ネバー・フォーエバー

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ネバー・フォーエバー


     

  

 

 自惚れていたわけじゃない。ただ事実として自分こそがこの世界の中心に立つ人間だと思っていた。それ相応の努力もした、生まれながらの才能だってあった。貴族の地位もあった。そして教会のミュロンド派の騎士になり、教皇に仕える身となった。
 誰もがうらやむような人生だったと自負していた。清貧の騎士として何も望むものはなかったが、大方のものは手に入った――ただ一人、あの女性をのぞいては。
 彼女の名前はメリアドール。私の上司の娘で、教会の中でも聖石を持つゾディアックブレイブという最上位の地位を持つ。私が……唯一頭が上がらない女性だった。それは彼女が地位を持っていたからという理由ではない、彼女はとんでもなく気が強く、私の話す言葉全てに反論してきた。むろん、私も反論した。だが、最終的には、決まって彼女はこう言うのだった。
「クレティアン? それが何?」
 そして涼しい顔で去っていく。
 彼女はいつだって私の前を歩いていた。その背中に追いつこうと必死で、気がつけば――

  

 

「とうとう、私の手の届かない場所に行ってしまったな」
 私は間違っていた。己が世界の中心にいたなど、なんと愚かなことを考えていたのだろうかと。
 彼女こそがこの世界のヒロインだったのだ。

  

 

 聖石を持っていたのは、親の七光でもない、彼女が真に道を切り拓くしなやかさと力強さを持っていたからだ。
 私のかつて抱いていた理想は彼女がやがて為すであろう。できることならば、共に、背中を追い続けていきたかったが、もはや我が身は死せる都のはるか奥に。
「物語のヒロインはなべて聖杯を手に凱旋し、世に平安をもたらすものだ。――マイ・レディ・メリアドール、汝の行く末にとこしえの光あらんことを」
 全てを捨てた私にできることは、ただ祈ることだけだ。
 でも、心の底から、そうであれと願っているよ――――

  

2021.06.20
iva*fesオンライン ワンドロ企画:テーマ「ヒロイン」

 

  

 

忘れじの

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忘れじの


     

  

 
 からん、と音がして小さなクリスタルが床に転がった。神殿騎士団団執務室の机に座っていたメリアドールは、あら、と転がる石を目で追った。「団長!」と若い神殿騎士が慌ててそのクリスタルを拾いあげた。
「メリアドール様! 聖石が!」
「あら、そんなに慌てなくても大丈夫よ。それは聖石ではありませんもの」
「そうですか……でしたら、これは……?」
 若い神殿騎士は、団長メリアドールに差し出したクリスタルをまじまじと眺めた。言われてみれば、聖石に特有の黄道十二宮の紋は刻まれていない。しかし、透き通る水晶はやはりクリスタルそのものだった。
「昔の知り合いのクリスタルよ」
「と、いうことは……」
 イヴァリースにはこんな伝承がある。記憶は石に継がれる――つまり、クリスタルには死者の魂が宿るという言い伝えられている。
「失礼いたしました」
 若い神殿騎士はそのクリスタルをメリアドールに丁重に差し出した。名も知らぬ故人への哀悼を示すかのように。
「いいのよ、そんなに丁寧に扱わなくても。なんなら、床にたたきつけて割ってもいいわよ……」
「ご冗談を、このクリスタルはたしかに傷だらけですが、割れることなく大切に扱われているのは一目瞭然。昔のご同胞とお伺いしましたが、その方にお悔やみ申しあげます。今も、こうしてメリアドール様に大切に想われていて、さぞ光栄なことでしょう」
「やめてちょうだい、そんなこと」
 メリアドールはクリスタルを受け取った。小さな石。小さな記憶の塊。死者の魂の、小さな思い出。

  

 
 ――そんな大切な人ではないのよ。だって、クレティアン、あなたは教皇を殺した大罪人なのだから……
 ――そんなクリスタルを今も忘れず持っている私も私だけれど。

  

 
 部下に言った通り、最初は床に投げつけて割るつもりだった。でも、どうしてもできなかった。それから、捨てる機会を待ちつつ、待ちつつ、月日が流れた。

  

 
 ――あなたは、私のことを、このミュロンドのことをどう思っていたのかしら。本当に、思い切って、いっそ割ってみようかしら。そうしたら、石に託したあなたの記憶が蘇るかもしれない。
 ――でも、きっとそんなことはできないわね……どうしてかしらね……

  

 
 メリアドールは机の上に静かに転がる物言わぬ石を眺めた。言葉にできないこと、言葉にできなかったこと。言葉にしたくなかったこと。数多の想いがこの石には宿っているのだろう。
 石があるかぎり、魂はそこにある。メリアドールはそんな気がしてならない。語らずとも、そこにあればいい。それだけで十分だ。それ以上のことはのぞまない。
 あなたの魂は暗い地下の底ではなく、今もここに、私と共に、教会と共にある。それだけで、満足なのだから。

  

  

2021.06.20
iva*fesオンライン ワンドロ企画:テーマ「クリスタル」

  

 
  

La Pourriture Noble

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La Pourriture Noble


     

  

 

 二人の男女がテーブルを囲んでディナーをとっている。時もたけなわ、食事が終わり、テーブルの上には最後のデザートワインが置かれた。これで終わりだ。これが最後なのだ。このワインを飲み、二人は別れる。

  

 

「メリアドール、私たちの関係はまさにこのワインのようだったと思わないか?」
 テーブルの上に置かれたのは、透き通る蜂蜜色の、特別に甘い、高価な貴腐ワインだ。
「あなたが、そう言うなら」
 二人の男女――クレティアンとメリアドールは静かにワインを飲み交わした。
 どちらが言うわけでもなく、二人は特別な関係になった。そして、二人は別れ、別々の場所に去っていく。
「なぜこのワインがこんなに甘美な香りを持っているか知っているか?」
「さあ。そういう知識に詳しいのはあなたの方でしょう、クレティアン?」
「このワインに使う葡萄は極限まで糖度を高めている――ある種の菌を使って疑似的に腐らせているんだ。そうすることで水分を蒸発させ、果汁を糖化させる。みためは醜い、腐敗した葡萄だ。だが、その成熟しきった甘さゆえに、その腐敗はPourriture Noble<貴腐>と呼ばれる」
「あなたの言うとおりね。腐敗しきって…………それでもそこには成熟した甘い愛があった、それは<貴腐>だったと言いたいのね」
 メリアドールは怒るでもなく呆れるでもなく笑うでもなく淡々と答えた。
「クレティアン、私はミュロンドを出る。いつかあなたに剣を向ける時がくると思う。でも、あなたが、私たちの関係をそう言うのならば、私もそう思うことにする。だって異論はないもの。過ぎた日々を憎しむのは好きじゃないわ。あの日々を貴い腐敗というなんて、あなたは最後まで粋な人ね。そういうところが、好きだったわ。でも愛は成熟しきった。文字通り腐り果ててしまったのよ。さあ、別れましょう、このワインと共に」

  

 

 そうして、二人は別々の道へと帰って行った。その後、二人は恋人として顔を合わせることは二度となかった。

  

 

  

2021.06.20
iva*fesオンライン ワンドロ企画:テーマ「ワイン」

  

 

Aspects of Family:そんな日はこない

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・メリアドール(9)、クレティアン(15)くらい
・騎士団長さんは娘かわいい親馬鹿父さん全開です
・クレティアンがアカデミーを卒業して神殿騎士団に入る頃の出来事です
・クレメリ前提。ですがヴォルマルフ×メリアドールの方がいちゃいちゃしてます(父娘愛)

     

  

そんな日はこない

     

  

「クレティアン・ドロワと申します」
 これは貴重な逸材を手にいれたぞ、とヴォルマルフは思った。相手はまだ十六歳にもならない少年だ。だがその才能はアカデミーの教授陣のお墨付きだった。これで神殿騎士団も格も上がるとヴォルマルフは喜んだ。
「貴殿は吟遊詩人をマスターしていると聞いたが……」
「ええ。お望みなら貴方を讃える詩を書きましょう」
「それはちょうど良い! 是非とも教会の栄光を讃える詩を――」
 ヴォルマルフが言い終わらないうちに、勢いよく扉を開ける音がした。
「パパ! 遊んで!」
 娘のメリアドールだった。
「パパはお仕事中だ。真面目な話をしているから今はダメだ。後で遊んであげるから今は外へいっていなさい」
「やだ! 今がいいの!」
 パパは今取り込み中だから、とヴォルマルフが何度言ってもメリアドールは聞き入れなかった。この子は少々わがままなところがある。弟とは性格が正反対だ。
 メリアドールが父親の足もとにすがりついて離れないのでヴォルマルフは仕事を諦めて娘と遊んでやろうかと考えた。けれど、目の前で、ガリランドのアカデミーから来た少年が何事かと二人の様子を見つめている。まずい、とりあえず娘をここから連れ出さなくては。
「ローファル! 近くに居るなら娘を外で遊ばせてきてくれないか」
 ヴォルマルフは一縷の望みを託しながら扉の外に向かって頼れる部下の名前を叫んだ。

 神殿騎士団長は恐ろしい人だとクレティアンは聞いていた。めったに世間に顔を出すことはないが、凄腕でやり手の騎士団長だと噂されていた。悪魔と契約している、とさえ言う者もいた。であるから、アカデミーを卒業して神殿騎士団に入ると決めた時は周りから大層心配された。
 ミュロンドに来てすぐにヴォルマルフに呼ばれ、クレティアンはこの上なく緊張した。噂の騎士団長とは一体どんな人なのか――その人は今、ブロンドの髪の少女にじゃれつかれて笑っている。二人のよく似た顔立ちからして親子なのだろう、ということはすぐに分かった。
「困ったな……娘が邪魔をしてしまって……」
 と言いながら、騎士団長はちっとも困っていないような顔をしている。我が子が可愛くてしょうがないという表情だ。
 これが噂の騎士団長の素顔なのか! ただのほほえましい父親の姿ではないか!
「別に構いませんよ。どうせなら私が相手をしましょうか」彼女に手を差し出しながらクレティアンは言った。「お嬢様――」
「私はパパがいいの!」
 少女はクレティアンの言葉を一蹴してヴォルマルフに抱き付いた。
「そうかそうか! やはりパパがいいのか。よしよし。おいで、メリア」
 ヴォルマルフはどことなく自慢げになってメリアドールを抱き上げた。
 父娘の仲睦まじい様子にクレティアンは口を挟む余地がなかった。

「ヴォルマルフ様……人前ではもっと威厳を保ってください。お嬢様に構ってばかりだと騎士団長としての貫禄が台無しです」
「べ、別によいではないか。父親が娘を愛して何が悪い」
 メリアドールを引き取りに遅れてやってきたローファルに苦言を呈されて、ヴォルマルフはあわてて反論した。相手は副団長である。
「それに、この少年は神殿騎士団に入ると言っている。だから他人ではない。家族のようなものだ」
「またそんないい訳ばかりして……メリアお嬢様ももうじき十歳になるんですから、そろそろ親離れしてくださいよ」
 小言を並べ立てるローファルをヴォルマルフは無視した。だがメリアドールはこの真面目な副団長にいたく懐いている。ローファルの姿が見えるとヴォルマルフからすぐに離れて彼にくっついた。こいつ、副団長のくせに父親より娘に愛されているのではないか……ヴォルマルフは複雑な気持ちになった。
 その光景を見たクレティアンが言った。「皆様、仲がよろしいのですね」
 ああ、そうだとも――ヴォルマルフが言うより早くローファルが口を開いた。
「ただの親馬鹿です」
「ローファル! 余計なことを言うなよ!」

 一週間もしないうちにクレティアンはヴォルマルフのもとに詩を書き綴った紙の束を持ってきた。ヴォルマルフとローファルはそれを受け取った。
「お約束のものです」
「おお、仕事が早いな。さっそく教皇猊下に献上しよう」
「いいえ、それは……おやめいただけると……」
「何故だ? 謙遜する必要はない。おまえの才能は誰もが認めている」
「そういう意味ではなく……お嬢様が……」 
「我が娘がどうかしたか? 詩作の邪魔でもしたか?」
「私が詩を作っているとお嬢様が『私のパパはもっと優しい』『格好良くて素敵なの』と隣でおっしゃるので……お嬢様の要望のままに書きました。ですので、身内で読むにとどめておいた方がよろしいかと」
 クレティアンは気まずそうに言い残すと、さっさと出ていった。
「あきれた奴だな! 騎士団長である私の命令より娘の命令を優先させたというのか!」
「メリアお嬢様らしいやり方です。気の強い方ですから」
 ヴォルマルフは受け取った詩にさっと目を通した。……うむ、教皇に献上するのはよそう。
「……しかし、この詩を見ると私は余程、娘を溺愛しているように描かれているのだが……父親が我が子を愛するのは普通のことではないのか?」
「いいえ、子煩悩で良いと思いますよ」
 ローファルは笑った。「けれどそんなにお嬢様を愛してしまうと、お嫁に出す日がつらいのでは」
「そんな日はこない!」
 ヴォルマルフは断言した。
「そんなに油断してるとあのアカデミーから来た青年にお嬢様をもっていかれますよ」
「まさか!」
 あの新入りの顔を思い浮かべた。アカデミーでは魔法を学んできました、と言って剣術はからきし駄目な若者だった。それでも我が子たちはよく懐いている。息子とも仲良く遊んでいる。三人で遊んでいる姿を見ると年の離れた兄弟がくっついているように見える。そのため、ヴォルマルフには年の大きい息子がもう一人できた、としか思えないのだが……いつかそんな日が来るのだろうか。彼から「お義父さん」と呼ばれる日が。
 しかしあと十年はその心配をしなくても良いだろう。私の命令を無視して十歳の娘の言うことを聞いているのだから先は安泰だ。それまでは家族としてせいぜい可愛がってやろうとヴォルマルフは思ったのだった。

     

  

2017.06.06

     

  

誇りを失った騎士:第四幕

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誇りを失った騎士

  

 

第四幕

  

 

 第一場 リオファネス城。地下牢。
 牢獄。部屋は木製の壁で狭く仕切られている。扉には鍵が掛かっている。イズルードが床に伏している。ラファが食事を持って登場。

イズルード< (独白)真っ暗だ――真っ暗で何も見えない――(聖石を取り出して)人は弱いからこそ神にすがるというが――クリスタルの輝きを以てしても何も見えない。まるで己の未来を暗示しているかのようだ。いっそこの暗闇の中で果ててしまいたい。光の中に戻れはしまい。(隠し持っていた短剣を取り出し)このまま死んでしまおうか――いや、恐ろしすぎる。怖い――オレにはとても出来ない――(短剣を放り出す)   (ラファが食事を持ってイズルードを訪ねる。扉の鍵を開ける音。イズルード、慌てて聖石を上着に隠す) ラファ 随分やつれているわね。何か食べたら。(イズルードをいたわって)兄さんがひどく撲ったのね? 可哀想に。
イズルード (返答なし。食事にも手を付けない)
ラファ いらないの? 別に毒を仕込んで殺そうなんて思ってないわよ。安心して。何か食べないと身体が保たないわ。
イズルード いっそ君がこの場で毒を仕込んでくれたなら!
ラファ ひどく憔悴しているようね。(間)――毒――なんですって!
イズルード ご覧、ここは全くの暗闇だ。誰かを葬り去るのにはうってつけの場所だ。捕虜を一人始末することくらい、君には容易いだろう? そうすれば、人質になったオレが大公の前に出ることもなく、父を困らせることもない。オレもこれ以上絶望に塞がれることもない。誰もかもが幸せだ。
ラファ (怒って)ひどい人! ひどい人! 私たちを何だと思っているの! そう、私達は暗殺者。誰かの命を奪い、それを生業に暮らしている――だけどこんな生活、私が望んだわけじゃない! 大公に村を焼かれ、親を殺され、望みもしない生活を与えられ――なのにあなたはそんな私に、人を殺せと言うのね。あなたは修道院で一体何人斬った! 聖石強奪のために、僧侶や学者を斬り捨ててきたのでしょう! なのに、此の期に及んで尚、自分の手を汚すことすら厭い、私にこの手を汚せと言うのね。他人の尊厳を踏みにじって!
イズルード すまない、すまない。君を傷つけるつもりはなかったんだ――(謝る)
ラファ あなたをそこまで絶望に陥らせるものは一体何? 私達に聖石を奪われたこと? それとも捕虜になってゾディアックブレイブの誇りを失ったこと? そんなものに命を懸ける程の価値があるのかしら。
イズルード 違う、オレが惨めなのはそこじゃないんだ。オレも君も同じ籠の鳥だ。まやかしの現実しか知らなかった。誇りを持っていたゾディアックブレイブも――ただ教会の威光を上げるためだけに作り上げられたまやかしだ。その実態など何もない。他人の聖石を奪い上げて得なければいけない、そんなまかやしの称号への誇りなどとうに失ってしまった――オレは教会への離反を決めた。もう教会のために剣は持つまいと心に決めた。だけど、ミュロンドには父がいる、姉がいる――家族を見捨てて、一人で逃げるわけにはいかないんだ。姉さんはきっと今でも、オレの帰りをたった一人で待っている――そう、オレが惨めなのは、騎士としての誇りを失ったからじゃない。そんなものは初めからなかったんだ。だけど――だけど――オレは教会を離れては生きていけない。何より信仰が全てだったんだ。しかし何を信ずべきかもはや分からなくなってしまった――(間)――君は絶望という言葉を知っているか?
ラファ (独白)この人大丈夫かしら。何を話しているのはさっぱり分からないわ。そうとう気が滅入っているようだわ。
イズルード (続けて)それは、神に見棄てられ、一切の望みを絶たれることだ。後にも先にも暗闇しか残らない。憩いなき永遠の夜――(間)――神に見棄てられ、だって!? オレは一体何を口走っているのだ。神を見棄てようとしたのはオレの方ではないのか! 教会が権力に腐心し、民の信仰心を利用しているというのに、オレはそれを知っていて、何もしようとしない! あまつさえ、そのまま逃げ出そうとすらした。神の創造たるこの命すら自ら投げ出そうとしている、なのに今でも都合良く神にすがろうとしている――そうだ、ゾディアックブレイブなど最初からおとぎ話で、何も信ずべきものなど何もなかったのだと思えば、もはや怖れるものなど何もない――! (短剣を再び取る)
ラファ (独白)可哀想に、この人はすっかり混乱しているわ。(イズルードに)気を確かに!
イズルード 絶望に身を委ね己が剣で恐怖心を切り裂く――

  (イズルード、ひと思いに短剣で首筋を斬りつける。そのまま倒れ伏す)

ラファ 大変――誰か――! (慌てて退場)

  (扉の鍵は開け放たれたまま。イズルードの呻き声。)

  

 

  第二場 前場に同じ。
  イズルード、ウィーグラフ。

  (ウィーグラフ、地下牢で血を流して倒れているイズルードを見つけ、慌てて駆け寄る)

ウィーグラフ (介抱して)どうしたんだ! 一体何があった――血がこんなにも――あのカミュジャの奴らにやられたのか! (イズルードが握ったままの短剣を見つける)――そうか、自分でやったのか――しかしなんということだ! なんというむごいことだ! こんなにも冷たくなって――どうにかして――助けてやりたいが――

  (ウィーグラフ、イズルードを抱き寄せたまますすり泣く。しばらくの間。)

ウィーグラフ そうだ、聖石! 私は聖石を持っている! そして幸いなことに私はその秘められた力を知っている。あのクリスタルには死者の魂を呼び戻す力が宿っているのだ。私はその奇跡をしかとこの目で見た――ほんの数日前に、修道院でその奇跡を目の当たりにしたばかりだ! 私は知っている。その恐ろしい力を――だが、イズルード、お前はそんな心配をしなくていい。私が聖石に祈る――こんな言葉は使いたくないが他に思いつかない――のだから。(イズルードを抱きしめて)死ぬのはさぞ怖かったことだろう。私はその恐怖が分かるぞ――真面目なおまえのことだ、捕虜になるなとの命令に従ったのか? 騎士として誇り高くあるために師を選んだのか? ああ、答えてくれ――イズルード! お前はこんな暗闇の中で、誰に看取られることなく、一人で死んではいけない――! そんなことは私がさせるものか――!

  (ウィーグラフ、白羊宮のクリスタルを取り出し、一心に祈りを捧げる。しばらくの間。ウィーグラフの持つクリスタルがイズルードの顔を照らし出す。)

ウィーグラフ (イズルードを見つめながら)きれいな寝顔だ、安らかな、いい顔だ――おまえは美しい。お前に比べてこの私のなんと醜いことか。かつて骸騎士団にいた頃、私は理想を持った騎士だった。その実現に燃える騎士だった。だが、その理想を守るため、思想を守るため、私は幾人もの仲間をこの手に掛け、粛清してきた。そこまでしても、この理想には守るべき価値があると思っていたのだ。だが、理想の実現のためには権力が必要だと気付いてしまったのだ。しかし、その権力を――ゾディアックブレイブの称号を――保持するために、私は、修道院で幾人もの修道士を斬り捨ててきた。そうまでして手に入れたのが、お前に託した処女宮のクリスタルだ。お前はきっと純粋に教会の信仰を守るために任務を果たしたのだろう。一方で、同じ任務を果たしながら、私は己の保身だけを考えていた――聖石を持ち帰らねば、私はミュロンドを追い出される、そうなれば、もう私に未来などない。そうするしかなかったのだ。ただ理想を求めていただけなのに、欲望は際限なく積み上げられ、もう後戻りなど出来ない。今になれば、本当に私が欲していたものなど何も分からない。ただ雲上の楼閣のような人生だった。何かを望めば血が流れる――そんな人生を歩んできた私に比べて、お前は美しい――

  (間。イズルードは身じろぎせずその場に倒れたまま動かない)

ウィーグラフ イズルード、お前だけは私のことを理想に燃えた高潔な騎士として見ていてくれた。お前だけだ! ベオルブの若造が修道院で私に向けた、あの蔑みと哀れみの視線――私は堪えられなかった――皆、私をそうやって見るのだ。イズルード! お前だけが私を誇り高き騎士として見ていてくれた! それがどんなに嬉しかったことか! お前の中で私は、修道院で志し半ばで倒れ、戦友にその遺志を託した――その姿のままなのだろう。どうか、その後で私におこった悲劇など知らないでくれ! 私がこうやって、生きて、リオファネス城に居ることなど、あってはならないことなのだから!

  (ウィーグラフ、その場を去ろうとするも、イズルードの様子が気になり振り返る)

ウィーグラフ 私は二度死ぬはずだった。骸旅団の騎士として死ぬはずだった。ミュロンドの騎士として死ぬはずだった。しかし私はこうして生きている。実現するはずだった理想を手放し、ミルウーダの仇も取らずに、こうして生きている。誇りを失った哀れな騎士だ。次に死ぬ時は、騎士ですらなく、人ですらなく、悪魔に魂を売り渡したなれの果てとして逝くのだろう――私もあのベオルブの若造に――ミルウーダの仇に――引導を渡されるか。
イズルード うう――
ウィーグラフ イズルード! ああ、だが私の姿を見ないでくれ――(去りかける)――だが、もし、この哀れな騎士の姿を見ることがあるならば――何も言わずに、どうか一滴の涙を注いでくれ――こうして憐憫の情を寄せられ、理想なき教会の犬と蔑まれることはあっても、この誇りを失った騎士の為に泣いてくれる人は誰もいないのだから――(立ち去る)
イズルード (目を覚ます)ああ、ここは――(辺りを見回す)――ウィーグラフの声を聞いた気がする。だからオレはてっきり彼の国へ渡ったものかと――だけど、ここはリオファネス城じゃないか! オレは確かにこの手で、この短剣で命を絶ったものだと思っていたのに、どうした訳だか、傷一つ残らない! あの流した血の感触は覚えているというのに――どうして、オレは生きているのか。――そうか、これが聖石の力か。なんということだ! 信仰を捨て去ろうとしていた、この己に奇跡が起きるとは! これこそ聖石の秘密! 偉大なるかな神の御業! 神の存在とは、まことに、己の力の及びえざる場所に在るものだな――(跪く)

  

 

  第三場 リオファネス城。
  指定なし。ウィーグラフ、バルク。二人、すれ違う。

バルク こんなところで会うとはな。
ウィーグラフ (バルクをちらりと見、そのまますれ違う)
バルク 修道院で戦死したと聞いたが。
ウィーグラフ (立ち止まる)戦地から辛くも生還した戦友にかける言葉は他にないのか。
バルク 祝って欲しいのか。喜んで欲しいのか。アンタは随分すさんだ目つきをしている。とても祝辞を述べられる雰囲気ではない。それに――アンタはオレの事が嫌いだっただろう。
ウィーグラフ (睨み付ける)
バルク オレだってだてに長いこと生きちゃいない。酸いも甘いも噛み分けてきたのさ。人の目を見ればだいたいそいつの本性は分かる。どんなに取り繕っても、その眼差しだけは偽れないんだよ。
ウィーグラフ お前の慧眼もそこまでだな。私は別段、お前を好いているように取り繕ってもない。ありのままの物事をさも分析しがいがあるように述べ散らかすのは阿呆のやることだ――
バルク そうだ、アンタはいつだってそうやって自分を高みに置いて人を見下してきたんだ。少なくとも自分は騎士だった。守るべき誇りがあった。果たすべき忠誠があった。理想を奉じて生きてきた。それに比べてオレたちみたいな活動家は、目先の利益だけを追い求める思想なき人間どもだ。一緒にされてたまるか――と、隠すことなく思っているのだろう。アンタはオレの事が嫌いだっただろう――今も、最も軽蔑すべき存在だと思っているんだろう?
ウィーグラフ 前言を撤回しよう。たいした慧眼だ。お前は歴史学者にでもなっていれば良かったものを。
バルク それは賛辞と受けとっておこう。アンタはいつでもお高くとまった英雄気取りだった。今でも、己を堕ちた英雄とでも思っているのだろう。だからそんなすさんだ目をしているんだ。だが、よく周りを見回すことだ。民衆を率いて鴎国と戦った指導者? 骸騎士団? 奴らはせいぜい盗賊崩れか、浮浪者まがいのゴロツキかだったじゃねえか。そんなところに騎士団なんて名前を付けるのが間違いだったんだ。名は体を表す。本性に反する名前を与えられた者は悲劇だ。見ろ、アンタのかつての仲間たちは戦争の終わりを待たずして離散していった。アンタはそいつらの尻ぬぐい。誰も手を貸さない。民衆がアンタのことを、農村から立ち上がった雄々しきリーダーとでも思ってると? よく見ろ! 目を開けてよく見るんだ! 誰もそんなこと思っちゃいない。思い上がりも甚だしいぞ。
ウィーグラフ 私は己を英雄だと思ったことはない。ただ惨めな人生だったと回顧するばかりだ。
バルク 英雄として高みに立った経験を知っているから、堕ちた惨めさがあるのだ。高みにいるなどと思わない方が幸せだっただろう。あんたは騎士になどならない方が幸せだった。そうすれば誇りを失った騎士だと、惨めに思うことはなかっただろうに。オレは誰かの上に立った覚えなど一切――金輪際――ないからな、幸せになることも、惨めにうちひしがれる事もなかった。アンタは自分が惨めだと泣いているが、その悲劇は全て己が引き起こしたことだとまだ分かっていないんだな。アンタがオレを見下すその高尚な理想とやらが、悲劇の引き金になっているのさ! (息巻く)アンタたちが英雄としてミュロンドに迎えられている頃、オレたちは裏で苦労していたんだ。オレたちはオレたちのやり方であの団長に仕えてきた! 誰に喜ばれることもなく、誰に褒められることもなく――
ウィーグラフ そうか、お前も英雄になりたかったんだな。一度で良いから誰かの上に立ち、称賛と喝采とを一心に集めたかったんだな。
バルク (怒る)そんなことは言っていない!
ウィーグラフ ならば、その苦労もじきに終わるぞ。私は貧乏神だった。行く先々で疫病を振りまいてきた。私の居たところは、どこも三年と待たずに崩壊の道を辿った。故郷も、家族も、仲間も、もう皆死んだ。見ろ、この教会もすでに腐敗を極めている。崩壊は近い。お前の苦労もそう長くはない。(独白)――そうだ、私は常に貧しかった。私の精神は常に満たされることがなかった。豊かさとは無縁の生活だった。理想を求める一方、不平不満を不断に抱え、これは私の望んだ道ではなかったと、ただただ己に言い続けてきた。だがそんな不満もじきに終わる――崩壊は近い――(二人退場)

  

 

  第四場 リオファネス城。客間。
  城の大広間。長テーブルが舞台中央に配置され、貴族諸侯が机を囲み歓談をしている。上座に大公。末席にヴォルマルフが控える。エルムドア、イズルード、その他貴族たち。

バリンテン (立ち上がって)諸卿には少々退席を願いたい。私はミュロンドの騎士団長と二人で内談したいことがある。また後ほど宴席に招きましょう。どうぞそれまでは城で、長旅の疲れを癒やし、ゆるりと滞在なされよ。(ヴォルマルフに手を招いて)さ、近くへ。

  (貴族ら、席を立つ)

エルムドア (ヴォルマルフに)ではまた後ほど。
ヴォルマルフ (小声で)そう遠くへは行くでないぞ。またすぐに用が出来ようから。あの間抜け面をした貴族どものように悠々と羽を伸ばされては困るのだ。
エルムドア 御意。勿論、近くに控えておりますぞ。それに私は伸ばすほどの羽を持っておりません。それはさておき、貴方のことだ、私の必要などないでしょう。貴方に比べれば私は蠅のごとき存在。獅子の狩った獲物の上に耳障りな羽音をまき散らし、徘徊するくらいしか出来ませぬ。
バリンテン 侯爵、どうしたのだ。具合でも悪いか。
エルムドア いいえ。私はこれから城を見学させてもらいますよ。我がランベリーの白亜城に比べてここは、いささか――無骨で――逆に見ていて飽きませんね。いや実に目新しいものだ。(退場)
バリンテン 私はランベリーに行ったことはないが、あそこの城が白く輝いているというのは真か。
ヴォルマルフ 湖――といっても先の戦争で、毒沼となった湖ばかりですが――に映える城であるのは確かです。
バリンテン だが、いくら見た目を着飾っても、実利が伴わなければその価値は半減だ。いや、半減どころではない、死滅だ。いくら白亜城と讃えられても、あの戦争で真っ先に落とされたのは、侯爵の城であったな? 戦略は歴史から学ぶもの。過去の戦いを振り返る者こそ、次なる戦場で勝利を勝ち得るのだ。さあ、騎士殿、侯爵はここから何を学ぶべきであったと思うか?
ヴォルマルフ ランベリーの東天騎士団が使いようもない屑連中であったこと。侯爵はまず、奴らを教育し直すべきですな。陥落したランベリーを救ったのがベオルブの将軍率いるガリオンヌの北天騎士団だったというのは、未来永劫笑い話になりましょう。おかげで東騎士団など、噂話にものぼらない始末。今となっては誰がその存在を知りましょうか。
バリンテン そうだ、全くその通りだ。城は堅固であればある程良い。何故なら、敵に攻められぬからだ。軍事力はあれば有る程良い。何故なら、敵を攻められるからだ。こそこそ私のモットーだ。これは我が家の家訓でもあるのだよ。私が武器王と讃えられる所以だ。
ヴォルマルフ しかし、わざわざ騎士団ではなく、異国の魔道士集団を育て上げるとは、たいした忍耐ですな。騎士団を抱える方がよっぽど手が掛からないでしょうに。私は異教の者どもを教育して暗殺者に仕立て上げるなど、まったく無理な話。公の忍耐は美談として語られるべきですなあ。流石は次期国王と噂されるお方。武器王などという粗野の称号は今すぐに返上するべきです。
バリンテン 勿論、私が武器――王――という浮き名を流しているのには訳あってのこと。私は誰より、あの公式礼装だけ立派な、軽佻浮薄だった王を憂いて畏国の未来を慮っています。大きな威厳と権威を持ちながら、何一つ指図しようとしなかったあの愚王――おっと失礼――国王陛下が為した事と言えば混乱だけだ。痴王――陛下がするべきだった事はただ一つ、後継者を育てれば良かったのだ。ところが、世継ぎを育てる前に王妃が王座を乗っ取った。なんという事態だ。おかげで王宮の御前で獅子らが三つどもえの争いを繰り広げているこの惨事。哀れなのは餓える国民だけ。あの獅子らに王座を渡してはならない。
ヴォルマルフ これはたいそうな憂国論をお持ちで。さぞや立派な賢王になることでしょう。。
バリンテン これは戦乱からの民の救済を掲げて、ゾディアックブレイブを結成した教会の意志とも合致するはず。そうでしょうな――?
ヴォルマルフ (笑う)――救済? ハハハ――いや、全くその通りだ!
バリンテン 同じ目的を持ち、同じ理想を掲げるのならば、同じ道を歩むのは当然という道理がありますな。――騎士殿、わざわざ我が城まで来て貰ったのには訳がある。我々と手を結びましょう。
ヴォルマルフ (笑う)これはこれは。既に畏国最強と言われる軍事力を持った武器王が我が貧しき騎士団に同盟を持ちかけるなど、どう考えても釣り合いませぬ。
バリンテン いいや、畏国最強の軍事力を持っているのは我々ではありません。それは間違いなく貴方たちだ。神殿騎士団だ。何故なら――あなた方は聖石を随分と持っていらっしゃる。
ヴォルマルフ 聖石! 貴公はおもしろい事をおっしゃる。聖石の奇跡を欲するとは余程信仰に篤い方だ。むしろ逆に我がミュロンドの騎士団にお招きしたいところですな。しかし、あれはただのクリスタルです。実際、ただの石です。剣ならば人を刺し殺せますが、投石如きで一体どうやって人を殺せましょう。我々が聖石を集めるのは教会の威信のためです。軍事力のためではありません。
バリンテン (ほくそ笑んで)――ほう、ならば枢機卿の死をどうお考えで?
ヴォルマルフ 病死だったと。
バリンテン そうですか、あくまでしらを切り通すおつもりですか。いいでしょう。私も言質を操る議論戦闘はあまり好みませんので――ですが、聖石が貴方がたにとって大切な神器であるのは事実だ。さらに事実をお伝えしましょう。我々は聖石を預かっています。タウロスとスコーピオは我が手中にあります――
ヴォルマルフ ハハ、おかしなことを――それは我々騎士団が欲していたクリスタルではありませぬ。
バリンテン (呼ぶ)マラーク!

  (マラーク、イズルードを連れて登場)

イズルード 父上――!

  (マラーク、バリンテンにタウロスとスコーピオを手渡す)

バリンテン (マラークに)ご苦労であった。あとで褒美を取らそう。(笑いながら)たっぷりとな――もちろん、妹御にもな。楽しみにしておきなさい。

  (マラーク退場)

ヴォルマルフ この愚か者め! (イズルードを平手打ち)
イズルード 申し訳ありません――
バリンテン どうです、この聖石をご覧下さい――(タウロスとスコーピオを見せる)
イズルード どうぞこの聖石を――(ヴァルゴをヴォルマルフに手渡す)
ヴォルマルフ 我々を見くびるなよ、バリンテン。(ヴァルゴを見せる)どうやら、我が息子の方が優秀であったようだ。次なる王座を狙う貴公のこと。まさか、たかが二つの聖石を手にいれただけで我々を御せるとお思いかな? 我がゾディアックブレイブは各々が聖石を持っている――このイズルードも――加えてこのヴァルゴ。貴公の目が節穴でなければ、我々が幾つ聖石を持っているかお分かりであろう。そして貴公はたった二つ――聖石が軍事力に代わる力を持っているのは貴公もご承知のこと。
バリンテン 私を脅そうというのか。無謀なことはおやめなさい。このタウロスとスコーピオがどうなっても良いのですか。
ヴォルマルフ 脅迫などしておりませぬ。私は事実を述べているまでのこと。タウロス? スコーピオ? それは異端者が所持していたただの石だ。我が教会の物ではない。貴公がそのまま所持なさると良い。何故私が、そんな物のために貴公に組みすると? その石をここで叩き割っても一向に私は困りませぬ。
イズルード そのクリスタルはアルマ嬢から信頼の証にと預かりました――
ヴォルマルフ この愚か者が! (イズルードを平手打ち)いつ異端者風情と信頼を結ぶ程になったのだ。お前は、あの娘にそそのかされて剣を棄てたと聞いたが? よく私の前に平然と戻ってこれたな。騎士の誇りを忘れたか。
イズルード 申し訳ありません――確かにオ――私は一度剣を棄てました。それは宥されることではないと存じます。けれど、彼女は――アルマ嬢は決して忌むべき異端者ではありません。彼女は正しい思想を持った人です。かつて私は貴族は搾取するばかりで何らの価値を持ち得ない腐った豚であると信じてきました。けれど、彼女らもまた誰かに虐げられて生きてきた人間たちです。現実を見もせず、彼女らを家畜と呼んできた自分の浅ましさを知りました。自分を傲ることなく、謙虚に生きることの尊さを知りました。
バリンテン (ヴォルマルフに)先ほどから貴下は聖石をただの石だとか、これは少々暴言がすぎますな。仮にも、信仰を奉ずるミュロンドの騎士団の総長の言葉とはとても思えませぬ。そして何より大公の御前に控えているということを忘れておられるようだ。私は優れた暗殺者たちを育てている。くれぐれも、これ以上傲慢にならぬよう助言を差し上げよう。謙虚になりなされ。
イズルード (続けて)そして、彼女は私に一つの道を示しました。それは教会の真の姿です。この戦乱の裏で手を引くのが猊下であると――我々神殿騎士団は、その片棒を担っているだけだと、彼女に言われたのです。父上、私はヴォルゴを持って参りました。教会のために貢献したかったのです。けれど、その聖石のためにはおびただしい血が流れました。同じグレバドス教徒の血です! こんなことは――あってはならないと――父上、お父上、どうか分かってください。私が剣を棄てようとしたのは、そのような神殿騎士の姿に絶望してしまったからです――
ヴォルマルフ (バリンテンに)傲慢! 私が傲慢だと言ったな! 貴様はゼルテニア領を統べるだけでは物足りずに王座を欲している。さらに我が騎士団の力をも得ようとしている。だが、私はその聖石を手放すと言っているのだ。どちらが傲慢だ。貴公の方が強欲ではないのか。
イズルード (続けて)――絶望! それは全くの暗闇です。私は道を失いました。全てを棄て、信仰をも投げ出そうとしていた時、奇跡が起こったのです。私はこの目で聖石の奇跡を見ました。この身体を持って知ったのです! 私の魂を救ったのは、この聖石に宿る計り得ざる神の御業です――
バリンテン (ヴォルマルフに)何を馬鹿なことを。領主が権力を求めるのは、統治者としてまったく必要なことです。戎井を着ることもなく、王杓を持とうともしなかったあの国王のせいでイヴァリースは荒れ果てている。統治者にはそれ相応の権力がなければ、困窮するのは民だ! そして貴殿は騎士だ。騎士は統治者に仕える者だ。身相応の振る舞いを心がけるように――特にあなたは、信仰の衣を着た貧しき騎士なのだから、我々のために戦い、あとはただ祈りの言葉を唱えていれば良いのだ。信仰に立ち戻られよ。
イズルード (続けて)私は信仰に立ち戻ることが出来ました。もう私は迷いません。正しい――神殿騎士として生きるべきだと確信しました。アジョラの御名にかけて――二度とこの剣を離さないと誓います。教会の腐心から信仰を守るべきです。神殿騎士団がこのまま権力行使のための浅ましい犬になり果てていくことに私は堪えられません。教会の犬としてではなく、神の僕として誇りを持って生きるべきだと悟ったのです。神殿騎士として、真に正しき道を示すために私は再び剣を持ちました。ですから――父上――どうか、その処女宮のクリスタルは元の修道院に謝罪と共にお返しください。同じグレバドス教徒たちの間でこれ以上血が流れるのを私は望みません。
ヴォルマルフ (バリンテンに)とうとう本性を現したな。貴様は愚王にもなれぬ。たかが人間如きが権力を求めようなどと思わぬことだ。貴様はうぬぼれているようだな、バリンテン。私が望んでいるのは血を流すことだ。貴様を始末することなど容易いぞ――(聖石レオを取り出す)
バリンテン おやめなさい――
イズルード 父上――?
ヴォルマルフ (イズルードに)確か、おまえは聖石の秘密を知ったと言ったな。
イズルード はい――聖石のおかげで私は死の淵から蘇ることが――出来――父上――?
ヴォルマルフ ならば気兼ねする必要はあるまいな――(咆哮)
バリンテン おやめなさい――(慌てて退場)

  (暗転)

  

 

  第五場 リオファネス城。
  指定なし。エルムドア、クレティアン、ローファル。

エルムドア (辺りを見回して)ほうほう、これはなかなか良い作りだ。難攻不落の城と言うだけあって見応えがある。(思い出しながら)特に屋上のから見える尖塔は素晴らしかった。実に良い眺めであった。我が城にも取り入れたい。戻ったら建築家を雇い入れよう。――おや、神殿騎士団のドロワ殿、こんなところでどうなされた。
クレティアン 侯爵が私のことを知っているとは驚きますね。どうも、良いお日柄で。(一礼)
エルムドア 貴方は経歴も人柄も華やかなお方だ。
クレティアン あなたも、銀の貴公子と慕われているとか。華やかな貴公子がこんな城のこんな暗い一角で一体何を。これから大公と晩餐会ではないのですか。
エルムドア ああ、残念ながら晩餐会は中止だ。大公は私がついさっき、屋根から投げ捨ててきた。うさぎを締めるより容易い仕事だった。
クレティアン ご冗談を――それにあの武器王は我が団長自ら首を刎ねる算段だったはずでは。
エルムドア 少々予定が狂いましてね。あの臆病なうさぎは彼の獲物には物足りないだろう。今頃は我が僕たちが後始末をしているだろう。私の僕たちはずいぶんと優秀でね、軽やかに絹をまとい、蝶が舞うより早くに仕留めるのだ。鋭い短剣を腰に仕込み、熱きベーゼで息の根を止める。ただ辺りを血の海に沈めるだけの凡人とは違う。暗殺は一つの芸術だ。逝かせる者を魅了させるのが最低限のマナーだ――そう思わないかね? 手がすることは、目も楽しまなくてはならんだろう。その点で我が僕たちは至極有能だ。いつか貴公にも紹介しよう。
クレティアン それは結構なことで、しかし私はあいにく女人の舞には興味がありませんので――
エルムドア おや、これは奇特な方だ。眉目秀麗な仕手はお嫌いか。時に貴方もこんなとこで暇をもてあましている場合ではあるまい。今頃はわが君が広間で一暴れしている頃だろう。私もこれから見にいくところだが、さぞや壮観だろう。
クレティアン 随分と血が流れた模様。衛兵どもも誰がこの騒ぎを起こしたかさっぱり見当もつかず、敵を仲間に斬らせ、仲間を敵と斬り、もはや手の付けようのない事態。皆、口を開けば人殺し、慈悲を、逃げろ、血が、死体が、化け物が、と怒声と叫び声だけ。生憎、私はうるさい場所を好みませんのでね――この騒乱が落ち着くまで引っ込んでいることにします。
エルムドア 俗世の汚れに卒倒したか。
クレティアン そんなことで気を失うほど私も若くはありませんので――為政者と、それに組みする者どもの手が血にまみれている事はとうに知っている。しかし、かつても私は若い頃があった。士官学校に居た頃――あの頃は、私も政治を志す若き理想家だったのだ――ザルバッグ将軍に誘われ、北天騎士団に身を委ねるつもりだったのだ。しかし、現実はむごたらしい。あの天騎士の称号を戴いたベオルブの名前などとうに朽ち果てていた! 私はダイスダーグ卿が――浅ましくも――――をしている様を見た時、すぐさまこの身を翻してガリオンヌを去った。なるほど卿は狡猾な策士だ。洞察力がある。指導者としての器もある。言葉巧みに操り、貴賤への影響力もある。卿がいなければラーグ公もここまで世を渡れなかっただろう。だかしかし不純だ。たった一つの染みは他の全ての栄誉を汚す。良心あるのはザルバッグ将軍だけだった。
エルムドア それで、純粋な将軍をガリオンヌの掃きだめの中に残し、将軍を支えるはずだった良き参謀は一人でミュロンドへ逃げてきたというわけか。
クレティアン 申し開きは神の前だけで充分。私の本心は誰にも打ち明ける気はありませぬ。政治の汚濁に私はとうてい耐えられない。そんな厭わしき生活はいっかな承知できまい。ならば、ミュロンドへ来れば、世俗の尺度ではない、信仰の尺度によった生活が出来ると信じていたのだ。――私はなんと愚かな若者だったのだろうか! この地上の世界に理想を求めるとは! 永遠不変の理想のイデアはただ神の国にのみ実在する!
エルムドア 所詮、教会も地上の組織だ――この地の上に存在する限り、野心と権力とにまみれた政治の渦中にあるのだよ。ようやく悟りましたか、青年よ? 北天騎士団も、神殿騎士団も衣が違うだけで、その服を着るのは同じ人間どもだ。我々のやり方に肯んぜないのなら、まだあの将軍の後ろに控えていた方が心穏やかであったろう。今からでも遅くないぞ、我々に手を貸す気がないのなら、ガリオンヌへ去ったらどうだ。
クレティアン この世に善悪をもたらすのは神の業。この世の善悪を判断するのは人の業。私も人ならば、善し悪しを判断するのは控えましょう。どうして私の選択が間違っていたと? それを判断するのは神の領域だ。世俗の権力者の間で、利用し利用される汲々とした暮らしに身を投げるのは嫌だが、神の膝元にこの身を――命を懸けても――捧げるのは私の望むところだ。私はミュロンドに留まる。
エルムドア そう、信仰のために血を捧げるのは良いことだ――

  (ローファル、登場)

ローファル 侯爵、これはとんだご労足を。(一礼)
エルムドア 何、たいしたことではない。大公は始末した。為すべき事は為した。後は頼んだぞ。(退場)
ローファル (クレティアンに)お前も少しは足を動かしたらどうだ。仕事がないなどとはぬかすなよ。見ろ、手柄を銀髪鬼にまんまとかすめ取られてしまった。あの男は隙が無い。
クレティアン どうせ、誰がうさぎを始末したかなんて誰も見ちゃいないだろ。目撃者は死体だけだ。もしヴォルマルフ様に慈悲の心があるなら話は別だが。ああ、私はすっかり気が滅入った! 一足先にミュロンドに帰らせてもらうぞ。
ローファル 忘れずにバルクも回収してから帰ってくれ。
クレティアン イズルードはどうした。回収しなくていいのか。メリアドールが待ってるのはバルクじゃないだろ。
ローファル ――それは――(言いよどむ)
クレティアン ――私は、今まで、一度も己の選択を誤ったと思ったことはない。全く後悔はしていない。その判断は神のみ知ることだ。しかし、生まれて初めて私は自分が哀れになった――
ローファル ならばプライドを棄てろ、己を棄てろ、そして全てを投げ出せ。さすれば楽になれる。
クレティアン 私がこの身を投げ出してひれ伏すのはただアジョラの前のみ。他は誰であろうと――愚人どもの前に、私は私をくれてやる気は微塵もない! (退場)

  (次いでローファル、無言で退場)

  

 

  第六場 リオファネス城。客間。
  第四場に同じ。イズルードが血を流して壁にもたれている。アルマが駆け寄る。

アルマ 大変! イズルード! (駆け寄って抱き寄せる)
イズルード 君の言ったことは本当だった――(血を吐く)――真っ暗で何も見えないんだ――
アルマ もうしゃべらないで。私が傍にいるわ。
イズルード 剣を――剣を手放してはいけない――オレの剣はどこにある――
アルマ (なだめて)もう戦わなくていいの。あなたはもう何もしなくていいのよ。
イズルード (アルマの声が聞こえず、続けて)剣を――オレこの剣を離すまいと誓った。そして正しい神殿騎士の姿を示さなければならないと。だけど、オレは見てしまったんだ――
アルマ 可哀想に、こんなに怪我をして。震えているわ。無理もないわ。ここであれの姿を見たんでしょう! この血だらけの部屋で! 何もかもが切り裂かれ、踏みにじられているわ。とても人間の所業とは思えない。イズルード、あなたはこの惨状を目の当たりにしたのね――(抱き寄せ、頭を撫でる)
イズルード (続けて)あの姿を!
アルマ (抱きながら)悪魔の姿を!
イズルード (続けて)父親の姿を! 悪魔のような化け物だった――奴を倒さねばイヴァリースは滅んでしまう。信仰を守らなければならない。教会を不正と腐敗から救わなければならない――だかしかし、あれは誰だ、一体誰だ。父親ではない何かだ。そこには血に餓えた獣しかいなかった――だが、その魔が差した眼差しの向こうに――誇りを失った騎士の姿を見た――
アルマ もう戦わなくていいのよ。あの化け物は兄さんがすっかり倒したわ。
イズルード ――オレは剣を揮えなかった――どうしても――何故なら――彼は、誰に赦しを請うこともなく、人知れず涙を――流していたから――オレはとうとう剣を手放した――
アルマ それでいいの。それで良かったのよ。あなたはもう充分立派に戦ったわ。ゆっくり休むといいわ。
イズルード (呼ぶ)アルマ――いつか君がオレに信頼の証として聖石を託してくれたね――(パイシーズを手渡す)――今度は――この聖石を君に――(斃れる)
アルマ (受け取る)いってらっしゃい――永遠の夜の国へ。まぶしい光でなく、穏やかな暗闇が住まう憩いの国へ――(そっとキスをして)いつか私も一緒に行くわ。そして二人で世界の涯を見にいきましょう――(立ち去る)

  

 

[幕]
2015.07.05

  

 

誇りを失った騎士:第三幕

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誇りを失った騎士

  

 

第三幕

  

 

 第一場 ミュロンドの城館。階下の一室。
 朝。場面両側に扉。片方は開け放たれている。中央にテーブルがあり、メリアドールが手紙を書いている。

メリアドール (読み上げて)聖なる父よ、おはようございます。今日もまたこうして新しい一日を始めることが出来ます。その名前を讃えて――要するに、ファーラム。――愛する弟へ、オーボンヌ修道院ではうまくいったでしょうか。おまえのことだから――ウィーグラフもついていることですし、全く心配はないと思いますが、何かひどい怪我でもしていないかと、ひどく不安になりました。聖石のため、教会のため、義務を果たすことは大事なことです。けれど、たとえおまえが何の功績を挙げられず、何も持たずに帰ってこようとも、私はおまえを責めたりはしないでしょう。父や騎士団の兄弟たちが声を荒げておまえの越度を叱責をしようとも、私はおまえを暖かく迎えます。これは姉としての愛の言葉だと思って受けて頂戴。きっと昔の事は覚えていないでしょうが、母が亡くなった時、おまえは随分泣いていました――その時、私はおまえの母になって、抱いて慰めてあげたいと心の底から思ったのです。男を知らない私が、このようなことを書くのは、妙なことだと感じるでしょうが、慈しむ心は女ならば誰しも内に秘めているものです。誰かを愛し、慈しみ、守りたいと感じる時、自ずと庇護の翼は広がるのです。愛とは、汲めども汲めども、底から湧き溢れる泉のようなもの。おまえが、もし、寂しいと、孤独に悩む時があるなら、いつでも私の傍に帰っていらっしゃい。何があろうと、おまえの帰ってくる場所はここにあるのですから、よもや絶望の果てに神を忘れることなど、どうかしないように。

  (しばし考える)

メリアドール (続けて)こうやって一人で静かにミュロンドで過ごしていると、様々な噂が耳に入ります。たいへん立派な称賛から、中には、ひどく根拠のない滅法なものまであって、私は大変驚きます。父が言うには、この私たちの騎士団にもかつては、権力と威光を貪欲に求める者がのさばり、ミュロンドの神殿騎士団は堕落の巣窟と悪名を馳せていたとか。けれど、幸い、父が総長になった時、そのような不届き者は全て追放されました。今も、ガリオンヌやゼルテニアの騎士団にはそういう輩がまだのさばっていると聞きますが、この祝福された聖地を守るこの神殿騎士団には、そのような礼儀知らずはいないのです。ですから、もし、おまえの周りに、私達をひどく冒涜的な、あの口汚い言葉で――悪魔だとか――罵る人がいれば、その人は、かつての堕落した神殿騎士しか知らないだけなのです、だから、その人を憎まず怒らず、寛容の心をもってその言葉を忘れなさい。そして、おまえの騎士としての雄志を見せて、その人に、正しき神殿騎士の姿を知らしめるのです。繰り返しますが、どうか、思慮のない人の流言に惑わされて、神を忘れることなどないように。

  (手紙を書く手を止め、しばらく考える。また筆をとる)

メリアドール (続けて)――本当は、私はおまえのことが羨ましかった――自由に外へ出ていけるおまえのことが。いつだったか、私はまるで籠の中の鳥であると、おまえに話しました。まったくその通りです。人々はミュロンドに居る私をとてもありがたい存在として、それは敬って接してくれます。けれど、それは大聖堂に置かれた聖石を崇めるのと同じことです。この世の中には、祈る人、治める人、働く人、各々が各々の仕事を為すことによって秩序と平安が保たれるのだと、多くの人は考えています。けれど、彼らはどこかで己の本性は自由であるとも考えていることでしょう。人々は皆、己の本性を隠して生きています。皆、心の裏側にその本性を隠し持ったまま、体裁を立てるためだけに望みもしないことを願い、見苦しくうわべを取り繕って生きています。畏国はこのような馬鹿げた人であふれかえっています。このままでは畏国は遅かれ早かれ腐りきってしまうでしょう。おまえの望む世界は、こうではないはず。皆、望むべき自由の本性を空に羽搏かせることが出来る世界――聖アジョラの理想郷をおまえは夢見ているのでしょう。私たち姉弟は共に同じ道を歩むと誓った仲。おまえが選んだ道は私の歩む道でもあるのです。正しき道を行くように。そうすれば、すぐに私も一緒に行きますから。――くれぐれも、神への感謝を忘れずに。もし進むべき道が分からなくなったのなら、神の坐す場所に行き、神の語る言葉を待ちなさい。それが最善の道です。(筆を擱く)

  

 

 第二場 場所指定なし。
 ローファル、クレティアン、バルク。格好はそれぞれ前幕の通り。従者がローファルに伝言を伝え、すぐにその場を離れる。

ローファル 修道院を出たイズルードと連絡が取れないようだ。
クレティアン 子羊は狼に食われたか。
ローファル 剣を棄てて姿をくらましたらしい。近くの廃墟で彼の剣を見つけた者がいる。
バルク あの若造だ、どうせ家出なんて長続きしねえよ。すぐ戻ってくるだろ。
ローファル そういう訳にもいかない。彼は聖石を持っているのだぞ。それに、ベオルブの娘と一緒だったと、オーボンヌの僧侶が目撃している。
クレティアン 逆か、狼が子羊を喰らったのか。だがしかし若者にはよくある話だ。
ローファル よくあっては困るのだ。それも神殿騎士にはな! 我々がリオファネス城に着くまでに何とかして連れ戻す。大事ある前に探し出さねば。この事態はいずれはヴォルマルフ様の耳にも入ろう。そうなったら大変だ。
クレティアン 気が重いな。
バルク 別に、オレたちが案ずることではあるまい。オーボンヌ修道院から逃げたのなら、まだこの近郊に居るだろう。王都へ行ったか――木の葉を隠すなら森の中、人目を避けるなら人混みに――リオファネスまでの長い道中、捜し物が一つ増えただけのこった。
クレティアン ただ失せ物を見つけてこいというなら話は簡単だ。だが、これはそう単純なことではないのだよ、バルク。ヴォルマルフ様が一連の出来事を聞いて良い顔をすると思うか?
バルク 勿論――しないだろうな。眉間に皺を寄せている様が目に浮かぶぜ。
クレティアン 大事なゾディアックブレイブが、結成された瞬間に逃げ出したのだ、しかも聖石を持って、わざわざ剣を棄てて雲隠れしたのだ。意図は明確だ。息子が女を連れていなくなったというだけでも体裁丸つぶれだというのに。怒るどころの話ではないぞ。
バルク きっとあの爺さん[教皇]もお怒りだ。
クレティアン ――猊下と呼びたまえ――連れ戻された脱走兵の末路は悲惨だ。ヴォルマルフ様は団長という立場の手前、息子を折檻せずにはおかないだろう。
バルク あの血も涙もない団長様のことだ、見せしめのため首の一つでも刎ねるかもな。おお、奴のために想像しないでおいてやろう。(身震いする)
クレティアン だが、手を下してきたのはいつだって我々ではないか。ヴォルマルフ様の名誉と猊下の手を守るため、我々が幾人始末してきたことか! 異教徒の首などいくら刎ねても構わないが、同じグレバドス教徒、同じき誓いを立てた仲間に――彼はまだたったの十六だ――手を掛けるのだけは頂けない。彼がこのまま二度と我々の元に戻ってこないことを祈ろう。その方がお互い身のためだ。(ローファルに)おい、ローファル! 私はこの一件からは身を引く。私はこの話については何も聞いていないからな!
バルク (曖昧に頷く)
ローファル おまえたちは、どうもヴォルマルフ様のことを誤解しているようだな。まるで彼が息子を血祭りに上げるかのような物言いは、控えてくれないか。親子の情を何だと思っている。
バルク オレは運命論者でもないが、この先の未来が見えるようだ。あの団長に人情というものが残っているとは驚きだな。まだ獣の方が我が子に愛情を示してると思うぜ。
クレティアン 私はそこまで言うつもりもないが――これといって否定するつもりも――
ローファル そうか――(独白)そうか、彼らの目には、ヴォルマルフ様は余程冷酷非道の人と映っているのだな。仕方あるまい――昔はそこまで厳しくはなかったのだが――あの男のせいでこんなにも――無念極まりない!
クレティアン (バルクに)知っているか。これから私たちが行くリオファネス城には凄腕の暗殺者集団が暮らしているらしい。ヴォルマルフ様はきっとお前を解雇して、良きアサシンをスカウトしてくるだろう。
バルク まさか! こんなに働いて尽くしてきたのに、そのまま使い捨てるとは、血も涙もない人だな! 武器王だか何だか知らんが、オレにまさる暗殺者はいるまい!
クレティアン その自信はどこからくるんだ、幸せな奴め。
ローファル (呟いて)井の中の蛙、大海を知らず。(二人に)静かに歩きたまえよ。
バルク 残念、ゴーグは港町だ。海は腐る程見て育ったンだよ。だけど、正直な話、その暗殺者集団ってのは何者なんだ?
クレティアン おまえ、何者かも知らずに話していたのか? 呆れた奴だな!
ローファル カミュジャ。武器王直々に育て上げた伝説のアサシンたち。
クレティアン つまり大公子飼いの暗殺者ってところだな。我々と似たような存在だ。バリンテン大公が憎き政敵を、自らの手を汚さずして秘密裏に葬り去れる便利な集団だ。
バルク オレたちと一緒だな。
クレティアン 違うのは、彼らが心からバリンテンを信頼し、情愛で結ばれた関係であるという点だ。私らのヴォルマルフ様への感情といえば――おっと、ローファルがいる手前、これ以上は言うまい。
ローファル そのまま言ったとしても私は気にしないぞ。おまえたちが大してヴォルマルフ様に敬意を抱いていないことは、当の昔に分かっている。
クレティアン ならば聞き流してくれ。だが、そうでなくてもカミュジャと我々神殿騎士団は違う。バリンテンはその暗殺術を得るためなら、何でもすると聞く。村を焼かせ、孤児となった子供らを手ずから自分好みに育て上げているそうだ。カミュジャも表向きは孤児救済集団なんだとか――誰もそんな説明を信じてはいないがな。おそらく信じているのは、当の孤児達だけだろう。大公こそ戦渦から自分を見いだし、保護してくれた唯一の父親と信じ切っているのだろう。彼らは、幻の現実を信じ込まされ、そして大公の言うがままの繰り人形だ。――我々とは全く違う。
バルク オレは嫌だね、そんな生活は。オレは神殿騎士で良かったよ。誇りが持てる。オレは自分の意志でこの銃を取っているのだからな。甘い現実など見てどうする。
クレティアン たとえ、目を背けたくなるような世界しかなくても、それでも現実に留まることを選ぶか?
バルク 第一オレの人生には選択なんて存在しなかった――全くな! そんな道があればテロリストなんてやってないぜ。現実に甘い幻想を抱けるほど、この世界は甘くはないんだよ。
クレティアン 哀れな人生だな。
バルク 同情や哀れみなど不要。
ローファル カミュジャと神殿騎士団の相違点、まだあるぞ。バリンテンは己が保守のため、その手を頑なに汚そすまいと努めているようだが、ヴォルマルフ様は違う。あの方が我々に仕事を放ってくるのは、団長という立場上、滅多に裏舞台に立てないからだ。別にその手を血で汚したくないと思っている訳ではない。あの方が本気を出せば辺りは一瞬で血の海になる。血を流すことなどあの方は厭わない。
クレティアン 聖地を血の海にされてはたまらないな。もう少し厭って欲しいものだ。
バルク 逆鱗に触れないのが一番だ。
ローファル ここだけの話、私はあの方に一度殺された事がある。ヴォルマルフ様はあの男にそそのかされ、悪魔に肉体を喰われてしまったのだ。あの男のせいで――
クレティアン どうしたローファル! 気でも狂ったか!
ローファル だが、幸運にも私は不老不死の身。たとえ何度剣で突き殺されようと、私は死なない。
バルク おい、気味の悪い冗談だな! (クレティアンに)突然、悪魔だの、不老不死だの、一体何のことだ。そもそもあいつは何者なんだ――
クレティアン (答えて)私にもさっぱり――(二人退場)
ローファル (独白)そうだ、この世界は狂気に満ちあふれている。確かなことは、あの方の機嫌を損ねてはいけないということだ! イズルードよ、おまえの選択は正しい。たとえ今は分からなくても、いつか分かる日が来る。おまえは全てを棄てて逃げ出したのではない。だから――その選択を、ゆめ惨めなものと思うなよ――(退場)

  

 

 第三場 リオファネス城。城下町。
 昼間。フォボハム領の都。人通りの多い大通り。両脇に露店が並ぶ。馬上のマラークがイズルードを引きずって連れ回している。イズルード、襤褸を纏わされ、縛された状態で抵抗する様子もなく始終うなだれている。マラーク、異国風の白い装束。

マラーク リオファネスに来るのは初めてか? ならばせっかくの機会だ。観光していくと良い。ここにはあんたのミュロンドにあるような立派な寺院はないが、大公自慢の素晴らしい城がある。――焦らなくても、城にはそのうち連れて行ってやるから、まずは市街を見ていったらどうだ。何か食うか? (露天に並べられた食べ物を指さす)
イズルード (沈黙)
マラーク 腹は減っていないのか。それとも食う気力もないか。さっきからずっと黙りっぱなしではないか。まるで鎖に繋がれた犬だな。どうした、何も主張することはないのか?
イズルード (沈黙)
マラーク こうやって人目に晒されるのは嫌か? 俺はゾディアックブレイブというのは、もっと華やいだ奴らだと思っていたよ。民衆からちやほやされるのには慣れているんじゃないのか。今更何が恥ずかしいというんだ。もはや抵抗する気もないようだな――俺は教会の精鋭と一幕やり合えると期待していたんだが、おまえは剣すら持っていないじゃないか! これでは、まるで俺が一方的に丸腰のお前を虐げているのと何ら変わらない。刃向かう気はないのか? 教会の騎士は捕虜にはならないと聞いたが、このままで良いのか――民衆は、こうやって引きずられて歩くおまえの事を罪人か何かだと思っている。噂好きの奴らはおまえを好奇の目で見ている――誤解されたくないのなら、自分の言葉で話すことだな。

  (イズルード、うつむいたまま何も言わず、縛られた両手を見詰めながらマラークの後ろを歩いている。民衆がその様を見ている。)

マラーク おい、何か言えよ。これじゃあ俺がただの悪人面をしておまえを歩かせているだけじゃないか。(民衆に向かって)彼は盗人や罪人なんかじゃない、ミュロンドから来た誇り高き清貧の騎士だ! 自ら甘んじて清貧に甘んじているのだ。こうして馬にも乗らず、剣すら持たず、この世で最も貧しき者に身をやつし、受難の道を自ら求めているのだ――! (イズルードに)どうだ、これで良いか? 満足だろう――?
イズルード (沈黙。マラークを無視)
マラーク ――さては、おまえ、わざと無抵抗の姿を見せ、俺を安心させておいて逃げようと考えているのだな? 違うか? まさかそんな無駄な事は考えるなよ。俺はおまえの聖石を預かっている。これから城へ行って大公に渡すんだ。無事に、このゾディアックストーンを返して欲しければ、大公の前で申し開きをするんだな! 安心しろ、俺たちはおまえの首や身代金が欲しい訳でもない。おまえが心配することは何もない! それに、城には運良くおまえの父も来ているぞ。きっと明日には親子で手を取って帰れることだ――大公様の条件を飲むのならばな!
イズルード (独白)聖石だと! さっきから聞いていればこの異国の男はふざけちらした事ばかり! 聞いていて呆れるわ! オレが聖石をそう容易く素性怪しき者に渡すものか――おまえが持っている聖石はオレの所有物ではない。あれはあの異端者が持っていたものだ。オレが持っている――教会の正統なゾディアックストーン――ヴァルゴとパイシーズは今もこの懐の中に隠してある! それすら気付かないとはとんだ間抜けな暗殺者だな――
マラーク 見ろ、向こうに城の正門が見えて来た。せっかくミュロンドからはるばる来ていただいた騎士殿には、丁重にもてなして差し上げたいところだが、あいにく来賓用の部屋は満室でね。地下牢しか空いていないんだが、せいぜい一晩の滞在だ。我慢してくれよ――(イズルードの縄を引く)
イズルード (独白)聖石――聖石――オレはこの二つの聖石を死守した。しかし何のためにこのクリスタルを守ったのだ――ゾディアックブイレブの名誉のためか? ラムザに共感し、聖石を無理矢理に強奪させた父の考えに疑問を感じ、剣を棄てて離反を決めたというのに――こうして聖石を離せず、必死に守っている――どうしてだ――望まれるままゾディアックブレイブの称号を戴き、父の言うとおり修道院を襲撃し、アルマに促されまま剣を棄ててしまった。なのにこうして聖石すら手放せない。見ろ、民衆がオレを嘲笑している。惨めだ。だがオレは何一つ自分で決断をしてこなかった。こうして阿呆の暗殺者に引かれ、どこへ行くのかも分からずにただ従って歩くのも、むべなるかな――民衆が笑っている。畜生め! きっとウィーグラフもこんな惨めな姿のオレを見たら笑うことだろう――惨めだ――惨めだ――絶望的だ――(マラークに連れられて退場)

  

 

 第四場 リオファネス城。控えの間。
 バリンテン領主の居城。堅牢な平城。部屋の両端には扉がついており、片方は廊下に、片方は客間に繋がる。床には敷物が敷かれている。壁にはバリンテン家の紋章。その他装飾品が少々。舞台中央でヴォルマルフが従者に小言を述べている。ローファル、クレティアン。

従者 ですから、せめて剣の一つでもお持ち下さい――

  (従者、短剣をヴォルマルフに手渡そうとするも、ヴォルマルフはそれを受けとらない)

ヴォルマルフ だから、要らぬといっているのだ。来賓の席に帯剣していくなど、主人への無礼も甚だしい。大公を貶めることはつまり、私の品格を下げること。貴様は私に礼儀を棄てろというのか。その態度こそが無礼そのものであるぞ。
従者 これは大変失礼しました。しかし私は団長の安全を願ってのことを申したまでで――
ヴォルマルフ 私に剣など不要。そんな鉄の棒がなくとも私はこの身を守れる。 
従者 そうでございますか。けれど、大公は手練れの暗殺者どもを城に配置していると伺います。やはりここはヴォルマルフ様も護衛を増やすなり、有事に備えて鎧と剣は揃えておくのがよろしいかと。
ヴォルマルフ 大公の暗殺術に私がそう易々と掛かると思っているのか。
従者 (慌てて)決してそのような意味では!
ヴォルマルフ いいか、我が神殿騎士団が、このイヴァリースで最も剛たる騎士団だ。貴様もこのまま私に仕える気があるなら、一句違わず覚えておけ! 我々には聖石がある。何も怖れることはない。
従者 (怪訝そうな顔つきで)――つまり、神のご加護があるということでしょうか――?
ヴォルマルフ それは貴様の知るところではない。下がれ!
従者 は、はい――(慌てて退出)

  (従者と入れ替わりにローファルが部屋へやってくる)

ローファル 聖石を神のご加護とは、何も知らぬ幸せな若者ですね。
ヴォルマルフ 知らぬ方が幸せなこともある。
ローファル 知った方が幸せなこともあります。朗報がありますよ。あのせっかちな従者が伝え忘れたようですから、私が代わってお伝えしましょう。
ヴォルマルフ 早く申せ。(うながす)
ローファル この城にイズルードが居るのはご存じですね?
ヴォルマルフ 知っているとも! 愚鈍極まりない奴だ。敵に投降するくらいなら身を斬れと私は何度も言った。大公手下の、あの怪しげな魔道士の手に掛かるとは! むざむざと捕虜になり私に恥をかかせた! あれ[イズルード]に誇りはないのか? 従者から事情は聞いたぞ。既に聖石が大公の手に渡ったそうだな。何という愚行をしでかしてくれたのだ! あの武器王がこれからどんな横暴を働くのか目に見えるようだ。おそらく――いや疑うことなく、私にその聖石の取り引きを持ち出すのだ。まったく面倒なことになったぞ!
ローファル ――まずは落ち着き下さい、ヴォルマルフ様。ですからそのことについての朗報です。大公が握っているのはタウロスとスコーピオだけです。ヴァルゴと――勿論――パイシーズは彼が持ったままです。敵の手に渡すことなく、彼が死守しました。ですから――どうか、彼にあまりひどい仕打ちをなさらいように――
ヴォルマルフ 何故私が怒りを抑える必要がある? 確かに私は聖石を持ってこいと命令したが、敵の人質になれとは命じてない。断固として!
ローファル 彼は、お父上にオーボンヌ修道院の宝、処女宮の聖石を手渡したい一心で、生き恥をさらしてでもここまで来たのでしょう。是非その心とそのクリスタルを受け取ってやってください。
ヴォルマルフ 此の期に及んであれがそう弁明したか。
ローファル いえ、これはあくまで私の憶測ですが――どうか斟酌を――
ヴォルマルフ (床を蹴って)ああしかし癇に障るな! 面倒だ! 大公相手に一暴れしてくるか。どうせ、奴は喰い千切る算段で来たのだ。何構うものか。(呼んで)ローファル!

  (ヴォルマルフ、ローファルを呼びつけて小声で話し、ローファル、それに頷く。その後、ヴォルマルフ、客間に向かって退場)

ローファル (独白)おいたわしや、我が君! あんな奴に身体を取られ、魂を取られ、さぞや無念だったでしょう――事の起こりは全てあの男に――聖石を渡し、悪魔を誘ったあの強欲な男! いずれ私がこの手で無念を晴らしましょうぞ――この剣で――

  (様子を窺いながらクレティアン登場)

クレティアン ヴォルマルフ様はひどく具合が悪そうだ。どうも血の気が多すぎていけない。私にはとても恐ろしくて相手を出来ない。ローファル、おまえはよくあんな短気を相手に出来るな。
ローファル 慣れているから問題ない。(独白)しかし昔はあのような粗野な振る舞いなど想像も出来ない程、篤実な、誇り高き騎士だったのだ! それが今やあの男の使い魔に! おいたわしや、我が君!
クレティアン あのままでは大公の喉笛に噛みつく勢いだ。武器王も災難だな。
ローファル そのまま食い千切るつもりだそうだ。
クレティアン とすると、団長自ら大公の首を刎ね飛ばすのか。だが、諸侯が大勢見ている手前、それはいささか都合が悪いのではないだろうか。ミュロンドの騎士も大勢来ているというのに。ミュロンドの神殿騎士を統べる団長が、手ずから大公を殺したとなると、衆人環視の的になる。
ローファル だから我々の出番だ。ヴォルマルフ様曰く、誰もこのリオファネス城から生きて返すなと。さすれば誰も目撃者はいまい。
クレティアン そんなことをすれば城は血の海だ。ここにはミュロンドの騎士も大勢来ているというのに! 同じグレバドスの兄弟たちだぞ!
ローファル 誰も目撃者がいなければ、後は何とでもなる。枢機卿の一件も病死で片が付いたではないか。嫌ならリオファネスから――ミュロンドから去りたまえ。
クレティアン 今更逃げる気などないが――ローファル、お前こそ、ここを去る気はないのか。
ローファル 私はヴォルマルフ様に付いていく――たとえその先が地獄であろうともな。ミュロンドに留まるのは、そこに教皇がいるからだ。ただそれだけの理由だ。(独白)おいたわしや、我が君! いずれ私がこの剣で――

  

 

>第四幕

  

 

誇りを失った騎士:第ニ幕

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誇りを失った騎士

  

第二幕

  

 第一場 オーボンヌ修道院。僧房。
 修道院院長の生活する一室。机と書架があり、部屋の片隅には祭壇も設けられている。部屋に飾りはないが、本が散乱している。修道院は神殿騎士の襲撃を受けており、外は騒然としている。叫び声、剣戟の音など。扉の向こうから、院長を呼ぶ声が上がる。シモン、それには答えず、部屋に留まる。

シモン (独白)修道院で血を流すとはなんという狼藉! 神殿騎士団! とうとう飼い主への礼儀を忘れたか! わきまえ知らぬ犬どもめ! おまえたちが剣を持っているのは何のためだ! 誰のために剣を持っている! 教会の騎士が、修道院の信徒を襲うとは、なんという過ぎたことを! おまえたちを騎士に叙して、その贅沢な暮らしを支えているのはこの教会だというのに! この報いは心してうけるがよい、世を知らぬ若き騎士どもよ――

  (扉の外から、シモンを呼ぶ声)

シモン (答えて)ああ、分かっている。私は大丈夫だ。だから落ち着いて行動するよう皆に伝えなさいだ。何!? 地下書庫への扉が破られたと! ――ああ、なんということだ! あの書庫が――とうとう私の手を離れて、あの横柄を捌く犬どもに踏み荒らされるとは! (泣き崩れる)――あそこには私の全ての生涯が詰まっている。私はあらゆる手を使って――たとえ信仰を棄てようとも――あの書庫を守り抜いてきた。あの書庫はそれだけの、命を捧げる価値があったのだ。私は己の信仰と良心を犠牲にした。そうして私はあの幻の聖典を我が手にしたのだ! 若き騎士らよ、おまえたちにその価値が分かるか!? ――到底、分かるまいな! 何に価値があるかも分からず、知ろうともせず、ただ命令に従うことしか出来ない哀れな盲目の騎士たちよ! だからいつまで経っても教会の犬と揶揄され続け、信頼を回復出来ぬのだ。犬畜生め! とっとと書庫から出て行け! 誰がおまえ達にこのような野蛮な命令を下した? あの貪欲卑賤なあの王[教皇]か? いいや、それとも、こう卑劣な襲撃を考えるのはむしろあのミュロンドの騎士団長のやりかねんこと――たしか名前は――

  (扉の外から、再びシモンを呼ぶ声)

シモン (答えて)大丈夫。ここはまだ安全だから――何、彼らは聖石を欲していると? (胸をなで下ろして)そうか、聖典を狙っているのではないのか、それは安心した――(慌てて否定して)ならん! 処女宮のクリスタルは王家から信頼の証として預かり申しているもの。そう簡単に手放す訳にはいくまい。聖石は渡せぬと、彼らにたしかに伝えなさい! ――そうだ、思い出したぞ。あの騎士団長の名前はヴォルマルフ! なかなかのやり手と聞いたが、たしかにそうだ。あの腐りきった神殿騎士団を、新生ゾディアックブレイブと呼ばせるまでに、信頼を勝ち得たのだから、相当な手腕だ。まごう事なき獅子だ。私も異端審問官だった頃はなかなかに名を馳せていたが、あの熟練の老騎士にはかなわぬな――それにしても、聖典でなく、ゾディアックストーンを欲するとは――それもそうか、あのクリスタルは、神の奇跡を起こす神器、いや、悪魔の依り代――いやいや、私にはそんなことは、どちらでも良い。どちらにせよ、一個の聖石は一個の騎士団に相当する戦力。子飼いの騎士らに真っ先に聖石を盗ませるのは、手っ取り早い、堅実な戦略だな。だが聖石の真価は――(間)――

  (シモン、その場で腕を組んで考え込む)

シモン (続けて)――聖石の真価は、何もその秘められた力にだけあるのではない。誰も気付いていないだろうが――況んやあの若き騎士らは――クリスタルの価値はその知の集積にこそ宿るもの。あれが神器と呼ばれるのは、そこに死者の魂が宿るから。魂を宿した器なのだ。代々の魂が積み重ねられたものだ。すなわちそれは歴史そのもの! (吟じて)戦士は剣を取り胸に一つの石を抱く、消えゆく記憶をその剣に刻み、鍛えた技をその石に託す。物語は剣より語られ、石に継がれる――古えの言い伝えの通りだ。クリスタルは歴史を物語る。人の世は短く、人の言葉は少ない。歴史を記す書物はいつ燃やされ、葬られるか分からぬ。為政者に都合良く書き換えられ、真実は何も残らない。だが、クリスタルに宿る技は偽りを語らぬ。その魂は受け継がれるべきもの。石に刻まれた名前は永遠不滅。私は、歴史の真実を追究するために――この生涯を、この地下書庫に託してきた――書庫! ああ私の魂!

  (シモン、立ち上がり、扉を開けて部屋を出ようとする。数人の修道僧が留まるよう説得するが、振り切って出て行く。外では悲鳴と怒声が響く)

  

 第二場 オーボンヌ修道院。地下書庫入り口。
 夜。修道院附属の来歴ある書庫の入口。石造りの堅牢な建物。天井はなだらかなヴォールトで組まれている。部屋の内部は書架で複雑に仕切られている。奥に地下へ続く階段があるが、舞台からは見ることが出来ない。若い兄妹が暗闇の中を手探りで進む。 ラムザ、アルマ、シモン。

アルマ 兄さん。
ラムザ (返事をしない)
アルマ 兄さん、真っ暗で姿が見えないわ。どこにいるの。
ラムザ (返事をせずに、アルマの手を取る)
アルマ 兄さん――いいかげん返事をしてちょうだい! さては私に怒っているのね!(兄の手をふりほどく)
ラムザ 当然じゃないか! こんな危険な場所にわざわざ大事な妹を連れて来るのは馬鹿だけだ!
アルマ 兄さんは馬鹿じゃないわ。もっと馬鹿なだけね。まず、私がいなかったら異端者の兄さんは修道院に入れなかったわ。そんなことも忘れているのかしら。
ラムザ いいや、僕一人だって、どうにかして入れたはずだ。僕は今までもっとひどい戦地だって見てきたんだ。こんな場所に入るのはわけないさ。
アルマ つまり無理矢理侵入するつもりだったのね! それじゃあ、修道院の扉を壊して押し入った神殿騎士たちと大差ないわよ!
ラムザ アルマ! 僕は兄ろして心配しているんだ! 奴らは、修道院に何の躊躇もなく夜襲をかけるような卑怯者だ! もしも、アルマ、君が奴らに見つかったらと思うと――
アルマ 大丈夫よ。私だって、自分の身は自分で守れるわ。私は回復魔法だって使えるのよ。 
ラムザ 奴らは、替え玉を使って、王女誘拐にだって介入しているくらい、小賢しい連中だ。どんな手を使ってくるか想像も出来ない。気を付けた方が良い。――アルマ、ところで、ここは一体どこなんだ。どうしてこうも道が複雑になっているんだ! ちっとも前に進めないじゃないか!
アルマ 修道院の書庫よ。もうずっと、何世紀も前からある立派な書庫。イヴァリースの歴史と哲学がここに収められているの。いつもここで写字生の人たちが本を作っているのよ。それはそれはたくさんの本があるんだから! ――そうね、道がこんなに入り組んでいるのは、きっと私達みたいな乱入者から書物を守るためね。
ラムザ あの神殿騎士たちからもだ!
アルマ いつもシモン先生はこの書庫に籠もっていらっしゃるの。先生は神学者としても素晴らしいなのよ。あまり人前には出てこない方だから、知らない人も多いだろうけれど。もっと公の場に出てきても良いと思うんだけれど、先生は謙虚なお方だから、ご自分の研究を誇ったりなさらいのよ。先生は今日もきっとこの書庫にいらっしゃるはずだわ。(呼びかけて)先生! シモン先生!
シモン ――アルマ様!

  (シモン、書架にもたれて倒れている。兄妹、その声を聞きつけて駆け寄る)

ラムザ シモン殿!
アルマ 先生、しっかり! 今、人を呼んできますわ。
シモン いいや、結構。お嬢様のお手を煩わせる訳には――私は、書庫を守れなかった――彼らは階下へ行ってしまいました。アルマ様、彼らが戻ってくる前にお逃げ下さい。私は――守れなかった――だがしかし、この書庫で果てるのもまた本懐というもの。どうかこのまま逝かせてください――
ラムザ 奴らは既に地下へ行ったか! しかし、何故突然オーボンヌ修道院を――
シモン 彼らが欲しているのは、この修道院の宝である処女宮のクリスタルです。彼らは、何としてでもその聖石を奪っていくことでしょう。
ラムザ やはり! 神殿騎士団はあの悪魔の力を欲しているというのか! もし聖石が奴らの手に渡ってしまったら恐ろしいことになる! 何としてでも阻止しなければ――アルマ、シモン殿を頼んだ。僕は地下へ行く。
アルマ そんなことをしては駄目よ!
ラムザ (アルマに聖石を手渡す)もしもの時のために、この二つの聖石を預けておく。もし僕が戻ってこなければ必ずバグロスの海に捨てるんだ。いいな?
アルマ (聖石を受け取り、頷く)
シモン なんということを! ――聖石を――海に投げ捨てるとは――いけません!
アルマ 先生、もうしゃべらないで!
シモン それは数百年の叡智が詰まった宝玉。一度失われては、もう二度と――どうかそのようなことは――そして、あの、その偉大なる聖石を持ちながら、何も知らない哀れな若者たちに――どうか分からせてやってほしいのです――
ラムザ (アルマに)おまえはここに残れ。僕は奴らを追ってくる。(立ち去る)
アルマ 兄さん! こんな時に何もできないなんて――私も兄さんみたいに男に生まれたかった。そうしたら、私も兄さんと一緒に戦えるのに。兄さんを助けられるのに。
シモン どうか――
アルマ 先生! しっかり!

  

 第三場 前場に同じ
 シモン、その場に倒れている。瀕死。しばらくして修道服を纏ったローファルが現れる。

シモン (気配を感じて)誰だ、そこにいるのは――

  (ローファル、静かに歩み寄る)

シモン (見上げて)おお、その格好は――見慣れぬ顔だが、ここの僧か。
ローファル いいえ、私はミュロンドの神殿騎士。
シモン この狼藉者め――私にとどめを刺しに来たか。
ローファル いいえ。そうではありません。けれど、私の兄弟たちが多大な騒乱を起こした模様。その非礼は詫びましょう。
シモン おまえたちが引き起こした騒動ではないか――僧侶を殺める罪の重さを認めなさい――
ローファル 私は、貴殿がかつて異端審問官として名を馳せていた事を存じております。たとえ手は下さずとも、あなたの命令によって数多の罪なき者どもが――もちろん、真正の魔女もいたはずですが――露と消えていったことでしょう。その数は、決して私どもが手を掛けてきた数と大差はないはず。むしろ、罪なき無垢の者を死に至らせることの方が罪は重いのですよ?
シモン この修道院の僧侶は罪を背負った者どもだと申すか。まあ良い。私が審問官だったのは事実だ。私が罪なき者を殺めてきたのも事実だ。だが、私がその罪によって地獄で焼かれるのは事実ではない――
ローファル それは存分なことで。傲慢と不敬も神の御前で裁かれる罪となりましょう。
シモン 神の断罪も地獄の業火も何するものぞ。信じるに値せぬものをどうして怖れることができようか。
ローファル ほう、オーボンヌ修道院長として、神学者としても名高いシモン・ペン・ラキシュ殿が無神論者だったとは意外な事実。いやはや、これはまったく驚きました。
シモン 今更、詮無きこと。
ローファル 斯様な立場の貴方が神を棄てるにいたったとは、これは深遠なる事情があるのでしょう。私も、礼儀を重んじる騎士ですから、その道程はあえて尋ねませぬ。
シモン いや、何、この立場だからこそ、信仰を見失ったのだ。(咳き込む)――私はもう長くない。何をしに参ったか見当も付かぬが、そこのミュロンドの騎士よ、この老いぼれにいつまでも付き合うことはない――早く――
ローファル 私は貴方に会いに来たのです。シモン先生。
シモン これは奇妙なことを――残念だが私に神殿騎士の知り合いはいない。疾く帰りもうせ。
ローファル 勿論、貴方は私のことを知らないでしょうが、私は貴方のことをよく存じ上げています。もう二十年も前になりますが、ここの修道院で働いていたのです。――この書庫で。
シモン (その言葉に反応し、わずかに顔を上げる)ほう――?
ローファル (地下の階段を見つめながら)下に行った者たちはどうせしばらくは上がってこないでしょうから、せっかくなので私の身の上話でもしましょう。私は、今こそ神殿騎士としてミュロンドに生活を見いだしていますが、元々はここの修道院の荘園の生まれ。家は農家でしたよ。耕せども耕せども、とても裕福とはいえず、両親は修道院へ納める租税にも苦労する始末。そして、税を免除してもらう代わりに末の息子を――私を――修道院に置いていったのです。
シモン 親兄弟に見捨てられた恨みか? それとも重税をしぼっていた修道院への当てつけか? だがそれは先代の修道院長に陳状すべき事柄。私のあずかり知ることではない――
ローファル いいえ、そのようなことは申しておりません。私は修道院に恨みを抱くどころか、感謝すらしているのです。何故なら、ここには食べる物と、寝る場所と、そして仕事がありましたから。私は、ここで天職に恵まれました。ここで、この書庫で、私は書物の書き写しをしていました。私はオーボンヌ修道院の写字生として、長いこと働いていたのです。そこで先生――貴方が長いことこの書庫に籠もって研究に打ち込んでいる様子も見てきました。あれは、随分と骨の掛かる研究だったようですね? 一体何をそんなに熱心に調べていらっしゃったんです?
シモン その真価は誰にも分かるまい。(再び咳き込む)いや、分かってたまるか――若造に――
ローファル (無視して)私はここで仕事をしている頃、ある噂を聞きました。この書庫は地下三階まで広がる広大な書庫。十二世紀にも及ぶイヴァリースの歴史と学問の蓄積が保存されているのだと。しかし、それだけの長い年月を経た書庫には曰くはつきもの。年若き筆写職人たちはこぞって噂話に高じていました。中には何世紀にもわたって秘匿されてきた禁書がこの書庫には隠されているとか、地下の最下層にはには広大な虚無の空間が広がっているとか、まあ、様々でしたね。書物は歴史を語る代物ですから、その歴史を受け継いできたこの書庫は幾代もの王が欲し、その度にここは陰謀に巻き込まれてきたと聞きます。
シモン おぬし、なかなか物分かりが良いようだな――
ローファル ええ、権謀術数の渦中とも言うべき――その意味はご判断に任せますが――ミュロンドで騎士団を率いて生き残る為には、物分かりが良くないといけませんから。馬鹿と阿呆と正直者は真っ先に消されます。私は馬鹿でも阿呆の類でもありません。
シモン しかし、こうもしぶとく生きているとは、正直者でもあるまい。
ローファル けれど、私は誠実に生きてきました。嘘は述べません。単刀直入に言いましょう。私はゲルモニーク聖典を探しています。二十年前、ここでその聖典の在ること無いこと、様々な噂が飛び交うのを聞いて育ちました。噂が出るからには火元があるはずです。その幻の聖典はここにあるはずです。貴方は、今更それを知らないとは、言いませんね――?
シモン あの神殿騎士らは、聖石を探しに――奪いに来たと聞いたが――
ローファル 勿論、聖石も探しています。ですが、それはあの子たちがすぐに回収するでしょう。我々は――少なくとも私は――聖石の真価を知っております。あれがただの権力の器ではないことを。我々が欲しているのは、権力でなく、その古代の叡智――誰かが知識を受け継ぎ、継承していかなければ、歴史は途絶えてしまいます。ご安心ください。我々は、その叡智を受け継ぎ、新たに歴史を築いていこうとしているだけのこと。修道院を襲撃させ、少々手荒い業となりましたが、こうでもしないと、王家は聖石を手放してはくれないでしょうから。
シモン (苦しげに)そ――それを聞いて――安心――した。クリスタルは継承すべきもの、しかし聖典は――何人たりとも、世に――出しては――
ローファル その聖典はどこにあるのです? 我々がその聖典を貴方に代わって守り抜きます。さあ――どこにあるのです?
シモン 地下に、ある――はずだ。だが、約束してくだされ、聖典を見つけたら、決して世に出さないと――必ず――(息絶える)
ローファル 騎士の誇りに誓って、約束しましょう――ゲルモニーク聖典を見つけ出し、必ずやそれを葬り去ると。(シモンに)ファーラム。汝は汝の欲する眠りを得よ。(立ち去る)

  

 第四場 場所指定なし。
 バルク、クレティアン。それぞれ技師、学者の格好に扮している。しばらくしてローファル登場。

バルク フォボハムくんだりまで行くのか。えらく遠いな。
クレティアン 何をしに行くのだろうか。
バルク そりゃあ決まってるだろ。城でお偉いさん方と話しをするためだ。
クレティアン お前はいつ諸侯と同席出来るほど偉い身分になったのだ? ヴォオルマルフ様が大公との歓談のため、リオファネス城へ行くのは自明の事。私がそんなことをわざわざ聞くと思うか。お前は少しは気を回し給え――お前がそんな気配りが出来ればの話だが。
バルク 悪いな。オレはおまえ如きに回すほど度量の広い気は持ち合わせていないんでね。だが、いくらミュロンドの神殿騎士団長とはいえ、わざわざ大公と話し込むことがあるのか。身分が違いすぎるだろう。
クレティアン その発言、とても団長直属の配下の忠臣の言葉とは思えないな。
バルク おっと、オレは騎士の忠誠を誓ったが、それは義務を忠実に果たすための言葉にすぎない。あの団長への忠義を果たす言葉ではないのさ。お前だって、あの男に忠誠を果たしている訳ではあるまい。
クレティアン 私は本当に信頼のおける者にしか頭を下げない主義なのさ。そうだな、たしかにヴォルマルフ様に心酔しきっているのはローファルくらいだろうな。彼のまめまめしさにはまったく頭が下がる。
バルク そのローファルはどこへ行った?
クレティアン オーボンヌへ寄ってから我々と合流すると言っていた。もうじき戻るのではないか。彼はどうやら新生ブレイブ達がきちんと仕事を遂行しているかが心配なようだ。大方、目付役だな。
バルク そうか、まだ戻らないか。ならここらで一杯酒でも浴びていくか――目付役が居ないうちに。

  (戻ったローファル、バルクの後ろに歩み寄る)

ローファル (眉間に皺を寄せて)――お前達、うるさいぞ。何を騒いでいる。
クレティアン バルクが、フォボハムまで行くのは遠くて面倒だから私に酒を買ってこいと。
バルク (クレティアンに)言ってないだろうが! 含みのある要約だな! (ローファルに)わざわざオーボンヌ修道院で何をしていたんだ。
ローファル (バルクに)いいか、嫌ならこのまま貴様をバグロスの海に捨て置いても良いのだぞ、いいな? 修道院に何をしに行ったかだと? ――いや、たいした事ではない。彼らが無事聖石を見つけ仰せたか心配でな。しかし杞憂だったようだ。だがもう一つの宝は見つからなかった。あのゲル――(慌てて)おっと、何でも無い。
クレティアン (独りうなずいて)そうか、ゲルカニラス・バリンテン! 我々が、こうやって、神殿騎士の身分を隠して、ヴォルマルフ様と別隊でリオファネス城まで行けというのも理由あってのことだろう。秘密裏に行動せよというからには、決して公に出来ない仕事だろう。大凡の見当は付いたぞ。ゲルカニラス――あの大公を始末しに行くのだろう。
ローファル 向こうでの仕事は、城でヴォルマルフ様から直々に話があるはずだ。だからフォボハムまでの道中は気に揉まずとも良い。ただ己が身上を隠すことだけを考えるのだ。
バルク 団長の話を待たずとも、オレたちの仕事といえば要人始末以外にないだろ。
クレティアン 教会が表沙汰に出来ない仕事を担うのが我々の役目だからな。まあ、想像には難くない。
バルク 今度は大公の始末か。これは大物だ。腕が鳴るぜ。オレはゴーグでも名の通った凄腕の始末屋だったからな、良い獲物に出会うと血が沸き立つ。たまらねえ。
ローファル (無言で歩く)
クレティアン 凄腕の始末屋か。お前、足と腕しか狙えないだろう。(笑う)
バルク (言い返して)ここで心臓を狙ってやろうか、兄さんよ? お前が魔法をちんたらと一発撃ってる間に、オレは弾を六発撃てるぜ。
クレティアン 凄腕の始末屋のくせに六発も撃たないと仕留められないのか、可哀想な腕だな――
ローファル やかましいぞ。
バルク おおっと、目付役を怒らせたら大変だ。――しかし、大公を殺そうってのはこれはまた随分と大仰な話じゃないか。次代の国王にもなり得る貴族を葬り去るんだからな。
クレティアン 戦局を攪拌させるのが猊下の狙いだろうか。大公は武器王の称号を持っている。今のところ大公は両獅子勢力、どちらにも与していないが、甚大な戦力を持っているだけあって、危険視もされているのだろう。リオファネス城が落ちれば、戦局も変わろう。いや、予防線か。
ローファル (無言で歩く)
バルク だけど他にも貴族はいるだろうよ。先に獅子どもを始末した方がいいんじゃねえの。たとえばゴルターナ――
クレティアン 黒獅子公は直に教会の者が始末することになっている。
バルク ラーグ――
クレティアン 白獅子公は、既に教会が片付ける手配を済ませている。
バルク それは大層なこった。今のイヴァリースで一番力を持っているのは、誰だと思う? それは教会だ。その教会に栄光に誰よりも貢献しているのがオレたちだ。つまり、オレたちが一番力を持っているということだ。素晴らしいことじゃないか。
クレティアン 残念ながら、民衆は、新しきゾディアックブレイブの連中こそが教会に威光をもたらすと考えている。私達が表舞台に立つことはないだろう。
バルク それが唯一癪に障るが仕方ねえな。あいつらが聖石を一個見つけてくる間にオレは毒を撒いて一旅団を殲滅出来る。考えてみろ、どっちが効率的な――
ローファル (低い声で)お前達、うるさいぞ! いい加減に黙らないか! 私の陰陽術をここで披露しても良いのだぞ。今の身分を忘れたか? 何のためにヴォルマルフ様と別行動をしていると思っている。我々の存在を誰にも悟らせないためだぞ? 分かっているだろうな?
クレティアン もちろんだとも。暗殺者が目立ってはいけない。「私は都市から都市を渡り歩く遍歴の学者。リオファネスの城下町にいる学僧を訪ねに旅をしている」
バルク 「オレはリオファネス城にに仕事を探しに行く建築家」だ。ちなみにロマンダの建築技術に詳しい――おっと、これは事実だぜ。
クレティアン 技師という話ではなかったのか。
バルク どっちでも変わらんよ。同じ職人だ。いっそ機工師を名乗るか。そうすれば素のままでいける。
ローファル 黙――
バルク (ローファルに)大丈夫、アンタも立派に修道僧に見える。どこからどう見ても戒律にうるさい、小言を並べ立てるやかましい僧だ。とても神殿騎士には見えない、大丈夫だ。その格好、随分板に付いているな。
ローファル (無視)
クレティアン (小声で)だがしかし、その僧服の下に鋭い剣を隠し持っているとは――
バルク (小声で)誰も気付くまい――

  

 第五幕 地下書庫。地下一階。
 オーボンヌ修道院の書庫。高低差のある舞台。背面に書架があり、手前に階段。書架に繋がっている。ラムザとウィーグラフが対峙している。お互い手に剣を携えている。

ウィーグラフ (独白)私には夢があった。とても大きな夢だった――。(振り返り、ラムザに)こんなところで会えるとはな! 久しぶりだな、ラムザ! 我々は既に処女宮のクリスタルを回収している。。もはやこの陰鬱な修道院に何らの用はないが、ここでおまえに会ったからには、ミルウーダの仇を取らねばなるまい。(階上に向かって)イズルード! 後は頼んだぞ!
ラムザ おまえはウィーグラフ! 生きていたのか! 何故そこまでして聖石を欲するんだ。あさましいぞ! 
ウィーグラフ ベオルブの御曹司が何をたわけたことを。私はおまえよりずっと物を知っている。世間を知っている。現実を知っている!
ラムザ 僕はもうベオルブの一員でもない――あなたも、世間を知っているというのなら、枢機卿の死も知っているはずだ。あれがただの不幸な死ではなかったことを。聖石は悪魔の石だ。それを知っていてなおも望むとは――あなたもイズルードと同じ様に、何も知らないだけだ――
ウィーグラフ 何だって? 枢機卿がどうしたと? 私が聖石を求めるのは、私がゾディアックブレイブの一員だからだ。おまえに想像出来るか? 私がいかほどの期待と重荷を背負っているか――私たちは何としてでも、聖石を持ち帰らねばならないのだ。ここまで来て聖石を持ち帰らないことは許されない。私は私の義務を果たすまでのこと。
ラムザ 義務! 義務だって! 本心では権力を欲しているくせに、それを体の良い言葉で取り繕っている。偽善だ! あなたは、権力を得るために教会に取り入ったのだ。
ウィーグラフ 私が欲しかったのは権力などではない。だが、権力がなければ理想は実現出来ないという事を知ったからこそ、力を欲したのだ。私は、権力の先にある理想を得ようとしただけのこと。おまえは辛い現実を知りもせず、家名を棄てて逃げ出し、掴めようもない夢を追い求めている。私は辛い現実を知ったからこそ、その悲惨な生活の上に理想の生活を築けるよう、最も堅実な道を選んだのだ。理想は実現しなければ、ただの夢で終わってしまう。だから――
ラムザ 偽善だ、偽善だ! さっきから理想理想と叫んではいるが、具体的に何をしようというんだ。今の支配体制を壊して、そこに新たな支配体制を作るだけのことだろう? その頂点にグレバドス教会があるならば、それは今の王権制度と何ら変わらない! ただ支配者が変わるだけであって、搾取され続ける民の苦しみは全く変わらない! 真の革命家は、旧体制を壊して、そこに新たな価値体系創造する人達だ。彼らはこの世の中に革新の息吹を吹き入れる。あなたの思想や行動は人々の価値観に影響を与え、それは我々貴族の古い慣習にも一石を投じた。だけど――あなたは、もはや革命家でも理想家でもない。ただの教会の犬に成り下がってしまったのだ――
ウィーグラフ 私は――
ラムザ もしあなたが本当に現実を知っているならば――知ろうとしているならば――神の奇跡で民を導こうとは思わないはずだ。本当にそれが出来ると?
ウィーグラフ 出来るさ――民の心は弱い。神の奇跡を願わねば生きていけない程、この世に悲惨で、暗黒に満ちている。私はその暗澹な日々をこの目で見てきた!
ラムザ いくら理想を語ろうとも、教会の犬になり果てたあなたにそれは為し得ない。夢や理想は、誰かの手を借りて実現しても価値が半減してしまう! そうじゃないのか、ウィーグラフ! あなたは、あなたの考えで行動するところに意義があったのだ。ミルウーダやあなたの仲間だった人はたとえその選択しかなかったとしても、今のあなたを残念に思うだろう。
ウィーグラフ 残念に思う? 何も知らないおまえには言われたくないな――ジークデン砦で何もかもを棄てて遁走したおまえには、私の事など分からないだろう――全く! 私の苦労など! 私の仲間が私を哀れむとでも? まさか! 見ろ、奴らは今の私を見て鼻で笑っていることだろう! ――(間)――そうだ、私は、権力を欲したのだ。もはや私はギュスタヴを斬り捨てた過去の私とは決別した。教会の犬と罵られようと、いっこうに構わない。何とでも言え! おまえたちに責められる覚えはない! だが――(呟く)――何故こんなにも惨めなのだ――
ラムザ ――それはあなたが夢を持っているからだ。あなたは誇りを棄てた。それでもあなたは、なおも夢を見続けようとしているからだ――僕はあなたの思想に共感していた。尊敬すら――
ウィーグラフ (剣を抜く)いいや、おまえはありもしない革命家の存在を信じ、その幻想を見ていただけだ! 望みもしない称賛を受け、望みもしない軽蔑を受ける覚えはない! 私は、おまえたちに責められる覚えはない!
ラムザ (剣を構える)
ウィーグラフ (独白)イズルードもいつか私に幻滅し、軽蔑するのだろうか――

  (両者、激しく打ち合う。剣戟の音)

  

 第六場 森。
 夜明け前。オーボンヌ修道院近郊。地面には枯れ木が散乱している。場面中央に廃墟。中でイズルードとアルマが身を潜めている。

イズルード ウィーグラフを置いてきてしまったのが気がかりだ。だが、今更修道院には引き返せない。
アルマ あの人――
イズルード ウィーグラフを知っているのか。
アルマ あの人たちがお金欲しさにティータを攫って、人質にして殺したのよ。
イズルード そんなはずはない! 彼は高潔な騎士だ! 身代金のために誘拐を犯すなんて、そんな卑劣な行動を許すわけがない! そもそも、彼の妹ミルウーダはラムザに殺されたというじゃないか!
アルマ そんなはずはないわ! ラムザ兄さんはベオルブ家の中で一番正しい人よ! 何も考えなしに誰かを殺すような人じゃないのよ!
イズルード 彼だって!

  (二人、沈黙)

アルマ あなた悪いひとね。
イズルード そんなことはないさ。オレたちが目指しているのは、アジョラの唱えた理想郷。誰しもが平等に暮らせる世界だ。家を飛び出したきみの兄貴も同じことを考えているのだろう。どうして教会に刃向かい、我々と対立しようとしているんだ。
アルマ それは兄さんが正義を重んじる人だから。残念でも何でもないけれど、あなたと兄さんは全く違うわ。どうか同じ志を持った人だなんて思わないで。兄さんは、夜中に修道院を襲ったりはしない。
イズルード きみはまだ子供だな。世の中、話せばわかり合える人ばかりじゃないんだ。
アルマ どうやらその通りみたいね。あなたも、私に話すより早く気絶させたしね。(顔を背ける)
イズルード (機嫌を取って)――すまなかった。次は、平穏に話し合える場所で出会いたいね。そうすれば、きみが望む言葉を、好きなだけあげるから――(アルマの手を取る)
アルマ (払いのけて)礼儀を知らない人は嫌いだわ。
イズルード どこにそんな不届き者がいるんだ。そんな男はオレがすぐに始末してくれよう。
アルマ なら私は、どうやって自分が自分を始末するのか楽しみに見ているわ。
イズルード 冗談だって――やれやれ、婦人相手のサーヴィスは気骨が折れるな!
アルマ 頼んでもないご奉仕をしてくださるなんて、世の中には随分とお節介な人がいるものね。それに、私聞いたわよ。あなた、貴族の腐った豚は嫌いだって。
イズルード それは言葉の綾というもの。きみは豚なんかじゃない!
アルマ (怒って)当然よ!
イズルード ただの比喩を――いいや、ややこしくなるからたとえを使って話すのはやめよう。きみは、もっと、ずっときれいなひとだ。
アルマ まあ! あなたは嘘をつく悪いひとね――
イズルード そんなことない――これは嘘ではない――(顔を伏せる)

  (二人、沈黙。互いに伏し目がちに視線を交わす)

イズルード ――(間)――どうやら、悪い魔法に掛けられたようだ。
アルマ 私は傷を癒やす魔法しか使えないの。だけど、(赤面しながら)この傷は私にも癒やせそうにないわ――
イズルード オレだって魔法は使えない。
アルマ じゃあこれは魔法じゃないのね――(二人、キスをする)――いけないことだわ! 魔法でもないのに! こんなこと、恥ずかしくてとても出来ないわ!
イズルード ならば、酒に酔えば良いだけのこと。飲み干そうではないか、恋の杯を――
アルマ 飲みたくないわ。
イズルード 飲ませてあげるよ――(二人、キスをする)――(独白)オレはさっきから何を言っているのだ! 何をしているのだ! 早く聖石を持っていかなければ! ウィーグラフから託されたこの聖石を!
アルマ 悪いひとね。こうやって適当に言いくるめて、私を攫ってあの人たちの元へ連れて行くのでしょう。
イズルード そんなことは――
アルマ そして私を殺すのでしょう。
イズルード そんなことはしない!
アルマ いいえ、きっとするわ。あなたが手を下さなくても、きっとあなたの仲間たちがそうするでしょう。ティータが――私の親友がどういう目に遭ったか、私はよく覚えているわ。利用され、利用する価値さえなくなったら家畜のように殺されるだけ! 兄たちは理想のための革命だ、国のための戦争だと言うけれど、いつだってその皺寄せにされるのは私達底辺の人間よ! 私は貴族で、恵まれた家に生まれ、多くのものを持って暮らしてきたけれど、私はちっとも幸せじゃなかった! 私はベオルブの家に生まれて、生まれたその時から修道院に預けられて、祈りと勉強の他に楽しみはなく、外の世界に出る時は、誰か兄たちが見つけてきた人と結婚する時なのよ。私は、私の生まれたこの時代が好きよ――だけど、この世に生まれた時から、その人生を呪わなければいけない人たちもいるのよ。あなたたちはそういう人を踏み台にして、新しい世界を築こうとしているのよ。あなた、地に這って暮らす人々の――修道院から出ることさえ出来ないような人々の――涙に気付いたことがある? (泣く)
イズルード アルマ――(抱きしめる)
アルマ (抱き付く)お願い、私をあの人たちの元へ連れて行かないで、せめて一人でこのまま行かせて。このまま誰かに人質にされ、利用され、何をすることもなくただ殺されるのはたまらなく嫌! 私は誰のものでも無い、私の人生を生きたいの。
イズルード (独白)どうすれば良いんだ。ベオルブの娘を連れてこいとの父の命令だ。オレ一人ではとても判断出来ない。父の命令ということは、即ち教皇猊下の命令でもある。このまま、彼女を行かせたら、命令に盛大に反することになる。宣誓不履行だ。騎士の名折れだ。民衆の期待を裏切る。オレはこのゾディアックブレイブの称号をたった数日で手放すのか? こんな形で――それに、瀕死のウィーグラフから聖石を託されたというのに、その信頼をも裏切るのか? 彼女のために? それとも、彼女をこのまま行かせるべきなのか?
アルマ (抱き付いたまま)お願い――
イズルード (続けて)だが今ここで、このひとを手放したらおそらく、二度と会えない――
アルマ (そのまま)よく考えてみて、あなはきっと真面目で誠実な騎士だわ、イズルード。あなたは今すぐ教会から手を引いて足を洗うべきよ。兄さんは、聖石を見てこういったの。悪魔の石と。兄さんは枢機卿が聖石に魂を吸われたと言っていたわ。だって、ライオネル城の惨状を聞いた? 死体はどれもひどい圧死だったそうよ。枢機卿は病死したんじゃないわ。聖石の呼び出した悪魔に殺されたのよ――恐ろしい力だわ。教会は神殿騎士団に聖石を集めさせているけれど、それは何のためだか考えたことがある? あなたは何も知らされていないだけよ。いずれ真実を知ったら、きっとあなたは兄さんと同じ決断をするわ。きっと! だから早く、手遅れになる前に、その剣を棄てて――!
イズルード (アルマを離して)オレが教会を棄てるだって! (独白)――どうして殉教でなく背教をしなければならないんだ! おぞましい! オレはずっと教会に忠誠を誓って、神殿騎士として誇りを持って生きてきた。その誓いの剣をどうして、いとも容易く棄てられようか。そんなことは絶対にありない!
アルマ どうして黙っているの。あなたはきっと、自分で考えて、自分で選択をしたことがないでしょうね――だからこうして修道院を襲撃して聖石を強奪――その聖石は王女様のものなのよ――したんだわ。兄さんだって、かつてはそうだったの。でも、兄さんは、自分で自分の道を選んだのよ。全てを棄てて逃げ出すという選択を。名前を棄て、騎士の剣も持たず、仲間と道を違い、異端者の烙印を押され、それでも兄さんは自分の正しいと思う道を歩んでいるわ! 教会がイヴァリースを戦乱に陥らせ、裏で手を引いていると知っているのよ。だから、全てを敵にまわしてでも、教皇の陰謀を阻止しようと――
イズルード それは事実ではない! グレバドス教会が、そんなことをするはずがない! するはずがない!
アルマ 兄さんはその目で真実を見てきたのよ! 私は、あなたにそんなことをして欲しくないのよ。あなたはきっと悪いひとじゃないもの――
イズルード (独白)この剣を決して手放すものか! この忠誠を決して破るものか――全てを棄てて敗走することなど出来るものか――
アルマ 夜が明けたら、誰かに見つかるわ。それまでに行かないと。あなたが本当に求めているのは平等の世を築くことでしょう? それとも神の国の名前が欲しいだけ? 
イズルード (沈黙)
アルマ あなたが名誉のためだけに生きるのではない、本当の騎士なら――
イズルード (無言で腰の剣に手を掛ける)
アルマ (黙って見詰める)

  (イズルード、震えながら剣を地面に置く)

イズルード (静かに)――一緒に行こうか。
アルマ やっぱり一人では行かせてくれないのね。
イズルード 父の元へは連れて行かない。
アルマ じゃあ兄さんの元へ連れて行ってくれるの。急がないと、もう日が昇ってる。もし誰かに見つかったら――
イズルード 兄貴の元へも返さない。(キスして)一緒に逃げようか。そして世界の涯を見にいこうか。そしてその先にある永遠の夜の国へ。まぶしい光でなく、穏やかな暗闇が住まう憩いの国へ――(再びキス)
アルマ 私を攫おうっていうのね。ああ、あなたはやっぱり悪いひとだったわ――とても――

  (アルマ、タウロスとスコーピオをイズルードに手渡す。イズルード、それを丁重に受けとる。突如、暗転。襲撃の物音)

  

 

  

>第三幕

  

誇りを失った騎士:第一幕

.

  

  
誇りを失った騎士

  

四幕のドラマ
Inside the Kaleidscope―Seven Knights of Mullonde

  

  

――被造物の外なる神
汝の力の及びえざる所へ行け、
汝の見えざる所で見よ。
何らの音なく何ものも響かざる所で聴け
かくして、汝は神の語りかける場に在るであろう

Angelus Silesius :
Cherubinischer Wandersmann I ,
tr. Matsuyama Yasukuni

  

登場人物
イズルード・ティンジェル ミュロンドの若き騎士
メリアドール その姉、ミュロンドの騎士
ヴォルマルフ その父、ミュロンドの神殿騎士団を統べる長
ウィーグラフ ミュロンドの騎士、元革命家
ローファル ヴォルマルフの部下、ミュロンドの騎士、剣の使い手
クレティアン ヴォルマルフの部下、ミュロンドの騎士、魔法の使い手
バルク ヴォルマルフの部下、ミュロンドの騎士、銃の使い手
アルマ・ベオルブ 名門貴族の長女
ラムザ その兄、家名を捨てた剣士
シモン オーボンヌ修道院院長、神学者
ゲルカニラス・バリンテン フォボハム領領主、武器王[大公]
マラーク・ガルテナーハ 暗殺集団[カミュジャ]の一員、魔道士
ラファ その妹、魔道士

その他、ランベリー領主[侯爵]、従者、貴族など
舞台は獅子戦争中期の畏国、ライオネル・ルザリア・フォボハム領の各都市

  

第一幕

 第一場 ミュロンドの城館。階下の一室。
 夕方。薄暗い部屋。室内に装飾はなく、質素な作り。壁に空けられた明かり窓からうっすらと夕日が差し込む。室内では姉弟が談笑している。イズルードは床に座り、メリアドールが椅子に腰掛けて話し込んでいる。

メリアドール 教皇猊下からゾディアックブレイブに選んでいただけるなんて、それはそれは名誉なことよ。イズルード、どうしてお前はそう素直に喜べないの。
イズルード そりゃ姉さんは嬉しいだろうけれど、だけど――
メリアドール だけど、何? ちゃんとおっしゃいなさいな。何が不満なの。
イズルード 不満だって!? オレだって栄誉ある称号を頂いてこの上なく嬉しい。今にも宙に飛び上って舞いたいくらいだ。人の話を最後まで聞かないで思い込みで話しをするのは姉さんの――
メリアドール まあまあ、姉に向かって説教をするのね!
イズルード またそうやって! オレの話を最後まで聞いてくれよ。誤解されたくないんだ。
メリアドール いいわよ 、聞きましょう、(座り直して)私が思い込みの激しい勘違い女だと誤解されないように。
イズルード (軽く咳払いをして)猊下から、ゾディアックブレイブに選んでいただけたと聞いた時は、正直この耳を疑ったよ。それは本当のことかと従者に何度も、何度も聞き返して煙たがられた程さ。なぜかって、ゾディアックブレイブはアジョラの弟子の称号、生きたまま聖アジョラの弟子の名誉に与れるのだから! 本当に――神に感謝――嬉しいよ。
メリアドール (相槌を打って弟の話に耳を傾けている)
イズルード だけど、一瞬の歓喜のあとでとてつもない不安に襲われたんだ。ミュロンドの勇士たちは民衆の期待と羨望を一身に集める騎士の誉れ。民は教会に諸侯の争いの調停を望んでいる。民衆は勇士らを鳩の翼を持った 和平の使いとはなから信じている。まったく人々はオレたちを聖人か士師を迎えるごとき目で見ている。
メリアドール 良いことでないの。信徒の希望を集めることは猊下もお望みよ。
イズルード オレには荷が重すぎるよ。
メリアドール 謙遜がすぎるわ。この大任に選ばれたことは、我が世に神の国を築くための思し召しだったのかもしれないわ。
イズルード いくら理想があっても、いや、理想ばかりが先走りして、オレにはそれを実現する手立てがないんだ。姉さんには分からないよ。姉さんは、だってもう、その働きが認められて、既に猊下から宝剣セイブザクィーンを戴いているじゃないか。父上やローファルと揃いの物だ。それに姉さんは元々華やかで、社交的で、先輩の騎士たちの間でも毅然と立ち 振る舞いが出来る。そういう人なんだ。ウィーグラフだって! ガリオンヌの指導者で、人々に慕われ、そして彼らを導いてイヴァリースに勝利をもたらした人だ。それに比べてオレには誇れる経歴が何もない! 
メリアドール 確かに謙虚さは騎士の美徳の一つよ。だけど、時には己に矜持を持つことも必要ね。
イズルード 聖石をもらって、称号をもらって、いくら立派に着飾ったといっても、オレはまだ経歴のない若者にすぎない。どんな顔をして人々の前に立って、どんな言葉を話せばいいんだ。父の後ろに立って、所詮は騎士団長の盾持ちと揶揄されるのは嫌だ。
メリアドール 簡単なことよ。背筋を伸ばして、堂々と歩くのよ。飾ることなく、でも慈愛の心を持って話すのよ。ミュロンドの騎士が輝くのは、決してその聖なる神器のためだけじゃないのよ。尊厳とは着飾って与えられるものではない。真に美しく正しい威厳とは、衣の内より輝きあふれるもの。権力を身に帯び、支配のための剣を腰に帯びようとする者は真の騎士とは呼べないわ。たとえ衣でその偽を隠そうとも、おのずとその言葉、その立ち振る舞いに現れるもの。私達ミュロンドの騎士は、清貧と誠実を尊び、信仰を腰に帯び、正義をその身に帯びる者。その不断の努力と鍛錬によって、信頼と尊厳を得たのよ。勇士らは民を導き、指導者となり、ミュロンドの騎士の誉れとなるのよ。恥じることは何一つないわ。
イズルード だからこそ、名誉ある称号だからこそ、しかるべき人に賦与されるべきだとも思ったんだ。
メリアドール ああ駄目よ、だめ! そんなこと考えないで! でもおまえは、いい子ね、やさしい子ね。おまえは私の弟。可愛い私の弟。手を取り合って一緒にこの道を歩いてゆきましょう――一緒に、私たちの務めを果たすのよ。
  
  (メリアドール、イズルードを抱きしめる)

イズルード オレも愛しているよ――。心の許せるたった一人の家族だ。
メリアドール (笑って)それではまるで父の前だと心許せないとでも言いたげね。
イズルード 父は厳しい人だから――
メリアドール ローファルも父と同じくらい厳格だわ。私にはね。
イズルード 思うに、どうしてローファルが聖石をもらわなかったのかを不思議に思うよ。オレみたいな若造に称号を与えるより、彼が聖石を持つ方が威厳があって、よっぽど教会への威信が高まる。
メリアドール おまえだってあと二十年も生きていれば、髭も生えておのずと威厳も出てくるものよ。
イズルード その前に姉さんの方が威厳あふれる恐ろしい女騎士になりそうだ。
メリアドール なんですって?
イズルード 何でもないよ。ただの独り言だ。
メリアドール 独り言は人に聞かれないように小声で話すものよ! (小声で)そうそう、ここだけの話――これは誰にも言っちゃだめよ――ローファルも聖石を持っていたのよ。
イズルード 何だって!?
メリアドール しっ! 静かに! 誰が外で聞いているんだか分からないんだから! ――そう、誰にも公表していないけれど、カプリコーンをローファルは持っていたの。
イズルード どうして公表しない?
メリアドール 公表する前に他の人の手に渡ったからよ。
イズルード 誰に?
メリアドール ダイスダーグ卿。親愛と友和の証に私達の聖石をベオルブ家に贈ったらしいの。(呟く)私には、父と卿がとても友和を結べるとは思えないけれど、父のすることだから、きっと何か考えがあるのでしょうね。

  (夕課を告げる鐘の音が外から聞こえる)

メリアドール (続けて)あら大変、礼拝に遅れてしまうわ。急がないと。さ、一緒に行きましょう。(念を押して)イズルード、今話したことは絶対に他の人に漏らしてはだめよ。(退場)
イズルード (独白)ダイスダーグ卿だって! これは驚いたな! ダイスダーグ・ベオルブ! ベオルブ家の棟梁じゃないか。父は一体何を考えているんだ――(姉の後を追って退場)

  

 第二場 ミュロンドの城館。廊下。
 夕方。天井の低い石造りの廊下。片方は礼拝堂に繋がる。
 イズルード、メリアドール、遅れてクレティアン登場。

メリアドール お前はいつも何をお祈りしているの。
イズルード 友のため、家族のため、兄弟たちのため。彼らの平安と神の国の実現。
メリアドール それは高い志ね。
イズルード 種は蒔かなければ芽が出ない。種には水をやらねば芽が出ない。しかるべきところに蒔かねば芽が出ない。成果を得るにそれ相応の努力は付き物だ。地を耕し、水をやらねば作物は育たないのだから。そして理想の実現は神の加護あってこそ――野の物を育てるのは最終的には神の恩物[光]あってこそ。
メリアドール それでは、しっかりお祈りいたしましょう。

  (クレティアン廊下の反対側より登場)

メリアドール あら、ドロワさま、こんなところでお会いするなんて。ご機嫌よう。
クレティアン おやおや、こんなところで。これから何処へ。
メリアドール 外の鐘の音が聞こえませんか。一日の終わりに、しかるべき方に、しかるべき感謝をするために。
イズルード 夕べのつとめに。
クレティアン それは関心なことだ。常に神への感謝を忘れないのはミュロンドの騎士の美徳の一つだ。
メリアドール それはもちろん、先輩方が常に私たちに手本となる道を示してくださるからです。貴方がたの良き振る舞いがあるからこそ、私たちもこうして道を外れることなく歩いてゆけるのです。
クレティアン やはり、父の背中を見て育っただけあるな。あの団長にしてこの娘。よく父君に似ている。
メリアドール 父は私の最も尊敬する騎士の一人です――もちろん、ヴォドリング師も。この度に私たちをゾディアックブレイブに推薦してくださったのも、ヴォドリング師のとりなしあってのこととお聞きしました。
クレティアン そうだな、存分に感謝したまえよ。
メリアドール 聖石の拝領、光栄の限りです。弟もこのように感謝しております――(弟をうながす)
イズルード (頭を下げる)
メリアドール いくら言葉を費やしても感謝し尽くせませんわ。それに師には剣術のお世話にもなっていますもの。良き師に恵まれ、私も今や剛剣使い。
イズルード 姉の壊した剣は数しれず。姉の壊した鎧は――
メリアドール イズルード! おだまりなさい!
クレティアン ローファルは、それはそれはお前のことを高く評価していたよ。先だっても、さっそくお前たちが猊下に認められたと聞いて我が事のように喜んでいた。私だって、猊下に劣らずお前のことを認めている。
メリアドール まあ、お戯れをおっしゃらないで。王都の秀才と称えられた騎士さまからそんな言葉が出るなんて。一度にそんなにたくさんのお褒めの言葉はいただけません。
クレティアン いいや決して戯言などではないぞ。全て真の言葉だ。それに王都の秀才などと、誰がそんなことを言ったか。所詮はただの噂だ。
メリアドール あら、でも事実でしょう。同じ騎士団の同じ兄弟の仲なのですから、こんなところで謙遜をなさらないで。ガリオンヌの学庭ではさぞ優秀な成績を修めていたとか。気の弱い教授を言い負かしていたとか。
クレティアン 噂は噂。何事も大げさに伝わるというもの。
メリアドール 火のないところに煙は立ちません。
クレティアン (笑う)だがしかし、こんなちっぽけな田舎じみた島までその煙が届くとはまったく驚きだな! メリアドール! 相変わらず口が達者だな!

  (外で鐘の音が響く)

メリアドール そろそろ、私も、礼拝堂で沈黙を守りに行くべきですわ。(立ち去ろうとする)
クレティアン その口から紡ぎだされる美しい言葉を隣で聞きたいと思う騎士連中はさぞ多いことだろう。
メリアドール (立ち止まる、しばし黙って)沈黙に勝る金言はありません。祈りの場で華やいだ言葉など不用の長物。私にはファーラムの一言さえあれば結構ですの。
クレティアン それは至極もったいないことだ。宝石も磨かずば光るまい。
メリアドール この世で輝く宝玉はただ聖石のみ。それは神の器、クリスタルにこそふさわしい言葉です。
クレティアン ならば聖石を携えた騎士はより一層光り輝くものだな。たとえ厚い衣を身に纏い、頭巾を被っても、その輝きは隠せぬもの。夕闇に輝く月のような輝きを内に湛えながらも、それを隠せよとはつくづく神は罪なお方だ。
メリアドール 神に苦言を呈してはいけませんわ。私は神を讃えます。
クレティアン 被造物の賞讃はそのまま神の賞讃に繋がるのだよ。時にメリアドール、Y――から聞いたが、お前は髪を随分伸ばしていると、金の――
メリアドール 私は神を讃えます。女の素顔を覗き見することが許されるのはその伴侶のみ。生涯に伴侶はただ一人――ただ一人だけですわよ。
クレティアン つまり、少なくともその幸運にあずかれる男が一人はいるということだな。
メリアドール つまり、アジョラ様だけです。ファーラム。
クレティアン 御旨のままに、ファーラム。

  (外、再び鐘の音)

クレティアン おっと、時間をとりすぎたな、私はこれで失礼。(足早に退場)
メリアドール (見送って)あら、そちらは礼拝堂とは真逆の方向だわ。礼拝の時間も惜しんで勉強なんて、関心ですわね。(間)――ああ、鬱陶しい人! なんて失礼な男!
イズルード 姉さん、早く行こう。
メリアドール (独白)どうして挨拶の一つもできないのかしら。まるで礼儀がなってないわ。ああ嫌な人! ゾディアックブレイブに任命された事だって、ローファルを見習って、どうしておめでとうの一言でも言えないのかしら。褒めそやされることにしか慣れていないのね。おめでたい人! 何度私に頭を下げさせれば気が済むのよ! 少しは書物から顔を上げて外の景色に気を回しなさい! まるでそれが当然のことだと思ってでもいるんだわ。敬われて当然と振る舞えるその神経が信じられないわ。あんな人が父の傍に控えているなんて、年配者として頭を下げなければいけないなんて! 思い上がりのすぎた人ほど醜い者はないわね。まったく自惚れがすぎるわよ、クレティアン!
イズルード さあ早く――礼拝堂に――
メリアドール (続けて)それに、平然と礼拝をすっぽかすなんて、随分といい度胸ね。いくら騎士の礼拝免除があるといっても、謙虚さが足りない! 少しは弟を見習ったらどうなの。いくら優雅に言葉を取り繕っても行動が伴わなければ意味がないのよ。ああそれに、猊下の御座すミュロンド を田舎じみた島ですって? なんて傲慢な人なんでしょう! さぞ都の豪勢な暮らしに慣れきっているのでしょうね。剣を置いてそのままルザリアに帰ってもいいのよ。あんな男、騎士の風上にも置きたくないわ。私を父の娘扱いして――それは事実だけど――私は私の努力を積んでこの宝剣[セイブザクィーン]を手にしたのよ。着飾り、見せびらかすために聖石をいただいたんじゃないのよ。それにいつも私をティンジェルの娘扱い! 私だって同じミュロンドの騎士なのよ! 失礼にも程があるわ! ああ身体を覆う鉄の鎧があれば――いいわよ、私だって女だもの、美しく着飾って、香水を纏って、存分に女として羽ばたくわ。だけど、私は鉄の鎧をも打ち壊すこの剣をも持っているのよ――ああ身体を覆う鉄の鎧があれば!
イズルード ごねてないで――
メリアドール (続けて)女は男に愛されるのが至高の喜びとでも愚かな男どもは思っているのでしょうね。浅はかな考えだわ。どうして同じ神殿騎士にあんな物言いが出来るのかしら! 父の部下じゃなかったらひっぱたいてやりたいわ。信仰に篤い、アカデミーを首席で出た良い人だと聞いていたのに、がっかりだわ。せいぜい父の後ろにくっついておとなしく言うことを聞いていればいいわ。今度失礼な発言をしたらその時は容赦なく剣を――
イズルード いいから早く!(姉の手をひいて退場)

  

 第三場 聖ミュロンド寺院。前庭。
 外でヒバリが鳴く。朝日が建物の隙間から差し込む。舞台中央に泉。左手が身廊に繋がり、建物奥には祭壇が見える。
 イズルード、ウィーグラフ。

イズルード (興奮して)ウィーグラフ、あれを見たか。
ウィーグラフ 何だ。
イズルード あれだよ、あれ。あの美しい、あれを見た時オレは――
ウィーグラフ おまえの話は具体性に欠けている。分かるように話せ! どうした! (呟く)――さすがは姉弟。 
イズルード あの聖石を! パイシーズ! オレは今さっき、礼拝堂に安置されているあの聖遺物を初めてこの目で見てきた。なんと美しいのだろう。なんと純真な輝きをしているのだろう。
ウィーグラフ そうか、双魚宮――私はてっきりおまえに好い人でも出来たのかと。何なら、その聖石をそのまま抱いて連れて帰ってもよかったのだぞ。もうあれはミュロンドの勇士なるおまえの所有物。いつまでも御堂に飾りあそばすものでもあるまい。
イズルード いや、あれは来歴正しき教会の神器。大事あってはと思うと、そう手軽に身に帯びるわけにもいかない。それにしてもあの妙なる輝き! (恍惚とした表情で)やっとオレはゾディアックブレイブに選ばれたのだと実感できたよ。 
ウィーグラフ (呟く)これはそうとう惚れ込んでいるな。
イズルード (礼拝堂を見上げて)今日も多くの信徒らがあの神器を一目見ようと、その加護にあずかろうと訪ねてきている。教会への信頼と信仰が日ごと夜ごと増していくのを感じるよ。嬉しいことだ。
ウィーグラフ ここの信徒は聖石を見たことがないのか。
イズルード そりゃあ、聖石は神の器だから――常日頃から見られるものではないだろう。違うのか。
ウィーグラフ 私はガリオンヌで腐るほど聖石を見てきた。
イズルード (驚く)なんだって!
ウィーグラフ おまえも知っているだろう。彼の地で疫病が猛威を振るったことは。
イズルード 噂には。
ウィーグラフ あれはひどい疫病だったぞ。ガリオンヌのどこの町でも――私の故郷でも――おそらく同じ光景が繰り広げられていたと私は確信するが、最初はただの流行り病だった。ある日、町で死人が一人出た。次の日には三人出た。村人は悪い風が流行っていると思っていた。その次の日には十人死んだ。やがて村人は恐れだした。これは何かたちの悪い病気だと気付きだした。最初は屍体は丁寧に布でくるんで埋葬されていた。だがやがて屍体も埋葬すらされず、そ こら中に放置されるようになった。何故か? 簡単なことだ。僧侶が逃げ、墓掘り人が死に、誰も死人に構う暇がなくなったからだ。城下町ですら壊滅的だった。況や農村は。(溜息をつく)
イズルード (沈黙)
ウィーグラフ 町から逃げ出す者も居たが、彼らの末路は想像しない方が良いだろう。黒死病が出た町から来た旅人は、別の町の境界をまたぐ前にその場で打ち殺されていた。奴らが病を持ち込み、平和な町を乱すのだと皆信じていたから。
イズルード (沈黙)
ウィーグラフ いつだったか、町を訪れた苦行僧の一団がこういった。これは肉体の病でなく魂の病である。病める身体には薬草を、病める魂には正しき信仰を――と。彼らはあるものを持ってきた。彼らが携え持ってきたのは聖石だった。これに触れよ、さすれば病は疾く癒えん――と。
イズルード  それは本当か!
ウィーグラフ それが擬い物かどうかは私には分からなかった。聖遺物の真贋の判断など地に這うように暮らす人には到底不可能だ。私にはそれが――ただの石に見えた。
イズルード 偽りならばそれは教会の名を騙る不埒な輩! 断じて許してはおけない!
ウィーグラフ まあ、待て。そう急くな。(呟く)――さすがは姉弟。そう、私にはただの石ころに見えたよ。だがしかし、私には、あのアリエスとて、ただの石に見えてしまうのだよ――
イズルード (信じられないといった素振りで)ウィーグラフ――アンタは――
ウィーグラフ ああ、言わなくても分かる。言いたいことは分かるぞ、大丈夫だ。私をあのおぞましい無神論者の輩と一緒にはしてくれるな。私にだって尊きものを敬う畏敬の念はあるさ。いかなる自然物にも神の御業は宿るもの。信仰あらばこそ、奇跡は起きるもの。見たまえ、私がこうして黒死病の渦中から、こうして生還できたのは何故か、それは人の業では与り知れぬこと。――イズルード、この意味が分かるな?
イズルード なべて奇跡は神の業なるもの。
ウィーグラフ そう、そうだ。そういうことだ――神に感謝――ああ、ミルウーダにも。愛しい我が妹よ!
イズルード ミルウーダとは一体?
ウィーグラフ そうか、まだ話していなかったか。私の妹だ。私が騎士に志願して故郷を離れている間、随分と苦労を掛けてしまった。両親亡き後の、たった一人の家族だ。いつか楽をさせてやろうと思えど、暮らしは貧苦にあえぐばかり、いつか――いつか楽を――と思ううちに戦死した。(小声で)――あの豚どもが――ミルウーダ! 今でも愛しているぞ!
イズルード (うつむいて)それは気の毒に。ファーラム! どんな人だったんだ。
ウィーグラフ おまえの姉君に少し似ている。
イズルード それは、恐ろしいな。(もっともらしく頷きながら)昨日も、姉さんは機嫌が悪かった。あのクレティアンの首の皮をねじ切っても良いとひとしきりオレに愚痴をこぼしていたよ。
ウィーグラフ 我の強い者どうし気が合わないのだろう。あれがどうなろうと私の知ったことではないが、同輩の誼だ。せめて奴の首の皮がつながっているよう祈っておいてやろう。
イズルード ――ところで、アンタはガリオンヌの生まれというならば、ベオルブ家のダイスダーグ卿のことを知っているか?
ウィーグラフ 知るも知らぬも、ガリオンヌで生まれて剣を持って育ったならば、その名前は嫌でも耳に入るもの。
イズルード どんな人なんだ?
ウィーグラフ 髭が生えている。
イズルード そうじゃなくて。
ウィーグラフ 案外猫背だった。
イズルード そうじゃなくて!
ウィーグラフ 想像よりずっと人相が悪い。
イズルード (怒って)ウィーグラフ!
ウィーグラフ はは、そう怒るな。だが、人相が悪いのは想像に難くないだろう。何せ、黒い噂がごまんと立っているのだからな!
イズルード 父とは気が合うだろうか。
ウィーグラフ ダイスダーグ卿とヴォルマルフ団長がか? 悪いが全く想像できんな。――いや、でも、もしかしたら――いや、団長の名誉のために、これ以上は言うまい。しかし、突然どうしたのだ。何故 ここでベオルブの名前が出てくる。頼むから私の前でその忌まわしい名前を――ああ、ミルウーダ!――出さないでほしい!
イズルード (慌てて)気を悪くさせたのなら、すまない。
ウィーグラフ 腐った豚どもめ!
イズルード 豚だって?(首をかしげる)
ウィーグラフ ああそうだ。豚と言ったんだ。貴族連中は搾取することに慣れきっている。領地で働く平民は体よく家畜扱いだ。食わなければ生けていけないというのに、耕す者らはは家畜。汚い小屋に放り込まれ、顧みられることもなく、働かされ、己が肉を食卓に提供し続けるのだ。貴族連中は農民を平気で蔑む。家畜扱いだ。だが、人は己の嫌う人種を蔑視することしか出来ぬ哀れな存在だ。奴らが我々を家畜と呼ぶ間、我々は奴らをまるで醜い腐った豚と罵倒しているのだ。イズルード、覚えておけ、あの青い血[貴族]の連中をわざわざ貴き人種などと呼ぶなよ! 奪い取ることにしか快楽を見いだせない、芯から腐った醜い存在――ただの豚だ!
イズルード ベオルブの連中も、つまり、(言いよどんで)――腐った――豚だと?
ウィーグラフ まったくそうだ。あの一族の中で唯一尊敬に足るのはまあ、あの将軍[ザルバッグ]だけだな。あの人はベオルブの良心だ。そうだ、あそこにも若い小僧がいたな。確かお前と同じ年頃だったか。だが、神に誓っても良いが、あの腐ったベオルブ家の連中より――ザルバッグ将軍よりもだ――おまえの方がずっと良い騎士になる。気位ばかり高い連中とは比べものにならないほどの資質を持っているよ、イズルード。
イズルード (顔を上げて)本当か! ――その言葉、もう一度言ってはくれないか――
ウィーグラフ ベオルブ家は腐った豚ッ!
イズルード そこではなく!
ウィーグラフ これではないのか。そうか。――イズルードよ、おまえはいずれ騎士の鑑となるに足る人物だ――これで満足か。
イズルード ああ! その言葉、信じても良いのか――
ウィーグラフ 私とて、名誉を重んずる騎士。嘘偽りは語るまい。
イズルード なんという嬉しさ。なんという幸せ。アンタの口から、そう言ってもらえるなんて。感激の極みだ。
ウィーグラフ ハハハ! 私を褒めたところで褒美など出ないぞ! 何せ私は生まれ卑しい貧しき身。それに私はただ事実を言っただけだ。
イズルード 事実だって! (喜ぶ)
ウィーグラフ 何をそんなに喜ぶのだ。 
イズルード 分からないか。それは、つまり、オレは、アンタのことを――察してくれよ!――とても尊敬しているんだ、ウィーグラフ!
ウィーグラフ おい、イズルード、理想を高く見すぎるなよ。私はそのような――
イズルード 初めてアンタの噂を聞いた時、オレはまだ見習いだった。ザルバッグ将軍がイヴァリースを勝利に導き、ガリオンヌの雄として名を上げていた。オルダリーアを撃退して、ランベリーを奪還し、栄冠を勝ち取った将軍はとても輝いて見えた。オレはとても感動していた。いつかそんな名声に与れたら――と夢想だにしていた。だけど、その将軍の傍らに、同じ志を持って戦地に臨んだ剣士が多く居たと聞いた。彼らは祖国に貢献しようと、自らの意志で戦いに志願し、戦地に赴いた。彼らが望んだものはただ祖国の勝利。名声を望まず、利を求めず、将軍の名の影で、密かに、だが偉大な戦いに従事していた。オレは確信している。イヴァリースの勝利は彼らの働きなしには為し得なかったと! 彼らは疫病に死したる屍の上に立ち上がった義勇兵、彼らは骸旅団! (高らかに)彼らを率いた指導者、ウィーグラフ・フォルズ!
ウィーグラフ (続けて)――尊敬に値する人物では――
イズルード 彼らは確かにイヴァリースの勝利に貢献した。だが悲しいことに、彼らは全く顧みられなかった。誰も彼らの功績を称えなかった。誰も彼らの働きに報いなかった。それどころか、卑しき盗賊として蔑まれる始末。ウィーグラフ! オレはアンタが貴族に追われ、騎士団を追放され、見捨てられてきた事を知っている。だけど、アンタは今もこうして落ちぶれることなく、教会の名誉のために働いている。報復の心でなく、信仰の心をもって名誉を保っている! 騎士の理想だ! 
ウィーグラフ (続けて)――決して私は――(しばし沈黙、呟いて)――だが、こうやって誰かから一心に慕われ、好いてもらうのも悪い気はしないな。(二人退場)

  

 第四場 ミュロンドの城館。執務室。
 昼。天井の低い一室。長い机が置かれ、ヴォルマルフが椅子に腰掛けて机に向かっている。壁には毛織りのタペストリーが飾られている。机の上と壁の燭台には火が灯されているが、部屋はやや暗い。書き物をしているヴォルマルフの傍にローファルが控える。しばらくして、ウィーグラフが扉を開けて登場。

ウィーグラフ お呼びですか、ヴォルマルフ様。何かご用でしょうか。
ヴォルマルフ 用がなければ呼びはせぬ。用があるから呼んだのだ。分かりきった挨拶など煩雑なだけ。ここでは礼儀など不要だ。
ウィーグラフ では、用件を伺いましょう。私も貴方も気が短いようですから、どうぞ手短に。
ヴォルマルフ 物わかりが良いな。ならばさっさと話そう。聖石を探し、ミュロンドへ持ち帰るのだ。
ウィーグラフ それは要領を得ませんね。いくら聖石が不滅の輝きを有しているといえども、それではまるで砂漠で金を探すのと同じこと。私にはそんな気の長いことは到底出来ませぬ。誰か他の者をお使いください。
ヴォルマルフ 待て、貴様が手短に話せといったから端折って伝えたまでのこと。これは斯様な無謀な計画ではない。つまりこれは――ええい面倒だな、ローファル、詳しく話して伝えろ。
ローファル では私から。貴方はオーボンヌ修道院に聖石があるのは勿論知っていますね?
ウィーグラフ (頷く)
ローファル ならば話が早い。その聖石をミュロンドへ持ち帰ってきて欲しいのです。ただそれだけの事です。
ウィーグラフ ふむ。しかし、修道院の聖石は修道院の所持するものでしょう。
ヴォルマルフ 聖石は秘蹟を行う神器。元はといえば、聖石はアジョラが集めたものだ。所有権は我々グレバドス教会にある。それが正統なる持ち主の元へ返るだけのこと。
ウィーグラフ ふむ。しかし、オーボンヌ修道院はグレバドス教会の直轄では。
ヴォルマルフ 貴様は阿呆か。少しは頭を回したらどうだ。いいか、私は短気だと言っただろう――
ローファル (ヴォルマルフを制して)あそこの聖石は、アジョラの手を離れた後は、代々アトカーシャ王家が所持しています。王位継承と共に、聖石も継承されてきたのです。オーボンヌ修道院に王女が預けられた時、同時に聖石も修道院に預けられたのです。
ウィーグラフ ああ、分かった。そうか、そうか。つまり、私が盗んでくるのはグレバドス教会の聖石ではなく、王家の聖石であるということですね。王家の石を盗ってくるとは、これは王室へのこの上ない当てつけになりましょう。ははあ、この不毛な王位継承戦争において、我々教会が優位に立っているのをこんな回りくどいやり方で示す訳ですね。これは明確な意思表示だ。なるほど、これは汚いやり方だ。
ヴォルマルフ 貴様は王党派なのか、教会の支持者なのか、どっちなのだ。言葉は正しく使いたまえ。正確には、アジョラ・グレバドスの持っていた聖石をアトカーシャの連中が奪い、それを我々グレバドスの徒の元に返してもらう――ということだ。王族嫌悪の元革命家には容易い事だろう。
ウィーグラフ ヴォルマルフ様はどうやら私どもの事を誤解されているようですね。私ども革命家は打倒貴族を掲げて活動をしておりますが、そこには次の世代に良き生活を残そうという清く正しき思想があってのことです。手当たり次第に野卑な暴力に訴えるテロリストの類とは――間違っても一緒にされたくはないのです! 彼らは何を考えることなく、掠奪と破壊とを繰り返します。理想を奉ずることのない、獣の本性を持った輩です。――間違っても――
ヴォルマルフ 御託は結構。それ以上並べんでもよい。私が聞きたいのは、オーボンヌから聖石を持ち帰れるのかどうか、それだけだ。
ウィーグラフ それは――
ヴォルマルフ 出来ぬのか。これでは聖剣技を使える貴様をわざわざ拾ってきたローファルの苦労が報われまい。我々は貴様に異端者の烙印を押して黒珊瑚海に放り込むことも簡単だ。そうだろう、ローファル?
ローファル それは私には答えかねます。フォルズ殿、早く決断をなされよ。私は貴方にこう言った、我々を利用しても良いと。その言葉に二言はありません。思う存分に利用しなさい。だが、それはつまり我々も貴方を存分に利用したいとのこと。貴方も知っているでしょう。この騎士団で、その聖剣技がどれほど珍重されているかを。
ウィーグラフ それはつまり、剛剣が役に立たぬと認めたようなものですね。その言葉、賛辞と受けとりましょう。
ヴォルマルフ (ウィーグラフに)貴様! (ローファルに)おまえも少しは言葉を選べ!
ローファル さあ、早く答えを。そのような素晴らしき剣技を持ちながら、何故もてあますのです。それとも――此の期に及んで、修道院の僧侶相手に剣を揮うのが嫌とでもお思いですか。私達が、あまりに世俗の浅ましい政治に手を出しすぎているとお考えですか。ならばお話ししましょう。これは決してイヴァリースの覇権を取りたいという卑近な野望から成る仕事ではないのですよ。貴殿は、先つ方、ゾディアックブレイブに任命されました。これは疑いなく事実です。あなたもその称号を喜んでいる――でしょうね? ――この仕事はその称号に大きく関わることです。というのも、貴方が任命されたのはただのゾディアックブレイブではない、(強調して)新生、ゾディアックブレイブです。この違いが貴殿に分かりますか?
ウィーグラフ 大方、伝説を新たに蘇らせた、といったところでしょう。
ローファル ま、そんなところですね。そう、彼らはアジョラの使徒です。その称号を今、新生ゾディアックブレイブとして蘇らせたのには意味があるのです。この戦乱の世にアジョラの使徒を呼び戻す意味とは――教皇は、貴方がたに多大な期待を寄せています。教皇は、かつての使徒を超える働きを望んでいます。貴方がたは、重大な使命を帯びた存在です。その使命を為さねば。
ウィーグラフ もう少し具体的に話してくれまいか。それでは私には何のことだかさっぱり分かりませぬ。
ローファル 新生の使徒たちはまだこの世に遣わされたばかり。まだ何の行いも果たしていません。貴方たちミュロンドの勇士が再び伝説に語られるか、忘れ去られるかはその働き次第。当然、民衆は貴方がたを期待の眼差しをもって見ているのですよ。――つまり、ここで貴殿が新たな聖石を持ってミュロンドに帰還すれば、その栄光は民草に語り継がれいずれは伝説に。何故なら、教会の神器を取り戻したのですから。民衆の聖石に寄せる信頼と信仰は貴方も知っていましょう。しかし、ここで貴殿が、何の業績を上げることもなく、ただその称号のみを掲げているならば――まだお分かりになりませんか。
ヴォルマルフ つまり、貴様は永遠に負け犬のままだ。故郷を追放され、貴族に楯突き、返り咲くこともなく、教会に拾われ、ひとときの名誉を得るも、所詮は、素性卑しき生まれの実力の伴わぬ奴だった、と未来永劫語りぐさになるであろう。
ローファル さあ、選びなさい。ここでさらなる英雄の道を歩むか――
ヴォルマルフ 負け犬として、その名を留めるか――
ウィーグラフ (呟く)選択などあるものか。どちらを選ぼうと、私は教会の飼い犬でしかないのか――いいでしょう。聖石を取ってきましょう。オルダリーアから畏国の領土を奪ってこいというより容易きこと。
ヴォルマルフ ふ、己の保身にはかるか。これでゾディアックブレイブの地位も上がるぞ。喜べ。貴様はますます信徒に迎えられる。
ローファル (独白)これは私たち日影の道を歩む者にはかなわぬ事――喜びなさい。
ヴォルマルフ オーボンヌへ行くならば、一人では道中退屈だろう。メリアドールでもイズルードでも、好きな方をどちらか連れてゆくがいい。
ウィーグラフ 私はどちらでも。二人を連れて行くのは。
ヴォルマルフ ならぬ。どちらか一人はミュロンドに置いていく。四人のゾディアックブレイブが皆、島を不在にしているというのも都合が悪い。どちらか一人は信徒をなだめすかすためにここに置いていく。
ウィーグラフ 四人? ヴォルマルフ様もオーボンヌ修道院へ行くのですか。
ヴォルマルフ 私は行かぬ。私は、フォボハムへ用があってな。
ウィーグラフ (考えて)なら、イズルードを連れて行きます。ご子息をお借りしますよ。
ヴォルマルフ 好きにしたまえ。好きに使って構わぬ。(退場)
ウィーグラフ (ローファルに)あの方は、少しばかり息子に冷たくはないか。
ローファル 獅子は我が子を崖から突き落とすもの。
ウィーグラフ それも愛情か。まあ、他人の家庭事情には首を突っ込まぬが良いな。私には分からん。私には、あの方が、時々獅子の相貌を通り越して悪魔じみた狂気を感じるよ――
ローファル (低く)発言には気を付けなされ。ここは聖地ミュロンド。かような不適切な発言は慎まれよ――異端の徒と呼ばれたくなければ――
ウィーグラフ おっと、これは失礼。(退場)
ローファル まったく――教会の犬が嫌なら、ここでの生活はつとまらぬぞ――(退場)

  

 第五場 聖地ミュロンド。桟橋。
 島と本土を繋ぐ港。港は雑踏で溢れている。船荷があちこちに積み上げられている。島の奥にミュロンド寺院が見え、夕刻を告げる鐘の音が聞こえる。メリアドールが物思いにふけりながら一人で桟橋を歩く。しばらくしてイズルードが登場。

メリアドール (独白)そう、おまえは、オーボンヌへ行くのね、行ってしまうのね、イズルード――ウィーグラフも一緒に。父はゼルテニアへ。弟はオーボンヌへ。ローファルも父と一緒に行くのね――みんな、私を置いて――(溜め息をついて)私をこの島に一人残して行ってしまうんだわ。いいわね、イズルードやウィーグラフは外に出ていけて。あの二人のことだから、きっと華々しい凱旋をすることでしょうね。羨ましいわ。その間、私はただミュロンドで、勇士たちの帰りを待ってるだけ。これじゃあ籠の中の鳥と同じね。女の役目なんてしれくらい。綺麗に着飾って、人々の目を楽しませておけばいいのね。私は騎士なのに、誰もが私を女騎士と呼ぶのよ――私がゾディアックブレイブとして出来ることはそれくらいしかないのね。舞台の上の役者の方がまだ自由があるわ。私は――弟は、私が実力を以て称号を得たというけれど、一体誰が本当の私を知っているのかしら。私も弟と同じくらい――いいえそれ以上に――この国を変えたいと思っているのに、この熱い思いを父は知っているのかしら? 父は、母が亡くなってからというものの――すっかり冷たくなってしまった。父はもう私とは一緒に居てくれない。それから私は一人。いつだって私は独りだった。一緒にいたのはイズルードだけだった! どうして父は急に――

  (イズルード、姉の名を呼びながら登場)

イズルード 姉さん!
メリアドール あら、まだ居たの。早くしないと、ウィーグラフに置いていかれるわよ。
イズルード 少しくらい大丈夫。待っててくれる。それより別れのキスを――
メリアドール まあ、神殿騎士がそんなものをねだるんじゃありません。いつ誰に見られているのだか分からないのだから、きちんとした態度を心がけなさい。
イズルード は――はい――せめて餞別の言葉を。
メリアドール 気を付けていってらっしゃい。またすぐに会えるのだから、大仰な言葉はいらないわね。
イズルード もし、オレが聖石を見つけてきたら喜んでくれる――?
メリアドール そういうことは、実際にミュロンドに持ち帰ってきてから聞くものよ――ないものを喜ぶことは出来ないわ――でも、おまえの事だからきっと上手くいくでしょう。もちろん、喜ぶわ。
イズルード 父も喜んでくれるかな。
メリアドール おまえが正しい戦い方をしたなら、きっと喜んでくれるでしょう。

  (ウィーグラフ、イズルードを呼ぶ)

メリアドール さあ、早く行ってらっしゃい。きっと、おまえの凱旋を楽しみにしているわ。(退場)

  (ウィーグラフ、再びイズルードを呼ぶ)

イズルード 姉さん――(独白)もし、この手で聖石を持ち帰れたのならば、オレはやっと姉さんの横に並べる気がする――父もきっと喜んでくれるだろう。オレは使命を果たさないと。――さあオーボンヌへ! (ウィーグラフに)今行くから!

  

  

  

>第ニ幕

  

  

それは余りものだからと彼女は言う

.

 

 

 

それは余りものだからと彼女は言う

 

 

 

 コンコン、と扉を叩く音。クレティアンは読みかけの魔道書から目をあげた。夕べの勤めが終わり、騎士たちは隊舎に戻っている時間である。
 こんな時間に彼の自室を訪ねてくるのは、彼とある程度の親しみのある者に限られる。単に参謀長と話したい者は執務室へ行く。
「どうぞ――メリアドール?」
 クレティアンが扉をあけると、そこには騎士団長の愛娘、メリアドールがひとりでたたずんでいた。戦装束を解いて、黒い修道服をゆったりと纏っている。普段はフードで見えない髪が、今日はゆるい三つ編みになって肩の上に柔らかに下がっている。

 ――きれいだな。

 クレティアンは率直に思った。鎧を着込み、勇ましく剣をふるう姿からは想像もできないが、彼女の素顔はとても美しい。その美しさを知っているのは、彼女がこうして気兼ねなく素顔を見せてくれる相手――たとえば自分のような――だけだ。
「お邪魔してもよろしいかしら」
 クレティアンは片手で扉をあけたまま、片手でメリアドールを促す。といっても、メリアドールはクレティアンのエスコートに気づくことなく堂々と彼の部屋へ入り、手近なスルーツの上にちょんと座った。

 ――やれやれ、夜中に男部屋に一人で入ってくるとは、勇敢なお嬢様だ。

 クレティアンは貴族の屋敷で育ち、同じような貴族子息たちの通う士官学校で育ってきた。彼からすると、メリアドールの『大胆な』行動にはいつも驚かされる。そして、自分の方が気を遣ってしまう。相手は団長の愛娘だ。彼女の機嫌を損なうようなことがあれば、団長の叱責が飛んでくる。とはいえ、メリアドールとは騎士団に入ってからの付き合いも長く、彼女の豪快な、そしてやや鈍感な性格についてはクレティアンもよく知っているので、細かいことは気にしない。
「メリアドール、こんな時間にどうしました?」
 クレティアンは自分の机に戻った。開きっぱなしだった魔道書を閉じ、椅子をメリアドールの方に向けた。メリアドールとは、本を読みながら適当に相づちをうっている時もあるが、今日の彼女はやけにおとなしい。スツールの上で顔をうつむけ、そわそわと所在なさげにしている。こういう時のメリアドールは、何か問題を抱えていることが多い。
「……お父上と喧嘩でもしましたか? また仲裁ですか?」
 これはよくある事例だ。
「いいえ、そ、そうではなくて……」
「では、また上官の剣を壊してしまいましたか? ローファルに工面してもらいましょう」
 これもよくある事例だ。
「いいえ! 違うの! 私は……あなたに渡したいものがあって来たの……ッ」
 メリアドールが意を決したように立ち上がる。クレティアンも反射的に腰を浮かせた。これは貴族時代に身につけた習慣だ。
 爆薬でも押しつけられるのかと思った。彼女があまりにも気迫凄まじく迫ってきたので、クレティアンはたじろいた。が、メリアドールから渡された――押しつけられた――ものを見て安堵した。
 それは、東方の意匠が凝らされた古代風の金の髪飾りだった。ミュロンドの金細工屋では見かけない。市が開かれた時に買っておいたものだろう。
「きれいですね。でも髪飾りなら、きっとあなたの方が似合うでしょう。よければつけて差し上げましょう」

 ――輝く金髪に、輝く髪飾り。最高の組み合わせだ。そして、その光景を私が独り占めできる。

「わ、私じゃなくて! それ、魔道士用の髪飾りなの! 市で見かけて、きれいだから買ったのだけど、魔道士用のだと知らなくて……そ、それであなたにお渡ししようと思って……」
 クレティアンはメリアドールの髪にそっと手をのばした――が、彼女は「違うの!」とクレティアンの手を拒絶した。頬が紅潮している。
「魔道士のアクセサリーを間違えて買うとは、鈍くさいお方だ」
 クレティアンはとっくに気づいている。戦経験豊富な彼女が、魔道士と騎士のアクセサリーを見間違うはずはない。最初から自分に渡すために用意してくれていたのだと。だが、どうやら素直になれないらしい。贈り物を一つ渡すのにこんなにも手間取っている。乙女の気むずかしい心か、団長の娘としてのプライドか。
「いいでしょう、あなたのご好意をお受けいたします。つけてくださいますか?」
「はい――」
 クレティアンはメリアドールの手の届く高さに腰をかがめようとした――自然と彼女の前に膝まづく姿勢になった。
「そんなに仰々しくなさらなくても……」
 メリアドールの手がクレティアンの頭にふれた。ゆっくりと髪を梳くように、柔らかい手つきでクレティアンの髪を優しく撫でていく。
「――戦地へ旅立つ騎士たちは、こうして姫君から贈り物をいただき、愛を授かりました。詩人の歌う戦歌にはこういう場面がよく出てきます。私も、聖石の騎士から贈り物をいただける日がくるとは、光栄です」
「……んん? それって……」
 メリアドールが手を止めた。何やら考え込んでいる。
「……もしかして、私があなたに愛を贈っているように見えるということ……?」
「違いますか?」
「だ・か・ら! これは間違って買っちゃったのよ! 一番手近な魔道士があなただったから渡してるだけです。お分かりいただけまして?」

 ――ああ、分かっるとも。君が素直になれない手の掛かるお嬢様だといいうことが。
 ――ミュロンドに市が開かれるのは年に一回。どれだけの時間をかけて、この髪飾りを探したのだろうか。

 メリアドールはやや機嫌を損ねたらしい。つんと顔をあげて「帰ります」と言った。
「お礼は何がいい? あなたの誕生日までに何か用意しておきましょう」
「お好きにどうぞ。それを受け取るかどうかは私が決めることですがら」

 ――難しいな。あの気むずかしいお嬢様はいったい何を気に入るというのだ。

 クレティアンはひとり笑った。メリアドールも同じことを考えていたに違いない。何を贈れば喜んでくれるか、気に入ってもらえるか、そんなことをあれこれと考えるのは何にもまして、幸せで、楽しい時間であるのだから。

  

  

 

 
・クレティアンは恋愛経験そこそこあるけど、メリアドールはクレティアンが初恋だと思う、ので純情乙女で、贈り物一つにあれこれ悩んだりしてそうです。もちろんプライドも高いのでデレないツンです。
・上官(ヴォルマルフ団長)の娘と部下の関係なので、二人とも敬語で喋ってます。もう少し親密度があがったら、じょじょにタメ語が増えていきます(そして喧嘩の嵐になる)。
・6/6クレティアンお誕生日おめでとう小説でした。

 

 

2020.06.06