To C. From M. with LOVE.

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・クレティアン誕生日記念SS
・メリアドール→クレティアンへ誕生日の贈り物。本人不在でメリアドールとラムザの会話文です。


 

 

To C. From M. with LOVE.

 

 
「よし、今日はこのあたりで野宿にしよう。日が落ちたら盗賊たちの動きが活発になる。夜に行軍するのは危険だ」
 森の中を行進中の一隊に向けてラムザは指示を出した。ちょうど日が暮れ始めた頃、彼らは運よく、森の中の開けた場所に到達できたのだ。隊の仲間たちはリーダーのラムザの指示に従って休息のためのテントを組み立て、火をおこしている。
「この進み具合だと、明日には近くの街に入れるはずだ。そうすれば、まともな食事にありつけると思うけど、今日は残念ながら……」
 ラムザは隊のチョコボに運ばせていた携帯用の食料を見た。しばらく森の中の行軍が続いたせいか、食料の備蓄が底をつきそうだった。今日は節約しないとまずいな、とラムザは呟いた。
「ラムザ、だったら、これを」
 どうしようかと思案していたラムザに声をかけたのはメリアドールだった。肩にクアールをかついでいる。
「ここに来る途中で仕留めたの。さばいて焼けば今日の食事の足しになると思う。他にも狩れそうなモンスターが近くにいないかちょっと見てくるわ」
「ありがとうございます」
 これ、借りていくわね、私の剣は大きすぎて狩りに使うのには向かないから、と言ってメリアドールは自分の剣をラムザに預けた。ラムザは彼女の剣の重さに少し驚いた。
 ――メリアドールさん、こんな重い剣を使ってたんだ。すごいな。
 最近、ラムザの隊に入ったメリアドールのことは、ラムザもまだよく知らなかった。信仰に篤い修道女のような外見で、重い大剣を軽々と振り回して相手の鎧を叩き壊す。見た目からは想像もできない膂力だ。どうも、つかみどころのない不思議な人だった。
「メリアドールさん、このお礼は――」
「別にいいわよ、これくらい――あ、そうね、だったら街に着いたら買い物につきあってくれる?」
 いいですよ、とラムザが答える前にメリアドールは槍を背負って狩場に向かってさっさと出かけていた。
「メリアドールさんの買い物か……なんだろう、僕は荷物持ちかな?」

 

 

 
「え、贈り物?」
「そう。もうすぐ昔の知り合いの誕生日なの。ミュロンドで一緒に暮らしていた頃はわざわざ誕生日の贈り物なんてあげなかったけど……黙って騎士団を出てきちゃったし、消息便り代わりに何か贈ってあげようかなと思って。それなりに親しくしてもらってたから」
 街に買い物に行きたいと言ったメリアドールの目的を聞いて、ラムザは意外な気持ちだった。メリアドールの昔の知り合い……神殿騎士団の仲間だろうか。
「でも、贈り物選びなら、ムスタディオの方が詳しいと思いますよ。この前もアグリアスさんにこっそりプレゼントを贈っていたみたいで」
「そう? でも、『彼』、あなたと同じ貴族の身分で、ガリランドの士官学校の出身なの。似たような経歴だと思うから、好みのセンスも似てるんじゃないかなって思ったの」
「アカデミーの? じゃあ、僕も知っている人?」
「多分知らないと思うわ。『彼』は私よりも年上だから」
 メリアドールが誕生日の贈り物をしたいという「彼」とは一体、誰のことだろう。名前を聞いても分からないだろうが、興味本位でメリアドールに聞いてみたいとラムザは思った。でも、出会って間もない彼女の交友関係を尋ねるのは、少し、気が引けた。だからラムザは黙って彼女の話を聞いていた。
「ラムザ、付き合ってくれてありがとう。私、ミュロンドから出たことがなくて外の風習のことはよく知らないの。買い物なんてしたこともないし、貴族の人が何をもらって嬉しいのかも全然分からないのよ」
「うーん、でも、僕は貴族といっても、家は騎士の男ばかりだったし、候補生だった頃もそういう華のある生活とは縁遠かったなぁ。アルマは兄さんたちから装飾品を色々ともらっていたけど、僕は戦場で役に立つ装飾品とか、そういう実用品しかもらわなかったよ」
「そういうのでいいわ。『彼』も騎士だし、あまり信仰に生きる人だから派手なのは好きじゃないと思うの」
「なら、街の武器屋を紹介するよ」

 

 

 
「坊ちゃん、今日は何をお探しで?」
 異端者。街では何かと目をつけられる存在だ。でも、この武器屋の主人はラムザが候補生だった頃から世話になっているためか、ラムザが教会に追われるようになった今でも、変わらず武器や道具を都合してくれる。
「マスター、今日は僕じゃなくて、彼女が買い物を……」
 武器屋の主人は、ラムザに続いて店に入ってきたメリアドールを見て、驚きの表情を見せた。
「ゾディアックブレイブ様! 坊ちゃんと教会の騎士様が一緒に来店するとは、珍しいことで」
 メリアドールは注目されることに慣れているのか、武器屋の主人に仰天されても、何一つ動じずに棚に無造作に置かれた商品を眺めている。その中から一つのものを手に取った――金細工の髪飾り。
「それにするんですか?」
「そうね……『彼』はアッシュブラウンの髪にお揃いのヘーゼルの瞳で、こういう金の飾りはきっと似合うわ。陽にあたるとね、明るい髪だったの。それに、これは魔道士にも役に立つ加護があるみたいね」
「へえ、メリアドールさんの『彼』さんは魔法を使う方だったんですか?」
「そう、魔法の才能だけは随一だったわ。ふふ、結構な努力家だったのよ、『彼』」
 メリアドールはそっと笑った。ラムザの知らない彼女と仲間たちの思い出。
「メリアドールさん、楽しそうですね。きっと、素敵な方だったんですね」
「そうでもないわよ。顔を合わせる度に喧嘩していたし、裏切られた今となっては本気で殺してやりたいと思ってる。そういう人だったのよ――あら、こっちのナイフもいいかも」
 メリアドールが髪飾りの次に手にしたのは、メイジマッシャーと銘がついたナイフだった。
「いいわね、これ。魔道士を殺せるんでしょう。プレゼントにぴったり。ラムザ、どうかしら?」
「えっと……」
 メリアドールがあまりにも笑顔でナイフを持っていたので、ラムザは返答に困った。

 

 

 
「ところで騎士様、お手持ちはありますか?」
 しばらくプレゼントの物色に夢中になっていたメリアドールに武器屋の主人が声をかけた。
「代金は神殿騎士団のミュロンド支部のヴォルマルフ・ティンジェル宛によろしく」
「騎士様、うちは現金のみです。あいにく、手形は受け付けていないので」
 ラムザはメリアドールに言った。
「僕が立て替えますよ」
「そんな気遣いは無用よ、ラムザ。昔の仲間にあげるものだから、隊の軍資金を使うわけにはいかないわ。それに、私も手持ちがないわけじゃないから」
 メリアドールはローブの下に吊るしていた麻袋から、小さな瓶を取り出した。いい香りがする。香水だ。
「店主、これは売ったらいくらになるかしら? もういらないから換金して」
「え、メリアドールさん、それは大事なものじゃないんですか?」
 イヴァリースで香水は貴重品だ。
「ミュロンドにいた頃に、ある人から貰ったんだけど、もういらないわ。私はミュロンドに戻るつもりはないから。どこかで捨てようかと思ってたけど、売った方がお金になるわね――店主、この香水と同じくらいの値段のアクセサリーを頂戴」
 私は贈り物のセンスはないわ。何を選んでいいか結局わからなかったもの。メリアドールはさらりと言った。
「騎士様、でしたら、こちらの指輪はいかかでしょう。その香水と似たような効果があって、死を防ぐ加護がついております」
 主人が持ってきたのは天使の装飾がついた指輪。メリアドールはうなずいた。
「それでいいわ」
「ではお包みいたしましょう。贈答用ですよね? 恋人さんですか?」
「……簡素なものでいいわ。相手は清貧の教会の騎士だから」
 メリアドールは武器屋の質問をさらりとかわした。答えるつもりはないらしい。
「香水代でおつりは出るかしら? もしあったら、届けてほしいのだけれど……私は事情があって、直接渡しにいけないので」
「いいですよ、教会の騎士様でしたらそれくらいサービスします。宛名はどちら様で?」
「神殿騎士団の団長か副団長宛に。横に『C』とだけ書いておいて。それで分かるから。二人のところまで届いたら『彼』も気づくはずだから」
「差出人の騎士様のお名前は添えますか?」
「それはまずいわ。名乗りたくないわね……私たち、ちょっと事情があって」
 メリアドールは武器屋の主人からペンを借りると、指輪の包み紙の裏に「From M」と走り書きをした――それから、少し悩んでから「with LOVE」と。

 

 

 
「ラムザ、つき合わせて悪かったわね」
「いいえ……でも、一つ聞いてもいいですか? 武器屋で聞かれてたこと――『彼』はメリアドールさんの恋人の方なんですか?」
 ふふ、とメリアドールは笑った。
「どちらでも。その答えは、お好きなようにどうぞ。でも安心して、もう私はあなたと一緒に戦うって決めたの。昔の仲間に会うつもりは、微塵もないから」

 

 

 

2019.06.06

黒の夜明け

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「おじちゃんはどうしていつも黒い服をきているの?」
 黒い服のおじさんに、おそるおそる近づく小さな少女。ふわっと金髪が肩の上で跳ねる。少女は好奇心旺盛だ、普通の人なら近づかない怖いおじさんにも物怖じせずに近寄っていく。だからおじさんの方が怖じ気付いてしまう。黒い服のおじさんは畏国で一番恐れられた暗殺者だった。夜にとけ込む漆黒のマントで素性を隠し、彼の素顔を見たものは誰一人としていなかった――近づく前に彼に心臓に打ち抜かれてしまうのだ。おじさんは凄腕の狙撃手でもあった。
「嬢ちゃん、興味半分に俺に近づくなよ。火傷するぜ」
「だって……知らない人には近づいたら駄目ってパパが言うの。おじちゃん、騎士団のひとでしょ。パパの騎士団の人なのに、一緒にいたらパパに怒られるなんてわけがわからない」
 この嬢ちゃんは、騎士団長の箱入り娘。メリアドール嬢ちゃん。大事に大事に甘やかされて育てられてる。
 おじさん――バルクは思った。俺がもし父親だったら、俺みたいな輩には娘を近づかせないぜ。騎士団長も父親だな。
「ね、おじちゃん。パパは騎士団のみんなは家族だって言ってる。私もおじちゃんともっと仲良く――」
 バルクは笑った。
「ごっこ遊びは別の兄ちゃんにやってもらいな。俺は向かねぇよ」
 バルクはきびすを返してメリアドールに背を向ける。家族ごっこなんて冗談じゃない。ちびちゃんと遊ぶのは向いてない。俺は……
「バルク」
 どこから現れたのか、背後から低い声で呼びかけられた。振り向かざるを得ない圧力を感じる。渋々、声の主を振り返る。げ、副団長じゃねえか。こいつは堅物だ。いつも不機嫌だ。説教が長い。融通が利かない。ともかく面倒だ。
「あんだよ」
「なぜ、メリアドール様のご要望を無視するのだ。メリアドール様はヴォルマルフ様のご息女。彼女の命令をすることは、すなわち団長に離反すること。たたき斬るぞ」
 バルクはため息を一つついた。こう言われたら相手をするほかはない。バルクは少し居心地が悪くなった。嬢ちゃんのわがままにつきあうのが嫌なわけではない。

   

   

   
 だたちょっと、過去を思い出して感傷に浸っているだけだ。
 バルクは、胸の中に密かに隠している。銀のリングに手を当てた。昔の記憶はここにある。
 ――どうしておじちゃんはいつも黒い服を着ているの?
 嬢ちゃん、俺はまだ夜の中に生きてるんだよ。

   

   

   
 ――俺あ、ゴーグに帰るぜ。
 ――どうしたんだよ、バルク。しけたこと言うなよ。一緒に王の首を狩りに行こうって誓った仲じゃねえかよ。この腐った国を変えられるのは俺しかいないって、おまえは何度も言った。途中で降りるなんて承知しねえぞ。おめえの頭、腐っちまったのか。
 ――ガキができたんだよ。帰って顔見せてやらねえと。一回くらい抱いておかないと親父の顔も覚えてくれねえだろう。顔みせたらすぐ戻ってくるよ。
 ――やめとけ、一度でも抱いたら情がうつる。そしたら二度と戻ってこれなくなる。

   

   

   
 その言葉に嘘はなかった。ゴーグに帰って、女房に小言を言われ、かわいい赤子に対面するのだ。この日のために、ちょっとした銀細工を彫金してきた。そういや婚約指輪も作ってなかったしな。女房に待たせてごめんよと謝るつもりだった。
 けれど、その日は永遠にこなかった。
 女房が待つ家はなかった。瓦礫の下だった。夫の帰りを待っていた妻は腹ごと潰れていた。

   

   

   
 バルクはそこで自分が何者かを思い出した。
 畏国で最も恐れられるテロリスト。それが未来の国家を作るためだと信じて、壊し、奪い、崩してきた。たやすいことだった。破壊するのはあまりにも簡単だった。
 ――これが俺のしてきたことかよ。すまねぇ。
 俺の子だった。抱き上げて名前を呼びたかった。女だったのかも男だったのかも分からず。名前をつける間もなく。世の光を見る間もなく瓦礫の下へ。

   

   

   
 ――抱いたら、二度と戻ってこれなくなる。
 でも抱けなかった。因果だ。破壊者として生きてきた報いを受けたのだ。
 なんでだよ。俺はガキらが虐げられない国を作るために、生きてきたんじゃないのかよ。幸福を願うと不幸がやってくる。それが世界なのかよ。世知辛えな。神なんてクソくらえ。

   

   

   
「黒い服のおじちゃん、私も騎士になるの。いつかパパの騎士団ので一番強い騎士になるわ! 私もおじちゃんと一緒の騎士よ! そうしたら……家族になれるよね?」
「嬢ちゃん……」
 家族なんて言葉の意味はとうの昔に忘れてしまった。

   

   

   
 ――探したぞ、ブラックリスト一番手のテロリストよ。
 ――おい、取り込み中だ。話は後だ。
 家族のために即席の墓を作った。妻と、まだ生まれてこなかった子供のために。バルクはいつもと変わらず素顔を隠す黒のマントで身を覆っていた。だが、これは暗殺者の衣じゃない。死を悼む喪服の色だ。
 そこへやってきたローブの男。相手も黒色のローブをまとっている。黒。闇にとけ込む影の色。祈りの黒色。バルクにはその黒色の意味が分からない。こいつぁ、誰だ? 
 ――てめえ、誰だよ。俺の首を狩りにきた野郎か? いいぜ、存分に戦ってやるぜ。俺の首は安くないからな。だが、今は駄目だ。俺は祈っているんだ。邪魔するな。5分待て。
 ――5分と言わず、いくらでも祈るがいい。私も祈ろう。それが私の仕事でもあるから。
 バルクは首を傾げた。怪しい男だが敵対心は感じられない。
 ――申し遅れた。私は神殿騎士のヴォルマルフ・ティンジェル。今日は剣を持っていない。戦う準備はしてない。頼むから、私に銃を向けてくれるなよ。丸腰だからな。
 変な野郎だ。騎士団長ともあろう人間が丸腰で、テロリストの隣に座って、墓石を見つめている。何を考えているのやら。
 ――家族を亡くし、寂しかろう。
 ――……あたりめえだ。
 バルクは妻の墓石を撫でた。生きてるうちにできなかった愛撫。冷たい石を撫でるのがこんなに虚しいとは。あんたは寂しくない。子供と一緒に逝っちまったから。だから俺は寂しい。一人取り残された、我が身の、どうしようもない寂しさ。
 ――私も細君を亡くしてな……
 この風変わりな騎士団長は唐突に語り出した。彼の妻のこと。妻がいかに美しく、きれいで、可愛らしかったか。自分がいかに妻を愛し、愛されていたか。もう亡き人だが……と、永久に終わらぬ愛の言葉にバルクは静かに耳を傾けた。いつもなら他人の惚気話なんてごめんだぜ、そう思うはずだった。でも、今は嫌じゃない。

   

   

   
「私のパパはね、とてもすごい騎士なの。ね、ローファルもそう思うでしょ? 私のいちばん憧れる人なの!」
「はい。お嬢様のおっしゃるとおりで」
 嬢ちゃんの口から、パパがいかにすばらしい騎士か、次々に言葉があふれてくる。
 ここの親父は愛されてるな。バルクは、嬢ちゃんの父親が妻をこよなく愛する良き夫だったことを知っている。まだこの騎士団に入る前に、長々と聞いたことがある……あの時、あの日、懐かしい。
 記憶は過去から現在へ、現在から過去へ、ゆるやかに駆けめぐる。

   

   

   
 ――騎士団長さんよ、それで、俺に何の用だ。まさか俺のかみさんの墓参りにつきあってくれたわけじゃねえだろう。用件を話しな。くだらない用だったら俺は帰るぜ。
 帰るといっても、もう家はなく。かつてのテロリスト仲間のもとへ帰る気もなく。どこへ行くのかさっぱり分からなかった。分からなくていい。俺は夜の生きる人間。行く宛なんて見当もつかない。
 騎士団長は麻袋を取り出した。金だ。バルクにはその袋を持たずとも、音、大きさ、それだけで勘定がつけられる。
 ――俺を買おうって話か。全然足りねぇよ。俺の懸賞金いくらか知ってんのかよ。俺の首はそんなはした金じゃ売れん。
 ――あいにく、我が騎士団は清貧を誓っていてな……これ以上の金は出せない。だが、いい人材は惜しみなく私の騎士団に迎え入れよう。偉大なテロリストよ、今からおまえは騎士になるのだ。
 ――忠誠を誓って生きるなんて俺の性分には合わないね。帰れ。それかもっと金を出せ。俺を満足させろ。
 ――テロリストよ……いや、バルク。おまえはもう一人ではない。騎士団には同胞がいる。アジョラの血を分け合った仲間がいる。もう一人で孤独に戦う必要はない。
 バルクは黙っていた。今し方家族を失った男の同情を惹こうと、この騎士は巧みに言葉を操っているのだろう。そこで、はい、喜んで、と答える男はそもそもテロリストにはならない。バルクもそうだ。無言で、険しい表情をする。
 ――俺は感情では動かない。騎士団に入ることで、それに見合う報酬が得られるのなら、考えてやってもいい。
 ――報酬? そうだな、私の娘を抱っこする権利を特別におまえにやろう。特別に1回だ。これは私と副団長にしか許されていない特別な権利だ……1回だけだからな!
 ――はあ?
 バルクはあきれ顔で聞き返した。この男は何を言っているのだ。
 ――この上ない報酬だ。どうだ、好条件だろう。
 でも、付いてきてしまった。他に行くところがなかったからだ。

   

   

    
 そうしてテロリストは教会の騎士になった。
 そして、今――噂のお嬢ちゃんに出会った。騎士団長の溺愛している、かわいいお嬢ちゃん。

   

   

   
「おじちゃん、パパよりずっと背が高いのね。ねえ、お肩をかして?」
 人なつっこいお嬢ちゃんは、怖じ気付くこともなくバルクに絡んでくる。俺に抱っこして欲しいというのか? この俺に? 自分の子すら抱けなかったこの俺に?
 バルクはおそるおそる、手をさしのべる。
「ちょっと」すかさず副団長が眉間に皺をよせて制止してきた。「団長の許可なくお嬢様を抱かないでください」
 いつもは頷くしかない副団長の言葉だが、今日ばかりは、鼻高々に答えられる。
「はん、俺はな、団長の許可をもらってるぜ。嬢ちゃんを抱き上げてもいいってな――ほら、嬢、こいよ」
 手をさしのべる。騎士団長からもらった1回だけの特別なチャンス。
 メリアドールはバルクの手にぱっと飛びついた。バルクは軽く抱き上げる。嬢、軽いな。女の子はこんなもんか。肩にかつぐのも軽々だ。メリアドールはバルクの頬に顔をすりよせた。「すごいわ、お空が高く見える――おじちゃん、大好き」
 ああ、いいな、こういうの。可愛い。すごく可愛い。
「バルク、頼むから、お嬢様を抱いたまま外へいかないように。誘拐犯がお嬢さまをさらったみたいに見える」
 副団長のあからさまなため息。だがバルクもメリアドールを抱き上げるまでは同じことを考えていた。俺みたいなアウトローが嬢ちゃんに触れたら、釣り合わない、と。俺には父親なんてなれっこない、と。
「ローファル! おじちゃんは誘拐犯なんかじゃないわ。わるいひとじゃないでしょう?」
「あ、ああ……」バルクは答えに困った。俺は何者だろう。もうテロリストじゃない。騎士になった。でも相変わらず黒い衣を着たまま。影に身を隠す黒。いつまでも明けない喪の色。

   

   

  
 ――一度抱いたら、二度と戻ってこれなくなる。
 ああ、その通りだ。俺はもう二度と戻れない。あの頃には。選んでしまったのだ。この仲間たちと生きることを。時は戻らない。瓦礫の下から妻が生き返ることもない。

   

   

   
「嬢、強くなりな。騎士になるんだろう。だったら自分の身は自分で守れるくらいに」
「うん。おじちゃんのことも守ってあげる」
「はは、それは頼もしいな」

   

   

   
 夜明けは近い――長き喪がようやく明けるのだ。

   

   

   

2019.02.13

Scotch of Mine

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Scotch of Mine

             

             
「なあ、そろそろ結婚しないか?」
 急に聞かれたからメリアドールは少し驚いてしまった。
 夜の自室。一日のおつとめを終えてメリアドールはくつろいでいる。鎖帷子を脱ぎ、夜着に着替え、髪をほどいて、ベッドの上に寝ころぶ。そうしているうちにクレティアンがメリアドールの部屋を訪ねてきた。まじめに仕事のことを話すのかと思って招き入れたら、想像していなかった言葉が出てきた。
 結婚なんて考えたこともなかった――そういう年頃なのかもしれないけれど、父さんはまだ何も言わないし。
 メリアドールは父から次期騎士団長の位をもらい、ヴォルマルフにそうしたように、クレティアンも変わらずメリアドールに尽くしてくれている。
「何よ、唐突に……結婚なんてしなくても、あなたはずっと隣にいるでしょう」
「それは騎士の誓いだ。私はもっと君に個人的な忠誠を誓いたいと思っている」
「ふぅん……それはどういう類の言葉かしら?」
 メリアドールはベッドから立ち上がった。彼が何を言おうとしているのか、ためしてみたくなった。
「もっと親密になれる言葉を」
 クレティアンは机に手をおいて、すました声で答えた。メリアドールはふんと鼻で笑った。
「もっとはっきりおっしゃいなさい。プロポーズしたいんでしょう? 私は次の長となる女。私に求婚してくる男はごまんといるのよ?」
 みんな私の地位に惹かれているだけだったけど。そういう輩は父に頼む間もなく自分で撃退してきた。でもたくさんのプロポーズを受ける中、時にはメリアドールの胸を多少ときめかせるような素敵な言葉を持ってくる紳士もいた。でも、まだまだ駄目ね。騎士団長の夫になるには物足りない男ばっかり。
「私を満足させてみなさいよ。私を気に入らせたら相応のお返しをしてあげてもいいわよ」
「ふん……いいだろう」
 クレティアンは、ぱっと机から手を離した。メリアドールが考えるより早く、彼は二言三言、詩のような言葉を唱えた。メリアドールの胸の前にさしのべられた手の平には、輝く氷の結晶が乗っていた。氷結のリング。彼は優秀な魔道士だった。
「氷の魔法?」
 メリアドールはきらめくリングを受け取る。
「あら。きれいだけど、でも安っぽいわ」
「即席の魔法だからな。朝になったら溶けてるだろう。だが、こういう物がないと格好がつかないだろう?」
 差し出された右手。彼は片膝をついてメリアドールにささやく。
「<Veux tu m’epouser,mon cheri?>」
 あ、とメリアドールは思った。ときめいたかもしれない。たいした言葉じゃないのに。彼、こんなに素敵な声だったかしら。メリアドールの胸にあたたかい感覚が広がった。ひとときの夢を見る。花嫁と花婿が愛の誓いを交わす。私の隣にはあなた。あなたの隣には私。その時、至福の瞬間が訪れる。
「……どうやら満足していただけたようだな?」
 その言葉でメリアドールの心は現実に戻った。私が花嫁? とんでもない!
「ま、待って、今、魔法を使ったでしょう! あなた吟遊詩人だから」
 言葉を操り、戦士を鼓舞する吟遊詩人。彼がその道の熟練者なのを忘れていた。
「自分の技能を生かして何が悪い? 私は優秀な魔道士なのだから」
 さらりと答えるクレティアン。その図々しい態度にメリアドールは腹が立ってくる。でも不覚にもときめいてしまった。
「で、報酬は? 十分満足しただろう」
「でも私は気に入らなかった! 反則じゃないの」
 メリアドールは氷のリングを投げ返した。
「……次は溶けない指輪を持ってくるよ。その時は私の気持ちにもっとまじめに向き合え」
「いいわよ、そうしたら、考えてあげる」
 その時がきたら、私も、あなたへのこの持て余した気持ちにもきっと向きあえる。その時がきたら、今度こそ素直に言おう。魔法なんか使わなくても貴方は十分素敵だと。

             

             

2018.11.22