誇りを失った騎士:第三幕

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誇りを失った騎士

  

 

第三幕

  

 

 第一場 ミュロンドの城館。階下の一室。
 朝。場面両側に扉。片方は開け放たれている。中央にテーブルがあり、メリアドールが手紙を書いている。

メリアドール (読み上げて)聖なる父よ、おはようございます。今日もまたこうして新しい一日を始めることが出来ます。その名前を讃えて――要するに、ファーラム。――愛する弟へ、オーボンヌ修道院ではうまくいったでしょうか。おまえのことだから――ウィーグラフもついていることですし、全く心配はないと思いますが、何かひどい怪我でもしていないかと、ひどく不安になりました。聖石のため、教会のため、義務を果たすことは大事なことです。けれど、たとえおまえが何の功績を挙げられず、何も持たずに帰ってこようとも、私はおまえを責めたりはしないでしょう。父や騎士団の兄弟たちが声を荒げておまえの越度を叱責をしようとも、私はおまえを暖かく迎えます。これは姉としての愛の言葉だと思って受けて頂戴。きっと昔の事は覚えていないでしょうが、母が亡くなった時、おまえは随分泣いていました――その時、私はおまえの母になって、抱いて慰めてあげたいと心の底から思ったのです。男を知らない私が、このようなことを書くのは、妙なことだと感じるでしょうが、慈しむ心は女ならば誰しも内に秘めているものです。誰かを愛し、慈しみ、守りたいと感じる時、自ずと庇護の翼は広がるのです。愛とは、汲めども汲めども、底から湧き溢れる泉のようなもの。おまえが、もし、寂しいと、孤独に悩む時があるなら、いつでも私の傍に帰っていらっしゃい。何があろうと、おまえの帰ってくる場所はここにあるのですから、よもや絶望の果てに神を忘れることなど、どうかしないように。

  (しばし考える)

メリアドール (続けて)こうやって一人で静かにミュロンドで過ごしていると、様々な噂が耳に入ります。たいへん立派な称賛から、中には、ひどく根拠のない滅法なものまであって、私は大変驚きます。父が言うには、この私たちの騎士団にもかつては、権力と威光を貪欲に求める者がのさばり、ミュロンドの神殿騎士団は堕落の巣窟と悪名を馳せていたとか。けれど、幸い、父が総長になった時、そのような不届き者は全て追放されました。今も、ガリオンヌやゼルテニアの騎士団にはそういう輩がまだのさばっていると聞きますが、この祝福された聖地を守るこの神殿騎士団には、そのような礼儀知らずはいないのです。ですから、もし、おまえの周りに、私達をひどく冒涜的な、あの口汚い言葉で――悪魔だとか――罵る人がいれば、その人は、かつての堕落した神殿騎士しか知らないだけなのです、だから、その人を憎まず怒らず、寛容の心をもってその言葉を忘れなさい。そして、おまえの騎士としての雄志を見せて、その人に、正しき神殿騎士の姿を知らしめるのです。繰り返しますが、どうか、思慮のない人の流言に惑わされて、神を忘れることなどないように。

  (手紙を書く手を止め、しばらく考える。また筆をとる)

メリアドール (続けて)――本当は、私はおまえのことが羨ましかった――自由に外へ出ていけるおまえのことが。いつだったか、私はまるで籠の中の鳥であると、おまえに話しました。まったくその通りです。人々はミュロンドに居る私をとてもありがたい存在として、それは敬って接してくれます。けれど、それは大聖堂に置かれた聖石を崇めるのと同じことです。この世の中には、祈る人、治める人、働く人、各々が各々の仕事を為すことによって秩序と平安が保たれるのだと、多くの人は考えています。けれど、彼らはどこかで己の本性は自由であるとも考えていることでしょう。人々は皆、己の本性を隠して生きています。皆、心の裏側にその本性を隠し持ったまま、体裁を立てるためだけに望みもしないことを願い、見苦しくうわべを取り繕って生きています。畏国はこのような馬鹿げた人であふれかえっています。このままでは畏国は遅かれ早かれ腐りきってしまうでしょう。おまえの望む世界は、こうではないはず。皆、望むべき自由の本性を空に羽搏かせることが出来る世界――聖アジョラの理想郷をおまえは夢見ているのでしょう。私たち姉弟は共に同じ道を歩むと誓った仲。おまえが選んだ道は私の歩む道でもあるのです。正しき道を行くように。そうすれば、すぐに私も一緒に行きますから。――くれぐれも、神への感謝を忘れずに。もし進むべき道が分からなくなったのなら、神の坐す場所に行き、神の語る言葉を待ちなさい。それが最善の道です。(筆を擱く)

  

 

 第二場 場所指定なし。
 ローファル、クレティアン、バルク。格好はそれぞれ前幕の通り。従者がローファルに伝言を伝え、すぐにその場を離れる。

ローファル 修道院を出たイズルードと連絡が取れないようだ。
クレティアン 子羊は狼に食われたか。
ローファル 剣を棄てて姿をくらましたらしい。近くの廃墟で彼の剣を見つけた者がいる。
バルク あの若造だ、どうせ家出なんて長続きしねえよ。すぐ戻ってくるだろ。
ローファル そういう訳にもいかない。彼は聖石を持っているのだぞ。それに、ベオルブの娘と一緒だったと、オーボンヌの僧侶が目撃している。
クレティアン 逆か、狼が子羊を喰らったのか。だがしかし若者にはよくある話だ。
ローファル よくあっては困るのだ。それも神殿騎士にはな! 我々がリオファネス城に着くまでに何とかして連れ戻す。大事ある前に探し出さねば。この事態はいずれはヴォルマルフ様の耳にも入ろう。そうなったら大変だ。
クレティアン 気が重いな。
バルク 別に、オレたちが案ずることではあるまい。オーボンヌ修道院から逃げたのなら、まだこの近郊に居るだろう。王都へ行ったか――木の葉を隠すなら森の中、人目を避けるなら人混みに――リオファネスまでの長い道中、捜し物が一つ増えただけのこった。
クレティアン ただ失せ物を見つけてこいというなら話は簡単だ。だが、これはそう単純なことではないのだよ、バルク。ヴォルマルフ様が一連の出来事を聞いて良い顔をすると思うか?
バルク 勿論――しないだろうな。眉間に皺を寄せている様が目に浮かぶぜ。
クレティアン 大事なゾディアックブレイブが、結成された瞬間に逃げ出したのだ、しかも聖石を持って、わざわざ剣を棄てて雲隠れしたのだ。意図は明確だ。息子が女を連れていなくなったというだけでも体裁丸つぶれだというのに。怒るどころの話ではないぞ。
バルク きっとあの爺さん[教皇]もお怒りだ。
クレティアン ――猊下と呼びたまえ――連れ戻された脱走兵の末路は悲惨だ。ヴォルマルフ様は団長という立場の手前、息子を折檻せずにはおかないだろう。
バルク あの血も涙もない団長様のことだ、見せしめのため首の一つでも刎ねるかもな。おお、奴のために想像しないでおいてやろう。(身震いする)
クレティアン だが、手を下してきたのはいつだって我々ではないか。ヴォルマルフ様の名誉と猊下の手を守るため、我々が幾人始末してきたことか! 異教徒の首などいくら刎ねても構わないが、同じグレバドス教徒、同じき誓いを立てた仲間に――彼はまだたったの十六だ――手を掛けるのだけは頂けない。彼がこのまま二度と我々の元に戻ってこないことを祈ろう。その方がお互い身のためだ。(ローファルに)おい、ローファル! 私はこの一件からは身を引く。私はこの話については何も聞いていないからな!
バルク (曖昧に頷く)
ローファル おまえたちは、どうもヴォルマルフ様のことを誤解しているようだな。まるで彼が息子を血祭りに上げるかのような物言いは、控えてくれないか。親子の情を何だと思っている。
バルク オレは運命論者でもないが、この先の未来が見えるようだ。あの団長に人情というものが残っているとは驚きだな。まだ獣の方が我が子に愛情を示してると思うぜ。
クレティアン 私はそこまで言うつもりもないが――これといって否定するつもりも――
ローファル そうか――(独白)そうか、彼らの目には、ヴォルマルフ様は余程冷酷非道の人と映っているのだな。仕方あるまい――昔はそこまで厳しくはなかったのだが――あの男のせいでこんなにも――無念極まりない!
クレティアン (バルクに)知っているか。これから私たちが行くリオファネス城には凄腕の暗殺者集団が暮らしているらしい。ヴォルマルフ様はきっとお前を解雇して、良きアサシンをスカウトしてくるだろう。
バルク まさか! こんなに働いて尽くしてきたのに、そのまま使い捨てるとは、血も涙もない人だな! 武器王だか何だか知らんが、オレにまさる暗殺者はいるまい!
クレティアン その自信はどこからくるんだ、幸せな奴め。
ローファル (呟いて)井の中の蛙、大海を知らず。(二人に)静かに歩きたまえよ。
バルク 残念、ゴーグは港町だ。海は腐る程見て育ったンだよ。だけど、正直な話、その暗殺者集団ってのは何者なんだ?
クレティアン おまえ、何者かも知らずに話していたのか? 呆れた奴だな!
ローファル カミュジャ。武器王直々に育て上げた伝説のアサシンたち。
クレティアン つまり大公子飼いの暗殺者ってところだな。我々と似たような存在だ。バリンテン大公が憎き政敵を、自らの手を汚さずして秘密裏に葬り去れる便利な集団だ。
バルク オレたちと一緒だな。
クレティアン 違うのは、彼らが心からバリンテンを信頼し、情愛で結ばれた関係であるという点だ。私らのヴォルマルフ様への感情といえば――おっと、ローファルがいる手前、これ以上は言うまい。
ローファル そのまま言ったとしても私は気にしないぞ。おまえたちが大してヴォルマルフ様に敬意を抱いていないことは、当の昔に分かっている。
クレティアン ならば聞き流してくれ。だが、そうでなくてもカミュジャと我々神殿騎士団は違う。バリンテンはその暗殺術を得るためなら、何でもすると聞く。村を焼かせ、孤児となった子供らを手ずから自分好みに育て上げているそうだ。カミュジャも表向きは孤児救済集団なんだとか――誰もそんな説明を信じてはいないがな。おそらく信じているのは、当の孤児達だけだろう。大公こそ戦渦から自分を見いだし、保護してくれた唯一の父親と信じ切っているのだろう。彼らは、幻の現実を信じ込まされ、そして大公の言うがままの繰り人形だ。――我々とは全く違う。
バルク オレは嫌だね、そんな生活は。オレは神殿騎士で良かったよ。誇りが持てる。オレは自分の意志でこの銃を取っているのだからな。甘い現実など見てどうする。
クレティアン たとえ、目を背けたくなるような世界しかなくても、それでも現実に留まることを選ぶか?
バルク 第一オレの人生には選択なんて存在しなかった――全くな! そんな道があればテロリストなんてやってないぜ。現実に甘い幻想を抱けるほど、この世界は甘くはないんだよ。
クレティアン 哀れな人生だな。
バルク 同情や哀れみなど不要。
ローファル カミュジャと神殿騎士団の相違点、まだあるぞ。バリンテンは己が保守のため、その手を頑なに汚そすまいと努めているようだが、ヴォルマルフ様は違う。あの方が我々に仕事を放ってくるのは、団長という立場上、滅多に裏舞台に立てないからだ。別にその手を血で汚したくないと思っている訳ではない。あの方が本気を出せば辺りは一瞬で血の海になる。血を流すことなどあの方は厭わない。
クレティアン 聖地を血の海にされてはたまらないな。もう少し厭って欲しいものだ。
バルク 逆鱗に触れないのが一番だ。
ローファル ここだけの話、私はあの方に一度殺された事がある。ヴォルマルフ様はあの男にそそのかされ、悪魔に肉体を喰われてしまったのだ。あの男のせいで――
クレティアン どうしたローファル! 気でも狂ったか!
ローファル だが、幸運にも私は不老不死の身。たとえ何度剣で突き殺されようと、私は死なない。
バルク おい、気味の悪い冗談だな! (クレティアンに)突然、悪魔だの、不老不死だの、一体何のことだ。そもそもあいつは何者なんだ――
クレティアン (答えて)私にもさっぱり――(二人退場)
ローファル (独白)そうだ、この世界は狂気に満ちあふれている。確かなことは、あの方の機嫌を損ねてはいけないということだ! イズルードよ、おまえの選択は正しい。たとえ今は分からなくても、いつか分かる日が来る。おまえは全てを棄てて逃げ出したのではない。だから――その選択を、ゆめ惨めなものと思うなよ――(退場)

  

 

 第三場 リオファネス城。城下町。
 昼間。フォボハム領の都。人通りの多い大通り。両脇に露店が並ぶ。馬上のマラークがイズルードを引きずって連れ回している。イズルード、襤褸を纏わされ、縛された状態で抵抗する様子もなく始終うなだれている。マラーク、異国風の白い装束。

マラーク リオファネスに来るのは初めてか? ならばせっかくの機会だ。観光していくと良い。ここにはあんたのミュロンドにあるような立派な寺院はないが、大公自慢の素晴らしい城がある。――焦らなくても、城にはそのうち連れて行ってやるから、まずは市街を見ていったらどうだ。何か食うか? (露天に並べられた食べ物を指さす)
イズルード (沈黙)
マラーク 腹は減っていないのか。それとも食う気力もないか。さっきからずっと黙りっぱなしではないか。まるで鎖に繋がれた犬だな。どうした、何も主張することはないのか?
イズルード (沈黙)
マラーク こうやって人目に晒されるのは嫌か? 俺はゾディアックブレイブというのは、もっと華やいだ奴らだと思っていたよ。民衆からちやほやされるのには慣れているんじゃないのか。今更何が恥ずかしいというんだ。もはや抵抗する気もないようだな――俺は教会の精鋭と一幕やり合えると期待していたんだが、おまえは剣すら持っていないじゃないか! これでは、まるで俺が一方的に丸腰のお前を虐げているのと何ら変わらない。刃向かう気はないのか? 教会の騎士は捕虜にはならないと聞いたが、このままで良いのか――民衆は、こうやって引きずられて歩くおまえの事を罪人か何かだと思っている。噂好きの奴らはおまえを好奇の目で見ている――誤解されたくないのなら、自分の言葉で話すことだな。

  (イズルード、うつむいたまま何も言わず、縛られた両手を見詰めながらマラークの後ろを歩いている。民衆がその様を見ている。)

マラーク おい、何か言えよ。これじゃあ俺がただの悪人面をしておまえを歩かせているだけじゃないか。(民衆に向かって)彼は盗人や罪人なんかじゃない、ミュロンドから来た誇り高き清貧の騎士だ! 自ら甘んじて清貧に甘んじているのだ。こうして馬にも乗らず、剣すら持たず、この世で最も貧しき者に身をやつし、受難の道を自ら求めているのだ――! (イズルードに)どうだ、これで良いか? 満足だろう――?
イズルード (沈黙。マラークを無視)
マラーク ――さては、おまえ、わざと無抵抗の姿を見せ、俺を安心させておいて逃げようと考えているのだな? 違うか? まさかそんな無駄な事は考えるなよ。俺はおまえの聖石を預かっている。これから城へ行って大公に渡すんだ。無事に、このゾディアックストーンを返して欲しければ、大公の前で申し開きをするんだな! 安心しろ、俺たちはおまえの首や身代金が欲しい訳でもない。おまえが心配することは何もない! それに、城には運良くおまえの父も来ているぞ。きっと明日には親子で手を取って帰れることだ――大公様の条件を飲むのならばな!
イズルード (独白)聖石だと! さっきから聞いていればこの異国の男はふざけちらした事ばかり! 聞いていて呆れるわ! オレが聖石をそう容易く素性怪しき者に渡すものか――おまえが持っている聖石はオレの所有物ではない。あれはあの異端者が持っていたものだ。オレが持っている――教会の正統なゾディアックストーン――ヴァルゴとパイシーズは今もこの懐の中に隠してある! それすら気付かないとはとんだ間抜けな暗殺者だな――
マラーク 見ろ、向こうに城の正門が見えて来た。せっかくミュロンドからはるばる来ていただいた騎士殿には、丁重にもてなして差し上げたいところだが、あいにく来賓用の部屋は満室でね。地下牢しか空いていないんだが、せいぜい一晩の滞在だ。我慢してくれよ――(イズルードの縄を引く)
イズルード (独白)聖石――聖石――オレはこの二つの聖石を死守した。しかし何のためにこのクリスタルを守ったのだ――ゾディアックブイレブの名誉のためか? ラムザに共感し、聖石を無理矢理に強奪させた父の考えに疑問を感じ、剣を棄てて離反を決めたというのに――こうして聖石を離せず、必死に守っている――どうしてだ――望まれるままゾディアックブレイブの称号を戴き、父の言うとおり修道院を襲撃し、アルマに促されまま剣を棄ててしまった。なのにこうして聖石すら手放せない。見ろ、民衆がオレを嘲笑している。惨めだ。だがオレは何一つ自分で決断をしてこなかった。こうして阿呆の暗殺者に引かれ、どこへ行くのかも分からずにただ従って歩くのも、むべなるかな――民衆が笑っている。畜生め! きっとウィーグラフもこんな惨めな姿のオレを見たら笑うことだろう――惨めだ――惨めだ――絶望的だ――(マラークに連れられて退場)

  

 

 第四場 リオファネス城。控えの間。
 バリンテン領主の居城。堅牢な平城。部屋の両端には扉がついており、片方は廊下に、片方は客間に繋がる。床には敷物が敷かれている。壁にはバリンテン家の紋章。その他装飾品が少々。舞台中央でヴォルマルフが従者に小言を述べている。ローファル、クレティアン。

従者 ですから、せめて剣の一つでもお持ち下さい――

  (従者、短剣をヴォルマルフに手渡そうとするも、ヴォルマルフはそれを受けとらない)

ヴォルマルフ だから、要らぬといっているのだ。来賓の席に帯剣していくなど、主人への無礼も甚だしい。大公を貶めることはつまり、私の品格を下げること。貴様は私に礼儀を棄てろというのか。その態度こそが無礼そのものであるぞ。
従者 これは大変失礼しました。しかし私は団長の安全を願ってのことを申したまでで――
ヴォルマルフ 私に剣など不要。そんな鉄の棒がなくとも私はこの身を守れる。 
従者 そうでございますか。けれど、大公は手練れの暗殺者どもを城に配置していると伺います。やはりここはヴォルマルフ様も護衛を増やすなり、有事に備えて鎧と剣は揃えておくのがよろしいかと。
ヴォルマルフ 大公の暗殺術に私がそう易々と掛かると思っているのか。
従者 (慌てて)決してそのような意味では!
ヴォルマルフ いいか、我が神殿騎士団が、このイヴァリースで最も剛たる騎士団だ。貴様もこのまま私に仕える気があるなら、一句違わず覚えておけ! 我々には聖石がある。何も怖れることはない。
従者 (怪訝そうな顔つきで)――つまり、神のご加護があるということでしょうか――?
ヴォルマルフ それは貴様の知るところではない。下がれ!
従者 は、はい――(慌てて退出)

  (従者と入れ替わりにローファルが部屋へやってくる)

ローファル 聖石を神のご加護とは、何も知らぬ幸せな若者ですね。
ヴォルマルフ 知らぬ方が幸せなこともある。
ローファル 知った方が幸せなこともあります。朗報がありますよ。あのせっかちな従者が伝え忘れたようですから、私が代わってお伝えしましょう。
ヴォルマルフ 早く申せ。(うながす)
ローファル この城にイズルードが居るのはご存じですね?
ヴォルマルフ 知っているとも! 愚鈍極まりない奴だ。敵に投降するくらいなら身を斬れと私は何度も言った。大公手下の、あの怪しげな魔道士の手に掛かるとは! むざむざと捕虜になり私に恥をかかせた! あれ[イズルード]に誇りはないのか? 従者から事情は聞いたぞ。既に聖石が大公の手に渡ったそうだな。何という愚行をしでかしてくれたのだ! あの武器王がこれからどんな横暴を働くのか目に見えるようだ。おそらく――いや疑うことなく、私にその聖石の取り引きを持ち出すのだ。まったく面倒なことになったぞ!
ローファル ――まずは落ち着き下さい、ヴォルマルフ様。ですからそのことについての朗報です。大公が握っているのはタウロスとスコーピオだけです。ヴァルゴと――勿論――パイシーズは彼が持ったままです。敵の手に渡すことなく、彼が死守しました。ですから――どうか、彼にあまりひどい仕打ちをなさらいように――
ヴォルマルフ 何故私が怒りを抑える必要がある? 確かに私は聖石を持ってこいと命令したが、敵の人質になれとは命じてない。断固として!
ローファル 彼は、お父上にオーボンヌ修道院の宝、処女宮の聖石を手渡したい一心で、生き恥をさらしてでもここまで来たのでしょう。是非その心とそのクリスタルを受け取ってやってください。
ヴォルマルフ 此の期に及んであれがそう弁明したか。
ローファル いえ、これはあくまで私の憶測ですが――どうか斟酌を――
ヴォルマルフ (床を蹴って)ああしかし癇に障るな! 面倒だ! 大公相手に一暴れしてくるか。どうせ、奴は喰い千切る算段で来たのだ。何構うものか。(呼んで)ローファル!

  (ヴォルマルフ、ローファルを呼びつけて小声で話し、ローファル、それに頷く。その後、ヴォルマルフ、客間に向かって退場)

ローファル (独白)おいたわしや、我が君! あんな奴に身体を取られ、魂を取られ、さぞや無念だったでしょう――事の起こりは全てあの男に――聖石を渡し、悪魔を誘ったあの強欲な男! いずれ私がこの手で無念を晴らしましょうぞ――この剣で――

  (様子を窺いながらクレティアン登場)

クレティアン ヴォルマルフ様はひどく具合が悪そうだ。どうも血の気が多すぎていけない。私にはとても恐ろしくて相手を出来ない。ローファル、おまえはよくあんな短気を相手に出来るな。
ローファル 慣れているから問題ない。(独白)しかし昔はあのような粗野な振る舞いなど想像も出来ない程、篤実な、誇り高き騎士だったのだ! それが今やあの男の使い魔に! おいたわしや、我が君!
クレティアン あのままでは大公の喉笛に噛みつく勢いだ。武器王も災難だな。
ローファル そのまま食い千切るつもりだそうだ。
クレティアン とすると、団長自ら大公の首を刎ね飛ばすのか。だが、諸侯が大勢見ている手前、それはいささか都合が悪いのではないだろうか。ミュロンドの騎士も大勢来ているというのに。ミュロンドの神殿騎士を統べる団長が、手ずから大公を殺したとなると、衆人環視の的になる。
ローファル だから我々の出番だ。ヴォルマルフ様曰く、誰もこのリオファネス城から生きて返すなと。さすれば誰も目撃者はいまい。
クレティアン そんなことをすれば城は血の海だ。ここにはミュロンドの騎士も大勢来ているというのに! 同じグレバドスの兄弟たちだぞ!
ローファル 誰も目撃者がいなければ、後は何とでもなる。枢機卿の一件も病死で片が付いたではないか。嫌ならリオファネスから――ミュロンドから去りたまえ。
クレティアン 今更逃げる気などないが――ローファル、お前こそ、ここを去る気はないのか。
ローファル 私はヴォルマルフ様に付いていく――たとえその先が地獄であろうともな。ミュロンドに留まるのは、そこに教皇がいるからだ。ただそれだけの理由だ。(独白)おいたわしや、我が君! いずれ私がこの剣で――

  

 

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