Aspects of Family:いつか来るその時まで

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・イズルード10歳くらい
・ウィーグラフ、ミルウーダ、ゴラグロスは幼なじみ設定。

     

  

いつか来るその時まで

     

  

「ハシュマリム、朗報だ! 我々の仲間が見つかったぞ!」
 ヴォルマルフは自宅の庭でイズルードに剣の稽古をつけている最中であった。そこへやってきたのは銀髪の眉目秀麗な男性である。
「……侯爵様、家族の居る前であちらの名前を呼ばないでいただけませんかと何度もお願いしているのですが」
「ああ、忘れていた」
 ヴォルマルフの息子イズルードはまだ十歳。幸い、父親の裏の仕事については何も感づいていないようだった。
 ヴォルマルフは銀髪の貴公子――エルムドア侯爵の後ろに控えている二人の美女の姿を見た。踊り子のような格好をしている。誰もが目を引く……露出度である。ヴォルマルフは一つ咳払いをした。
「それから、侯爵様……申し上げづらいのですが、この信仰の土地に踊り子を連れてやってくるのは、いかがなものかと……」
 正直言うと、目のやり場に困る。
「失礼な! 彼女たちは踊り子ではなくれっきとしたアサシンで私の有能な部下だ」
「……父上、アサシンとはどんな仕事をするのですか?」
 イズルードが純粋な視線をヴォルマルフに向けた。ヴォルマルフはますます困った。息子に「殺し屋」の言葉を教えるのはまだ早い気がしたのだ。
「あら、ベーゼの味を知るにはまだ早いわよ、坊や」
 髪の長い方の美女がイズルードの耳元にふっと息を吐きかけた。イズルードはどうして良いのか分からない様子でおろおろしている。
「……早く本題に入りましょう、侯爵様。仲間が見つかったというのは本当ですか?」
 このまま息子をビューティフル・アサシンと一緒に居させるのは教育上の問題がある。この銀の貴公子には早くお暇を願わなくては。
「ああ、そうだ。聖石が選んだのだから間違いない。ウィーグラフ・フォルズという男だ」
「誰ですか、その人は」
「私も、彼がガリオンヌに居るらしい、としか分からないのだが……聖石の見せるビジョンは曖昧でよく分からない」
 その時、イズルードが「父上」と間に入ってきた。「その人、知ってます。ガリオンヌの若い騎士で英雄のような人だと聞きました」
「聞いた? 誰がそんなことを言っていたのだ?」とヴォルマルフ。
「この間バルバネス様がミュロンドに来てくださった時に、そうお話ししていらっしゃいました」
「そうか……天騎士がそう言うのなら間違いないな」
 ヴォルマルフとエルムドアは顔を見合わせた。
「それで、ハシュ……マルフ、これからどうするのだ?」
「勿論、聖石を持って会いに行きます。そして、私たちの仲間にならないかと交渉してきます」

 ミュロンドからガリオンヌへは少々長旅である。ヴォルマルフは旅の準備をしながら、子供たちに声を掛けていた。家族をここに残したままガリオンヌへ行くのは不安だった。それに寂しい。
 ところが、イズルードはヴォルマルフと一緒に荷物をまとめていたが、メリアドールは行かないと言う。
「メリア……本当にパパと一緒に行かないのか? パパは少し寂しいぞ……」
「うん、行かない。だって北の国は寒いもの。そんなところ行きたくないわ」
 いつも父親の後ろを離れずくっついていた我が娘であるが……もうついてきてくれないとは。ヴォルマルフはショックを受けていた。
「姉さんはもったいないことするなぁ……ラーナーはカニがおいしいのに」
「私はアンタみたいに食い意地がはってないのよ、イズ」
「そんなこと言って! 姉さんの方がいつも大食いじゃないか! お土産は絶対に買ってこないからな!」
「別にいいわよ。お土産はパパにお願いするから。ね、パパ?」
 可愛い娘のおねだり。ヴォルマルフは「よしよし」と娘の頭を撫でた。「ちゃんと良い子で留守番してるのだぞ」
「心配しなくても大丈夫よ。ローファルがいるわ。騎士団のことはローファルに任せておけば大丈夫よ」
「私が心配してるのはお前のお転婆なのだが……」
 まあ、気を揉んだところで仕方あるまい。
「イズルード、行くぞ」
「はい、父上」

 ガリオンヌの市街地にある、とある邸宅。
「なんだ、ミルちゃん一人か。ウィーグラフはいないのか?」
「兄さんはイグーロスへ行ったわ。北天騎士団の将軍さんと話があるって。それと、一人じゃないわよ、あれが居るわ」
 ミルウーダは部屋の隅で一人で飲んだくれている男を指さした。「ゴラグロス、せっかく来たのならあれをつまみ出して。うちに長々と居座ってて邪魔だから」
 ゴラグロスはミルウーダの兄ウィーグラフの幼なじみで、小さい頃から三人で遊んできた仲だった。三人で仲良く石を投げて遊んでいた頃から変わらず、ゴラグロスはこうしてミルウーダの家にふらりとやってくる。ミルウーダの両親は共に数年前に病で亡くなった。今は両親亡き家に兄と二人で暮らしている。といっても兄は不在がちであったが。
「ギュスタヴ……おまえ、またここに居座ってるのか」
「なんだよ、俺がここに居たら悪いみたいなその言い方。骸騎士団の副団長が団長の家を訪ねてくるのは何もおかしくないだろ。ここで作戦を立てた方が効率的だ」ギュスタヴはゴラグロスに言い返した。
「ゴラグロス、そいつの言うことを真に受けちゃだめよ。酒場を出禁になっててうちにたかりに来てるだけだから。兄さんはお人好しすぎるのよ……こんなお荷物を持って帰ってきちゃって……」
 ミルウーダとゴラグロスはウィーグラフ率いる骸騎士団のメンバーだったが、ギュスタヴは元は北天騎士団の騎士だった。素行の悪さからイグーロスを追放され……世話好きの兄ウィーグラフが拾ってきてしまったのだ。ギュスタヴは貴族であった。そのためウィーグラフは、彼に骸騎士団の副団長という肩書きを気前よく用意したのであった。
「兄さんは迷いチョコボとかも律儀に世話するような人だから……なんでこんなお荷物を拾ってくるのよ」
「義理堅い奴なんだよなぁ、ウィーグラフは。ギュスタヴ! おまえはウィーグラフにもっと感謝しろよな」
「――ゴラグロス。おまえに話がある。外に出よう」
 ギュスタヴはゴラグロスを邸宅の外に連れ出した。ミルウーダはギュスタヴが散らかしたあとを悪態をつきながら片付けていた。

「なんだよ、話って」
「ミルウーダのことだ。兄貴は妹を一人残してどこへ行ったんだ」
「仕方ないだろ。ウィーグラフだって忙しいんだよ。ミルちゃんだってそれは分かってるはずだ。戦争が終われば落ち着くさ」
「問題はそこだ。この戦争は終わらない。イヴァリースが敗北を認めるまではな」
「そう、なのか……?」
 ギュスタヴは元は北天騎士団の軍師だった人物だ。今はこんな怠惰な生活を送っているが、イグーロスでは貴族として北天騎士団の軍務に携わっていたはずだ。彼の言うことなら一理あるのだろう、とゴラグロスはうなずいた。こんな奴に指摘されるのも癪に障るが……。
「でも、戦争が終わったら、骸騎士団は役目を終えて解散だろ? そしたらウィーグラフもこっちに戻ってくるんじゃないのか。ミルちゃんと一緒に暮らせる」
「おまえ、戦争が終われば平和になると本気で思ってるのか? ロマンダとオルダリーアへ払う賠償金はイヴァリースの王庫にはないぜ。王庫にない金は領主が払うんだ。つまり、俺たちが奴らの尻ぬぐいをするんだ。骸騎士団も役目を終えて解散するだろうが、報奨金も何も支払われないだろう」
「俺たちの未来は暗いということか……だが、ウィーグラフが俺たちを見棄てるはずがない」
 ゴラグロスは幼なじみのウィーグラフのことを思った。彼は誰からも慕われ、人望があった。彼の父親は商売で財産と名声を築いた地元の名士だった。流行病で父を亡くし財産を相続したウィーグラフはその財力を使って騎士団を立ち上げ、祖国救済のための貢献を惜しまなかった。だが、戦争を続けるには意外と金が掛かるのだ。ウィーグラフが騎士団を運営するために相当な財産を使い込んでいることはゴラグロスにも察せられることだった。
「そう、あいつは自分の騎士団を見放したりはしないだろう。俺みたいな落ちぶれた貴族の面倒まで見てる変わり者だ」
「ギュスタヴ……おまえが言うかよ。自覚してるのなら恩を返せ」
「ああ、そうだとも。兄貴があれじゃあミルウーダが苦労する。俺だってちゃんと考えてるんだぜ――何をするにしても金が必要だ。俺にいい案がある」
「何だ……?」
「貴族を誘拐して身代金をせびる」
「ああ……おまえの話を真面目に聞いた俺が馬鹿だった」

「ミルウーダ、元気にしてたか?」
「兄さん……やっと帰ってきたの」
「どうした? 機嫌が悪いな?」
 ウィーグラフはイグーロスでの用事を終え、一週間ぶりに家に戻ってきた。しかし……何故だか妹の機嫌が悪い。
「兄に会えなくて寂しかったか」
「違うわよ。それより兄さんイグーロスへ行っていたんでしょう。またザルバッグ将軍のお使い? 貴族の連中にいいように使われてるだけってまだ気づいてないの?」
「ミルウーダ……ザルバッグ将軍のことをそんな風に言うんじゃない。あの方は素晴らしい武人だ。ミルウーダ、貴族はギュスタヴのような外道ばかりじゃない」
「まあまあ、二人とも落ち着いてくれよ」
 ミルウーダと言い合いをしているとゴラグロスが仲裁に入る。いつものわが家の光景だ。普段と全く変わらない日常の風景だ。家に帰るとミルウーダが居て、ゴラグロスがいる。ギュスタヴが居候していることもあるが、今日は居ない。代わりに、見知らぬ少年が居る。
 こいつは誰だ? 
 まだ十歳くらいの大人しそうな茶髪の少年だ。騎士団にこんな純朴そうな少年が居ただろうか……?
「ミルウーダ……この子は誰だ」
「ゴラグロスに聞いて」
 妹はそっぽを向いている。どうやら相当機嫌が悪いようだ。
「……ゴラグロス、説明を頼む」
「ああ…ギュスタヴが……」
 ゴラグロスは事の次第をかいつまんで話した。
「つまり、金欲しさにどこかの貴族の御曹子を誘拐してきたと」
 ウィーグラフはゴラグロスを睨みつけた。「面倒なことを起こすな」
「俺じゃない! ギュスタヴの独断だ! あいつが俺の言うことなんか聞くものか」
「まあ、そうだろうな……」
 ウィーグラフはため息をついた。「ギュスタヴめ。厄介なことをしてくれたな。騎士の名誉にかけて、身の代金など要求できるか。むしろこちらが謝罪にいかねば……謝罪金として法外額を請求されたらどうするのだ」
「兄さんは甘いわ。相手が貴族だからって下手に出る必要はないわ」
 ウィーグラフは妹の忠告を無視した。わが妹・ミルウーダは騎士団の中では少々……いや、かなり過激な性格だ。ギュスタヴは副団長に置いてはいるが、騎士としてというより人としても論外の人間だ。次から次へとトラブルを持ち込んでくる。
 騎士団をまとめるのも一苦労だ。
「それで、坊やはどこの家の者だ? どこから来た?」
「はい、僕はイズルード・ティンジェルと言います」
 礼儀正しい少年だ。ギュスタヴに見習わせたいくらいの真面目さだ。
「父は神殿騎士団の騎士団長です」
「神殿騎士団……ミュロンドか。教会領から子供をかどわしてくるとはギュスタヴも罰当たりな」
 ミュロンドの神殿騎士団のヴォルマルフ・ティンジェル。ウィーグラフでさえ名前を知っている名高い騎士だ。ひどく短気で交渉ごとには応じない性格とも聞く。
 ウィーグラフは気が重くなった。どうやって穏便にこの子を返そうか。

「イズルード……どこへ行ってしまったのだ……」
 ちょっと目を離した隙に息子とはぐれてしまったヴォルマルフは慌てふためいていた。すると、そこへ金髪の青年がイズルードを連れて表れたのであった。
「イズルード! 迷子になったのかと探し回ったぞ。どこにいたんだ」
「うん、知らないお兄さんに声を掛けられて」
「知らない人についていっては駄目だとあれほど言っただろう」
「でも、その人は騎士と名乗ってたよ。父さんみたいに立派な騎士かもしれない」
 息子の純朴さよ。ヴォルマルフはイズルードと再開できて安堵したが、同時に不安にもなった。人を疑うことを知らないこの子にいったいどうやって教えればよいのだろうか。騎士の全てが高潔な人間ではないと。その一例がこの私なのだが……。
「どうやら私の騎士団のメンバーがとんだ迷惑を掛けたようです。私は骸騎士団の長としてその件の謝罪にきました」
「おお、貴殿が噂のフォルズ殿か」
 ヴォルマルフは喜んだ。探す手間が省けた。この青年が聖石が選んだ噂の人間だ。どうやって勧誘しようか。
「それで……サー・ヴォルマルフ・ティンジェル、いかほど、お支払いすれば……」
「なんの話だ?」
「ご子息をトラブルに巻き込んでしまった謝罪金です。私としても神殿騎士団を敵にまわすつもりはありませんので。ここは一つ、どうか穏便にお願いしたいものです」
「金など受け取れない。いや、だが欲しいものはある……私は貴殿の身体がどうしても欲しいのだ」
 骸騎士団の団長ウィーグラフ・フォルズは困惑の表情を浮かべた。
「い、いや……決していかがわしい意味ではないぞ! ち、違うのだ……私は……貴殿にどうしても一目会いたいと思いはるばるミュロンドからやってきたのだ。どうだ、私と一緒にミュロンドで暮らす気はないか?」
 さすがに聖石と契約してその身体を捧げて欲しい、とは言えない。ヴォルマルフは念入りに言葉を選んで遠回しに勧誘をした……つもりが気色悪いことになってしまった。ウィーグラフはさっぱり意味が分からない、といった様子である。
「たとえ教会の要請であってもお断りします。私たち骸騎士団はどこの権力にもまつろわぬ身。私の身体も精神も私のもの。誰に捧げるつもりもありませぬ」
 そう言い残すとウィーグラフはさっと背中を向けて去って行った。イズルードをヴォルマルフの手に引き渡して。
 勧誘は失敗だ。ヴォルマルフはこういう交渉事は苦手だった。まあ、仕方ない。こういう仕事は副団長に任せるに限る。
「父上、あの方は……すごい騎士だと思います」
 イズルードが去りゆくウィーグラフの背中を目で追っていた。
「ああ、そうだな。イズルード……おまえもいつか、彼のような気高い騎士になるのだろうな」
 いずれ、子は父の背中を超えていくのだ。それが自然の摂理だ。その時が来た時……彼は父のことをどんな目で見るのだろうか。神殿騎士団の騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルのことを。
「父上、でも僕は父上のような騎士になりたいと思います」
「そうか……そう言ってもらえるのは嬉しい。だが、息子よ、いつか私の背中を超えていけ――父を倒し、その先へ進むのだ」
「父上……?」
「いつか分かる時がくるさ――さあ、メリアドールにお土産を買って帰ろう」
 いつか来るその時まで――その時までは家族三人で楽しく幸せに暮らすのだ。

     

  

2017.08.26

     

  

花摘みの季節

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・メリアドールが神殿騎士団長になる、というエンディング後のif物語の中の一エピソードです(メリアドールのエピソードは同人誌「Top of the World」に載せています)。
・イズルードとアルマは結婚している前提(イズルードがベオルブ家の入り婿になりました)。エンディング後の物語ですが、誰も死んでいません。

 

 

 
花摘みの季節

 

 

 
 吹雪の季節が終わると、ガリオンヌには暖かい風が吹き、雪解けをうながす。暖かい風が吹く頃、領地に点在するなだらかな丘陵では、花摘みにいそしむ女性の姿が見られる。
「――彼女たちは、何をしているんだ?」
 ウィーグラフとチョコボの遠乗りをしていたイズルードは、丘の上で輪になってせっせと花を摘む女性たちの姿に釘付けだった。ベオルブ家に婿入りしたばかりのイズルードにとっては、ガリオンヌで見る風景の全てが新鮮だった。ミュロンドは温暖な島国だったから、雪国の風習はことさら珍しく感じられるのだろう。
「ああ、あれは、染料になる花を集めているんだ。特に赤の染料になる花は、ここガリオンヌでしか採取されないから特に貴重だ。ガリオンヌの商家が潤っていたのは、この特別な染料があったからだ――といっても、黒死病が流行る前のことだが」
「そういえば、ウィーグラフは商家の出身だっけ」
 ウィーグラフは、イズルードのチョコボに首を並べて、速度を落として、故郷のおだやかな風景を眺めていた。
 ――ここの風景も、すっかり元にもどったようだな……。
 イズルードが言った通り、ウィーグラフは商人の家の息子だった。綿製品の加工を細々と行う一族だったが、祖父の代に、新しい染色技法を開発し、それまでに染色不可能だった赤色のコットンシャツを開発し、当時の一大流行となった。ロマンダとの交易も活発に行われていた当時、ウィーグラフの祖父は一大で莫大な富を築きあげ、フォルズ家は地元の名士として敬われるようになった。ミルウーダが小さい頃は年上の貴族のレディたちに混じって、ガリオンヌの風物詩となったこの花摘みに出かけていた。
 だがそんな穏やかで幸せな日々も、ロマンダとの戦争、黒死病の流行、国王代替わりの内乱ですっかり変わり果ててしまった。ウィーグラフの両親は黒死病で亡くなり、争乱のなかで潰れた家業は借金しか残さなかった。ミルウーダはドレスを脱ぎ、戦装束をまとった。彼女は戦士として生きる決意をしたのだ。
 ――祖国のために戦うのよ! 私たちは屍にはならない! 故国の勝利を得るためなら、なんど死んでも生き返る!
 黒死病で故郷が壊滅し、家が没落しようと、それでも凛々しく、強く立ち上がった。ウィーグラフは思った。その姿は――とても、彼女に似ていた。
「ウィーグラフ、そういえば姉さんから手紙を預かっているんだ」
「ああ――ちょうどミルウーダ……いや、メリアドールのことを考えていたところだった」
 イズルードは、丘を下り、低木のしげみに乗っていたチョコボをつないで、木陰に座った。ウィーグラフもそれに続いた。
「父さんが引退するらしいんだ。それで、姉さんとクレティアンが次の長に推薦されえて……でも、折り合いが悪いみたいで、困ってるって。姉さんも気が強いし頑固だから……」
「ああ、うむ、そうだろうな」
 ウィーグラフは、メリアドールよりも先に妹のミルウーダのことを思い出した。気が強くて、走り出したら止まらない。喧嘩になると、折れるのはだいたい兄である自分だ。
 イズルードは、メリアドールからの手紙を読みながらウィーグラフに手渡した。
「――ウィーグラフ、ミュロンドに戻るつもりはないか? 姉さんが、自分の補佐は同じゾディアックブレイブとして戦ったウィーグラフに頼みたい、と手紙で書いてきてるんだ」
「――え?」
 ウィーグラフは目を丸くした。再びミュロンドの神殿騎士団に戻り、そして、副団長に? 
「オレ、ウィーグラフだったら騎士団を立派に率いてくれると信じてる。クレティアンも、努力家だし、うまくやってくれるって信じてるけど、姉さんと犬猿の仲だから……ウィーグラフならきっと、うまくやっていけるんじゃないかって思ってる」
「いや、買いかぶりすぎだ、イズルード。私にはそんな器はない。人望があるのは、祖父がガリオンヌの名士だったからだ。騎士団を引っ張る力もミルウーダの方がよほどある」
「そんなことない! オレは、神殿騎士団にいた頃、ウィーグラフのことがずっと憧れだった。財産をなげうってガリオンヌで祖国防衛のための旅団を立ち上げて、それで、活躍が認められて騎士団の称号を得たって聞いて……本当に吟遊詩人の語る英雄みたいな人だと思った。そんな人と、一緒に戦えるなんて、オレは……嬉しすぎて、今でも、一緒に戦場に立った時の感動を覚えている。オーボンヌ修道院に聖石奪還に行った時の……」
 なにやら熱い火が降ってきたようで、イズルードは止まることなくウィーグラフへの尊敬と賛辞の言葉を雨嵐と語り出した。隣で聞いているウィーグラフは、突然の熱い告白に困惑している。
 ――おいおい、イズルード、どうしたんだ。おまえはもう、神殿騎士ではなくて、ベオルブ家の若婿様だろう。家で新妻が夫の帰りを首を長くして待っているだろうに。
 ウィーグラフは、イズルードの髪をぐしゃっと撫でた。
「わ、な、何するんだよ」
「イズルード、おまえは日が暮れる前に城に帰れ。こんなところで油を売っている場合ではないだろう――イグーロスの若き城代さまよ」
「あ、ああ、うん、そうだけど……オレはもうちょっとウィーグラフと一緒に……」
「なんだ? もう夫婦喧嘩か?」
「ち、違うんだ! アルマ様はとても優しくて、いい人で……だけど、義兄達と打ち解けられなくて……ああ、もう! なんであんなに堅物の義兄が三人もいるんだよ! うちの姉さんが三倍になったみたいだ」
 ああ、とウィーグラフは笑った。ダイスダーグとザルバッグとラムザ。ゲルミナス山脈より高い障害が、三つ。
「おまえも苦労しているな、イズルード。まあ、だが新しい暮らしにはすぐ慣れるだろう。おまえも、メリアドールも。私の知る限り、ティンジェルの血筋もなかなか強情だからな」
 ウィーグラフはイズルードから受け取った手紙をひらひらと振った。
「メリアドールには私から返事を書いておく――申し出はありがたいが、私は、故郷から離れるつもりはない、と」
 名残惜しげに帰路に就くためにチョコボの綱を握っていたイズルードが聞いた。
「やっぱり、ミルウーダさん……家族と離れるのは寂しい?」
「まあ、そんなところかな」
 そして、イズルードはイグーロス城に、ウィーグラフはミルウーダの待つ家へとそれぞれ戻っていった。

 

 
「兄さん、遅い! 夕飯!」
 ウィーグラフがただいまを言うより早く、ミルウーダが叫ぶように言った。ウィーグラフはイズルードと話し込んでいて遅くなった手前、彼女の食事の準備を手伝おうと、テーブルの上に皿を並べようとした。
「なんだ、書類が山積みじゃないか。ギュスタヴに配達屋に届けるように頼んでおいたのだが、あいつは今日はこなかったのか?」
「ギュスタヴ? いるわよ、ほら、樽みたいなアレ」
 ミルウーダは鍋のふたを右手に持ったまま、部屋の片隅を示した。酒場から調達してきたらしいエールの樽を抱えて熟睡している。ゴラグロスも巻き込んだらしく、二人で酔いつぶれている。
「おまえら……今日は騎士団の庶務を片づけておけと言ったのに」
「兄さん、邪魔だから早く起こして。鍋が出来たけど私が皿によそう前にまだ起きてなかったら、スープを上からぶっかけるから」
 ミルウーダが鍋をスプーンでカツカツと叩いている。気が立っている。当然だ。ウィーグラフは二人の尻を蹴り上げると、エール樽を取り上げて戸口の外に頃がした。ゴラグロスは、ウィーグラフの剣幕に気づいて、気まずそうに謝った。なんだよ、寝てるとこ起こすなよ、とギュスタヴは不機嫌そうだ。
 ミルウーダが鍋を持ってきた。せっかくの夕飯が床にばらまかれては大変、とウィーグラフは慌ててギュスタヴの腕をつかみ、テーブルまで引っ張ってきた。
「ミルウーダの兎鍋、久しぶりだな……親父さんがいたころは、いつもこうして三人で食べてたよな」
 ゴラグロスはウィーグラフとミルウーダの幼なじみだった。まだウィーグラフの両親が黒死病で亡くなる前から、よく一緒に食卓を囲んでいた。
「ギュスタヴ、あんたは食事の前に、コレよ」
 ゴラグロスと一緒に、ちゃっかりフォルズ家の夕食にあずかろうとしていたギュスタヴをミルウーダが制した。スプーンをつかんでいた右手に、書類の束をどさっと置く。
「さっさと片づけないよ。今日中の集荷に間に合わせないといけないって兄さんに言われてたでしょ」
「ち、めんどくせぇな……」
「ギュスタヴ!」
 ミルウーダが、机を叩いた。この後の流れは容易に想像できる。ギュスタヴが不満をこぼしつつ仕事をしない、ミルウーダは苛立って皿をひっくり返す、そして、夕飯が台無しになる、といういつもの流れだ。
 ウィーグラフは、ギュスタヴから書類の束を取り上げた。「いい、私がやる」時間がもったいないと思ったのだ。
「兄さん? ギュスタヴを甘やかしすぎよ。ちゃんと働かせないと。これでも兄さんの副官なんだから。使えないなら北天騎士団に返却してきて。それにゴラグロス、あんたもよ! なんでギュスタヴと一緒になって昼から酔いつぶれてんのよ!」
「ご、ごめん……」
 ウィーグラフは三人の喧噪には慣れているので、目の前で舌戦が繰り広げられようと、何も気にせずに書類を裁いていく。インクとペンを手にしたついでに、メリアドールの手紙に簡単な返事をしたためた。「メリアドールへ、誘いはありがたいが、私の騎士団のことで手一杯なので、そちらにはいけない」と。
「あら、兄さん、手紙?」
「昔の仲間――ミュロンドの神殿騎士から頼りがあってな。ミュロンドに戻って副団長にならないかと聞かれたのだ」
 ミルウーダ、ゴラグロス、ギュスタヴは、示し合わせたかのように、おのおのの手を止めた。そして異口同音に言った。
「兄さんが? 無理でしょ」
「無理だよ、ウィーグラフ」
「おまえには無理だろ」
 こういう時に、ウィーグラフはイズルードのことが恋しくなる――自分のことを、眩しいほどの純粋な尊敬のまなざしで見てくれる、たった一人の騎士だった。
 やや寂しげに肩を落としたウィーグラフにミルウーダが、慰めではない言葉をかけた。
「兄さん、現実は甘くないのよ。私たちの同郷のディリータのこと、覚えてる? あの子も神殿騎士になったでしょう。そして、英雄になって、王になった。でも、兄さんも同じ神殿騎士だったのに、兄さんはミュロンドで何をしていたの?」
「なんだ、私がせっかく故郷に戻ってきたというのに、おまえたちはつれない態度だな。ミルウーダ、おまえは兄が戻ってきて嬉しくはないのか?」
「わ、私は別に……」
 ミルウーダは、ついっと横を向いた。これは妹の照れ隠しの仕草だ。よしよし、私のかわいい妹よ――と頭を撫でるのはやめた。それはさすがに怒られそうな年齢だったから。
「そうだ、ミルウーダ、明日は一緒に花摘みに行こう。丘の方はもう雪解けが始まっていた。祖父さまが生きてた頃はよくやっていただろう?」
「え、ええ……昔は……でも、今は花摘みなんて。街の女が着るようなドレスは持っていないし、もう何年も剣しか持ってなかったから、どうやって花なんて摘んでいいのか……」
「服ならちょうどいいものがある」
 ウィーグラフは、テーブルを離れて、部屋の中の荷物をあさりはじめた。神殿騎士団を辞してきた時に、持ってきたものがいくつか入れっぱなしになっている。
「ほら、私のローブがある。切って巻けば、ちょうどいいスカートになるだろう。祖父さまが染めてたの同じ赤色だ――少し、汗くさいのだけは勘弁してほしいが」
「やだ、兄さんったらそんな真っ赤なローブを教会で着てたの?」
「目立ちすぎじゃねえの?」とギュスタヴ――彼はウィーグラフが書類仕事に忙しいの理由に、ウィーグラフの夕食の皿をしれっと横領していた――そして、後でウィーグラフに叱られることになる。
「たまには剣をおいていくのもいいだろう。そして、親父らの墓に花を添えにいこう」
「そうね――」
 ミルウーダは、ウィーグラフだけに聞こえる小さな声でささやいた。兄さん、帰ってきてくれてありがとう――と。

 

 

2019.10.20