おひざでおひるね

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・メリアドール(十代前半)、クレティアン(十代後半)、ローファル(永遠の年齢不詳∞)
・イズルードが登場させられなかったのですが、行外で元気に飛び跳ねているということで……


                 

                 

おひざでおひるね

                 

                 

 今日はとても暖かい日だわ。
 メリアドールは城館の裏口に座って午餐の後の穏やかな時間を満喫していた。伐り出された薪に肩を預けて城館で働く使用人や騎士団の人たちが忙しなく働いている様子をぼんやり眺めていた。こうしていると時々、騎士団の若い男たちがかまってくれることがある。
「お嬢さん、お暇でしたら私が相手をいたしましょうか」
 メリアドールは声の主をちらりと見た。騎士団の制服を着た栗毛色の髪の青年。一日の大半を一緒に過ごしているためか、騎士団の人間の名前はたいてい覚えている。
「ええ、とっても暇。イズルードは裏の果樹園に行っていて、今日は誰も私の相手をしてくれないの。でもクレティアン、あなたは仕事中ではなくて?」
 クレティアンは両手に本の束を抱えていた。見るからに重そうだった。
「副団長様の命令で書庫でさがし物をしていたんです。ですが急ぎの用事というわけでもないので、少しくらいなら……」
 メリアドールが砂埃を払って隣のスペースを作ると、クレティアンはそこに腰をおろした。「一緒に本でも読みましょうか」そう言って持ってきた荷物に手を伸ばした。
 まずい。そんなことになったら途中で寝てしまう。
 メリアドールはあわてて首を振った。「わ、私はいいわ……あなたが隣で読んでくれるのならそれで結構」
 本を読んだり歌を歌ったりするのはメリアドールにとって退屈極まりないことだった。それよりもメリアドールは身体を動かしている方が好きだった。木に登ったり森を駆け回ったりする方が性に合っている。でもこの人はそういう野遊びにはつきあってくれない。彼は騎士団にいる有象無象の山猿たちとは違って、由緒正しき士官学校を卒業してきた貴族の青年だった。
 メリアドールはしばらくの間クレティアンの声に聞き入っていた。メリアドールのことを見もせずに隣で黙々と本を読み上げている。この人は、副団長が読むような本を私が楽しめると本当に思っているのだろうか。あたまのいい人の考えることはよく分からない。本の内容もさっぱり分からない。でもきれいな声。低くていい声をしてるわ。ずっとこうして隣に座っていたくなる。魔法を使う人はみんなこんなに穏やかなしゃべり方をするのだろうか……ちょうどいい心地よさにメリアドールはだんだんと眠くなってきた。
 

「あら、二人してかわいい」
 通りすがりの使用人の声にはっとしてメリアドールは顔をあげた。暖かい日差しの中でつい船をこいでしまっていたらしい。
 それにしても昼寝に最適なあたたかさだった。そう思って膝の上を見ると、いつの間にか寝落ちしていたらしいクレティアンが小さな寝息を立てている。気がついたらメリアドールが膝枕する形になっていた。どうりでぬくもりが気持ちいいと思ったわ。
「どうやら若騎士さまはお疲れのようだな」メリアドールは背後に人の気配を感じた。そして膝の上の若騎士を起こさないように、そっと聞き返した。
「ローファル? どうしたの?」
「その若いのを回収にきた。仕事の途中だ」
「あら、だめよ、お昼寝の途中で起こしたらかわいそうだわ」
 メリアドールはローファルに向かって人差し指を立てた。もう片方の手で寝ているクレティアンの髪をそっと撫でた。穏やかな寝顔を見ていると無理に起こしてしまうのが忍びなかった。
「私、この前うっかり寝ているイズルードを踏んじゃったんだけど、そうしたらすごく機嫌が悪かったの」
「その男はイズルードより五歳以上も年上なのだから、その心配は無用だ。今すぐにたたき起こせ。午睡の時間はとっくに過ぎている」
「そう?」
 だがメリアドールが声をかけるまでもなくクレティアンが気配を察したらしく飛び起きた。ローファルの無言の圧力を感じ取ったというべきか。
「クレティアン、さぞや良い目覚めだろうな」
「ウォドリング様――わ、私は決して惰眠をむさぼっていたわけでは……」
「そうか、レディに添い寝するのが騎士の流儀とでも言うのか。貴殿は士官学校で一体何を学んできたのだ?」
「い、いえ……」
 クレティアンがその場から身体を引いてたじろいだ。
「そんなにいじめたらかわいそうよ、ローファル。それに私はレディじゃないから何も問題はないわ」
「……お嬢さん」クレティアンは気まずそうな雰囲気だ。「お膝を失礼いたしました。ですが、途中で起こしてくださってもよかったのですよ? 重くて邪魔だったでしょう……」
「別に? ちょっと重たい布団だと思ったくらいよ。それに、あたたかくて気持ちよかったわ」
「そうですか……布団ですか。あなたの布団になれたのなら光栄です――ですが、お父様にはどうかご内密に」
 クレティアンはローファルの顔色をちらちらと伺いながらメリアドールに話しかけていたが、最後に一言念を押していくのを忘れなかった。
「で、では私は先に下がらせたいただきますので……」そう言って荷物をまとめるとその場から逃げるようそそくさと城館の中へと戻っていった。
「メリアドール。あなたには騎士団長の息女として身につけるべき礼儀作法がある」
「何?」
「もし今度若い騎士に膝の上を占領されることがあったら即刻蹴り落とすこと」
「そうなの。知らなかったわ。じゃあ次からはそうするわ」
 メリアドールは満足げにうなずき、仕事場に戻っていくローファルを見送った。外はそろそろ日差しが傾いて来る頃で、メリアドールも何か手伝いに行こうとすぐに後を追った。

               


               
十十
日月 え の日(10/10)の記念SSです。

               

2017.10.13

               

ヘスの戦士

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ヘスの戦士

 
陶器のように透き通る白い肌
腰で波打つハニーブロンドの巻き毛
深く濃いルビーの瞳
同じ色をした深紅の口紅
長く垂らした漆黒の花嫁のヴェール
純潔の白百合を髪飾り
身体に巻き付けた燃えさかる炎の蛇

彼女はヘスの戦士
彼女のふるう鞭の一撃の前にはどんな戦士であろうとひれ伏す
強さと、美しさと、気高さを兼ね備えた完璧な戦士だ

「アルドールの男が私に気安く話しかけないで。私はヘスの戦士よ」
魔人フィーナ
それが気高き戦士の名前だった
俺は彼女に夢中だった――一目で惚れたのだった
誰よりも強く、美しいヘスの戦士を振り向かせようと必死だった
だが、俺が何度口説こうと、彼女は振り向きもしなかった
氷のような微笑みが返ってくるだけだった

「どうしてヘスの側についたんだ」
「しつこい人。何故あなたに答えなければいけないの。私が何をしようとあなたには関係ないでしょ」
「フィーナ! 俺はおまえと一緒に戦いたかったんだ…!」
「ああ、そう」
つんとすました顔
まるで興味がないという素振りだ
「あなたは自分が私と一緒に戦えると思ってるの?」
「……どういう意味だ?」
「私は強くない人とは戦いたくないの」
「俺だってアルドールの戦士だ! おまえだって王土のヴェリアスの名前くらいは知っているだろう?」

俺は王土のヴェリアスとしてアルドールの皇帝の下で戦い、誰もが俺の強さを認めた
ただ一人、彼女を除いては……

「それで? 私、弱い人は嫌いだけど、剣を持つしか能のない無粋な人はもっと嫌いよ。あなた……私の隣に立つにはまだまだね」
彼女は鼻でふふんと笑った
「戦士は強く、美しく、しなやかでなくては……」
そう言いながら俺の前から颯爽と去っていった――一度も振り返らずに

追いかけなければ
彼女は遠くへ行ってしまう――俺の手の届かない場所へ

もっと強くならなければ
もっと美しくならなければ
そうしなければ、彼女に追いつけない

そしていつの日か、彼女の隣に立って、二人で世界を見るのだ

あれから百年……二百年……七百年……
俺は一度も妥協しなかった
どこまでも力を求め、美を追求し続けた――全ては彼女にふさわしい戦士になるために

「見ろ、俺は誰よりも美しくなった。俺の美しさは世界が認める。だが――」

フィーナ
俺はおまえに認めてもらいたかったのだ

「――相変わらず、おまえは返事もしてくれないのだな……」
氷のように冷たいヘスの戦士
彼女は今や氷よりも冷たくなった――クリスタルへとその身を変えたのだ

「フィーナ……答えてくれ。俺はまだおまえの隣に立てないのか?」
土の神殿――しんとした静寂の時間
「ふっ、それがおまえの返答か。いいだろう。いつかおまえを振り向かせてみる。おまえの言った通り俺は執念深い男だ。七百年も待った。これからも待ち続ける――だから帰ってきてくれ。その時までに、俺はおまえにふさわしい男になっているからな……」

いつか、その日まで――

 

 

2017.10.07

  

・ジークハルトが超越したナルシストなのは、魔人フィーナに憧れてて追いつきたい一心で……とかだったらいいなと思いまして書きました。
・この二人は当初、戦士×戦士な王土×魔人コンビを想像してましたが、2章の展開を見ているとフィーナ×ジークハルトでは?!と思うように(笑