Aspects of Family:あなたのお誕生日はいつ?

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あなたのお誕生日はいつ?

     

  

     

  

 ヴォルマルフ・ティンジェルはミュロンドの神殿騎士団の騎士団長である――そして二児の父親でもある。彼は妻の忘れ形見の二人の子どもたちの子育てに奮闘中であった。
「ヴォルマルフよ、実はこのあいだ息子たちに『お母さんが欲しい』と言われてしまってな……」
 ヴォルマルフと天騎士バルバネスは旧知の仲であった。二人とも同じ騎士団長であり、そして二人とも子育てに悩む父親であった。といっても、バルバネスの方が年齢も身分も父親歴も上であった。だから旧知の仲といっても、ヴォルマルフはバルバネスに礼儀を欠くことなく折り目正しく接していた。
「サー・バルバネス……それは災難でしたね」
 バルバネスはヴォルマルフに家庭の愚痴をこぼしていた。天騎士の家の家庭事情もなかなかに複雑なのだ。
「他人事ではないぞ、ヴォルマルフ。おまえも父一人で二人の子どもたちの面倒を見ているだろう。いつ『お母さんが欲しい』と言われてもおかしくはないぞ」
「ご心配は無用です。天騎士様。私の子どもたちは私にとても懐いております。それに、私は仕事にかまけて家庭を省みないような人間ではありません」
 ヴォルマルフはバルバネスに誇らしげに言った。たしかに、メリアドールとイズルードには母親がいなくて寂しい想いをさせていまっているかもしれない。だが、ヴォルマルフは再婚するつもりは全くなかった。母親の分まで自分が愛せば良いことだ。
「そうか……それは羨ましいかぎりだ。私は最近、騎士団の仕事が忙しくてな。なかなか家に帰れない。だから、たまに帰るとつい息子たちを甘やかしてしまう」
 バルバネスは、困ったものだ、とため息を漏らした。
「だが、ダイスダーグにはいずれ騎士団を継がせようと思っている。父親としての威厳も見せてやらないとな……ヴォルマルフ、貴殿のところも子ども達に騎士団を継がせるのか?」
「ああ……」
 ヴォルマルフは曖昧に答えた。
 自分の跡を誰が継ぐのか、そんなことは考えたこともなかった。

     

  

「パパ! おかえりなさい」
 ヴォルマルフが家に帰ってくるとすぐに娘が駆け寄ってきた。父親の帰りを待ちわびていたようだ。遅れてイズルードも走ってきた。「父さん、おかえりなさい」
 ヴォルマルフは二人を抱きよせてただいまのキスをした。
「パパ、もうすぐ私の誕生日なの。覚えてる?」
「もちろん」
 磨羯の月の二日。忘れるはずもない。
「私ね、誕生日に欲しいものがあるの……パパにお願いしてもいい?」
「可愛い我が子の頼みごとなら何でも聞こう。メリア、何が欲しいんだ?」
「新しいパパが欲しいの!」
 娘の言葉を聞いてヴォルマルフはその場で硬直した。
 新しいパパだと?
「そっそれは……もうこのパパはいらないと言うのか……?」
 ヴォルマルフは恐る恐る聞き返した。ここでメリアドールにうなずかれたらショックで死んでしまうだろう。
「ううん、そうじゃなくて……一緒に遊んでくれるパパが欲しいの」
「ああ、そういう意味か……イズルード、おまえも新しいパパが欲しいか」
「僕は今の父さんでいい。でも、もっと一緒にいたい」
 やはり子たちは寂しがっているのだ。仕事を放り出して一緒に遊んでやりたい気持ちは山々だが……そうは出来ないのが騎士団長のつらいところだ。
「パパはいつも何をしているの?」
 メリアドールが聞いた。
「教会のお仕事をしているんだ」
 子どもたちに神殿騎士団の仕事について、ちゃんと話してはいなかった。というより、言えなかった。
 神殿騎士団の仕事といえば、教会が表沙汰に処理できない裏の仕事を片づけることだ。娘に向かって、パパの仕事は民衆を殺して真なる神のために生き血を集めることだと言えるだろうか。無理だ。
「父さんは騎士団のとても偉い人だってこと、僕は知ってるよ。僕も父さんみたいな騎士になれる?」
 何と答えれば良いのか……ヴォルマルフは戸惑った。息子に父親と同じ騎士になりたいと言われるのは嬉しい。だが素直に喜べないのだ。
「私の方が先に騎士になるのよ! 私がお姉さんなんだから!」
 メリアドールが割り込んだ。
「ああ……そうだな。二人とも良い騎士になれるだろう」
 ヴォルマルフは交互に二人の頭を撫でた。

     

  

 ローファルはミュロンド寺院の地下墓所の中でじっと佇んでいた。この墓所が薄暗く不気味な雰囲気を醸し出しているのは、この場所が聖天使への生け贄を捧げる場所に選ばれているからだ。ここへ立ち入ることが出来るのは、神殿騎士と、彼らに屠られることになる、哀れな生け贄たちだけであった。
 ローファルは覚悟を決めて、自らの死を受け入れた――生け贄として血を捧げる決意をしたのである。
 彼はクリスタルに宿る太古の知識を得るために身体を犠牲にした。そして膨大な知識を得た。だが、その結果、グレバドス教会について知ってはいけない真実までを知ってしまったのである。信仰も肉体も失った。
 教会にとって、不死の肉体とは便利なものだった。殺しても肉体は蘇り続けるのだ。その肉体が滅しないかぎり生き血が永久に手に入る。教会がそのような不死の肉体を持つローファルに目を付けないはずがなかった。すぐに彼は捕らえられ、教会のために<奉仕>せよと命じられた。
 ローファルは抵抗しなかった。聖石から叡智を授けられた時点で、人としての真っ当な生き方は放棄していた――せざるを得なかった。彼の中にはどんな呪われた運命を超然として受け入れる、ある種の諦観が生まれていた。
 静かな地下墓所に足音が響いた。
「……あなたが来るのを、お待ちしておりました」
 ローファルは振り向かずに言った。相手は誰だか分かっている。神殿騎士団団長のヴォルマルフ・ティンジェルだ。誰からも恐れられ、彼自身が悪魔と契約していると噂されるほどであった。このままローファルのことを何の感情もなく斬り捨てることだろう――
 沈黙。
 長い沈黙。
 そして、長い沈黙の後、何も起こらなかった。
「ヴォルマルフ様?」
 ローファルが怪訝に思って後ろを振り返ると、そこには一人の男が立っていた。肩に小さい女の子を担ぎ、空いた手で彼女と同じくらいの背格好の男の子を連れている。剣は腰に差していたが、どうみても家族連れの父親だ。
「あの……私はここで神殿騎士団のヴォルマルフ・ティンジェルという人物を待っているのですが……」
「私がヴォルマルフだ」
「人違いではなくて……?」
 ローファルは聖石を手にしてからというもの、何に動揺することもなくなった。けれど、さすがのローファルも驚かざるを得なかった。娘(?)を肩に担いだまま人を殺しにきたのか? しかし、娘(?)にそんな殺戮の場を見せるとは、悪趣味な父親だ……
 けれど、ヴォルマルフは動かなかった。
 ローファルもどうして良いか分からず動けなかった。
「あの、あなたは何のご用でここにいらっしゃったのでしょうか……」
 ローファルは困惑して言った。
「そ、それは……私もどうしてよいか分からなくなった」
 ヴォルマルフも困惑している様子だった。ローファルはますます訳が分からなくなった。

     

  

「しっかりしてください、あなたが騎士団長でしょう」
 結局、ヴォルマルフはローファルを殺さなかった。そして、そのまま彼をミュロンドの自宅に案内した。
 このまま血を抜かれる覚悟をしていたローファルは拍子抜けした。
「何故、私を殺さなかったのです? 血を集めることがあなたの役目でしょう」
「いや……ずっと娘を担いできて手が疲れてしまって」
「……そんな理由がありますか」
 ローファルは呆れた。神殿騎士団に目を付けられたら最期、一滴残らず血を絞り取られる、とまで陰でささやかれているというのに……
「だいたい、地下墓所に娘さんと一緒に来るとはどういう事です?」
「娘だけじゃない、息子もいた。イズルードのことも忘れないでやってくれ」
「ヴォルマルフ様……私の言っている意味が理解できますか」
「ああ、分かっているとも。私だって好きで家族を連れ込んだわけじゃない。子どもたちに父親の仕事している姿が見たいと頼まれ断れなかったのだ。父親が働いてないと思われたら、父の尊厳が台無しだろう」
「はい……それは、そうですね」
「……それで断れなかった。そしてつい娘に言ってしまったのだ。『パパは教会の騎士で、悪い人をやっつけるのが仕事なんだ』と――どうしよう」
「そんな事実と全くかすりもしない職務内容を言っておいて……私はフォローしかねます」
「だが事実をいったら嫌われるだろう。父親が陰で人間の生き血を集めていると知ったら、どう思われるだろう」
「父親と見なしてもらえないでしょうね。人間と思ってもらえるかも……」
「駄目だ! 絶対に駄目だ! それだけは避けねばなるまい」
 ヴォルマルフは悲痛な叫び声をあげた。
「ヴォルマルフ様……つまり、総括すると『子ども達の前で良い父親の格好をつけたかった』と言うことですね」
「うむ。その通りだ。おまえは……たしかローファルとか名乗ったな。運が良かったな。私の子らのおかげで命が助かったのだ。感謝することだ」
「そう言われましても……」
 ローファルは自分のことをもてあましていた。
 生きていることを感謝しろと言われても、元々捨てたも同然の人生だ。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「ええ……でも私を殺しても別に構わないのですよ? この肉体は教会に捧げるつもりだったのです。どうぞ好きに使ってください」
「そう言うのならば、好きに使わせてもらうぞ」
 その時、父親の様子をうかがうように、金髪の少女が入ってきた――飛び込んできたというのが正しいかもしれない。ローファルはこの子がヴォルマルフの箱入り娘なのだとすぐに分かった。
「パパ! この人は? この人は誰? パパのお友達?」
「私は――」
 ローファルは何と答えようか迷った。ヴォルマルフが娘を抱き寄せながらローファルに視線を送っている。絶対に真相をばらすなよ、という顔だ。
「……私はあなたのお父様に助けていただいたのです」
「本当?」
「はい。命を救ってくださいました」
「パパすごい! 騎士みたい」
「おまえが生まれる前からパパは騎士だったんだよ」
 はしゃぐ娘に自慢げに言うヴォルマルフだった。
 それは、紛れもなく、幸せな親子の姿だった。喜ぶ二人の姿を見てローファルは言葉を続けた。
「お嬢様、私がこうして生きていられるのは、あなたのおかげでもあるのです」

     

  

「仕事中に父さんの部屋に勝手に入ったら怒られるよ」
「イズ、黙ってて」
 メリアドールは父が連れてきた若い男の人のことが気になっていた。
 さっきから二人っきりで話している。
 何の話をしているのか父親に教えてもらおうとメリアドールは部屋に入っていった。尻込みしている弟はその場に置いてきた。
「――お嬢様、私がこうして生きていられるのは、あなたのおかげでもあるのです」
 父が命を救ったという、その謎めいた人物は、メリアドールの前で膝を折ってきちんと挨拶をした。
 え? 何? 
 メリアドールは突然のことに少し驚いた。自分が何をしたらこんなに丁寧に感謝されるのかも分からない。お嬢様、なんて呼ばれる経験もほとんどなかった。まるで騎士にかしずかれるお姫様みたい。ちょっと嬉しかった。
「あなたは誰?」
「私はローファル・ウォドリング。教会に仕える人間です」
「じゃあパパと同じね。私のパパも教会に仕える偉い人なの」
「私はあなたのお父様ほど偉い人間ではありませんよ。サー・ヴォルマルフ・ティンジェルは神殿騎士騎士団の団長ですが、私は何の肩書きも持たない存在――ただの人間です」
「……じゃあ、私のパパみたいにたくさん仕事をしなくてもいいの? 私とたくさん遊んでくれる?」
「お嬢様の好きなように」
「嬉しい! すごいわ! 私ね、お誕生日に新しいパパが欲しいと神様にお願いしたの。そうしたらパパがあなたを連れてきてくれた」
「あなたのお父様はヴォルマルフ様ただお一人ですよ。私では代わりになれませんが……」
「でも私とずっと一緒に居てくれるんでしょう?」
「はい」
「だったら、もう私の家族だわ!」
 きっと、誕生日の前に神様が贈り物をくださったんだわ。母はずっと前に死んでしまった。だからメリアドールの家族は父と弟だけだった。でもこれからはローファルが新しく家族になってくれる。素晴らしいことだ。
「ローファル、あなたのお誕生日はいつ? 私は明日なの! お誕生日は生きていることに感謝する日なの。それにたくさんの人が私に『おめでとう』と言ってくれる素敵な日なの」
「誕生日ですか……私の生まれた日は――今日です」
「そうなのね、なら今日はあなたにたくさん『おめでとう』と言わなくちゃ。待ってて、今イズルードを呼んでくるわ」
 メリアドールはローファルに抱き付いて「おめでとう」と言ってから、イズルードを探しに部屋を出た。

     

  

「生きているだけで感謝される日がくるとは……驚きです」ローファルは言った。
「今日が誕生日というのは本当か? うちの娘と一日違いとは偶然だな」
「本当の日は忘れました。でも生まれた日というなら、間違いなく今日です。今日から私は神殿騎士として生きていきます――あなた方と一緒に」
 そうか、とヴォルマルフは頷いた。「……まだ私はおまえを騎士団に迎え入れるとは一言も言っていないのだが」
「メリアドール様が私と一緒に居たいと言っているのに、あなたは反対なのですか?」
「……そうだな。反対するわけがない」
「でしたら――ヴォルマルフ様、私に騎士団をお任せください」
「ふむ、どういうことだ?」
「私があなたの代わりに騎士団の仕事をすれば、あなたはその分お嬢様方と一緒に過ごせる時間が増えます。それに、メリアドール様やイズルード様に騎士団の裏の仕事を任せるわけにはいかないでしょう。私が代わりに騎士団の後継者になります。どうです、名案ではありませんか?」
「なるほど、それは名案だ――とでも言うと思ったか! 私はまだまだ現役だ!」
 いくら可愛い娘のためとはいえ、昨日拾ってきた男に軽率にも騎士団を譲ってしまったと言えば、教皇から大目玉を食らうのは確実だ。それに、ヴォルマルフにも長いこと騎士団を率いてきた統率者としての誇りがある。これは軽々しく応じられる問題ではないのだ。
 ――そういう訳で、ローファル・ウォドリングが神殿騎士団の副団長に任命されるのは、もう少し先の出来事である。

     

  

     

  

初出:2017.09.23
イヴァフェス3発行「The Knight bended knee with a Vow」改題

     

  

Aspects of Family:僕にお嫁さんをください

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・イズメリ10歳前後
・イズルード×アルマ前提
・余談ですが、ヴォルマルフとアルマの誕生日は一日違いです。奇跡的ですね!

     

  

僕にお嫁さんをください

     

  

「やあ、ヴォルマルフ、久しぶりだな。子どもたちは元気にしているか?」
 ヴォルマルフの暮らすミュロンドまでわざわざ足を運んできたこの気さくな騎士は天騎士バルバネス・ベオルブ。北天騎士団の団長である。今は自らの騎士団を率いて戦地へ赴いているはずであったが、どうしたことか急にヴォルマルフを訪ねにきたのであった。
「サー・バルバネス、北天騎士団の団長がお忍びで突然どうされました……?」
「いやあ、ふと、貴殿の子どもたちに会いたくなってな」
「そうでしたか! 戦争の合間に私の子どもらのことを思い出していただけるとは光栄です。娘は十二歳になりもう一人で剣を持つようになりました。星天爆撃打を使えるようになってもう一人前の剛剣使いです」
「ええと、イズルード君の話だったかな……?」バルバネスは首をかしげた。
「いいえ、娘です」
「そうか、そうか……貴殿の家の教育方針はずいぶんと厳しいのだな。娘御をディバインナイトに育てるつもりか?」
「いえ、そういう訳では……しかし私の背中を見て自然と剣技を身につけてしまったようです」ヴォルマルフはさりげなく娘自慢を付け足した。「私の娘はとても物覚えが良いようでして。遅かれ早かれ熟練の剛剣使いになるでしょう。父親としては、もう少しおしとやかな淑女になって欲しい気持ちもありますが……」
 だが、あまりおしとやかなレディになってしまうと、あっさりと嫁にいってしまうだろう。それは寂しい。であるから、ヴォルマルフは娘が剣の腕をせっせと磨いていることには口を挟まなかった。
 娘よ、どんどん剣の腕を上げるがよい。そうして軟弱な求婚者どもを撃退してくれ。
「実はな……私がこうして秘密裏にミュロンドへ来たのは娘のことで相談があったからなのだ」
「娘?」
 今度はヴォルマルフが首をかしげる番だった。確か、天騎士の子にベオルブの名前を次ぐレディはいなかったはずだが……。
「私には娘が一人いる。名前はアルマ・ルグリア。妻の子ではないが私の娘だ――まあ、事情は察してくれ。もうすぐ十歳になる。まだイグーロスには迎え入れていないが、いずれベオルブの名前を与えるつもりだ」
「そうでしたか……」
「貴殿の話を聞いていると、やはり娘と一緒に暮らすのはよいものだと思えてきてな。城に呼び寄せようと思ったのだが、私は騎士で、いつ戦場に呼び出されるか分からぬ身だ。主の不在がちな城で、身分の異なるわが娘が無事に暮らせるか分からない。かと言って男所帯の騎士団の中に放り込むわけにいかない。そこでだ、修道院に預けることにした」
「それが一番安全でしょう。しかし……離れて暮らすとなると寂しいでしょうね。お父様も、娘さんも」
「そうなのだ。娘に父親としての姿を見せることも、一緒に暮らすこともできない」
 バルバネスは寂しげに言った。ヴォルマルフは同情した。もしメリアドールが修道院に入ることになったら……ヴォルマルフは考えただけでぞっとした。娘と離れて暮らすなど想像もできない。
「だから、娘を修道院に預ける前に、今日だけは親子水入らずで一緒に食事でもしようと思って戦場をこっそり抜けてきたのだ――だが、戦況が急変した。私はこれから急いでオルダリーアへ向かわねばならん」
 バルバネスはヴォルマルフに向き合った。「だからヴォルマルフよ、父親である私のかわりに娘を預かってくれないか」
「私には無理です!」
 深く考えるより先に反射的にヴォルマルフは即答した。天騎士の娘を預かるなど……責任が重すぎる。
「何故だ? 貴殿は私と同じく騎士団を率いる身。しかも既にもう娘を立派に育て上げた父親ではないか」
「いえ、育てたといっても、メリアドールは――」
「そう謙遜するな。貴殿はよき父親だ。それは子どもたちの姿を見ればすぐに分かる」
「いえ、私には責任が重すぎます……そういうお話は伯爵様に頼んでください。南天騎士団のオルランドゥ様に」
「だめだ。もうアルマをミュロンドに呼んでしまった。これから一緒にミュロンド寺院へ行こうと思っていたのでな。預けようと思っている修道院はオーボンヌだ。ヴォルマルフよ、食事でもしたらそのままオーボンヌに連れて行ってくれないか。あちらの院長殿に話はしてある」
 バルバネスはそう言ってヴォルマルフの肩を叩いて出て行った。
 無茶ぶりにもほどがある。ヴォルマルフは頭を抱えた。一緒に食事といっても自分の家族と食卓を囲むのとは訳が違う。相手は天騎士のご令嬢なのだ。粗相があってはいけない。つまり――淑女を正式にディナーに招待するのだ。

「パパがすごい顔をして図書室を出て行ったわ。何かしら」
「修道院、とか、淑女、とかつぶやいてたよ。それに床に『貴族の礼儀作法』の本が落ちてる。姉さんを修道院に入れるつもりなんじゃない? 姉さんは剣の使い方を学ぶより、お祈りの仕方を学んだ方がいいと俺は思うんだけど」
「イズルード! 姉に向かってなんて口の聞き方をするのよ!」
「姉弟って言っても、たった一歳違いじゃないか! なんで姉さんばっかり剣の腕が上達するんだよ! ずるいや」
 イズルードはむくれた。やっと剣を持てるようになったと思ったら、姉はもう剛剣を使いこなしている。
「二人とも、どうしました? 図書室で大声をあげて」
 姉弟で言い合いをしていると、ローファルが姿を見せた。
「イズルードが私の剣の腕に嫉妬してやつあたりしてるの」
「姉さんッ」
 メリアドールは今にも突っかかってきそうな弟をさっと避けた。
「それよりも、ねえ、ローファル。大変なの。パパが私を修道院に入れるかもしれないって」
「ヴォルマルフ様が? まさか、そんなことはないでしょう」
 あのヴォルマルフ様に限って、とローファルは思った。メリアドールは知らないかもしれないが、あの騎士団長は子育てのために戦場に行くことを拒んだのだ。今更、娘を手放したりはしないだろう。
「本当?」メリアドールが念を押す。
「ええ。もしそんなことになったら私が修道院を爆破してでも呼び戻しますので安心してください」
「ローファル! あなたのこと大好きよ!」
 メリアドールがローファルにぎゅっと抱きついた。そして誇らしげにイズルードを振り返って言った。
「ほら、ローファルだってこう言ってるわ」
 イズルードは何か言いたげな顔をしている。けれど姉に気圧されて何も言えないようだ。
 姉弟喧嘩の雰囲気を察したローファルはイズルードに言った。「イズルード様は、またお姉さまにいじめられてたのですか?」
「うん――」
「違うの! イズルードが私をいじめたの。私に修道院に行けって言うのよ!」
「そうですか……」
 ローファルは姉弟の顔を順番に見比べた。喧嘩の発端は分からないが、どうやらこの勝負はメリアドールが勝ちそうだった。しかし姉弟喧嘩に介入する気はなかったので、ローファルは二人の言い争いをそっと見守っていた。そして今日に限らず、大抵はメリアドールがイズルードを言い負かしてしまうのだが……こればかりは傍で暖かく見守るしかなかった。

「あなたが私のお父様ですか?」
 ヴォルマルフはバルバネスに言われた通り、バルバネスの愛娘を迎えにいった。
 約束の場所には、栗毛色の巻き毛を赤いリボンで結わえた少女がちょこんと立っていた。
「私の父は騎士団長様だと聞きました。どうも、はじめまして」
 この愛らしい少女――アルマ嬢は深紅のドレスの裾を広げてヴォルマルフに挨拶をした。ヴォルマルフはあわてて名乗り出た。私は彼女の父親ではない。父親を詐称したくなるくらいの愛らしさではあるが、彼女に勘違いをさせてはいけない。
「い、いや……私は君の父親ではない。騎士団長ではあるが……」
 ヴォルマルフが挨拶をすると、アルマは微笑んだ。
「ティンジェルおじさま。今日はよろしくお願いいたします」
 バルバネスは惜しいことをしたものだ。こんなに可愛い子と離れて戦場に行ってしまうとは。
「私は君のお父さんから約束を預かっている。さあ、ディナーへ招待しよう」

「ヴォルマルフ様、ミュロンドの騎士団長が赤いドレスの少女を誘拐して連れ回していると噂が立っております」
「なんだと……」
 副団長の言葉にヴォルマルフは困惑した。バルバネスとの約束通り、ヴォルマルフはアルマ嬢をオーボンヌ修道院へ送り届けて自宅に戻っていた。
「あの子はサー・バルバネスの娘だ。決して私がさらってきたわけではない」
「天騎士様のところにご令嬢はいなかったはずですが」
「……いや、確かにいるのだ」
 ローファルは真顔でヴォルマルフを見返した。
「ローファル、私が適当なことを言っていると思ってるな」
 しかし、何故私がベオルブ家の家庭事情をここで自分の部下に説明しなければならないのだ。バルバネスめ、面倒事を押しつけやがって……
 けれど、ヴォルマルフはその面倒事を運良く免れることができた。二人が話しているところへイズルードがちょうど良く入ってきたのだ。
「父上……今日のディナーで一緒にいたあの愛らしいレディはどなたですか?」
「イズルード、気になるのか?」
 おずおずと話す息子の様子をヴォルマルフは見守った。息子も異性の目を気にするようになった。この間まで父親の背中にくっついていたというのに、成長は早いものだ。嬉しいかぎりだ。
「はい……とても。父上、お願いです、僕に彼女を紹介してください」
「そうか、そんなに気になるか……。だが彼女は由緒ある貴族の血筋を引いている。だが、事情があって、まだ名前は明かせない」
 少なくとも、バルバネスが彼女の存在を公表するまでは。
「つまり、僕の手の届かないとても高貴な存在だというのですね……」
 イズルードは気落ちした様子だった。
「……父上、お願いがあります。僕にお嫁さんをください。どうか彼女を僕に――」
「イズルード! おまえは男だろう! 頼むから、そこは『俺がさらってくる』という気概を父さんに見せてくれ!」
 同じように育てているのに、どうしてこうも姉弟で真逆の性格になってしまったのだろうか。メリアドールが剣をふりまわしてたくましくなっていく一方で、イズルードは輪をかけておとなしくなっていく。
「ち、父上までそんなことを言うのですね……」
 うなだれるイズルードの姿にヴォルマルフは慌てた。そんなに落ち込むほど叱ったつもりはないのだが……
「ヴォルマルフ様」ローファルがささやいた。「イズルード様は、姉君に姉弟喧嘩で勝てないことを気に病んでいるのです」
「そういうことか。我ながら困った娘だ……あのお転婆娘は」
「ですから、もう少し、優しくしてあげてください――イズルード様に」
「そうか……よし、イズルード。父さんがおまえの望みをかなえてやろう。あの子が好きなのだな?」
「はい!」
 しかし、バルバネスがそう簡単に愛娘を手放すとは思えない――ということは……
「よしよし、いつか父さんが連れてきてやるぞ」
「父上! ありがとうございます」
 このままでは騎士団長が誘拐犯であるという噂が実現してしまう――けれどヴォルマルフは素直に喜ぶイズルードの顔を見て、愛するわが子のためなら、まあ仕方ないか、と思ってしまうのであった。

     

  

2017.07.24

     

  

Aspects of Family:祝福していただいて

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・子育て真っ最中の若ヴォルマルフさん
・シド、バルバネス、ヴォルマルフの三人は昔からの顔なじみ(でもヴォルマルフが一番年下なので二人には敬語で話してる)
・メリアドールがやんちゃっ娘。イズルードは超人見知り

     

  
祝福していただいて

     

  

 後に五十年戦争と呼ばれるイヴァリースの戦乱の時代――イヴァリース王はオルダリーアにさらなる進軍を試み、畏国全土の騎士に戦争への協力を求めた。
 ここにイヴァリースの名高き北天騎士団・南天騎士団の両将軍が顔を合わせた。サー・バルバネス・ベオルブとゼルテニアの伯爵シドルファス・オルランドゥの二人である。二人は旧知の仲であった。

「しかし、おかしいぞ。わが友の姿が見えないではないか」
 バルバネスは言った。イヴァリースの名将たちが王のために剣をとる準備をしているというのに、ここにいるはずの、ある男の姿が見えない。その名はヴォルマルフ・ティンジェル――神殿騎士団の若き団長だった。
「シド。この有事に及んで神殿騎士団長が姿を現さないとは何ということだ。まさか教会が暗躍を企てている訳ではなかろうな」
「ふむ。確かにこれは奇妙なことだ」
 シドやバルバネスより一回り若い神殿騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルはやり手の切れ者であると評判だった。何故その若さで騎士団長の座につけたのか――その謎めいた素性ゆえに、彼のことをイヴァリース随一の実力者として恐れる者は多かった。また、グレバドス教会は密かに王家への反逆を試みている、という黒い噂も絶えない。
 その騎士団長の消息がぱたりと途絶えたのである。一体、教会の抱える騎士団で何が起きているのか。バルバネスはシドと顔を見合わせた。シドもバルバネスもヴォルマルフとは古い間柄である。その二人をしても、ヴォルマルフの消息は掴めなかったのである。
「よし、それならば様子を見にいってこようではないか。シド、ミュロンドまで行くぞ」

 二人はミュロンドにあるティンジェル家の邸宅を訪ねた。すると、明るいブロンドの髪の少女が飛び出してきた。少女はシドの顔をじっと見つめた。
「パパ! この人たち誰?」
 バルバネスとシドが何のことやら分かりかねて呆然と立ち尽くしていると、すぐにこの邸宅の主と思われる二十代の男が現れた。二人の姿を見て「ああ、久しぶりですね」と呟くと、少しばつの悪そうな顔をした。そしてすぐに娘を叱った。
「メリアドール! お客様の前では行儀良くするんだ! その方は伯爵様だ。ご挨拶しなさい」
 メリアドールと呼ばれた少女は二人の騎士に興味津々な様子だった。父親の言葉は気にも留めずにシドの服の裾を引っぱった。
「おじさん?」
「はは! どうやら私もおじさんと呼ばれるような年齢になったらしい。可愛い子ではないか」
 ヴォルマルフは慌ててメリアドールを連れ戻そうとしたが、好奇心旺盛な少女は父親の手をすばしっこくすり抜けた。そうして自分の家の中へと駆け戻る途中で、彼女の乳母と思わしき女性に抱き留められた。
「だから旦那様はお嬢ちゃまを甘やかしすぎるんですよ。殿方は戦場でしか役に立たないのですから、お嬢ちゃまにばかり構っていないではやく戦争に行ってきてくださいな」
 ヴォルマルフは乳母に叱られて小さくなっていたが、シドとバルバネスには「妻が亡くなりまして……」とそっと付け加えた。
「娘の子育てに手を焼いているようだな、ヴォルマルフ」
 バルバネスは苦笑した。男は戦場でしか役に立たないと言われてしまえば反論も出来ない。
「ええ、どうやら我が子はとんでもないお転婆娘のようでして……」
 そうは言っても実の娘が可愛くてしょうがないといった雰囲気である。
「それで、サー・バルバネス、伯爵様も、今日は私に何用で?」
「ヴォルマルフよ。王がオルダリーアに宣戦布告をしたのは知っているな。我が南天騎士団も、バルバネスも、王のためイヴァリースのために力を尽くして戦うつもりだ。そこで、貴殿の神殿騎士団もこの戦争に協力してはもらえぬかと相談に参ったのだ」
「さようでございますか。でしたら――」
 ヴォルマルフが言葉を続けようとした時、まだ幼い少年がヴォルマルフの背後から控えめにそっと抱き付いた。
「おとうさま、行ってしまうのですか?」
「こら、お前まで。イズルード、お客様の前だぞ、ひかえなさい」
「だって、おとうさまが――」
「ほら、挨拶をするんだ」
 いくら父親にうながされてもイズルードは父親の後ろから恥ずかしがって出てこなかった。
「ああ、ご覧のように愚息は人見知りでして……挨拶もまともに出来ないとは」
「いや構わないさ。ザルバッグの若い頃を見ているようだ。おいで、坊や」
 バルバネスはヴォルマルフの背中からイズルードを救い出すと優しく抱き上げた。その光景を見て、ヴォルマルフは幸せそうにほほえんだ。
「良かったな、イズルード。天騎士様に祝福していただいて」

「結局ヴォルマルフは戦いには参加できないと言ったが――王の要請を易々と蹴るとは、さすがは神殿騎士団長。あいつは胆が坐ってるぜ」
 ティンジェル家の邸宅を後にしたバルバネスはシドに言った。剛胆な男だ。祖国が戦争を始めたというのに、爽やかな笑顔で私は戦争には行けませんと言い放つ。『愛する家族がおりますので』と。
「バルバネス、それは当然だろう。私も最近養子を迎えたばかりだ。年頃の子の世話をするのは手が掛かる。どうやらあの若殿は自分の子らに随分と手を焼いているようだからな。しかし、あの凄腕の騎士団長が子育てで忙しいとは……」
 シドはしみじみとした感慨に耽った。ある日突然一線を退いた神殿騎士団長。教会の陰謀か、とまで噂されておいて、まさか人知れず子育てを始めていたとは誰も想像できないだろう。
「しかし私も娘に会いたくなった。私も戦争が終わったら娘を我が家に呼び寄せよう」
「娘だと? おまえに娘はいないはずだろう、バルバネス」
「いや、居るのだ。ちょうどあの子らと同じ年齢だ」
「隠し子か? まったく、あきれた奴だな――」
「実は息子もいる」
「バルバネス! お前には何人隠し子がいるんだ!?」
「二人だよ。いずれ大きくなったらベオルブの名を継がせるつもりだ。シド、いつか会いにこいよ。可愛い私の子どもたちだ」
「もちろんだとも」
 二人の騎士は笑った――愛する我が子たちの姿を思い浮かべながら。

     

  

2017.05.28