緋色の大地に見る夢は

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*皇帝を倒す直前のラスウェルとアクスターのif会話です(※9章までのシナリオ設定で書いてます



緋色の大地に見る夢は


  

  

「アクスターさん、あなたの正体がわかりました……」
 孤高の皇帝が築き上げた、次元の狭間の異空間。グランドールと呼ばれるクリスタルの宮殿でラスウェルは、かつて「師匠」と慕った剣の師に向かって話しかけた。
「その真実は墓場まで持って行くつもりだったのだが、よりによっておまえにばれてしまうとはな、ラスウェル」
「クリスタルの記憶があなたの記憶を見せてくれました。あなたの長い、孤独な旅を――アクスターさん……いや、レイン、話がある」
「話などない。何度も言っただろう。俺の身体はもう限界を超えていると。俺はおまえの師匠として消える。おまえを弟子にできてよかった。さらばだ、ラスウェル」
 アクスターはそう言い残して、すっと闇に溶けるように姿を消した。ラスウェルは彼の本当の名前を何度も叫んだ。「レイン! 待ってくれ!」
 皇帝を追わなければいけないのは分かっている。だが、どうしてもアクスターを追わなければならない。クリスタルの記憶で、彼の、レインの旅路をラスウェルは知ってしまった。何十年にもわたる仲間のいないたった一人きりの旅。正体を明かせない孤独な旅路。それはどんなに寂しく、苦しいものだっただろうか。
「レイン! おまえを一人でいかせるわけには――」
「待って。そんなに騒々しくしないでよ。レインはやっとの思いであなたたちをここまでつれてきたんだから。もう休ませてあげて」
 焦燥にかられるラスウェルを制するように現れたのは、闇の花嫁の格好をした、もう一人のフィーナだった。神出鬼没で、何を考えているのかよく分からない魔性の女だ。
「大丈夫よ、レインには私がついているから――と言いたいところだけど、不満そうね」
「当たり前だ。やっとレインに会えたというのに、何も言わずに別れろというのか」
「こっちの世界には、今のレインがいるでしょう。今生の別れみたいに言わないで」
「ああ、そうだ。俺はレインと共に戦い、皇帝を倒す。だが、俺の師匠として生きてくれたレインは一人だけだ。あいつを一人にはできない。頼む、少しの間だけでもいいから話をさせてくれ」
 フィーナはやれやれ、と肩をすくめた。
「まあ、気持ちは分かるわよ。ついていらっしゃい。レインもあなたも時間はないんだから、ほんの少しだけよ」
 フィーナがラスウェルの手をつかんだ。身体が白い光で包まれる。ふわりとした感覚。転移魔法だ、とラスウェルは思った。目を閉じて、フィーナの導くままに身体をゆだねる。そして、目を開くと、そこは一面の緋色の世界だった。アルドールタワーを目の前に眺める緋色の高台――

  

  

 間違いない、ここはアクスターと戦ったあの場所だ。
 ラスウェルは迷うことなく、高台の開けた頂を目指して歩いた。アルドールタワーと、その麓――アクスターの仲間が眠っているというあの場所――を一度に見渡すことができる、その場所にレインがいると確信していた。
 だが、ラスウェルが見つけたのは、ラスウェルの記憶の中のレインとは全く違っていた。くすんだ赤色の襤褸をまとい、背中を丸めてうずくまり、一人静かにアルドールタワーを見つめている男。ラスウェルやレーゲンよりもずっと年上の男。髪色だけがラスウェルの知っている金髪だった。
 レイン、そう呼ぼうとしてラスウェルは一瞬とまどった。あまりにも彼の知っているレインとはかけ離れた風貌だったからだ。レインと呼ぶには老けすぎている。ラスウェルの知っているレインは、自分と幼なじみで、同じ夢を語ったグランシェルトの騎士だったから――
 こんなに老け込ませるまで、彼を一人にしてしまった……。彼は自身の長い旅路について一言も語らなかった。最期の時を迎えようとしても、相変わらず、彼の背中は無言だった。
「レイン……」
 ラスウェルはやっとのことで、彼の名前を呼んだ。
「ラスウェル、来るなといったのに。こんな姿、おまえには見せたくなかった。俺は皇帝に破れた。敗北の象徴だ。これから皇帝を倒しにいくおまえが見る必要などない」
 隻眼、隻腕、隻足の男。失われた彼の半身が皇帝の尽きせぬ魔力の壮絶さを物語っている。
「いや……皇帝に負けたのはおまえのせいじゃない。俺のせいだった」
 ラスウェルは覚えていた。かつて、彼の師アクスターが「己の慢心のせいで仲間と半身を失った」と語ったことを。だが、クリスタルの記憶によれば、皇帝に破れた責は自分にあるのだ……
「俺が優柔不断な戦いをしたせいで、おまえを何十年も孤独にさせた。俺があの時、うかつにも死んでしまったせいで……」
 長かったよ、とだけレインは答えた。まなざしは揺らぐことなくアルドールタワーに向けられている――いや、もしかしたら、麓に眠っている仲間のもとに向けられているのかもしれない。
「俺にとって、アルドールタワーは忘れられない場所だ」レインは語った。「ザッハでどうしようもない挫折を味わい、無念の中でオーダーズになって皇帝に仕えた。ただ皇帝を倒すために選んだ道だと自分に毎日言い聞かせる苦しい日々だった――それでも、皇帝には勝てなかった。身体も、仲間も、全てを失い、どうして自分だけが無様に生き残ったのかと絶望の中をさまよった」
「レイン……皇帝に負けたのは俺のせいだと言っただろう……」
「ああ、そうだった。だから俺はおまえに非情さを教えるために過去に遡り、アクスターとして、ゼノとして再び皇帝に従う道を選んだ。しかも、隣には若かりし頃の自分がヒョウとして生きている。過去の人生を再びやり直しているようで複雑な気持ちだった。非情になどなりたくはないのに、非情になろうとした過去の自分に向き合い、そして、おまえに非情になれと言い続けた――」
「レイン! やめてくれ、俺はこれ以上おまえが苦しんでいる姿を見たくない……!」
「――ラスウェル、でも、おまえは教えてくれた。情の力は何よりも強いと、この場所で戦って証明してくれた。あの時、俺がどんなに嬉しかったか分かるか? 非情にならなくてもいいと、おまえが教えてくれたんだ――俺の人生を救ってくれた。ラスウェル……ありがとう、感謝している」
 振り向かない背中が、何かを物語っている。ラスウェルの胸にあついものがこみ上げてきた。

  

  

「レイン、俺は……おまえに別れを言うためにフィーナにここにつれてきてもらったんじゃない。おまえを叱りにきたんだ」
「へえ?」
 アルドールタワーを見つめたままのレインが振り向かずに声だけで笑った。それは師匠の声だった。けれどラスウェルは物怖じしなかった。目の前にいるのはもう師匠じゃない、レインだ。俺の相棒であり、仲間であり、友であるレインだ。
「まったく、おまえという奴は……俺より何十年も生きているというのに。剣の腕は上達しても、それ以外は何も変わってないな。レイン、おまえが一人でラピスのゲートを閉じにいった時に俺たちがどんなに心配したか分かるか? おまえが闘星としてオーダーズにいると知った時も、俺たちは心配で夜も眠れなかった。なのに――おまえはいつも一人でそうやって勝手に答えを出して、一人で生き急ごうとしている。情の力を信じられるようになったというなら、もう少し俺たちを頼れ、頼って、本音を話してくれ」
「ふっ……そう言われればな。パラデイアに来てからはずっと一人だったからな」
「だけど、もう一人じゃないだろ。レイン、顔を見せろ。俺はアクスターさんじゃなくて、おまえに会いたいんだ。俺はおまえが敗北の象徴だなんて一度も思ったことはない。俺がパラデイアにきたのはアルドールもヘスも関係ない。皇帝なんて知らなかった。ただ、おまえを探すためにこの星へ来たんだ。今も未来も関係ない。おまえに会いたかったからここまで来た」
 ラスウェルの言葉に、レインがわずかに反応した。半分の肩をこわばらせ、それでも頑なに振り返ろうとしない。視線はアルドールタワーにある。
「俺を探しに……?」
「そうだ。おまえはかけがえのない仲間だ……レイン、ずっと一人にしてすまなかった……俺たちの仲間だというのに……」
 ラスウェルは、レインの後ろから抱きついた。今すぐに、彼の身体に触れ、自分がここにいる証明をしなければいけないと感じたからだ。
「レイン、おまえとこの緋色の高原で戦った時、アルドールタワーが墓標だと言ったな。おまえの時代の俺たちは死んだかもしれない。だけど、俺は生きてる。絶対に死なない。皇帝を倒して再びこの星に帰ってくる。アルドールタワーは墓標じゃない。新しい時代を切り拓く希望の光にしてみせる……絶対に……だから俺たちの戦いを信じて、ここで待っていてくれ」
「ラスウェル……ああ、そうだな。俺はもうおまえの師匠じゃないし、アルドールの王になるのももう一人の俺だけど………おまえの仲間として、友として、検討を祈る――グランシェルトの騎士として」
 友の口癖。久しぶりに聞いた気がする。相変わらずレインは顔を見せなかった。それでもラスウェルには伝わった。レインが、再び自分を信頼してくれていると。
 触れた身体からぬくもりが伝わる。生きている。今もこれからも。アルドールタワーを墓標になんかさせるか――レイン、俺はおまえの思いに答えて見せる――

  

  

「アクスターとの挨拶はすんだのか?」
 レイン――今の時代のレインに言われて、ラスウェルははっと我に返った。いつの間にか緋色の高台からグランドールに戻ってきている。そうだった、もう一人のフィーナは気まぐれな性格だった。何も言わずにラスウェルを元の場所に連れてきたのだ。
「ああ、師匠とはちゃんと話してきた。もう大丈夫だ」
「アクスターか……すごい奴だよな。ここに来る前にアルドールタワーで俺に魔法障壁を教えてくれたけど……あいつは何者なんだ? ラスウェルはずっとあいつと旅してきたんだろう?」
「ああ、師匠はすごい人だよ。俺は師匠のことを尊敬している。これからもずっと。師匠は……皇帝との戦いで仲間を失ったんだ。だから、俺たちのこともすごく心配してくれてるんだ。魔法障壁を教えてくれたのも、きっと師匠の思うところがあったんだろう」
「アクスターはラスウェルの師匠だったんだろ? だったら、ラスウェルにそのまま魔法障壁を教えればよかったんじゃないか。どうして俺に教えてくれたんだろう」
 ああレイン、おまえは自分の手で仲間を守りたかったんだな。相変わらず、お前ってやつは、正義感が強くて、自分を犠牲にしてまで、誰かを守ろうとする。変わらないな。
「さあな。師匠は過去のことをあまり語らなかったし……」
「ラスウェル、いこうぜ、今度こそ皇帝を倒そう。俺は……今度こそ、アルドールタワーに希望の光を灯すんだ。俺たちの手で」
「ああ」
 ラスウェルはうなずいた。レインはいつだって頼もしい。俺の信頼出来る相棒、頼れる仲間だ。
 レインが親指を空に向かってぐっと立てた。幼なじみの口癖だ。
「グランシェルトの騎士として」
「違うだろう、レイン。俺たちはもう騎士じゃない。王だ」
「おっと。そうだった――アルドールの王として」
 ラスウェルは友の言葉に返した。「ヘスの王として――血は違えど、目指す場所は同じだ」
 迷い無く前に向かって進むレインの隣にラスウェルは並んだ。
「レイン、この戦いが終わったら、アクスターさんの仲間に会ってくれないか? アルドールタワーの麓に眠っているんだ。レインが来てくれたら師匠は喜ぶと思う――だから、皇帝を倒して、絶対に生きて帰ろう。背中は託した。頼むぜ、相棒」
「ああ、任しておけ」

  

  

 二人の王が新しい時代に向かって歩いていった――自分たちの時代を切り拓くために。

   

   

2019.02.02

飛ぶ鳥、はるか

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・レインとヘリアーク(ソルの中身)のヴィジョンの会話。色々妄想。


 

 

 

飛ぶ鳥、はるか

 

 

 
「ソル!」
 魔力を使い果たして、羽が地面に落ちるようにゆっくりと岩床に倒れ伏したソルのもとにレインは駆け寄った。彼の魔力は果てしないように見えたが、これが本当に最期なのだとレインは悟った。
 彼の身体から発していた白い光が少しずつ薄らいでゆく。ローブの下の身体がゆっくりと溶けるように色を失っていく。
 だが、胸元に光るものが残った。ソルの身体から光が消えたのちも、周囲に静かな光を放っている。透明で、さわると冷たい結晶のようなもの。「クリスタル?」レインはつぶやいた。

「それは魔導心臓よ。彼は特殊な心臓を持っていたの」
 レインの背後から艶っぽい声が響いた。黒の花嫁のフィーナだ。クリスタルと同化した彼女は変幻自在に、姿を表したり消したりしている。
「フィーナ……」
「彼の最期を見に来たの。同じヘスの賢者だもの。看取ってあげないと」
 黒のフィーナはソルの身体の上からクリスタルをひょいと取り上げた。
「ふぅん……これが魔導心臓っていうのね。現物は初めてみたわ」
「それは? クリスタルに見えるけど……」
「核はクリスタルよ。どういう原理で動いてるのかは私も知らないけど」
「どうしてソルの心臓はクリスタルなんだ?」
 クリスタルが心臓として動くものなのだろうか。レインは不思議に思った。そして、ソルがことある毎に、自分には感情がないと言っていたことを思い出した。心臓がないから、「心」がなかったのだろうか……。
「そんなに気になるなら本人に聞いてみたら? 魔導心臓の主成分はクリスタルだからヴィジョンを喚び出せるわよ」
 黒のフィーナはレインにソルの心臓をぽんと手渡した。レインは戸惑った。心臓を手にしたままその場に立ち尽くしている。
「どうしたの? ヴィジョンの喚び方、忘れちゃった?」
「いや、違うんだ。ちょっと怖くて……だって、これ、ソルのクリスタルだろ? また混沌の闇みたいな化け物のヴィジョンが出てきたらどうしようかと思って。皇帝に、ウェポンに、混沌の闇。いくら俺でもそんなにいっぺんに相手に出来ないしさ」
「大丈夫よ。そんなに恐ろしいものは出てこないわよ。ちゃんと呼んであげればね」
 黒のフィーナは笑った
「ヘリアーク」
「え?」レインの耳元で黒のフィーナがささやく。ふふ、と色っぽく微笑みながら。
「ヘリアーク。そう呼んであげれば大丈夫よ」
 レインは言われるままに名前を呼んだ。

 このうえなく美しいひとが現れた。クリスタルから白のフィーナが生まれた時のことをレインは思い出した。深い湖を凍らせたような青の長い髪。透き通った氷のような白い肌。どこから飛んできたのか、白い鳩を肩に止まらせて、自分は止まり木のようにじっと静かにたたずんでいる。
 女性かと思った。レインは最初にそう感じた。鳩の止まり木は静かに口を開いた。「君は誰だい?」女性がしゃべるよりずっと低いテノールの声。その話す声を聞いて、レインは気づいた。ソルと同じ声だ……「生命は全て醜い、私が滅する」そう言った声と全く同じだ。
 どういうことだ? ソルのクリスタルから、見たこともない穏やかそうな見た目の青年が現れた。
 レインはとっさに黒のフィーナに助け船を出そうとしたが、気まぐれな彼女の姿はもう見えなくなっていた。といっても、気配はレインの後ろに感じられた。レインと鳩の青年の対面を後ろで笑って楽しんでいるに違いない。まいったな……とレインはこぼした。
「ソル?」
 レインは尋ねた。どう見てもソルには見えないが、声はソルだった。だけど、あの骸骨の冠の下にこんな物腰穏やかな青年がいたとも思えない。
「ソル……? 僕はヘリアーク。クリスタルの研究者だ。研究所では主に魔導心臓の開発に携わっていた。君とは初めてだよね? よろしく」
 ヘリアークと名乗った青年は、レインに向かって気さくに右手を差し出してきた。鳩は彼の肩の上にきちんと収まったままだ。どうやらとてもなついているらしい。
 レインは差し出された右手を握った。とても暖かい。相手がヴィジョンだということを忘れてしまいそうだ。
「俺はレイン」
 ヒョウ、と名乗るつもりだった。だけど、ソルはレインと呼び続けていた。考えるより先に慣れ親しんだ名前が出てきてしまう。言い直そうか迷った。でも、この青年はレインと初対面なのだから、二つ名前をいっても混乱するだけだろうと思ってやめた。といっても、ソルとヘリアークのことで俺も混乱してるけど。

「ヘリアーク、どうして君は魔導心臓を持っていたんだ? クリスタルが心臓の代わりになるのか?」
「それは……」
 明るい青年の顔が、一瞬、困った顔になった。でもすぐに言葉を継いだ。「僕の心臓がバブイルに持って行かれてしまったから。僕の心臓はバブイルの決して開かない永久機関の中。だから代わりに魔導心臓を僕の身体に入れたのさ」
「バブイルの心臓! もしかして……!」
 レインはラピスで見たバブイルの心臓を思い出した。クリスタルに封印されてた影響で、溶けてしまった心臓。
 ヘリアークは驚いた。「まさか、君は僕の心臓のゆくえを知っている……?」
「ああ……だけど、もう手遅れだった。ごめん」
「君が謝らなくても。もともとは僕がなくしたのが悪いんだ」
 それに……とヘリアークは顔を伏せた。視線の先には、息絶えたソルの躯。「どうやら僕の身体は魔力を使い果たして死んだのだろう? 心臓があっても身体がないのでは、意味がないからね」
 ソルの胸の上にヘリアークは手をおいた。目を閉じて、静かにつぶやく。
「ほんとうは、返して欲しかったけど……仕方ないよね」
 ヘリアークはあはは、と笑った。
 レインは彼の気持ちが分からなかった。心臓をとられた、というのに、彼の口からは憎しみや、恨みや、怒りの言葉は一つも出てこない。ソルは人間のことをあんなに憎んでいたのに。
 君はどうして笑っていられるんだ? 君がさわっているその躯はもう二度と息を吹き返さない。つまり、君が還る身体はもう存在しないんだ。
「ヘリアーク、怖くないのか……? 今、ここで君の身体は力つきた。もし、このクリスタルが砕けてヴィジョンが消えたら、君はもうここに存在できない。永遠に消えてしまう……それってすごく怖いことじゃないか?」
 俺は怖かった。ゲートを閉じた時、これが終わったらもう死ぬのだと思った。めちゃくちゃ怖かった。クリスタルにヴィジョンを残したけど、自分が死んだ後のヴィジョンが、こんな風に穏やかに笑って自分の死を語るかどうかなんて考える余裕はなかった。
「僕は一度死んだことがあるから、慣れてるんだ。最初は怖かったけど、今はそんなに怖くないよ」

「えっ?」
 一度死んだことがある? どういうことだ?
 不思議に思って聞き返したレインにヘリアークは語った。
「魔導心臓の核になっているのはクリスタルだ。君も知っていると思うけど、クリスタルは人の想いを吸収する性質がある。僕のクリスタルは僕の想いを吸収し、とうとう僕の存在全てを吸収し尽くした。そうして僕は死んだんだ。僕は自分の心がだんだんとクリスタルに奪われていくのを感じていた。最初はやっぱり怖かったよ……だって、自分の心がどんどんなくなっていって、自分という存在が失われていくのが分かってしまったから……」
 ヘリアークは静かに語り続けた。
「でも、ヘリアークが死ぬ時、最期まで見届けてくれた人がいたから。最期はそんなに怖くなかったかな……あ、その時はもう心がクリスタルにほとんど奪われてたから、だから何も感じなかったのかも、あはは」
 レインはテノールの声をずっと聞き続けていた。柔和なトーン。死への恐怖はどこにも感じられない。
「それで、僕の肉体もやっと死んだんだよね? 不老不死だったから長く生きてたと思うけど……僕が死んでから何年くらいこの肉体は生きていたんだろう」
「えーと、700年くらい?」
 レインの答えにヘリアークは驚いた様子だった。
「すごいなあ、僕。よく700年も魔力が尽きなかったよ。魔導心臓のクリスタルが僕以外の想いも吸収していたんだろう。ねえ、レイン、僕の肉体はどうやって死んだんだ? 君は僕の最期を看取ってくれたようだけど……僕は、700年もの間、どうやって生きていた?」
 レインは言葉に詰まった。ソルの生きてきた700年の人生をレインは知らない。知っているのは、ラピスでゲートを巡って死闘を繰り広げ、パラデイアで一緒に旅をしたほんの少しの時間のことだけ。それに、ラピスにいたソルは憎悪の固まりだった。憎しみ、怒り、悲しみ、絶望、苦しみ、復讐……人間の負の感情の塊を喚び出し、ラピスを破壊しようとしていた。そんなこと、この青年に伝えて良いのだろうか。自分が、死んだ後、自分の身体が世界に混沌をもたらそうとしていた、と。この優しそうな彼はきっとひどく心を痛めるはずだ。レインは首をふった。もう終わったことだ。彼に言うのはやめよう。
「君は……ずっと感情が分からないと言っていた。自分には心がないから、感情を知りたい、と言っていた。だから……ええと……人間の想いをたくさん吸収しようとしていた」
「ああ、きっと魔導心臓が暴走していたんだろう。このクリスタルで出来た魔導心臓は、人の想いを吸収してエネルギーに変換する仕組みだ。僕の身体に宿る膨大な魔力を支えるには、さぞかしたくさんの人の想いが必要だったんだろう。僕の心臓は周りに迷惑をかけていただろう。僕と一緒に居た人たちは皆、感情を奪われ、冷酷無比になって暴れていたことだろう……申し訳ないことをしてしまった……」
 ヘリアークは顔を沈ませた。
「いや、そうじゃなかった。ソル……いや、君のクリスタルが吸収していたのは人々の怒り、憎しみ、嫉妬……あらゆる負の感情だった。その想いは星を破壊しそうなほど膨れ上がっていた。君はあらゆる人間の汚れた感情を見て、人間は醜いと言った。だから滅ぼす、と……」
 あ、言ってしまった……レインは焦った。こんな事実を告げたら、彼はきっとひどく落ち込んでしまう。そう思ったが、ヘリアークは意外な一言をつぶやいた。
「ああ、僕でよかった……」
 レインは意味が分からず、ちょっと考え込んだ。何を言っているんだ?
「僕が……悲しみや憎しみを背負う人でよかった……それが僕の願いだったんだ。人々の苦しみを救いたい、ずっとそう思っていた。僕は白魔法も使えないし、僕の研究は戦争の道具にされてしまったけれど、それでも僕はずっと人々の苦しみを救うために生きたいと思っていた……僕の開発した魔導心臓が、そうやって人々の苦しい気持ちを吸収してくれていたなら、僕の研究は少しは役に立ったということだ……よかった」
 青年は続けた。「人間の命は短い。短い人生を悲しみや憎しみにとらわれたまま終えるのは可哀想だ。僕は不老不死だから……苦しみの感情はいくらでも吸収できる」
「ヘリアーク……だめだよ、君はあの感情の塊に潰されてしまう。ソルが喚び出した混沌の闇は、ラピスを破壊しようとしていた。君一人が背負いきれる量の感情ではなかった」
「そうだったのか……」
 しばしの沈黙。
「……やっぱり魔導心臓は欠陥品かぁ。君の話を聞いて苦痛を吸い上げるクリスタル機関に改良できないかなって思ったけど、やはり難しそうだ。クリスタルに蓄積された想いのエネルギーを循環させる構造にしないと、膨大な量のエネルギーが君の言うように破壊兵器に盗用される危険性がある」
 ヘリアークは研究者然としてぶつぶつと一人でつぶやいていた。彼はクリスタルの研究者だったというが、その手腕もきっと確かなものだったのだろう。
「レイン、僕の肉体の死を看取った君にお願いがある。この魔導心臓を一緒に破壊してくれないだろうか」

「どういうことだ?」
「簡単だよ。魔導心臓はクリスタルで出来ているから、叩き潰せば砕け散る。僕は魔道士だから、クリスタルをたたき壊すほどの腕力はないんだ。頼む」
「いや、だって……!」
 レインは慌てた。「そ、そんなことをしたら、君のヴィジョンも消えてしまう。依り代のクリスタルが砕けてしまったら、君は二度とヴィジョンとして蘇ることができなくなってしまう!」
「そんなことは構わない。僕の生きていた時代から700年も経っているらしいから、もう僕のことを思い出して懐かしむ人もいないだろう。それに、君の話だと、僕の心臓には膨大な量の負の感情が蓄積されているらしいじゃないか。もし、誰かがそれを喚びだして暴走させたらどうなる? そんな危険なものを残しておくことは出来ない。……君に出来ないというなら、僕がやる」
 ヘリアークは杖を取り出し、高らかに振り上げた。あたりに凍てつく冷気が渦巻く。レインはヘリアークの意図を察して、彼の振り上げた杖を奪おうと飛びかかった。だが、ヘリアークはするりと身をかわし、魔法を詠唱した。詠唱といっても、言葉がひとつふたつ、あったかないかのうちに天から鋭い氷塊が降り注いだ。冷たい塊はヘリアークの幻の身体を突き抜け、狙いを外すことなくソルの心臓を貫いた。心臓に一撃。かたいものが粉々に砕ける乾いた音。
「待ってくれ……ッ! 混沌の闇なんて怖くない! 俺が何度でも倒してやる! だから、まだ――」
「君は強いね、ありがとう……でも……」
 きらきらとした光の粒子が舞い上がった。それが氷の欠片なのか、クリスタルの欠片なのか、もう判別できないきらめく何か。

 何もなくなってしまった。
 ソルのこと、何も知らなかった。感情がない、と言っていた。だけど、自分の心臓の中にちゃんと持ってたじゃないか。なのに、自分で砕きやがって。滅したいって、言葉通りにしやがって。なんだよ、なんで何も話さずにいっちゃうんだよ。

「ね、彼、いい人でしょう。私が言った通り混沌の闇なんて出てこなかったでしょう?」
 今更になって黒のフィーナがレインの後ろでささやいた。
「フィーナ……どうして、止めてくれなかったんだ」
「だって、私も、魔導心臓は壊した方が良いって思ってたから。危険でしょ。あんなものが残ってたら」
「だけど……もうちょっと、彼の話を聞いていたかった。俺、今更だけど、ソルのことをもっと知りたいって思った。ソルも知らない昔のソルのことを聞きたかった。フィーナ、土のクリスタルの力を使って、ヘリアークのことをもう一度、喚び出せないか?」
「んー、難しいかも。私が知ってるのはヘリアークじゃなくてソルの方だし。私が喚んだらソルが出てきちゃうかも」
「やっぱり、難しいか……」
 レインは肩を落とした。黒のフィーナがレインの身体をふわりと包み込んだ。精神体の彼女の温かい感情がレインを励ました。
「そんなにがっかりしないで。私の知ってることを話してあげるから」
 そう言って黒のフィーナは語り出した。彼女の話によると、少しの間だけ軍の施設でヘリアークは兵士と働いていたらしい。
「彼、とても優しい人だったのよ。いつも朗らかで。にこにこと笑ってて。私が軍の施設に居た時に、ちょっとだけ一緒に戦ったことがあったわ。でも、彼、すごい魔力を持っているのにあの性格だから全然使いこなせなくて。軍人に向いてなかったわ。だからすぐに研究所に戻されて。その後は研究所でクリスタルの研究をしてたらしいけど、私は詳しくは知らない。ユライシャの下で再会した時はもうソルって名乗ってた」
 レインは黒のフィーナの話を静かに聞いていた。
「魔導心臓の件もね、ユライシャから聞いた噂によると、彼は同僚に裏切られてまだ未完成だった魔導心臓を埋め込まれたらしいわ。妬まれ、裏切られ、陥れられたっていうのに、ヘリアーク本人ったら全然怒らないのよ。あなたはもっと他人を疑って生きなさいってユライシャが叱ってたって」
「へえ……あのソルに、そんな過去があったとは……」
 レインは岩床に散らばるきらめく破片をいくつか拾った。粉々に砕けたクリスタル。ソルの心臓。ヘリアークの心。
「私はヘリアークのことは全然知らなかったけど、研究所にいた時の彼を知ってる人は、彼のことを太陽みたいな人だって言ってた」
「だからソルって名乗ってたのか……」
「自分でつけたんじゃなくて、誰かにもらった名前って言ってた」
 700年前にソルとなる前のヘリアークがどんな人生を送っていたのか、レインにはさっぱり分からない。
「きっと……その人はソルに、ヘリアークとして生きて欲しかったんだろうな。だからヘリアークの心が死んでも、太陽の輝きが失われないようにって……」
 クリスタルに感情を奪われたヘリアークが、ソルに託した唯一のもの。

「またどこかで会えないかな。ソルじゃなくて……ヘリアークのことを知ってる人がいれば、その人がヘリアークのクリスタルを持ってたりしないかな」
「無理じゃない? だって、ヘスの八賢者たち、もうほとんど死んじゃったし。ユライシャだってもういないし」
「700年か……だけど、この星から争いはまだ消えない。ソル……いや、ヘリアークは人の苦しみを救いたいと言っていた。彼の願いはまだ叶いそうにない」
「――だから、あなたが叶えるんでしょ?」
 レインは自分の使命を思い出した。何故、自分がオーダーズに入ったのか。情を捨て去り、ヒョウとなったのかを。アルドールとヘスの争いを終わらせるんだ。道は険しい。けれど、前に進まなければ。
 その時、白い鳩が宙でひとまわり円を描いてからレインの肩に止まった。
「ヘリアークのビジョンの鳩ね。彼、いつも鳥と一緒にいたから、一緒にクリスタルに宿ってたのね。よかったわね、あなたのクリスタルは砕けなかったのね。それだけ強い想いが残っていたのね」
「強い想い?」
「ヘリアークが言っていたでしょ。人々の苦しみを救いたいって。この世界の人は、戦争に疲弊しきってる。アルドールとヘスの対立は人々に苦しみをもたらす。だから……」
 黒のフィーナはレインの髪をつついている鳩をうながした。
「あなたの主人はもうここにはいないわ。飛んでいきなさい。彼の想いが尽きる日まで飛び続けるのよ――争いのない世界が実現するまで」

 

 

 

2018.11.18

Happy White Day! 2018

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・FFBE2018年ホワイトデープレゼントはまさかのジークハルト!wどうしてww レイラスレーゲンをさしおいてジークハルト!!(二回目)
・きっとジークは黒フィーナちゃんにプレゼントしたかったんだろうなぁ…(黒フィーナちゃん全力で拒否してたけどw
・女子組(白黒フィーナ・サクラ・リド+リコちゃん)&ジークハルトでホワイトデーネタです。あと(出てこないけど)レイラスはゆるく腐ってる設定……


 

 
Happy White Day! 2018
 
 

「何、これ」

来客がある、とリドに言われて魔人フィーナが宿屋の扉をあけると、そこに金髪の青年が立っていた。魔人フィーナが口を開くより先に赤い薔薇を差し出された。ただし、漂ってくる香りは甘い。差し出されたのは薔薇の形を模したキャンディーだった。

「何、だと? ホワイトデーのお返しに決まっているだろう。この美しい私が贈るのにふさわしい高級品だ。さあ、受け取れ!」
意図が分からない、と魔人フィーナは男を睨みつけた。相手はかつて戦ったアルドールの英雄。

「私、あなたにバレンタインのチョコなんてあげてないんだけど」

「この俺からプレゼントを贈るというのに、何が不満なんだ」
「全部。しつこいわよ、ジークハルト! わざわざ宿まで押しかけてくるなんて鬱陶しい。ストーカーじゃないの」

昔から押しの強い男だった。いくら無視しても、知らん顔で魔人フィーナの後を追いかけてくる。そのしつこさは数百年経っても変わらない。

「なんじゃ……騒がしいと思ったら王土が来ておるでないか」
宿屋の入り口で魔人フィーナとジークハルトが言い合いをしていると、そこへひょっこりとサクラが姿を現した。ピンク色の髪をした少女はジークハルトの昔の戦友だった。

「おお、迅雷! ちょうど良いところに来たな。これをフィーナに渡しておいてくれ」

「いらないから!」

魔人フィーナがすかさず異議を申し立てたが、ジークハルトは気にするそぶりもなく、サクラに薔薇のキャンディーを押し付けて去っていった。

「むぅ……これはうまそうな飴玉ではないか……」

「ちょっと、サクラ! 勝手に受け取らないでよ」

「たまには良いではないか。あいつは昔からお前さんにぞっこんだったぞ。口を開けばフィーナ、フィーナとな。お前さんら、付きおうてたのか」
サクラは大好物の飴玉――薔薇のキャンディーに心を奪われて上の空だった。

「違うったら! あっちが勝手に押し掛けてきただけだから」

それ、私は絶対に受け取らないから、と魔人フィーナはそっぽを向いた。

「ねぇ、もう一人の私が楽しそうな話をしてるよ!」

「なになに、恋バナ? 私たちも混ぜて~」
わいわいとお喋りに熱中しながら、そこへやってきた年頃女子二人。リドとフィーナ――とフィーナの肩の上に乗っているもふもふの白い毛玉。

「クポポ~~リコも恋バナ大好きクポ!」

「ちょっとあんたたち……」

魔人フィーナは呆れ気味だった。また最初からあの男との関係を説明しなきゃいけないの? 面倒くさいから、もうどうでもいいわ。

魔人フィーナはすまし顔のまま無言でその場を離れた。

「なんじゃい、あいつは。しかし、それにしてもうまそうな飴玉じゃ。この形、この香り、最高の食材を使っておるな……むむ」

「サクラ、これは飴玉じゃなくてキャンディーっていうんだよ」

リドがすかさず突っ込んだ。

「これ、もう一人の私への贈り物? でもあっちの私、なんだかご機嫌ななめだったね」

「まあ、あいつも長いこと生きておるから色々あるんじゃろ」

「じゃあ私が貰っちゃおうかな。もう一人の私へのプレゼントなら私が食べてもいいよね。いっぱいあるからみんなで食べようよ!」
はんぶんこしようね、とフィーナは肩の上のもふもふを優しくなでた。「フィーナは優しいクポ~」

なんなのよ、と魔人フィーナは思った。

ジークハルトが押しつけたキャンディーを三人と一匹がおいしそうに食べている。ほほえましい光景ではある――贈り主が<あの男>でさえなければ。

「信じられない。私ったらおいしそうに食べちゃって……ふん、いいわよ。私はレインにお返ししてもらうから」

魔人フィーナは一月前のバレンタインを思い出した。700年生きてきてはじめて作った手作りチョコはもちろんレインにあげた。彼はどんなプレゼントをくれるのだろうか。

「レ・イ・ン」

別の部屋にいたレインを見つけると魔人フィーナはすっと身体をすり寄せた。

「お、色っぽい方のフィーナ、どうした?」

レインが首をかしげる。

「ねぇ、今日は何の日だか知ってる?」

さあ、なんだっけ、とレインが呟く。

「もう。にぶいのね。恋人に愛を返す日よ」

「ああ、ホワイトデー!」

レインが思い出したように声をあげる。「ラスウェルに返さなきゃ。バレンタインに手作りチョコもらってたんだよなあ。あ、フィーナと、色っぽいフィーナと、リドと、サクラと、えーと……あとリコからも」

「ああ、もう!」

魔人フィーナが立ち上がってレインから離れた。「なんでこんなに空気の読めない男ばっかりなのよ!」

 

 

2018.3.18

ヘスの戦士

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ヘスの戦士

 
陶器のように透き通る白い肌
腰で波打つハニーブロンドの巻き毛
深く濃いルビーの瞳
同じ色をした深紅の口紅
長く垂らした漆黒の花嫁のヴェール
純潔の白百合を髪飾り
身体に巻き付けた燃えさかる炎の蛇

彼女はヘスの戦士
彼女のふるう鞭の一撃の前にはどんな戦士であろうとひれ伏す
強さと、美しさと、気高さを兼ね備えた完璧な戦士だ

「アルドールの男が私に気安く話しかけないで。私はヘスの戦士よ」
魔人フィーナ
それが気高き戦士の名前だった
俺は彼女に夢中だった――一目で惚れたのだった
誰よりも強く、美しいヘスの戦士を振り向かせようと必死だった
だが、俺が何度口説こうと、彼女は振り向きもしなかった
氷のような微笑みが返ってくるだけだった

「どうしてヘスの側についたんだ」
「しつこい人。何故あなたに答えなければいけないの。私が何をしようとあなたには関係ないでしょ」
「フィーナ! 俺はおまえと一緒に戦いたかったんだ…!」
「ああ、そう」
つんとすました顔
まるで興味がないという素振りだ
「あなたは自分が私と一緒に戦えると思ってるの?」
「……どういう意味だ?」
「私は強くない人とは戦いたくないの」
「俺だってアルドールの戦士だ! おまえだって王土のヴェリアスの名前くらいは知っているだろう?」

俺は王土のヴェリアスとしてアルドールの皇帝の下で戦い、誰もが俺の強さを認めた
ただ一人、彼女を除いては……

「それで? 私、弱い人は嫌いだけど、剣を持つしか能のない無粋な人はもっと嫌いよ。あなた……私の隣に立つにはまだまだね」
彼女は鼻でふふんと笑った
「戦士は強く、美しく、しなやかでなくては……」
そう言いながら俺の前から颯爽と去っていった――一度も振り返らずに

追いかけなければ
彼女は遠くへ行ってしまう――俺の手の届かない場所へ

もっと強くならなければ
もっと美しくならなければ
そうしなければ、彼女に追いつけない

そしていつの日か、彼女の隣に立って、二人で世界を見るのだ

あれから百年……二百年……七百年……
俺は一度も妥協しなかった
どこまでも力を求め、美を追求し続けた――全ては彼女にふさわしい戦士になるために

「見ろ、俺は誰よりも美しくなった。俺の美しさは世界が認める。だが――」

フィーナ
俺はおまえに認めてもらいたかったのだ

「――相変わらず、おまえは返事もしてくれないのだな……」
氷のように冷たいヘスの戦士
彼女は今や氷よりも冷たくなった――クリスタルへとその身を変えたのだ

「フィーナ……答えてくれ。俺はまだおまえの隣に立てないのか?」
土の神殿――しんとした静寂の時間
「ふっ、それがおまえの返答か。いいだろう。いつかおまえを振り向かせてみる。おまえの言った通り俺は執念深い男だ。七百年も待った。これからも待ち続ける――だから帰ってきてくれ。その時までに、俺はおまえにふさわしい男になっているからな……」

いつか、その日まで――

 

 

2017.10.07

  

・ジークハルトが超越したナルシストなのは、魔人フィーナに憧れてて追いつきたい一心で……とかだったらいいなと思いまして書きました。
・この二人は当初、戦士×戦士な王土×魔人コンビを想像してましたが、2章の展開を見ているとフィーナ×ジークハルトでは?!と思うように(笑