誇りを失った騎士:第四幕

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誇りを失った騎士

  

 

第四幕

  

 

 第一場 リオファネス城。地下牢。
 牢獄。部屋は木製の壁で狭く仕切られている。扉には鍵が掛かっている。イズルードが床に伏している。ラファが食事を持って登場。

イズルード< (独白)真っ暗だ――真っ暗で何も見えない――(聖石を取り出して)人は弱いからこそ神にすがるというが――クリスタルの輝きを以てしても何も見えない。まるで己の未来を暗示しているかのようだ。いっそこの暗闇の中で果ててしまいたい。光の中に戻れはしまい。(隠し持っていた短剣を取り出し)このまま死んでしまおうか――いや、恐ろしすぎる。怖い――オレにはとても出来ない――(短剣を放り出す)   (ラファが食事を持ってイズルードを訪ねる。扉の鍵を開ける音。イズルード、慌てて聖石を上着に隠す) ラファ 随分やつれているわね。何か食べたら。(イズルードをいたわって)兄さんがひどく撲ったのね? 可哀想に。
イズルード (返答なし。食事にも手を付けない)
ラファ いらないの? 別に毒を仕込んで殺そうなんて思ってないわよ。安心して。何か食べないと身体が保たないわ。
イズルード いっそ君がこの場で毒を仕込んでくれたなら!
ラファ ひどく憔悴しているようね。(間)――毒――なんですって!
イズルード ご覧、ここは全くの暗闇だ。誰かを葬り去るのにはうってつけの場所だ。捕虜を一人始末することくらい、君には容易いだろう? そうすれば、人質になったオレが大公の前に出ることもなく、父を困らせることもない。オレもこれ以上絶望に塞がれることもない。誰もかもが幸せだ。
ラファ (怒って)ひどい人! ひどい人! 私たちを何だと思っているの! そう、私達は暗殺者。誰かの命を奪い、それを生業に暮らしている――だけどこんな生活、私が望んだわけじゃない! 大公に村を焼かれ、親を殺され、望みもしない生活を与えられ――なのにあなたはそんな私に、人を殺せと言うのね。あなたは修道院で一体何人斬った! 聖石強奪のために、僧侶や学者を斬り捨ててきたのでしょう! なのに、此の期に及んで尚、自分の手を汚すことすら厭い、私にこの手を汚せと言うのね。他人の尊厳を踏みにじって!
イズルード すまない、すまない。君を傷つけるつもりはなかったんだ――(謝る)
ラファ あなたをそこまで絶望に陥らせるものは一体何? 私達に聖石を奪われたこと? それとも捕虜になってゾディアックブレイブの誇りを失ったこと? そんなものに命を懸ける程の価値があるのかしら。
イズルード 違う、オレが惨めなのはそこじゃないんだ。オレも君も同じ籠の鳥だ。まやかしの現実しか知らなかった。誇りを持っていたゾディアックブレイブも――ただ教会の威光を上げるためだけに作り上げられたまやかしだ。その実態など何もない。他人の聖石を奪い上げて得なければいけない、そんなまかやしの称号への誇りなどとうに失ってしまった――オレは教会への離反を決めた。もう教会のために剣は持つまいと心に決めた。だけど、ミュロンドには父がいる、姉がいる――家族を見捨てて、一人で逃げるわけにはいかないんだ。姉さんはきっと今でも、オレの帰りをたった一人で待っている――そう、オレが惨めなのは、騎士としての誇りを失ったからじゃない。そんなものは初めからなかったんだ。だけど――だけど――オレは教会を離れては生きていけない。何より信仰が全てだったんだ。しかし何を信ずべきかもはや分からなくなってしまった――(間)――君は絶望という言葉を知っているか?
ラファ (独白)この人大丈夫かしら。何を話しているのはさっぱり分からないわ。そうとう気が滅入っているようだわ。
イズルード (続けて)それは、神に見棄てられ、一切の望みを絶たれることだ。後にも先にも暗闇しか残らない。憩いなき永遠の夜――(間)――神に見棄てられ、だって!? オレは一体何を口走っているのだ。神を見棄てようとしたのはオレの方ではないのか! 教会が権力に腐心し、民の信仰心を利用しているというのに、オレはそれを知っていて、何もしようとしない! あまつさえ、そのまま逃げ出そうとすらした。神の創造たるこの命すら自ら投げ出そうとしている、なのに今でも都合良く神にすがろうとしている――そうだ、ゾディアックブレイブなど最初からおとぎ話で、何も信ずべきものなど何もなかったのだと思えば、もはや怖れるものなど何もない――! (短剣を再び取る)
ラファ (独白)可哀想に、この人はすっかり混乱しているわ。(イズルードに)気を確かに!
イズルード 絶望に身を委ね己が剣で恐怖心を切り裂く――

  (イズルード、ひと思いに短剣で首筋を斬りつける。そのまま倒れ伏す)

ラファ 大変――誰か――! (慌てて退場)

  (扉の鍵は開け放たれたまま。イズルードの呻き声。)

  

 

  第二場 前場に同じ。
  イズルード、ウィーグラフ。

  (ウィーグラフ、地下牢で血を流して倒れているイズルードを見つけ、慌てて駆け寄る)

ウィーグラフ (介抱して)どうしたんだ! 一体何があった――血がこんなにも――あのカミュジャの奴らにやられたのか! (イズルードが握ったままの短剣を見つける)――そうか、自分でやったのか――しかしなんということだ! なんというむごいことだ! こんなにも冷たくなって――どうにかして――助けてやりたいが――

  (ウィーグラフ、イズルードを抱き寄せたまますすり泣く。しばらくの間。)

ウィーグラフ そうだ、聖石! 私は聖石を持っている! そして幸いなことに私はその秘められた力を知っている。あのクリスタルには死者の魂を呼び戻す力が宿っているのだ。私はその奇跡をしかとこの目で見た――ほんの数日前に、修道院でその奇跡を目の当たりにしたばかりだ! 私は知っている。その恐ろしい力を――だが、イズルード、お前はそんな心配をしなくていい。私が聖石に祈る――こんな言葉は使いたくないが他に思いつかない――のだから。(イズルードを抱きしめて)死ぬのはさぞ怖かったことだろう。私はその恐怖が分かるぞ――真面目なおまえのことだ、捕虜になるなとの命令に従ったのか? 騎士として誇り高くあるために師を選んだのか? ああ、答えてくれ――イズルード! お前はこんな暗闇の中で、誰に看取られることなく、一人で死んではいけない――! そんなことは私がさせるものか――!

  (ウィーグラフ、白羊宮のクリスタルを取り出し、一心に祈りを捧げる。しばらくの間。ウィーグラフの持つクリスタルがイズルードの顔を照らし出す。)

ウィーグラフ (イズルードを見つめながら)きれいな寝顔だ、安らかな、いい顔だ――おまえは美しい。お前に比べてこの私のなんと醜いことか。かつて骸騎士団にいた頃、私は理想を持った騎士だった。その実現に燃える騎士だった。だが、その理想を守るため、思想を守るため、私は幾人もの仲間をこの手に掛け、粛清してきた。そこまでしても、この理想には守るべき価値があると思っていたのだ。だが、理想の実現のためには権力が必要だと気付いてしまったのだ。しかし、その権力を――ゾディアックブレイブの称号を――保持するために、私は、修道院で幾人もの修道士を斬り捨ててきた。そうまでして手に入れたのが、お前に託した処女宮のクリスタルだ。お前はきっと純粋に教会の信仰を守るために任務を果たしたのだろう。一方で、同じ任務を果たしながら、私は己の保身だけを考えていた――聖石を持ち帰らねば、私はミュロンドを追い出される、そうなれば、もう私に未来などない。そうするしかなかったのだ。ただ理想を求めていただけなのに、欲望は際限なく積み上げられ、もう後戻りなど出来ない。今になれば、本当に私が欲していたものなど何も分からない。ただ雲上の楼閣のような人生だった。何かを望めば血が流れる――そんな人生を歩んできた私に比べて、お前は美しい――

  (間。イズルードは身じろぎせずその場に倒れたまま動かない)

ウィーグラフ イズルード、お前だけは私のことを理想に燃えた高潔な騎士として見ていてくれた。お前だけだ! ベオルブの若造が修道院で私に向けた、あの蔑みと哀れみの視線――私は堪えられなかった――皆、私をそうやって見るのだ。イズルード! お前だけが私を誇り高き騎士として見ていてくれた! それがどんなに嬉しかったことか! お前の中で私は、修道院で志し半ばで倒れ、戦友にその遺志を託した――その姿のままなのだろう。どうか、その後で私におこった悲劇など知らないでくれ! 私がこうやって、生きて、リオファネス城に居ることなど、あってはならないことなのだから!

  (ウィーグラフ、その場を去ろうとするも、イズルードの様子が気になり振り返る)

ウィーグラフ 私は二度死ぬはずだった。骸旅団の騎士として死ぬはずだった。ミュロンドの騎士として死ぬはずだった。しかし私はこうして生きている。実現するはずだった理想を手放し、ミルウーダの仇も取らずに、こうして生きている。誇りを失った哀れな騎士だ。次に死ぬ時は、騎士ですらなく、人ですらなく、悪魔に魂を売り渡したなれの果てとして逝くのだろう――私もあのベオルブの若造に――ミルウーダの仇に――引導を渡されるか。
イズルード うう――
ウィーグラフ イズルード! ああ、だが私の姿を見ないでくれ――(去りかける)――だが、もし、この哀れな騎士の姿を見ることがあるならば――何も言わずに、どうか一滴の涙を注いでくれ――こうして憐憫の情を寄せられ、理想なき教会の犬と蔑まれることはあっても、この誇りを失った騎士の為に泣いてくれる人は誰もいないのだから――(立ち去る)
イズルード (目を覚ます)ああ、ここは――(辺りを見回す)――ウィーグラフの声を聞いた気がする。だからオレはてっきり彼の国へ渡ったものかと――だけど、ここはリオファネス城じゃないか! オレは確かにこの手で、この短剣で命を絶ったものだと思っていたのに、どうした訳だか、傷一つ残らない! あの流した血の感触は覚えているというのに――どうして、オレは生きているのか。――そうか、これが聖石の力か。なんということだ! 信仰を捨て去ろうとしていた、この己に奇跡が起きるとは! これこそ聖石の秘密! 偉大なるかな神の御業! 神の存在とは、まことに、己の力の及びえざる場所に在るものだな――(跪く)

  

 

  第三場 リオファネス城。
  指定なし。ウィーグラフ、バルク。二人、すれ違う。

バルク こんなところで会うとはな。
ウィーグラフ (バルクをちらりと見、そのまますれ違う)
バルク 修道院で戦死したと聞いたが。
ウィーグラフ (立ち止まる)戦地から辛くも生還した戦友にかける言葉は他にないのか。
バルク 祝って欲しいのか。喜んで欲しいのか。アンタは随分すさんだ目つきをしている。とても祝辞を述べられる雰囲気ではない。それに――アンタはオレの事が嫌いだっただろう。
ウィーグラフ (睨み付ける)
バルク オレだってだてに長いこと生きちゃいない。酸いも甘いも噛み分けてきたのさ。人の目を見ればだいたいそいつの本性は分かる。どんなに取り繕っても、その眼差しだけは偽れないんだよ。
ウィーグラフ お前の慧眼もそこまでだな。私は別段、お前を好いているように取り繕ってもない。ありのままの物事をさも分析しがいがあるように述べ散らかすのは阿呆のやることだ――
バルク そうだ、アンタはいつだってそうやって自分を高みに置いて人を見下してきたんだ。少なくとも自分は騎士だった。守るべき誇りがあった。果たすべき忠誠があった。理想を奉じて生きてきた。それに比べてオレたちみたいな活動家は、目先の利益だけを追い求める思想なき人間どもだ。一緒にされてたまるか――と、隠すことなく思っているのだろう。アンタはオレの事が嫌いだっただろう――今も、最も軽蔑すべき存在だと思っているんだろう?
ウィーグラフ 前言を撤回しよう。たいした慧眼だ。お前は歴史学者にでもなっていれば良かったものを。
バルク それは賛辞と受けとっておこう。アンタはいつでもお高くとまった英雄気取りだった。今でも、己を堕ちた英雄とでも思っているのだろう。だからそんなすさんだ目をしているんだ。だが、よく周りを見回すことだ。民衆を率いて鴎国と戦った指導者? 骸騎士団? 奴らはせいぜい盗賊崩れか、浮浪者まがいのゴロツキかだったじゃねえか。そんなところに騎士団なんて名前を付けるのが間違いだったんだ。名は体を表す。本性に反する名前を与えられた者は悲劇だ。見ろ、アンタのかつての仲間たちは戦争の終わりを待たずして離散していった。アンタはそいつらの尻ぬぐい。誰も手を貸さない。民衆がアンタのことを、農村から立ち上がった雄々しきリーダーとでも思ってると? よく見ろ! 目を開けてよく見るんだ! 誰もそんなこと思っちゃいない。思い上がりも甚だしいぞ。
ウィーグラフ 私は己を英雄だと思ったことはない。ただ惨めな人生だったと回顧するばかりだ。
バルク 英雄として高みに立った経験を知っているから、堕ちた惨めさがあるのだ。高みにいるなどと思わない方が幸せだっただろう。あんたは騎士になどならない方が幸せだった。そうすれば誇りを失った騎士だと、惨めに思うことはなかっただろうに。オレは誰かの上に立った覚えなど一切――金輪際――ないからな、幸せになることも、惨めにうちひしがれる事もなかった。アンタは自分が惨めだと泣いているが、その悲劇は全て己が引き起こしたことだとまだ分かっていないんだな。アンタがオレを見下すその高尚な理想とやらが、悲劇の引き金になっているのさ! (息巻く)アンタたちが英雄としてミュロンドに迎えられている頃、オレたちは裏で苦労していたんだ。オレたちはオレたちのやり方であの団長に仕えてきた! 誰に喜ばれることもなく、誰に褒められることもなく――
ウィーグラフ そうか、お前も英雄になりたかったんだな。一度で良いから誰かの上に立ち、称賛と喝采とを一心に集めたかったんだな。
バルク (怒る)そんなことは言っていない!
ウィーグラフ ならば、その苦労もじきに終わるぞ。私は貧乏神だった。行く先々で疫病を振りまいてきた。私の居たところは、どこも三年と待たずに崩壊の道を辿った。故郷も、家族も、仲間も、もう皆死んだ。見ろ、この教会もすでに腐敗を極めている。崩壊は近い。お前の苦労もそう長くはない。(独白)――そうだ、私は常に貧しかった。私の精神は常に満たされることがなかった。豊かさとは無縁の生活だった。理想を求める一方、不平不満を不断に抱え、これは私の望んだ道ではなかったと、ただただ己に言い続けてきた。だがそんな不満もじきに終わる――崩壊は近い――(二人退場)

  

 

  第四場 リオファネス城。客間。
  城の大広間。長テーブルが舞台中央に配置され、貴族諸侯が机を囲み歓談をしている。上座に大公。末席にヴォルマルフが控える。エルムドア、イズルード、その他貴族たち。

バリンテン (立ち上がって)諸卿には少々退席を願いたい。私はミュロンドの騎士団長と二人で内談したいことがある。また後ほど宴席に招きましょう。どうぞそれまでは城で、長旅の疲れを癒やし、ゆるりと滞在なされよ。(ヴォルマルフに手を招いて)さ、近くへ。

  (貴族ら、席を立つ)

エルムドア (ヴォルマルフに)ではまた後ほど。
ヴォルマルフ (小声で)そう遠くへは行くでないぞ。またすぐに用が出来ようから。あの間抜け面をした貴族どものように悠々と羽を伸ばされては困るのだ。
エルムドア 御意。勿論、近くに控えておりますぞ。それに私は伸ばすほどの羽を持っておりません。それはさておき、貴方のことだ、私の必要などないでしょう。貴方に比べれば私は蠅のごとき存在。獅子の狩った獲物の上に耳障りな羽音をまき散らし、徘徊するくらいしか出来ませぬ。
バリンテン 侯爵、どうしたのだ。具合でも悪いか。
エルムドア いいえ。私はこれから城を見学させてもらいますよ。我がランベリーの白亜城に比べてここは、いささか――無骨で――逆に見ていて飽きませんね。いや実に目新しいものだ。(退場)
バリンテン 私はランベリーに行ったことはないが、あそこの城が白く輝いているというのは真か。
ヴォルマルフ 湖――といっても先の戦争で、毒沼となった湖ばかりですが――に映える城であるのは確かです。
バリンテン だが、いくら見た目を着飾っても、実利が伴わなければその価値は半減だ。いや、半減どころではない、死滅だ。いくら白亜城と讃えられても、あの戦争で真っ先に落とされたのは、侯爵の城であったな? 戦略は歴史から学ぶもの。過去の戦いを振り返る者こそ、次なる戦場で勝利を勝ち得るのだ。さあ、騎士殿、侯爵はここから何を学ぶべきであったと思うか?
ヴォルマルフ ランベリーの東天騎士団が使いようもない屑連中であったこと。侯爵はまず、奴らを教育し直すべきですな。陥落したランベリーを救ったのがベオルブの将軍率いるガリオンヌの北天騎士団だったというのは、未来永劫笑い話になりましょう。おかげで東騎士団など、噂話にものぼらない始末。今となっては誰がその存在を知りましょうか。
バリンテン そうだ、全くその通りだ。城は堅固であればある程良い。何故なら、敵に攻められぬからだ。軍事力はあれば有る程良い。何故なら、敵を攻められるからだ。こそこそ私のモットーだ。これは我が家の家訓でもあるのだよ。私が武器王と讃えられる所以だ。
ヴォルマルフ しかし、わざわざ騎士団ではなく、異国の魔道士集団を育て上げるとは、たいした忍耐ですな。騎士団を抱える方がよっぽど手が掛からないでしょうに。私は異教の者どもを教育して暗殺者に仕立て上げるなど、まったく無理な話。公の忍耐は美談として語られるべきですなあ。流石は次期国王と噂されるお方。武器王などという粗野の称号は今すぐに返上するべきです。
バリンテン 勿論、私が武器――王――という浮き名を流しているのには訳あってのこと。私は誰より、あの公式礼装だけ立派な、軽佻浮薄だった王を憂いて畏国の未来を慮っています。大きな威厳と権威を持ちながら、何一つ指図しようとしなかったあの愚王――おっと失礼――国王陛下が為した事と言えば混乱だけだ。痴王――陛下がするべきだった事はただ一つ、後継者を育てれば良かったのだ。ところが、世継ぎを育てる前に王妃が王座を乗っ取った。なんという事態だ。おかげで王宮の御前で獅子らが三つどもえの争いを繰り広げているこの惨事。哀れなのは餓える国民だけ。あの獅子らに王座を渡してはならない。
ヴォルマルフ これはたいそうな憂国論をお持ちで。さぞや立派な賢王になることでしょう。。
バリンテン これは戦乱からの民の救済を掲げて、ゾディアックブレイブを結成した教会の意志とも合致するはず。そうでしょうな――?
ヴォルマルフ (笑う)――救済? ハハハ――いや、全くその通りだ!
バリンテン 同じ目的を持ち、同じ理想を掲げるのならば、同じ道を歩むのは当然という道理がありますな。――騎士殿、わざわざ我が城まで来て貰ったのには訳がある。我々と手を結びましょう。
ヴォルマルフ (笑う)これはこれは。既に畏国最強と言われる軍事力を持った武器王が我が貧しき騎士団に同盟を持ちかけるなど、どう考えても釣り合いませぬ。
バリンテン いいや、畏国最強の軍事力を持っているのは我々ではありません。それは間違いなく貴方たちだ。神殿騎士団だ。何故なら――あなた方は聖石を随分と持っていらっしゃる。
ヴォルマルフ 聖石! 貴公はおもしろい事をおっしゃる。聖石の奇跡を欲するとは余程信仰に篤い方だ。むしろ逆に我がミュロンドの騎士団にお招きしたいところですな。しかし、あれはただのクリスタルです。実際、ただの石です。剣ならば人を刺し殺せますが、投石如きで一体どうやって人を殺せましょう。我々が聖石を集めるのは教会の威信のためです。軍事力のためではありません。
バリンテン (ほくそ笑んで)――ほう、ならば枢機卿の死をどうお考えで?
ヴォルマルフ 病死だったと。
バリンテン そうですか、あくまでしらを切り通すおつもりですか。いいでしょう。私も言質を操る議論戦闘はあまり好みませんので――ですが、聖石が貴方がたにとって大切な神器であるのは事実だ。さらに事実をお伝えしましょう。我々は聖石を預かっています。タウロスとスコーピオは我が手中にあります――
ヴォルマルフ ハハ、おかしなことを――それは我々騎士団が欲していたクリスタルではありませぬ。
バリンテン (呼ぶ)マラーク!

  (マラーク、イズルードを連れて登場)

イズルード 父上――!

  (マラーク、バリンテンにタウロスとスコーピオを手渡す)

バリンテン (マラークに)ご苦労であった。あとで褒美を取らそう。(笑いながら)たっぷりとな――もちろん、妹御にもな。楽しみにしておきなさい。

  (マラーク退場)

ヴォルマルフ この愚か者め! (イズルードを平手打ち)
イズルード 申し訳ありません――
バリンテン どうです、この聖石をご覧下さい――(タウロスとスコーピオを見せる)
イズルード どうぞこの聖石を――(ヴァルゴをヴォルマルフに手渡す)
ヴォルマルフ 我々を見くびるなよ、バリンテン。(ヴァルゴを見せる)どうやら、我が息子の方が優秀であったようだ。次なる王座を狙う貴公のこと。まさか、たかが二つの聖石を手にいれただけで我々を御せるとお思いかな? 我がゾディアックブレイブは各々が聖石を持っている――このイズルードも――加えてこのヴァルゴ。貴公の目が節穴でなければ、我々が幾つ聖石を持っているかお分かりであろう。そして貴公はたった二つ――聖石が軍事力に代わる力を持っているのは貴公もご承知のこと。
バリンテン 私を脅そうというのか。無謀なことはおやめなさい。このタウロスとスコーピオがどうなっても良いのですか。
ヴォルマルフ 脅迫などしておりませぬ。私は事実を述べているまでのこと。タウロス? スコーピオ? それは異端者が所持していたただの石だ。我が教会の物ではない。貴公がそのまま所持なさると良い。何故私が、そんな物のために貴公に組みすると? その石をここで叩き割っても一向に私は困りませぬ。
イズルード そのクリスタルはアルマ嬢から信頼の証にと預かりました――
ヴォルマルフ この愚か者が! (イズルードを平手打ち)いつ異端者風情と信頼を結ぶ程になったのだ。お前は、あの娘にそそのかされて剣を棄てたと聞いたが? よく私の前に平然と戻ってこれたな。騎士の誇りを忘れたか。
イズルード 申し訳ありません――確かにオ――私は一度剣を棄てました。それは宥されることではないと存じます。けれど、彼女は――アルマ嬢は決して忌むべき異端者ではありません。彼女は正しい思想を持った人です。かつて私は貴族は搾取するばかりで何らの価値を持ち得ない腐った豚であると信じてきました。けれど、彼女らもまた誰かに虐げられて生きてきた人間たちです。現実を見もせず、彼女らを家畜と呼んできた自分の浅ましさを知りました。自分を傲ることなく、謙虚に生きることの尊さを知りました。
バリンテン (ヴォルマルフに)先ほどから貴下は聖石をただの石だとか、これは少々暴言がすぎますな。仮にも、信仰を奉ずるミュロンドの騎士団の総長の言葉とはとても思えませぬ。そして何より大公の御前に控えているということを忘れておられるようだ。私は優れた暗殺者たちを育てている。くれぐれも、これ以上傲慢にならぬよう助言を差し上げよう。謙虚になりなされ。
イズルード (続けて)そして、彼女は私に一つの道を示しました。それは教会の真の姿です。この戦乱の裏で手を引くのが猊下であると――我々神殿騎士団は、その片棒を担っているだけだと、彼女に言われたのです。父上、私はヴォルゴを持って参りました。教会のために貢献したかったのです。けれど、その聖石のためにはおびただしい血が流れました。同じグレバドス教徒の血です! こんなことは――あってはならないと――父上、お父上、どうか分かってください。私が剣を棄てようとしたのは、そのような神殿騎士の姿に絶望してしまったからです――
ヴォルマルフ (バリンテンに)傲慢! 私が傲慢だと言ったな! 貴様はゼルテニア領を統べるだけでは物足りずに王座を欲している。さらに我が騎士団の力をも得ようとしている。だが、私はその聖石を手放すと言っているのだ。どちらが傲慢だ。貴公の方が強欲ではないのか。
イズルード (続けて)――絶望! それは全くの暗闇です。私は道を失いました。全てを棄て、信仰をも投げ出そうとしていた時、奇跡が起こったのです。私はこの目で聖石の奇跡を見ました。この身体を持って知ったのです! 私の魂を救ったのは、この聖石に宿る計り得ざる神の御業です――
バリンテン (ヴォルマルフに)何を馬鹿なことを。領主が権力を求めるのは、統治者としてまったく必要なことです。戎井を着ることもなく、王杓を持とうともしなかったあの国王のせいでイヴァリースは荒れ果てている。統治者にはそれ相応の権力がなければ、困窮するのは民だ! そして貴殿は騎士だ。騎士は統治者に仕える者だ。身相応の振る舞いを心がけるように――特にあなたは、信仰の衣を着た貧しき騎士なのだから、我々のために戦い、あとはただ祈りの言葉を唱えていれば良いのだ。信仰に立ち戻られよ。
イズルード (続けて)私は信仰に立ち戻ることが出来ました。もう私は迷いません。正しい――神殿騎士として生きるべきだと確信しました。アジョラの御名にかけて――二度とこの剣を離さないと誓います。教会の腐心から信仰を守るべきです。神殿騎士団がこのまま権力行使のための浅ましい犬になり果てていくことに私は堪えられません。教会の犬としてではなく、神の僕として誇りを持って生きるべきだと悟ったのです。神殿騎士として、真に正しき道を示すために私は再び剣を持ちました。ですから――父上――どうか、その処女宮のクリスタルは元の修道院に謝罪と共にお返しください。同じグレバドス教徒たちの間でこれ以上血が流れるのを私は望みません。
ヴォルマルフ (バリンテンに)とうとう本性を現したな。貴様は愚王にもなれぬ。たかが人間如きが権力を求めようなどと思わぬことだ。貴様はうぬぼれているようだな、バリンテン。私が望んでいるのは血を流すことだ。貴様を始末することなど容易いぞ――(聖石レオを取り出す)
バリンテン おやめなさい――
イズルード 父上――?
ヴォルマルフ (イズルードに)確か、おまえは聖石の秘密を知ったと言ったな。
イズルード はい――聖石のおかげで私は死の淵から蘇ることが――出来――父上――?
ヴォルマルフ ならば気兼ねする必要はあるまいな――(咆哮)
バリンテン おやめなさい――(慌てて退場)

  (暗転)

  

 

  第五場 リオファネス城。
  指定なし。エルムドア、クレティアン、ローファル。

エルムドア (辺りを見回して)ほうほう、これはなかなか良い作りだ。難攻不落の城と言うだけあって見応えがある。(思い出しながら)特に屋上のから見える尖塔は素晴らしかった。実に良い眺めであった。我が城にも取り入れたい。戻ったら建築家を雇い入れよう。――おや、神殿騎士団のドロワ殿、こんなところでどうなされた。
クレティアン 侯爵が私のことを知っているとは驚きますね。どうも、良いお日柄で。(一礼)
エルムドア 貴方は経歴も人柄も華やかなお方だ。
クレティアン あなたも、銀の貴公子と慕われているとか。華やかな貴公子がこんな城のこんな暗い一角で一体何を。これから大公と晩餐会ではないのですか。
エルムドア ああ、残念ながら晩餐会は中止だ。大公は私がついさっき、屋根から投げ捨ててきた。うさぎを締めるより容易い仕事だった。
クレティアン ご冗談を――それにあの武器王は我が団長自ら首を刎ねる算段だったはずでは。
エルムドア 少々予定が狂いましてね。あの臆病なうさぎは彼の獲物には物足りないだろう。今頃は我が僕たちが後始末をしているだろう。私の僕たちはずいぶんと優秀でね、軽やかに絹をまとい、蝶が舞うより早くに仕留めるのだ。鋭い短剣を腰に仕込み、熱きベーゼで息の根を止める。ただ辺りを血の海に沈めるだけの凡人とは違う。暗殺は一つの芸術だ。逝かせる者を魅了させるのが最低限のマナーだ――そう思わないかね? 手がすることは、目も楽しまなくてはならんだろう。その点で我が僕たちは至極有能だ。いつか貴公にも紹介しよう。
クレティアン それは結構なことで、しかし私はあいにく女人の舞には興味がありませんので――
エルムドア おや、これは奇特な方だ。眉目秀麗な仕手はお嫌いか。時に貴方もこんなとこで暇をもてあましている場合ではあるまい。今頃はわが君が広間で一暴れしている頃だろう。私もこれから見にいくところだが、さぞや壮観だろう。
クレティアン 随分と血が流れた模様。衛兵どもも誰がこの騒ぎを起こしたかさっぱり見当もつかず、敵を仲間に斬らせ、仲間を敵と斬り、もはや手の付けようのない事態。皆、口を開けば人殺し、慈悲を、逃げろ、血が、死体が、化け物が、と怒声と叫び声だけ。生憎、私はうるさい場所を好みませんのでね――この騒乱が落ち着くまで引っ込んでいることにします。
エルムドア 俗世の汚れに卒倒したか。
クレティアン そんなことで気を失うほど私も若くはありませんので――為政者と、それに組みする者どもの手が血にまみれている事はとうに知っている。しかし、かつても私は若い頃があった。士官学校に居た頃――あの頃は、私も政治を志す若き理想家だったのだ――ザルバッグ将軍に誘われ、北天騎士団に身を委ねるつもりだったのだ。しかし、現実はむごたらしい。あの天騎士の称号を戴いたベオルブの名前などとうに朽ち果てていた! 私はダイスダーグ卿が――浅ましくも――――をしている様を見た時、すぐさまこの身を翻してガリオンヌを去った。なるほど卿は狡猾な策士だ。洞察力がある。指導者としての器もある。言葉巧みに操り、貴賤への影響力もある。卿がいなければラーグ公もここまで世を渡れなかっただろう。だかしかし不純だ。たった一つの染みは他の全ての栄誉を汚す。良心あるのはザルバッグ将軍だけだった。
エルムドア それで、純粋な将軍をガリオンヌの掃きだめの中に残し、将軍を支えるはずだった良き参謀は一人でミュロンドへ逃げてきたというわけか。
クレティアン 申し開きは神の前だけで充分。私の本心は誰にも打ち明ける気はありませぬ。政治の汚濁に私はとうてい耐えられない。そんな厭わしき生活はいっかな承知できまい。ならば、ミュロンドへ来れば、世俗の尺度ではない、信仰の尺度によった生活が出来ると信じていたのだ。――私はなんと愚かな若者だったのだろうか! この地上の世界に理想を求めるとは! 永遠不変の理想のイデアはただ神の国にのみ実在する!
エルムドア 所詮、教会も地上の組織だ――この地の上に存在する限り、野心と権力とにまみれた政治の渦中にあるのだよ。ようやく悟りましたか、青年よ? 北天騎士団も、神殿騎士団も衣が違うだけで、その服を着るのは同じ人間どもだ。我々のやり方に肯んぜないのなら、まだあの将軍の後ろに控えていた方が心穏やかであったろう。今からでも遅くないぞ、我々に手を貸す気がないのなら、ガリオンヌへ去ったらどうだ。
クレティアン この世に善悪をもたらすのは神の業。この世の善悪を判断するのは人の業。私も人ならば、善し悪しを判断するのは控えましょう。どうして私の選択が間違っていたと? それを判断するのは神の領域だ。世俗の権力者の間で、利用し利用される汲々とした暮らしに身を投げるのは嫌だが、神の膝元にこの身を――命を懸けても――捧げるのは私の望むところだ。私はミュロンドに留まる。
エルムドア そう、信仰のために血を捧げるのは良いことだ――

  (ローファル、登場)

ローファル 侯爵、これはとんだご労足を。(一礼)
エルムドア 何、たいしたことではない。大公は始末した。為すべき事は為した。後は頼んだぞ。(退場)
ローファル (クレティアンに)お前も少しは足を動かしたらどうだ。仕事がないなどとはぬかすなよ。見ろ、手柄を銀髪鬼にまんまとかすめ取られてしまった。あの男は隙が無い。
クレティアン どうせ、誰がうさぎを始末したかなんて誰も見ちゃいないだろ。目撃者は死体だけだ。もしヴォルマルフ様に慈悲の心があるなら話は別だが。ああ、私はすっかり気が滅入った! 一足先にミュロンドに帰らせてもらうぞ。
ローファル 忘れずにバルクも回収してから帰ってくれ。
クレティアン イズルードはどうした。回収しなくていいのか。メリアドールが待ってるのはバルクじゃないだろ。
ローファル ――それは――(言いよどむ)
クレティアン ――私は、今まで、一度も己の選択を誤ったと思ったことはない。全く後悔はしていない。その判断は神のみ知ることだ。しかし、生まれて初めて私は自分が哀れになった――
ローファル ならばプライドを棄てろ、己を棄てろ、そして全てを投げ出せ。さすれば楽になれる。
クレティアン 私がこの身を投げ出してひれ伏すのはただアジョラの前のみ。他は誰であろうと――愚人どもの前に、私は私をくれてやる気は微塵もない! (退場)

  (次いでローファル、無言で退場)

  

 

  第六場 リオファネス城。客間。
  第四場に同じ。イズルードが血を流して壁にもたれている。アルマが駆け寄る。

アルマ 大変! イズルード! (駆け寄って抱き寄せる)
イズルード 君の言ったことは本当だった――(血を吐く)――真っ暗で何も見えないんだ――
アルマ もうしゃべらないで。私が傍にいるわ。
イズルード 剣を――剣を手放してはいけない――オレの剣はどこにある――
アルマ (なだめて)もう戦わなくていいの。あなたはもう何もしなくていいのよ。
イズルード (アルマの声が聞こえず、続けて)剣を――オレこの剣を離すまいと誓った。そして正しい神殿騎士の姿を示さなければならないと。だけど、オレは見てしまったんだ――
アルマ 可哀想に、こんなに怪我をして。震えているわ。無理もないわ。ここであれの姿を見たんでしょう! この血だらけの部屋で! 何もかもが切り裂かれ、踏みにじられているわ。とても人間の所業とは思えない。イズルード、あなたはこの惨状を目の当たりにしたのね――(抱き寄せ、頭を撫でる)
イズルード (続けて)あの姿を!
アルマ (抱きながら)悪魔の姿を!
イズルード (続けて)父親の姿を! 悪魔のような化け物だった――奴を倒さねばイヴァリースは滅んでしまう。信仰を守らなければならない。教会を不正と腐敗から救わなければならない――だかしかし、あれは誰だ、一体誰だ。父親ではない何かだ。そこには血に餓えた獣しかいなかった――だが、その魔が差した眼差しの向こうに――誇りを失った騎士の姿を見た――
アルマ もう戦わなくていいのよ。あの化け物は兄さんがすっかり倒したわ。
イズルード ――オレは剣を揮えなかった――どうしても――何故なら――彼は、誰に赦しを請うこともなく、人知れず涙を――流していたから――オレはとうとう剣を手放した――
アルマ それでいいの。それで良かったのよ。あなたはもう充分立派に戦ったわ。ゆっくり休むといいわ。
イズルード (呼ぶ)アルマ――いつか君がオレに信頼の証として聖石を託してくれたね――(パイシーズを手渡す)――今度は――この聖石を君に――(斃れる)
アルマ (受け取る)いってらっしゃい――永遠の夜の国へ。まぶしい光でなく、穏やかな暗闇が住まう憩いの国へ――(そっとキスをして)いつか私も一緒に行くわ。そして二人で世界の涯を見にいきましょう――(立ち去る)

  

 

[幕]
2015.07.05