.

     

  
Klondike Cooler

     

  

 

 夢を見ていたんだ。空を飛ぶ鳥のように、誰にも支配されることのない自由な世界をこの目で見たかったんだ。

  

 
「ボスッ! 教会の騎士になるって噂は本当かよ! 気でも狂っちまったのかよ!」
 ゴーグの裏路地、人通りのない街角で、機工士風のいでたちをした黒髪の男性に若い青年ジェイミーが声を荒げた。
「ああ、その通りさ。どう噂されてるかは知らんが」
 糞が、とジェイミーが怒声を吐いて壁を蹴った。
「嘘だろッ! 俺たちのボスであるアンタが教会の騎士になるってことがどういう意味かは分かるだろ! 俺たちは誰の支配も受けない、誰に支配されることのない世界を作るんだ――いつもそう言っていたじゃないか! だから俺たちはアンタに付いていくって決めたんだ。自由な世界を作るために……ッ」
「ジェイ、落ち着け。よくよく考えてみろ。ミュロンドは治外法権だ。あそこは貴族も王も手を出せない。つまり、俺たちの首を狙う、うるせえ雑魚どもは手も足もでねえってことだ。雑魚払いが楽になったってことだ」
 ジェイミーは全く腑に落ちない、という顔をしていた。
「だけど、教会の騎士になるってことは、教皇に仕えるってことだ。俺たちの理念に反するじゃないか」
「建前上は、な」
 ボスと呼ばれた機工士――バルクは服の塵払いをしながら片手でジェイミーをあしらった。
「――利用され、利用する関係を築くってことだ。奴らは俺の貴族殺しの腕を買った。教会にも始末したい奴らがいるんだろう。で、その代わりに俺に教会の領土で自由に暮らせる権利を与えてくれるという算段だ。教会の奴は俺に契約の証にと、この石を見せた。これがなんだかわかるか?」
 バルクはジェイミーに小さな石を放り投げた。
「クリスタル……?」
「ああ、教会の奴らは聖石なんて呼んだりしてるらしい。数千年の死者の魂を宿している叡智の石だとか、奇跡を起こして死者を生き返らせるクリスタルとか、そんな力が宿ってるなんて言ってるぜ」
「正気か? こんな石っころにそんな力があるわけないだろ。まさかそんな石のために、俺たちの機工士の誇りを捨てて教会の犬になるって言うんじゃないだろ……?」
「俺だって信じてないさ」
 二人の男性は――この街に住むものは誰もが――機工士の誇りを持って生きていた。教会が説く奇跡よりもよっぽど理知的で、論理的で、現実的な技術を使って生きている。
「ただのクソつまらない契約や勧誘ならすぐさまそいつの頭を撃ち抜いて帰ってきたぜ。だが、奴らはちょいと興味深い話をしたのさ」
 バルクは足で地面をコツコツとつついた。
「ジェイ、この下に古代の遺物が埋まってるのは知っているだろう?」
「あ、ああ……」
 ジェイミーはゴーグのスラムで生まれ育った青年だった。養ってくれる親もなく、生きる道は自分で探さなければならなかった。だが、幸運なことに、ゴーグの地下には、はるか昔に滅んだと言われる文明の欠片が埋まっていた。坑道に潜り、何かしらの機械の部品や、屑鉄まがいのものを拾うだけでもその日の食事くらいにはありつけた――決して楽な仕事ではなかったが。
「そう、かつてこの世界では空を飛ぶ船があったという。俺たち機工士はその飛空艇を蘇らせ、いつか自分の手で空を飛びたいと願っている。だが、現実はそう簡単ではない。ジェイ、このあいだ東四区画の五番坑道が崩落したのは聞いているか?」
「らしいな。奥にいた奴らは全員生き埋めだろうな。可哀そうに」
「こんな仕事、もう嫌だと思うか? 地べたに這いつくばり、生死と隣り合わせで、どこにあるのかも分からない古代の夢を掘りにいく生活はもう勘弁か?」
「そんなことは断じてない! 俺だって機工士だ! いつかこの手で飛空艇をよみがえらせ、空を飛んでみせるんだ」
 バルクはにやりと笑った。そうそう、それでこそ機工士だ、と。
「それと同じさ。俺も一攫千金の夢を見てみたいのさ」
「は……?」
「教会の奴らが言うには、この地下には飛空艇が空を飛んでいた頃の古代の都の遺構が眠っているらしい。それも、ゴーグで拾えるちっぽけな欠片のレベルじゃない、もしかしたら生き動いている機械そのものがあるかもって話だ。ま、やつらの狙いは機械ではないらしいがな」
「まさか……そんな話、信じられるわけない……しょせん、夢物語だ……」
「……だが、夢を見てみたいと思わないか? 俺はこの街で生まれ、この街で育った。だからゴミ溜めみたいなスラムで育ったお前らみたいなガキらのことはよく知ってるんだよ。坑道に今日の飯代を稼ぎにいったまま、地下に埋まって還らなかった奴らもな」
 バルクは教会から契約の証にもらったという小さなクリスタルを地面に叩きつけた。
「教会の犬どもは、こんな石を死者の魂が宿るクリスタルだと有難がっているが、俺は死んだ奴らに興味はない。俺はただ夢を見ているんだ。そしてガキどもに見せてやりたいんだよ。かつてこの世界には鳥のように空を飛ぶ船があった。その船に乗せて、自由に空を駆けさせてやりたいんだ」
「ボス……」
「お前だって誰の支配も受けずに自由に空を飛んでみたいと思ってるだろう? 同じことさ」
 ジェイミーはうなずいた。
「ボス、俺もついていく。アンタと同じ夢を見てみたい。そしてこの街の子供らが、空を飛ぶ鳥のように、誰にも支配されることのない自由な世界で生きていく様を見てみたい」
「翼を掴んで生きて帰ってくるか、地下で無様に死ぬか、これは賭けだ。覚悟があるならついてこい。死地まで連れてってやるぜ。そして翼を掴もうぜ」

  

 

 そうして、二人の男は、翼を求めてゴーグから姿を消した。

  

 

2021.06.16