イズルード10歳くらい
・ウィーグラフ、ミルウーダ、ゴラグロスは幼なじみ設定。

     

  

いつか来るその時まで

     

  

「ハシュマリム、朗報だ! 我々の仲間が見つかったぞ!」
 ヴォルマルフは自宅の庭でイズルードに剣の稽古をつけている最中であった。そこへやってきたのは銀髪の眉目秀麗な男性である。
「……侯爵様、家族の居る前であちらの名前を呼ばないでいただけませんかと何度もお願いしているのですが」
「ああ、忘れていた」
 ヴォルマルフの息子イズルードはまだ十歳。幸い、父親の裏の仕事については何も感づいていないようだった。
 ヴォルマルフは銀髪の貴公子――エルムドア侯爵の後ろに控えている二人の美女の姿を見た。踊り子のような格好をしている。誰もが目を引く……露出度である。ヴォルマルフは一つ咳払いをした。
「それから、侯爵様……申し上げづらいのですが、この信仰の土地に踊り子を連れてやってくるのは、いかがなものかと……」
 正直言うと、目のやり場に困る。
「失礼な! 彼女たちは踊り子ではなくれっきとしたアサシンで私の有能な部下だ」
「……父上、アサシンとはどんな仕事をするのですか?」
 イズルードが純粋な視線をヴォルマルフに向けた。ヴォルマルフはますます困った。息子に「殺し屋」の言葉を教えるのはまだ早い気がしたのだ。
「あら、ベーゼの味を知るにはまだ早いわよ、坊や」
 髪の長い方の美女がイズルードの耳元にふっと息を吐きかけた。イズルードはどうして良いのか分からない様子でおろおろしている。
「……早く本題に入りましょう、侯爵様。仲間が見つかったというのは本当ですか?」
 このまま息子をビューティフル・アサシンと一緒に居させるのは教育上の問題がある。この銀の貴公子には早くお暇を願わなくては。
「ああ、そうだ。聖石が選んだのだから間違いない。ウィーグラフ・フォルズという男だ」
「誰ですか、その人は」
「私も、彼がガリオンヌに居るらしい、としか分からないのだが……聖石の見せるビジョンは曖昧でよく分からない」
 その時、イズルードが「父上」と間に入ってきた。「その人、知ってます。ガリオンヌの若い騎士で英雄のような人だと聞きました」
「聞いた? 誰がそんなことを言っていたのだ?」とヴォルマルフ。
「この間バルバネス様がミュロンドに来てくださった時に、そうお話ししていらっしゃいました」
「そうか……天騎士がそう言うのなら間違いないな」
 ヴォルマルフとエルムドアは顔を見合わせた。
「それで、ハシュ……マルフ、これからどうするのだ?」
「勿論、聖石を持って会いに行きます。そして、私たちの仲間にならないかと交渉してきます」

 ミュロンドからガリオンヌへは少々長旅である。ヴォルマルフは旅の準備をしながら、子供たちに声を掛けていた。家族をここに残したままガリオンヌへ行くのは不安だった。それに寂しい。
 ところが、イズルードはヴォルマルフと一緒に荷物をまとめていたが、メリアドールは行かないと言う。
「メリア……本当にパパと一緒に行かないのか? パパは少し寂しいぞ……」
「うん、行かない。だって北の国は寒いもの。そんなところ行きたくないわ」
 いつも父親の後ろを離れずくっついていた我が娘であるが……もうついてきてくれないとは。ヴォルマルフはショックを受けていた。
「姉さんはもったいないことするなぁ……ラーナーはカニがおいしいのに」
「私はアンタみたいに食い意地がはってないのよ、イズ」
「そんなこと言って! 姉さんの方がいつも大食いじゃないか! お土産は絶対に買ってこないからな!」
「別にいいわよ。お土産はパパにお願いするから。ね、パパ?」
 可愛い娘のおねだり。ヴォルマルフは「よしよし」と娘の頭を撫でた。「ちゃんと良い子で留守番してるのだぞ」
「心配しなくても大丈夫よ。ローファルがいるわ。騎士団のことはローファルに任せておけば大丈夫よ」
「私が心配してるのはお前のお転婆なのだが……」
 まあ、気を揉んだところで仕方あるまい。
「イズルード、行くぞ」
「はい、父上」

 ガリオンヌの市街地にある、とある邸宅。
「なんだ、ミルちゃん一人か。ウィーグラフはいないのか?」
「兄さんはイグーロスへ行ったわ。北天騎士団の将軍さんと話があるって。それと、一人じゃないわよ、あれが居るわ」
 ミルウーダは部屋の隅で一人で飲んだくれている男を指さした。「ゴラグロス、せっかく来たのならあれをつまみ出して。うちに長々と居座ってて邪魔だから」
 ゴラグロスはミルウーダの兄ウィーグラフの幼なじみで、小さい頃から三人で遊んできた仲だった。三人で仲良く石を投げて遊んでいた頃から変わらず、ゴラグロスはこうしてミルウーダの家にふらりとやってくる。ミルウーダの両親は共に数年前に病で亡くなった。今は両親亡き家に兄と二人で暮らしている。といっても兄は不在がちであったが。
「ギュスタヴ……おまえ、またここに居座ってるのか」
「なんだよ、俺がここに居たら悪いみたいなその言い方。骸騎士団の副団長が団長の家を訪ねてくるのは何もおかしくないだろ。ここで作戦を立てた方が効率的だ」ギュスタヴはゴラグロスに言い返した。
「ゴラグロス、そいつの言うことを真に受けちゃだめよ。酒場を出禁になっててうちにたかりに来てるだけだから。兄さんはお人好しすぎるのよ……こんなお荷物を持って帰ってきちゃって……」
 ミルウーダとゴラグロスはウィーグラフ率いる骸騎士団のメンバーだったが、ギュスタヴは元は北天騎士団の騎士だった。素行の悪さからイグーロスを追放され……世話好きの兄ウィーグラフが拾ってきてしまったのだ。ギュスタヴは貴族であった。そのためウィーグラフは、彼に骸騎士団の副団長という肩書きを気前よく用意したのであった。
「兄さんは迷いチョコボとかも律儀に世話するような人だから……なんでこんなお荷物を拾ってくるのよ」
「義理堅い奴なんだよなぁ、ウィーグラフは。ギュスタヴ! おまえはウィーグラフにもっと感謝しろよな」
「――ゴラグロス。おまえに話がある。外に出よう」
 ギュスタヴはゴラグロスを邸宅の外に連れ出した。ミルウーダはギュスタヴが散らかしたあとを悪態をつきながら片付けていた。

「なんだよ、話って」
「ミルウーダのことだ。兄貴は妹を一人残してどこへ行ったんだ」
「仕方ないだろ。ウィーグラフだって忙しいんだよ。ミルちゃんだってそれは分かってるはずだ。戦争が終われば落ち着くさ」
「問題はそこだ。この戦争は終わらない。イヴァリースが敗北を認めるまではな」
「そう、なのか……?」
 ギュスタヴは元は北天騎士団の軍師だった人物だ。今はこんな怠惰な生活を送っているが、イグーロスでは貴族として北天騎士団の軍務に携わっていたはずだ。彼の言うことなら一理あるのだろう、とゴラグロスはうなずいた。こんな奴に指摘されるのも癪に障るが……。
「でも、戦争が終わったら、骸騎士団は役目を終えて解散だろ? そしたらウィーグラフもこっちに戻ってくるんじゃないのか。ミルちゃんと一緒に暮らせる」
「おまえ、戦争が終われば平和になると本気で思ってるのか? ロマンダとオルダリーアへ払う賠償金はイヴァリースの王庫にはないぜ。王庫にない金は領主が払うんだ。つまり、俺たちが奴らの尻ぬぐいをするんだ。骸騎士団も役目を終えて解散するだろうが、報奨金も何も支払われないだろう」
「俺たちの未来は暗いということか……だが、ウィーグラフが俺たちを見棄てるはずがない」
 ゴラグロスは幼なじみのウィーグラフのことを思った。彼は誰からも慕われ、人望があった。彼の父親は商売で財産と名声を築いた地元の名士だった。流行病で父を亡くし財産を相続したウィーグラフはその財力を使って騎士団を立ち上げ、祖国救済のための貢献を惜しまなかった。だが、戦争を続けるには意外と金が掛かるのだ。ウィーグラフが騎士団を運営するために相当な財産を使い込んでいることはゴラグロスにも察せられることだった。
「そう、あいつは自分の騎士団を見放したりはしないだろう。俺みたいな落ちぶれた貴族の面倒まで見てる変わり者だ」
「ギュスタヴ……おまえが言うかよ。自覚してるのなら恩を返せ」
「ああ、そうだとも。兄貴があれじゃあミルウーダが苦労する。俺だってちゃんと考えてるんだぜ――何をするにしても金が必要だ。俺にいい案がある」
「何だ……?」
「貴族を誘拐して身代金をせびる」
「ああ……おまえの話を真面目に聞いた俺が馬鹿だった」

「ミルウーダ、元気にしてたか?」
「兄さん……やっと帰ってきたの」
「どうした? 機嫌が悪いな?」
 ウィーグラフはイグーロスでの用事を終え、一週間ぶりに家に戻ってきた。しかし……何故だか妹の機嫌が悪い。
「兄に会えなくて寂しかったか」
「違うわよ。それより兄さんイグーロスへ行っていたんでしょう。またザルバッグ将軍のお使い? 貴族の連中にいいように使われてるだけってまだ気づいてないの?」
「ミルウーダ……ザルバッグ将軍のことをそんな風に言うんじゃない。あの方は素晴らしい武人だ。ミルウーダ、貴族はギュスタヴのような外道ばかりじゃない」
「まあまあ、二人とも落ち着いてくれよ」
 ミルウーダと言い合いをしているとゴラグロスが仲裁に入る。いつものわが家の光景だ。普段と全く変わらない日常の風景だ。家に帰るとミルウーダが居て、ゴラグロスがいる。ギュスタヴが居候していることもあるが、今日は居ない。代わりに、見知らぬ少年が居る。
 こいつは誰だ? 
 まだ十歳くらいの大人しそうな茶髪の少年だ。騎士団にこんな純朴そうな少年が居ただろうか……?
「ミルウーダ……この子は誰だ」
「ゴラグロスに聞いて」
 妹はそっぽを向いている。どうやら相当機嫌が悪いようだ。
「……ゴラグロス、説明を頼む」
「ああ…ギュスタヴが……」
 ゴラグロスは事の次第をかいつまんで話した。
「つまり、金欲しさにどこかの貴族の御曹子を誘拐してきたと」
 ウィーグラフはゴラグロスを睨みつけた。「面倒なことを起こすな」
「俺じゃない! ギュスタヴの独断だ! あいつが俺の言うことなんか聞くものか」
「まあ、そうだろうな……」
 ウィーグラフはため息をついた。「ギュスタヴめ。厄介なことをしてくれたな。騎士の名誉にかけて、身の代金など要求できるか。むしろこちらが謝罪にいかねば……謝罪金として法外額を請求されたらどうするのだ」
「兄さんは甘いわ。相手が貴族だからって下手に出る必要はないわ」
 ウィーグラフは妹の忠告を無視した。わが妹・ミルウーダは騎士団の中では少々……いや、かなり過激な性格だ。ギュスタヴは副団長に置いてはいるが、騎士としてというより人としても論外の人間だ。次から次へとトラブルを持ち込んでくる。
 騎士団をまとめるのも一苦労だ。
「それで、坊やはどこの家の者だ? どこから来た?」
「はい、僕はイズルード・ティンジェルと言います」
 礼儀正しい少年だ。ギュスタヴに見習わせたいくらいの真面目さだ。
「父は神殿騎士団の騎士団長です」
「神殿騎士団……ミュロンドか。教会領から子供をかどわしてくるとはギュスタヴも罰当たりな」
 ミュロンドの神殿騎士団のヴォルマルフ・ティンジェル。ウィーグラフでさえ名前を知っている名高い騎士だ。ひどく短気で交渉ごとには応じない性格とも聞く。
 ウィーグラフは気が重くなった。どうやって穏便にこの子を返そうか。

「イズルード……どこへ行ってしまったのだ……」
 ちょっと目を離した隙に息子とはぐれてしまったヴォルマルフは慌てふためいていた。すると、そこへ金髪の青年がイズルードを連れて表れたのであった。
「イズルード! 迷子になったのかと探し回ったぞ。どこにいたんだ」
「うん、知らないお兄さんに声を掛けられて」
「知らない人についていっては駄目だとあれほど言っただろう」
「でも、その人は騎士と名乗ってたよ。父さんみたいに立派な騎士かもしれない」
 息子の純朴さよ。ヴォルマルフはイズルードと再開できて安堵したが、同時に不安にもなった。人を疑うことを知らないこの子にいったいどうやって教えればよいのだろうか。騎士の全てが高潔な人間ではないと。その一例がこの私なのだが……。
「どうやら私の騎士団のメンバーがとんだ迷惑を掛けたようです。私は骸騎士団の長としてその件の謝罪にきました」
「おお、貴殿が噂のフォルズ殿か」
 ヴォルマルフは喜んだ。探す手間が省けた。この青年が聖石が選んだ噂の人間だ。どうやって勧誘しようか。
「それで……サー・ヴォルマルフ・ティンジェル、いかほど、お支払いすれば……」
「なんの話だ?」
「ご子息をトラブルに巻き込んでしまった謝罪金です。私としても神殿騎士団を敵にまわすつもりはありませんので。ここは一つ、どうか穏便にお願いしたいものです」
「金など受け取れない。いや、だが欲しいものはある……私は貴殿の身体がどうしても欲しいのだ」
 骸騎士団の団長ウィーグラフ・フォルズは困惑の表情を浮かべた。
「い、いや……決していかがわしい意味ではないぞ! ち、違うのだ……私は……貴殿にどうしても一目会いたいと思いはるばるミュロンドからやってきたのだ。どうだ、私と一緒にミュロンドで暮らす気はないか?」
 さすがに聖石と契約してその身体を捧げて欲しい、とは言えない。ヴォルマルフは念入りに言葉を選んで遠回しに勧誘をした……つもりが気色悪いことになってしまった。ウィーグラフはさっぱり意味が分からない、といった様子である。
「たとえ教会の要請であってもお断りします。私たち骸騎士団はどこの権力にもまつろわぬ身。私の身体も精神も私のもの。誰に捧げるつもりもありませぬ」
 そう言い残すとウィーグラフはさっと背中を向けて去って行った。イズルードをヴォルマルフの手に引き渡して。
 勧誘は失敗だ。ヴォルマルフはこういう交渉事は苦手だった。まあ、仕方ない。こういう仕事は副団長に任せるに限る。
「父上、あの方は……すごい騎士だと思います」
 イズルードが去りゆくウィーグラフの背中を目で追っていた。
「ああ、そうだな。イズルード……おまえもいつか、彼のような気高い騎士になるのだろうな」
 いずれ、子は父の背中を超えていくのだ。それが自然の摂理だ。その時が来た時……彼は父のことをどんな目で見るのだろうか。神殿騎士団の騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルのことを。
「父上、でも僕は父上のような騎士になりたいと思います」
「そうか……そう言ってもらえるのは嬉しい。だが、息子よ、いつか私の背中を超えていけ――父を倒し、その先へ進むのだ」
「父上……?」
「いつか分かる時がくるさ――さあ、メリアドールにお土産を買って帰ろう」
 いつか来るその時まで――その時までは家族三人で楽しく幸せに暮らすのだ。

     

  

2017.08.26

     

  

Aspects of Family:僕にお嫁さんをください

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・イズメリ10歳前後
・イズルード×アルマ前提
・余談ですが、ヴォルマルフとアルマの誕生日は一日違いです。奇跡的ですね!

     

  

僕にお嫁さんをください

     

  

「やあ、ヴォルマルフ、久しぶりだな。子どもたちは元気にしているか?」
 ヴォルマルフの暮らすミュロンドまでわざわざ足を運んできたこの気さくな騎士は天騎士バルバネス・ベオルブ。北天騎士団の団長である。今は自らの騎士団を率いて戦地へ赴いているはずであったが、どうしたことか急にヴォルマルフを訪ねにきたのであった。
「サー・バルバネス、北天騎士団の団長がお忍びで突然どうされました……?」
「いやあ、ふと、貴殿の子どもたちに会いたくなってな」
「そうでしたか! 戦争の合間に私の子どもらのことを思い出していただけるとは光栄です。娘は十二歳になりもう一人で剣を持つようになりました。星天爆撃打を使えるようになってもう一人前の剛剣使いです」
「ええと、イズルード君の話だったかな……?」バルバネスは首をかしげた。
「いいえ、娘です」
「そうか、そうか……貴殿の家の教育方針はずいぶんと厳しいのだな。娘御をディバインナイトに育てるつもりか?」
「いえ、そういう訳では……しかし私の背中を見て自然と剣技を身につけてしまったようです」ヴォルマルフはさりげなく娘自慢を付け足した。「私の娘はとても物覚えが良いようでして。遅かれ早かれ熟練の剛剣使いになるでしょう。父親としては、もう少しおしとやかな淑女になって欲しい気持ちもありますが……」
 だが、あまりおしとやかなレディになってしまうと、あっさりと嫁にいってしまうだろう。それは寂しい。であるから、ヴォルマルフは娘が剣の腕をせっせと磨いていることには口を挟まなかった。
 娘よ、どんどん剣の腕を上げるがよい。そうして軟弱な求婚者どもを撃退してくれ。
「実はな……私がこうして秘密裏にミュロンドへ来たのは娘のことで相談があったからなのだ」
「娘?」
 今度はヴォルマルフが首をかしげる番だった。確か、天騎士の子にベオルブの名前を次ぐレディはいなかったはずだが……。
「私には娘が一人いる。名前はアルマ・ルグリア。妻の子ではないが私の娘だ――まあ、事情は察してくれ。もうすぐ十歳になる。まだイグーロスには迎え入れていないが、いずれベオルブの名前を与えるつもりだ」
「そうでしたか……」
「貴殿の話を聞いていると、やはり娘と一緒に暮らすのはよいものだと思えてきてな。城に呼び寄せようと思ったのだが、私は騎士で、いつ戦場に呼び出されるか分からぬ身だ。主の不在がちな城で、身分の異なるわが娘が無事に暮らせるか分からない。かと言って男所帯の騎士団の中に放り込むわけにいかない。そこでだ、修道院に預けることにした」
「それが一番安全でしょう。しかし……離れて暮らすとなると寂しいでしょうね。お父様も、娘さんも」
「そうなのだ。娘に父親としての姿を見せることも、一緒に暮らすこともできない」
 バルバネスは寂しげに言った。ヴォルマルフは同情した。もしメリアドールが修道院に入ることになったら……ヴォルマルフは考えただけでぞっとした。娘と離れて暮らすなど想像もできない。
「だから、娘を修道院に預ける前に、今日だけは親子水入らずで一緒に食事でもしようと思って戦場をこっそり抜けてきたのだ――だが、戦況が急変した。私はこれから急いでオルダリーアへ向かわねばならん」
 バルバネスはヴォルマルフに向き合った。「だからヴォルマルフよ、父親である私のかわりに娘を預かってくれないか」
「私には無理です!」
 深く考えるより先に反射的にヴォルマルフは即答した。天騎士の娘を預かるなど……責任が重すぎる。
「何故だ? 貴殿は私と同じく騎士団を率いる身。しかも既にもう娘を立派に育て上げた父親ではないか」
「いえ、育てたといっても、メリアドールは――」
「そう謙遜するな。貴殿はよき父親だ。それは子どもたちの姿を見ればすぐに分かる」
「いえ、私には責任が重すぎます……そういうお話は伯爵様に頼んでください。南天騎士団のオルランドゥ様に」
「だめだ。もうアルマをミュロンドに呼んでしまった。これから一緒にミュロンド寺院へ行こうと思っていたのでな。預けようと思っている修道院はオーボンヌだ。ヴォルマルフよ、食事でもしたらそのままオーボンヌに連れて行ってくれないか。あちらの院長殿に話はしてある」
 バルバネスはそう言ってヴォルマルフの肩を叩いて出て行った。
 無茶ぶりにもほどがある。ヴォルマルフは頭を抱えた。一緒に食事といっても自分の家族と食卓を囲むのとは訳が違う。相手は天騎士のご令嬢なのだ。粗相があってはいけない。つまり――淑女を正式にディナーに招待するのだ。

「パパがすごい顔をして図書室を出て行ったわ。何かしら」
「修道院、とか、淑女、とかつぶやいてたよ。それに床に『貴族の礼儀作法』の本が落ちてる。姉さんを修道院に入れるつもりなんじゃない? 姉さんは剣の使い方を学ぶより、お祈りの仕方を学んだ方がいいと俺は思うんだけど」
「イズルード! 姉に向かってなんて口の聞き方をするのよ!」
「姉弟って言っても、たった一歳違いじゃないか! なんで姉さんばっかり剣の腕が上達するんだよ! ずるいや」
 イズルードはむくれた。やっと剣を持てるようになったと思ったら、姉はもう剛剣を使いこなしている。
「二人とも、どうしました? 図書室で大声をあげて」
 姉弟で言い合いをしていると、ローファルが姿を見せた。
「イズルードが私の剣の腕に嫉妬してやつあたりしてるの」
「姉さんッ」
 メリアドールは今にも突っかかってきそうな弟をさっと避けた。
「それよりも、ねえ、ローファル。大変なの。パパが私を修道院に入れるかもしれないって」
「ヴォルマルフ様が? まさか、そんなことはないでしょう」
 あのヴォルマルフ様に限って、とローファルは思った。メリアドールは知らないかもしれないが、あの騎士団長は子育てのために戦場に行くことを拒んだのだ。今更、娘を手放したりはしないだろう。
「本当?」メリアドールが念を押す。
「ええ。もしそんなことになったら私が修道院を爆破してでも呼び戻しますので安心してください」
「ローファル! あなたのこと大好きよ!」
 メリアドールがローファルにぎゅっと抱きついた。そして誇らしげにイズルードを振り返って言った。
「ほら、ローファルだってこう言ってるわ」
 イズルードは何か言いたげな顔をしている。けれど姉に気圧されて何も言えないようだ。
 姉弟喧嘩の雰囲気を察したローファルはイズルードに言った。「イズルード様は、またお姉さまにいじめられてたのですか?」
「うん――」
「違うの! イズルードが私をいじめたの。私に修道院に行けって言うのよ!」
「そうですか……」
 ローファルは姉弟の顔を順番に見比べた。喧嘩の発端は分からないが、どうやらこの勝負はメリアドールが勝ちそうだった。しかし姉弟喧嘩に介入する気はなかったので、ローファルは二人の言い争いをそっと見守っていた。そして今日に限らず、大抵はメリアドールがイズルードを言い負かしてしまうのだが……こればかりは傍で暖かく見守るしかなかった。

「あなたが私のお父様ですか?」
 ヴォルマルフはバルバネスに言われた通り、バルバネスの愛娘を迎えにいった。
 約束の場所には、栗毛色の巻き毛を赤いリボンで結わえた少女がちょこんと立っていた。
「私の父は騎士団長様だと聞きました。どうも、はじめまして」
 この愛らしい少女――アルマ嬢は深紅のドレスの裾を広げてヴォルマルフに挨拶をした。ヴォルマルフはあわてて名乗り出た。私は彼女の父親ではない。父親を詐称したくなるくらいの愛らしさではあるが、彼女に勘違いをさせてはいけない。
「い、いや……私は君の父親ではない。騎士団長ではあるが……」
 ヴォルマルフが挨拶をすると、アルマは微笑んだ。
「ティンジェルおじさま。今日はよろしくお願いいたします」
 バルバネスは惜しいことをしたものだ。こんなに可愛い子と離れて戦場に行ってしまうとは。
「私は君のお父さんから約束を預かっている。さあ、ディナーへ招待しよう」

「ヴォルマルフ様、ミュロンドの騎士団長が赤いドレスの少女を誘拐して連れ回していると噂が立っております」
「なんだと……」
 副団長の言葉にヴォルマルフは困惑した。バルバネスとの約束通り、ヴォルマルフはアルマ嬢をオーボンヌ修道院へ送り届けて自宅に戻っていた。
「あの子はサー・バルバネスの娘だ。決して私がさらってきたわけではない」
「天騎士様のところにご令嬢はいなかったはずですが」
「……いや、確かにいるのだ」
 ローファルは真顔でヴォルマルフを見返した。
「ローファル、私が適当なことを言っていると思ってるな」
 しかし、何故私がベオルブ家の家庭事情をここで自分の部下に説明しなければならないのだ。バルバネスめ、面倒事を押しつけやがって……
 けれど、ヴォルマルフはその面倒事を運良く免れることができた。二人が話しているところへイズルードがちょうど良く入ってきたのだ。
「父上……今日のディナーで一緒にいたあの愛らしいレディはどなたですか?」
「イズルード、気になるのか?」
 おずおずと話す息子の様子をヴォルマルフは見守った。息子も異性の目を気にするようになった。この間まで父親の背中にくっついていたというのに、成長は早いものだ。嬉しいかぎりだ。
「はい……とても。父上、お願いです、僕に彼女を紹介してください」
「そうか、そんなに気になるか……。だが彼女は由緒ある貴族の血筋を引いている。だが、事情があって、まだ名前は明かせない」
 少なくとも、バルバネスが彼女の存在を公表するまでは。
「つまり、僕の手の届かないとても高貴な存在だというのですね……」
 イズルードは気落ちした様子だった。
「……父上、お願いがあります。僕にお嫁さんをください。どうか彼女を僕に――」
「イズルード! おまえは男だろう! 頼むから、そこは『俺がさらってくる』という気概を父さんに見せてくれ!」
 同じように育てているのに、どうしてこうも姉弟で真逆の性格になってしまったのだろうか。メリアドールが剣をふりまわしてたくましくなっていく一方で、イズルードは輪をかけておとなしくなっていく。
「ち、父上までそんなことを言うのですね……」
 うなだれるイズルードの姿にヴォルマルフは慌てた。そんなに落ち込むほど叱ったつもりはないのだが……
「ヴォルマルフ様」ローファルがささやいた。「イズルード様は、姉君に姉弟喧嘩で勝てないことを気に病んでいるのです」
「そういうことか。我ながら困った娘だ……あのお転婆娘は」
「ですから、もう少し、優しくしてあげてください――イズルード様に」
「そうか……よし、イズルード。父さんがおまえの望みをかなえてやろう。あの子が好きなのだな?」
「はい!」
 しかし、バルバネスがそう簡単に愛娘を手放すとは思えない――ということは……
「よしよし、いつか父さんが連れてきてやるぞ」
「父上! ありがとうございます」
 このままでは騎士団長が誘拐犯であるという噂が実現してしまう――けれどヴォルマルフは素直に喜ぶイズルードの顔を見て、愛するわが子のためなら、まあ仕方ないか、と思ってしまうのであった。

     

  

2017.07.24

     

  

Aspects of Family:そんな日はこない

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・メリアドール(9)、クレティアン(15)くらい
・騎士団長さんは娘かわいい親馬鹿父さん全開です
・クレティアンがアカデミーを卒業して神殿騎士団に入る頃の出来事です
・クレメリ前提。ですがヴォルマルフ×メリアドールの方がいちゃいちゃしてます(父娘愛)

     

  

そんな日はこない

     

  

「クレティアン・ドロワと申します」
 これは貴重な逸材を手にいれたぞ、とヴォルマルフは思った。相手はまだ十六歳にもならない少年だ。だがその才能はアカデミーの教授陣のお墨付きだった。これで神殿騎士団も格も上がるとヴォルマルフは喜んだ。
「貴殿は吟遊詩人をマスターしていると聞いたが……」
「ええ。お望みなら貴方を讃える詩を書きましょう」
「それはちょうど良い! 是非とも教会の栄光を讃える詩を――」
 ヴォルマルフが言い終わらないうちに、勢いよく扉を開ける音がした。
「パパ! 遊んで!」
 娘のメリアドールだった。
「パパはお仕事中だ。真面目な話をしているから今はダメだ。後で遊んであげるから今は外へいっていなさい」
「やだ! 今がいいの!」
 パパは今取り込み中だから、とヴォルマルフが何度言ってもメリアドールは聞き入れなかった。この子は少々わがままなところがある。弟とは性格が正反対だ。
 メリアドールが父親の足もとにすがりついて離れないのでヴォルマルフは仕事を諦めて娘と遊んでやろうかと考えた。けれど、目の前で、ガリランドのアカデミーから来た少年が何事かと二人の様子を見つめている。まずい、とりあえず娘をここから連れ出さなくては。
「ローファル! 近くに居るなら娘を外で遊ばせてきてくれないか」
 ヴォルマルフは一縷の望みを託しながら扉の外に向かって頼れる部下の名前を叫んだ。

 神殿騎士団長は恐ろしい人だとクレティアンは聞いていた。めったに世間に顔を出すことはないが、凄腕でやり手の騎士団長だと噂されていた。悪魔と契約している、とさえ言う者もいた。であるから、アカデミーを卒業して神殿騎士団に入ると決めた時は周りから大層心配された。
 ミュロンドに来てすぐにヴォルマルフに呼ばれ、クレティアンはこの上なく緊張した。噂の騎士団長とは一体どんな人なのか――その人は今、ブロンドの髪の少女にじゃれつかれて笑っている。二人のよく似た顔立ちからして親子なのだろう、ということはすぐに分かった。
「困ったな……娘が邪魔をしてしまって……」
 と言いながら、騎士団長はちっとも困っていないような顔をしている。我が子が可愛くてしょうがないという表情だ。
 これが噂の騎士団長の素顔なのか! ただのほほえましい父親の姿ではないか!
「別に構いませんよ。どうせなら私が相手をしましょうか」彼女に手を差し出しながらクレティアンは言った。「お嬢様――」
「私はパパがいいの!」
 少女はクレティアンの言葉を一蹴してヴォルマルフに抱き付いた。
「そうかそうか! やはりパパがいいのか。よしよし。おいで、メリア」
 ヴォルマルフはどことなく自慢げになってメリアドールを抱き上げた。
 父娘の仲睦まじい様子にクレティアンは口を挟む余地がなかった。

「ヴォルマルフ様……人前ではもっと威厳を保ってください。お嬢様に構ってばかりだと騎士団長としての貫禄が台無しです」
「べ、別によいではないか。父親が娘を愛して何が悪い」
 メリアドールを引き取りに遅れてやってきたローファルに苦言を呈されて、ヴォルマルフはあわてて反論した。相手は副団長である。
「それに、この少年は神殿騎士団に入ると言っている。だから他人ではない。家族のようなものだ」
「またそんないい訳ばかりして……メリアお嬢様ももうじき十歳になるんですから、そろそろ親離れしてくださいよ」
 小言を並べ立てるローファルをヴォルマルフは無視した。だがメリアドールはこの真面目な副団長にいたく懐いている。ローファルの姿が見えるとヴォルマルフからすぐに離れて彼にくっついた。こいつ、副団長のくせに父親より娘に愛されているのではないか……ヴォルマルフは複雑な気持ちになった。
 その光景を見たクレティアンが言った。「皆様、仲がよろしいのですね」
 ああ、そうだとも――ヴォルマルフが言うより早くローファルが口を開いた。
「ただの親馬鹿です」
「ローファル! 余計なことを言うなよ!」

 一週間もしないうちにクレティアンはヴォルマルフのもとに詩を書き綴った紙の束を持ってきた。ヴォルマルフとローファルはそれを受け取った。
「お約束のものです」
「おお、仕事が早いな。さっそく教皇猊下に献上しよう」
「いいえ、それは……おやめいただけると……」
「何故だ? 謙遜する必要はない。おまえの才能は誰もが認めている」
「そういう意味ではなく……お嬢様が……」 
「我が娘がどうかしたか? 詩作の邪魔でもしたか?」
「私が詩を作っているとお嬢様が『私のパパはもっと優しい』『格好良くて素敵なの』と隣でおっしゃるので……お嬢様の要望のままに書きました。ですので、身内で読むにとどめておいた方がよろしいかと」
 クレティアンは気まずそうに言い残すと、さっさと出ていった。
「あきれた奴だな! 騎士団長である私の命令より娘の命令を優先させたというのか!」
「メリアお嬢様らしいやり方です。気の強い方ですから」
 ヴォルマルフは受け取った詩にさっと目を通した。……うむ、教皇に献上するのはよそう。
「……しかし、この詩を見ると私は余程、娘を溺愛しているように描かれているのだが……父親が我が子を愛するのは普通のことではないのか?」
「いいえ、子煩悩で良いと思いますよ」
 ローファルは笑った。「けれどそんなにお嬢様を愛してしまうと、お嫁に出す日がつらいのでは」
「そんな日はこない!」
 ヴォルマルフは断言した。
「そんなに油断してるとあのアカデミーから来た青年にお嬢様をもっていかれますよ」
「まさか!」
 あの新入りの顔を思い浮かべた。アカデミーでは魔法を学んできました、と言って剣術はからきし駄目な若者だった。それでも我が子たちはよく懐いている。息子とも仲良く遊んでいる。三人で遊んでいる姿を見ると年の離れた兄弟がくっついているように見える。そのため、ヴォルマルフには年の大きい息子がもう一人できた、としか思えないのだが……いつかそんな日が来るのだろうか。彼から「お義父さん」と呼ばれる日が。
 しかしあと十年はその心配をしなくても良いだろう。私の命令を無視して十歳の娘の言うことを聞いているのだから先は安泰だ。それまでは家族としてせいぜい可愛がってやろうとヴォルマルフは思ったのだった。

     

  

2017.06.06

     

  

Aspects of Family:祝福していただいて

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・子育て真っ最中の若ヴォルマルフさん
・シド、バルバネス、ヴォルマルフの三人は昔からの顔なじみ(でもヴォルマルフが一番年下なので二人には敬語で話してる)
・メリアドールがやんちゃっ娘。イズルードは超人見知り

     

  
祝福していただいて

     

  

 後に五十年戦争と呼ばれるイヴァリースの戦乱の時代――イヴァリース王はオルダリーアにさらなる進軍を試み、畏国全土の騎士に戦争への協力を求めた。
 ここにイヴァリースの名高き北天騎士団・南天騎士団の両将軍が顔を合わせた。サー・バルバネス・ベオルブとゼルテニアの伯爵シドルファス・オルランドゥの二人である。二人は旧知の仲であった。

「しかし、おかしいぞ。わが友の姿が見えないではないか」
 バルバネスは言った。イヴァリースの名将たちが王のために剣をとる準備をしているというのに、ここにいるはずの、ある男の姿が見えない。その名はヴォルマルフ・ティンジェル――神殿騎士団の若き団長だった。
「シド。この有事に及んで神殿騎士団長が姿を現さないとは何ということだ。まさか教会が暗躍を企てている訳ではなかろうな」
「ふむ。確かにこれは奇妙なことだ」
 シドやバルバネスより一回り若い神殿騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルはやり手の切れ者であると評判だった。何故その若さで騎士団長の座につけたのか――その謎めいた素性ゆえに、彼のことをイヴァリース随一の実力者として恐れる者は多かった。また、グレバドス教会は密かに王家への反逆を試みている、という黒い噂も絶えない。
 その騎士団長の消息がぱたりと途絶えたのである。一体、教会の抱える騎士団で何が起きているのか。バルバネスはシドと顔を見合わせた。シドもバルバネスもヴォルマルフとは古い間柄である。その二人をしても、ヴォルマルフの消息は掴めなかったのである。
「よし、それならば様子を見にいってこようではないか。シド、ミュロンドまで行くぞ」

 二人はミュロンドにあるティンジェル家の邸宅を訪ねた。すると、明るいブロンドの髪の少女が飛び出してきた。少女はシドの顔をじっと見つめた。
「パパ! この人たち誰?」
 バルバネスとシドが何のことやら分かりかねて呆然と立ち尽くしていると、すぐにこの邸宅の主と思われる二十代の男が現れた。二人の姿を見て「ああ、久しぶりですね」と呟くと、少しばつの悪そうな顔をした。そしてすぐに娘を叱った。
「メリアドール! お客様の前では行儀良くするんだ! その方は伯爵様だ。ご挨拶しなさい」
 メリアドールと呼ばれた少女は二人の騎士に興味津々な様子だった。父親の言葉は気にも留めずにシドの服の裾を引っぱった。
「おじさん?」
「はは! どうやら私もおじさんと呼ばれるような年齢になったらしい。可愛い子ではないか」
 ヴォルマルフは慌ててメリアドールを連れ戻そうとしたが、好奇心旺盛な少女は父親の手をすばしっこくすり抜けた。そうして自分の家の中へと駆け戻る途中で、彼女の乳母と思わしき女性に抱き留められた。
「だから旦那様はお嬢ちゃまを甘やかしすぎるんですよ。殿方は戦場でしか役に立たないのですから、お嬢ちゃまにばかり構っていないではやく戦争に行ってきてくださいな」
 ヴォルマルフは乳母に叱られて小さくなっていたが、シドとバルバネスには「妻が亡くなりまして……」とそっと付け加えた。
「娘の子育てに手を焼いているようだな、ヴォルマルフ」
 バルバネスは苦笑した。男は戦場でしか役に立たないと言われてしまえば反論も出来ない。
「ええ、どうやら我が子はとんでもないお転婆娘のようでして……」
 そうは言っても実の娘が可愛くてしょうがないといった雰囲気である。
「それで、サー・バルバネス、伯爵様も、今日は私に何用で?」
「ヴォルマルフよ。王がオルダリーアに宣戦布告をしたのは知っているな。我が南天騎士団も、バルバネスも、王のためイヴァリースのために力を尽くして戦うつもりだ。そこで、貴殿の神殿騎士団もこの戦争に協力してはもらえぬかと相談に参ったのだ」
「さようでございますか。でしたら――」
 ヴォルマルフが言葉を続けようとした時、まだ幼い少年がヴォルマルフの背後から控えめにそっと抱き付いた。
「おとうさま、行ってしまうのですか?」
「こら、お前まで。イズルード、お客様の前だぞ、ひかえなさい」
「だって、おとうさまが――」
「ほら、挨拶をするんだ」
 いくら父親にうながされてもイズルードは父親の後ろから恥ずかしがって出てこなかった。
「ああ、ご覧のように愚息は人見知りでして……挨拶もまともに出来ないとは」
「いや構わないさ。ザルバッグの若い頃を見ているようだ。おいで、坊や」
 バルバネスはヴォルマルフの背中からイズルードを救い出すと優しく抱き上げた。その光景を見て、ヴォルマルフは幸せそうにほほえんだ。
「良かったな、イズルード。天騎士様に祝福していただいて」

「結局ヴォルマルフは戦いには参加できないと言ったが――王の要請を易々と蹴るとは、さすがは神殿騎士団長。あいつは胆が坐ってるぜ」
 ティンジェル家の邸宅を後にしたバルバネスはシドに言った。剛胆な男だ。祖国が戦争を始めたというのに、爽やかな笑顔で私は戦争には行けませんと言い放つ。『愛する家族がおりますので』と。
「バルバネス、それは当然だろう。私も最近養子を迎えたばかりだ。年頃の子の世話をするのは手が掛かる。どうやらあの若殿は自分の子らに随分と手を焼いているようだからな。しかし、あの凄腕の騎士団長が子育てで忙しいとは……」
 シドはしみじみとした感慨に耽った。ある日突然一線を退いた神殿騎士団長。教会の陰謀か、とまで噂されておいて、まさか人知れず子育てを始めていたとは誰も想像できないだろう。
「しかし私も娘に会いたくなった。私も戦争が終わったら娘を我が家に呼び寄せよう」
「娘だと? おまえに娘はいないはずだろう、バルバネス」
「いや、居るのだ。ちょうどあの子らと同じ年齢だ」
「隠し子か? まったく、あきれた奴だな――」
「実は息子もいる」
「バルバネス! お前には何人隠し子がいるんだ!?」
「二人だよ。いずれ大きくなったらベオルブの名を継がせるつもりだ。シド、いつか会いにこいよ。可愛い私の子どもたちだ」
「もちろんだとも」
 二人の騎士は笑った――愛する我が子たちの姿を思い浮かべながら。

     

  

2017.05.28

     

  

THE INTERVAL

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THE INTERVAL

 

 

・お題提供元様→https://shindanmaker.com/524501 (*印除く)

 

 

 

◆ヴォルマルフ「あの時の私でもそうしてたと思う」

「――ヴォルマルフよ、久しいな」
「エリディブズか、戦争の時以来ではないか。どうしてこんな孤独な場所に隠遁しているのだ」
「私は聖石と契約した身。もはや人の世で暮らす義理はない。おまえはそうではないのか?」
「私は……人の世で暮らすことを選んだ」
「何故だ? 聖石の力は厄災でもあることは分かっていての選択か」
「分かっている。だが、それでも私は家族と暮らしたかったのだ。あの時の私はそう思った――今でも後悔はしていない」

(ディープダンジョン再深部。エリディブズ氏があの孤独な場所にいる理由…「聖石を手にしてルカヴィになったものの定めとして人の世に還ることはできない」と蛇使い座は言うのです。それに対して獅子座は一貫して人の世に関わり続け、教会と世俗の権力と戦い続けた。この対比)

 

 

◆ローファル「平凡な毎日だけど、これが案外幸せなんだよな」

M:ローファル、貴方には幸せになる権利があるのよ。貴方は私達にとても尽くしてくれたわ。だから、今度は貴方は貴方の幸せのためだけに生きて欲しいの…貴方は…時々とても孤独に見えるから…。
L:私は充分幸せですよ、お嬢様。こうやって過ごす毎日、その中にこそ幸せがあるのですから。

(ローファルとメリア。ローファルの経歴は謎めいているけれど天涯孤独で教会に拾われて、そのままずっと教会に忠義を尽くした人生だったとか。そして騎士団に入ってからは団長に自分の魂と肉体を犠牲にしてまで忠誠を誓う……ストイックな人生。だけど長い長い人生で時には肩の荷を降ろして憩う場所が時には必要である。貴方も誰かのためでなく自分の幸せを願って肩の荷を降ろして、と気遣うメリアお嬢様は、ローファルのそんな人生を隣でずって見てきていたのです)
※LはローファルのLです(Loffrey/北米版)です。

 

 

◆バルク「先の事は全然わからないけど、今は幸せだよ」

「未来?夢?そんなものは俺にはなかった。あるのは現実だけ。それも先の見えないどん詰まりの袋小路だ。俺はそんな現実を粉々に砕いてやろうと思った……そしてそれを実行する力があった。搾取され続けた俺にもこんな力があったなんて、幸せなことだろう?」

(失われた聖域の悲痛な叫びから察するにバルクさん相当悲惨な生活を送ってきてると思います。ブラックリストに載るくらいの凄腕テロリストだったそうなので、下っ端戦闘員じゃなくてやり手の幹部だったんじゃないかな。でも神殿騎士団に入ってからは統制者に良い様に使われちゃって…w)

 

 

◆ウィーグラフ「案外気付いていないのは自分だけかもね」

「ギュスタヴがゴラグロスと組んで侯爵を誘拐した? ミルウーダ、知っていたのか? 何故止めなてくれなかったんだ……いや、もしかして、お前もあいつらに賛成だというのか?」
「みんな言ってるわ、兄さんのやり方は甘すぎるって」
「私だけか……私だけが知らなかったのか…」

(ゴラグロスは貴族出のギュスタヴと違ってウィーグラフの同郷の出で旧友ポジションを押しています。なのでゴラグロスがギュスタヴにくっついて誘拐事件を企ててるのを知ったウィーグラフの心境「ゴラグロス、お前もか」)(ミルウーダとゴラグロス、仲良いといいなぁ!兄の友達と妹!)

 

 

◆クレティアン「あのとき君がああ言ってくれたから、私はここに立っていられる」

私がこの狂気の世界で正気を失わずにいられたのは、一人の正しき人間を知っていたからだった。彼もまた謀略の渦巻く世界でただ一人、義を貫き国王から「ガリオンヌの守護」の称号を賜った――ザルバッグ・ベオルブ。私が尊敬するただ一人の人間だった。
かの若き将軍が信仰と正義を掲げ、正しき道を示したからこそ、私もそれに倣ったのだった。しかし――罪よ赦されよ――私は道を過った。ベオルブ家の道は閉ざされた。将軍よ、若き日の理想は叶わぬものであると、あなたもやがて知るでしょう。

(クレティアンは根が清廉な人なので、やり手の政治家肌のダイスダーグのことは好きになれないけれど、正義を掲げて生きる武人肌のザルバッグのことは尊敬してる……と良いなと思います。クレティアン、ダイスダーグが聖石と契約するのは気にならないけど、ザルバッグが兄の外道極まるやり方を知って落胆する様を見たくなくて、ベオルブ家に聖石を持っていく任務だけはどうしてもこなせなくて結局ローファルが聖石を渡しに行った、という裏エピソードがあったりしたら楽しいwクレティアンも元々(学生時代)はザルバッグみたいな理想高い潔癖の人で、でもそういったドロドロとした現実を知ってしまったから自分に妥協して神殿騎士団に入った、若しくは、政治野心の汚い世界から離れたくて信仰の世界で騎士となることを選んだ、という理由だと良いなと思ってます!)

 

 

◆:メリアドール「全然力になれないかもだけど気休めにはなるだろ」

M「誤解していたことは謝ろう。微力ながら貴公に協力したい」
R「本当に微力ですね。剛剣は役に立ちますか」
M「獅子戦争なので問題ない」
R「もう4章の終盤ですが」
M「我が父に会いに行くのだから問題ない」
R「雷神がry」
M「我に合見えし不幸を呪うがよい!星天爆撃打!」

(メリアさん、アグさんと対比して女性らしい口調で話してもらってるけど、もっと武人らしく無骨な感じの方がよいですかね? どうしても香水つけたお洒落なレディのイメージが……アグさんも口紅つけてるけど…!)

 

 

◆イズルード「◎◎の前だとうまく言葉が出て来ないよ」

ディリータ。彼はそう名乗った。経歴は言わなかった。初めて会った時、並々ならぬ気迫を感じた。オレと年齢もそう違わないだろう。なのに、圧倒される。オレは言葉を失った。存在だけで圧倒されそうだった。オレは恐る恐る聞いた。「どうしてそんなに頑なに高みを目指す?」
彼は答えた。「愛だよ」 オレは訳が分からないという風に肩をすくめた。彼の口からこんなロマンチックな返答が聞けるとは想像していなかったためだ。彼は再び答えた「愛だよ。愛があるから、俺は孤独に耐えられるんだ」 不可解な会話はそこで終わった。

(イズルードはディリータのことを「友」と呼んでいましたが……イズルードは「持つ者」、ディリータは「持たざる者」。二人が同じ立場の「友」になれたのは、ディリータが過去の自分を隠して「持つ者」として振る舞っていたからでは、と思いました。それはとても孤独だったに違いない)

 

 

◆クレティアン×メリアドール「What do you have to lose?」(失うものはないんだからやってみな)*

二人きりになると、彼だけは私のことをミスと呼んだ。私は決まって「私だって騎士なのよ」負けじと応戦したが、「そんな不粋なことを」とたしなめられて終わった。夜の密会に剣は相応しくないと私もうなずき、「お嬢様、お嬢様」と彼が甘やかすのに身を任せた。
そうして、ひそやかに愛を交わした幾度めかの夜に私はとうとう言った。「父のもとを離れます」 別れの挨拶はそれで充分だった。翌朝、私が目を覚ます前に彼は私の枕の下に手紙を残していた。What do you have to lose?[もはや失う物は何もない]と。
信仰、家族、愛――私は全てを失った。だからもう恐れず前に進むことができる。長い甘美な時間の後で、再び私が剣を取る時が来たのだ。「さっさと行け」と彼は言い残したかったのだろう(随分と遠回しなやり方ではあったが)。だったら、私はそれに応えるしかない。「粋にやりましょう」
最後の夜であったのに挨拶もなかった(或いは私と顔を合わせたくなかったのかもしれない)。私は書き置きに別れの言葉を綴った。farewellとだけ。彼ならその意味を分かってくれるだろう。[よき旅をせよ]――各々別の道を歩む時が来たのだ。旅路を祝福せよ。私は私の道を行く。

(Parting is such sweet sorrow.別れは甘く、切ないもの。しばしの感傷に浸ったら、メリアさんは凛として剣を携えてライオン討伐にいって欲しいです。復讐の炎!!とかじゃなくて、騎士として正しい道を示すために……粋にやってほしい)

 

 

◆ザルバッグ×クレティアン「……電話越しでも泣いてるのわかるから」 ※手紙で代用

「手紙を書いているのか?」私がそう尋ねると彼は慌てて紙を隠した。「詩を書いていたのです。ほんの暇潰しですよ。ベオルブ先輩もご覧になりますか?」 見ると技巧を凝らした詩連が幾つも書き付けてあった。人目見ただけでも、彼の並外れた才能が伺える。
「私には手紙を書くような人はいませんから」自嘲気味に彼は呟いた。だからこうして退屈しのぎに詩を書いているのだという。若い学生が己の技術を競うために詩を作るのは珍しいことではない。彼には優れた才能があり、それは誰もが認めることである。首席入学。他の誰の追随も許さない。 彼の詩には誇り、自負――そういったものだ。しかし私は詩を書く彼の別の姿も知っている。誰もいない教室でたった一人、ペンを握りしめて、語らう友もなく、詩を書く彼の心境は想像するに難くない。「寂しいだろう」私は呟いた。彼は「いいえ」と呟いた。虚栄心だろうな、と私は思った。

(若かりし頃のクレティアンは騎士時代とは比べ物にならないほどプライドが高くて「あんな烏合の衆とは交わりたくない」とか言ってしまって、孤高の学生時代を送ってたんじゃないかな~ザルバッグはそれを見て「出る杭は打たれるぞ」とやんわり忠告したんだけど、効果はあまりなく。自分は貴族で才能もあって周りが自分にひれ伏すのが当然、くらいでちょうどいいと思います。信仰に篤い人だから、人にひれ伏さず神の前でだけ膝まづく…というタイプですよきっと! 10代の若者はそれで良いよ~)

 

 

◆シド&ローファル「もしかして……好きな人、いるん?」

夜中の夜営地。物音がした。私は剣を取り、物音の主を探った。私は異端者と呼ばれる者たちと同行している。私らの首を狙うものは後を絶たない。そこで雷神として名を馳せた私もラムザの身の安全の確保に協力している。私は足を忍ばせ、侵入者を探した――居た。僧帽を目深に被った男だ。 顔は見えない。だが、その格好から神殿騎士とすぐに分かった。「何の用だ」 「私は貴方がたに危害を加えるつもりはありません」 私は鼻で笑った。散々悪事を働いた、どの口が喋っている。彼は続けた。「私はただ……彼女のことが気掛かりで」 メリアドールのことだと私は察した。
「私は、彼女が、異端者と一緒にいることが心配でならないのです。異端者の名前のせいで、彼女に何か危害が加えられるのではないかと……」だからこうして夜な夜な、彼女の側を守っていたのだと彼は告白した。私はこの男のメリアドールに対する心情に、尋常ならざる思慕の念を感じた。
「分かっています。私たち神殿騎士団が何をしたのか。でも、彼女にはその汚名を背負ってほしくない。たとえ我が身が血塗られていようとも、彼女にはそのような汚れた道を歩んで欲しくない」 私は答えた。
「だったら疾くその身を引かれよ。彼女にはラムザがついている。心配は不要だ」
「ええ、私はもう二度と彼女には近づきません……ですから、この剣を。たとえ神殿騎士が汚名を背負っても、彼女の魂は永遠に気高いままです。彼女は私たちが失ったミュロンドの騎士の心を持っています。この剣はその証しです。私は……もうこの剣は持てない。どうか彼女に」
彼は一振りの騎士剣を置いていった。それはディバインナイトに授けられる最高の栄誉の剣であった。私はそれをメリアドールに渡した。そして彼女に尋ねた。この剣の持ち主を知っているかと。彼女は答えた。
「ええ、私のとても尊敬する方でした」

(シドとローファル→メリアドール。ローファルはメリアドールのことをとても慕っていて、メリアドールも彼のことを尊敬してます。ローファルは自分ら神殿騎士団がどうしようもない悪事を働いていると自覚しているけれど、その罪をメリアドールには背負って欲しくないと切に願っています)

 

 

◆バルマウフラ「……なんてね。嘘だよ。」

「私、ヴォルマルフを殺そうと思うの」そう言ったら彼は慌てて机の書物をばらばらと取り落とした。「お、おまえ……なんてことを」そのあまりの動転ぶりを見てしまい、私はこう付け足す羽目になった。「なんてね、嘘よ。嘘に決まってるじゃない。私がほんとに騎士団長を殺せると思う?」 彼が慌てるのも無理はない。この人は王都出身のアカデミアン。私の師。母親を殺され、身寄りがない私を引き取っくれた。母は魔女として告発され、私も魔女の娘として教会から名指しされていた。そんな私に一から魔法を教え込み、「魔女」ではなくソーサラーにしてくれた。
彼は騎士団の中でとても影響力のある人だった。そんな人の弟子だった私はもう誰からも「魔女」と言われない。私がこうして暮らしていられるのはこの人のおかげ。だけど、私の母に魔女の宣告を下したのは、ヴォルマルフだった。私が魔法を学び、極めたのも復讐心からだった。
私が、こうして得た魔法を、母の仇敵を倒すために使うと知ったら、この人はどんな顔をするのだろう。だって彼はヴォルマルフの側近。ヴォルマルフの言うことには絶対に逆らわない。もし私が今尚、憎悪の念をヴォルマルフに持っていると彼が知ったら……でも本心はまだ誰にも言わない。

(オチは特になし\(^o^)/バルマウフラとクレティアン。バルマウフラの生い立ちはヴォルマルフやメリアドール、オーランとも関わってくるので教会の中で複雑なことになっているのですが……いずれ書きます。同じソーサラー同士(バルマウフラはソーサレス)仲良くしてて欲しいです。バルマウフラはFFTきっての知性派で、オーランも同じく頭の切れる人でした。クレティアン、ディリータも然り。そういう知性派に囲まれて暮らしていたので、彼女が惹かれる人物も自然とスマートな性格の人になっていったのではないかと思ってます)

 

 

◆オーラン「なかったことに出来ないなら、もう一度やりなおせばいい」

オーランは立ち上がった。「私は意義を申し立てる」公会議の出席者は伯爵の突然の発言を非難した。だが伯爵は構わず続ける。「私はこの会議を弾劾する。真実が歪められている。事実をなかったことには出来ない。真実が否認されるというのなら――何度でも繰り返す。私はこの会議を弾劾する」 だが、伯爵の意見は聞き入れられなかった。伯爵は諦めなかった。彼は議論の最中に自著を掲げた。――クレメンス公会議にて、オーラン・デュライは『デュライ白書』を上梓した。その後の経緯は後世の歴史に詳しい。往時の歴史家は伯爵の著作を解さず伯爵の命と共に葬っり去った故である。

(ということで例の公会議でのオーラン。伯爵の地位は継いでるものと思ってます。公会議だから宗教絡みの会議だったのでしょう。きっと、彼は伯爵の地位を持ち、グレバドス教会の中でも地位ある人だったのでしょうね。オーランはこの後、火刑に処されたということですが……私の中でオーランとクレティアンが旧友同士という設定があって、クレティアンは死都で死んでなくて(ルカヴィと契約してて不死の肉体を持っていて肉体の死を迎える為には火で焼くしかないとかそんな前提)、彼は神殿騎士としての行いに恥じるところがあり、罪滅ぼしのため、今まさに火刑に処される友人の身代わりとなり……そしてオーランは妻子とともに大陸へ亡命して……という壮大な妄想がありますw バルマウフラは知ってるけど、メリアドールはこのこと知らない。メリアドールはクレティアンは死都で死んだものと思っていて、バルマウフラだけが彼の改悛を知っているという……全部妄想ですけど、そんなifがあってもいいと思う……オーラン助かるし、クレティアンは罪を告白して善き人として昇天できる…win-winじゃないですかww)

 

 

◆ゴラグロス「(……何でこいつ嘘つくの下手なんだろう)」

「王都へ行く」 ウィーグラフはそう言った。村を離れてルザリアへ行って騎士を目指すのだという。大好きな兄と離れなければならないと知ってミルウーダは泣いていた。泣きじゃくる妹に向かって「もうこの村には戻ってこないかもしれないが……」と兄は馬鹿正直に言いかける。
『まったく、こいつは嘘の一つもつけないのか?』 俺は呆れた。「おい、ウィーグラフ!ここは『いつか英雄になって村に戻ってくる』くらい言えっての!ミルちゃんを泣かすんじゃねーよ!」「ゴラグロス、俺は……」 まだ何か
言いかけるウィーグラフの背中を蹴飛ばして送り出した。
ウィーグラフが帰郷したのは村が黒死病で壊滅してからだった。久しぶりに再会したウィーグラフは俺に言った。「俺は王都で騎士になると誓ったのに、騎士にもなれず、英雄にもなれなかった」 落胆して話す友の姿を見て俺は思った。『相変わらず嘘が下手な奴だ』
「おい、ウィーグラフ! 久々に帰ってきてその様はなんだ」 「だが、これは事実だ」 「うるさい奴だ。故郷に帰ってきた。その理由は『家族の顔が見たかった』でいいだろ?」 「しかし父も母も黒死病で死んでしまった…」「ならこう言えばいい。『故郷の友に会いたくなった』」

(ウィーグラフとゴラグロス。仲良いです。もしかしたら幼馴染みとか。ゴラグロスはミルちゃんのことも可愛がってます。で、少年時代のウィーグラフは世渡り下手で、人を疑ったりとか出来ない真っ直ぐな性格でした。その後の艱難辛苦が彼の性格を変えて…でも真っ直ぐな性格はそのままです)

 

 

◆ミルウーダ「正直に言ってくれてありがと」

「ミルウーダ……どうしても言わなければならない事があるんだ」 沈痛な顔。「骸騎士団は役目を終えた。本日限りで解散する」 兄はそう言った。「正直に伝えてくれてありがとう……でも、それは兄さんの本当に気持ち? 兄さんは骸騎士団が役目を終えたと本当に思ってるの?」
「それはどういう意味だ?」「まだ私たちの『役目は終わってない』ということよ! 騎士団がこんな不本意な形で解散なんて……何の恩賞も貰えず……使い捨ての駒みたいに……私はこんな侮辱は許さない。兄さん、私たちは立ち上がるのよ! そして――骸騎士団の遺志を継ぐ!」

(骸騎士団。王国の救済という名目を掲げていたはず。騎士団結成当初は、見返りや恩賞など求めていない愛国心ある若者の同盟でしたが、泥沼の戦争の間、貴族に使い捨てにされた団員たちに怒りが募り……いつしか救国の同盟が反貴族の結盟団になっていったのではないかと思っています)

 

 

◆ギュスタヴ「何を言おうと言い訳になるだけだから」

「おまえは素行が悪すぎる」 ウィーグラフはギュスタヴを呼び出した。暴言、窃盗、乱暴、乱闘……数え上げればきりがない。こんな奴が副団長の座にいるのだから示しが付かない、とウィーグラフは頭を抱えた。「俺に指図をするなよ、ウィーグラフ」
ギュスタヴは自分が貴種の生まれであることを暗にほのめかしているのだ。だがそんなことにウィーグラフは怯まなかった。「ギュスタヴ、おまえは自分の生まれを行動で汚している」 「俺に説教を垂れる気か? 俺は貴族の権利を行使しているだけだ。何を言ってもどうせおまえには言い訳じみて聞こえるだろうから俺は何も言わない。俺は正しい」 ウィーグラフは溜め息をついた。こんな奴でも北天騎士団から寄越された副団長なのだからお膳立てしなければならない……だがもう限界だ。「ギュスタヴ、次はないと思え」 そう言い捨てた。

(ギュスタヴの立ち位置。本社から出向してきたお偉いさんみたいな立ち位置ですよね。北天騎士団から追放、左遷されたとはいえ、副団長というポスト付で平民騎士団にやってきた貴族。ウィーグラフはさぞ扱いづらかったことでしょう……)

 

 

◆ウィーグラフ→イズルード(Ch.3オーボンヌ修道院)「最期の言葉 I」*

彼は去って行く。
戦場と化した修道院で交わした最期の言葉。
私を置いて行け、と。
若き戦士には希望を託さなければならぬ。
私は彼の為に道を作る。
去りゆけ――彼女を連れてここから去ってゆけ――私の悲憤と苦悶の声の届かぬ場所へ。
然らば、彼は知るはずもない。
神に屈した私の最期の言葉を。
――彼は一顧だにしなかった。

 

 

◆ラムザ→ウィーグラフ(Ch.3オーボンヌ修道院)「最期の言葉 II」*

修道院に放たれた焔は赤々と炎上し、地を掴み倒れし男の顔を照らす。
妄執の響き、怨讐の叫び声。
その悲哀の響きが彼をその地に繋ぎ止める、しかし彼の憎みし仇の他に誰がその叫びを聞こうか。
満身すべてに言葉を捩り、誰に看取られず狂乱に終わる。
それが聖石を手にした男の矜持か、もしくは呪詛か――それを知る術はもはやなく。
「哀れ、理想に破れし騎士よ」と剣を手に弔うのみ。

 

 

 

 

公開日:2016.09-2016.10頃

 

 

悪魔との契約 –side V–

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*「文章リメイク交換」の企画で書かせていただいた小説です。元の小説は澪鈴さんの作品になります⇒原作『悪魔との契約 -side V-』:pixiv

 

 

悪魔との契約 –side V–

 

 

 

 

 I

 二人はもうすっかり死の準備をして了っているようだった。メリアドールは両親の姿を見てそう思った。ホールの一画に仕切られた、わずかばかりの狭い病室に伏す母と、その隣にうなだれるようにしてひざまずく父の姿があった。メリアドールの母親はもう長いこと病床についていた。そこに恢復の見込みはなく、しかしあまりに長いこと患っていたため、すでに彼女の顔に死への恐怖はなく、ただ穏やかに終末の日々を過ごしていた。そして母親にぴったりと寄り添うようにして看病をする父も、とても健康的とは言えない青ざめた顔つきをしていた。彼も同じ病気であった。両親が死の病にあると、幼いメリアドールは誰から知らされるでもなく、一人悟った。すっかり死を受け入れてしまった父母の姿は、まるで折れたまま咲く一対の花のようであった。寄り添うように、重なり合うように、静かに萎れていくようであった。
 メリアドールの父、ヴォルマルフ・ティンジェルは名高き騎士であり、ミュロンドの神殿騎士団を統べる長であった。そればかりか教皇猊下から聖石下賜の栄誉をいただいていた。彼は何もおそれなかった。勇士の名に相応しい気概をヴォルマルフは持っていた。しかし、彼の屋敷に勤める使用人たちはそうではなかった。畏国全土に恐ろしい死の病が吹き荒れていたことは誰の記憶に新しく、出火場所から飛び火をするより早く広がる黒い死を、誰もが恐れていた。ティンジェル夫人の場合はあの恐るべき黒死病ではなく(その忌まわしい脅威は既に畏国から去っていた)、原因も分からない不可解な病であったのだが、その得体の知れない不気味さに、かえって使用人たちは恐れおののいた。いつもは暖を求めてホールに集う彼ら使用人や、見習いたちも、夫人が床につくようになってからというもの、階下に籠もりがちになり、ついには夫人と、その家族だけが取り残されるように身を寄せて暮らしていた。そのため、広いホールの静謐な空間に、死の香りだけが漂っていた。
 夫人の具合が良い日などはヴォルマルフは、妻を伴って外出をした。階段を降りる時などは必ず、妻を、ほとんど抱きかかえるように自分の肩によせて「気を付けて」といたわるように声を掛けるのだった。メリアドールはそのような、礼儀正しい恋人同士のような振る舞いをする父母の姿をいつも見ていた。

「私はもうじき死ぬのかしら。肉体が朽ちて、骨だけが残る頃、私はどうなっているのかしら」
「おまえ、何てことを言い出すんだ。その時は私ももういないさ」
 ある時の夫妻の会話である。
「でも、あの子たちはきっとまだ生きているわ。私、あの子たちの成長を見られず死んでいくのが怖いのよ」
 この時、彼女はひどく苦しんでいた。長いこと病魔にむしばまれ、もう抵抗する力もなくなった彼女は、すっかり四肢を寝台の上に投げだし、まだ年端もいかない子供たちの成長を案じていた。ヴォルマルフはそばに付き添い、膝をついて彼女の汗を拭っていた。彼女がひどく苦しげにしていた一方、彼もひどく疲労していた。病身の妻を養うのは並大抵のことではなかった。何々の臓物が病に効くという噂を聞けば、彼自ら弓を引いて狩りに出かけ、捌いて料理もした。どんな病でも癒せると評判の僧侶が居れば(そういった輩は聖都にはうじゃうじゃいた)、呼びよせて祈祷をさせた。妻の看病のためなら何でもした。しかし彼女の病状は昂進していく一方で、それに比例するように、彼は体力的にも精神的にも憔悴していった。彼自身が妻と同じき病に冒されていると知ったのもこの頃である。そして彼はもはや信仰にすがる他ないと、熱心に聖石に祈るようになった。
 彼は考え得る限りの献身的な看病を続けていた。もうそれ以上与えられるものは何もなかった。彼女も何も求めようとしなかった。そうして、すっかり死の準備をして了ったのである。
 ただ、子供たちだけがそうした死の影から取り残されていた。メリアドールは父の苦労を知っていたが、しかし父が母に対して不満を片言隻語でも漏らしたことはなかったと記憶している。彼女は時々、弟をあやしながら病の母を訪ねた。そしてその度に、母に取り憑く死の空気を実感するのだった。夫が妻にそうしたように、母は子たちに無類の愛情を捧げていたため、メリアドールたち姉弟は母の愛に守られていた。ヴォルマルフが妻に疲労と不満とを述べることがなかったように、彼女の母も、娘らに対して苦痛と恐怖とを見せることはなかった。であるから、メリアドールは母がすっかり安心して寝ているのだと思い、彼女も安心して寄り添って眠るのであった。しかし、一方父親はというと、傍目に看ても疲労と困憊の極みにあり、先が長くないであろうと容易に想像がついた。メリアドールは、両親亡きあとの自らの生活をぼんやりと思っていた。それ――両親が自分たちを置いたまま死んでゆく――は全く想像できないものであったために、ただ漠然と思い描くことしか出来なかった。
 そういった漠然とした不安に機敏に気づくのは母親の愛のなせる業である。彼女はヴォルマルフに再び問うた。私たちが死んだらあの子たちはどうなるのか、と。
「私が責任を持って成長を見届けよう」
「必ず、約束してちょうだいね」夫人は念を押した。
「命懸けても、その約束を果たそう」
 それがヴォルマルフの返事だった。

 まもなくして夫人は亡くなった。葬儀に際して、故人の亡骸を棺に移すため、ヴォルマルフは愛妻を抱き上げた。二人で出歩く際にいつもそうしていたように、自分の肩に寄せるように抱きかかえ、そして小さく「気を付けて」と呟いたのだった。メリアドールは、両親の姿を見て、二人は今も、互いに手と手を携えてこの世ならざる楽園を逍遙しているのだと思った。
 それからしばらくの間、母を失った悲しみにメリアドールは泣いていた。父の具合も良くなかった。それでも彼は、妻の追悼の礼拝をを済ませると墓を作り、墓前に花を撒いていた。来る日も、来る日も忘れることなく散華していたため、そこは常に様々な生花で彩られていた。カスミソウ、ツタ、ツリガネソウ、バラ、等々、墓前にせっせと小さな花園をこしらえていた。その習慣は何年も続いていたが、ある日を境にぱったりとやめてしまった。
 メリアドールは、母亡きあと、自分が急に大人になったような気がした。姉として弟を守らなければと思い、そして父を看なければ、とも思った。それほど、その時の父親の姿は衰弱して見えた。いつものように、父が花を携えて母に逢いに出掛けた後、メリアドールもそっとその跡を付けた。母の墓の前にうなだれる父の姿を見、そしてこう言おうとした。父さんは私が守る――しかし、彼女が口を開く前に、彼女は、長らく母に向けられていたあの無償の愛をもって父に抱き上げられた。
「メリアドール、私の心配はいらない。私はおまえの母さんに約束した。おまえたちを育て、成長を見守ると。さあ、その約束を果たそう」
 その時、彼女の眼に映ったのは、紛れもない、孤高の騎士の姿だった。その後、姉弟は父に導かれるように育てられ、そして父と同じように騎士になった。

 後になってメリアドールは、父が長年の習慣をやめたその日が、自分たち姉弟が騎士に叙された日だったと思い出したのだった。父が母の墓前に花を撒いた最後の日には、赤い薔薇が一輪だけ供えられていたのを、メリアドールはあれから何年もたった今でも鮮明に覚えている。

 

 

 II

 ヴォルマルフ・ティンジェルは信心深い人間だった。神殿騎士になり、勇士に数えられ、聖石をいただいた時さえ、感謝を忘れることはなかく、常に謙虚の心を胸にいだいていた。しかし事はうまく運ばなかった。彼の妻、ティンジェル夫人の不治の病が発覚したのは、彼が聖石を拝領した直後だった。彼はますます信心深くなり、毎日聖石に向かって熱心な祈りを捧げるようになった。彼はその姿を誰にも見られないように、部屋にこもって祈っていた。そのような慎み深い神殿騎士団団長の噂は教会を統べる教皇のもとに届き、そうして彼はさらなる栄誉を授けられるのだった。
 ある日、いつものように、彼が一人静かに聖石に祈りを捧げている時、彼の耳にどこからか聞き慣れぬ声が届いた。
 ――お前は何者か。
 ――私は一塊の土くれです。
 姿もないその声は神々しい響きを持っていた。ヴォルマルフは謙虚に答えた。しかし、声の主はそれに満足せずに、彼の地位を聞き出した。彼が数多の神殿騎士を束ねる団長であることを知ると、声の主は満足げであった。
 ――人の子、お前は統制者に相応しい権力を持っている。これからも出世するであろうな? 我が思うに、お前はそれだけの気概を持っている。
 ――私はこれ以上の栄誉など望みませぬ。私が望むのは、ただ妻の病の平癒だけ。
 ヴォルマルフは信心深い人間だった。けれど、神を愛するのと同じように、彼の家族――妻とその子供たち――をこの上なく愛していた。彼の妻が病に罹り、死に瀕しているという現実は、彼を何よりも落胆させた。彼は必死で聖石の主に頼み込んだ。妻の病を癒して欲しいと。己の栄転はもはや望むものではないと。しかし、聖石の主はそれには答えなかった。
 ――それは叶わぬ相談だ。なぜなら、契約にはそれ相応の代価が必要だからだ。何の権力も持たないあの女に、それは払えない。
 ――ならば私が払う。私は何でも差し出せる。家族のため、何も惜しいものはない。私の命を捧げても良い。
 ――ならぬ。契約は契約者と取り交わすもの。誰かの介在をもって契約を交わすことは出来ない。我を喚び出したのは他ならぬお前自身。我はお前のためになら契約を結んでやろう。
 ヴォルマルフは絶望に打ちひしがれた。彼が家族のために出来ることはもはや何もないと知らされてしまったためである。
 ――人の子よ、何故それほどまでに落ち込むのだ。
 ――私は、己の無力さを知ったからです。私は死にゆく妻を、為すすべもなく、ただ見守る他はないと知ってしまったのです。
 ――全くその通りだ。人間は無知、そして非力な者どもだ。我らからすれば、所詮はただの塵芥だ。しかし、土からなる存在が何故、言葉を発し、生きていられるのかを考えたことがあるか?
 ――はあ……。
 ――それは我らが霊を吹き入れてやっているからだ。我らはお前たちに息吹を吹き入れ、そうして塵の子は初めて言葉を発せられるようになるのだ。
 ――私にはあなたの姿は見えません。しかし、私にはあなたの声が聞こえます。あなたは聖石に宿っている。石は肉体にはならない。言葉を発する口を持たずして、どうして言葉を発することが出来るのでしょうか。
 ――左様。我らは肉体を持たない。我らは決して、朽ちるべき肉体を持たないのだ。言うならば、我は肉体なき霊魂そのもの。霊、すなわち息吹そのものなのだ。永久に息吹を与え続ける存在だ。この意味が分かるか、人の子よ?
 ――つまり、永遠の命を有していると。
 ――お前はなかなか賢い。我は気に入ったぞ。
 ヴォルマルフは気に入らなかった。家族のためなら、己の命を差し出しても良いとさえ思っている彼にとって、永遠の命という響きは何の魅力も感じなかった。そればかりか、ひどく厭わしいものに感じられた。彼はこの声の主を、尊い存在として受け入れていた。しかし、彼の激しい落胆は、信仰に溢れたその心に一点の曇りをもたらした。すなわち、聖石に対する不信の念が生まれたのであった。

 夫人が歿した。彼のもとには、彼女と交わした約束と、彼女の忘れ形見である子供たちとが残された。彼はまだ幼い子供たちの成長を見届けるつもりであった。しかしそれは叶わぬ願いであった。彼もまた、夫人と同じき病に罹っていた。彼は憔悴していた。先の見えない暗路で、一人もがいていた。しかし、その絶望的な状態は彼に鋭い洞察をもたらした。元々、彼は騎士団を束ねる程の力量と洞察力と度量とがあったのだが、妻の喪失と自身の病とを経て、それは一層研ぎ澄まされていった。そして、鋭い感覚を培うに反比例して、信仰心が失われていった。もはや、聖石は拝み奉るべき聖遺物ではなくなっていた。にもかかわらず、聖石の主は、ヴォルマルフの許に、形なき姿を現し続けていた。
 ――どうだ、紫紺の衣を纏った騎士よ、我と契約を結ばぬか。
 声の主は再三、問いかけた。その度ごとにヴォルマルフはその問いを退けた。というのも、彼の深い洞察は、聖石の主が尊ぶべき存在ではないということを悟らせていたからである。幾たびも「契約を」と問うその声の主の善悪は、ヴォルマルフには判断しかねたが、むしろ一家に病魔を振り撒いた存在なのではないかとさえ思い始めた。
 ――我と契約せば千古不易の知識、永遠なる命が得られる。
 三度、聖石の主が問いかけを発した時、ヴォルマルフはとうとうその問いを退けなかった。彼には選択の余地がなかった。既に彼の魂の灯火は尽きかけており、ついに彼は自らその契約を取り交わす決心をしたのだった。
 ――私は永遠の命が欲しい。今すぐにでも欲しい。その命が手にはいるのなら、進んでその契約を結ぼう。
 ――ほう。今まで永遠の命など不要と散々我を退けてきたが、今になって死ぬのが怖くなったか?
 ――まさか。私は妻を失った。だが、子供たちがいる。彼らを失うわけにはいかない。そのためなら、私は悪魔にもこの命を差し出す。
 彼は、この声の主が悪魔じみた存在であり、ここで己が果ててしまったらその魔の手が己の子らに及ぶであろうと恐れていた。けれどその脅威を退けるだけの力を彼らはまだ持っていない。それは子供たちがまだ、幼い子であるが所以である。庇護の手を差し伸べ、守り、自ら脅威を退けられるよう導く必要があった。それはヴォルマルフが妻と交わした約束であり、彼自身が感じている使命でもあった。
 ――命で命を買うか、なんとも不可解なことだ。だがそれが契約というもの。よかろう。だが、人の子よ。誤解するな。我が求めているのはお前の命ではない。我はお前の権力者たる気概を理解した。高く評価しよう。だから我が欲するのは貴様の命ではない、肉体を所望する。我が欲するのはただそれだけだ。命はお前のため、残しておいてやろう。
 ――人間は、肉体がなければもはや人間ではない。
 ――全くその通りだ。それが土からなる人の子の定めだ。
 ――ならば、お前の欲する契約は私にここで死に果てよと言うことだな。それは契約ではない、脅迫だ。永遠の命をくれてやると言うが、その実、私を殺そうとしているだけではないか。
 ――我が言葉に偽りはない。お前は我と渾然一体となり共に生き続けるのだ。我らは塵の肉体を持たない。我らは霊の息吹そのもの。塵に霊を与えることが出来る存在。その働きこそが我らの実相なのだ。働きであるがゆえに、我らは形なき、見えざる存在だ。肉体を得て、初めて実在を得られる。
 ――良いだろう。私の肉体をくれてやる。好きにするがいい。ただし、命は私のもの、それが契約だな?
 ――我が言葉に偽りはなし。よかろう契約成立だ。ただし、聡明なお前のこと。己のものとして保有できない肉体を持った命の行く末が分からない訳ではないだろう。
 ――無論。だが誤解するなよ、私がこの契約を望んだのは、私のためではない。私の子たちのためだ。
 ――我が、彼らを殺そうと言ったらどうする。
 ――見くびるなよ。私はあの子らを育てるためにこの肉体を棄てるといった。私が育てる子らが悪魔に屈するはずがない。
 ――重畳重畳! だが、どうだろうか。我が英知を甘くみない方が身のためだと忠告しておこう。
 聖石の主の言葉には気迫があった。それこそ、彼が人を超越した存在であるが故に発せられる気迫なのである。一方で、ヴォルマルフの語る言葉にも真に迫るものがあった。彼は全幅の信頼を我が子らに寄せていた。――後に、両者の気迫に偽りがなかったことが分かるのだが、それはこの契約の儀から何年も経ってからのことである。
 こうして、騎士ヴォルマルフは契約を交わした。彼には、その脅迫的な契約に際して選択の余地がなかった。だが、彼は自らの意思でその契約を結んだのであり、彼にはまだ、行使できうる重大な権利が残っていた。しかし、その権利を行使するまでに五年の歳月を待たねばならなかった――

 五年の後、彼の子たちは騎士になった。その日、彼はいつも以上に子供たちに厳しく接した。騎士として一人前になった時、その身を守ることが出来るのは己自身だけであると繰り返した。そして、彼は護身のための剣を愛する娘に手渡した。それは守護の秘剣である。
「この剣は、お前の身を守る盾となる」
「ありがたく拝領いたします」
 ヴォルマルフは、その瞬間に、子供たちがもはや己の手を離れて巣立っていったのだと理解した。――とうとう、約束を果たしたのだった。
 果たすべき使命を全て終えたと彼が悟った時、いよいよ彼はその権利を実行に移した。それは塵の肉体を持った人間にだけ許された特権、つまり彼は剣を手に取り、自らの身体を刺し貫いたのであった。霊の存在、息吹そのものである神――悪魔ですらその権利を持ち得なかった。それがため、その権利は、「聖霊に逆らう罪」として人々に恐れられている。
 だが、聖石の主はむしろその恐るべき行為を高く評価した。ヴォルマルフのささやかな反抗は、聖石の主を弑するには至らなかったが、彼――統制者と呼ばれる――を満足させるには十分であった。聖石の主はますます、この勇士の肉体を得ることを望んだ。そしてその通りになった。しかし、その統制者が最後まで理解できなかった事は、ヴォルマルフが行為に至った理由、つまり、死を望まず契約の果てに永遠の命を得た男が不可解にも自ら死を選ぶに至った経緯である。それは、その場に残された、鮮血に染まった一輪の薔薇と大いに関係があったのだが、人間を超越した者、統制者と呼ばれる聖石の主は、そういった人間のささやかな機微には気付かなかったようである。

 

 

III

 メリアドールは確かにヴォルマルフの娘だった。彼女の父親は、畏国の内紛の調停に一役買ったとか、はたまた教皇を殺したとか、自ら腹を割いて死んだとか、この上なく高価な聖石を持ったまま消息を絶ったとか、伝説の悪魔を蘇らせたとか、とかく噂の絶えない人物であった。その途方もない数々の噂はイヴァリースを離れた近隣諸国にもやや伝説じみて届いていたため、故国を離れて暮らすメリアドールの生活の中から父親の影が消えることはなかった。しかし彼女は自身の経歴について、また、父の行いについて直接語ることは滅多になく、穏やかに、つつましやかに暮らしていた。実際、彼女の過去を知らない者は皆、彼女のことを異国からやって来た、物静かで、礼儀正しい婦人だと思っていた。彼女がかつて、畏国で一瞬のうちに栄光と凋落とを人々に知らしめたあの神殿騎士団の精鋭だったとは誰が想像できただろうか。それも、あのヴォルマルフ・ティンジェルの名前を父に持っているとは、今の彼女の振る舞いからは全く知り得ないことだった。
 それでも、メリアドールは時折、父について尋ねられることがあった。大抵の者は(彼らの多くは畏国人でないこともあってか)、ミュロンドの騎士団長はどのような人物であったのか、彼の業績は噂どおりなのか、聖石にまつわる真偽、といったことに興味を持っていた。そういった質問に対しても、彼女は不快な顔をすることなく、丁寧に答えていた。つまりこうである。ヴォルマルフは自分の父であり、その業績を知りたいのであれば最近上梓された『デュライ白書』を読んで欲しいと(ただし、この書物は時を待たずして禁書に処されたので入手は容易ではない)。聖石は自分も一時所持していたが、つまりそれはクリスタルで、クリスタルである以上、そこには死せる人の魂が宿るものである、といった返答である。
 それでも満足しない者、あるいはひどく攻撃的な性格で、あえて彼女を侮辱しようと考えている者はメリアドールに対して、彼女の父の悪口を述べたてた。まだメリアドールが故国に居た頃は、彼女に向かって石を投げる者や、あからさまに呪いの言葉を吐くもの、平然と唾を吐くような侮蔑的で不適切な行為をする者さえいた。流石にイヴァリースを離れるほど、そういった挑発行為は少なくなったが、皆無という訳ではなかった。けれど、彼女はそのような挑発に対しても平然としていた。それは、王や人々の上に立つ指導者らが、下々から投げつけられる無責任で身勝手な、それでいて的を得ているむき出しの批判に一人孤独に耐え、憎まれはしても誰からも感謝されない治世を行う心意気に近かった。彼女は孤高の獅子の心を持っていた。このような気概はまさしく父親譲りのものであったが、彼女がそのことに気づいていたのかは定かではない。

「婦人、畏国では戦乱によってただでさえ多くの血が流れたというのに、加えて、身勝手な思想を抱いた者らが無垢な人々を屠ったと聞く。政治の争いはまだ国を平定するという大義があっただろうが、高慢な思想を抱いた者らにその大義はあっただろうか? 然るべき裁きを受けるべきではないだろうか?」
 こういった問いを発する人々は、メリアドールのことを“婦人”とは見ていなかった。その大抵は彼女のことを、血に飢えた教会の子飼いの“犬”くらいに思っていたのである。勿論、その教会の名の下に虐殺事件を引き起こした(と噂される)神殿騎士団団長ヴォルマルフへの非難が言外に含まれていた。メリアドールもそれに気づかない訳はなかった。が、彼女の艱難に満ちた人生は、感情――特に怒りや憤怒――を露骨に噴出する危険性を彼女自身に悟らせていた。また、彼女も父の行為のの大半は肯ずることが出来ないものであったと十分に理解していた。だから淡々と答えるのだった。
「人は各々、その魂の働きに見合った報酬を受けると考えます。たとえこの地の上でその報いを受けずとも、然るべき場所で然るべき報いを受けるでしょう」
「それはいささか抽象論にすぎませんかね。あなたは血を流し、不本意なままに殺される無辜の人々を見てきたはずだ。そしてその流血の惨事の要因に無関係だったとはいえないでしょう。具体的にはどうお考えで?」
「時に善良な人が時に悪魔と取り交わし道を踏み外し、時に非道な情け知らずの者たちが人知れず憐憫の涙を流します。他人から善人だ、悪人だ、といくら称されようと、その人の価値は分からないものです。しかし、人の根元にある魂はもはや飾りたてることが出来ません。その人を裁量するなら、外の衣で判断すべきではなく、魂を見極める必要があります」
「それでは、あなたがたの行いについて、あれは善ではなく悪だったと言うことも、悪ではなく善だったと言うことも出来ますね。あなたは善人に対して罪状を渡し、悪人に対しては酌量を与えるつもりですか。あなた方は教会の人間だった。人を裁くことは誰よりも長けているようだ」
「それは分かりません。人の為すことは決して人の域を出ませんから。真の裁きは人ならざる者の手にゆだねるべきです。私は正義と復讐にかられ、自ら私的な裁きを下したこともありました。手を下すことはいとも容易いのです。しかし、その判断が正しいものであったかなど、いったい誰が分かるでしょう? 私の醜い復讐心が私自身の価値判断をゆがめたように、人の手による判断が全く公平である保証はどこにもないのです。人はとかく外の衣に目がいきがちです。ましてその奥底にある魂の真意など、どうして知ることができましょうか? どうして他人の心を他人が知ることが出来ましょうか? 私も幾たびと判断を誤り、後悔をしました。人の為すことはこんなにも間違うのです。ですから、人が人を裁くのは人の身にはかなわぬことです」

 たとえもう二度と剣を持つ機会がなくとも、メリアドールは全く、騎士の心意気を分かっていた。それがは間違いなく、父親の教育の賜物であった。正しい行いをせよ、というのが父の教えだった。まっすぐに剣を持つ父の姿を見て、その父の剣捌きを受け継ぐように騎士になったメリアドールは、正義を重んじる騎士道にかなった生き方を心がけてきた。しかし、それは完全なものではなかったと、彼女は悔恨の念に駆られることも少なくはなかった。だが父親の薫陶を受けていた彼女の気質はどこまでも実直で、誠実なものだった。であるから、信じていた教会の不正を感じ、己の身体をもってでその不実な行為を目の当たりにした時には(彼女は実際に自身の目で見るまでは物事を判断しないという信念があった)、迷わず、教会に反旗を翻した。因果なことであるが、不実を許さぬ父親の教育により、不実な行為を働く父親に手をかけることになったのである。
 弟はついに父親に手をかけることが出来なかった。獣じみた異形の怪物の中に、物言わぬ父親の無念を感じ取ってしまったのである。彼はどうしても剣をふるうことが出来ず、とうとう剣を手放し、リオファネス城に果てた。しかし、姉は――メリアドールは、そうではなかった。彼女の決意は鋼のように堅く、何者も彼女の意志を変えることは出来なかった。父の成敗に向かう彼女の足取りに迷いはなかった。わずか二十数歳にして不惑の境地に達していたのであった。母の死に泣き、弟の死に嘆いた彼女であったが、父の死は彼女に涙をもたらさなかった。父親を墓に弔うこともなかったので、そこに花を供えることもなかった。故国を離れる前も、離れた後も、「私はヴォルマルフの娘である」ということを表明し続けた。父のした行為をことさらに述べ立てることもなかったが、弁明することもなかった。
 一つだけ、彼女の鋼の意志に逆らったものがあった。それは紛れもなく、父の死であった。彼女は父を討ち取るのだと確信し、そうしなければならないのだと言い聞かせ、また、それが出来る自信と決意があった。しかし、父の意志はそれを上回っていたと言える。なぜなら、彼は娘に引導を渡されることを拒否し、自ら命を絶ったからである。メリアドールは、まさか獣――あるいは父――が目の前で自ら腹を割いて血を流し、生命を絶つとは想像だにしなかったため、その瞬間、何が起きたのか全く分からなかった。どういった手法をとるにせよ、命を棄てるという恐るべき権利を行使するのは少なくとも人間だけであるとメリアドールは思っていた。そして、目の前の存在が獣であるのか、父であるのか、もはや何者なのかさっぱり分からなくなった。――だが、それはおびただしい量の血をまき散らしながら終わった。
 リオファネスの惨劇にしろ、死都の死闘にしろ、あまりに多くの血が流れた。父と、彼と一緒に身体を共にしたであろう何者かとの間に交わされた会話を彼女は知らず、そして今となっては知りようもないことだが、真実その血の報酬を父は受けるであろう、とも彼女は思っていた。それでも時折、亡き母のために毎日、毎日、律儀に花を手向け続けた、こぼれ落ちそうな程色あせた記憶の中の父の姿を思い出し、父のためにも、しみじみと祈りたくなるのだった。しかし、今更神に慈悲を乞うことも出来ず(又、そうするつもりもなかった)、誰にとりなしを頼むのかというと決まって彼女の母親なのだった。彼女はまもなく、遠い記憶の中の母と同じ年齢に達する。もはや親の庇護を求める年齢でもなくなった彼女であるが、その時ばかりは父母の許にすがりつく幼い娘に戻り、記憶の中の淡い色をした母の姿に向けて頭を下げ、こう祈るのだった。母よ、父は約束を果たしました。どうか、それに答えてください――と。

 

 

・「奥さんと子供たちを想う家庭的なヴォルマルフ」「メリアドールとイズルードの成長を見守るヴォルマルフ」「ルカヴィと対等に渡り合うかっこいいヴォルマルフ」「奥さんにお花を捧げる愛妻家ヴォルマルフ」「ハシュマリムに一目置かれているヴォルマルフ」というテーマに触発されて書きました。
・作品を提供してくださった澪鈴さん、ありがとうございました!

父と子

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父と子

  

さてもかの日の暮れ時に
   惨憺極むリオファネス
すでに日はなく窓辺より
   夕闇の寥さし落ちぬ
城内もはや人気なく
   聖堂つらぬく身廊に
したたる血花点々と
   あちらに倒るは城兵か
こちらに倒るは僧兵か
   虐殺せらるる者どもの
声なき怨嗟みちみちて
   寂寥凄しその真中
手練の騎士のひとり立つ
   手には煌めく血の剣
紫紺の法衣も色かはり
   血染めの赤となりにけり
されど其の騎士声もせず
   ほくそ笑みたり不敵にも
かくもその様鬼のごとく
   這ひずりまはる兵どもに
喰らひつかむと欲す時
   さへぎる声あり「いざ待て」と
「我は見たりその非道
   悔ひ改めよとくなほれ」
幼き人の泣き叫び
   手をば広げてすがり付く
騎士は「知らぬ」と言ひ捨てつ
   剣をば取りてうち払ふ
あはれ其の子や無慚にも
   愛する父にぞ撫で斬られ
無念のうちに地に臥しぬ
   幼き人は剣を抱き
「天にまします我が神よ」
   かぼそく祈る其の声を
騎士は聞きたり子の祈り
   「赦すしたまへやかの者を」
顔は蒼みて声ふるへ
   瞑目しつつ祈りつつ
手には恩赦の印あり
   「赦したまへや」声やがて
静かに消えつその時に
   胸に抱きし剣すべり
三たび地にうち転がりぬ
   騎士はそを聞きかしこみて
ひざまづきたり子の前に
   御声にしたがひひたすらに
とかくに殺戮したれども
   あとに残るは虚無の闃
慟哭するも時遅く
   ああ聊爾なりや「ファーラム」と

  

・騎士→ヴォルマルフ、幼き人→イズルードで。そんなにイズは幼くないと思いますが(ちゃんと騎士やってましたし)、騎士が二人もいると書き分けられないという中の人の諸事情があったりします。
・リオファネス城でのティンジェル親子。イズルードはかつての父であり今はルカヴィであるハシュマリムを<自分が倒さねば>と強く思うも、ハシュマリムの姿に騎士であった父の面影を見てしまい、また、父のことをとても愛してとても尊敬していたから、どうしても父であるハシュマリムに剣を向けることはできず……一方ハシュマリムはその時もうヴォルマルフの自我は吹飛んでいて何も思うことなく息子を殺戮するけれど、事が終わった後で突然ヴォルマルフの自我を取り戻して、物言わぬ息子の姿を見て激しく慟哭し、イズルードが最期まで自分に抵抗することなく執り成しを願い続けていたことに気付いて人知れず涙する……という展開でした。

  

2012.04.09

  

  

誇りを失った騎士:第四幕

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誇りを失った騎士

  

 

第四幕

  

 

 第一場 リオファネス城。地下牢。
 牢獄。部屋は木製の壁で狭く仕切られている。扉には鍵が掛かっている。イズルードが床に伏している。ラファが食事を持って登場。

イズルード< (独白)真っ暗だ――真っ暗で何も見えない――(聖石を取り出して)人は弱いからこそ神にすがるというが――クリスタルの輝きを以てしても何も見えない。まるで己の未来を暗示しているかのようだ。いっそこの暗闇の中で果ててしまいたい。光の中に戻れはしまい。(隠し持っていた短剣を取り出し)このまま死んでしまおうか――いや、恐ろしすぎる。怖い――オレにはとても出来ない――(短剣を放り出す)   (ラファが食事を持ってイズルードを訪ねる。扉の鍵を開ける音。イズルード、慌てて聖石を上着に隠す) ラファ 随分やつれているわね。何か食べたら。(イズルードをいたわって)兄さんがひどく撲ったのね? 可哀想に。
イズルード (返答なし。食事にも手を付けない)
ラファ いらないの? 別に毒を仕込んで殺そうなんて思ってないわよ。安心して。何か食べないと身体が保たないわ。
イズルード いっそ君がこの場で毒を仕込んでくれたなら!
ラファ ひどく憔悴しているようね。(間)――毒――なんですって!
イズルード ご覧、ここは全くの暗闇だ。誰かを葬り去るのにはうってつけの場所だ。捕虜を一人始末することくらい、君には容易いだろう? そうすれば、人質になったオレが大公の前に出ることもなく、父を困らせることもない。オレもこれ以上絶望に塞がれることもない。誰もかもが幸せだ。
ラファ (怒って)ひどい人! ひどい人! 私たちを何だと思っているの! そう、私達は暗殺者。誰かの命を奪い、それを生業に暮らしている――だけどこんな生活、私が望んだわけじゃない! 大公に村を焼かれ、親を殺され、望みもしない生活を与えられ――なのにあなたはそんな私に、人を殺せと言うのね。あなたは修道院で一体何人斬った! 聖石強奪のために、僧侶や学者を斬り捨ててきたのでしょう! なのに、此の期に及んで尚、自分の手を汚すことすら厭い、私にこの手を汚せと言うのね。他人の尊厳を踏みにじって!
イズルード すまない、すまない。君を傷つけるつもりはなかったんだ――(謝る)
ラファ あなたをそこまで絶望に陥らせるものは一体何? 私達に聖石を奪われたこと? それとも捕虜になってゾディアックブレイブの誇りを失ったこと? そんなものに命を懸ける程の価値があるのかしら。
イズルード 違う、オレが惨めなのはそこじゃないんだ。オレも君も同じ籠の鳥だ。まやかしの現実しか知らなかった。誇りを持っていたゾディアックブレイブも――ただ教会の威光を上げるためだけに作り上げられたまやかしだ。その実態など何もない。他人の聖石を奪い上げて得なければいけない、そんなまかやしの称号への誇りなどとうに失ってしまった――オレは教会への離反を決めた。もう教会のために剣は持つまいと心に決めた。だけど、ミュロンドには父がいる、姉がいる――家族を見捨てて、一人で逃げるわけにはいかないんだ。姉さんはきっと今でも、オレの帰りをたった一人で待っている――そう、オレが惨めなのは、騎士としての誇りを失ったからじゃない。そんなものは初めからなかったんだ。だけど――だけど――オレは教会を離れては生きていけない。何より信仰が全てだったんだ。しかし何を信ずべきかもはや分からなくなってしまった――(間)――君は絶望という言葉を知っているか?
ラファ (独白)この人大丈夫かしら。何を話しているのはさっぱり分からないわ。そうとう気が滅入っているようだわ。
イズルード (続けて)それは、神に見棄てられ、一切の望みを絶たれることだ。後にも先にも暗闇しか残らない。憩いなき永遠の夜――(間)――神に見棄てられ、だって!? オレは一体何を口走っているのだ。神を見棄てようとしたのはオレの方ではないのか! 教会が権力に腐心し、民の信仰心を利用しているというのに、オレはそれを知っていて、何もしようとしない! あまつさえ、そのまま逃げ出そうとすらした。神の創造たるこの命すら自ら投げ出そうとしている、なのに今でも都合良く神にすがろうとしている――そうだ、ゾディアックブレイブなど最初からおとぎ話で、何も信ずべきものなど何もなかったのだと思えば、もはや怖れるものなど何もない――! (短剣を再び取る)
ラファ (独白)可哀想に、この人はすっかり混乱しているわ。(イズルードに)気を確かに!
イズルード 絶望に身を委ね己が剣で恐怖心を切り裂く――

  (イズルード、ひと思いに短剣で首筋を斬りつける。そのまま倒れ伏す)

ラファ 大変――誰か――! (慌てて退場)

  (扉の鍵は開け放たれたまま。イズルードの呻き声。)

  

 

  第二場 前場に同じ。
  イズルード、ウィーグラフ。

  (ウィーグラフ、地下牢で血を流して倒れているイズルードを見つけ、慌てて駆け寄る)

ウィーグラフ (介抱して)どうしたんだ! 一体何があった――血がこんなにも――あのカミュジャの奴らにやられたのか! (イズルードが握ったままの短剣を見つける)――そうか、自分でやったのか――しかしなんということだ! なんというむごいことだ! こんなにも冷たくなって――どうにかして――助けてやりたいが――

  (ウィーグラフ、イズルードを抱き寄せたまますすり泣く。しばらくの間。)

ウィーグラフ そうだ、聖石! 私は聖石を持っている! そして幸いなことに私はその秘められた力を知っている。あのクリスタルには死者の魂を呼び戻す力が宿っているのだ。私はその奇跡をしかとこの目で見た――ほんの数日前に、修道院でその奇跡を目の当たりにしたばかりだ! 私は知っている。その恐ろしい力を――だが、イズルード、お前はそんな心配をしなくていい。私が聖石に祈る――こんな言葉は使いたくないが他に思いつかない――のだから。(イズルードを抱きしめて)死ぬのはさぞ怖かったことだろう。私はその恐怖が分かるぞ――真面目なおまえのことだ、捕虜になるなとの命令に従ったのか? 騎士として誇り高くあるために師を選んだのか? ああ、答えてくれ――イズルード! お前はこんな暗闇の中で、誰に看取られることなく、一人で死んではいけない――! そんなことは私がさせるものか――!

  (ウィーグラフ、白羊宮のクリスタルを取り出し、一心に祈りを捧げる。しばらくの間。ウィーグラフの持つクリスタルがイズルードの顔を照らし出す。)

ウィーグラフ (イズルードを見つめながら)きれいな寝顔だ、安らかな、いい顔だ――おまえは美しい。お前に比べてこの私のなんと醜いことか。かつて骸騎士団にいた頃、私は理想を持った騎士だった。その実現に燃える騎士だった。だが、その理想を守るため、思想を守るため、私は幾人もの仲間をこの手に掛け、粛清してきた。そこまでしても、この理想には守るべき価値があると思っていたのだ。だが、理想の実現のためには権力が必要だと気付いてしまったのだ。しかし、その権力を――ゾディアックブレイブの称号を――保持するために、私は、修道院で幾人もの修道士を斬り捨ててきた。そうまでして手に入れたのが、お前に託した処女宮のクリスタルだ。お前はきっと純粋に教会の信仰を守るために任務を果たしたのだろう。一方で、同じ任務を果たしながら、私は己の保身だけを考えていた――聖石を持ち帰らねば、私はミュロンドを追い出される、そうなれば、もう私に未来などない。そうするしかなかったのだ。ただ理想を求めていただけなのに、欲望は際限なく積み上げられ、もう後戻りなど出来ない。今になれば、本当に私が欲していたものなど何も分からない。ただ雲上の楼閣のような人生だった。何かを望めば血が流れる――そんな人生を歩んできた私に比べて、お前は美しい――

  (間。イズルードは身じろぎせずその場に倒れたまま動かない)

ウィーグラフ イズルード、お前だけは私のことを理想に燃えた高潔な騎士として見ていてくれた。お前だけだ! ベオルブの若造が修道院で私に向けた、あの蔑みと哀れみの視線――私は堪えられなかった――皆、私をそうやって見るのだ。イズルード! お前だけが私を誇り高き騎士として見ていてくれた! それがどんなに嬉しかったことか! お前の中で私は、修道院で志し半ばで倒れ、戦友にその遺志を託した――その姿のままなのだろう。どうか、その後で私におこった悲劇など知らないでくれ! 私がこうやって、生きて、リオファネス城に居ることなど、あってはならないことなのだから!

  (ウィーグラフ、その場を去ろうとするも、イズルードの様子が気になり振り返る)

ウィーグラフ 私は二度死ぬはずだった。骸旅団の騎士として死ぬはずだった。ミュロンドの騎士として死ぬはずだった。しかし私はこうして生きている。実現するはずだった理想を手放し、ミルウーダの仇も取らずに、こうして生きている。誇りを失った哀れな騎士だ。次に死ぬ時は、騎士ですらなく、人ですらなく、悪魔に魂を売り渡したなれの果てとして逝くのだろう――私もあのベオルブの若造に――ミルウーダの仇に――引導を渡されるか。
イズルード うう――
ウィーグラフ イズルード! ああ、だが私の姿を見ないでくれ――(去りかける)――だが、もし、この哀れな騎士の姿を見ることがあるならば――何も言わずに、どうか一滴の涙を注いでくれ――こうして憐憫の情を寄せられ、理想なき教会の犬と蔑まれることはあっても、この誇りを失った騎士の為に泣いてくれる人は誰もいないのだから――(立ち去る)
イズルード (目を覚ます)ああ、ここは――(辺りを見回す)――ウィーグラフの声を聞いた気がする。だからオレはてっきり彼の国へ渡ったものかと――だけど、ここはリオファネス城じゃないか! オレは確かにこの手で、この短剣で命を絶ったものだと思っていたのに、どうした訳だか、傷一つ残らない! あの流した血の感触は覚えているというのに――どうして、オレは生きているのか。――そうか、これが聖石の力か。なんということだ! 信仰を捨て去ろうとしていた、この己に奇跡が起きるとは! これこそ聖石の秘密! 偉大なるかな神の御業! 神の存在とは、まことに、己の力の及びえざる場所に在るものだな――(跪く)

  

 

  第三場 リオファネス城。
  指定なし。ウィーグラフ、バルク。二人、すれ違う。

バルク こんなところで会うとはな。
ウィーグラフ (バルクをちらりと見、そのまますれ違う)
バルク 修道院で戦死したと聞いたが。
ウィーグラフ (立ち止まる)戦地から辛くも生還した戦友にかける言葉は他にないのか。
バルク 祝って欲しいのか。喜んで欲しいのか。アンタは随分すさんだ目つきをしている。とても祝辞を述べられる雰囲気ではない。それに――アンタはオレの事が嫌いだっただろう。
ウィーグラフ (睨み付ける)
バルク オレだってだてに長いこと生きちゃいない。酸いも甘いも噛み分けてきたのさ。人の目を見ればだいたいそいつの本性は分かる。どんなに取り繕っても、その眼差しだけは偽れないんだよ。
ウィーグラフ お前の慧眼もそこまでだな。私は別段、お前を好いているように取り繕ってもない。ありのままの物事をさも分析しがいがあるように述べ散らかすのは阿呆のやることだ――
バルク そうだ、アンタはいつだってそうやって自分を高みに置いて人を見下してきたんだ。少なくとも自分は騎士だった。守るべき誇りがあった。果たすべき忠誠があった。理想を奉じて生きてきた。それに比べてオレたちみたいな活動家は、目先の利益だけを追い求める思想なき人間どもだ。一緒にされてたまるか――と、隠すことなく思っているのだろう。アンタはオレの事が嫌いだっただろう――今も、最も軽蔑すべき存在だと思っているんだろう?
ウィーグラフ 前言を撤回しよう。たいした慧眼だ。お前は歴史学者にでもなっていれば良かったものを。
バルク それは賛辞と受けとっておこう。アンタはいつでもお高くとまった英雄気取りだった。今でも、己を堕ちた英雄とでも思っているのだろう。だからそんなすさんだ目をしているんだ。だが、よく周りを見回すことだ。民衆を率いて鴎国と戦った指導者? 骸騎士団? 奴らはせいぜい盗賊崩れか、浮浪者まがいのゴロツキかだったじゃねえか。そんなところに騎士団なんて名前を付けるのが間違いだったんだ。名は体を表す。本性に反する名前を与えられた者は悲劇だ。見ろ、アンタのかつての仲間たちは戦争の終わりを待たずして離散していった。アンタはそいつらの尻ぬぐい。誰も手を貸さない。民衆がアンタのことを、農村から立ち上がった雄々しきリーダーとでも思ってると? よく見ろ! 目を開けてよく見るんだ! 誰もそんなこと思っちゃいない。思い上がりも甚だしいぞ。
ウィーグラフ 私は己を英雄だと思ったことはない。ただ惨めな人生だったと回顧するばかりだ。
バルク 英雄として高みに立った経験を知っているから、堕ちた惨めさがあるのだ。高みにいるなどと思わない方が幸せだっただろう。あんたは騎士になどならない方が幸せだった。そうすれば誇りを失った騎士だと、惨めに思うことはなかっただろうに。オレは誰かの上に立った覚えなど一切――金輪際――ないからな、幸せになることも、惨めにうちひしがれる事もなかった。アンタは自分が惨めだと泣いているが、その悲劇は全て己が引き起こしたことだとまだ分かっていないんだな。アンタがオレを見下すその高尚な理想とやらが、悲劇の引き金になっているのさ! (息巻く)アンタたちが英雄としてミュロンドに迎えられている頃、オレたちは裏で苦労していたんだ。オレたちはオレたちのやり方であの団長に仕えてきた! 誰に喜ばれることもなく、誰に褒められることもなく――
ウィーグラフ そうか、お前も英雄になりたかったんだな。一度で良いから誰かの上に立ち、称賛と喝采とを一心に集めたかったんだな。
バルク (怒る)そんなことは言っていない!
ウィーグラフ ならば、その苦労もじきに終わるぞ。私は貧乏神だった。行く先々で疫病を振りまいてきた。私の居たところは、どこも三年と待たずに崩壊の道を辿った。故郷も、家族も、仲間も、もう皆死んだ。見ろ、この教会もすでに腐敗を極めている。崩壊は近い。お前の苦労もそう長くはない。(独白)――そうだ、私は常に貧しかった。私の精神は常に満たされることがなかった。豊かさとは無縁の生活だった。理想を求める一方、不平不満を不断に抱え、これは私の望んだ道ではなかったと、ただただ己に言い続けてきた。だがそんな不満もじきに終わる――崩壊は近い――(二人退場)

  

 

  第四場 リオファネス城。客間。
  城の大広間。長テーブルが舞台中央に配置され、貴族諸侯が机を囲み歓談をしている。上座に大公。末席にヴォルマルフが控える。エルムドア、イズルード、その他貴族たち。

バリンテン (立ち上がって)諸卿には少々退席を願いたい。私はミュロンドの騎士団長と二人で内談したいことがある。また後ほど宴席に招きましょう。どうぞそれまでは城で、長旅の疲れを癒やし、ゆるりと滞在なされよ。(ヴォルマルフに手を招いて)さ、近くへ。

  (貴族ら、席を立つ)

エルムドア (ヴォルマルフに)ではまた後ほど。
ヴォルマルフ (小声で)そう遠くへは行くでないぞ。またすぐに用が出来ようから。あの間抜け面をした貴族どものように悠々と羽を伸ばされては困るのだ。
エルムドア 御意。勿論、近くに控えておりますぞ。それに私は伸ばすほどの羽を持っておりません。それはさておき、貴方のことだ、私の必要などないでしょう。貴方に比べれば私は蠅のごとき存在。獅子の狩った獲物の上に耳障りな羽音をまき散らし、徘徊するくらいしか出来ませぬ。
バリンテン 侯爵、どうしたのだ。具合でも悪いか。
エルムドア いいえ。私はこれから城を見学させてもらいますよ。我がランベリーの白亜城に比べてここは、いささか――無骨で――逆に見ていて飽きませんね。いや実に目新しいものだ。(退場)
バリンテン 私はランベリーに行ったことはないが、あそこの城が白く輝いているというのは真か。
ヴォルマルフ 湖――といっても先の戦争で、毒沼となった湖ばかりですが――に映える城であるのは確かです。
バリンテン だが、いくら見た目を着飾っても、実利が伴わなければその価値は半減だ。いや、半減どころではない、死滅だ。いくら白亜城と讃えられても、あの戦争で真っ先に落とされたのは、侯爵の城であったな? 戦略は歴史から学ぶもの。過去の戦いを振り返る者こそ、次なる戦場で勝利を勝ち得るのだ。さあ、騎士殿、侯爵はここから何を学ぶべきであったと思うか?
ヴォルマルフ ランベリーの東天騎士団が使いようもない屑連中であったこと。侯爵はまず、奴らを教育し直すべきですな。陥落したランベリーを救ったのがベオルブの将軍率いるガリオンヌの北天騎士団だったというのは、未来永劫笑い話になりましょう。おかげで東騎士団など、噂話にものぼらない始末。今となっては誰がその存在を知りましょうか。
バリンテン そうだ、全くその通りだ。城は堅固であればある程良い。何故なら、敵に攻められぬからだ。軍事力はあれば有る程良い。何故なら、敵を攻められるからだ。こそこそ私のモットーだ。これは我が家の家訓でもあるのだよ。私が武器王と讃えられる所以だ。
ヴォルマルフ しかし、わざわざ騎士団ではなく、異国の魔道士集団を育て上げるとは、たいした忍耐ですな。騎士団を抱える方がよっぽど手が掛からないでしょうに。私は異教の者どもを教育して暗殺者に仕立て上げるなど、まったく無理な話。公の忍耐は美談として語られるべきですなあ。流石は次期国王と噂されるお方。武器王などという粗野の称号は今すぐに返上するべきです。
バリンテン 勿論、私が武器――王――という浮き名を流しているのには訳あってのこと。私は誰より、あの公式礼装だけ立派な、軽佻浮薄だった王を憂いて畏国の未来を慮っています。大きな威厳と権威を持ちながら、何一つ指図しようとしなかったあの愚王――おっと失礼――国王陛下が為した事と言えば混乱だけだ。痴王――陛下がするべきだった事はただ一つ、後継者を育てれば良かったのだ。ところが、世継ぎを育てる前に王妃が王座を乗っ取った。なんという事態だ。おかげで王宮の御前で獅子らが三つどもえの争いを繰り広げているこの惨事。哀れなのは餓える国民だけ。あの獅子らに王座を渡してはならない。
ヴォルマルフ これはたいそうな憂国論をお持ちで。さぞや立派な賢王になることでしょう。。
バリンテン これは戦乱からの民の救済を掲げて、ゾディアックブレイブを結成した教会の意志とも合致するはず。そうでしょうな――?
ヴォルマルフ (笑う)――救済? ハハハ――いや、全くその通りだ!
バリンテン 同じ目的を持ち、同じ理想を掲げるのならば、同じ道を歩むのは当然という道理がありますな。――騎士殿、わざわざ我が城まで来て貰ったのには訳がある。我々と手を結びましょう。
ヴォルマルフ (笑う)これはこれは。既に畏国最強と言われる軍事力を持った武器王が我が貧しき騎士団に同盟を持ちかけるなど、どう考えても釣り合いませぬ。
バリンテン いいや、畏国最強の軍事力を持っているのは我々ではありません。それは間違いなく貴方たちだ。神殿騎士団だ。何故なら――あなた方は聖石を随分と持っていらっしゃる。
ヴォルマルフ 聖石! 貴公はおもしろい事をおっしゃる。聖石の奇跡を欲するとは余程信仰に篤い方だ。むしろ逆に我がミュロンドの騎士団にお招きしたいところですな。しかし、あれはただのクリスタルです。実際、ただの石です。剣ならば人を刺し殺せますが、投石如きで一体どうやって人を殺せましょう。我々が聖石を集めるのは教会の威信のためです。軍事力のためではありません。
バリンテン (ほくそ笑んで)――ほう、ならば枢機卿の死をどうお考えで?
ヴォルマルフ 病死だったと。
バリンテン そうですか、あくまでしらを切り通すおつもりですか。いいでしょう。私も言質を操る議論戦闘はあまり好みませんので――ですが、聖石が貴方がたにとって大切な神器であるのは事実だ。さらに事実をお伝えしましょう。我々は聖石を預かっています。タウロスとスコーピオは我が手中にあります――
ヴォルマルフ ハハ、おかしなことを――それは我々騎士団が欲していたクリスタルではありませぬ。
バリンテン (呼ぶ)マラーク!

  (マラーク、イズルードを連れて登場)

イズルード 父上――!

  (マラーク、バリンテンにタウロスとスコーピオを手渡す)

バリンテン (マラークに)ご苦労であった。あとで褒美を取らそう。(笑いながら)たっぷりとな――もちろん、妹御にもな。楽しみにしておきなさい。

  (マラーク退場)

ヴォルマルフ この愚か者め! (イズルードを平手打ち)
イズルード 申し訳ありません――
バリンテン どうです、この聖石をご覧下さい――(タウロスとスコーピオを見せる)
イズルード どうぞこの聖石を――(ヴァルゴをヴォルマルフに手渡す)
ヴォルマルフ 我々を見くびるなよ、バリンテン。(ヴァルゴを見せる)どうやら、我が息子の方が優秀であったようだ。次なる王座を狙う貴公のこと。まさか、たかが二つの聖石を手にいれただけで我々を御せるとお思いかな? 我がゾディアックブレイブは各々が聖石を持っている――このイズルードも――加えてこのヴァルゴ。貴公の目が節穴でなければ、我々が幾つ聖石を持っているかお分かりであろう。そして貴公はたった二つ――聖石が軍事力に代わる力を持っているのは貴公もご承知のこと。
バリンテン 私を脅そうというのか。無謀なことはおやめなさい。このタウロスとスコーピオがどうなっても良いのですか。
ヴォルマルフ 脅迫などしておりませぬ。私は事実を述べているまでのこと。タウロス? スコーピオ? それは異端者が所持していたただの石だ。我が教会の物ではない。貴公がそのまま所持なさると良い。何故私が、そんな物のために貴公に組みすると? その石をここで叩き割っても一向に私は困りませぬ。
イズルード そのクリスタルはアルマ嬢から信頼の証にと預かりました――
ヴォルマルフ この愚か者が! (イズルードを平手打ち)いつ異端者風情と信頼を結ぶ程になったのだ。お前は、あの娘にそそのかされて剣を棄てたと聞いたが? よく私の前に平然と戻ってこれたな。騎士の誇りを忘れたか。
イズルード 申し訳ありません――確かにオ――私は一度剣を棄てました。それは宥されることではないと存じます。けれど、彼女は――アルマ嬢は決して忌むべき異端者ではありません。彼女は正しい思想を持った人です。かつて私は貴族は搾取するばかりで何らの価値を持ち得ない腐った豚であると信じてきました。けれど、彼女らもまた誰かに虐げられて生きてきた人間たちです。現実を見もせず、彼女らを家畜と呼んできた自分の浅ましさを知りました。自分を傲ることなく、謙虚に生きることの尊さを知りました。
バリンテン (ヴォルマルフに)先ほどから貴下は聖石をただの石だとか、これは少々暴言がすぎますな。仮にも、信仰を奉ずるミュロンドの騎士団の総長の言葉とはとても思えませぬ。そして何より大公の御前に控えているということを忘れておられるようだ。私は優れた暗殺者たちを育てている。くれぐれも、これ以上傲慢にならぬよう助言を差し上げよう。謙虚になりなされ。
イズルード (続けて)そして、彼女は私に一つの道を示しました。それは教会の真の姿です。この戦乱の裏で手を引くのが猊下であると――我々神殿騎士団は、その片棒を担っているだけだと、彼女に言われたのです。父上、私はヴォルゴを持って参りました。教会のために貢献したかったのです。けれど、その聖石のためにはおびただしい血が流れました。同じグレバドス教徒の血です! こんなことは――あってはならないと――父上、お父上、どうか分かってください。私が剣を棄てようとしたのは、そのような神殿騎士の姿に絶望してしまったからです――
ヴォルマルフ (バリンテンに)傲慢! 私が傲慢だと言ったな! 貴様はゼルテニア領を統べるだけでは物足りずに王座を欲している。さらに我が騎士団の力をも得ようとしている。だが、私はその聖石を手放すと言っているのだ。どちらが傲慢だ。貴公の方が強欲ではないのか。
イズルード (続けて)――絶望! それは全くの暗闇です。私は道を失いました。全てを棄て、信仰をも投げ出そうとしていた時、奇跡が起こったのです。私はこの目で聖石の奇跡を見ました。この身体を持って知ったのです! 私の魂を救ったのは、この聖石に宿る計り得ざる神の御業です――
バリンテン (ヴォルマルフに)何を馬鹿なことを。領主が権力を求めるのは、統治者としてまったく必要なことです。戎井を着ることもなく、王杓を持とうともしなかったあの国王のせいでイヴァリースは荒れ果てている。統治者にはそれ相応の権力がなければ、困窮するのは民だ! そして貴殿は騎士だ。騎士は統治者に仕える者だ。身相応の振る舞いを心がけるように――特にあなたは、信仰の衣を着た貧しき騎士なのだから、我々のために戦い、あとはただ祈りの言葉を唱えていれば良いのだ。信仰に立ち戻られよ。
イズルード (続けて)私は信仰に立ち戻ることが出来ました。もう私は迷いません。正しい――神殿騎士として生きるべきだと確信しました。アジョラの御名にかけて――二度とこの剣を離さないと誓います。教会の腐心から信仰を守るべきです。神殿騎士団がこのまま権力行使のための浅ましい犬になり果てていくことに私は堪えられません。教会の犬としてではなく、神の僕として誇りを持って生きるべきだと悟ったのです。神殿騎士として、真に正しき道を示すために私は再び剣を持ちました。ですから――父上――どうか、その処女宮のクリスタルは元の修道院に謝罪と共にお返しください。同じグレバドス教徒たちの間でこれ以上血が流れるのを私は望みません。
ヴォルマルフ (バリンテンに)とうとう本性を現したな。貴様は愚王にもなれぬ。たかが人間如きが権力を求めようなどと思わぬことだ。貴様はうぬぼれているようだな、バリンテン。私が望んでいるのは血を流すことだ。貴様を始末することなど容易いぞ――(聖石レオを取り出す)
バリンテン おやめなさい――
イズルード 父上――?
ヴォルマルフ (イズルードに)確か、おまえは聖石の秘密を知ったと言ったな。
イズルード はい――聖石のおかげで私は死の淵から蘇ることが――出来――父上――?
ヴォルマルフ ならば気兼ねする必要はあるまいな――(咆哮)
バリンテン おやめなさい――(慌てて退場)

  (暗転)

  

 

  第五場 リオファネス城。
  指定なし。エルムドア、クレティアン、ローファル。

エルムドア (辺りを見回して)ほうほう、これはなかなか良い作りだ。難攻不落の城と言うだけあって見応えがある。(思い出しながら)特に屋上のから見える尖塔は素晴らしかった。実に良い眺めであった。我が城にも取り入れたい。戻ったら建築家を雇い入れよう。――おや、神殿騎士団のドロワ殿、こんなところでどうなされた。
クレティアン 侯爵が私のことを知っているとは驚きますね。どうも、良いお日柄で。(一礼)
エルムドア 貴方は経歴も人柄も華やかなお方だ。
クレティアン あなたも、銀の貴公子と慕われているとか。華やかな貴公子がこんな城のこんな暗い一角で一体何を。これから大公と晩餐会ではないのですか。
エルムドア ああ、残念ながら晩餐会は中止だ。大公は私がついさっき、屋根から投げ捨ててきた。うさぎを締めるより容易い仕事だった。
クレティアン ご冗談を――それにあの武器王は我が団長自ら首を刎ねる算段だったはずでは。
エルムドア 少々予定が狂いましてね。あの臆病なうさぎは彼の獲物には物足りないだろう。今頃は我が僕たちが後始末をしているだろう。私の僕たちはずいぶんと優秀でね、軽やかに絹をまとい、蝶が舞うより早くに仕留めるのだ。鋭い短剣を腰に仕込み、熱きベーゼで息の根を止める。ただ辺りを血の海に沈めるだけの凡人とは違う。暗殺は一つの芸術だ。逝かせる者を魅了させるのが最低限のマナーだ――そう思わないかね? 手がすることは、目も楽しまなくてはならんだろう。その点で我が僕たちは至極有能だ。いつか貴公にも紹介しよう。
クレティアン それは結構なことで、しかし私はあいにく女人の舞には興味がありませんので――
エルムドア おや、これは奇特な方だ。眉目秀麗な仕手はお嫌いか。時に貴方もこんなとこで暇をもてあましている場合ではあるまい。今頃はわが君が広間で一暴れしている頃だろう。私もこれから見にいくところだが、さぞや壮観だろう。
クレティアン 随分と血が流れた模様。衛兵どもも誰がこの騒ぎを起こしたかさっぱり見当もつかず、敵を仲間に斬らせ、仲間を敵と斬り、もはや手の付けようのない事態。皆、口を開けば人殺し、慈悲を、逃げろ、血が、死体が、化け物が、と怒声と叫び声だけ。生憎、私はうるさい場所を好みませんのでね――この騒乱が落ち着くまで引っ込んでいることにします。
エルムドア 俗世の汚れに卒倒したか。
クレティアン そんなことで気を失うほど私も若くはありませんので――為政者と、それに組みする者どもの手が血にまみれている事はとうに知っている。しかし、かつても私は若い頃があった。士官学校に居た頃――あの頃は、私も政治を志す若き理想家だったのだ――ザルバッグ将軍に誘われ、北天騎士団に身を委ねるつもりだったのだ。しかし、現実はむごたらしい。あの天騎士の称号を戴いたベオルブの名前などとうに朽ち果てていた! 私はダイスダーグ卿が――浅ましくも――――をしている様を見た時、すぐさまこの身を翻してガリオンヌを去った。なるほど卿は狡猾な策士だ。洞察力がある。指導者としての器もある。言葉巧みに操り、貴賤への影響力もある。卿がいなければラーグ公もここまで世を渡れなかっただろう。だかしかし不純だ。たった一つの染みは他の全ての栄誉を汚す。良心あるのはザルバッグ将軍だけだった。
エルムドア それで、純粋な将軍をガリオンヌの掃きだめの中に残し、将軍を支えるはずだった良き参謀は一人でミュロンドへ逃げてきたというわけか。
クレティアン 申し開きは神の前だけで充分。私の本心は誰にも打ち明ける気はありませぬ。政治の汚濁に私はとうてい耐えられない。そんな厭わしき生活はいっかな承知できまい。ならば、ミュロンドへ来れば、世俗の尺度ではない、信仰の尺度によった生活が出来ると信じていたのだ。――私はなんと愚かな若者だったのだろうか! この地上の世界に理想を求めるとは! 永遠不変の理想のイデアはただ神の国にのみ実在する!
エルムドア 所詮、教会も地上の組織だ――この地の上に存在する限り、野心と権力とにまみれた政治の渦中にあるのだよ。ようやく悟りましたか、青年よ? 北天騎士団も、神殿騎士団も衣が違うだけで、その服を着るのは同じ人間どもだ。我々のやり方に肯んぜないのなら、まだあの将軍の後ろに控えていた方が心穏やかであったろう。今からでも遅くないぞ、我々に手を貸す気がないのなら、ガリオンヌへ去ったらどうだ。
クレティアン この世に善悪をもたらすのは神の業。この世の善悪を判断するのは人の業。私も人ならば、善し悪しを判断するのは控えましょう。どうして私の選択が間違っていたと? それを判断するのは神の領域だ。世俗の権力者の間で、利用し利用される汲々とした暮らしに身を投げるのは嫌だが、神の膝元にこの身を――命を懸けても――捧げるのは私の望むところだ。私はミュロンドに留まる。
エルムドア そう、信仰のために血を捧げるのは良いことだ――

  (ローファル、登場)

ローファル 侯爵、これはとんだご労足を。(一礼)
エルムドア 何、たいしたことではない。大公は始末した。為すべき事は為した。後は頼んだぞ。(退場)
ローファル (クレティアンに)お前も少しは足を動かしたらどうだ。仕事がないなどとはぬかすなよ。見ろ、手柄を銀髪鬼にまんまとかすめ取られてしまった。あの男は隙が無い。
クレティアン どうせ、誰がうさぎを始末したかなんて誰も見ちゃいないだろ。目撃者は死体だけだ。もしヴォルマルフ様に慈悲の心があるなら話は別だが。ああ、私はすっかり気が滅入った! 一足先にミュロンドに帰らせてもらうぞ。
ローファル 忘れずにバルクも回収してから帰ってくれ。
クレティアン イズルードはどうした。回収しなくていいのか。メリアドールが待ってるのはバルクじゃないだろ。
ローファル ――それは――(言いよどむ)
クレティアン ――私は、今まで、一度も己の選択を誤ったと思ったことはない。全く後悔はしていない。その判断は神のみ知ることだ。しかし、生まれて初めて私は自分が哀れになった――
ローファル ならばプライドを棄てろ、己を棄てろ、そして全てを投げ出せ。さすれば楽になれる。
クレティアン 私がこの身を投げ出してひれ伏すのはただアジョラの前のみ。他は誰であろうと――愚人どもの前に、私は私をくれてやる気は微塵もない! (退場)

  (次いでローファル、無言で退場)

  

 

  第六場 リオファネス城。客間。
  第四場に同じ。イズルードが血を流して壁にもたれている。アルマが駆け寄る。

アルマ 大変! イズルード! (駆け寄って抱き寄せる)
イズルード 君の言ったことは本当だった――(血を吐く)――真っ暗で何も見えないんだ――
アルマ もうしゃべらないで。私が傍にいるわ。
イズルード 剣を――剣を手放してはいけない――オレの剣はどこにある――
アルマ (なだめて)もう戦わなくていいの。あなたはもう何もしなくていいのよ。
イズルード (アルマの声が聞こえず、続けて)剣を――オレこの剣を離すまいと誓った。そして正しい神殿騎士の姿を示さなければならないと。だけど、オレは見てしまったんだ――
アルマ 可哀想に、こんなに怪我をして。震えているわ。無理もないわ。ここであれの姿を見たんでしょう! この血だらけの部屋で! 何もかもが切り裂かれ、踏みにじられているわ。とても人間の所業とは思えない。イズルード、あなたはこの惨状を目の当たりにしたのね――(抱き寄せ、頭を撫でる)
イズルード (続けて)あの姿を!
アルマ (抱きながら)悪魔の姿を!
イズルード (続けて)父親の姿を! 悪魔のような化け物だった――奴を倒さねばイヴァリースは滅んでしまう。信仰を守らなければならない。教会を不正と腐敗から救わなければならない――だかしかし、あれは誰だ、一体誰だ。父親ではない何かだ。そこには血に餓えた獣しかいなかった――だが、その魔が差した眼差しの向こうに――誇りを失った騎士の姿を見た――
アルマ もう戦わなくていいのよ。あの化け物は兄さんがすっかり倒したわ。
イズルード ――オレは剣を揮えなかった――どうしても――何故なら――彼は、誰に赦しを請うこともなく、人知れず涙を――流していたから――オレはとうとう剣を手放した――
アルマ それでいいの。それで良かったのよ。あなたはもう充分立派に戦ったわ。ゆっくり休むといいわ。
イズルード (呼ぶ)アルマ――いつか君がオレに信頼の証として聖石を託してくれたね――(パイシーズを手渡す)――今度は――この聖石を君に――(斃れる)
アルマ (受け取る)いってらっしゃい――永遠の夜の国へ。まぶしい光でなく、穏やかな暗闇が住まう憩いの国へ――(そっとキスをして)いつか私も一緒に行くわ。そして二人で世界の涯を見にいきましょう――(立ち去る)

  

 

[幕]
2015.07.05

  

 

誇りを失った騎士:第三幕

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誇りを失った騎士

  

 

第三幕

  

 

 第一場 ミュロンドの城館。階下の一室。
 朝。場面両側に扉。片方は開け放たれている。中央にテーブルがあり、メリアドールが手紙を書いている。

メリアドール (読み上げて)聖なる父よ、おはようございます。今日もまたこうして新しい一日を始めることが出来ます。その名前を讃えて――要するに、ファーラム。――愛する弟へ、オーボンヌ修道院ではうまくいったでしょうか。おまえのことだから――ウィーグラフもついていることですし、全く心配はないと思いますが、何かひどい怪我でもしていないかと、ひどく不安になりました。聖石のため、教会のため、義務を果たすことは大事なことです。けれど、たとえおまえが何の功績を挙げられず、何も持たずに帰ってこようとも、私はおまえを責めたりはしないでしょう。父や騎士団の兄弟たちが声を荒げておまえの越度を叱責をしようとも、私はおまえを暖かく迎えます。これは姉としての愛の言葉だと思って受けて頂戴。きっと昔の事は覚えていないでしょうが、母が亡くなった時、おまえは随分泣いていました――その時、私はおまえの母になって、抱いて慰めてあげたいと心の底から思ったのです。男を知らない私が、このようなことを書くのは、妙なことだと感じるでしょうが、慈しむ心は女ならば誰しも内に秘めているものです。誰かを愛し、慈しみ、守りたいと感じる時、自ずと庇護の翼は広がるのです。愛とは、汲めども汲めども、底から湧き溢れる泉のようなもの。おまえが、もし、寂しいと、孤独に悩む時があるなら、いつでも私の傍に帰っていらっしゃい。何があろうと、おまえの帰ってくる場所はここにあるのですから、よもや絶望の果てに神を忘れることなど、どうかしないように。

  (しばし考える)

メリアドール (続けて)こうやって一人で静かにミュロンドで過ごしていると、様々な噂が耳に入ります。たいへん立派な称賛から、中には、ひどく根拠のない滅法なものまであって、私は大変驚きます。父が言うには、この私たちの騎士団にもかつては、権力と威光を貪欲に求める者がのさばり、ミュロンドの神殿騎士団は堕落の巣窟と悪名を馳せていたとか。けれど、幸い、父が総長になった時、そのような不届き者は全て追放されました。今も、ガリオンヌやゼルテニアの騎士団にはそういう輩がまだのさばっていると聞きますが、この祝福された聖地を守るこの神殿騎士団には、そのような礼儀知らずはいないのです。ですから、もし、おまえの周りに、私達をひどく冒涜的な、あの口汚い言葉で――悪魔だとか――罵る人がいれば、その人は、かつての堕落した神殿騎士しか知らないだけなのです、だから、その人を憎まず怒らず、寛容の心をもってその言葉を忘れなさい。そして、おまえの騎士としての雄志を見せて、その人に、正しき神殿騎士の姿を知らしめるのです。繰り返しますが、どうか、思慮のない人の流言に惑わされて、神を忘れることなどないように。

  (手紙を書く手を止め、しばらく考える。また筆をとる)

メリアドール (続けて)――本当は、私はおまえのことが羨ましかった――自由に外へ出ていけるおまえのことが。いつだったか、私はまるで籠の中の鳥であると、おまえに話しました。まったくその通りです。人々はミュロンドに居る私をとてもありがたい存在として、それは敬って接してくれます。けれど、それは大聖堂に置かれた聖石を崇めるのと同じことです。この世の中には、祈る人、治める人、働く人、各々が各々の仕事を為すことによって秩序と平安が保たれるのだと、多くの人は考えています。けれど、彼らはどこかで己の本性は自由であるとも考えていることでしょう。人々は皆、己の本性を隠して生きています。皆、心の裏側にその本性を隠し持ったまま、体裁を立てるためだけに望みもしないことを願い、見苦しくうわべを取り繕って生きています。畏国はこのような馬鹿げた人であふれかえっています。このままでは畏国は遅かれ早かれ腐りきってしまうでしょう。おまえの望む世界は、こうではないはず。皆、望むべき自由の本性を空に羽搏かせることが出来る世界――聖アジョラの理想郷をおまえは夢見ているのでしょう。私たち姉弟は共に同じ道を歩むと誓った仲。おまえが選んだ道は私の歩む道でもあるのです。正しき道を行くように。そうすれば、すぐに私も一緒に行きますから。――くれぐれも、神への感謝を忘れずに。もし進むべき道が分からなくなったのなら、神の坐す場所に行き、神の語る言葉を待ちなさい。それが最善の道です。(筆を擱く)

  

 

 第二場 場所指定なし。
 ローファル、クレティアン、バルク。格好はそれぞれ前幕の通り。従者がローファルに伝言を伝え、すぐにその場を離れる。

ローファル 修道院を出たイズルードと連絡が取れないようだ。
クレティアン 子羊は狼に食われたか。
ローファル 剣を棄てて姿をくらましたらしい。近くの廃墟で彼の剣を見つけた者がいる。
バルク あの若造だ、どうせ家出なんて長続きしねえよ。すぐ戻ってくるだろ。
ローファル そういう訳にもいかない。彼は聖石を持っているのだぞ。それに、ベオルブの娘と一緒だったと、オーボンヌの僧侶が目撃している。
クレティアン 逆か、狼が子羊を喰らったのか。だがしかし若者にはよくある話だ。
ローファル よくあっては困るのだ。それも神殿騎士にはな! 我々がリオファネス城に着くまでに何とかして連れ戻す。大事ある前に探し出さねば。この事態はいずれはヴォルマルフ様の耳にも入ろう。そうなったら大変だ。
クレティアン 気が重いな。
バルク 別に、オレたちが案ずることではあるまい。オーボンヌ修道院から逃げたのなら、まだこの近郊に居るだろう。王都へ行ったか――木の葉を隠すなら森の中、人目を避けるなら人混みに――リオファネスまでの長い道中、捜し物が一つ増えただけのこった。
クレティアン ただ失せ物を見つけてこいというなら話は簡単だ。だが、これはそう単純なことではないのだよ、バルク。ヴォルマルフ様が一連の出来事を聞いて良い顔をすると思うか?
バルク 勿論――しないだろうな。眉間に皺を寄せている様が目に浮かぶぜ。
クレティアン 大事なゾディアックブレイブが、結成された瞬間に逃げ出したのだ、しかも聖石を持って、わざわざ剣を棄てて雲隠れしたのだ。意図は明確だ。息子が女を連れていなくなったというだけでも体裁丸つぶれだというのに。怒るどころの話ではないぞ。
バルク きっとあの爺さん[教皇]もお怒りだ。
クレティアン ――猊下と呼びたまえ――連れ戻された脱走兵の末路は悲惨だ。ヴォルマルフ様は団長という立場の手前、息子を折檻せずにはおかないだろう。
バルク あの血も涙もない団長様のことだ、見せしめのため首の一つでも刎ねるかもな。おお、奴のために想像しないでおいてやろう。(身震いする)
クレティアン だが、手を下してきたのはいつだって我々ではないか。ヴォルマルフ様の名誉と猊下の手を守るため、我々が幾人始末してきたことか! 異教徒の首などいくら刎ねても構わないが、同じグレバドス教徒、同じき誓いを立てた仲間に――彼はまだたったの十六だ――手を掛けるのだけは頂けない。彼がこのまま二度と我々の元に戻ってこないことを祈ろう。その方がお互い身のためだ。(ローファルに)おい、ローファル! 私はこの一件からは身を引く。私はこの話については何も聞いていないからな!
バルク (曖昧に頷く)
ローファル おまえたちは、どうもヴォルマルフ様のことを誤解しているようだな。まるで彼が息子を血祭りに上げるかのような物言いは、控えてくれないか。親子の情を何だと思っている。
バルク オレは運命論者でもないが、この先の未来が見えるようだ。あの団長に人情というものが残っているとは驚きだな。まだ獣の方が我が子に愛情を示してると思うぜ。
クレティアン 私はそこまで言うつもりもないが――これといって否定するつもりも――
ローファル そうか――(独白)そうか、彼らの目には、ヴォルマルフ様は余程冷酷非道の人と映っているのだな。仕方あるまい――昔はそこまで厳しくはなかったのだが――あの男のせいでこんなにも――無念極まりない!
クレティアン (バルクに)知っているか。これから私たちが行くリオファネス城には凄腕の暗殺者集団が暮らしているらしい。ヴォルマルフ様はきっとお前を解雇して、良きアサシンをスカウトしてくるだろう。
バルク まさか! こんなに働いて尽くしてきたのに、そのまま使い捨てるとは、血も涙もない人だな! 武器王だか何だか知らんが、オレにまさる暗殺者はいるまい!
クレティアン その自信はどこからくるんだ、幸せな奴め。
ローファル (呟いて)井の中の蛙、大海を知らず。(二人に)静かに歩きたまえよ。
バルク 残念、ゴーグは港町だ。海は腐る程見て育ったンだよ。だけど、正直な話、その暗殺者集団ってのは何者なんだ?
クレティアン おまえ、何者かも知らずに話していたのか? 呆れた奴だな!
ローファル カミュジャ。武器王直々に育て上げた伝説のアサシンたち。
クレティアン つまり大公子飼いの暗殺者ってところだな。我々と似たような存在だ。バリンテン大公が憎き政敵を、自らの手を汚さずして秘密裏に葬り去れる便利な集団だ。
バルク オレたちと一緒だな。
クレティアン 違うのは、彼らが心からバリンテンを信頼し、情愛で結ばれた関係であるという点だ。私らのヴォルマルフ様への感情といえば――おっと、ローファルがいる手前、これ以上は言うまい。
ローファル そのまま言ったとしても私は気にしないぞ。おまえたちが大してヴォルマルフ様に敬意を抱いていないことは、当の昔に分かっている。
クレティアン ならば聞き流してくれ。だが、そうでなくてもカミュジャと我々神殿騎士団は違う。バリンテンはその暗殺術を得るためなら、何でもすると聞く。村を焼かせ、孤児となった子供らを手ずから自分好みに育て上げているそうだ。カミュジャも表向きは孤児救済集団なんだとか――誰もそんな説明を信じてはいないがな。おそらく信じているのは、当の孤児達だけだろう。大公こそ戦渦から自分を見いだし、保護してくれた唯一の父親と信じ切っているのだろう。彼らは、幻の現実を信じ込まされ、そして大公の言うがままの繰り人形だ。――我々とは全く違う。
バルク オレは嫌だね、そんな生活は。オレは神殿騎士で良かったよ。誇りが持てる。オレは自分の意志でこの銃を取っているのだからな。甘い現実など見てどうする。
クレティアン たとえ、目を背けたくなるような世界しかなくても、それでも現実に留まることを選ぶか?
バルク 第一オレの人生には選択なんて存在しなかった――全くな! そんな道があればテロリストなんてやってないぜ。現実に甘い幻想を抱けるほど、この世界は甘くはないんだよ。
クレティアン 哀れな人生だな。
バルク 同情や哀れみなど不要。
ローファル カミュジャと神殿騎士団の相違点、まだあるぞ。バリンテンは己が保守のため、その手を頑なに汚そすまいと努めているようだが、ヴォルマルフ様は違う。あの方が我々に仕事を放ってくるのは、団長という立場上、滅多に裏舞台に立てないからだ。別にその手を血で汚したくないと思っている訳ではない。あの方が本気を出せば辺りは一瞬で血の海になる。血を流すことなどあの方は厭わない。
クレティアン 聖地を血の海にされてはたまらないな。もう少し厭って欲しいものだ。
バルク 逆鱗に触れないのが一番だ。
ローファル ここだけの話、私はあの方に一度殺された事がある。ヴォルマルフ様はあの男にそそのかされ、悪魔に肉体を喰われてしまったのだ。あの男のせいで――
クレティアン どうしたローファル! 気でも狂ったか!
ローファル だが、幸運にも私は不老不死の身。たとえ何度剣で突き殺されようと、私は死なない。
バルク おい、気味の悪い冗談だな! (クレティアンに)突然、悪魔だの、不老不死だの、一体何のことだ。そもそもあいつは何者なんだ――
クレティアン (答えて)私にもさっぱり――(二人退場)
ローファル (独白)そうだ、この世界は狂気に満ちあふれている。確かなことは、あの方の機嫌を損ねてはいけないということだ! イズルードよ、おまえの選択は正しい。たとえ今は分からなくても、いつか分かる日が来る。おまえは全てを棄てて逃げ出したのではない。だから――その選択を、ゆめ惨めなものと思うなよ――(退場)

  

 

 第三場 リオファネス城。城下町。
 昼間。フォボハム領の都。人通りの多い大通り。両脇に露店が並ぶ。馬上のマラークがイズルードを引きずって連れ回している。イズルード、襤褸を纏わされ、縛された状態で抵抗する様子もなく始終うなだれている。マラーク、異国風の白い装束。

マラーク リオファネスに来るのは初めてか? ならばせっかくの機会だ。観光していくと良い。ここにはあんたのミュロンドにあるような立派な寺院はないが、大公自慢の素晴らしい城がある。――焦らなくても、城にはそのうち連れて行ってやるから、まずは市街を見ていったらどうだ。何か食うか? (露天に並べられた食べ物を指さす)
イズルード (沈黙)
マラーク 腹は減っていないのか。それとも食う気力もないか。さっきからずっと黙りっぱなしではないか。まるで鎖に繋がれた犬だな。どうした、何も主張することはないのか?
イズルード (沈黙)
マラーク こうやって人目に晒されるのは嫌か? 俺はゾディアックブレイブというのは、もっと華やいだ奴らだと思っていたよ。民衆からちやほやされるのには慣れているんじゃないのか。今更何が恥ずかしいというんだ。もはや抵抗する気もないようだな――俺は教会の精鋭と一幕やり合えると期待していたんだが、おまえは剣すら持っていないじゃないか! これでは、まるで俺が一方的に丸腰のお前を虐げているのと何ら変わらない。刃向かう気はないのか? 教会の騎士は捕虜にはならないと聞いたが、このままで良いのか――民衆は、こうやって引きずられて歩くおまえの事を罪人か何かだと思っている。噂好きの奴らはおまえを好奇の目で見ている――誤解されたくないのなら、自分の言葉で話すことだな。

  (イズルード、うつむいたまま何も言わず、縛られた両手を見詰めながらマラークの後ろを歩いている。民衆がその様を見ている。)

マラーク おい、何か言えよ。これじゃあ俺がただの悪人面をしておまえを歩かせているだけじゃないか。(民衆に向かって)彼は盗人や罪人なんかじゃない、ミュロンドから来た誇り高き清貧の騎士だ! 自ら甘んじて清貧に甘んじているのだ。こうして馬にも乗らず、剣すら持たず、この世で最も貧しき者に身をやつし、受難の道を自ら求めているのだ――! (イズルードに)どうだ、これで良いか? 満足だろう――?
イズルード (沈黙。マラークを無視)
マラーク ――さては、おまえ、わざと無抵抗の姿を見せ、俺を安心させておいて逃げようと考えているのだな? 違うか? まさかそんな無駄な事は考えるなよ。俺はおまえの聖石を預かっている。これから城へ行って大公に渡すんだ。無事に、このゾディアックストーンを返して欲しければ、大公の前で申し開きをするんだな! 安心しろ、俺たちはおまえの首や身代金が欲しい訳でもない。おまえが心配することは何もない! それに、城には運良くおまえの父も来ているぞ。きっと明日には親子で手を取って帰れることだ――大公様の条件を飲むのならばな!
イズルード (独白)聖石だと! さっきから聞いていればこの異国の男はふざけちらした事ばかり! 聞いていて呆れるわ! オレが聖石をそう容易く素性怪しき者に渡すものか――おまえが持っている聖石はオレの所有物ではない。あれはあの異端者が持っていたものだ。オレが持っている――教会の正統なゾディアックストーン――ヴァルゴとパイシーズは今もこの懐の中に隠してある! それすら気付かないとはとんだ間抜けな暗殺者だな――
マラーク 見ろ、向こうに城の正門が見えて来た。せっかくミュロンドからはるばる来ていただいた騎士殿には、丁重にもてなして差し上げたいところだが、あいにく来賓用の部屋は満室でね。地下牢しか空いていないんだが、せいぜい一晩の滞在だ。我慢してくれよ――(イズルードの縄を引く)
イズルード (独白)聖石――聖石――オレはこの二つの聖石を死守した。しかし何のためにこのクリスタルを守ったのだ――ゾディアックブイレブの名誉のためか? ラムザに共感し、聖石を無理矢理に強奪させた父の考えに疑問を感じ、剣を棄てて離反を決めたというのに――こうして聖石を離せず、必死に守っている――どうしてだ――望まれるままゾディアックブレイブの称号を戴き、父の言うとおり修道院を襲撃し、アルマに促されまま剣を棄ててしまった。なのにこうして聖石すら手放せない。見ろ、民衆がオレを嘲笑している。惨めだ。だがオレは何一つ自分で決断をしてこなかった。こうして阿呆の暗殺者に引かれ、どこへ行くのかも分からずにただ従って歩くのも、むべなるかな――民衆が笑っている。畜生め! きっとウィーグラフもこんな惨めな姿のオレを見たら笑うことだろう――惨めだ――惨めだ――絶望的だ――(マラークに連れられて退場)

  

 

 第四場 リオファネス城。控えの間。
 バリンテン領主の居城。堅牢な平城。部屋の両端には扉がついており、片方は廊下に、片方は客間に繋がる。床には敷物が敷かれている。壁にはバリンテン家の紋章。その他装飾品が少々。舞台中央でヴォルマルフが従者に小言を述べている。ローファル、クレティアン。

従者 ですから、せめて剣の一つでもお持ち下さい――

  (従者、短剣をヴォルマルフに手渡そうとするも、ヴォルマルフはそれを受けとらない)

ヴォルマルフ だから、要らぬといっているのだ。来賓の席に帯剣していくなど、主人への無礼も甚だしい。大公を貶めることはつまり、私の品格を下げること。貴様は私に礼儀を棄てろというのか。その態度こそが無礼そのものであるぞ。
従者 これは大変失礼しました。しかし私は団長の安全を願ってのことを申したまでで――
ヴォルマルフ 私に剣など不要。そんな鉄の棒がなくとも私はこの身を守れる。 
従者 そうでございますか。けれど、大公は手練れの暗殺者どもを城に配置していると伺います。やはりここはヴォルマルフ様も護衛を増やすなり、有事に備えて鎧と剣は揃えておくのがよろしいかと。
ヴォルマルフ 大公の暗殺術に私がそう易々と掛かると思っているのか。
従者 (慌てて)決してそのような意味では!
ヴォルマルフ いいか、我が神殿騎士団が、このイヴァリースで最も剛たる騎士団だ。貴様もこのまま私に仕える気があるなら、一句違わず覚えておけ! 我々には聖石がある。何も怖れることはない。
従者 (怪訝そうな顔つきで)――つまり、神のご加護があるということでしょうか――?
ヴォルマルフ それは貴様の知るところではない。下がれ!
従者 は、はい――(慌てて退出)

  (従者と入れ替わりにローファルが部屋へやってくる)

ローファル 聖石を神のご加護とは、何も知らぬ幸せな若者ですね。
ヴォルマルフ 知らぬ方が幸せなこともある。
ローファル 知った方が幸せなこともあります。朗報がありますよ。あのせっかちな従者が伝え忘れたようですから、私が代わってお伝えしましょう。
ヴォルマルフ 早く申せ。(うながす)
ローファル この城にイズルードが居るのはご存じですね?
ヴォルマルフ 知っているとも! 愚鈍極まりない奴だ。敵に投降するくらいなら身を斬れと私は何度も言った。大公手下の、あの怪しげな魔道士の手に掛かるとは! むざむざと捕虜になり私に恥をかかせた! あれ[イズルード]に誇りはないのか? 従者から事情は聞いたぞ。既に聖石が大公の手に渡ったそうだな。何という愚行をしでかしてくれたのだ! あの武器王がこれからどんな横暴を働くのか目に見えるようだ。おそらく――いや疑うことなく、私にその聖石の取り引きを持ち出すのだ。まったく面倒なことになったぞ!
ローファル ――まずは落ち着き下さい、ヴォルマルフ様。ですからそのことについての朗報です。大公が握っているのはタウロスとスコーピオだけです。ヴァルゴと――勿論――パイシーズは彼が持ったままです。敵の手に渡すことなく、彼が死守しました。ですから――どうか、彼にあまりひどい仕打ちをなさらいように――
ヴォルマルフ 何故私が怒りを抑える必要がある? 確かに私は聖石を持ってこいと命令したが、敵の人質になれとは命じてない。断固として!
ローファル 彼は、お父上にオーボンヌ修道院の宝、処女宮の聖石を手渡したい一心で、生き恥をさらしてでもここまで来たのでしょう。是非その心とそのクリスタルを受け取ってやってください。
ヴォルマルフ 此の期に及んであれがそう弁明したか。
ローファル いえ、これはあくまで私の憶測ですが――どうか斟酌を――
ヴォルマルフ (床を蹴って)ああしかし癇に障るな! 面倒だ! 大公相手に一暴れしてくるか。どうせ、奴は喰い千切る算段で来たのだ。何構うものか。(呼んで)ローファル!

  (ヴォルマルフ、ローファルを呼びつけて小声で話し、ローファル、それに頷く。その後、ヴォルマルフ、客間に向かって退場)

ローファル (独白)おいたわしや、我が君! あんな奴に身体を取られ、魂を取られ、さぞや無念だったでしょう――事の起こりは全てあの男に――聖石を渡し、悪魔を誘ったあの強欲な男! いずれ私がこの手で無念を晴らしましょうぞ――この剣で――

  (様子を窺いながらクレティアン登場)

クレティアン ヴォルマルフ様はひどく具合が悪そうだ。どうも血の気が多すぎていけない。私にはとても恐ろしくて相手を出来ない。ローファル、おまえはよくあんな短気を相手に出来るな。
ローファル 慣れているから問題ない。(独白)しかし昔はあのような粗野な振る舞いなど想像も出来ない程、篤実な、誇り高き騎士だったのだ! それが今やあの男の使い魔に! おいたわしや、我が君!
クレティアン あのままでは大公の喉笛に噛みつく勢いだ。武器王も災難だな。
ローファル そのまま食い千切るつもりだそうだ。
クレティアン とすると、団長自ら大公の首を刎ね飛ばすのか。だが、諸侯が大勢見ている手前、それはいささか都合が悪いのではないだろうか。ミュロンドの騎士も大勢来ているというのに。ミュロンドの神殿騎士を統べる団長が、手ずから大公を殺したとなると、衆人環視の的になる。
ローファル だから我々の出番だ。ヴォルマルフ様曰く、誰もこのリオファネス城から生きて返すなと。さすれば誰も目撃者はいまい。
クレティアン そんなことをすれば城は血の海だ。ここにはミュロンドの騎士も大勢来ているというのに! 同じグレバドスの兄弟たちだぞ!
ローファル 誰も目撃者がいなければ、後は何とでもなる。枢機卿の一件も病死で片が付いたではないか。嫌ならリオファネスから――ミュロンドから去りたまえ。
クレティアン 今更逃げる気などないが――ローファル、お前こそ、ここを去る気はないのか。
ローファル 私はヴォルマルフ様に付いていく――たとえその先が地獄であろうともな。ミュロンドに留まるのは、そこに教皇がいるからだ。ただそれだけの理由だ。(独白)おいたわしや、我が君! いずれ私がこの剣で――

  

 

>第四幕