.

     

  
La Pourriture Noble


     

  

 

 二人の男女がテーブルを囲んでディナーをとっている。時もたけなわ、食事が終わり、テーブルの上には最後のデザートワインが置かれた。これで終わりだ。これが最後なのだ。このワインを飲み、二人は別れる。

  

 

「メリアドール、私たちの関係はまさにこのワインのようだったと思わないか?」
 テーブルの上に置かれたのは、透き通る蜂蜜色の、特別に甘い、高価な貴腐ワインだ。
「あなたが、そう言うなら」
 二人の男女――クレティアンとメリアドールは静かにワインを飲み交わした。
 どちらが言うわけでもなく、二人は特別な関係になった。そして、二人は別れ、別々の場所に去っていく。
「なぜこのワインがこんなに甘美な香りを持っているか知っているか?」
「さあ。そういう知識に詳しいのはあなたの方でしょう、クレティアン?」
「このワインに使う葡萄は極限まで糖度を高めている――ある種の菌を使って疑似的に腐らせているんだ。そうすることで水分を蒸発させ、果汁を糖化させる。みためは醜い、腐敗した葡萄だ。だが、その成熟しきった甘さゆえに、その腐敗はPourriture Noble<貴腐>と呼ばれる」
「あなたの言うとおりね。腐敗しきって…………それでもそこには成熟した甘い愛があった、それは<貴腐>だったと言いたいのね」
 メリアドールは怒るでもなく呆れるでもなく笑うでもなく淡々と答えた。
「クレティアン、私はミュロンドを出る。いつかあなたに剣を向ける時がくると思う。でも、あなたが、私たちの関係をそう言うのならば、私もそう思うことにする。だって異論はないもの。過ぎた日々を憎しむのは好きじゃないわ。あの日々を貴い腐敗というなんて、あなたは最後まで粋な人ね。そういうところが、好きだったわ。でも愛は成熟しきった。文字通り腐り果ててしまったのよ。さあ、別れましょう、このワインと共に」

  

 

 そうして、二人は別々の道へと帰って行った。その後、二人は恋人として顔を合わせることは二度となかった。

  

 

  

2021.06.20
iva*fesオンライン ワンドロ企画:テーマ「ワイン」