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あなたのぬくもりを

 

 

 

 

「その傷、どうしたんだ」
 クレティアンは彼の自室を訪ねてきたローファルの手元を見て言った。黒いローブの袖から見えるローファルの手首に大きな傷跡が残されていた。
「ああ、これか。ルーンブレイドの破片が飛んできたのだろう……気にしてもいなかった」
 剣や鎧が砕けて飛び散ることは剛剣使いにとって、あまりにも日常茶飯事な出来事だった。ローファルはクレティアンに言われて初めて自分が負傷していることに気づいた。
「化膿しているじゃないか。そこに座れ」
 クレティアンはローファルをベッドのそばへと引っ張ってくると、そこに座らせた。
「腕を貸せ」慣れた手つきでローファルの手首に包帯を巻いていった。
 そうだ、こいつは魔道士だった。怪我の手当をしてくれているのだな。
 ローファルは自分の手を取るクレティアンの手を間近で見つめた。普段、こんなにまじまじと見ることはない。ローファルは騎士団長と一緒に外へ出て行くし、クレティアンは館に残って机に向かっている。一緒に戦場に立つことなどなかった。
 ローファルがぼんやりと考え事にふけっていると、クレティアンは包帯の上からローファルの手にキスをした。唇が触れたその瞬間――ローファルの全身に熱い感覚が駆けめぐった。
「ほら、包帯を外してみろよ」
 キスじゃない、ただ魔法を使っただけだ――気づいたのはクレティアンにそう言われてからだった。
「おお……すごいな、傷跡がきれいになっている」
「俺を褒めるなよ。こんなのは下級の魔道士の仕事だ。俺の力を使えば聖石がなくても、おまえが死んでたら生き返らせてやる」
 クレティアンはつんとすましていった。「だがローファル、あまり怪我はしてくるなよ」
「生傷が絶えないのは剣を使う者の宿命だ、あきらめてくれ」
「そうか……」
 クレティアンは呟いてベッドに座るローファルの隣にどすんと腰掛けた。そのまま身体を倒してローファルの後ろにうつ伏せに寝そべった。ローファルは治療への感謝の意味を込めてクレティアンの頭に手をおいた。
「……私のことより、自分を大事にしろよ、クレティアン」
 気がつけば自分の手が剣を振るうちに切り傷であふれていたのとは対照的に、クレティアンの手は灼熱の魔法を使う時の反動なのか火傷の痕がずいぶんと残っていた。白魔法より黒魔法を使ってきた経験の方が長いと分かる熟練の魔道士の手だ。
「私は魔法が使えないからな……おまえが怪我をしても癒してやれない」
「早死には魔道士の宿命さ。おまえだって戦場で先に殺るのは魔道士だろ」
「ああ、そうだ。だが――」
 ローファルはクレティアンの頭を撫でた。「部下より先に指揮官が死んでしまっては話にならないではないか。おまえは士官学校で一体何を学んできた?」
 もしも、そのような時が訪れるとしたら自分より彼の方が先に死ぬだろう。そんな時は想像したくもないが、ローファルはそう感じていた。それが戦場の定める宿命なのかもしれないが。
「生き急ぐなよ。おまえが瀕死の状態で戦地から帰ってくるのは私の心が痛む」
「俺は別に……血が流れれば、その分だけ主も喜んでくださる」
「だとしても、だ。私より先に逝くなよ」
 ローファルはクレティアンの背中に顔を埋めた。こうしているとぬくもりが伝わってくる。今はその温かさをしばらく感じていたかった。

 

 

 

2018.8.20