Aspects of Family:祝福していただいて

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・子育て真っ最中の若ヴォルマルフさん
・シド、バルバネス、ヴォルマルフの三人は昔からの顔なじみ(でもヴォルマルフが一番年下なので二人には敬語で話してる)
・メリアドールがやんちゃっ娘。イズルードは超人見知り

     

  
祝福していただいて

     

  

 後に五十年戦争と呼ばれるイヴァリースの戦乱の時代――イヴァリース王はオルダリーアにさらなる進軍を試み、畏国全土の騎士に戦争への協力を求めた。
 ここにイヴァリースの名高き北天騎士団・南天騎士団の両将軍が顔を合わせた。サー・バルバネス・ベオルブとゼルテニアの伯爵シドルファス・オルランドゥの二人である。二人は旧知の仲であった。

「しかし、おかしいぞ。わが友の姿が見えないではないか」
 バルバネスは言った。イヴァリースの名将たちが王のために剣をとる準備をしているというのに、ここにいるはずの、ある男の姿が見えない。その名はヴォルマルフ・ティンジェル――神殿騎士団の若き団長だった。
「シド。この有事に及んで神殿騎士団長が姿を現さないとは何ということだ。まさか教会が暗躍を企てている訳ではなかろうな」
「ふむ。確かにこれは奇妙なことだ」
 シドやバルバネスより一回り若い神殿騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルはやり手の切れ者であると評判だった。何故その若さで騎士団長の座につけたのか――その謎めいた素性ゆえに、彼のことをイヴァリース随一の実力者として恐れる者は多かった。また、グレバドス教会は密かに王家への反逆を試みている、という黒い噂も絶えない。
 その騎士団長の消息がぱたりと途絶えたのである。一体、教会の抱える騎士団で何が起きているのか。バルバネスはシドと顔を見合わせた。シドもバルバネスもヴォルマルフとは古い間柄である。その二人をしても、ヴォルマルフの消息は掴めなかったのである。
「よし、それならば様子を見にいってこようではないか。シド、ミュロンドまで行くぞ」

 二人はミュロンドにあるティンジェル家の邸宅を訪ねた。すると、明るいブロンドの髪の少女が飛び出してきた。少女はシドの顔をじっと見つめた。
「パパ! この人たち誰?」
 バルバネスとシドが何のことやら分かりかねて呆然と立ち尽くしていると、すぐにこの邸宅の主と思われる二十代の男が現れた。二人の姿を見て「ああ、久しぶりですね」と呟くと、少しばつの悪そうな顔をした。そしてすぐに娘を叱った。
「メリアドール! お客様の前では行儀良くするんだ! その方は伯爵様だ。ご挨拶しなさい」
 メリアドールと呼ばれた少女は二人の騎士に興味津々な様子だった。父親の言葉は気にも留めずにシドの服の裾を引っぱった。
「おじさん?」
「はは! どうやら私もおじさんと呼ばれるような年齢になったらしい。可愛い子ではないか」
 ヴォルマルフは慌ててメリアドールを連れ戻そうとしたが、好奇心旺盛な少女は父親の手をすばしっこくすり抜けた。そうして自分の家の中へと駆け戻る途中で、彼女の乳母と思わしき女性に抱き留められた。
「だから旦那様はお嬢ちゃまを甘やかしすぎるんですよ。殿方は戦場でしか役に立たないのですから、お嬢ちゃまにばかり構っていないではやく戦争に行ってきてくださいな」
 ヴォルマルフは乳母に叱られて小さくなっていたが、シドとバルバネスには「妻が亡くなりまして……」とそっと付け加えた。
「娘の子育てに手を焼いているようだな、ヴォルマルフ」
 バルバネスは苦笑した。男は戦場でしか役に立たないと言われてしまえば反論も出来ない。
「ええ、どうやら我が子はとんでもないお転婆娘のようでして……」
 そうは言っても実の娘が可愛くてしょうがないといった雰囲気である。
「それで、サー・バルバネス、伯爵様も、今日は私に何用で?」
「ヴォルマルフよ。王がオルダリーアに宣戦布告をしたのは知っているな。我が南天騎士団も、バルバネスも、王のためイヴァリースのために力を尽くして戦うつもりだ。そこで、貴殿の神殿騎士団もこの戦争に協力してはもらえぬかと相談に参ったのだ」
「さようでございますか。でしたら――」
 ヴォルマルフが言葉を続けようとした時、まだ幼い少年がヴォルマルフの背後から控えめにそっと抱き付いた。
「おとうさま、行ってしまうのですか?」
「こら、お前まで。イズルード、お客様の前だぞ、ひかえなさい」
「だって、おとうさまが――」
「ほら、挨拶をするんだ」
 いくら父親にうながされてもイズルードは父親の後ろから恥ずかしがって出てこなかった。
「ああ、ご覧のように愚息は人見知りでして……挨拶もまともに出来ないとは」
「いや構わないさ。ザルバッグの若い頃を見ているようだ。おいで、坊や」
 バルバネスはヴォルマルフの背中からイズルードを救い出すと優しく抱き上げた。その光景を見て、ヴォルマルフは幸せそうにほほえんだ。
「良かったな、イズルード。天騎士様に祝福していただいて」

「結局ヴォルマルフは戦いには参加できないと言ったが――王の要請を易々と蹴るとは、さすがは神殿騎士団長。あいつは胆が坐ってるぜ」
 ティンジェル家の邸宅を後にしたバルバネスはシドに言った。剛胆な男だ。祖国が戦争を始めたというのに、爽やかな笑顔で私は戦争には行けませんと言い放つ。『愛する家族がおりますので』と。
「バルバネス、それは当然だろう。私も最近養子を迎えたばかりだ。年頃の子の世話をするのは手が掛かる。どうやらあの若殿は自分の子らに随分と手を焼いているようだからな。しかし、あの凄腕の騎士団長が子育てで忙しいとは……」
 シドはしみじみとした感慨に耽った。ある日突然一線を退いた神殿騎士団長。教会の陰謀か、とまで噂されておいて、まさか人知れず子育てを始めていたとは誰も想像できないだろう。
「しかし私も娘に会いたくなった。私も戦争が終わったら娘を我が家に呼び寄せよう」
「娘だと? おまえに娘はいないはずだろう、バルバネス」
「いや、居るのだ。ちょうどあの子らと同じ年齢だ」
「隠し子か? まったく、あきれた奴だな――」
「実は息子もいる」
「バルバネス! お前には何人隠し子がいるんだ!?」
「二人だよ。いずれ大きくなったらベオルブの名を継がせるつもりだ。シド、いつか会いにこいよ。可愛い私の子どもたちだ」
「もちろんだとも」
 二人の騎士は笑った――愛する我が子たちの姿を思い浮かべながら。

     

  

2017.05.28

     

  

THE INTERVAL

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THE INTERVAL

 

 

・お題提供元様→https://shindanmaker.com/524501 (*印除く)

 

 

 

◆ヴォルマルフ「あの時の私でもそうしてたと思う」

「――ヴォルマルフよ、久しいな」
「エリディブズか、戦争の時以来ではないか。どうしてこんな孤独な場所に隠遁しているのだ」
「私は聖石と契約した身。もはや人の世で暮らす義理はない。おまえはそうではないのか?」
「私は……人の世で暮らすことを選んだ」
「何故だ? 聖石の力は厄災でもあることは分かっていての選択か」
「分かっている。だが、それでも私は家族と暮らしたかったのだ。あの時の私はそう思った――今でも後悔はしていない」

(ディープダンジョン再深部。エリディブズ氏があの孤独な場所にいる理由…「聖石を手にしてルカヴィになったものの定めとして人の世に還ることはできない」と蛇使い座は言うのです。それに対して獅子座は一貫して人の世に関わり続け、教会と世俗の権力と戦い続けた。この対比)

 

 

◆ローファル「平凡な毎日だけど、これが案外幸せなんだよな」

M:ローファル、貴方には幸せになる権利があるのよ。貴方は私達にとても尽くしてくれたわ。だから、今度は貴方は貴方の幸せのためだけに生きて欲しいの…貴方は…時々とても孤独に見えるから…。
L:私は充分幸せですよ、お嬢様。こうやって過ごす毎日、その中にこそ幸せがあるのですから。

(ローファルとメリア。ローファルの経歴は謎めいているけれど天涯孤独で教会に拾われて、そのままずっと教会に忠義を尽くした人生だったとか。そして騎士団に入ってからは団長に自分の魂と肉体を犠牲にしてまで忠誠を誓う……ストイックな人生。だけど長い長い人生で時には肩の荷を降ろして憩う場所が時には必要である。貴方も誰かのためでなく自分の幸せを願って肩の荷を降ろして、と気遣うメリアお嬢様は、ローファルのそんな人生を隣でずって見てきていたのです)
※LはローファルのLです(Loffrey/北米版)です。

 

 

◆バルク「先の事は全然わからないけど、今は幸せだよ」

「未来?夢?そんなものは俺にはなかった。あるのは現実だけ。それも先の見えないどん詰まりの袋小路だ。俺はそんな現実を粉々に砕いてやろうと思った……そしてそれを実行する力があった。搾取され続けた俺にもこんな力があったなんて、幸せなことだろう?」

(失われた聖域の悲痛な叫びから察するにバルクさん相当悲惨な生活を送ってきてると思います。ブラックリストに載るくらいの凄腕テロリストだったそうなので、下っ端戦闘員じゃなくてやり手の幹部だったんじゃないかな。でも神殿騎士団に入ってからは統制者に良い様に使われちゃって…w)

 

 

◆ウィーグラフ「案外気付いていないのは自分だけかもね」

「ギュスタヴがゴラグロスと組んで侯爵を誘拐した? ミルウーダ、知っていたのか? 何故止めなてくれなかったんだ……いや、もしかして、お前もあいつらに賛成だというのか?」
「みんな言ってるわ、兄さんのやり方は甘すぎるって」
「私だけか……私だけが知らなかったのか…」

(ゴラグロスは貴族出のギュスタヴと違ってウィーグラフの同郷の出で旧友ポジションを押しています。なのでゴラグロスがギュスタヴにくっついて誘拐事件を企ててるのを知ったウィーグラフの心境「ゴラグロス、お前もか」)(ミルウーダとゴラグロス、仲良いといいなぁ!兄の友達と妹!)

 

 

◆クレティアン「あのとき君がああ言ってくれたから、私はここに立っていられる」

私がこの狂気の世界で正気を失わずにいられたのは、一人の正しき人間を知っていたからだった。彼もまた謀略の渦巻く世界でただ一人、義を貫き国王から「ガリオンヌの守護」の称号を賜った――ザルバッグ・ベオルブ。私が尊敬するただ一人の人間だった。
かの若き将軍が信仰と正義を掲げ、正しき道を示したからこそ、私もそれに倣ったのだった。しかし――罪よ赦されよ――私は道を過った。ベオルブ家の道は閉ざされた。将軍よ、若き日の理想は叶わぬものであると、あなたもやがて知るでしょう。

(クレティアンは根が清廉な人なので、やり手の政治家肌のダイスダーグのことは好きになれないけれど、正義を掲げて生きる武人肌のザルバッグのことは尊敬してる……と良いなと思います。クレティアン、ダイスダーグが聖石と契約するのは気にならないけど、ザルバッグが兄の外道極まるやり方を知って落胆する様を見たくなくて、ベオルブ家に聖石を持っていく任務だけはどうしてもこなせなくて結局ローファルが聖石を渡しに行った、という裏エピソードがあったりしたら楽しいwクレティアンも元々(学生時代)はザルバッグみたいな理想高い潔癖の人で、でもそういったドロドロとした現実を知ってしまったから自分に妥協して神殿騎士団に入った、若しくは、政治野心の汚い世界から離れたくて信仰の世界で騎士となることを選んだ、という理由だと良いなと思ってます!)

 

 

◆:メリアドール「全然力になれないかもだけど気休めにはなるだろ」

M「誤解していたことは謝ろう。微力ながら貴公に協力したい」
R「本当に微力ですね。剛剣は役に立ちますか」
M「獅子戦争なので問題ない」
R「もう4章の終盤ですが」
M「我が父に会いに行くのだから問題ない」
R「雷神がry」
M「我に合見えし不幸を呪うがよい!星天爆撃打!」

(メリアさん、アグさんと対比して女性らしい口調で話してもらってるけど、もっと武人らしく無骨な感じの方がよいですかね? どうしても香水つけたお洒落なレディのイメージが……アグさんも口紅つけてるけど…!)

 

 

◆イズルード「◎◎の前だとうまく言葉が出て来ないよ」

ディリータ。彼はそう名乗った。経歴は言わなかった。初めて会った時、並々ならぬ気迫を感じた。オレと年齢もそう違わないだろう。なのに、圧倒される。オレは言葉を失った。存在だけで圧倒されそうだった。オレは恐る恐る聞いた。「どうしてそんなに頑なに高みを目指す?」
彼は答えた。「愛だよ」 オレは訳が分からないという風に肩をすくめた。彼の口からこんなロマンチックな返答が聞けるとは想像していなかったためだ。彼は再び答えた「愛だよ。愛があるから、俺は孤独に耐えられるんだ」 不可解な会話はそこで終わった。

(イズルードはディリータのことを「友」と呼んでいましたが……イズルードは「持つ者」、ディリータは「持たざる者」。二人が同じ立場の「友」になれたのは、ディリータが過去の自分を隠して「持つ者」として振る舞っていたからでは、と思いました。それはとても孤独だったに違いない)

 

 

◆クレティアン×メリアドール「What do you have to lose?」(失うものはないんだからやってみな)*

二人きりになると、彼だけは私のことをミスと呼んだ。私は決まって「私だって騎士なのよ」負けじと応戦したが、「そんな不粋なことを」とたしなめられて終わった。夜の密会に剣は相応しくないと私もうなずき、「お嬢様、お嬢様」と彼が甘やかすのに身を任せた。
そうして、ひそやかに愛を交わした幾度めかの夜に私はとうとう言った。「父のもとを離れます」 別れの挨拶はそれで充分だった。翌朝、私が目を覚ます前に彼は私の枕の下に手紙を残していた。What do you have to lose?[もはや失う物は何もない]と。
信仰、家族、愛――私は全てを失った。だからもう恐れず前に進むことができる。長い甘美な時間の後で、再び私が剣を取る時が来たのだ。「さっさと行け」と彼は言い残したかったのだろう(随分と遠回しなやり方ではあったが)。だったら、私はそれに応えるしかない。「粋にやりましょう」
最後の夜であったのに挨拶もなかった(或いは私と顔を合わせたくなかったのかもしれない)。私は書き置きに別れの言葉を綴った。farewellとだけ。彼ならその意味を分かってくれるだろう。[よき旅をせよ]――各々別の道を歩む時が来たのだ。旅路を祝福せよ。私は私の道を行く。

(Parting is such sweet sorrow.別れは甘く、切ないもの。しばしの感傷に浸ったら、メリアさんは凛として剣を携えてライオン討伐にいって欲しいです。復讐の炎!!とかじゃなくて、騎士として正しい道を示すために……粋にやってほしい)

 

 

◆ザルバッグ×クレティアン「……電話越しでも泣いてるのわかるから」 ※手紙で代用

「手紙を書いているのか?」私がそう尋ねると彼は慌てて紙を隠した。「詩を書いていたのです。ほんの暇潰しですよ。ベオルブ先輩もご覧になりますか?」 見ると技巧を凝らした詩連が幾つも書き付けてあった。人目見ただけでも、彼の並外れた才能が伺える。
「私には手紙を書くような人はいませんから」自嘲気味に彼は呟いた。だからこうして退屈しのぎに詩を書いているのだという。若い学生が己の技術を競うために詩を作るのは珍しいことではない。彼には優れた才能があり、それは誰もが認めることである。首席入学。他の誰の追随も許さない。 彼の詩には誇り、自負――そういったものだ。しかし私は詩を書く彼の別の姿も知っている。誰もいない教室でたった一人、ペンを握りしめて、語らう友もなく、詩を書く彼の心境は想像するに難くない。「寂しいだろう」私は呟いた。彼は「いいえ」と呟いた。虚栄心だろうな、と私は思った。

(若かりし頃のクレティアンは騎士時代とは比べ物にならないほどプライドが高くて「あんな烏合の衆とは交わりたくない」とか言ってしまって、孤高の学生時代を送ってたんじゃないかな~ザルバッグはそれを見て「出る杭は打たれるぞ」とやんわり忠告したんだけど、効果はあまりなく。自分は貴族で才能もあって周りが自分にひれ伏すのが当然、くらいでちょうどいいと思います。信仰に篤い人だから、人にひれ伏さず神の前でだけ膝まづく…というタイプですよきっと! 10代の若者はそれで良いよ~)

 

 

◆シド&ローファル「もしかして……好きな人、いるん?」

夜中の夜営地。物音がした。私は剣を取り、物音の主を探った。私は異端者と呼ばれる者たちと同行している。私らの首を狙うものは後を絶たない。そこで雷神として名を馳せた私もラムザの身の安全の確保に協力している。私は足を忍ばせ、侵入者を探した――居た。僧帽を目深に被った男だ。 顔は見えない。だが、その格好から神殿騎士とすぐに分かった。「何の用だ」 「私は貴方がたに危害を加えるつもりはありません」 私は鼻で笑った。散々悪事を働いた、どの口が喋っている。彼は続けた。「私はただ……彼女のことが気掛かりで」 メリアドールのことだと私は察した。
「私は、彼女が、異端者と一緒にいることが心配でならないのです。異端者の名前のせいで、彼女に何か危害が加えられるのではないかと……」だからこうして夜な夜な、彼女の側を守っていたのだと彼は告白した。私はこの男のメリアドールに対する心情に、尋常ならざる思慕の念を感じた。
「分かっています。私たち神殿騎士団が何をしたのか。でも、彼女にはその汚名を背負ってほしくない。たとえ我が身が血塗られていようとも、彼女にはそのような汚れた道を歩んで欲しくない」 私は答えた。
「だったら疾くその身を引かれよ。彼女にはラムザがついている。心配は不要だ」
「ええ、私はもう二度と彼女には近づきません……ですから、この剣を。たとえ神殿騎士が汚名を背負っても、彼女の魂は永遠に気高いままです。彼女は私たちが失ったミュロンドの騎士の心を持っています。この剣はその証しです。私は……もうこの剣は持てない。どうか彼女に」
彼は一振りの騎士剣を置いていった。それはディバインナイトに授けられる最高の栄誉の剣であった。私はそれをメリアドールに渡した。そして彼女に尋ねた。この剣の持ち主を知っているかと。彼女は答えた。
「ええ、私のとても尊敬する方でした」

(シドとローファル→メリアドール。ローファルはメリアドールのことをとても慕っていて、メリアドールも彼のことを尊敬してます。ローファルは自分ら神殿騎士団がどうしようもない悪事を働いていると自覚しているけれど、その罪をメリアドールには背負って欲しくないと切に願っています)

 

 

◆バルマウフラ「……なんてね。嘘だよ。」

「私、ヴォルマルフを殺そうと思うの」そう言ったら彼は慌てて机の書物をばらばらと取り落とした。「お、おまえ……なんてことを」そのあまりの動転ぶりを見てしまい、私はこう付け足す羽目になった。「なんてね、嘘よ。嘘に決まってるじゃない。私がほんとに騎士団長を殺せると思う?」 彼が慌てるのも無理はない。この人は王都出身のアカデミアン。私の師。母親を殺され、身寄りがない私を引き取っくれた。母は魔女として告発され、私も魔女の娘として教会から名指しされていた。そんな私に一から魔法を教え込み、「魔女」ではなくソーサラーにしてくれた。
彼は騎士団の中でとても影響力のある人だった。そんな人の弟子だった私はもう誰からも「魔女」と言われない。私がこうして暮らしていられるのはこの人のおかげ。だけど、私の母に魔女の宣告を下したのは、ヴォルマルフだった。私が魔法を学び、極めたのも復讐心からだった。
私が、こうして得た魔法を、母の仇敵を倒すために使うと知ったら、この人はどんな顔をするのだろう。だって彼はヴォルマルフの側近。ヴォルマルフの言うことには絶対に逆らわない。もし私が今尚、憎悪の念をヴォルマルフに持っていると彼が知ったら……でも本心はまだ誰にも言わない。

(オチは特になし\(^o^)/バルマウフラとクレティアン。バルマウフラの生い立ちはヴォルマルフやメリアドール、オーランとも関わってくるので教会の中で複雑なことになっているのですが……いずれ書きます。同じソーサラー同士(バルマウフラはソーサレス)仲良くしてて欲しいです。バルマウフラはFFTきっての知性派で、オーランも同じく頭の切れる人でした。クレティアン、ディリータも然り。そういう知性派に囲まれて暮らしていたので、彼女が惹かれる人物も自然とスマートな性格の人になっていったのではないかと思ってます)

 

 

◆オーラン「なかったことに出来ないなら、もう一度やりなおせばいい」

オーランは立ち上がった。「私は意義を申し立てる」公会議の出席者は伯爵の突然の発言を非難した。だが伯爵は構わず続ける。「私はこの会議を弾劾する。真実が歪められている。事実をなかったことには出来ない。真実が否認されるというのなら――何度でも繰り返す。私はこの会議を弾劾する」 だが、伯爵の意見は聞き入れられなかった。伯爵は諦めなかった。彼は議論の最中に自著を掲げた。――クレメンス公会議にて、オーラン・デュライは『デュライ白書』を上梓した。その後の経緯は後世の歴史に詳しい。往時の歴史家は伯爵の著作を解さず伯爵の命と共に葬っり去った故である。

(ということで例の公会議でのオーラン。伯爵の地位は継いでるものと思ってます。公会議だから宗教絡みの会議だったのでしょう。きっと、彼は伯爵の地位を持ち、グレバドス教会の中でも地位ある人だったのでしょうね。オーランはこの後、火刑に処されたということですが……私の中でオーランとクレティアンが旧友同士という設定があって、クレティアンは死都で死んでなくて(ルカヴィと契約してて不死の肉体を持っていて肉体の死を迎える為には火で焼くしかないとかそんな前提)、彼は神殿騎士としての行いに恥じるところがあり、罪滅ぼしのため、今まさに火刑に処される友人の身代わりとなり……そしてオーランは妻子とともに大陸へ亡命して……という壮大な妄想がありますw バルマウフラは知ってるけど、メリアドールはこのこと知らない。メリアドールはクレティアンは死都で死んだものと思っていて、バルマウフラだけが彼の改悛を知っているという……全部妄想ですけど、そんなifがあってもいいと思う……オーラン助かるし、クレティアンは罪を告白して善き人として昇天できる…win-winじゃないですかww)

 

 

◆ゴラグロス「(……何でこいつ嘘つくの下手なんだろう)」

「王都へ行く」 ウィーグラフはそう言った。村を離れてルザリアへ行って騎士を目指すのだという。大好きな兄と離れなければならないと知ってミルウーダは泣いていた。泣きじゃくる妹に向かって「もうこの村には戻ってこないかもしれないが……」と兄は馬鹿正直に言いかける。
『まったく、こいつは嘘の一つもつけないのか?』 俺は呆れた。「おい、ウィーグラフ!ここは『いつか英雄になって村に戻ってくる』くらい言えっての!ミルちゃんを泣かすんじゃねーよ!」「ゴラグロス、俺は……」 まだ何か
言いかけるウィーグラフの背中を蹴飛ばして送り出した。
ウィーグラフが帰郷したのは村が黒死病で壊滅してからだった。久しぶりに再会したウィーグラフは俺に言った。「俺は王都で騎士になると誓ったのに、騎士にもなれず、英雄にもなれなかった」 落胆して話す友の姿を見て俺は思った。『相変わらず嘘が下手な奴だ』
「おい、ウィーグラフ! 久々に帰ってきてその様はなんだ」 「だが、これは事実だ」 「うるさい奴だ。故郷に帰ってきた。その理由は『家族の顔が見たかった』でいいだろ?」 「しかし父も母も黒死病で死んでしまった…」「ならこう言えばいい。『故郷の友に会いたくなった』」

(ウィーグラフとゴラグロス。仲良いです。もしかしたら幼馴染みとか。ゴラグロスはミルちゃんのことも可愛がってます。で、少年時代のウィーグラフは世渡り下手で、人を疑ったりとか出来ない真っ直ぐな性格でした。その後の艱難辛苦が彼の性格を変えて…でも真っ直ぐな性格はそのままです)

 

 

◆ミルウーダ「正直に言ってくれてありがと」

「ミルウーダ……どうしても言わなければならない事があるんだ」 沈痛な顔。「骸騎士団は役目を終えた。本日限りで解散する」 兄はそう言った。「正直に伝えてくれてありがとう……でも、それは兄さんの本当に気持ち? 兄さんは骸騎士団が役目を終えたと本当に思ってるの?」
「それはどういう意味だ?」「まだ私たちの『役目は終わってない』ということよ! 騎士団がこんな不本意な形で解散なんて……何の恩賞も貰えず……使い捨ての駒みたいに……私はこんな侮辱は許さない。兄さん、私たちは立ち上がるのよ! そして――骸騎士団の遺志を継ぐ!」

(骸騎士団。王国の救済という名目を掲げていたはず。騎士団結成当初は、見返りや恩賞など求めていない愛国心ある若者の同盟でしたが、泥沼の戦争の間、貴族に使い捨てにされた団員たちに怒りが募り……いつしか救国の同盟が反貴族の結盟団になっていったのではないかと思っています)

 

 

◆ギュスタヴ「何を言おうと言い訳になるだけだから」

「おまえは素行が悪すぎる」 ウィーグラフはギュスタヴを呼び出した。暴言、窃盗、乱暴、乱闘……数え上げればきりがない。こんな奴が副団長の座にいるのだから示しが付かない、とウィーグラフは頭を抱えた。「俺に指図をするなよ、ウィーグラフ」
ギュスタヴは自分が貴種の生まれであることを暗にほのめかしているのだ。だがそんなことにウィーグラフは怯まなかった。「ギュスタヴ、おまえは自分の生まれを行動で汚している」 「俺に説教を垂れる気か? 俺は貴族の権利を行使しているだけだ。何を言ってもどうせおまえには言い訳じみて聞こえるだろうから俺は何も言わない。俺は正しい」 ウィーグラフは溜め息をついた。こんな奴でも北天騎士団から寄越された副団長なのだからお膳立てしなければならない……だがもう限界だ。「ギュスタヴ、次はないと思え」 そう言い捨てた。

(ギュスタヴの立ち位置。本社から出向してきたお偉いさんみたいな立ち位置ですよね。北天騎士団から追放、左遷されたとはいえ、副団長というポスト付で平民騎士団にやってきた貴族。ウィーグラフはさぞ扱いづらかったことでしょう……)

 

 

◆ウィーグラフ→イズルード(Ch.3オーボンヌ修道院)「最期の言葉 I」*

彼は去って行く。
戦場と化した修道院で交わした最期の言葉。
私を置いて行け、と。
若き戦士には希望を託さなければならぬ。
私は彼の為に道を作る。
去りゆけ――彼女を連れてここから去ってゆけ――私の悲憤と苦悶の声の届かぬ場所へ。
然らば、彼は知るはずもない。
神に屈した私の最期の言葉を。
――彼は一顧だにしなかった。

 

 

◆ラムザ→ウィーグラフ(Ch.3オーボンヌ修道院)「最期の言葉 II」*

修道院に放たれた焔は赤々と炎上し、地を掴み倒れし男の顔を照らす。
妄執の響き、怨讐の叫び声。
その悲哀の響きが彼をその地に繋ぎ止める、しかし彼の憎みし仇の他に誰がその叫びを聞こうか。
満身すべてに言葉を捩り、誰に看取られず狂乱に終わる。
それが聖石を手にした男の矜持か、もしくは呪詛か――それを知る術はもはやなく。
「哀れ、理想に破れし騎士よ」と剣を手に弔うのみ。

 

 

 

 

公開日:2016.09-2016.10頃

 

 

悪魔との契約 –side V–

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*「文章リメイク交換」の企画で書かせていただいた小説です。元の小説は澪鈴さんの作品になります⇒原作『悪魔との契約 -side V-』:pixiv

 

 

悪魔との契約 –side V–

 

 

 

 

 I

 二人はもうすっかり死の準備をして了っているようだった。メリアドールは両親の姿を見てそう思った。ホールの一画に仕切られた、わずかばかりの狭い病室に伏す母と、その隣にうなだれるようにしてひざまずく父の姿があった。メリアドールの母親はもう長いこと病床についていた。そこに恢復の見込みはなく、しかしあまりに長いこと患っていたため、すでに彼女の顔に死への恐怖はなく、ただ穏やかに終末の日々を過ごしていた。そして母親にぴったりと寄り添うようにして看病をする父も、とても健康的とは言えない青ざめた顔つきをしていた。彼も同じ病気であった。両親が死の病にあると、幼いメリアドールは誰から知らされるでもなく、一人悟った。すっかり死を受け入れてしまった父母の姿は、まるで折れたまま咲く一対の花のようであった。寄り添うように、重なり合うように、静かに萎れていくようであった。
 メリアドールの父、ヴォルマルフ・ティンジェルは名高き騎士であり、ミュロンドの神殿騎士団を統べる長であった。そればかりか教皇猊下から聖石下賜の栄誉をいただいていた。彼は何もおそれなかった。勇士の名に相応しい気概をヴォルマルフは持っていた。しかし、彼の屋敷に勤める使用人たちはそうではなかった。畏国全土に恐ろしい死の病が吹き荒れていたことは誰の記憶に新しく、出火場所から飛び火をするより早く広がる黒い死を、誰もが恐れていた。ティンジェル夫人の場合はあの恐るべき黒死病ではなく(その忌まわしい脅威は既に畏国から去っていた)、原因も分からない不可解な病であったのだが、その得体の知れない不気味さに、かえって使用人たちは恐れおののいた。いつもは暖を求めてホールに集う彼ら使用人や、見習いたちも、夫人が床につくようになってからというもの、階下に籠もりがちになり、ついには夫人と、その家族だけが取り残されるように身を寄せて暮らしていた。そのため、広いホールの静謐な空間に、死の香りだけが漂っていた。
 夫人の具合が良い日などはヴォルマルフは、妻を伴って外出をした。階段を降りる時などは必ず、妻を、ほとんど抱きかかえるように自分の肩によせて「気を付けて」といたわるように声を掛けるのだった。メリアドールはそのような、礼儀正しい恋人同士のような振る舞いをする父母の姿をいつも見ていた。

「私はもうじき死ぬのかしら。肉体が朽ちて、骨だけが残る頃、私はどうなっているのかしら」
「おまえ、何てことを言い出すんだ。その時は私ももういないさ」
 ある時の夫妻の会話である。
「でも、あの子たちはきっとまだ生きているわ。私、あの子たちの成長を見られず死んでいくのが怖いのよ」
 この時、彼女はひどく苦しんでいた。長いこと病魔にむしばまれ、もう抵抗する力もなくなった彼女は、すっかり四肢を寝台の上に投げだし、まだ年端もいかない子供たちの成長を案じていた。ヴォルマルフはそばに付き添い、膝をついて彼女の汗を拭っていた。彼女がひどく苦しげにしていた一方、彼もひどく疲労していた。病身の妻を養うのは並大抵のことではなかった。何々の臓物が病に効くという噂を聞けば、彼自ら弓を引いて狩りに出かけ、捌いて料理もした。どんな病でも癒せると評判の僧侶が居れば(そういった輩は聖都にはうじゃうじゃいた)、呼びよせて祈祷をさせた。妻の看病のためなら何でもした。しかし彼女の病状は昂進していく一方で、それに比例するように、彼は体力的にも精神的にも憔悴していった。彼自身が妻と同じき病に冒されていると知ったのもこの頃である。そして彼はもはや信仰にすがる他ないと、熱心に聖石に祈るようになった。
 彼は考え得る限りの献身的な看病を続けていた。もうそれ以上与えられるものは何もなかった。彼女も何も求めようとしなかった。そうして、すっかり死の準備をして了ったのである。
 ただ、子供たちだけがそうした死の影から取り残されていた。メリアドールは父の苦労を知っていたが、しかし父が母に対して不満を片言隻語でも漏らしたことはなかったと記憶している。彼女は時々、弟をあやしながら病の母を訪ねた。そしてその度に、母に取り憑く死の空気を実感するのだった。夫が妻にそうしたように、母は子たちに無類の愛情を捧げていたため、メリアドールたち姉弟は母の愛に守られていた。ヴォルマルフが妻に疲労と不満とを述べることがなかったように、彼女の母も、娘らに対して苦痛と恐怖とを見せることはなかった。であるから、メリアドールは母がすっかり安心して寝ているのだと思い、彼女も安心して寄り添って眠るのであった。しかし、一方父親はというと、傍目に看ても疲労と困憊の極みにあり、先が長くないであろうと容易に想像がついた。メリアドールは、両親亡きあとの自らの生活をぼんやりと思っていた。それ――両親が自分たちを置いたまま死んでゆく――は全く想像できないものであったために、ただ漠然と思い描くことしか出来なかった。
 そういった漠然とした不安に機敏に気づくのは母親の愛のなせる業である。彼女はヴォルマルフに再び問うた。私たちが死んだらあの子たちはどうなるのか、と。
「私が責任を持って成長を見届けよう」
「必ず、約束してちょうだいね」夫人は念を押した。
「命懸けても、その約束を果たそう」
 それがヴォルマルフの返事だった。

 まもなくして夫人は亡くなった。葬儀に際して、故人の亡骸を棺に移すため、ヴォルマルフは愛妻を抱き上げた。二人で出歩く際にいつもそうしていたように、自分の肩に寄せるように抱きかかえ、そして小さく「気を付けて」と呟いたのだった。メリアドールは、両親の姿を見て、二人は今も、互いに手と手を携えてこの世ならざる楽園を逍遙しているのだと思った。
 それからしばらくの間、母を失った悲しみにメリアドールは泣いていた。父の具合も良くなかった。それでも彼は、妻の追悼の礼拝をを済ませると墓を作り、墓前に花を撒いていた。来る日も、来る日も忘れることなく散華していたため、そこは常に様々な生花で彩られていた。カスミソウ、ツタ、ツリガネソウ、バラ、等々、墓前にせっせと小さな花園をこしらえていた。その習慣は何年も続いていたが、ある日を境にぱったりとやめてしまった。
 メリアドールは、母亡きあと、自分が急に大人になったような気がした。姉として弟を守らなければと思い、そして父を看なければ、とも思った。それほど、その時の父親の姿は衰弱して見えた。いつものように、父が花を携えて母に逢いに出掛けた後、メリアドールもそっとその跡を付けた。母の墓の前にうなだれる父の姿を見、そしてこう言おうとした。父さんは私が守る――しかし、彼女が口を開く前に、彼女は、長らく母に向けられていたあの無償の愛をもって父に抱き上げられた。
「メリアドール、私の心配はいらない。私はおまえの母さんに約束した。おまえたちを育て、成長を見守ると。さあ、その約束を果たそう」
 その時、彼女の眼に映ったのは、紛れもない、孤高の騎士の姿だった。その後、姉弟は父に導かれるように育てられ、そして父と同じように騎士になった。

 後になってメリアドールは、父が長年の習慣をやめたその日が、自分たち姉弟が騎士に叙された日だったと思い出したのだった。父が母の墓前に花を撒いた最後の日には、赤い薔薇が一輪だけ供えられていたのを、メリアドールはあれから何年もたった今でも鮮明に覚えている。

 

 

 II

 ヴォルマルフ・ティンジェルは信心深い人間だった。神殿騎士になり、勇士に数えられ、聖石をいただいた時さえ、感謝を忘れることはなかく、常に謙虚の心を胸にいだいていた。しかし事はうまく運ばなかった。彼の妻、ティンジェル夫人の不治の病が発覚したのは、彼が聖石を拝領した直後だった。彼はますます信心深くなり、毎日聖石に向かって熱心な祈りを捧げるようになった。彼はその姿を誰にも見られないように、部屋にこもって祈っていた。そのような慎み深い神殿騎士団団長の噂は教会を統べる教皇のもとに届き、そうして彼はさらなる栄誉を授けられるのだった。
 ある日、いつものように、彼が一人静かに聖石に祈りを捧げている時、彼の耳にどこからか聞き慣れぬ声が届いた。
 ――お前は何者か。
 ――私は一塊の土くれです。
 姿もないその声は神々しい響きを持っていた。ヴォルマルフは謙虚に答えた。しかし、声の主はそれに満足せずに、彼の地位を聞き出した。彼が数多の神殿騎士を束ねる団長であることを知ると、声の主は満足げであった。
 ――人の子、お前は統制者に相応しい権力を持っている。これからも出世するであろうな? 我が思うに、お前はそれだけの気概を持っている。
 ――私はこれ以上の栄誉など望みませぬ。私が望むのは、ただ妻の病の平癒だけ。
 ヴォルマルフは信心深い人間だった。けれど、神を愛するのと同じように、彼の家族――妻とその子供たち――をこの上なく愛していた。彼の妻が病に罹り、死に瀕しているという現実は、彼を何よりも落胆させた。彼は必死で聖石の主に頼み込んだ。妻の病を癒して欲しいと。己の栄転はもはや望むものではないと。しかし、聖石の主はそれには答えなかった。
 ――それは叶わぬ相談だ。なぜなら、契約にはそれ相応の代価が必要だからだ。何の権力も持たないあの女に、それは払えない。
 ――ならば私が払う。私は何でも差し出せる。家族のため、何も惜しいものはない。私の命を捧げても良い。
 ――ならぬ。契約は契約者と取り交わすもの。誰かの介在をもって契約を交わすことは出来ない。我を喚び出したのは他ならぬお前自身。我はお前のためになら契約を結んでやろう。
 ヴォルマルフは絶望に打ちひしがれた。彼が家族のために出来ることはもはや何もないと知らされてしまったためである。
 ――人の子よ、何故それほどまでに落ち込むのだ。
 ――私は、己の無力さを知ったからです。私は死にゆく妻を、為すすべもなく、ただ見守る他はないと知ってしまったのです。
 ――全くその通りだ。人間は無知、そして非力な者どもだ。我らからすれば、所詮はただの塵芥だ。しかし、土からなる存在が何故、言葉を発し、生きていられるのかを考えたことがあるか?
 ――はあ……。
 ――それは我らが霊を吹き入れてやっているからだ。我らはお前たちに息吹を吹き入れ、そうして塵の子は初めて言葉を発せられるようになるのだ。
 ――私にはあなたの姿は見えません。しかし、私にはあなたの声が聞こえます。あなたは聖石に宿っている。石は肉体にはならない。言葉を発する口を持たずして、どうして言葉を発することが出来るのでしょうか。
 ――左様。我らは肉体を持たない。我らは決して、朽ちるべき肉体を持たないのだ。言うならば、我は肉体なき霊魂そのもの。霊、すなわち息吹そのものなのだ。永久に息吹を与え続ける存在だ。この意味が分かるか、人の子よ?
 ――つまり、永遠の命を有していると。
 ――お前はなかなか賢い。我は気に入ったぞ。
 ヴォルマルフは気に入らなかった。家族のためなら、己の命を差し出しても良いとさえ思っている彼にとって、永遠の命という響きは何の魅力も感じなかった。そればかりか、ひどく厭わしいものに感じられた。彼はこの声の主を、尊い存在として受け入れていた。しかし、彼の激しい落胆は、信仰に溢れたその心に一点の曇りをもたらした。すなわち、聖石に対する不信の念が生まれたのであった。

 夫人が歿した。彼のもとには、彼女と交わした約束と、彼女の忘れ形見である子供たちとが残された。彼はまだ幼い子供たちの成長を見届けるつもりであった。しかしそれは叶わぬ願いであった。彼もまた、夫人と同じき病に罹っていた。彼は憔悴していた。先の見えない暗路で、一人もがいていた。しかし、その絶望的な状態は彼に鋭い洞察をもたらした。元々、彼は騎士団を束ねる程の力量と洞察力と度量とがあったのだが、妻の喪失と自身の病とを経て、それは一層研ぎ澄まされていった。そして、鋭い感覚を培うに反比例して、信仰心が失われていった。もはや、聖石は拝み奉るべき聖遺物ではなくなっていた。にもかかわらず、聖石の主は、ヴォルマルフの許に、形なき姿を現し続けていた。
 ――どうだ、紫紺の衣を纏った騎士よ、我と契約を結ばぬか。
 声の主は再三、問いかけた。その度ごとにヴォルマルフはその問いを退けた。というのも、彼の深い洞察は、聖石の主が尊ぶべき存在ではないということを悟らせていたからである。幾たびも「契約を」と問うその声の主の善悪は、ヴォルマルフには判断しかねたが、むしろ一家に病魔を振り撒いた存在なのではないかとさえ思い始めた。
 ――我と契約せば千古不易の知識、永遠なる命が得られる。
 三度、聖石の主が問いかけを発した時、ヴォルマルフはとうとうその問いを退けなかった。彼には選択の余地がなかった。既に彼の魂の灯火は尽きかけており、ついに彼は自らその契約を取り交わす決心をしたのだった。
 ――私は永遠の命が欲しい。今すぐにでも欲しい。その命が手にはいるのなら、進んでその契約を結ぼう。
 ――ほう。今まで永遠の命など不要と散々我を退けてきたが、今になって死ぬのが怖くなったか?
 ――まさか。私は妻を失った。だが、子供たちがいる。彼らを失うわけにはいかない。そのためなら、私は悪魔にもこの命を差し出す。
 彼は、この声の主が悪魔じみた存在であり、ここで己が果ててしまったらその魔の手が己の子らに及ぶであろうと恐れていた。けれどその脅威を退けるだけの力を彼らはまだ持っていない。それは子供たちがまだ、幼い子であるが所以である。庇護の手を差し伸べ、守り、自ら脅威を退けられるよう導く必要があった。それはヴォルマルフが妻と交わした約束であり、彼自身が感じている使命でもあった。
 ――命で命を買うか、なんとも不可解なことだ。だがそれが契約というもの。よかろう。だが、人の子よ。誤解するな。我が求めているのはお前の命ではない。我はお前の権力者たる気概を理解した。高く評価しよう。だから我が欲するのは貴様の命ではない、肉体を所望する。我が欲するのはただそれだけだ。命はお前のため、残しておいてやろう。
 ――人間は、肉体がなければもはや人間ではない。
 ――全くその通りだ。それが土からなる人の子の定めだ。
 ――ならば、お前の欲する契約は私にここで死に果てよと言うことだな。それは契約ではない、脅迫だ。永遠の命をくれてやると言うが、その実、私を殺そうとしているだけではないか。
 ――我が言葉に偽りはない。お前は我と渾然一体となり共に生き続けるのだ。我らは塵の肉体を持たない。我らは霊の息吹そのもの。塵に霊を与えることが出来る存在。その働きこそが我らの実相なのだ。働きであるがゆえに、我らは形なき、見えざる存在だ。肉体を得て、初めて実在を得られる。
 ――良いだろう。私の肉体をくれてやる。好きにするがいい。ただし、命は私のもの、それが契約だな?
 ――我が言葉に偽りはなし。よかろう契約成立だ。ただし、聡明なお前のこと。己のものとして保有できない肉体を持った命の行く末が分からない訳ではないだろう。
 ――無論。だが誤解するなよ、私がこの契約を望んだのは、私のためではない。私の子たちのためだ。
 ――我が、彼らを殺そうと言ったらどうする。
 ――見くびるなよ。私はあの子らを育てるためにこの肉体を棄てるといった。私が育てる子らが悪魔に屈するはずがない。
 ――重畳重畳! だが、どうだろうか。我が英知を甘くみない方が身のためだと忠告しておこう。
 聖石の主の言葉には気迫があった。それこそ、彼が人を超越した存在であるが故に発せられる気迫なのである。一方で、ヴォルマルフの語る言葉にも真に迫るものがあった。彼は全幅の信頼を我が子らに寄せていた。――後に、両者の気迫に偽りがなかったことが分かるのだが、それはこの契約の儀から何年も経ってからのことである。
 こうして、騎士ヴォルマルフは契約を交わした。彼には、その脅迫的な契約に際して選択の余地がなかった。だが、彼は自らの意思でその契約を結んだのであり、彼にはまだ、行使できうる重大な権利が残っていた。しかし、その権利を行使するまでに五年の歳月を待たねばならなかった――

 五年の後、彼の子たちは騎士になった。その日、彼はいつも以上に子供たちに厳しく接した。騎士として一人前になった時、その身を守ることが出来るのは己自身だけであると繰り返した。そして、彼は護身のための剣を愛する娘に手渡した。それは守護の秘剣である。
「この剣は、お前の身を守る盾となる」
「ありがたく拝領いたします」
 ヴォルマルフは、その瞬間に、子供たちがもはや己の手を離れて巣立っていったのだと理解した。――とうとう、約束を果たしたのだった。
 果たすべき使命を全て終えたと彼が悟った時、いよいよ彼はその権利を実行に移した。それは塵の肉体を持った人間にだけ許された特権、つまり彼は剣を手に取り、自らの身体を刺し貫いたのであった。霊の存在、息吹そのものである神――悪魔ですらその権利を持ち得なかった。それがため、その権利は、「聖霊に逆らう罪」として人々に恐れられている。
 だが、聖石の主はむしろその恐るべき行為を高く評価した。ヴォルマルフのささやかな反抗は、聖石の主を弑するには至らなかったが、彼――統制者と呼ばれる――を満足させるには十分であった。聖石の主はますます、この勇士の肉体を得ることを望んだ。そしてその通りになった。しかし、その統制者が最後まで理解できなかった事は、ヴォルマルフが行為に至った理由、つまり、死を望まず契約の果てに永遠の命を得た男が不可解にも自ら死を選ぶに至った経緯である。それは、その場に残された、鮮血に染まった一輪の薔薇と大いに関係があったのだが、人間を超越した者、統制者と呼ばれる聖石の主は、そういった人間のささやかな機微には気付かなかったようである。

 

 

III

 メリアドールは確かにヴォルマルフの娘だった。彼女の父親は、畏国の内紛の調停に一役買ったとか、はたまた教皇を殺したとか、自ら腹を割いて死んだとか、この上なく高価な聖石を持ったまま消息を絶ったとか、伝説の悪魔を蘇らせたとか、とかく噂の絶えない人物であった。その途方もない数々の噂はイヴァリースを離れた近隣諸国にもやや伝説じみて届いていたため、故国を離れて暮らすメリアドールの生活の中から父親の影が消えることはなかった。しかし彼女は自身の経歴について、また、父の行いについて直接語ることは滅多になく、穏やかに、つつましやかに暮らしていた。実際、彼女の過去を知らない者は皆、彼女のことを異国からやって来た、物静かで、礼儀正しい婦人だと思っていた。彼女がかつて、畏国で一瞬のうちに栄光と凋落とを人々に知らしめたあの神殿騎士団の精鋭だったとは誰が想像できただろうか。それも、あのヴォルマルフ・ティンジェルの名前を父に持っているとは、今の彼女の振る舞いからは全く知り得ないことだった。
 それでも、メリアドールは時折、父について尋ねられることがあった。大抵の者は(彼らの多くは畏国人でないこともあってか)、ミュロンドの騎士団長はどのような人物であったのか、彼の業績は噂どおりなのか、聖石にまつわる真偽、といったことに興味を持っていた。そういった質問に対しても、彼女は不快な顔をすることなく、丁寧に答えていた。つまりこうである。ヴォルマルフは自分の父であり、その業績を知りたいのであれば最近上梓された『デュライ白書』を読んで欲しいと(ただし、この書物は時を待たずして禁書に処されたので入手は容易ではない)。聖石は自分も一時所持していたが、つまりそれはクリスタルで、クリスタルである以上、そこには死せる人の魂が宿るものである、といった返答である。
 それでも満足しない者、あるいはひどく攻撃的な性格で、あえて彼女を侮辱しようと考えている者はメリアドールに対して、彼女の父の悪口を述べたてた。まだメリアドールが故国に居た頃は、彼女に向かって石を投げる者や、あからさまに呪いの言葉を吐くもの、平然と唾を吐くような侮蔑的で不適切な行為をする者さえいた。流石にイヴァリースを離れるほど、そういった挑発行為は少なくなったが、皆無という訳ではなかった。けれど、彼女はそのような挑発に対しても平然としていた。それは、王や人々の上に立つ指導者らが、下々から投げつけられる無責任で身勝手な、それでいて的を得ているむき出しの批判に一人孤独に耐え、憎まれはしても誰からも感謝されない治世を行う心意気に近かった。彼女は孤高の獅子の心を持っていた。このような気概はまさしく父親譲りのものであったが、彼女がそのことに気づいていたのかは定かではない。

「婦人、畏国では戦乱によってただでさえ多くの血が流れたというのに、加えて、身勝手な思想を抱いた者らが無垢な人々を屠ったと聞く。政治の争いはまだ国を平定するという大義があっただろうが、高慢な思想を抱いた者らにその大義はあっただろうか? 然るべき裁きを受けるべきではないだろうか?」
 こういった問いを発する人々は、メリアドールのことを“婦人”とは見ていなかった。その大抵は彼女のことを、血に飢えた教会の子飼いの“犬”くらいに思っていたのである。勿論、その教会の名の下に虐殺事件を引き起こした(と噂される)神殿騎士団団長ヴォルマルフへの非難が言外に含まれていた。メリアドールもそれに気づかない訳はなかった。が、彼女の艱難に満ちた人生は、感情――特に怒りや憤怒――を露骨に噴出する危険性を彼女自身に悟らせていた。また、彼女も父の行為のの大半は肯ずることが出来ないものであったと十分に理解していた。だから淡々と答えるのだった。
「人は各々、その魂の働きに見合った報酬を受けると考えます。たとえこの地の上でその報いを受けずとも、然るべき場所で然るべき報いを受けるでしょう」
「それはいささか抽象論にすぎませんかね。あなたは血を流し、不本意なままに殺される無辜の人々を見てきたはずだ。そしてその流血の惨事の要因に無関係だったとはいえないでしょう。具体的にはどうお考えで?」
「時に善良な人が時に悪魔と取り交わし道を踏み外し、時に非道な情け知らずの者たちが人知れず憐憫の涙を流します。他人から善人だ、悪人だ、といくら称されようと、その人の価値は分からないものです。しかし、人の根元にある魂はもはや飾りたてることが出来ません。その人を裁量するなら、外の衣で判断すべきではなく、魂を見極める必要があります」
「それでは、あなたがたの行いについて、あれは善ではなく悪だったと言うことも、悪ではなく善だったと言うことも出来ますね。あなたは善人に対して罪状を渡し、悪人に対しては酌量を与えるつもりですか。あなた方は教会の人間だった。人を裁くことは誰よりも長けているようだ」
「それは分かりません。人の為すことは決して人の域を出ませんから。真の裁きは人ならざる者の手にゆだねるべきです。私は正義と復讐にかられ、自ら私的な裁きを下したこともありました。手を下すことはいとも容易いのです。しかし、その判断が正しいものであったかなど、いったい誰が分かるでしょう? 私の醜い復讐心が私自身の価値判断をゆがめたように、人の手による判断が全く公平である保証はどこにもないのです。人はとかく外の衣に目がいきがちです。ましてその奥底にある魂の真意など、どうして知ることができましょうか? どうして他人の心を他人が知ることが出来ましょうか? 私も幾たびと判断を誤り、後悔をしました。人の為すことはこんなにも間違うのです。ですから、人が人を裁くのは人の身にはかなわぬことです」

 たとえもう二度と剣を持つ機会がなくとも、メリアドールは全く、騎士の心意気を分かっていた。それがは間違いなく、父親の教育の賜物であった。正しい行いをせよ、というのが父の教えだった。まっすぐに剣を持つ父の姿を見て、その父の剣捌きを受け継ぐように騎士になったメリアドールは、正義を重んじる騎士道にかなった生き方を心がけてきた。しかし、それは完全なものではなかったと、彼女は悔恨の念に駆られることも少なくはなかった。だが父親の薫陶を受けていた彼女の気質はどこまでも実直で、誠実なものだった。であるから、信じていた教会の不正を感じ、己の身体をもってでその不実な行為を目の当たりにした時には(彼女は実際に自身の目で見るまでは物事を判断しないという信念があった)、迷わず、教会に反旗を翻した。因果なことであるが、不実を許さぬ父親の教育により、不実な行為を働く父親に手をかけることになったのである。
 弟はついに父親に手をかけることが出来なかった。獣じみた異形の怪物の中に、物言わぬ父親の無念を感じ取ってしまったのである。彼はどうしても剣をふるうことが出来ず、とうとう剣を手放し、リオファネス城に果てた。しかし、姉は――メリアドールは、そうではなかった。彼女の決意は鋼のように堅く、何者も彼女の意志を変えることは出来なかった。父の成敗に向かう彼女の足取りに迷いはなかった。わずか二十数歳にして不惑の境地に達していたのであった。母の死に泣き、弟の死に嘆いた彼女であったが、父の死は彼女に涙をもたらさなかった。父親を墓に弔うこともなかったので、そこに花を供えることもなかった。故国を離れる前も、離れた後も、「私はヴォルマルフの娘である」ということを表明し続けた。父のした行為をことさらに述べ立てることもなかったが、弁明することもなかった。
 一つだけ、彼女の鋼の意志に逆らったものがあった。それは紛れもなく、父の死であった。彼女は父を討ち取るのだと確信し、そうしなければならないのだと言い聞かせ、また、それが出来る自信と決意があった。しかし、父の意志はそれを上回っていたと言える。なぜなら、彼は娘に引導を渡されることを拒否し、自ら命を絶ったからである。メリアドールは、まさか獣――あるいは父――が目の前で自ら腹を割いて血を流し、生命を絶つとは想像だにしなかったため、その瞬間、何が起きたのか全く分からなかった。どういった手法をとるにせよ、命を棄てるという恐るべき権利を行使するのは少なくとも人間だけであるとメリアドールは思っていた。そして、目の前の存在が獣であるのか、父であるのか、もはや何者なのかさっぱり分からなくなった。――だが、それはおびただしい量の血をまき散らしながら終わった。
 リオファネスの惨劇にしろ、死都の死闘にしろ、あまりに多くの血が流れた。父と、彼と一緒に身体を共にしたであろう何者かとの間に交わされた会話を彼女は知らず、そして今となっては知りようもないことだが、真実その血の報酬を父は受けるであろう、とも彼女は思っていた。それでも時折、亡き母のために毎日、毎日、律儀に花を手向け続けた、こぼれ落ちそうな程色あせた記憶の中の父の姿を思い出し、父のためにも、しみじみと祈りたくなるのだった。しかし、今更神に慈悲を乞うことも出来ず(又、そうするつもりもなかった)、誰にとりなしを頼むのかというと決まって彼女の母親なのだった。彼女はまもなく、遠い記憶の中の母と同じ年齢に達する。もはや親の庇護を求める年齢でもなくなった彼女であるが、その時ばかりは父母の許にすがりつく幼い娘に戻り、記憶の中の淡い色をした母の姿に向けて頭を下げ、こう祈るのだった。母よ、父は約束を果たしました。どうか、それに答えてください――と。

 

 

・「奥さんと子供たちを想う家庭的なヴォルマルフ」「メリアドールとイズルードの成長を見守るヴォルマルフ」「ルカヴィと対等に渡り合うかっこいいヴォルマルフ」「奥さんにお花を捧げる愛妻家ヴォルマルフ」「ハシュマリムに一目置かれているヴォルマルフ」というテーマに触発されて書きました。
・作品を提供してくださった澪鈴さん、ありがとうございました!

父と子

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父と子

  

さてもかの日の暮れ時に
   惨憺極むリオファネス
すでに日はなく窓辺より
   夕闇の寥さし落ちぬ
城内もはや人気なく
   聖堂つらぬく身廊に
したたる血花点々と
   あちらに倒るは城兵か
こちらに倒るは僧兵か
   虐殺せらるる者どもの
声なき怨嗟みちみちて
   寂寥凄しその真中
手練の騎士のひとり立つ
   手には煌めく血の剣
紫紺の法衣も色かはり
   血染めの赤となりにけり
されど其の騎士声もせず
   ほくそ笑みたり不敵にも
かくもその様鬼のごとく
   這ひずりまはる兵どもに
喰らひつかむと欲す時
   さへぎる声あり「いざ待て」と
「我は見たりその非道
   悔ひ改めよとくなほれ」
幼き人の泣き叫び
   手をば広げてすがり付く
騎士は「知らぬ」と言ひ捨てつ
   剣をば取りてうち払ふ
あはれ其の子や無慚にも
   愛する父にぞ撫で斬られ
無念のうちに地に臥しぬ
   幼き人は剣を抱き
「天にまします我が神よ」
   かぼそく祈る其の声を
騎士は聞きたり子の祈り
   「赦すしたまへやかの者を」
顔は蒼みて声ふるへ
   瞑目しつつ祈りつつ
手には恩赦の印あり
   「赦したまへや」声やがて
静かに消えつその時に
   胸に抱きし剣すべり
三たび地にうち転がりぬ
   騎士はそを聞きかしこみて
ひざまづきたり子の前に
   御声にしたがひひたすらに
とかくに殺戮したれども
   あとに残るは虚無の闃
慟哭するも時遅く
   ああ聊爾なりや「ファーラム」と

  

・騎士→ヴォルマルフ、幼き人→イズルードで。そんなにイズは幼くないと思いますが(ちゃんと騎士やってましたし)、騎士が二人もいると書き分けられないという中の人の諸事情があったりします。
・リオファネス城でのティンジェル親子。イズルードはかつての父であり今はルカヴィであるハシュマリムを<自分が倒さねば>と強く思うも、ハシュマリムの姿に騎士であった父の面影を見てしまい、また、父のことをとても愛してとても尊敬していたから、どうしても父であるハシュマリムに剣を向けることはできず……一方ハシュマリムはその時もうヴォルマルフの自我は吹飛んでいて何も思うことなく息子を殺戮するけれど、事が終わった後で突然ヴォルマルフの自我を取り戻して、物言わぬ息子の姿を見て激しく慟哭し、イズルードが最期まで自分に抵抗することなく執り成しを願い続けていたことに気付いて人知れず涙する……という展開でした。

  

2012.04.09

  

  

誇りを失った騎士:第四幕

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誇りを失った騎士

  

 

第四幕

  

 

 第一場 リオファネス城。地下牢。
 牢獄。部屋は木製の壁で狭く仕切られている。扉には鍵が掛かっている。イズルードが床に伏している。ラファが食事を持って登場。

イズルード< (独白)真っ暗だ――真っ暗で何も見えない――(聖石を取り出して)人は弱いからこそ神にすがるというが――クリスタルの輝きを以てしても何も見えない。まるで己の未来を暗示しているかのようだ。いっそこの暗闇の中で果ててしまいたい。光の中に戻れはしまい。(隠し持っていた短剣を取り出し)このまま死んでしまおうか――いや、恐ろしすぎる。怖い――オレにはとても出来ない――(短剣を放り出す)   (ラファが食事を持ってイズルードを訪ねる。扉の鍵を開ける音。イズルード、慌てて聖石を上着に隠す) ラファ 随分やつれているわね。何か食べたら。(イズルードをいたわって)兄さんがひどく撲ったのね? 可哀想に。
イズルード (返答なし。食事にも手を付けない)
ラファ いらないの? 別に毒を仕込んで殺そうなんて思ってないわよ。安心して。何か食べないと身体が保たないわ。
イズルード いっそ君がこの場で毒を仕込んでくれたなら!
ラファ ひどく憔悴しているようね。(間)――毒――なんですって!
イズルード ご覧、ここは全くの暗闇だ。誰かを葬り去るのにはうってつけの場所だ。捕虜を一人始末することくらい、君には容易いだろう? そうすれば、人質になったオレが大公の前に出ることもなく、父を困らせることもない。オレもこれ以上絶望に塞がれることもない。誰もかもが幸せだ。
ラファ (怒って)ひどい人! ひどい人! 私たちを何だと思っているの! そう、私達は暗殺者。誰かの命を奪い、それを生業に暮らしている――だけどこんな生活、私が望んだわけじゃない! 大公に村を焼かれ、親を殺され、望みもしない生活を与えられ――なのにあなたはそんな私に、人を殺せと言うのね。あなたは修道院で一体何人斬った! 聖石強奪のために、僧侶や学者を斬り捨ててきたのでしょう! なのに、此の期に及んで尚、自分の手を汚すことすら厭い、私にこの手を汚せと言うのね。他人の尊厳を踏みにじって!
イズルード すまない、すまない。君を傷つけるつもりはなかったんだ――(謝る)
ラファ あなたをそこまで絶望に陥らせるものは一体何? 私達に聖石を奪われたこと? それとも捕虜になってゾディアックブレイブの誇りを失ったこと? そんなものに命を懸ける程の価値があるのかしら。
イズルード 違う、オレが惨めなのはそこじゃないんだ。オレも君も同じ籠の鳥だ。まやかしの現実しか知らなかった。誇りを持っていたゾディアックブレイブも――ただ教会の威光を上げるためだけに作り上げられたまやかしだ。その実態など何もない。他人の聖石を奪い上げて得なければいけない、そんなまかやしの称号への誇りなどとうに失ってしまった――オレは教会への離反を決めた。もう教会のために剣は持つまいと心に決めた。だけど、ミュロンドには父がいる、姉がいる――家族を見捨てて、一人で逃げるわけにはいかないんだ。姉さんはきっと今でも、オレの帰りをたった一人で待っている――そう、オレが惨めなのは、騎士としての誇りを失ったからじゃない。そんなものは初めからなかったんだ。だけど――だけど――オレは教会を離れては生きていけない。何より信仰が全てだったんだ。しかし何を信ずべきかもはや分からなくなってしまった――(間)――君は絶望という言葉を知っているか?
ラファ (独白)この人大丈夫かしら。何を話しているのはさっぱり分からないわ。そうとう気が滅入っているようだわ。
イズルード (続けて)それは、神に見棄てられ、一切の望みを絶たれることだ。後にも先にも暗闇しか残らない。憩いなき永遠の夜――(間)――神に見棄てられ、だって!? オレは一体何を口走っているのだ。神を見棄てようとしたのはオレの方ではないのか! 教会が権力に腐心し、民の信仰心を利用しているというのに、オレはそれを知っていて、何もしようとしない! あまつさえ、そのまま逃げ出そうとすらした。神の創造たるこの命すら自ら投げ出そうとしている、なのに今でも都合良く神にすがろうとしている――そうだ、ゾディアックブレイブなど最初からおとぎ話で、何も信ずべきものなど何もなかったのだと思えば、もはや怖れるものなど何もない――! (短剣を再び取る)
ラファ (独白)可哀想に、この人はすっかり混乱しているわ。(イズルードに)気を確かに!
イズルード 絶望に身を委ね己が剣で恐怖心を切り裂く――

  (イズルード、ひと思いに短剣で首筋を斬りつける。そのまま倒れ伏す)

ラファ 大変――誰か――! (慌てて退場)

  (扉の鍵は開け放たれたまま。イズルードの呻き声。)

  

 

  第二場 前場に同じ。
  イズルード、ウィーグラフ。

  (ウィーグラフ、地下牢で血を流して倒れているイズルードを見つけ、慌てて駆け寄る)

ウィーグラフ (介抱して)どうしたんだ! 一体何があった――血がこんなにも――あのカミュジャの奴らにやられたのか! (イズルードが握ったままの短剣を見つける)――そうか、自分でやったのか――しかしなんということだ! なんというむごいことだ! こんなにも冷たくなって――どうにかして――助けてやりたいが――

  (ウィーグラフ、イズルードを抱き寄せたまますすり泣く。しばらくの間。)

ウィーグラフ そうだ、聖石! 私は聖石を持っている! そして幸いなことに私はその秘められた力を知っている。あのクリスタルには死者の魂を呼び戻す力が宿っているのだ。私はその奇跡をしかとこの目で見た――ほんの数日前に、修道院でその奇跡を目の当たりにしたばかりだ! 私は知っている。その恐ろしい力を――だが、イズルード、お前はそんな心配をしなくていい。私が聖石に祈る――こんな言葉は使いたくないが他に思いつかない――のだから。(イズルードを抱きしめて)死ぬのはさぞ怖かったことだろう。私はその恐怖が分かるぞ――真面目なおまえのことだ、捕虜になるなとの命令に従ったのか? 騎士として誇り高くあるために師を選んだのか? ああ、答えてくれ――イズルード! お前はこんな暗闇の中で、誰に看取られることなく、一人で死んではいけない――! そんなことは私がさせるものか――!

  (ウィーグラフ、白羊宮のクリスタルを取り出し、一心に祈りを捧げる。しばらくの間。ウィーグラフの持つクリスタルがイズルードの顔を照らし出す。)

ウィーグラフ (イズルードを見つめながら)きれいな寝顔だ、安らかな、いい顔だ――おまえは美しい。お前に比べてこの私のなんと醜いことか。かつて骸騎士団にいた頃、私は理想を持った騎士だった。その実現に燃える騎士だった。だが、その理想を守るため、思想を守るため、私は幾人もの仲間をこの手に掛け、粛清してきた。そこまでしても、この理想には守るべき価値があると思っていたのだ。だが、理想の実現のためには権力が必要だと気付いてしまったのだ。しかし、その権力を――ゾディアックブレイブの称号を――保持するために、私は、修道院で幾人もの修道士を斬り捨ててきた。そうまでして手に入れたのが、お前に託した処女宮のクリスタルだ。お前はきっと純粋に教会の信仰を守るために任務を果たしたのだろう。一方で、同じ任務を果たしながら、私は己の保身だけを考えていた――聖石を持ち帰らねば、私はミュロンドを追い出される、そうなれば、もう私に未来などない。そうするしかなかったのだ。ただ理想を求めていただけなのに、欲望は際限なく積み上げられ、もう後戻りなど出来ない。今になれば、本当に私が欲していたものなど何も分からない。ただ雲上の楼閣のような人生だった。何かを望めば血が流れる――そんな人生を歩んできた私に比べて、お前は美しい――

  (間。イズルードは身じろぎせずその場に倒れたまま動かない)

ウィーグラフ イズルード、お前だけは私のことを理想に燃えた高潔な騎士として見ていてくれた。お前だけだ! ベオルブの若造が修道院で私に向けた、あの蔑みと哀れみの視線――私は堪えられなかった――皆、私をそうやって見るのだ。イズルード! お前だけが私を誇り高き騎士として見ていてくれた! それがどんなに嬉しかったことか! お前の中で私は、修道院で志し半ばで倒れ、戦友にその遺志を託した――その姿のままなのだろう。どうか、その後で私におこった悲劇など知らないでくれ! 私がこうやって、生きて、リオファネス城に居ることなど、あってはならないことなのだから!

  (ウィーグラフ、その場を去ろうとするも、イズルードの様子が気になり振り返る)

ウィーグラフ 私は二度死ぬはずだった。骸旅団の騎士として死ぬはずだった。ミュロンドの騎士として死ぬはずだった。しかし私はこうして生きている。実現するはずだった理想を手放し、ミルウーダの仇も取らずに、こうして生きている。誇りを失った哀れな騎士だ。次に死ぬ時は、騎士ですらなく、人ですらなく、悪魔に魂を売り渡したなれの果てとして逝くのだろう――私もあのベオルブの若造に――ミルウーダの仇に――引導を渡されるか。
イズルード うう――
ウィーグラフ イズルード! ああ、だが私の姿を見ないでくれ――(去りかける)――だが、もし、この哀れな騎士の姿を見ることがあるならば――何も言わずに、どうか一滴の涙を注いでくれ――こうして憐憫の情を寄せられ、理想なき教会の犬と蔑まれることはあっても、この誇りを失った騎士の為に泣いてくれる人は誰もいないのだから――(立ち去る)
イズルード (目を覚ます)ああ、ここは――(辺りを見回す)――ウィーグラフの声を聞いた気がする。だからオレはてっきり彼の国へ渡ったものかと――だけど、ここはリオファネス城じゃないか! オレは確かにこの手で、この短剣で命を絶ったものだと思っていたのに、どうした訳だか、傷一つ残らない! あの流した血の感触は覚えているというのに――どうして、オレは生きているのか。――そうか、これが聖石の力か。なんということだ! 信仰を捨て去ろうとしていた、この己に奇跡が起きるとは! これこそ聖石の秘密! 偉大なるかな神の御業! 神の存在とは、まことに、己の力の及びえざる場所に在るものだな――(跪く)

  

 

  第三場 リオファネス城。
  指定なし。ウィーグラフ、バルク。二人、すれ違う。

バルク こんなところで会うとはな。
ウィーグラフ (バルクをちらりと見、そのまますれ違う)
バルク 修道院で戦死したと聞いたが。
ウィーグラフ (立ち止まる)戦地から辛くも生還した戦友にかける言葉は他にないのか。
バルク 祝って欲しいのか。喜んで欲しいのか。アンタは随分すさんだ目つきをしている。とても祝辞を述べられる雰囲気ではない。それに――アンタはオレの事が嫌いだっただろう。
ウィーグラフ (睨み付ける)
バルク オレだってだてに長いこと生きちゃいない。酸いも甘いも噛み分けてきたのさ。人の目を見ればだいたいそいつの本性は分かる。どんなに取り繕っても、その眼差しだけは偽れないんだよ。
ウィーグラフ お前の慧眼もそこまでだな。私は別段、お前を好いているように取り繕ってもない。ありのままの物事をさも分析しがいがあるように述べ散らかすのは阿呆のやることだ――
バルク そうだ、アンタはいつだってそうやって自分を高みに置いて人を見下してきたんだ。少なくとも自分は騎士だった。守るべき誇りがあった。果たすべき忠誠があった。理想を奉じて生きてきた。それに比べてオレたちみたいな活動家は、目先の利益だけを追い求める思想なき人間どもだ。一緒にされてたまるか――と、隠すことなく思っているのだろう。アンタはオレの事が嫌いだっただろう――今も、最も軽蔑すべき存在だと思っているんだろう?
ウィーグラフ 前言を撤回しよう。たいした慧眼だ。お前は歴史学者にでもなっていれば良かったものを。
バルク それは賛辞と受けとっておこう。アンタはいつでもお高くとまった英雄気取りだった。今でも、己を堕ちた英雄とでも思っているのだろう。だからそんなすさんだ目をしているんだ。だが、よく周りを見回すことだ。民衆を率いて鴎国と戦った指導者? 骸騎士団? 奴らはせいぜい盗賊崩れか、浮浪者まがいのゴロツキかだったじゃねえか。そんなところに騎士団なんて名前を付けるのが間違いだったんだ。名は体を表す。本性に反する名前を与えられた者は悲劇だ。見ろ、アンタのかつての仲間たちは戦争の終わりを待たずして離散していった。アンタはそいつらの尻ぬぐい。誰も手を貸さない。民衆がアンタのことを、農村から立ち上がった雄々しきリーダーとでも思ってると? よく見ろ! 目を開けてよく見るんだ! 誰もそんなこと思っちゃいない。思い上がりも甚だしいぞ。
ウィーグラフ 私は己を英雄だと思ったことはない。ただ惨めな人生だったと回顧するばかりだ。
バルク 英雄として高みに立った経験を知っているから、堕ちた惨めさがあるのだ。高みにいるなどと思わない方が幸せだっただろう。あんたは騎士になどならない方が幸せだった。そうすれば誇りを失った騎士だと、惨めに思うことはなかっただろうに。オレは誰かの上に立った覚えなど一切――金輪際――ないからな、幸せになることも、惨めにうちひしがれる事もなかった。アンタは自分が惨めだと泣いているが、その悲劇は全て己が引き起こしたことだとまだ分かっていないんだな。アンタがオレを見下すその高尚な理想とやらが、悲劇の引き金になっているのさ! (息巻く)アンタたちが英雄としてミュロンドに迎えられている頃、オレたちは裏で苦労していたんだ。オレたちはオレたちのやり方であの団長に仕えてきた! 誰に喜ばれることもなく、誰に褒められることもなく――
ウィーグラフ そうか、お前も英雄になりたかったんだな。一度で良いから誰かの上に立ち、称賛と喝采とを一心に集めたかったんだな。
バルク (怒る)そんなことは言っていない!
ウィーグラフ ならば、その苦労もじきに終わるぞ。私は貧乏神だった。行く先々で疫病を振りまいてきた。私の居たところは、どこも三年と待たずに崩壊の道を辿った。故郷も、家族も、仲間も、もう皆死んだ。見ろ、この教会もすでに腐敗を極めている。崩壊は近い。お前の苦労もそう長くはない。(独白)――そうだ、私は常に貧しかった。私の精神は常に満たされることがなかった。豊かさとは無縁の生活だった。理想を求める一方、不平不満を不断に抱え、これは私の望んだ道ではなかったと、ただただ己に言い続けてきた。だがそんな不満もじきに終わる――崩壊は近い――(二人退場)

  

 

  第四場 リオファネス城。客間。
  城の大広間。長テーブルが舞台中央に配置され、貴族諸侯が机を囲み歓談をしている。上座に大公。末席にヴォルマルフが控える。エルムドア、イズルード、その他貴族たち。

バリンテン (立ち上がって)諸卿には少々退席を願いたい。私はミュロンドの騎士団長と二人で内談したいことがある。また後ほど宴席に招きましょう。どうぞそれまでは城で、長旅の疲れを癒やし、ゆるりと滞在なされよ。(ヴォルマルフに手を招いて)さ、近くへ。

  (貴族ら、席を立つ)

エルムドア (ヴォルマルフに)ではまた後ほど。
ヴォルマルフ (小声で)そう遠くへは行くでないぞ。またすぐに用が出来ようから。あの間抜け面をした貴族どものように悠々と羽を伸ばされては困るのだ。
エルムドア 御意。勿論、近くに控えておりますぞ。それに私は伸ばすほどの羽を持っておりません。それはさておき、貴方のことだ、私の必要などないでしょう。貴方に比べれば私は蠅のごとき存在。獅子の狩った獲物の上に耳障りな羽音をまき散らし、徘徊するくらいしか出来ませぬ。
バリンテン 侯爵、どうしたのだ。具合でも悪いか。
エルムドア いいえ。私はこれから城を見学させてもらいますよ。我がランベリーの白亜城に比べてここは、いささか――無骨で――逆に見ていて飽きませんね。いや実に目新しいものだ。(退場)
バリンテン 私はランベリーに行ったことはないが、あそこの城が白く輝いているというのは真か。
ヴォルマルフ 湖――といっても先の戦争で、毒沼となった湖ばかりですが――に映える城であるのは確かです。
バリンテン だが、いくら見た目を着飾っても、実利が伴わなければその価値は半減だ。いや、半減どころではない、死滅だ。いくら白亜城と讃えられても、あの戦争で真っ先に落とされたのは、侯爵の城であったな? 戦略は歴史から学ぶもの。過去の戦いを振り返る者こそ、次なる戦場で勝利を勝ち得るのだ。さあ、騎士殿、侯爵はここから何を学ぶべきであったと思うか?
ヴォルマルフ ランベリーの東天騎士団が使いようもない屑連中であったこと。侯爵はまず、奴らを教育し直すべきですな。陥落したランベリーを救ったのがベオルブの将軍率いるガリオンヌの北天騎士団だったというのは、未来永劫笑い話になりましょう。おかげで東騎士団など、噂話にものぼらない始末。今となっては誰がその存在を知りましょうか。
バリンテン そうだ、全くその通りだ。城は堅固であればある程良い。何故なら、敵に攻められぬからだ。軍事力はあれば有る程良い。何故なら、敵を攻められるからだ。こそこそ私のモットーだ。これは我が家の家訓でもあるのだよ。私が武器王と讃えられる所以だ。
ヴォルマルフ しかし、わざわざ騎士団ではなく、異国の魔道士集団を育て上げるとは、たいした忍耐ですな。騎士団を抱える方がよっぽど手が掛からないでしょうに。私は異教の者どもを教育して暗殺者に仕立て上げるなど、まったく無理な話。公の忍耐は美談として語られるべきですなあ。流石は次期国王と噂されるお方。武器王などという粗野の称号は今すぐに返上するべきです。
バリンテン 勿論、私が武器――王――という浮き名を流しているのには訳あってのこと。私は誰より、あの公式礼装だけ立派な、軽佻浮薄だった王を憂いて畏国の未来を慮っています。大きな威厳と権威を持ちながら、何一つ指図しようとしなかったあの愚王――おっと失礼――国王陛下が為した事と言えば混乱だけだ。痴王――陛下がするべきだった事はただ一つ、後継者を育てれば良かったのだ。ところが、世継ぎを育てる前に王妃が王座を乗っ取った。なんという事態だ。おかげで王宮の御前で獅子らが三つどもえの争いを繰り広げているこの惨事。哀れなのは餓える国民だけ。あの獅子らに王座を渡してはならない。
ヴォルマルフ これはたいそうな憂国論をお持ちで。さぞや立派な賢王になることでしょう。。
バリンテン これは戦乱からの民の救済を掲げて、ゾディアックブレイブを結成した教会の意志とも合致するはず。そうでしょうな――?
ヴォルマルフ (笑う)――救済? ハハハ――いや、全くその通りだ!
バリンテン 同じ目的を持ち、同じ理想を掲げるのならば、同じ道を歩むのは当然という道理がありますな。――騎士殿、わざわざ我が城まで来て貰ったのには訳がある。我々と手を結びましょう。
ヴォルマルフ (笑う)これはこれは。既に畏国最強と言われる軍事力を持った武器王が我が貧しき騎士団に同盟を持ちかけるなど、どう考えても釣り合いませぬ。
バリンテン いいや、畏国最強の軍事力を持っているのは我々ではありません。それは間違いなく貴方たちだ。神殿騎士団だ。何故なら――あなた方は聖石を随分と持っていらっしゃる。
ヴォルマルフ 聖石! 貴公はおもしろい事をおっしゃる。聖石の奇跡を欲するとは余程信仰に篤い方だ。むしろ逆に我がミュロンドの騎士団にお招きしたいところですな。しかし、あれはただのクリスタルです。実際、ただの石です。剣ならば人を刺し殺せますが、投石如きで一体どうやって人を殺せましょう。我々が聖石を集めるのは教会の威信のためです。軍事力のためではありません。
バリンテン (ほくそ笑んで)――ほう、ならば枢機卿の死をどうお考えで?
ヴォルマルフ 病死だったと。
バリンテン そうですか、あくまでしらを切り通すおつもりですか。いいでしょう。私も言質を操る議論戦闘はあまり好みませんので――ですが、聖石が貴方がたにとって大切な神器であるのは事実だ。さらに事実をお伝えしましょう。我々は聖石を預かっています。タウロスとスコーピオは我が手中にあります――
ヴォルマルフ ハハ、おかしなことを――それは我々騎士団が欲していたクリスタルではありませぬ。
バリンテン (呼ぶ)マラーク!

  (マラーク、イズルードを連れて登場)

イズルード 父上――!

  (マラーク、バリンテンにタウロスとスコーピオを手渡す)

バリンテン (マラークに)ご苦労であった。あとで褒美を取らそう。(笑いながら)たっぷりとな――もちろん、妹御にもな。楽しみにしておきなさい。

  (マラーク退場)

ヴォルマルフ この愚か者め! (イズルードを平手打ち)
イズルード 申し訳ありません――
バリンテン どうです、この聖石をご覧下さい――(タウロスとスコーピオを見せる)
イズルード どうぞこの聖石を――(ヴァルゴをヴォルマルフに手渡す)
ヴォルマルフ 我々を見くびるなよ、バリンテン。(ヴァルゴを見せる)どうやら、我が息子の方が優秀であったようだ。次なる王座を狙う貴公のこと。まさか、たかが二つの聖石を手にいれただけで我々を御せるとお思いかな? 我がゾディアックブレイブは各々が聖石を持っている――このイズルードも――加えてこのヴァルゴ。貴公の目が節穴でなければ、我々が幾つ聖石を持っているかお分かりであろう。そして貴公はたった二つ――聖石が軍事力に代わる力を持っているのは貴公もご承知のこと。
バリンテン 私を脅そうというのか。無謀なことはおやめなさい。このタウロスとスコーピオがどうなっても良いのですか。
ヴォルマルフ 脅迫などしておりませぬ。私は事実を述べているまでのこと。タウロス? スコーピオ? それは異端者が所持していたただの石だ。我が教会の物ではない。貴公がそのまま所持なさると良い。何故私が、そんな物のために貴公に組みすると? その石をここで叩き割っても一向に私は困りませぬ。
イズルード そのクリスタルはアルマ嬢から信頼の証にと預かりました――
ヴォルマルフ この愚か者が! (イズルードを平手打ち)いつ異端者風情と信頼を結ぶ程になったのだ。お前は、あの娘にそそのかされて剣を棄てたと聞いたが? よく私の前に平然と戻ってこれたな。騎士の誇りを忘れたか。
イズルード 申し訳ありません――確かにオ――私は一度剣を棄てました。それは宥されることではないと存じます。けれど、彼女は――アルマ嬢は決して忌むべき異端者ではありません。彼女は正しい思想を持った人です。かつて私は貴族は搾取するばかりで何らの価値を持ち得ない腐った豚であると信じてきました。けれど、彼女らもまた誰かに虐げられて生きてきた人間たちです。現実を見もせず、彼女らを家畜と呼んできた自分の浅ましさを知りました。自分を傲ることなく、謙虚に生きることの尊さを知りました。
バリンテン (ヴォルマルフに)先ほどから貴下は聖石をただの石だとか、これは少々暴言がすぎますな。仮にも、信仰を奉ずるミュロンドの騎士団の総長の言葉とはとても思えませぬ。そして何より大公の御前に控えているということを忘れておられるようだ。私は優れた暗殺者たちを育てている。くれぐれも、これ以上傲慢にならぬよう助言を差し上げよう。謙虚になりなされ。
イズルード (続けて)そして、彼女は私に一つの道を示しました。それは教会の真の姿です。この戦乱の裏で手を引くのが猊下であると――我々神殿騎士団は、その片棒を担っているだけだと、彼女に言われたのです。父上、私はヴォルゴを持って参りました。教会のために貢献したかったのです。けれど、その聖石のためにはおびただしい血が流れました。同じグレバドス教徒の血です! こんなことは――あってはならないと――父上、お父上、どうか分かってください。私が剣を棄てようとしたのは、そのような神殿騎士の姿に絶望してしまったからです――
ヴォルマルフ (バリンテンに)傲慢! 私が傲慢だと言ったな! 貴様はゼルテニア領を統べるだけでは物足りずに王座を欲している。さらに我が騎士団の力をも得ようとしている。だが、私はその聖石を手放すと言っているのだ。どちらが傲慢だ。貴公の方が強欲ではないのか。
イズルード (続けて)――絶望! それは全くの暗闇です。私は道を失いました。全てを棄て、信仰をも投げ出そうとしていた時、奇跡が起こったのです。私はこの目で聖石の奇跡を見ました。この身体を持って知ったのです! 私の魂を救ったのは、この聖石に宿る計り得ざる神の御業です――
バリンテン (ヴォルマルフに)何を馬鹿なことを。領主が権力を求めるのは、統治者としてまったく必要なことです。戎井を着ることもなく、王杓を持とうともしなかったあの国王のせいでイヴァリースは荒れ果てている。統治者にはそれ相応の権力がなければ、困窮するのは民だ! そして貴殿は騎士だ。騎士は統治者に仕える者だ。身相応の振る舞いを心がけるように――特にあなたは、信仰の衣を着た貧しき騎士なのだから、我々のために戦い、あとはただ祈りの言葉を唱えていれば良いのだ。信仰に立ち戻られよ。
イズルード (続けて)私は信仰に立ち戻ることが出来ました。もう私は迷いません。正しい――神殿騎士として生きるべきだと確信しました。アジョラの御名にかけて――二度とこの剣を離さないと誓います。教会の腐心から信仰を守るべきです。神殿騎士団がこのまま権力行使のための浅ましい犬になり果てていくことに私は堪えられません。教会の犬としてではなく、神の僕として誇りを持って生きるべきだと悟ったのです。神殿騎士として、真に正しき道を示すために私は再び剣を持ちました。ですから――父上――どうか、その処女宮のクリスタルは元の修道院に謝罪と共にお返しください。同じグレバドス教徒たちの間でこれ以上血が流れるのを私は望みません。
ヴォルマルフ (バリンテンに)とうとう本性を現したな。貴様は愚王にもなれぬ。たかが人間如きが権力を求めようなどと思わぬことだ。貴様はうぬぼれているようだな、バリンテン。私が望んでいるのは血を流すことだ。貴様を始末することなど容易いぞ――(聖石レオを取り出す)
バリンテン おやめなさい――
イズルード 父上――?
ヴォルマルフ (イズルードに)確か、おまえは聖石の秘密を知ったと言ったな。
イズルード はい――聖石のおかげで私は死の淵から蘇ることが――出来――父上――?
ヴォルマルフ ならば気兼ねする必要はあるまいな――(咆哮)
バリンテン おやめなさい――(慌てて退場)

  (暗転)

  

 

  第五場 リオファネス城。
  指定なし。エルムドア、クレティアン、ローファル。

エルムドア (辺りを見回して)ほうほう、これはなかなか良い作りだ。難攻不落の城と言うだけあって見応えがある。(思い出しながら)特に屋上のから見える尖塔は素晴らしかった。実に良い眺めであった。我が城にも取り入れたい。戻ったら建築家を雇い入れよう。――おや、神殿騎士団のドロワ殿、こんなところでどうなされた。
クレティアン 侯爵が私のことを知っているとは驚きますね。どうも、良いお日柄で。(一礼)
エルムドア 貴方は経歴も人柄も華やかなお方だ。
クレティアン あなたも、銀の貴公子と慕われているとか。華やかな貴公子がこんな城のこんな暗い一角で一体何を。これから大公と晩餐会ではないのですか。
エルムドア ああ、残念ながら晩餐会は中止だ。大公は私がついさっき、屋根から投げ捨ててきた。うさぎを締めるより容易い仕事だった。
クレティアン ご冗談を――それにあの武器王は我が団長自ら首を刎ねる算段だったはずでは。
エルムドア 少々予定が狂いましてね。あの臆病なうさぎは彼の獲物には物足りないだろう。今頃は我が僕たちが後始末をしているだろう。私の僕たちはずいぶんと優秀でね、軽やかに絹をまとい、蝶が舞うより早くに仕留めるのだ。鋭い短剣を腰に仕込み、熱きベーゼで息の根を止める。ただ辺りを血の海に沈めるだけの凡人とは違う。暗殺は一つの芸術だ。逝かせる者を魅了させるのが最低限のマナーだ――そう思わないかね? 手がすることは、目も楽しまなくてはならんだろう。その点で我が僕たちは至極有能だ。いつか貴公にも紹介しよう。
クレティアン それは結構なことで、しかし私はあいにく女人の舞には興味がありませんので――
エルムドア おや、これは奇特な方だ。眉目秀麗な仕手はお嫌いか。時に貴方もこんなとこで暇をもてあましている場合ではあるまい。今頃はわが君が広間で一暴れしている頃だろう。私もこれから見にいくところだが、さぞや壮観だろう。
クレティアン 随分と血が流れた模様。衛兵どもも誰がこの騒ぎを起こしたかさっぱり見当もつかず、敵を仲間に斬らせ、仲間を敵と斬り、もはや手の付けようのない事態。皆、口を開けば人殺し、慈悲を、逃げろ、血が、死体が、化け物が、と怒声と叫び声だけ。生憎、私はうるさい場所を好みませんのでね――この騒乱が落ち着くまで引っ込んでいることにします。
エルムドア 俗世の汚れに卒倒したか。
クレティアン そんなことで気を失うほど私も若くはありませんので――為政者と、それに組みする者どもの手が血にまみれている事はとうに知っている。しかし、かつても私は若い頃があった。士官学校に居た頃――あの頃は、私も政治を志す若き理想家だったのだ――ザルバッグ将軍に誘われ、北天騎士団に身を委ねるつもりだったのだ。しかし、現実はむごたらしい。あの天騎士の称号を戴いたベオルブの名前などとうに朽ち果てていた! 私はダイスダーグ卿が――浅ましくも――――をしている様を見た時、すぐさまこの身を翻してガリオンヌを去った。なるほど卿は狡猾な策士だ。洞察力がある。指導者としての器もある。言葉巧みに操り、貴賤への影響力もある。卿がいなければラーグ公もここまで世を渡れなかっただろう。だかしかし不純だ。たった一つの染みは他の全ての栄誉を汚す。良心あるのはザルバッグ将軍だけだった。
エルムドア それで、純粋な将軍をガリオンヌの掃きだめの中に残し、将軍を支えるはずだった良き参謀は一人でミュロンドへ逃げてきたというわけか。
クレティアン 申し開きは神の前だけで充分。私の本心は誰にも打ち明ける気はありませぬ。政治の汚濁に私はとうてい耐えられない。そんな厭わしき生活はいっかな承知できまい。ならば、ミュロンドへ来れば、世俗の尺度ではない、信仰の尺度によった生活が出来ると信じていたのだ。――私はなんと愚かな若者だったのだろうか! この地上の世界に理想を求めるとは! 永遠不変の理想のイデアはただ神の国にのみ実在する!
エルムドア 所詮、教会も地上の組織だ――この地の上に存在する限り、野心と権力とにまみれた政治の渦中にあるのだよ。ようやく悟りましたか、青年よ? 北天騎士団も、神殿騎士団も衣が違うだけで、その服を着るのは同じ人間どもだ。我々のやり方に肯んぜないのなら、まだあの将軍の後ろに控えていた方が心穏やかであったろう。今からでも遅くないぞ、我々に手を貸す気がないのなら、ガリオンヌへ去ったらどうだ。
クレティアン この世に善悪をもたらすのは神の業。この世の善悪を判断するのは人の業。私も人ならば、善し悪しを判断するのは控えましょう。どうして私の選択が間違っていたと? それを判断するのは神の領域だ。世俗の権力者の間で、利用し利用される汲々とした暮らしに身を投げるのは嫌だが、神の膝元にこの身を――命を懸けても――捧げるのは私の望むところだ。私はミュロンドに留まる。
エルムドア そう、信仰のために血を捧げるのは良いことだ――

  (ローファル、登場)

ローファル 侯爵、これはとんだご労足を。(一礼)
エルムドア 何、たいしたことではない。大公は始末した。為すべき事は為した。後は頼んだぞ。(退場)
ローファル (クレティアンに)お前も少しは足を動かしたらどうだ。仕事がないなどとはぬかすなよ。見ろ、手柄を銀髪鬼にまんまとかすめ取られてしまった。あの男は隙が無い。
クレティアン どうせ、誰がうさぎを始末したかなんて誰も見ちゃいないだろ。目撃者は死体だけだ。もしヴォルマルフ様に慈悲の心があるなら話は別だが。ああ、私はすっかり気が滅入った! 一足先にミュロンドに帰らせてもらうぞ。
ローファル 忘れずにバルクも回収してから帰ってくれ。
クレティアン イズルードはどうした。回収しなくていいのか。メリアドールが待ってるのはバルクじゃないだろ。
ローファル ――それは――(言いよどむ)
クレティアン ――私は、今まで、一度も己の選択を誤ったと思ったことはない。全く後悔はしていない。その判断は神のみ知ることだ。しかし、生まれて初めて私は自分が哀れになった――
ローファル ならばプライドを棄てろ、己を棄てろ、そして全てを投げ出せ。さすれば楽になれる。
クレティアン 私がこの身を投げ出してひれ伏すのはただアジョラの前のみ。他は誰であろうと――愚人どもの前に、私は私をくれてやる気は微塵もない! (退場)

  (次いでローファル、無言で退場)

  

 

  第六場 リオファネス城。客間。
  第四場に同じ。イズルードが血を流して壁にもたれている。アルマが駆け寄る。

アルマ 大変! イズルード! (駆け寄って抱き寄せる)
イズルード 君の言ったことは本当だった――(血を吐く)――真っ暗で何も見えないんだ――
アルマ もうしゃべらないで。私が傍にいるわ。
イズルード 剣を――剣を手放してはいけない――オレの剣はどこにある――
アルマ (なだめて)もう戦わなくていいの。あなたはもう何もしなくていいのよ。
イズルード (アルマの声が聞こえず、続けて)剣を――オレこの剣を離すまいと誓った。そして正しい神殿騎士の姿を示さなければならないと。だけど、オレは見てしまったんだ――
アルマ 可哀想に、こんなに怪我をして。震えているわ。無理もないわ。ここであれの姿を見たんでしょう! この血だらけの部屋で! 何もかもが切り裂かれ、踏みにじられているわ。とても人間の所業とは思えない。イズルード、あなたはこの惨状を目の当たりにしたのね――(抱き寄せ、頭を撫でる)
イズルード (続けて)あの姿を!
アルマ (抱きながら)悪魔の姿を!
イズルード (続けて)父親の姿を! 悪魔のような化け物だった――奴を倒さねばイヴァリースは滅んでしまう。信仰を守らなければならない。教会を不正と腐敗から救わなければならない――だかしかし、あれは誰だ、一体誰だ。父親ではない何かだ。そこには血に餓えた獣しかいなかった――だが、その魔が差した眼差しの向こうに――誇りを失った騎士の姿を見た――
アルマ もう戦わなくていいのよ。あの化け物は兄さんがすっかり倒したわ。
イズルード ――オレは剣を揮えなかった――どうしても――何故なら――彼は、誰に赦しを請うこともなく、人知れず涙を――流していたから――オレはとうとう剣を手放した――
アルマ それでいいの。それで良かったのよ。あなたはもう充分立派に戦ったわ。ゆっくり休むといいわ。
イズルード (呼ぶ)アルマ――いつか君がオレに信頼の証として聖石を託してくれたね――(パイシーズを手渡す)――今度は――この聖石を君に――(斃れる)
アルマ (受け取る)いってらっしゃい――永遠の夜の国へ。まぶしい光でなく、穏やかな暗闇が住まう憩いの国へ――(そっとキスをして)いつか私も一緒に行くわ。そして二人で世界の涯を見にいきましょう――(立ち去る)

  

 

[幕]
2015.07.05

  

 

誇りを失った騎士:第三幕

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誇りを失った騎士

  

 

第三幕

  

 

 第一場 ミュロンドの城館。階下の一室。
 朝。場面両側に扉。片方は開け放たれている。中央にテーブルがあり、メリアドールが手紙を書いている。

メリアドール (読み上げて)聖なる父よ、おはようございます。今日もまたこうして新しい一日を始めることが出来ます。その名前を讃えて――要するに、ファーラム。――愛する弟へ、オーボンヌ修道院ではうまくいったでしょうか。おまえのことだから――ウィーグラフもついていることですし、全く心配はないと思いますが、何かひどい怪我でもしていないかと、ひどく不安になりました。聖石のため、教会のため、義務を果たすことは大事なことです。けれど、たとえおまえが何の功績を挙げられず、何も持たずに帰ってこようとも、私はおまえを責めたりはしないでしょう。父や騎士団の兄弟たちが声を荒げておまえの越度を叱責をしようとも、私はおまえを暖かく迎えます。これは姉としての愛の言葉だと思って受けて頂戴。きっと昔の事は覚えていないでしょうが、母が亡くなった時、おまえは随分泣いていました――その時、私はおまえの母になって、抱いて慰めてあげたいと心の底から思ったのです。男を知らない私が、このようなことを書くのは、妙なことだと感じるでしょうが、慈しむ心は女ならば誰しも内に秘めているものです。誰かを愛し、慈しみ、守りたいと感じる時、自ずと庇護の翼は広がるのです。愛とは、汲めども汲めども、底から湧き溢れる泉のようなもの。おまえが、もし、寂しいと、孤独に悩む時があるなら、いつでも私の傍に帰っていらっしゃい。何があろうと、おまえの帰ってくる場所はここにあるのですから、よもや絶望の果てに神を忘れることなど、どうかしないように。

  (しばし考える)

メリアドール (続けて)こうやって一人で静かにミュロンドで過ごしていると、様々な噂が耳に入ります。たいへん立派な称賛から、中には、ひどく根拠のない滅法なものまであって、私は大変驚きます。父が言うには、この私たちの騎士団にもかつては、権力と威光を貪欲に求める者がのさばり、ミュロンドの神殿騎士団は堕落の巣窟と悪名を馳せていたとか。けれど、幸い、父が総長になった時、そのような不届き者は全て追放されました。今も、ガリオンヌやゼルテニアの騎士団にはそういう輩がまだのさばっていると聞きますが、この祝福された聖地を守るこの神殿騎士団には、そのような礼儀知らずはいないのです。ですから、もし、おまえの周りに、私達をひどく冒涜的な、あの口汚い言葉で――悪魔だとか――罵る人がいれば、その人は、かつての堕落した神殿騎士しか知らないだけなのです、だから、その人を憎まず怒らず、寛容の心をもってその言葉を忘れなさい。そして、おまえの騎士としての雄志を見せて、その人に、正しき神殿騎士の姿を知らしめるのです。繰り返しますが、どうか、思慮のない人の流言に惑わされて、神を忘れることなどないように。

  (手紙を書く手を止め、しばらく考える。また筆をとる)

メリアドール (続けて)――本当は、私はおまえのことが羨ましかった――自由に外へ出ていけるおまえのことが。いつだったか、私はまるで籠の中の鳥であると、おまえに話しました。まったくその通りです。人々はミュロンドに居る私をとてもありがたい存在として、それは敬って接してくれます。けれど、それは大聖堂に置かれた聖石を崇めるのと同じことです。この世の中には、祈る人、治める人、働く人、各々が各々の仕事を為すことによって秩序と平安が保たれるのだと、多くの人は考えています。けれど、彼らはどこかで己の本性は自由であるとも考えていることでしょう。人々は皆、己の本性を隠して生きています。皆、心の裏側にその本性を隠し持ったまま、体裁を立てるためだけに望みもしないことを願い、見苦しくうわべを取り繕って生きています。畏国はこのような馬鹿げた人であふれかえっています。このままでは畏国は遅かれ早かれ腐りきってしまうでしょう。おまえの望む世界は、こうではないはず。皆、望むべき自由の本性を空に羽搏かせることが出来る世界――聖アジョラの理想郷をおまえは夢見ているのでしょう。私たち姉弟は共に同じ道を歩むと誓った仲。おまえが選んだ道は私の歩む道でもあるのです。正しき道を行くように。そうすれば、すぐに私も一緒に行きますから。――くれぐれも、神への感謝を忘れずに。もし進むべき道が分からなくなったのなら、神の坐す場所に行き、神の語る言葉を待ちなさい。それが最善の道です。(筆を擱く)

  

 

 第二場 場所指定なし。
 ローファル、クレティアン、バルク。格好はそれぞれ前幕の通り。従者がローファルに伝言を伝え、すぐにその場を離れる。

ローファル 修道院を出たイズルードと連絡が取れないようだ。
クレティアン 子羊は狼に食われたか。
ローファル 剣を棄てて姿をくらましたらしい。近くの廃墟で彼の剣を見つけた者がいる。
バルク あの若造だ、どうせ家出なんて長続きしねえよ。すぐ戻ってくるだろ。
ローファル そういう訳にもいかない。彼は聖石を持っているのだぞ。それに、ベオルブの娘と一緒だったと、オーボンヌの僧侶が目撃している。
クレティアン 逆か、狼が子羊を喰らったのか。だがしかし若者にはよくある話だ。
ローファル よくあっては困るのだ。それも神殿騎士にはな! 我々がリオファネス城に着くまでに何とかして連れ戻す。大事ある前に探し出さねば。この事態はいずれはヴォルマルフ様の耳にも入ろう。そうなったら大変だ。
クレティアン 気が重いな。
バルク 別に、オレたちが案ずることではあるまい。オーボンヌ修道院から逃げたのなら、まだこの近郊に居るだろう。王都へ行ったか――木の葉を隠すなら森の中、人目を避けるなら人混みに――リオファネスまでの長い道中、捜し物が一つ増えただけのこった。
クレティアン ただ失せ物を見つけてこいというなら話は簡単だ。だが、これはそう単純なことではないのだよ、バルク。ヴォルマルフ様が一連の出来事を聞いて良い顔をすると思うか?
バルク 勿論――しないだろうな。眉間に皺を寄せている様が目に浮かぶぜ。
クレティアン 大事なゾディアックブレイブが、結成された瞬間に逃げ出したのだ、しかも聖石を持って、わざわざ剣を棄てて雲隠れしたのだ。意図は明確だ。息子が女を連れていなくなったというだけでも体裁丸つぶれだというのに。怒るどころの話ではないぞ。
バルク きっとあの爺さん[教皇]もお怒りだ。
クレティアン ――猊下と呼びたまえ――連れ戻された脱走兵の末路は悲惨だ。ヴォルマルフ様は団長という立場の手前、息子を折檻せずにはおかないだろう。
バルク あの血も涙もない団長様のことだ、見せしめのため首の一つでも刎ねるかもな。おお、奴のために想像しないでおいてやろう。(身震いする)
クレティアン だが、手を下してきたのはいつだって我々ではないか。ヴォルマルフ様の名誉と猊下の手を守るため、我々が幾人始末してきたことか! 異教徒の首などいくら刎ねても構わないが、同じグレバドス教徒、同じき誓いを立てた仲間に――彼はまだたったの十六だ――手を掛けるのだけは頂けない。彼がこのまま二度と我々の元に戻ってこないことを祈ろう。その方がお互い身のためだ。(ローファルに)おい、ローファル! 私はこの一件からは身を引く。私はこの話については何も聞いていないからな!
バルク (曖昧に頷く)
ローファル おまえたちは、どうもヴォルマルフ様のことを誤解しているようだな。まるで彼が息子を血祭りに上げるかのような物言いは、控えてくれないか。親子の情を何だと思っている。
バルク オレは運命論者でもないが、この先の未来が見えるようだ。あの団長に人情というものが残っているとは驚きだな。まだ獣の方が我が子に愛情を示してると思うぜ。
クレティアン 私はそこまで言うつもりもないが――これといって否定するつもりも――
ローファル そうか――(独白)そうか、彼らの目には、ヴォルマルフ様は余程冷酷非道の人と映っているのだな。仕方あるまい――昔はそこまで厳しくはなかったのだが――あの男のせいでこんなにも――無念極まりない!
クレティアン (バルクに)知っているか。これから私たちが行くリオファネス城には凄腕の暗殺者集団が暮らしているらしい。ヴォルマルフ様はきっとお前を解雇して、良きアサシンをスカウトしてくるだろう。
バルク まさか! こんなに働いて尽くしてきたのに、そのまま使い捨てるとは、血も涙もない人だな! 武器王だか何だか知らんが、オレにまさる暗殺者はいるまい!
クレティアン その自信はどこからくるんだ、幸せな奴め。
ローファル (呟いて)井の中の蛙、大海を知らず。(二人に)静かに歩きたまえよ。
バルク 残念、ゴーグは港町だ。海は腐る程見て育ったンだよ。だけど、正直な話、その暗殺者集団ってのは何者なんだ?
クレティアン おまえ、何者かも知らずに話していたのか? 呆れた奴だな!
ローファル カミュジャ。武器王直々に育て上げた伝説のアサシンたち。
クレティアン つまり大公子飼いの暗殺者ってところだな。我々と似たような存在だ。バリンテン大公が憎き政敵を、自らの手を汚さずして秘密裏に葬り去れる便利な集団だ。
バルク オレたちと一緒だな。
クレティアン 違うのは、彼らが心からバリンテンを信頼し、情愛で結ばれた関係であるという点だ。私らのヴォルマルフ様への感情といえば――おっと、ローファルがいる手前、これ以上は言うまい。
ローファル そのまま言ったとしても私は気にしないぞ。おまえたちが大してヴォルマルフ様に敬意を抱いていないことは、当の昔に分かっている。
クレティアン ならば聞き流してくれ。だが、そうでなくてもカミュジャと我々神殿騎士団は違う。バリンテンはその暗殺術を得るためなら、何でもすると聞く。村を焼かせ、孤児となった子供らを手ずから自分好みに育て上げているそうだ。カミュジャも表向きは孤児救済集団なんだとか――誰もそんな説明を信じてはいないがな。おそらく信じているのは、当の孤児達だけだろう。大公こそ戦渦から自分を見いだし、保護してくれた唯一の父親と信じ切っているのだろう。彼らは、幻の現実を信じ込まされ、そして大公の言うがままの繰り人形だ。――我々とは全く違う。
バルク オレは嫌だね、そんな生活は。オレは神殿騎士で良かったよ。誇りが持てる。オレは自分の意志でこの銃を取っているのだからな。甘い現実など見てどうする。
クレティアン たとえ、目を背けたくなるような世界しかなくても、それでも現実に留まることを選ぶか?
バルク 第一オレの人生には選択なんて存在しなかった――全くな! そんな道があればテロリストなんてやってないぜ。現実に甘い幻想を抱けるほど、この世界は甘くはないんだよ。
クレティアン 哀れな人生だな。
バルク 同情や哀れみなど不要。
ローファル カミュジャと神殿騎士団の相違点、まだあるぞ。バリンテンは己が保守のため、その手を頑なに汚そすまいと努めているようだが、ヴォルマルフ様は違う。あの方が我々に仕事を放ってくるのは、団長という立場上、滅多に裏舞台に立てないからだ。別にその手を血で汚したくないと思っている訳ではない。あの方が本気を出せば辺りは一瞬で血の海になる。血を流すことなどあの方は厭わない。
クレティアン 聖地を血の海にされてはたまらないな。もう少し厭って欲しいものだ。
バルク 逆鱗に触れないのが一番だ。
ローファル ここだけの話、私はあの方に一度殺された事がある。ヴォルマルフ様はあの男にそそのかされ、悪魔に肉体を喰われてしまったのだ。あの男のせいで――
クレティアン どうしたローファル! 気でも狂ったか!
ローファル だが、幸運にも私は不老不死の身。たとえ何度剣で突き殺されようと、私は死なない。
バルク おい、気味の悪い冗談だな! (クレティアンに)突然、悪魔だの、不老不死だの、一体何のことだ。そもそもあいつは何者なんだ――
クレティアン (答えて)私にもさっぱり――(二人退場)
ローファル (独白)そうだ、この世界は狂気に満ちあふれている。確かなことは、あの方の機嫌を損ねてはいけないということだ! イズルードよ、おまえの選択は正しい。たとえ今は分からなくても、いつか分かる日が来る。おまえは全てを棄てて逃げ出したのではない。だから――その選択を、ゆめ惨めなものと思うなよ――(退場)

  

 

 第三場 リオファネス城。城下町。
 昼間。フォボハム領の都。人通りの多い大通り。両脇に露店が並ぶ。馬上のマラークがイズルードを引きずって連れ回している。イズルード、襤褸を纏わされ、縛された状態で抵抗する様子もなく始終うなだれている。マラーク、異国風の白い装束。

マラーク リオファネスに来るのは初めてか? ならばせっかくの機会だ。観光していくと良い。ここにはあんたのミュロンドにあるような立派な寺院はないが、大公自慢の素晴らしい城がある。――焦らなくても、城にはそのうち連れて行ってやるから、まずは市街を見ていったらどうだ。何か食うか? (露天に並べられた食べ物を指さす)
イズルード (沈黙)
マラーク 腹は減っていないのか。それとも食う気力もないか。さっきからずっと黙りっぱなしではないか。まるで鎖に繋がれた犬だな。どうした、何も主張することはないのか?
イズルード (沈黙)
マラーク こうやって人目に晒されるのは嫌か? 俺はゾディアックブレイブというのは、もっと華やいだ奴らだと思っていたよ。民衆からちやほやされるのには慣れているんじゃないのか。今更何が恥ずかしいというんだ。もはや抵抗する気もないようだな――俺は教会の精鋭と一幕やり合えると期待していたんだが、おまえは剣すら持っていないじゃないか! これでは、まるで俺が一方的に丸腰のお前を虐げているのと何ら変わらない。刃向かう気はないのか? 教会の騎士は捕虜にはならないと聞いたが、このままで良いのか――民衆は、こうやって引きずられて歩くおまえの事を罪人か何かだと思っている。噂好きの奴らはおまえを好奇の目で見ている――誤解されたくないのなら、自分の言葉で話すことだな。

  (イズルード、うつむいたまま何も言わず、縛られた両手を見詰めながらマラークの後ろを歩いている。民衆がその様を見ている。)

マラーク おい、何か言えよ。これじゃあ俺がただの悪人面をしておまえを歩かせているだけじゃないか。(民衆に向かって)彼は盗人や罪人なんかじゃない、ミュロンドから来た誇り高き清貧の騎士だ! 自ら甘んじて清貧に甘んじているのだ。こうして馬にも乗らず、剣すら持たず、この世で最も貧しき者に身をやつし、受難の道を自ら求めているのだ――! (イズルードに)どうだ、これで良いか? 満足だろう――?
イズルード (沈黙。マラークを無視)
マラーク ――さては、おまえ、わざと無抵抗の姿を見せ、俺を安心させておいて逃げようと考えているのだな? 違うか? まさかそんな無駄な事は考えるなよ。俺はおまえの聖石を預かっている。これから城へ行って大公に渡すんだ。無事に、このゾディアックストーンを返して欲しければ、大公の前で申し開きをするんだな! 安心しろ、俺たちはおまえの首や身代金が欲しい訳でもない。おまえが心配することは何もない! それに、城には運良くおまえの父も来ているぞ。きっと明日には親子で手を取って帰れることだ――大公様の条件を飲むのならばな!
イズルード (独白)聖石だと! さっきから聞いていればこの異国の男はふざけちらした事ばかり! 聞いていて呆れるわ! オレが聖石をそう容易く素性怪しき者に渡すものか――おまえが持っている聖石はオレの所有物ではない。あれはあの異端者が持っていたものだ。オレが持っている――教会の正統なゾディアックストーン――ヴァルゴとパイシーズは今もこの懐の中に隠してある! それすら気付かないとはとんだ間抜けな暗殺者だな――
マラーク 見ろ、向こうに城の正門が見えて来た。せっかくミュロンドからはるばる来ていただいた騎士殿には、丁重にもてなして差し上げたいところだが、あいにく来賓用の部屋は満室でね。地下牢しか空いていないんだが、せいぜい一晩の滞在だ。我慢してくれよ――(イズルードの縄を引く)
イズルード (独白)聖石――聖石――オレはこの二つの聖石を死守した。しかし何のためにこのクリスタルを守ったのだ――ゾディアックブイレブの名誉のためか? ラムザに共感し、聖石を無理矢理に強奪させた父の考えに疑問を感じ、剣を棄てて離反を決めたというのに――こうして聖石を離せず、必死に守っている――どうしてだ――望まれるままゾディアックブレイブの称号を戴き、父の言うとおり修道院を襲撃し、アルマに促されまま剣を棄ててしまった。なのにこうして聖石すら手放せない。見ろ、民衆がオレを嘲笑している。惨めだ。だがオレは何一つ自分で決断をしてこなかった。こうして阿呆の暗殺者に引かれ、どこへ行くのかも分からずにただ従って歩くのも、むべなるかな――民衆が笑っている。畜生め! きっとウィーグラフもこんな惨めな姿のオレを見たら笑うことだろう――惨めだ――惨めだ――絶望的だ――(マラークに連れられて退場)

  

 

 第四場 リオファネス城。控えの間。
 バリンテン領主の居城。堅牢な平城。部屋の両端には扉がついており、片方は廊下に、片方は客間に繋がる。床には敷物が敷かれている。壁にはバリンテン家の紋章。その他装飾品が少々。舞台中央でヴォルマルフが従者に小言を述べている。ローファル、クレティアン。

従者 ですから、せめて剣の一つでもお持ち下さい――

  (従者、短剣をヴォルマルフに手渡そうとするも、ヴォルマルフはそれを受けとらない)

ヴォルマルフ だから、要らぬといっているのだ。来賓の席に帯剣していくなど、主人への無礼も甚だしい。大公を貶めることはつまり、私の品格を下げること。貴様は私に礼儀を棄てろというのか。その態度こそが無礼そのものであるぞ。
従者 これは大変失礼しました。しかし私は団長の安全を願ってのことを申したまでで――
ヴォルマルフ 私に剣など不要。そんな鉄の棒がなくとも私はこの身を守れる。 
従者 そうでございますか。けれど、大公は手練れの暗殺者どもを城に配置していると伺います。やはりここはヴォルマルフ様も護衛を増やすなり、有事に備えて鎧と剣は揃えておくのがよろしいかと。
ヴォルマルフ 大公の暗殺術に私がそう易々と掛かると思っているのか。
従者 (慌てて)決してそのような意味では!
ヴォルマルフ いいか、我が神殿騎士団が、このイヴァリースで最も剛たる騎士団だ。貴様もこのまま私に仕える気があるなら、一句違わず覚えておけ! 我々には聖石がある。何も怖れることはない。
従者 (怪訝そうな顔つきで)――つまり、神のご加護があるということでしょうか――?
ヴォルマルフ それは貴様の知るところではない。下がれ!
従者 は、はい――(慌てて退出)

  (従者と入れ替わりにローファルが部屋へやってくる)

ローファル 聖石を神のご加護とは、何も知らぬ幸せな若者ですね。
ヴォルマルフ 知らぬ方が幸せなこともある。
ローファル 知った方が幸せなこともあります。朗報がありますよ。あのせっかちな従者が伝え忘れたようですから、私が代わってお伝えしましょう。
ヴォルマルフ 早く申せ。(うながす)
ローファル この城にイズルードが居るのはご存じですね?
ヴォルマルフ 知っているとも! 愚鈍極まりない奴だ。敵に投降するくらいなら身を斬れと私は何度も言った。大公手下の、あの怪しげな魔道士の手に掛かるとは! むざむざと捕虜になり私に恥をかかせた! あれ[イズルード]に誇りはないのか? 従者から事情は聞いたぞ。既に聖石が大公の手に渡ったそうだな。何という愚行をしでかしてくれたのだ! あの武器王がこれからどんな横暴を働くのか目に見えるようだ。おそらく――いや疑うことなく、私にその聖石の取り引きを持ち出すのだ。まったく面倒なことになったぞ!
ローファル ――まずは落ち着き下さい、ヴォルマルフ様。ですからそのことについての朗報です。大公が握っているのはタウロスとスコーピオだけです。ヴァルゴと――勿論――パイシーズは彼が持ったままです。敵の手に渡すことなく、彼が死守しました。ですから――どうか、彼にあまりひどい仕打ちをなさらいように――
ヴォルマルフ 何故私が怒りを抑える必要がある? 確かに私は聖石を持ってこいと命令したが、敵の人質になれとは命じてない。断固として!
ローファル 彼は、お父上にオーボンヌ修道院の宝、処女宮の聖石を手渡したい一心で、生き恥をさらしてでもここまで来たのでしょう。是非その心とそのクリスタルを受け取ってやってください。
ヴォルマルフ 此の期に及んであれがそう弁明したか。
ローファル いえ、これはあくまで私の憶測ですが――どうか斟酌を――
ヴォルマルフ (床を蹴って)ああしかし癇に障るな! 面倒だ! 大公相手に一暴れしてくるか。どうせ、奴は喰い千切る算段で来たのだ。何構うものか。(呼んで)ローファル!

  (ヴォルマルフ、ローファルを呼びつけて小声で話し、ローファル、それに頷く。その後、ヴォルマルフ、客間に向かって退場)

ローファル (独白)おいたわしや、我が君! あんな奴に身体を取られ、魂を取られ、さぞや無念だったでしょう――事の起こりは全てあの男に――聖石を渡し、悪魔を誘ったあの強欲な男! いずれ私がこの手で無念を晴らしましょうぞ――この剣で――

  (様子を窺いながらクレティアン登場)

クレティアン ヴォルマルフ様はひどく具合が悪そうだ。どうも血の気が多すぎていけない。私にはとても恐ろしくて相手を出来ない。ローファル、おまえはよくあんな短気を相手に出来るな。
ローファル 慣れているから問題ない。(独白)しかし昔はあのような粗野な振る舞いなど想像も出来ない程、篤実な、誇り高き騎士だったのだ! それが今やあの男の使い魔に! おいたわしや、我が君!
クレティアン あのままでは大公の喉笛に噛みつく勢いだ。武器王も災難だな。
ローファル そのまま食い千切るつもりだそうだ。
クレティアン とすると、団長自ら大公の首を刎ね飛ばすのか。だが、諸侯が大勢見ている手前、それはいささか都合が悪いのではないだろうか。ミュロンドの騎士も大勢来ているというのに。ミュロンドの神殿騎士を統べる団長が、手ずから大公を殺したとなると、衆人環視の的になる。
ローファル だから我々の出番だ。ヴォルマルフ様曰く、誰もこのリオファネス城から生きて返すなと。さすれば誰も目撃者はいまい。
クレティアン そんなことをすれば城は血の海だ。ここにはミュロンドの騎士も大勢来ているというのに! 同じグレバドスの兄弟たちだぞ!
ローファル 誰も目撃者がいなければ、後は何とでもなる。枢機卿の一件も病死で片が付いたではないか。嫌ならリオファネスから――ミュロンドから去りたまえ。
クレティアン 今更逃げる気などないが――ローファル、お前こそ、ここを去る気はないのか。
ローファル 私はヴォルマルフ様に付いていく――たとえその先が地獄であろうともな。ミュロンドに留まるのは、そこに教皇がいるからだ。ただそれだけの理由だ。(独白)おいたわしや、我が君! いずれ私がこの剣で――

  

 

>第四幕

  

 

誇りを失った騎士:第ニ幕

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誇りを失った騎士

  

第二幕

  

 第一場 オーボンヌ修道院。僧房。
 修道院院長の生活する一室。机と書架があり、部屋の片隅には祭壇も設けられている。部屋に飾りはないが、本が散乱している。修道院は神殿騎士の襲撃を受けており、外は騒然としている。叫び声、剣戟の音など。扉の向こうから、院長を呼ぶ声が上がる。シモン、それには答えず、部屋に留まる。

シモン (独白)修道院で血を流すとはなんという狼藉! 神殿騎士団! とうとう飼い主への礼儀を忘れたか! わきまえ知らぬ犬どもめ! おまえたちが剣を持っているのは何のためだ! 誰のために剣を持っている! 教会の騎士が、修道院の信徒を襲うとは、なんという過ぎたことを! おまえたちを騎士に叙して、その贅沢な暮らしを支えているのはこの教会だというのに! この報いは心してうけるがよい、世を知らぬ若き騎士どもよ――

  (扉の外から、シモンを呼ぶ声)

シモン (答えて)ああ、分かっている。私は大丈夫だ。だから落ち着いて行動するよう皆に伝えなさいだ。何!? 地下書庫への扉が破られたと! ――ああ、なんということだ! あの書庫が――とうとう私の手を離れて、あの横柄を捌く犬どもに踏み荒らされるとは! (泣き崩れる)――あそこには私の全ての生涯が詰まっている。私はあらゆる手を使って――たとえ信仰を棄てようとも――あの書庫を守り抜いてきた。あの書庫はそれだけの、命を捧げる価値があったのだ。私は己の信仰と良心を犠牲にした。そうして私はあの幻の聖典を我が手にしたのだ! 若き騎士らよ、おまえたちにその価値が分かるか!? ――到底、分かるまいな! 何に価値があるかも分からず、知ろうともせず、ただ命令に従うことしか出来ない哀れな盲目の騎士たちよ! だからいつまで経っても教会の犬と揶揄され続け、信頼を回復出来ぬのだ。犬畜生め! とっとと書庫から出て行け! 誰がおまえ達にこのような野蛮な命令を下した? あの貪欲卑賤なあの王[教皇]か? いいや、それとも、こう卑劣な襲撃を考えるのはむしろあのミュロンドの騎士団長のやりかねんこと――たしか名前は――

  (扉の外から、再びシモンを呼ぶ声)

シモン (答えて)大丈夫。ここはまだ安全だから――何、彼らは聖石を欲していると? (胸をなで下ろして)そうか、聖典を狙っているのではないのか、それは安心した――(慌てて否定して)ならん! 処女宮のクリスタルは王家から信頼の証として預かり申しているもの。そう簡単に手放す訳にはいくまい。聖石は渡せぬと、彼らにたしかに伝えなさい! ――そうだ、思い出したぞ。あの騎士団長の名前はヴォルマルフ! なかなかのやり手と聞いたが、たしかにそうだ。あの腐りきった神殿騎士団を、新生ゾディアックブレイブと呼ばせるまでに、信頼を勝ち得たのだから、相当な手腕だ。まごう事なき獅子だ。私も異端審問官だった頃はなかなかに名を馳せていたが、あの熟練の老騎士にはかなわぬな――それにしても、聖典でなく、ゾディアックストーンを欲するとは――それもそうか、あのクリスタルは、神の奇跡を起こす神器、いや、悪魔の依り代――いやいや、私にはそんなことは、どちらでも良い。どちらにせよ、一個の聖石は一個の騎士団に相当する戦力。子飼いの騎士らに真っ先に聖石を盗ませるのは、手っ取り早い、堅実な戦略だな。だが聖石の真価は――(間)――

  (シモン、その場で腕を組んで考え込む)

シモン (続けて)――聖石の真価は、何もその秘められた力にだけあるのではない。誰も気付いていないだろうが――況んやあの若き騎士らは――クリスタルの価値はその知の集積にこそ宿るもの。あれが神器と呼ばれるのは、そこに死者の魂が宿るから。魂を宿した器なのだ。代々の魂が積み重ねられたものだ。すなわちそれは歴史そのもの! (吟じて)戦士は剣を取り胸に一つの石を抱く、消えゆく記憶をその剣に刻み、鍛えた技をその石に託す。物語は剣より語られ、石に継がれる――古えの言い伝えの通りだ。クリスタルは歴史を物語る。人の世は短く、人の言葉は少ない。歴史を記す書物はいつ燃やされ、葬られるか分からぬ。為政者に都合良く書き換えられ、真実は何も残らない。だが、クリスタルに宿る技は偽りを語らぬ。その魂は受け継がれるべきもの。石に刻まれた名前は永遠不滅。私は、歴史の真実を追究するために――この生涯を、この地下書庫に託してきた――書庫! ああ私の魂!

  (シモン、立ち上がり、扉を開けて部屋を出ようとする。数人の修道僧が留まるよう説得するが、振り切って出て行く。外では悲鳴と怒声が響く)

  

 第二場 オーボンヌ修道院。地下書庫入り口。
 夜。修道院附属の来歴ある書庫の入口。石造りの堅牢な建物。天井はなだらかなヴォールトで組まれている。部屋の内部は書架で複雑に仕切られている。奥に地下へ続く階段があるが、舞台からは見ることが出来ない。若い兄妹が暗闇の中を手探りで進む。 ラムザ、アルマ、シモン。

アルマ 兄さん。
ラムザ (返事をしない)
アルマ 兄さん、真っ暗で姿が見えないわ。どこにいるの。
ラムザ (返事をせずに、アルマの手を取る)
アルマ 兄さん――いいかげん返事をしてちょうだい! さては私に怒っているのね!(兄の手をふりほどく)
ラムザ 当然じゃないか! こんな危険な場所にわざわざ大事な妹を連れて来るのは馬鹿だけだ!
アルマ 兄さんは馬鹿じゃないわ。もっと馬鹿なだけね。まず、私がいなかったら異端者の兄さんは修道院に入れなかったわ。そんなことも忘れているのかしら。
ラムザ いいや、僕一人だって、どうにかして入れたはずだ。僕は今までもっとひどい戦地だって見てきたんだ。こんな場所に入るのはわけないさ。
アルマ つまり無理矢理侵入するつもりだったのね! それじゃあ、修道院の扉を壊して押し入った神殿騎士たちと大差ないわよ!
ラムザ アルマ! 僕は兄ろして心配しているんだ! 奴らは、修道院に何の躊躇もなく夜襲をかけるような卑怯者だ! もしも、アルマ、君が奴らに見つかったらと思うと――
アルマ 大丈夫よ。私だって、自分の身は自分で守れるわ。私は回復魔法だって使えるのよ。 
ラムザ 奴らは、替え玉を使って、王女誘拐にだって介入しているくらい、小賢しい連中だ。どんな手を使ってくるか想像も出来ない。気を付けた方が良い。――アルマ、ところで、ここは一体どこなんだ。どうしてこうも道が複雑になっているんだ! ちっとも前に進めないじゃないか!
アルマ 修道院の書庫よ。もうずっと、何世紀も前からある立派な書庫。イヴァリースの歴史と哲学がここに収められているの。いつもここで写字生の人たちが本を作っているのよ。それはそれはたくさんの本があるんだから! ――そうね、道がこんなに入り組んでいるのは、きっと私達みたいな乱入者から書物を守るためね。
ラムザ あの神殿騎士たちからもだ!
アルマ いつもシモン先生はこの書庫に籠もっていらっしゃるの。先生は神学者としても素晴らしいなのよ。あまり人前には出てこない方だから、知らない人も多いだろうけれど。もっと公の場に出てきても良いと思うんだけれど、先生は謙虚なお方だから、ご自分の研究を誇ったりなさらいのよ。先生は今日もきっとこの書庫にいらっしゃるはずだわ。(呼びかけて)先生! シモン先生!
シモン ――アルマ様!

  (シモン、書架にもたれて倒れている。兄妹、その声を聞きつけて駆け寄る)

ラムザ シモン殿!
アルマ 先生、しっかり! 今、人を呼んできますわ。
シモン いいや、結構。お嬢様のお手を煩わせる訳には――私は、書庫を守れなかった――彼らは階下へ行ってしまいました。アルマ様、彼らが戻ってくる前にお逃げ下さい。私は――守れなかった――だがしかし、この書庫で果てるのもまた本懐というもの。どうかこのまま逝かせてください――
ラムザ 奴らは既に地下へ行ったか! しかし、何故突然オーボンヌ修道院を――
シモン 彼らが欲しているのは、この修道院の宝である処女宮のクリスタルです。彼らは、何としてでもその聖石を奪っていくことでしょう。
ラムザ やはり! 神殿騎士団はあの悪魔の力を欲しているというのか! もし聖石が奴らの手に渡ってしまったら恐ろしいことになる! 何としてでも阻止しなければ――アルマ、シモン殿を頼んだ。僕は地下へ行く。
アルマ そんなことをしては駄目よ!
ラムザ (アルマに聖石を手渡す)もしもの時のために、この二つの聖石を預けておく。もし僕が戻ってこなければ必ずバグロスの海に捨てるんだ。いいな?
アルマ (聖石を受け取り、頷く)
シモン なんということを! ――聖石を――海に投げ捨てるとは――いけません!
アルマ 先生、もうしゃべらないで!
シモン それは数百年の叡智が詰まった宝玉。一度失われては、もう二度と――どうかそのようなことは――そして、あの、その偉大なる聖石を持ちながら、何も知らない哀れな若者たちに――どうか分からせてやってほしいのです――
ラムザ (アルマに)おまえはここに残れ。僕は奴らを追ってくる。(立ち去る)
アルマ 兄さん! こんな時に何もできないなんて――私も兄さんみたいに男に生まれたかった。そうしたら、私も兄さんと一緒に戦えるのに。兄さんを助けられるのに。
シモン どうか――
アルマ 先生! しっかり!

  

 第三場 前場に同じ
 シモン、その場に倒れている。瀕死。しばらくして修道服を纏ったローファルが現れる。

シモン (気配を感じて)誰だ、そこにいるのは――

  (ローファル、静かに歩み寄る)

シモン (見上げて)おお、その格好は――見慣れぬ顔だが、ここの僧か。
ローファル いいえ、私はミュロンドの神殿騎士。
シモン この狼藉者め――私にとどめを刺しに来たか。
ローファル いいえ。そうではありません。けれど、私の兄弟たちが多大な騒乱を起こした模様。その非礼は詫びましょう。
シモン おまえたちが引き起こした騒動ではないか――僧侶を殺める罪の重さを認めなさい――
ローファル 私は、貴殿がかつて異端審問官として名を馳せていた事を存じております。たとえ手は下さずとも、あなたの命令によって数多の罪なき者どもが――もちろん、真正の魔女もいたはずですが――露と消えていったことでしょう。その数は、決して私どもが手を掛けてきた数と大差はないはず。むしろ、罪なき無垢の者を死に至らせることの方が罪は重いのですよ?
シモン この修道院の僧侶は罪を背負った者どもだと申すか。まあ良い。私が審問官だったのは事実だ。私が罪なき者を殺めてきたのも事実だ。だが、私がその罪によって地獄で焼かれるのは事実ではない――
ローファル それは存分なことで。傲慢と不敬も神の御前で裁かれる罪となりましょう。
シモン 神の断罪も地獄の業火も何するものぞ。信じるに値せぬものをどうして怖れることができようか。
ローファル ほう、オーボンヌ修道院長として、神学者としても名高いシモン・ペン・ラキシュ殿が無神論者だったとは意外な事実。いやはや、これはまったく驚きました。
シモン 今更、詮無きこと。
ローファル 斯様な立場の貴方が神を棄てるにいたったとは、これは深遠なる事情があるのでしょう。私も、礼儀を重んじる騎士ですから、その道程はあえて尋ねませぬ。
シモン いや、何、この立場だからこそ、信仰を見失ったのだ。(咳き込む)――私はもう長くない。何をしに参ったか見当も付かぬが、そこのミュロンドの騎士よ、この老いぼれにいつまでも付き合うことはない――早く――
ローファル 私は貴方に会いに来たのです。シモン先生。
シモン これは奇妙なことを――残念だが私に神殿騎士の知り合いはいない。疾く帰りもうせ。
ローファル 勿論、貴方は私のことを知らないでしょうが、私は貴方のことをよく存じ上げています。もう二十年も前になりますが、ここの修道院で働いていたのです。――この書庫で。
シモン (その言葉に反応し、わずかに顔を上げる)ほう――?
ローファル (地下の階段を見つめながら)下に行った者たちはどうせしばらくは上がってこないでしょうから、せっかくなので私の身の上話でもしましょう。私は、今こそ神殿騎士としてミュロンドに生活を見いだしていますが、元々はここの修道院の荘園の生まれ。家は農家でしたよ。耕せども耕せども、とても裕福とはいえず、両親は修道院へ納める租税にも苦労する始末。そして、税を免除してもらう代わりに末の息子を――私を――修道院に置いていったのです。
シモン 親兄弟に見捨てられた恨みか? それとも重税をしぼっていた修道院への当てつけか? だがそれは先代の修道院長に陳状すべき事柄。私のあずかり知ることではない――
ローファル いいえ、そのようなことは申しておりません。私は修道院に恨みを抱くどころか、感謝すらしているのです。何故なら、ここには食べる物と、寝る場所と、そして仕事がありましたから。私は、ここで天職に恵まれました。ここで、この書庫で、私は書物の書き写しをしていました。私はオーボンヌ修道院の写字生として、長いこと働いていたのです。そこで先生――貴方が長いことこの書庫に籠もって研究に打ち込んでいる様子も見てきました。あれは、随分と骨の掛かる研究だったようですね? 一体何をそんなに熱心に調べていらっしゃったんです?
シモン その真価は誰にも分かるまい。(再び咳き込む)いや、分かってたまるか――若造に――
ローファル (無視して)私はここで仕事をしている頃、ある噂を聞きました。この書庫は地下三階まで広がる広大な書庫。十二世紀にも及ぶイヴァリースの歴史と学問の蓄積が保存されているのだと。しかし、それだけの長い年月を経た書庫には曰くはつきもの。年若き筆写職人たちはこぞって噂話に高じていました。中には何世紀にもわたって秘匿されてきた禁書がこの書庫には隠されているとか、地下の最下層にはには広大な虚無の空間が広がっているとか、まあ、様々でしたね。書物は歴史を語る代物ですから、その歴史を受け継いできたこの書庫は幾代もの王が欲し、その度にここは陰謀に巻き込まれてきたと聞きます。
シモン おぬし、なかなか物分かりが良いようだな――
ローファル ええ、権謀術数の渦中とも言うべき――その意味はご判断に任せますが――ミュロンドで騎士団を率いて生き残る為には、物分かりが良くないといけませんから。馬鹿と阿呆と正直者は真っ先に消されます。私は馬鹿でも阿呆の類でもありません。
シモン しかし、こうもしぶとく生きているとは、正直者でもあるまい。
ローファル けれど、私は誠実に生きてきました。嘘は述べません。単刀直入に言いましょう。私はゲルモニーク聖典を探しています。二十年前、ここでその聖典の在ること無いこと、様々な噂が飛び交うのを聞いて育ちました。噂が出るからには火元があるはずです。その幻の聖典はここにあるはずです。貴方は、今更それを知らないとは、言いませんね――?
シモン あの神殿騎士らは、聖石を探しに――奪いに来たと聞いたが――
ローファル 勿論、聖石も探しています。ですが、それはあの子たちがすぐに回収するでしょう。我々は――少なくとも私は――聖石の真価を知っております。あれがただの権力の器ではないことを。我々が欲しているのは、権力でなく、その古代の叡智――誰かが知識を受け継ぎ、継承していかなければ、歴史は途絶えてしまいます。ご安心ください。我々は、その叡智を受け継ぎ、新たに歴史を築いていこうとしているだけのこと。修道院を襲撃させ、少々手荒い業となりましたが、こうでもしないと、王家は聖石を手放してはくれないでしょうから。
シモン (苦しげに)そ――それを聞いて――安心――した。クリスタルは継承すべきもの、しかし聖典は――何人たりとも、世に――出しては――
ローファル その聖典はどこにあるのです? 我々がその聖典を貴方に代わって守り抜きます。さあ――どこにあるのです?
シモン 地下に、ある――はずだ。だが、約束してくだされ、聖典を見つけたら、決して世に出さないと――必ず――(息絶える)
ローファル 騎士の誇りに誓って、約束しましょう――ゲルモニーク聖典を見つけ出し、必ずやそれを葬り去ると。(シモンに)ファーラム。汝は汝の欲する眠りを得よ。(立ち去る)

  

 第四場 場所指定なし。
 バルク、クレティアン。それぞれ技師、学者の格好に扮している。しばらくしてローファル登場。

バルク フォボハムくんだりまで行くのか。えらく遠いな。
クレティアン 何をしに行くのだろうか。
バルク そりゃあ決まってるだろ。城でお偉いさん方と話しをするためだ。
クレティアン お前はいつ諸侯と同席出来るほど偉い身分になったのだ? ヴォオルマルフ様が大公との歓談のため、リオファネス城へ行くのは自明の事。私がそんなことをわざわざ聞くと思うか。お前は少しは気を回し給え――お前がそんな気配りが出来ればの話だが。
バルク 悪いな。オレはおまえ如きに回すほど度量の広い気は持ち合わせていないんでね。だが、いくらミュロンドの神殿騎士団長とはいえ、わざわざ大公と話し込むことがあるのか。身分が違いすぎるだろう。
クレティアン その発言、とても団長直属の配下の忠臣の言葉とは思えないな。
バルク おっと、オレは騎士の忠誠を誓ったが、それは義務を忠実に果たすための言葉にすぎない。あの団長への忠義を果たす言葉ではないのさ。お前だって、あの男に忠誠を果たしている訳ではあるまい。
クレティアン 私は本当に信頼のおける者にしか頭を下げない主義なのさ。そうだな、たしかにヴォルマルフ様に心酔しきっているのはローファルくらいだろうな。彼のまめまめしさにはまったく頭が下がる。
バルク そのローファルはどこへ行った?
クレティアン オーボンヌへ寄ってから我々と合流すると言っていた。もうじき戻るのではないか。彼はどうやら新生ブレイブ達がきちんと仕事を遂行しているかが心配なようだ。大方、目付役だな。
バルク そうか、まだ戻らないか。ならここらで一杯酒でも浴びていくか――目付役が居ないうちに。

  (戻ったローファル、バルクの後ろに歩み寄る)

ローファル (眉間に皺を寄せて)――お前達、うるさいぞ。何を騒いでいる。
クレティアン バルクが、フォボハムまで行くのは遠くて面倒だから私に酒を買ってこいと。
バルク (クレティアンに)言ってないだろうが! 含みのある要約だな! (ローファルに)わざわざオーボンヌ修道院で何をしていたんだ。
ローファル (バルクに)いいか、嫌ならこのまま貴様をバグロスの海に捨て置いても良いのだぞ、いいな? 修道院に何をしに行ったかだと? ――いや、たいした事ではない。彼らが無事聖石を見つけ仰せたか心配でな。しかし杞憂だったようだ。だがもう一つの宝は見つからなかった。あのゲル――(慌てて)おっと、何でも無い。
クレティアン (独りうなずいて)そうか、ゲルカニラス・バリンテン! 我々が、こうやって、神殿騎士の身分を隠して、ヴォルマルフ様と別隊でリオファネス城まで行けというのも理由あってのことだろう。秘密裏に行動せよというからには、決して公に出来ない仕事だろう。大凡の見当は付いたぞ。ゲルカニラス――あの大公を始末しに行くのだろう。
ローファル 向こうでの仕事は、城でヴォルマルフ様から直々に話があるはずだ。だからフォボハムまでの道中は気に揉まずとも良い。ただ己が身上を隠すことだけを考えるのだ。
バルク 団長の話を待たずとも、オレたちの仕事といえば要人始末以外にないだろ。
クレティアン 教会が表沙汰に出来ない仕事を担うのが我々の役目だからな。まあ、想像には難くない。
バルク 今度は大公の始末か。これは大物だ。腕が鳴るぜ。オレはゴーグでも名の通った凄腕の始末屋だったからな、良い獲物に出会うと血が沸き立つ。たまらねえ。
ローファル (無言で歩く)
クレティアン 凄腕の始末屋か。お前、足と腕しか狙えないだろう。(笑う)
バルク (言い返して)ここで心臓を狙ってやろうか、兄さんよ? お前が魔法をちんたらと一発撃ってる間に、オレは弾を六発撃てるぜ。
クレティアン 凄腕の始末屋のくせに六発も撃たないと仕留められないのか、可哀想な腕だな――
ローファル やかましいぞ。
バルク おおっと、目付役を怒らせたら大変だ。――しかし、大公を殺そうってのはこれはまた随分と大仰な話じゃないか。次代の国王にもなり得る貴族を葬り去るんだからな。
クレティアン 戦局を攪拌させるのが猊下の狙いだろうか。大公は武器王の称号を持っている。今のところ大公は両獅子勢力、どちらにも与していないが、甚大な戦力を持っているだけあって、危険視もされているのだろう。リオファネス城が落ちれば、戦局も変わろう。いや、予防線か。
ローファル (無言で歩く)
バルク だけど他にも貴族はいるだろうよ。先に獅子どもを始末した方がいいんじゃねえの。たとえばゴルターナ――
クレティアン 黒獅子公は直に教会の者が始末することになっている。
バルク ラーグ――
クレティアン 白獅子公は、既に教会が片付ける手配を済ませている。
バルク それは大層なこった。今のイヴァリースで一番力を持っているのは、誰だと思う? それは教会だ。その教会に栄光に誰よりも貢献しているのがオレたちだ。つまり、オレたちが一番力を持っているということだ。素晴らしいことじゃないか。
クレティアン 残念ながら、民衆は、新しきゾディアックブレイブの連中こそが教会に威光をもたらすと考えている。私達が表舞台に立つことはないだろう。
バルク それが唯一癪に障るが仕方ねえな。あいつらが聖石を一個見つけてくる間にオレは毒を撒いて一旅団を殲滅出来る。考えてみろ、どっちが効率的な――
ローファル (低い声で)お前達、うるさいぞ! いい加減に黙らないか! 私の陰陽術をここで披露しても良いのだぞ。今の身分を忘れたか? 何のためにヴォルマルフ様と別行動をしていると思っている。我々の存在を誰にも悟らせないためだぞ? 分かっているだろうな?
クレティアン もちろんだとも。暗殺者が目立ってはいけない。「私は都市から都市を渡り歩く遍歴の学者。リオファネスの城下町にいる学僧を訪ねに旅をしている」
バルク 「オレはリオファネス城にに仕事を探しに行く建築家」だ。ちなみにロマンダの建築技術に詳しい――おっと、これは事実だぜ。
クレティアン 技師という話ではなかったのか。
バルク どっちでも変わらんよ。同じ職人だ。いっそ機工師を名乗るか。そうすれば素のままでいける。
ローファル 黙――
バルク (ローファルに)大丈夫、アンタも立派に修道僧に見える。どこからどう見ても戒律にうるさい、小言を並べ立てるやかましい僧だ。とても神殿騎士には見えない、大丈夫だ。その格好、随分板に付いているな。
ローファル (無視)
クレティアン (小声で)だがしかし、その僧服の下に鋭い剣を隠し持っているとは――
バルク (小声で)誰も気付くまい――

  

 第五幕 地下書庫。地下一階。
 オーボンヌ修道院の書庫。高低差のある舞台。背面に書架があり、手前に階段。書架に繋がっている。ラムザとウィーグラフが対峙している。お互い手に剣を携えている。

ウィーグラフ (独白)私には夢があった。とても大きな夢だった――。(振り返り、ラムザに)こんなところで会えるとはな! 久しぶりだな、ラムザ! 我々は既に処女宮のクリスタルを回収している。。もはやこの陰鬱な修道院に何らの用はないが、ここでおまえに会ったからには、ミルウーダの仇を取らねばなるまい。(階上に向かって)イズルード! 後は頼んだぞ!
ラムザ おまえはウィーグラフ! 生きていたのか! 何故そこまでして聖石を欲するんだ。あさましいぞ! 
ウィーグラフ ベオルブの御曹司が何をたわけたことを。私はおまえよりずっと物を知っている。世間を知っている。現実を知っている!
ラムザ 僕はもうベオルブの一員でもない――あなたも、世間を知っているというのなら、枢機卿の死も知っているはずだ。あれがただの不幸な死ではなかったことを。聖石は悪魔の石だ。それを知っていてなおも望むとは――あなたもイズルードと同じ様に、何も知らないだけだ――
ウィーグラフ 何だって? 枢機卿がどうしたと? 私が聖石を求めるのは、私がゾディアックブレイブの一員だからだ。おまえに想像出来るか? 私がいかほどの期待と重荷を背負っているか――私たちは何としてでも、聖石を持ち帰らねばならないのだ。ここまで来て聖石を持ち帰らないことは許されない。私は私の義務を果たすまでのこと。
ラムザ 義務! 義務だって! 本心では権力を欲しているくせに、それを体の良い言葉で取り繕っている。偽善だ! あなたは、権力を得るために教会に取り入ったのだ。
ウィーグラフ 私が欲しかったのは権力などではない。だが、権力がなければ理想は実現出来ないという事を知ったからこそ、力を欲したのだ。私は、権力の先にある理想を得ようとしただけのこと。おまえは辛い現実を知りもせず、家名を棄てて逃げ出し、掴めようもない夢を追い求めている。私は辛い現実を知ったからこそ、その悲惨な生活の上に理想の生活を築けるよう、最も堅実な道を選んだのだ。理想は実現しなければ、ただの夢で終わってしまう。だから――
ラムザ 偽善だ、偽善だ! さっきから理想理想と叫んではいるが、具体的に何をしようというんだ。今の支配体制を壊して、そこに新たな支配体制を作るだけのことだろう? その頂点にグレバドス教会があるならば、それは今の王権制度と何ら変わらない! ただ支配者が変わるだけであって、搾取され続ける民の苦しみは全く変わらない! 真の革命家は、旧体制を壊して、そこに新たな価値体系創造する人達だ。彼らはこの世の中に革新の息吹を吹き入れる。あなたの思想や行動は人々の価値観に影響を与え、それは我々貴族の古い慣習にも一石を投じた。だけど――あなたは、もはや革命家でも理想家でもない。ただの教会の犬に成り下がってしまったのだ――
ウィーグラフ 私は――
ラムザ もしあなたが本当に現実を知っているならば――知ろうとしているならば――神の奇跡で民を導こうとは思わないはずだ。本当にそれが出来ると?
ウィーグラフ 出来るさ――民の心は弱い。神の奇跡を願わねば生きていけない程、この世に悲惨で、暗黒に満ちている。私はその暗澹な日々をこの目で見てきた!
ラムザ いくら理想を語ろうとも、教会の犬になり果てたあなたにそれは為し得ない。夢や理想は、誰かの手を借りて実現しても価値が半減してしまう! そうじゃないのか、ウィーグラフ! あなたは、あなたの考えで行動するところに意義があったのだ。ミルウーダやあなたの仲間だった人はたとえその選択しかなかったとしても、今のあなたを残念に思うだろう。
ウィーグラフ 残念に思う? 何も知らないおまえには言われたくないな――ジークデン砦で何もかもを棄てて遁走したおまえには、私の事など分からないだろう――全く! 私の苦労など! 私の仲間が私を哀れむとでも? まさか! 見ろ、奴らは今の私を見て鼻で笑っていることだろう! ――(間)――そうだ、私は、権力を欲したのだ。もはや私はギュスタヴを斬り捨てた過去の私とは決別した。教会の犬と罵られようと、いっこうに構わない。何とでも言え! おまえたちに責められる覚えはない! だが――(呟く)――何故こんなにも惨めなのだ――
ラムザ ――それはあなたが夢を持っているからだ。あなたは誇りを棄てた。それでもあなたは、なおも夢を見続けようとしているからだ――僕はあなたの思想に共感していた。尊敬すら――
ウィーグラフ (剣を抜く)いいや、おまえはありもしない革命家の存在を信じ、その幻想を見ていただけだ! 望みもしない称賛を受け、望みもしない軽蔑を受ける覚えはない! 私は、おまえたちに責められる覚えはない!
ラムザ (剣を構える)
ウィーグラフ (独白)イズルードもいつか私に幻滅し、軽蔑するのだろうか――

  (両者、激しく打ち合う。剣戟の音)

  

 第六場 森。
 夜明け前。オーボンヌ修道院近郊。地面には枯れ木が散乱している。場面中央に廃墟。中でイズルードとアルマが身を潜めている。

イズルード ウィーグラフを置いてきてしまったのが気がかりだ。だが、今更修道院には引き返せない。
アルマ あの人――
イズルード ウィーグラフを知っているのか。
アルマ あの人たちがお金欲しさにティータを攫って、人質にして殺したのよ。
イズルード そんなはずはない! 彼は高潔な騎士だ! 身代金のために誘拐を犯すなんて、そんな卑劣な行動を許すわけがない! そもそも、彼の妹ミルウーダはラムザに殺されたというじゃないか!
アルマ そんなはずはないわ! ラムザ兄さんはベオルブ家の中で一番正しい人よ! 何も考えなしに誰かを殺すような人じゃないのよ!
イズルード 彼だって!

  (二人、沈黙)

アルマ あなた悪いひとね。
イズルード そんなことはないさ。オレたちが目指しているのは、アジョラの唱えた理想郷。誰しもが平等に暮らせる世界だ。家を飛び出したきみの兄貴も同じことを考えているのだろう。どうして教会に刃向かい、我々と対立しようとしているんだ。
アルマ それは兄さんが正義を重んじる人だから。残念でも何でもないけれど、あなたと兄さんは全く違うわ。どうか同じ志を持った人だなんて思わないで。兄さんは、夜中に修道院を襲ったりはしない。
イズルード きみはまだ子供だな。世の中、話せばわかり合える人ばかりじゃないんだ。
アルマ どうやらその通りみたいね。あなたも、私に話すより早く気絶させたしね。(顔を背ける)
イズルード (機嫌を取って)――すまなかった。次は、平穏に話し合える場所で出会いたいね。そうすれば、きみが望む言葉を、好きなだけあげるから――(アルマの手を取る)
アルマ (払いのけて)礼儀を知らない人は嫌いだわ。
イズルード どこにそんな不届き者がいるんだ。そんな男はオレがすぐに始末してくれよう。
アルマ なら私は、どうやって自分が自分を始末するのか楽しみに見ているわ。
イズルード 冗談だって――やれやれ、婦人相手のサーヴィスは気骨が折れるな!
アルマ 頼んでもないご奉仕をしてくださるなんて、世の中には随分とお節介な人がいるものね。それに、私聞いたわよ。あなた、貴族の腐った豚は嫌いだって。
イズルード それは言葉の綾というもの。きみは豚なんかじゃない!
アルマ (怒って)当然よ!
イズルード ただの比喩を――いいや、ややこしくなるからたとえを使って話すのはやめよう。きみは、もっと、ずっときれいなひとだ。
アルマ まあ! あなたは嘘をつく悪いひとね――
イズルード そんなことない――これは嘘ではない――(顔を伏せる)

  (二人、沈黙。互いに伏し目がちに視線を交わす)

イズルード ――(間)――どうやら、悪い魔法に掛けられたようだ。
アルマ 私は傷を癒やす魔法しか使えないの。だけど、(赤面しながら)この傷は私にも癒やせそうにないわ――
イズルード オレだって魔法は使えない。
アルマ じゃあこれは魔法じゃないのね――(二人、キスをする)――いけないことだわ! 魔法でもないのに! こんなこと、恥ずかしくてとても出来ないわ!
イズルード ならば、酒に酔えば良いだけのこと。飲み干そうではないか、恋の杯を――
アルマ 飲みたくないわ。
イズルード 飲ませてあげるよ――(二人、キスをする)――(独白)オレはさっきから何を言っているのだ! 何をしているのだ! 早く聖石を持っていかなければ! ウィーグラフから託されたこの聖石を!
アルマ 悪いひとね。こうやって適当に言いくるめて、私を攫ってあの人たちの元へ連れて行くのでしょう。
イズルード そんなことは――
アルマ そして私を殺すのでしょう。
イズルード そんなことはしない!
アルマ いいえ、きっとするわ。あなたが手を下さなくても、きっとあなたの仲間たちがそうするでしょう。ティータが――私の親友がどういう目に遭ったか、私はよく覚えているわ。利用され、利用する価値さえなくなったら家畜のように殺されるだけ! 兄たちは理想のための革命だ、国のための戦争だと言うけれど、いつだってその皺寄せにされるのは私達底辺の人間よ! 私は貴族で、恵まれた家に生まれ、多くのものを持って暮らしてきたけれど、私はちっとも幸せじゃなかった! 私はベオルブの家に生まれて、生まれたその時から修道院に預けられて、祈りと勉強の他に楽しみはなく、外の世界に出る時は、誰か兄たちが見つけてきた人と結婚する時なのよ。私は、私の生まれたこの時代が好きよ――だけど、この世に生まれた時から、その人生を呪わなければいけない人たちもいるのよ。あなたたちはそういう人を踏み台にして、新しい世界を築こうとしているのよ。あなた、地に這って暮らす人々の――修道院から出ることさえ出来ないような人々の――涙に気付いたことがある? (泣く)
イズルード アルマ――(抱きしめる)
アルマ (抱き付く)お願い、私をあの人たちの元へ連れて行かないで、せめて一人でこのまま行かせて。このまま誰かに人質にされ、利用され、何をすることもなくただ殺されるのはたまらなく嫌! 私は誰のものでも無い、私の人生を生きたいの。
イズルード (独白)どうすれば良いんだ。ベオルブの娘を連れてこいとの父の命令だ。オレ一人ではとても判断出来ない。父の命令ということは、即ち教皇猊下の命令でもある。このまま、彼女を行かせたら、命令に盛大に反することになる。宣誓不履行だ。騎士の名折れだ。民衆の期待を裏切る。オレはこのゾディアックブレイブの称号をたった数日で手放すのか? こんな形で――それに、瀕死のウィーグラフから聖石を託されたというのに、その信頼をも裏切るのか? 彼女のために? それとも、彼女をこのまま行かせるべきなのか?
アルマ (抱き付いたまま)お願い――
イズルード (続けて)だが今ここで、このひとを手放したらおそらく、二度と会えない――
アルマ (そのまま)よく考えてみて、あなはきっと真面目で誠実な騎士だわ、イズルード。あなたは今すぐ教会から手を引いて足を洗うべきよ。兄さんは、聖石を見てこういったの。悪魔の石と。兄さんは枢機卿が聖石に魂を吸われたと言っていたわ。だって、ライオネル城の惨状を聞いた? 死体はどれもひどい圧死だったそうよ。枢機卿は病死したんじゃないわ。聖石の呼び出した悪魔に殺されたのよ――恐ろしい力だわ。教会は神殿騎士団に聖石を集めさせているけれど、それは何のためだか考えたことがある? あなたは何も知らされていないだけよ。いずれ真実を知ったら、きっとあなたは兄さんと同じ決断をするわ。きっと! だから早く、手遅れになる前に、その剣を棄てて――!
イズルード (アルマを離して)オレが教会を棄てるだって! (独白)――どうして殉教でなく背教をしなければならないんだ! おぞましい! オレはずっと教会に忠誠を誓って、神殿騎士として誇りを持って生きてきた。その誓いの剣をどうして、いとも容易く棄てられようか。そんなことは絶対にありない!
アルマ どうして黙っているの。あなたはきっと、自分で考えて、自分で選択をしたことがないでしょうね――だからこうして修道院を襲撃して聖石を強奪――その聖石は王女様のものなのよ――したんだわ。兄さんだって、かつてはそうだったの。でも、兄さんは、自分で自分の道を選んだのよ。全てを棄てて逃げ出すという選択を。名前を棄て、騎士の剣も持たず、仲間と道を違い、異端者の烙印を押され、それでも兄さんは自分の正しいと思う道を歩んでいるわ! 教会がイヴァリースを戦乱に陥らせ、裏で手を引いていると知っているのよ。だから、全てを敵にまわしてでも、教皇の陰謀を阻止しようと――
イズルード それは事実ではない! グレバドス教会が、そんなことをするはずがない! するはずがない!
アルマ 兄さんはその目で真実を見てきたのよ! 私は、あなたにそんなことをして欲しくないのよ。あなたはきっと悪いひとじゃないもの――
イズルード (独白)この剣を決して手放すものか! この忠誠を決して破るものか――全てを棄てて敗走することなど出来るものか――
アルマ 夜が明けたら、誰かに見つかるわ。それまでに行かないと。あなたが本当に求めているのは平等の世を築くことでしょう? それとも神の国の名前が欲しいだけ? 
イズルード (沈黙)
アルマ あなたが名誉のためだけに生きるのではない、本当の騎士なら――
イズルード (無言で腰の剣に手を掛ける)
アルマ (黙って見詰める)

  (イズルード、震えながら剣を地面に置く)

イズルード (静かに)――一緒に行こうか。
アルマ やっぱり一人では行かせてくれないのね。
イズルード 父の元へは連れて行かない。
アルマ じゃあ兄さんの元へ連れて行ってくれるの。急がないと、もう日が昇ってる。もし誰かに見つかったら――
イズルード 兄貴の元へも返さない。(キスして)一緒に逃げようか。そして世界の涯を見にいこうか。そしてその先にある永遠の夜の国へ。まぶしい光でなく、穏やかな暗闇が住まう憩いの国へ――(再びキス)
アルマ 私を攫おうっていうのね。ああ、あなたはやっぱり悪いひとだったわ――とても――

  (アルマ、タウロスとスコーピオをイズルードに手渡す。イズルード、それを丁重に受けとる。突如、暗転。襲撃の物音)

  

 

  

>第三幕

  

誇りを失った騎士:第一幕

.

  

  
誇りを失った騎士

  

四幕のドラマ
Inside the Kaleidscope―Seven Knights of Mullonde

  

  

――被造物の外なる神
汝の力の及びえざる所へ行け、
汝の見えざる所で見よ。
何らの音なく何ものも響かざる所で聴け
かくして、汝は神の語りかける場に在るであろう

Angelus Silesius :
Cherubinischer Wandersmann I ,
tr. Matsuyama Yasukuni

  

登場人物
イズルード・ティンジェル ミュロンドの若き騎士
メリアドール その姉、ミュロンドの騎士
ヴォルマルフ その父、ミュロンドの神殿騎士団を統べる長
ウィーグラフ ミュロンドの騎士、元革命家
ローファル ヴォルマルフの部下、ミュロンドの騎士、剣の使い手
クレティアン ヴォルマルフの部下、ミュロンドの騎士、魔法の使い手
バルク ヴォルマルフの部下、ミュロンドの騎士、銃の使い手
アルマ・ベオルブ 名門貴族の長女
ラムザ その兄、家名を捨てた剣士
シモン オーボンヌ修道院院長、神学者
ゲルカニラス・バリンテン フォボハム領領主、武器王[大公]
マラーク・ガルテナーハ 暗殺集団[カミュジャ]の一員、魔道士
ラファ その妹、魔道士

その他、ランベリー領主[侯爵]、従者、貴族など
舞台は獅子戦争中期の畏国、ライオネル・ルザリア・フォボハム領の各都市

  

第一幕

 第一場 ミュロンドの城館。階下の一室。
 夕方。薄暗い部屋。室内に装飾はなく、質素な作り。壁に空けられた明かり窓からうっすらと夕日が差し込む。室内では姉弟が談笑している。イズルードは床に座り、メリアドールが椅子に腰掛けて話し込んでいる。

メリアドール 教皇猊下からゾディアックブレイブに選んでいただけるなんて、それはそれは名誉なことよ。イズルード、どうしてお前はそう素直に喜べないの。
イズルード そりゃ姉さんは嬉しいだろうけれど、だけど――
メリアドール だけど、何? ちゃんとおっしゃいなさいな。何が不満なの。
イズルード 不満だって!? オレだって栄誉ある称号を頂いてこの上なく嬉しい。今にも宙に飛び上って舞いたいくらいだ。人の話を最後まで聞かないで思い込みで話しをするのは姉さんの――
メリアドール まあまあ、姉に向かって説教をするのね!
イズルード またそうやって! オレの話を最後まで聞いてくれよ。誤解されたくないんだ。
メリアドール いいわよ 、聞きましょう、(座り直して)私が思い込みの激しい勘違い女だと誤解されないように。
イズルード (軽く咳払いをして)猊下から、ゾディアックブレイブに選んでいただけたと聞いた時は、正直この耳を疑ったよ。それは本当のことかと従者に何度も、何度も聞き返して煙たがられた程さ。なぜかって、ゾディアックブレイブはアジョラの弟子の称号、生きたまま聖アジョラの弟子の名誉に与れるのだから! 本当に――神に感謝――嬉しいよ。
メリアドール (相槌を打って弟の話に耳を傾けている)
イズルード だけど、一瞬の歓喜のあとでとてつもない不安に襲われたんだ。ミュロンドの勇士たちは民衆の期待と羨望を一身に集める騎士の誉れ。民は教会に諸侯の争いの調停を望んでいる。民衆は勇士らを鳩の翼を持った 和平の使いとはなから信じている。まったく人々はオレたちを聖人か士師を迎えるごとき目で見ている。
メリアドール 良いことでないの。信徒の希望を集めることは猊下もお望みよ。
イズルード オレには荷が重すぎるよ。
メリアドール 謙遜がすぎるわ。この大任に選ばれたことは、我が世に神の国を築くための思し召しだったのかもしれないわ。
イズルード いくら理想があっても、いや、理想ばかりが先走りして、オレにはそれを実現する手立てがないんだ。姉さんには分からないよ。姉さんは、だってもう、その働きが認められて、既に猊下から宝剣セイブザクィーンを戴いているじゃないか。父上やローファルと揃いの物だ。それに姉さんは元々華やかで、社交的で、先輩の騎士たちの間でも毅然と立ち 振る舞いが出来る。そういう人なんだ。ウィーグラフだって! ガリオンヌの指導者で、人々に慕われ、そして彼らを導いてイヴァリースに勝利をもたらした人だ。それに比べてオレには誇れる経歴が何もない! 
メリアドール 確かに謙虚さは騎士の美徳の一つよ。だけど、時には己に矜持を持つことも必要ね。
イズルード 聖石をもらって、称号をもらって、いくら立派に着飾ったといっても、オレはまだ経歴のない若者にすぎない。どんな顔をして人々の前に立って、どんな言葉を話せばいいんだ。父の後ろに立って、所詮は騎士団長の盾持ちと揶揄されるのは嫌だ。
メリアドール 簡単なことよ。背筋を伸ばして、堂々と歩くのよ。飾ることなく、でも慈愛の心を持って話すのよ。ミュロンドの騎士が輝くのは、決してその聖なる神器のためだけじゃないのよ。尊厳とは着飾って与えられるものではない。真に美しく正しい威厳とは、衣の内より輝きあふれるもの。権力を身に帯び、支配のための剣を腰に帯びようとする者は真の騎士とは呼べないわ。たとえ衣でその偽を隠そうとも、おのずとその言葉、その立ち振る舞いに現れるもの。私達ミュロンドの騎士は、清貧と誠実を尊び、信仰を腰に帯び、正義をその身に帯びる者。その不断の努力と鍛錬によって、信頼と尊厳を得たのよ。勇士らは民を導き、指導者となり、ミュロンドの騎士の誉れとなるのよ。恥じることは何一つないわ。
イズルード だからこそ、名誉ある称号だからこそ、しかるべき人に賦与されるべきだとも思ったんだ。
メリアドール ああ駄目よ、だめ! そんなこと考えないで! でもおまえは、いい子ね、やさしい子ね。おまえは私の弟。可愛い私の弟。手を取り合って一緒にこの道を歩いてゆきましょう――一緒に、私たちの務めを果たすのよ。
  
  (メリアドール、イズルードを抱きしめる)

イズルード オレも愛しているよ――。心の許せるたった一人の家族だ。
メリアドール (笑って)それではまるで父の前だと心許せないとでも言いたげね。
イズルード 父は厳しい人だから――
メリアドール ローファルも父と同じくらい厳格だわ。私にはね。
イズルード 思うに、どうしてローファルが聖石をもらわなかったのかを不思議に思うよ。オレみたいな若造に称号を与えるより、彼が聖石を持つ方が威厳があって、よっぽど教会への威信が高まる。
メリアドール おまえだってあと二十年も生きていれば、髭も生えておのずと威厳も出てくるものよ。
イズルード その前に姉さんの方が威厳あふれる恐ろしい女騎士になりそうだ。
メリアドール なんですって?
イズルード 何でもないよ。ただの独り言だ。
メリアドール 独り言は人に聞かれないように小声で話すものよ! (小声で)そうそう、ここだけの話――これは誰にも言っちゃだめよ――ローファルも聖石を持っていたのよ。
イズルード 何だって!?
メリアドール しっ! 静かに! 誰が外で聞いているんだか分からないんだから! ――そう、誰にも公表していないけれど、カプリコーンをローファルは持っていたの。
イズルード どうして公表しない?
メリアドール 公表する前に他の人の手に渡ったからよ。
イズルード 誰に?
メリアドール ダイスダーグ卿。親愛と友和の証に私達の聖石をベオルブ家に贈ったらしいの。(呟く)私には、父と卿がとても友和を結べるとは思えないけれど、父のすることだから、きっと何か考えがあるのでしょうね。

  (夕課を告げる鐘の音が外から聞こえる)

メリアドール (続けて)あら大変、礼拝に遅れてしまうわ。急がないと。さ、一緒に行きましょう。(念を押して)イズルード、今話したことは絶対に他の人に漏らしてはだめよ。(退場)
イズルード (独白)ダイスダーグ卿だって! これは驚いたな! ダイスダーグ・ベオルブ! ベオルブ家の棟梁じゃないか。父は一体何を考えているんだ――(姉の後を追って退場)

  

 第二場 ミュロンドの城館。廊下。
 夕方。天井の低い石造りの廊下。片方は礼拝堂に繋がる。
 イズルード、メリアドール、遅れてクレティアン登場。

メリアドール お前はいつも何をお祈りしているの。
イズルード 友のため、家族のため、兄弟たちのため。彼らの平安と神の国の実現。
メリアドール それは高い志ね。
イズルード 種は蒔かなければ芽が出ない。種には水をやらねば芽が出ない。しかるべきところに蒔かねば芽が出ない。成果を得るにそれ相応の努力は付き物だ。地を耕し、水をやらねば作物は育たないのだから。そして理想の実現は神の加護あってこそ――野の物を育てるのは最終的には神の恩物[光]あってこそ。
メリアドール それでは、しっかりお祈りいたしましょう。

  (クレティアン廊下の反対側より登場)

メリアドール あら、ドロワさま、こんなところでお会いするなんて。ご機嫌よう。
クレティアン おやおや、こんなところで。これから何処へ。
メリアドール 外の鐘の音が聞こえませんか。一日の終わりに、しかるべき方に、しかるべき感謝をするために。
イズルード 夕べのつとめに。
クレティアン それは関心なことだ。常に神への感謝を忘れないのはミュロンドの騎士の美徳の一つだ。
メリアドール それはもちろん、先輩方が常に私たちに手本となる道を示してくださるからです。貴方がたの良き振る舞いがあるからこそ、私たちもこうして道を外れることなく歩いてゆけるのです。
クレティアン やはり、父の背中を見て育っただけあるな。あの団長にしてこの娘。よく父君に似ている。
メリアドール 父は私の最も尊敬する騎士の一人です――もちろん、ヴォドリング師も。この度に私たちをゾディアックブレイブに推薦してくださったのも、ヴォドリング師のとりなしあってのこととお聞きしました。
クレティアン そうだな、存分に感謝したまえよ。
メリアドール 聖石の拝領、光栄の限りです。弟もこのように感謝しております――(弟をうながす)
イズルード (頭を下げる)
メリアドール いくら言葉を費やしても感謝し尽くせませんわ。それに師には剣術のお世話にもなっていますもの。良き師に恵まれ、私も今や剛剣使い。
イズルード 姉の壊した剣は数しれず。姉の壊した鎧は――
メリアドール イズルード! おだまりなさい!
クレティアン ローファルは、それはそれはお前のことを高く評価していたよ。先だっても、さっそくお前たちが猊下に認められたと聞いて我が事のように喜んでいた。私だって、猊下に劣らずお前のことを認めている。
メリアドール まあ、お戯れをおっしゃらないで。王都の秀才と称えられた騎士さまからそんな言葉が出るなんて。一度にそんなにたくさんのお褒めの言葉はいただけません。
クレティアン いいや決して戯言などではないぞ。全て真の言葉だ。それに王都の秀才などと、誰がそんなことを言ったか。所詮はただの噂だ。
メリアドール あら、でも事実でしょう。同じ騎士団の同じ兄弟の仲なのですから、こんなところで謙遜をなさらないで。ガリオンヌの学庭ではさぞ優秀な成績を修めていたとか。気の弱い教授を言い負かしていたとか。
クレティアン 噂は噂。何事も大げさに伝わるというもの。
メリアドール 火のないところに煙は立ちません。
クレティアン (笑う)だがしかし、こんなちっぽけな田舎じみた島までその煙が届くとはまったく驚きだな! メリアドール! 相変わらず口が達者だな!

  (外で鐘の音が響く)

メリアドール そろそろ、私も、礼拝堂で沈黙を守りに行くべきですわ。(立ち去ろうとする)
クレティアン その口から紡ぎだされる美しい言葉を隣で聞きたいと思う騎士連中はさぞ多いことだろう。
メリアドール (立ち止まる、しばし黙って)沈黙に勝る金言はありません。祈りの場で華やいだ言葉など不用の長物。私にはファーラムの一言さえあれば結構ですの。
クレティアン それは至極もったいないことだ。宝石も磨かずば光るまい。
メリアドール この世で輝く宝玉はただ聖石のみ。それは神の器、クリスタルにこそふさわしい言葉です。
クレティアン ならば聖石を携えた騎士はより一層光り輝くものだな。たとえ厚い衣を身に纏い、頭巾を被っても、その輝きは隠せぬもの。夕闇に輝く月のような輝きを内に湛えながらも、それを隠せよとはつくづく神は罪なお方だ。
メリアドール 神に苦言を呈してはいけませんわ。私は神を讃えます。
クレティアン 被造物の賞讃はそのまま神の賞讃に繋がるのだよ。時にメリアドール、Y――から聞いたが、お前は髪を随分伸ばしていると、金の――
メリアドール 私は神を讃えます。女の素顔を覗き見することが許されるのはその伴侶のみ。生涯に伴侶はただ一人――ただ一人だけですわよ。
クレティアン つまり、少なくともその幸運にあずかれる男が一人はいるということだな。
メリアドール つまり、アジョラ様だけです。ファーラム。
クレティアン 御旨のままに、ファーラム。

  (外、再び鐘の音)

クレティアン おっと、時間をとりすぎたな、私はこれで失礼。(足早に退場)
メリアドール (見送って)あら、そちらは礼拝堂とは真逆の方向だわ。礼拝の時間も惜しんで勉強なんて、関心ですわね。(間)――ああ、鬱陶しい人! なんて失礼な男!
イズルード 姉さん、早く行こう。
メリアドール (独白)どうして挨拶の一つもできないのかしら。まるで礼儀がなってないわ。ああ嫌な人! ゾディアックブレイブに任命された事だって、ローファルを見習って、どうしておめでとうの一言でも言えないのかしら。褒めそやされることにしか慣れていないのね。おめでたい人! 何度私に頭を下げさせれば気が済むのよ! 少しは書物から顔を上げて外の景色に気を回しなさい! まるでそれが当然のことだと思ってでもいるんだわ。敬われて当然と振る舞えるその神経が信じられないわ。あんな人が父の傍に控えているなんて、年配者として頭を下げなければいけないなんて! 思い上がりのすぎた人ほど醜い者はないわね。まったく自惚れがすぎるわよ、クレティアン!
イズルード さあ早く――礼拝堂に――
メリアドール (続けて)それに、平然と礼拝をすっぽかすなんて、随分といい度胸ね。いくら騎士の礼拝免除があるといっても、謙虚さが足りない! 少しは弟を見習ったらどうなの。いくら優雅に言葉を取り繕っても行動が伴わなければ意味がないのよ。ああそれに、猊下の御座すミュロンド を田舎じみた島ですって? なんて傲慢な人なんでしょう! さぞ都の豪勢な暮らしに慣れきっているのでしょうね。剣を置いてそのままルザリアに帰ってもいいのよ。あんな男、騎士の風上にも置きたくないわ。私を父の娘扱いして――それは事実だけど――私は私の努力を積んでこの宝剣[セイブザクィーン]を手にしたのよ。着飾り、見せびらかすために聖石をいただいたんじゃないのよ。それにいつも私をティンジェルの娘扱い! 私だって同じミュロンドの騎士なのよ! 失礼にも程があるわ! ああ身体を覆う鉄の鎧があれば――いいわよ、私だって女だもの、美しく着飾って、香水を纏って、存分に女として羽ばたくわ。だけど、私は鉄の鎧をも打ち壊すこの剣をも持っているのよ――ああ身体を覆う鉄の鎧があれば!
イズルード ごねてないで――
メリアドール (続けて)女は男に愛されるのが至高の喜びとでも愚かな男どもは思っているのでしょうね。浅はかな考えだわ。どうして同じ神殿騎士にあんな物言いが出来るのかしら! 父の部下じゃなかったらひっぱたいてやりたいわ。信仰に篤い、アカデミーを首席で出た良い人だと聞いていたのに、がっかりだわ。せいぜい父の後ろにくっついておとなしく言うことを聞いていればいいわ。今度失礼な発言をしたらその時は容赦なく剣を――
イズルード いいから早く!(姉の手をひいて退場)

  

 第三場 聖ミュロンド寺院。前庭。
 外でヒバリが鳴く。朝日が建物の隙間から差し込む。舞台中央に泉。左手が身廊に繋がり、建物奥には祭壇が見える。
 イズルード、ウィーグラフ。

イズルード (興奮して)ウィーグラフ、あれを見たか。
ウィーグラフ 何だ。
イズルード あれだよ、あれ。あの美しい、あれを見た時オレは――
ウィーグラフ おまえの話は具体性に欠けている。分かるように話せ! どうした! (呟く)――さすがは姉弟。 
イズルード あの聖石を! パイシーズ! オレは今さっき、礼拝堂に安置されているあの聖遺物を初めてこの目で見てきた。なんと美しいのだろう。なんと純真な輝きをしているのだろう。
ウィーグラフ そうか、双魚宮――私はてっきりおまえに好い人でも出来たのかと。何なら、その聖石をそのまま抱いて連れて帰ってもよかったのだぞ。もうあれはミュロンドの勇士なるおまえの所有物。いつまでも御堂に飾りあそばすものでもあるまい。
イズルード いや、あれは来歴正しき教会の神器。大事あってはと思うと、そう手軽に身に帯びるわけにもいかない。それにしてもあの妙なる輝き! (恍惚とした表情で)やっとオレはゾディアックブレイブに選ばれたのだと実感できたよ。 
ウィーグラフ (呟く)これはそうとう惚れ込んでいるな。
イズルード (礼拝堂を見上げて)今日も多くの信徒らがあの神器を一目見ようと、その加護にあずかろうと訪ねてきている。教会への信頼と信仰が日ごと夜ごと増していくのを感じるよ。嬉しいことだ。
ウィーグラフ ここの信徒は聖石を見たことがないのか。
イズルード そりゃあ、聖石は神の器だから――常日頃から見られるものではないだろう。違うのか。
ウィーグラフ 私はガリオンヌで腐るほど聖石を見てきた。
イズルード (驚く)なんだって!
ウィーグラフ おまえも知っているだろう。彼の地で疫病が猛威を振るったことは。
イズルード 噂には。
ウィーグラフ あれはひどい疫病だったぞ。ガリオンヌのどこの町でも――私の故郷でも――おそらく同じ光景が繰り広げられていたと私は確信するが、最初はただの流行り病だった。ある日、町で死人が一人出た。次の日には三人出た。村人は悪い風が流行っていると思っていた。その次の日には十人死んだ。やがて村人は恐れだした。これは何かたちの悪い病気だと気付きだした。最初は屍体は丁寧に布でくるんで埋葬されていた。だがやがて屍体も埋葬すらされず、そ こら中に放置されるようになった。何故か? 簡単なことだ。僧侶が逃げ、墓掘り人が死に、誰も死人に構う暇がなくなったからだ。城下町ですら壊滅的だった。況や農村は。(溜息をつく)
イズルード (沈黙)
ウィーグラフ 町から逃げ出す者も居たが、彼らの末路は想像しない方が良いだろう。黒死病が出た町から来た旅人は、別の町の境界をまたぐ前にその場で打ち殺されていた。奴らが病を持ち込み、平和な町を乱すのだと皆信じていたから。
イズルード (沈黙)
ウィーグラフ いつだったか、町を訪れた苦行僧の一団がこういった。これは肉体の病でなく魂の病である。病める身体には薬草を、病める魂には正しき信仰を――と。彼らはあるものを持ってきた。彼らが携え持ってきたのは聖石だった。これに触れよ、さすれば病は疾く癒えん――と。
イズルード  それは本当か!
ウィーグラフ それが擬い物かどうかは私には分からなかった。聖遺物の真贋の判断など地に這うように暮らす人には到底不可能だ。私にはそれが――ただの石に見えた。
イズルード 偽りならばそれは教会の名を騙る不埒な輩! 断じて許してはおけない!
ウィーグラフ まあ、待て。そう急くな。(呟く)――さすがは姉弟。そう、私にはただの石ころに見えたよ。だがしかし、私には、あのアリエスとて、ただの石に見えてしまうのだよ――
イズルード (信じられないといった素振りで)ウィーグラフ――アンタは――
ウィーグラフ ああ、言わなくても分かる。言いたいことは分かるぞ、大丈夫だ。私をあのおぞましい無神論者の輩と一緒にはしてくれるな。私にだって尊きものを敬う畏敬の念はあるさ。いかなる自然物にも神の御業は宿るもの。信仰あらばこそ、奇跡は起きるもの。見たまえ、私がこうして黒死病の渦中から、こうして生還できたのは何故か、それは人の業では与り知れぬこと。――イズルード、この意味が分かるな?
イズルード なべて奇跡は神の業なるもの。
ウィーグラフ そう、そうだ。そういうことだ――神に感謝――ああ、ミルウーダにも。愛しい我が妹よ!
イズルード ミルウーダとは一体?
ウィーグラフ そうか、まだ話していなかったか。私の妹だ。私が騎士に志願して故郷を離れている間、随分と苦労を掛けてしまった。両親亡き後の、たった一人の家族だ。いつか楽をさせてやろうと思えど、暮らしは貧苦にあえぐばかり、いつか――いつか楽を――と思ううちに戦死した。(小声で)――あの豚どもが――ミルウーダ! 今でも愛しているぞ!
イズルード (うつむいて)それは気の毒に。ファーラム! どんな人だったんだ。
ウィーグラフ おまえの姉君に少し似ている。
イズルード それは、恐ろしいな。(もっともらしく頷きながら)昨日も、姉さんは機嫌が悪かった。あのクレティアンの首の皮をねじ切っても良いとひとしきりオレに愚痴をこぼしていたよ。
ウィーグラフ 我の強い者どうし気が合わないのだろう。あれがどうなろうと私の知ったことではないが、同輩の誼だ。せめて奴の首の皮がつながっているよう祈っておいてやろう。
イズルード ――ところで、アンタはガリオンヌの生まれというならば、ベオルブ家のダイスダーグ卿のことを知っているか?
ウィーグラフ 知るも知らぬも、ガリオンヌで生まれて剣を持って育ったならば、その名前は嫌でも耳に入るもの。
イズルード どんな人なんだ?
ウィーグラフ 髭が生えている。
イズルード そうじゃなくて。
ウィーグラフ 案外猫背だった。
イズルード そうじゃなくて!
ウィーグラフ 想像よりずっと人相が悪い。
イズルード (怒って)ウィーグラフ!
ウィーグラフ はは、そう怒るな。だが、人相が悪いのは想像に難くないだろう。何せ、黒い噂がごまんと立っているのだからな!
イズルード 父とは気が合うだろうか。
ウィーグラフ ダイスダーグ卿とヴォルマルフ団長がか? 悪いが全く想像できんな。――いや、でも、もしかしたら――いや、団長の名誉のために、これ以上は言うまい。しかし、突然どうしたのだ。何故 ここでベオルブの名前が出てくる。頼むから私の前でその忌まわしい名前を――ああ、ミルウーダ!――出さないでほしい!
イズルード (慌てて)気を悪くさせたのなら、すまない。
ウィーグラフ 腐った豚どもめ!
イズルード 豚だって?(首をかしげる)
ウィーグラフ ああそうだ。豚と言ったんだ。貴族連中は搾取することに慣れきっている。領地で働く平民は体よく家畜扱いだ。食わなければ生けていけないというのに、耕す者らはは家畜。汚い小屋に放り込まれ、顧みられることもなく、働かされ、己が肉を食卓に提供し続けるのだ。貴族連中は農民を平気で蔑む。家畜扱いだ。だが、人は己の嫌う人種を蔑視することしか出来ぬ哀れな存在だ。奴らが我々を家畜と呼ぶ間、我々は奴らをまるで醜い腐った豚と罵倒しているのだ。イズルード、覚えておけ、あの青い血[貴族]の連中をわざわざ貴き人種などと呼ぶなよ! 奪い取ることにしか快楽を見いだせない、芯から腐った醜い存在――ただの豚だ!
イズルード ベオルブの連中も、つまり、(言いよどんで)――腐った――豚だと?
ウィーグラフ まったくそうだ。あの一族の中で唯一尊敬に足るのはまあ、あの将軍[ザルバッグ]だけだな。あの人はベオルブの良心だ。そうだ、あそこにも若い小僧がいたな。確かお前と同じ年頃だったか。だが、神に誓っても良いが、あの腐ったベオルブ家の連中より――ザルバッグ将軍よりもだ――おまえの方がずっと良い騎士になる。気位ばかり高い連中とは比べものにならないほどの資質を持っているよ、イズルード。
イズルード (顔を上げて)本当か! ――その言葉、もう一度言ってはくれないか――
ウィーグラフ ベオルブ家は腐った豚ッ!
イズルード そこではなく!
ウィーグラフ これではないのか。そうか。――イズルードよ、おまえはいずれ騎士の鑑となるに足る人物だ――これで満足か。
イズルード ああ! その言葉、信じても良いのか――
ウィーグラフ 私とて、名誉を重んずる騎士。嘘偽りは語るまい。
イズルード なんという嬉しさ。なんという幸せ。アンタの口から、そう言ってもらえるなんて。感激の極みだ。
ウィーグラフ ハハハ! 私を褒めたところで褒美など出ないぞ! 何せ私は生まれ卑しい貧しき身。それに私はただ事実を言っただけだ。
イズルード 事実だって! (喜ぶ)
ウィーグラフ 何をそんなに喜ぶのだ。 
イズルード 分からないか。それは、つまり、オレは、アンタのことを――察してくれよ!――とても尊敬しているんだ、ウィーグラフ!
ウィーグラフ おい、イズルード、理想を高く見すぎるなよ。私はそのような――
イズルード 初めてアンタの噂を聞いた時、オレはまだ見習いだった。ザルバッグ将軍がイヴァリースを勝利に導き、ガリオンヌの雄として名を上げていた。オルダリーアを撃退して、ランベリーを奪還し、栄冠を勝ち取った将軍はとても輝いて見えた。オレはとても感動していた。いつかそんな名声に与れたら――と夢想だにしていた。だけど、その将軍の傍らに、同じ志を持って戦地に臨んだ剣士が多く居たと聞いた。彼らは祖国に貢献しようと、自らの意志で戦いに志願し、戦地に赴いた。彼らが望んだものはただ祖国の勝利。名声を望まず、利を求めず、将軍の名の影で、密かに、だが偉大な戦いに従事していた。オレは確信している。イヴァリースの勝利は彼らの働きなしには為し得なかったと! 彼らは疫病に死したる屍の上に立ち上がった義勇兵、彼らは骸旅団! (高らかに)彼らを率いた指導者、ウィーグラフ・フォルズ!
ウィーグラフ (続けて)――尊敬に値する人物では――
イズルード 彼らは確かにイヴァリースの勝利に貢献した。だが悲しいことに、彼らは全く顧みられなかった。誰も彼らの功績を称えなかった。誰も彼らの働きに報いなかった。それどころか、卑しき盗賊として蔑まれる始末。ウィーグラフ! オレはアンタが貴族に追われ、騎士団を追放され、見捨てられてきた事を知っている。だけど、アンタは今もこうして落ちぶれることなく、教会の名誉のために働いている。報復の心でなく、信仰の心をもって名誉を保っている! 騎士の理想だ! 
ウィーグラフ (続けて)――決して私は――(しばし沈黙、呟いて)――だが、こうやって誰かから一心に慕われ、好いてもらうのも悪い気はしないな。(二人退場)

  

 第四場 ミュロンドの城館。執務室。
 昼。天井の低い一室。長い机が置かれ、ヴォルマルフが椅子に腰掛けて机に向かっている。壁には毛織りのタペストリーが飾られている。机の上と壁の燭台には火が灯されているが、部屋はやや暗い。書き物をしているヴォルマルフの傍にローファルが控える。しばらくして、ウィーグラフが扉を開けて登場。

ウィーグラフ お呼びですか、ヴォルマルフ様。何かご用でしょうか。
ヴォルマルフ 用がなければ呼びはせぬ。用があるから呼んだのだ。分かりきった挨拶など煩雑なだけ。ここでは礼儀など不要だ。
ウィーグラフ では、用件を伺いましょう。私も貴方も気が短いようですから、どうぞ手短に。
ヴォルマルフ 物わかりが良いな。ならばさっさと話そう。聖石を探し、ミュロンドへ持ち帰るのだ。
ウィーグラフ それは要領を得ませんね。いくら聖石が不滅の輝きを有しているといえども、それではまるで砂漠で金を探すのと同じこと。私にはそんな気の長いことは到底出来ませぬ。誰か他の者をお使いください。
ヴォルマルフ 待て、貴様が手短に話せといったから端折って伝えたまでのこと。これは斯様な無謀な計画ではない。つまりこれは――ええい面倒だな、ローファル、詳しく話して伝えろ。
ローファル では私から。貴方はオーボンヌ修道院に聖石があるのは勿論知っていますね?
ウィーグラフ (頷く)
ローファル ならば話が早い。その聖石をミュロンドへ持ち帰ってきて欲しいのです。ただそれだけの事です。
ウィーグラフ ふむ。しかし、修道院の聖石は修道院の所持するものでしょう。
ヴォルマルフ 聖石は秘蹟を行う神器。元はといえば、聖石はアジョラが集めたものだ。所有権は我々グレバドス教会にある。それが正統なる持ち主の元へ返るだけのこと。
ウィーグラフ ふむ。しかし、オーボンヌ修道院はグレバドス教会の直轄では。
ヴォルマルフ 貴様は阿呆か。少しは頭を回したらどうだ。いいか、私は短気だと言っただろう――
ローファル (ヴォルマルフを制して)あそこの聖石は、アジョラの手を離れた後は、代々アトカーシャ王家が所持しています。王位継承と共に、聖石も継承されてきたのです。オーボンヌ修道院に王女が預けられた時、同時に聖石も修道院に預けられたのです。
ウィーグラフ ああ、分かった。そうか、そうか。つまり、私が盗んでくるのはグレバドス教会の聖石ではなく、王家の聖石であるということですね。王家の石を盗ってくるとは、これは王室へのこの上ない当てつけになりましょう。ははあ、この不毛な王位継承戦争において、我々教会が優位に立っているのをこんな回りくどいやり方で示す訳ですね。これは明確な意思表示だ。なるほど、これは汚いやり方だ。
ヴォルマルフ 貴様は王党派なのか、教会の支持者なのか、どっちなのだ。言葉は正しく使いたまえ。正確には、アジョラ・グレバドスの持っていた聖石をアトカーシャの連中が奪い、それを我々グレバドスの徒の元に返してもらう――ということだ。王族嫌悪の元革命家には容易い事だろう。
ウィーグラフ ヴォルマルフ様はどうやら私どもの事を誤解されているようですね。私ども革命家は打倒貴族を掲げて活動をしておりますが、そこには次の世代に良き生活を残そうという清く正しき思想があってのことです。手当たり次第に野卑な暴力に訴えるテロリストの類とは――間違っても一緒にされたくはないのです! 彼らは何を考えることなく、掠奪と破壊とを繰り返します。理想を奉ずることのない、獣の本性を持った輩です。――間違っても――
ヴォルマルフ 御託は結構。それ以上並べんでもよい。私が聞きたいのは、オーボンヌから聖石を持ち帰れるのかどうか、それだけだ。
ウィーグラフ それは――
ヴォルマルフ 出来ぬのか。これでは聖剣技を使える貴様をわざわざ拾ってきたローファルの苦労が報われまい。我々は貴様に異端者の烙印を押して黒珊瑚海に放り込むことも簡単だ。そうだろう、ローファル?
ローファル それは私には答えかねます。フォルズ殿、早く決断をなされよ。私は貴方にこう言った、我々を利用しても良いと。その言葉に二言はありません。思う存分に利用しなさい。だが、それはつまり我々も貴方を存分に利用したいとのこと。貴方も知っているでしょう。この騎士団で、その聖剣技がどれほど珍重されているかを。
ウィーグラフ それはつまり、剛剣が役に立たぬと認めたようなものですね。その言葉、賛辞と受けとりましょう。
ヴォルマルフ (ウィーグラフに)貴様! (ローファルに)おまえも少しは言葉を選べ!
ローファル さあ、早く答えを。そのような素晴らしき剣技を持ちながら、何故もてあますのです。それとも――此の期に及んで、修道院の僧侶相手に剣を揮うのが嫌とでもお思いですか。私達が、あまりに世俗の浅ましい政治に手を出しすぎているとお考えですか。ならばお話ししましょう。これは決してイヴァリースの覇権を取りたいという卑近な野望から成る仕事ではないのですよ。貴殿は、先つ方、ゾディアックブレイブに任命されました。これは疑いなく事実です。あなたもその称号を喜んでいる――でしょうね? ――この仕事はその称号に大きく関わることです。というのも、貴方が任命されたのはただのゾディアックブレイブではない、(強調して)新生、ゾディアックブレイブです。この違いが貴殿に分かりますか?
ウィーグラフ 大方、伝説を新たに蘇らせた、といったところでしょう。
ローファル ま、そんなところですね。そう、彼らはアジョラの使徒です。その称号を今、新生ゾディアックブレイブとして蘇らせたのには意味があるのです。この戦乱の世にアジョラの使徒を呼び戻す意味とは――教皇は、貴方がたに多大な期待を寄せています。教皇は、かつての使徒を超える働きを望んでいます。貴方がたは、重大な使命を帯びた存在です。その使命を為さねば。
ウィーグラフ もう少し具体的に話してくれまいか。それでは私には何のことだかさっぱり分かりませぬ。
ローファル 新生の使徒たちはまだこの世に遣わされたばかり。まだ何の行いも果たしていません。貴方たちミュロンドの勇士が再び伝説に語られるか、忘れ去られるかはその働き次第。当然、民衆は貴方がたを期待の眼差しをもって見ているのですよ。――つまり、ここで貴殿が新たな聖石を持ってミュロンドに帰還すれば、その栄光は民草に語り継がれいずれは伝説に。何故なら、教会の神器を取り戻したのですから。民衆の聖石に寄せる信頼と信仰は貴方も知っていましょう。しかし、ここで貴殿が、何の業績を上げることもなく、ただその称号のみを掲げているならば――まだお分かりになりませんか。
ヴォルマルフ つまり、貴様は永遠に負け犬のままだ。故郷を追放され、貴族に楯突き、返り咲くこともなく、教会に拾われ、ひとときの名誉を得るも、所詮は、素性卑しき生まれの実力の伴わぬ奴だった、と未来永劫語りぐさになるであろう。
ローファル さあ、選びなさい。ここでさらなる英雄の道を歩むか――
ヴォルマルフ 負け犬として、その名を留めるか――
ウィーグラフ (呟く)選択などあるものか。どちらを選ぼうと、私は教会の飼い犬でしかないのか――いいでしょう。聖石を取ってきましょう。オルダリーアから畏国の領土を奪ってこいというより容易きこと。
ヴォルマルフ ふ、己の保身にはかるか。これでゾディアックブレイブの地位も上がるぞ。喜べ。貴様はますます信徒に迎えられる。
ローファル (独白)これは私たち日影の道を歩む者にはかなわぬ事――喜びなさい。
ヴォルマルフ オーボンヌへ行くならば、一人では道中退屈だろう。メリアドールでもイズルードでも、好きな方をどちらか連れてゆくがいい。
ウィーグラフ 私はどちらでも。二人を連れて行くのは。
ヴォルマルフ ならぬ。どちらか一人はミュロンドに置いていく。四人のゾディアックブレイブが皆、島を不在にしているというのも都合が悪い。どちらか一人は信徒をなだめすかすためにここに置いていく。
ウィーグラフ 四人? ヴォルマルフ様もオーボンヌ修道院へ行くのですか。
ヴォルマルフ 私は行かぬ。私は、フォボハムへ用があってな。
ウィーグラフ (考えて)なら、イズルードを連れて行きます。ご子息をお借りしますよ。
ヴォルマルフ 好きにしたまえ。好きに使って構わぬ。(退場)
ウィーグラフ (ローファルに)あの方は、少しばかり息子に冷たくはないか。
ローファル 獅子は我が子を崖から突き落とすもの。
ウィーグラフ それも愛情か。まあ、他人の家庭事情には首を突っ込まぬが良いな。私には分からん。私には、あの方が、時々獅子の相貌を通り越して悪魔じみた狂気を感じるよ――
ローファル (低く)発言には気を付けなされ。ここは聖地ミュロンド。かような不適切な発言は慎まれよ――異端の徒と呼ばれたくなければ――
ウィーグラフ おっと、これは失礼。(退場)
ローファル まったく――教会の犬が嫌なら、ここでの生活はつとまらぬぞ――(退場)

  

 第五場 聖地ミュロンド。桟橋。
 島と本土を繋ぐ港。港は雑踏で溢れている。船荷があちこちに積み上げられている。島の奥にミュロンド寺院が見え、夕刻を告げる鐘の音が聞こえる。メリアドールが物思いにふけりながら一人で桟橋を歩く。しばらくしてイズルードが登場。

メリアドール (独白)そう、おまえは、オーボンヌへ行くのね、行ってしまうのね、イズルード――ウィーグラフも一緒に。父はゼルテニアへ。弟はオーボンヌへ。ローファルも父と一緒に行くのね――みんな、私を置いて――(溜め息をついて)私をこの島に一人残して行ってしまうんだわ。いいわね、イズルードやウィーグラフは外に出ていけて。あの二人のことだから、きっと華々しい凱旋をすることでしょうね。羨ましいわ。その間、私はただミュロンドで、勇士たちの帰りを待ってるだけ。これじゃあ籠の中の鳥と同じね。女の役目なんてしれくらい。綺麗に着飾って、人々の目を楽しませておけばいいのね。私は騎士なのに、誰もが私を女騎士と呼ぶのよ――私がゾディアックブレイブとして出来ることはそれくらいしかないのね。舞台の上の役者の方がまだ自由があるわ。私は――弟は、私が実力を以て称号を得たというけれど、一体誰が本当の私を知っているのかしら。私も弟と同じくらい――いいえそれ以上に――この国を変えたいと思っているのに、この熱い思いを父は知っているのかしら? 父は、母が亡くなってからというものの――すっかり冷たくなってしまった。父はもう私とは一緒に居てくれない。それから私は一人。いつだって私は独りだった。一緒にいたのはイズルードだけだった! どうして父は急に――

  (イズルード、姉の名を呼びながら登場)

イズルード 姉さん!
メリアドール あら、まだ居たの。早くしないと、ウィーグラフに置いていかれるわよ。
イズルード 少しくらい大丈夫。待っててくれる。それより別れのキスを――
メリアドール まあ、神殿騎士がそんなものをねだるんじゃありません。いつ誰に見られているのだか分からないのだから、きちんとした態度を心がけなさい。
イズルード は――はい――せめて餞別の言葉を。
メリアドール 気を付けていってらっしゃい。またすぐに会えるのだから、大仰な言葉はいらないわね。
イズルード もし、オレが聖石を見つけてきたら喜んでくれる――?
メリアドール そういうことは、実際にミュロンドに持ち帰ってきてから聞くものよ――ないものを喜ぶことは出来ないわ――でも、おまえの事だからきっと上手くいくでしょう。もちろん、喜ぶわ。
イズルード 父も喜んでくれるかな。
メリアドール おまえが正しい戦い方をしたなら、きっと喜んでくれるでしょう。

  (ウィーグラフ、イズルードを呼ぶ)

メリアドール さあ、早く行ってらっしゃい。きっと、おまえの凱旋を楽しみにしているわ。(退場)

  (ウィーグラフ、再びイズルードを呼ぶ)

イズルード 姉さん――(独白)もし、この手で聖石を持ち帰れたのならば、オレはやっと姉さんの横に並べる気がする――父もきっと喜んでくれるだろう。オレは使命を果たさないと。――さあオーボンヌへ! (ウィーグラフに)今行くから!

  

  

  

>第ニ幕

  

  

妻の名前を呼ぶ日

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・オーランが生きています。バルマウフラと結婚しています。バルマウフラは森の魔女です。
・「ヴァイゼフラウ・バルマウフラ」の続編のようなお話です。バルマウフラが「ヴァイゼフラウ(賢い女)」と呼ばれているのはそこからのオリジナル設定です。


 

 
妻の名前を呼ぶ日

 

 

 

 長い夢を見ていた気がする。熱い、炎に、焼かれるような、息苦しい夢。目を閉じたら二度と起きることができないような深い夢。
「旦那、お目覚めかい」
 オーランはふっと目を開けると、声の聞こえる方に顔をわずかに向けた。身体が思うように動かない。見知らぬ場所の見知らぬベッドの上に寝かされていて、ありったけの包帯と保護布で身体を覆われている。
「全身ひどい火傷だよ。焼けた家の下敷きにでもされたのかい?」
 火傷。その言葉にでオーランのぼんやりとした意識は完全に覚醒した。

 ――そうだ、私は火刑に処されて死ぬはずだった。

 杭に縛られ、足下に積み上げられてた薪に火がつけられ、有象無象の観衆から投げつけられる言葉を聞いているうちに息苦しくなってくる。白書を上梓し、後は森羅万象に身を委ねるつもりだった。しかし、いざ杭につけられ、我が身に迫る炎を見ると恐怖がせり上がってくる。この場においてみっともなくもがき苦しむよりは、と、オーランはそこで意識を手放した。いや、その前に「彼女」の姿を見た気がする。それが死ぬ前の幻覚が見せる夢だったのかどうか、彼には分からなかった。
 そして、再び意識を取り戻し、見知らぬ場所に寝かされている。やや心配そうな顔で寝ているオーランをのぞき込む男の名前も、当然知らない。
「しかし旦那、いったいどうしてこんなひどい怪我を? 家に放火でもされたんですかい?」
「ああ、火をつけられてしまってね……うっかりしていたよ」
 異端として火刑宣告されて我が身に火を放たれて、とは言えなかった。貴族ならばオーランの素性を知っており、処刑を生き延びたことを密告するかもしれない。この男がどこまで貴族と関係があるのか分からなかったが、オーランは念のため事情を伏せておいた
「あなたが私の治療を?」
 オーランはベッドの上で、そっと自分の身体を触った。かなり炎に炙られていたと思われる下半身は殆ど感覚がない。だが、わずかに手を下腹部にずらあしていくと軟膏と包帯とで手厚保護されているのが分かる。腕のよい治療師が手当てをしてくれたのだろう。
「いや、俺じゃない。ヴァイゼが旦那をここへ連れてきた。大方の治療はヴァイゼがやった。俺は彼女に指示された世話をしてるだけさ」
「ヴァイゼ……?」
「ヴァイゼフラウ――魔女だよ。村のはずれのラナの森にひとりで住んでる」
 村の男は木枠で覆われた窓をこんこんと叩いた。おそらく、叩かれたその方角に魔女の住まう森があるのだろう。
 オーランは、ヴァイゼフラウと呼ばれる魔女の正体を知っていた。どうやら死ぬ前に「彼女」を見たのは夢ではなかったようだ。そして、「彼女」が彼を助け出してくれたようだ。
「『彼女』は今どこに?」
 はやく会いたいな、とオーランは思った。
「ヴァイゼなら森へ帰ったさ。彼女はきっちり三日おきに村へやってくる。次にここ来るのは夜が三度来てからだ。それが魔女の流儀なのさ――ところで、旦那はいったい何者ですかい? あんたはヴァイゼが突然この村に連れてきた。怪我を追っているから看病をしてやってくれと。彼女といったいどういう関係だ?」
「私は彼女の夫です。彼女は私の妻です」
「旦那? ちいと煙を吸いすぎたのでは? 頭はしっかりしていますかい?」
 村の男はオーランの言葉を笑って流した。オーランがまだ昏睡状態で夢まぼろしの言葉をしゃべっていると思っているらしい。
「いや、これは本当です。領地には正式な結婚証明書があります。私たちの間には息子だっています。証明書はここにはないけれど、結婚の誓いをあげた時に作った指輪が――あれ、ないな……」
 オーランは自分の左手を見てがっかりした。処刑台にあがる前に、これだけはと司祭に懇願して最後まで身につけいていた結婚の指輪が見あたらない。
「旦那、無理は禁物ですさ。しっかり寝て起きれば、頭もしっかりしてきます」
「ああ、ありがとう……」

 ――せめて、あの指輪が見つかれば僕が「彼女」の夫だとこの人に伝えられるのに。

 オーランはがっかりした。肩を落として、そのまま目を閉じた。この場所にいればいずれ「彼女」に会える。その安心感が彼を安らかな眠りへと誘った。

 

 
 さっぱりした薬草の香りに目が覚めた。
「バルマウフラ……もう来てくれたのかい。村の人の話だと三日おきにしか顔を出さないとか」
「そうよ、私は三つの夜を数えてから森を出た。あなたがずっと眠っていただけよ」
 バルマウフラはベッドの上に横たわるオーランにそっと覆い被さり、頬を、髪を、両手ではさんで優しく撫でた。
「ゆっくり休んで身体を回復させるのよ」
 そう言いながら、バルマウフラはオーランの身体をベッドの上で転がしながら手際よく包帯の交換を行っていく。サイドテーブルにはオーランにも名前が分からない薬草の束がどっさりと積まれている。
「君は……ここではヴァイゼフラウと呼ばれているようだね」
「それは母の名前だ……森に住む賢い女は皆、ヴァイゼフラウと呼ばれる。母亡き後、私がヴァイゼフラウになったの。私の母は教会の騎士に異端の嫌疑をかけられ、その場で火炙りになって死んだ――だから、炎は、私は、きらい」
 仰向けに寝かされているオーランからは、テーブルの薬草を包帯に練り込んでいるバルマウフラの表情は見えない。オーランは無性にバルマウフラのことを抱きたくなった。今はただ静かに抱いて、謝りたい。

 ――君が炎を恐れているのはずっと昔から知っていた……そして僕はまた君を怖がらせてしまった………

「あなたが炎に包まれた時……私は……」
 バルマウフラが涙を飲む音が聞こえた気がした。
 彼女を泣かせてしまった。どうしよう。抱きしめたいのに。今すぐ彼女の肩に手を添えて、大丈夫だよ、と言ってあげたいのに。動かない身体がもどかしい。
「バルマウフラ、心配をかけてすまな――い、痛ッ」
 バルマウフラが、オーランの右足の包帯を締め上げた。
「――冗談じゃないわよ。次に炎の中に入るときがあったら、もう知らない。勝手に焼かれなさいよ」
 手際よく、古い包帯をはがし、焼けた皮膚を削り落として薬草と軟膏を塗り込んで新しい包帯で締め上げていく。その手つきが少々荒いのは、妻に心配をかけた夫への罰だろうか。それならば甘んじて受け入れるしかない。オーランはベッドの上に四肢を投げだし、彼女のされるがままになっていた。
「――そういえば、ここの村の人は、君が独り身だと信じているようだ。僕が君の夫なんだと言っても鼻で笑われたよ。頭でも打って錯乱しているだけだとね」
 バルマウフラは笑った。そしてベッドの側のスツールに腰をおろした。仰臥しているオーランと会話がしやすいように視線を落としてくれたのだ。
「そうね、都市には都市の法がある。そして森には森のしきたりがある。ここの村では教会で結婚をするというしきたりはないの。村の祭りで互いの名を呼び、村の人たちから認められればそれで夫婦になるの。だから、都市で作った結婚証明書を見せても、村の人はただの紙切れだと笑い飛ばすでしょうね」
「次の祭りはいつだい? もう一度君の名前を呼ぶよ」
「あら、二回目のプロポーズ? ふふ、嬉しいわね。でもそんなことをしなくてもよくてよ。私から村の人に事情を説明しておくわ――もちろん、あなたが火刑台にのぼって火傷を負ったことは伏せておくけれど」
 はい、とバルマウフラはオーランの寝ているベッドの横に置かれた、軟膏やら薬草やらがどっさり積まれた小さな木机の上に、銀の指輪をおいた。
「煤で焼けてしまったから磨いておいわたわ。村でも指輪を贈り合う夫婦は多いから、これを見せたら私たちの関係について信じてもらえると思うわ。それと、最後まで……身につけていてくれて、ありがとう……」
 オーランが探していた結婚指輪だ。服をはぎ取られ、罪人の服を着せられ、その麻服以外は何物も身につけることを許されなかった。それでも、この指輪だけは、と司祭にこいねがい、最後まで手放さなかったものだ。なくしたわけではなかったようだ。オーランは安心した。
「いや、でも僕は村のしきたりに従うよ。ここは君の大切な故郷だろう? 次の祭りはいつだい?」
 最初にこの村で目覚めた時、村人はバルマウフラの住む森のことをラナの森よ呼んだ。彼女は故郷の名前をずっと名乗っていたのだ――母を殺され、教会にさらわれ、故郷に帰ることすらできず、そして、貴族の妻となりその名前さえ捨ててくれた。だから、せめて彼女の大切な故郷のしきたりに従って、もう一度プロポーズをしたいとオーランは思った。
「次の祝祭はラマスね。収穫祭よ。だけど、間に合わないわ」
「どういうこと?」
「私は領地――あなたの領地よ――に帰るから。息子の世話をしないと。考えてみて。異端として殺された父親と、素性あやしく魔女と噂される両親の間に生まれた子が、周囲から干渉されずにまっとうに生きれると思う? 私たちの子を守ってあげないと……」
 オーランは歯がゆかった。白書を世に出すこと、それが自分の使命だと信じて疑わなかった。けれど、その使命のために、どれだけのものが犠牲になったのだろうか。
「バルマウフラ、君ひとりでは行かせられない。僕の息子だ。僕も一緒に――」
「何を言っているの? 寝言かしら? あなたは処刑された死んだ。私は夫を亡くした未亡人。これが事実なのよ。死んだ人が帰ってきたらお屋敷は大混乱して、死者の霊を祓う専属司祭を雇うことになるでしょうね」
「ああ……はい……ここでおとなしく寝ています……でも、僕がしでかしたこんな状況の中で、息子をひとりで育てるのは大変だろう。君ばかりに負担をかけたくない」
 バルマウフラは誇らしげに笑った。
「私は今まで誰と仕事をしてきたか知っている? 私の仕事仲間は今はこの国の王よ。息子には最高の処世術を伝授できるわ」
 オーランはむすっとした。国王――あの男――ディリータのことはどうも好きになれない。これはオーランの個人的な感情だ。妻が奴のことを誇らしげに語る時、オーランは不機嫌になる。オーランはベッドに積み上げられた毛布を顔まで引き上げた。
「あらあら、嫉妬?」
「……放っておいてくれ」
「オーラン、あなたは、つらく苦しい試練に耐えた。それはあなた自身が選んだ道。私もあなたの夫になり、貴族の妻になるという道を選んだ。だから私の使命を果たさせて。幼い我が子には庇護が必要……でも、彼が成人して、私たちがそうしたように、彼もまた自分の道を選択したのを見届けたら……そうしたら、またこの森に帰ってくる。その時には、また私の名前を呼んでね……その日をずっと楽しみにしているから……」

 

 
「旦那、旦那は本当にヴァイゼの旦那様だったんですな。ヴァイゼが指輪を見せてくれたんです」
 バルマウフラはオーランが寝ているうちに静かに旅立っていった。けれど、旅に立つ前にオーランとの関係をちゃんと説明してくれたようだ。おかげで村人がオーランに物珍しげな視線を投げかけてくるようになった。どこの都市でも村でも、男女の恋愛は話の種だ。きっと彼らは、オーランがどういう経緯で森の魔女の夫になったのか知りたくてしょうがないのだろう。
「いやぁ本当にびっくりしましたよ。まさか、あのヴァイゼが――森を出る時はあんなに小さな少女だったのに――十年ぶりに森に帰ってきたかと思えば夫を連れてくるとは……しかし、ヴァイゼはまた気まぐれに森を出て行ってしまった。旦那も後を追うんです?」
「いや、私はしばらくここで世話になるよ。まだ傷も当分治らないだろうし」
「夫婦なのに、離れて暮らすんですか?」
「ああ……それが私たちの選んだ道だからね。それに、私はまだここでは彼女の夫ではない。ここでは祝祭の時に互いの名を呼んで夫婦になるそうだね。その日まで、私は彼女の夫ではなく、ただの……」
 オーランはそこで言葉を詰まらせた。今や、自分は何者だろうか。貴族としての命は失ってしまった。魂をかけて書き上げた白書も、世に出した。貴族でもない、学者でもない、彼女の夫でもない……だとすると……
「旦那、いったい旦那は何者ですかい? 森の魔女は代々、私ら村の人間に知識を与えてくれた。そして、そのお礼に、私らは彼女らにパンや薪やらを渡し、生活を支えてきた。代々のヴァイゼフラウは時々珍しいものを持ってくることもあったが、人間の男をもってきたのは初めでね」
「ああ、そうだね、その通りだ。私は彼女の『知識』だ。占星術士――星を読む人間だ」
「ほう、それは珍しい。村に初めての『知識』だ」
 男は目を丸くした。天上の星の世界にも知識があるのかと驚いている様子だ。
「それで……旦那にはどんな対価をお支払いしましょう。ヴァイゼが留守にしているので今は旦那に対価をお渡ししましょう。けど、俺ら村人には、その、星の知識に対してどんなお礼を渡せばいいのかさっぱりでして……」
 オーランは答えた。
「多くは望みません。怪我が癒えるまでの手当てと、ここで生計を立てるまでの間の食べ物をください。あとは、いつか私が妻の名前を呼ぶ日に、あなたがたの祝福をください――それだけで十分です」
 彼女はいつ帰ってくるのだろうか。彼女の名前を呼べるまで、いったいどれだけの日を待つのだろうか。

 

 

 しかし、これで良いのだ。想う時間が長ければ長いほど、想いはあふれるのだから――

 

 

2020.08.16